「ソマリア基地までやられてたのね」
娘とその親友であり上司である彼女達から、ソマリア基地の惨劇について聞く。
「ソマリア基地までって、他になにかあったんですか、校長?」
「校長じゃないわよ…ただ、世界は今問題しかないわ」
—―
母さんから聞いた話を聞くと、ソマリア基地のことが小さく思えてしまう。
ロシア連邦や中華民国を中心とした元共産主義国家や共産主義勢力が強かった国で革命戦争。アフリカや中東などの反政府組織による大規模テロ。ドイツにおける軍部主導のクーデターとそれによるEU*1を巻き込んだ大戦争。アメリカ大陸における政府転覆を目論んだ暴動。
日本国内は特に大きなことは起こっていないが、それでもいつ終わるのか分からない電波の完全遮断によってテレビやラジオは常に砂嵐。電波時計も狂い始めて不安は募っている。
ドイツの軍事クーデター、自称新生ドイツ*2とEUの戦争と中華民国と中華人民共和国の戦争は支援の為、暴れる新生ドイツ海軍撃滅の為、要請を受けて新鋭主力艦隊の派遣。最低限の戦力しかない国防軍*3は鉄道や道路が整備されたとはいえまだまだ不毛で広大な中国大陸に派遣できるわけがなく、国民政府に物資支援で終わっている。
現段階で明確な死者数だけで既に3千万は越しており、ここに有線電話が普及しておらず状況が不明瞭な国や地域が加わり、最終的には億に届くと言われた。
欧州大戦はクリスマスまでに終わると言われながらも長引き、大勢の死人を出した。政府に出された専門家の意見書の中にはGW、即ち来月には終わるというものもあったそうだが、とてもそうとは思えない。
頭の中の話を換えよう。このままじゃますます暗くなる。
取り敢えず私達は予備として残されていた最新鋭巡洋艦松型*4の「桜」で南極に向うことになった。
理由はつい数日前、北極の横七海底要塞からサルベージされた情報に、南極基地で3日前ワームホールが開かれたことが分かったからである。そう、3日前。マッケン特務監査官が攫われたらしい日。艦長のことを疑う訳ではないが、横七がマッケン特務監査官を誘拐したとは思えない。そもそも活動停止、一説には解散していたし、誘拐される理由がない。
だけど、私は艦長を…岬さんを信じてる。だから南極に行く。
—―
「この桜っていう艦、砲は15.2㎝。機関は通常のとセブン機関採用と従来のとあまり変わりませんが、如何して装甲は海防艦並なのに35.6㎝に耐えれるとの報告なんでしょう?」
記録員の納沙幸子は、タブレットに書かれているカタログスペックに少々…いや尋常ではない程の不安を募らせる。なにせ装甲が船体に見合っていないのだ。
「確か、建造にウルトラセブン艦船技術研究所*5が携わっていて、そこの最新のものが使われとるんとちゃったか?」
「ウルセブ艦技研ってセブン機関の?水雷長よく知ってるね」
「あそこには知り合いが多いんや。だからよく話を聞くんや」
日本海軍がよく発注の際に「ウルセブ艦技研は全載せで」という程、信頼と実績のある製作所だが、決してWDやBM、アメリカや中華民国が日本海軍の倍以上で頼んでもYESと言わない。そんな不思議な組織だが、よく払い下げでグレードダウンされたとはいえ使っているので、サムライマーメイドに関しては無縁とは言えない。寧ろ修理や更新を半額してくれるので、ツンデレと言われている。
その為、整備やダメコン、経理などでなくてもウルセブ艦技研の名は誰もが一度聞いたことがあり、ウルセブ艦技研の携わった艦艇は倍率が高い。セブン機関を積んでいた重巡洋艦に乗っていた岬らは、尚のこと不思議に思った。
「龍驤さん、この艦って装甲に何か特殊な物が使われてるの?」
「艦長…あまりそんなことは言えへんって。…まぁ、噂じゃ装甲に謎の塗料が染みこんでて、それで作った数ミリの板は50口径のマグナムを弾いたと聞くし。採用された航行安定装置を付けたゴムボートは、嵐に突っ込んでも暴れることなく抜けたと言われてるし。新実装の砲雷撃シュミレーション装置は、風力、風向、波、速さとかひっくるめて自動で入力して与ダメージを算出するらしいし。…何言わせとるんや!!」
「アハハ!水雷長は口を錨かなんかで固くした方がいいよ。だって軽いもん!!」
「なんやと航海長!!そこになおれや!!」
一度火が付くと中々収まらない二人。艦橋で鬼ごっこを始めたかと思いきや、ドック中を駆け回りだす。
そんな平和な雰囲気も、明日にはきっと消え去ってしまう。
—―
「強行するんですか!?北極の調査もサルベージや内部調査だけで一艦隊送ったのに。今回は桜単艦で!?」
少し薄暗い会議室の中で、宗谷真雪は叫んだ。ヒステリックでも起こしているんじゃないかと思う程、甲高い声をあげて同じ部屋にいる者達に叫ぶ。
「そんな風に俺達を悪者扱いするのは止してくれ」
「ちがうぞ赤石。ワシらは恨まれることはあっても馬鹿扱いされる理由はない」
「んっ…すみません、局長」
この会議室に集まった者は皆、コネなどで成り上がった者ではない。全員が皆、それぞれの先代や推薦で、人によっては艦長などの元現場勤務の者もいた。
そしてこの場は、海上安全整備局の各部署の代表が集まっている。
兵站、建艦計画、艦隊運用、人事、航路etc…。
ここの重要性は公安から、「ここに何らかの被害が出たら日本が終わる」との理由で集合に対して苦言を呈され、付近の日本軍が根こそぎ動員されてまで警備にあたっているほどなのだ。
そんな、謂わば日本の生命線を守る頭脳が治安が良いか悪いか分からない海域に、虎の子の新鋭巡洋艦を単艦で送るわけがなかった。
「では、何故このような決定を?」
「あー、政府から…」
「あの国賊共!!ドイツからの要請を理由に派遣を内閣・国会どちらでも決定しやがった!!」
ドガンッ!!
大柄の男は机を真っ二つに叩き割った後、少し落ち着いた口調で説明する。
「GD所属のバーナード・マッケン特務監査官は、来月からドイツ海軍に転籍、大佐となる予定だった。だが軍部のクーデターを受けて帝国政府は転籍を前倒し、本人不在ではあるが遷都先のダンケルクにてマッケン特務監査官をマッケン海軍大佐に転籍した」
「同時にロイヤルガーディアン…かのロイ・ヴィッフェ・ヒドルフの『マスター』より一つ下の称号を与え、実質海軍元帥の権力を手にした」
「そして、一応問題が起きていない我々に奪還を命じた。期限は2カ月。それまでにマッケン大佐を発見し奪還、ダンケルクかロンドンかパリに送り届ければいい」
溜息。誰かが吐く溜息。
「赤石君…気持ちは分かるが抑えたまえ」
「すみません局長…しかし、どうしても」
参加者の平均年齢は高い。勿論数名は2,30代だが多くは定年ギリギリかそれ以上だ。そしてその事実はそれだけ場数を踏んでいることを意味する。
だが、この赤石という横須賀の防空網を一任する男はまだ若く、長年勤めてきた局長らが抑えているものを抑えきれていなかった。
「全員が20代前半。中には同世代の人もいる。彼女らを魔境に送ることに、罪の意識を覚えないわけがない…」
「…赤石部長。君にはいいことを教えてあげよう」
「なんです?大宇治艦隊計画長」
「もしかしたら…学生艦を数隻随伴として連れていけるかもしれない」
ガタッ、無意識に椅子から立ち上がり、それは本当か、との眼をするのは何も一人だけではなかった。
「大宇治…貴様、やりおったな」
「ええ。なにか問題でもあったでしょうか」
学生艦は、主力がヨーロッパへ向かっている今、重要な戦力だ。それも駆逐艦となれば、潜水艦対策や哨戒の為、一隻でも多く必要になる。
そんな中で数隻を本来単艦で出撃することになっていた艦に護衛として付ければ、当然問題になる。
「引き抜けたのは、磯風、浜風、谷風、浦風で全艦対潜・早期発見を目的としたウルセブ艦技研の電探を積んでいます」
「おいおい、陽炎型は統一で178号の筈だろ」
「軍の予備電探があったとのことで、拝借しました」
「嘘だろ…」
業者に申請無しの兵器の使用は、製作所を怒り心頭にさせる可能性がある。ウルセブ艦技研は海軍にしか直に納品しない為、交渉担当の部門長は項垂れている。
しかし、皆口や顔では大宇治艦隊計画長を責めているが、内心はよくやったと思う者が多い。
「大宇治の奴がやらかしたのなら、私だってやらかすかもな」
小太りの男は、メモ帳を破り、補給命令と自身のサイン、更に判を押して真雪に渡す。
「私の名で、その艦隊が補給できるよう図らいましょう。尤も、補給基地が無事であればの話ですが」
「オーストラリアの友人に、陸軍で司令官をやっているのがいます。極地装備の隊を貸してくれないか相談してみます」
「利益を見込めない船舶会社に、大型船を売却するよう交渉してみます。航洋艦と巡洋艦に、陸軍軍人が満足するはずがありませんからね」
伝手や自分の部の権限を使い様々な支援を行う整備局の部長達。便宜を図る命令書を次から次へと渡す。
「すみませんね真雪さん。自分は何もできなくて」
不満の声を挙げた赤石横須賀防空部長は、確かに優秀であったが、内容上、何も助けることは出来ていなかった。
「いえ、お心遣いだけで十分です」
「そう言ってもらえると幸いです。私の限界は精々、これぐらいです」
空のファイルを渡し、自分の席に帰っていく。
「やれやれ、これにて会議を終了する。皇国の荒廃この一局にあり。各員一層奮励努力せよ!!」