いつか黄金の世界で   作:Schweitzer

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第10話

王宮のある敷地は季節に合わせ様々な色や形の花が咲き乱れている。噴水を通り過ぎステファニーの住む建物へと向かう。王族ではなく、しかし一般人でもないステファニーの活動する場所は王宮の中の一区画に限られている。御子として表に出るための大広間を通り過ぎその横に構えられた執務室に入る。

 

「お帰りなさいギルバード。組合の方で何か収穫はありましたか?」

 

「昨日西を守るユーグスタクトの魂の欠片が何者かに強奪されたと話がありました」

 

「昨日、ですか―――そんな話はまだこちらに上がっていませんが」

「どうやら組合の方もかなり混乱しているようで情報の統制がとれていないようですね。この世界にある欠片はあと二つ。そちらに関しては警備の強化の連絡をいれました。」

 

「そうですか・・・」

 

ギルバードの報告を聞きペンを置きため息をつく。そして今しがた目を通していた書類をギルバードに渡し、部屋で待機していた男に手紙を渡した。男は手紙を受け取ると一礼をして急いで部屋を出る。その様子からただ事ではないことが起こっていると感じとる。

 

「先ほどこの書類が届きました。」

 

 渡された書類に目を通す。書かれている想定外の事態に顔を顰める。

 

「この書類によれば一昨日は南を守る欠片を奪われています。奪われていないのは北の欠片のみ。そちらの警護にかなりの人員を配置するように要請しました。ここ数日で立て続けに奪われた欠片達、狙った者の正体も目的も不明。それと遊撃隊によれば欠片を奪われたが今のところこの世界に大きな異常は起きていないそうです。」

 

「そうか。こちらでも組合も使って引き続き監視と捜索を行おう。」

 

「お願いします。」

 

「―――あぁ…話は変わるが、今日アリスに会ってお前が会いたいことを話したら了承してくれたぞ・・・一応了承していたが・・・相手は魔女―――だぞ?本当にいいのか?」

 

「構いません。私は魔女だろうと人間だろうと関係なくその個人を見ているのです。私はいつでも時間はあります。アリスさんの都合の良い時間に合わせましょう。せっかくいらっしゃってくれるのですからなにか用意させましょう。魔女は食事をしないとは聞いていますが、あなたの話では揚げパンを食べているのですから食事自体はしても大丈夫なのでしょう。アリスさんは何がお好きでしょうか?」

 

書類仕事の疲れを癒すためギルバードが淹れてくれたアフタヌーンティーを優雅に飲みながらお菓子に手を付ける。

 

「あいつは揚げパン以外何か食っている所はみたことがないからそれで大丈夫だろう。」

 

「そうですか。ではお茶請けに揚げパンを用意させましょう」

 

「了解した―――ところでユーグスタクトって本当に魔女なのか?」

 

去り際に少女に言われた言葉が蘇りユーグスタクトについて最も詳しく知っているであろう人物に尋ねる。

 

「どうしたのですか?急に」

 

「いや、なんかふと思ってな・・・」

 

「そうですか。ユーグスタクトの正体は私にもまだよくわかりません。私の中の記録にもそのような記載はありませんので・・・でも確かに言われてみると少々気にはなりますね。魔女を統べる力を持ちながらにして魔女とは異なる方法で代を重ねてきた一族。魔女は御子を使わずとも消滅するのに対しユーグスタクトだけは御子の手を経て消滅をします。」

 

「―――そうか。すまん、いきなり変なことを言った。報告書を書いてくる」

 

「はい」

 

心のどこかで違和感を抱きながらもギルバードは踵を返し仕事に戻るしかなかった。

 

 

 

     

 

そこは出入り口のない部屋だった。8つある大きな窓はそれぞれ違う景色を映し出し、部屋の中心にはレースの天蓋付きの丸いベッドが置いているだけ。床に散らばるのはぬいぐるみやおもちゃの数々。

 

「…」

 

「…」

 

魂の欠片を感じ痕跡をたどるとそこには少し年上の黒髪の少女がいた。異国の服に身を包み突然の来訪者であるアストリッドを鮮やかなオレンジ色の瞳で驚いたように見つめている。アストリッド自身も痕跡の根源が知らない少女であった事に驚き対応に困り固まっていた。

 

「―――今回は随分可愛い子が来てくれたのね。私に会いに来てくれたの?」

 

鈴のように美しく静かな声で尋ねられるがどういう対応をしたらいいのか分からず、言葉が出てこない。

 

「私は貴女と対になる者、願いを叶える者。ねぇ、私はアミエリタ。アミタっていうのよ。小さくて可愛らしい貴女のお名前は、なんていうのかしら?」

 

「―――アストリッド」

 

「アストリッド…じゃあリッドね!」

 

「え?」

 

「リッドって素敵な響きだと思わない?だからリッドよ。可愛いでしょう?」

 

ベッドから降りアストリッドの手を両手で包み込みぐいっと顔を近づける。アミエリタの鮮やかなオレンジ色の瞳にアストリッドの困惑した顔が映る。

 

「綺麗な色の瞳と髪ね。ねぇリッド。私とお友達になってくれる?」

 

「―――わ、私は、魔女よ…に、人間となんか、友達になれないわ」

 

鮮やかなオレンジ色の瞳に見つめられ続けていたがようやく声を出せるようになったアストリッド。

 

「そんなことくらい知っているわ。でも私は貴女が人間でも魔女でも関係ないわ。だって貴女も私が何者でも気にしていないはずだもの」

 

「…でも」

 

「それとも私のこと、嫌いかしら?」

 

「わ、わからない…」

 

不安そうに尋ねられ、アストリッドの答えを聞き少し悲しそうな顔をするアミエリタ。

 

「私ね、ここから出られないの。だから友達欲しい、一緒におしゃべりができる人が欲しいの。リッドだったらこの結界を簡単に破って会いに来てくれるわ」

 

「―――」

 

「ねぇ、こっちに来て?」

 

アミタはベッドに座ると自分の横をポンポン叩いた。座れ、ということらしい。状況をあまり理解していないが大人しく横に座る。

 

「ねぇリッド。この世界で一番素敵なことはなんだか分かる?」

 

「―――っ」

 

その言葉を聞き脳裏に浮かぶのはいつも優しい笑顔で接してくれた自分と同じ顔の女性。甘い香りにやわらかく暖かなな思い出。大好きな人がいつも聞いてきた質問と同じ質問に息を飲む。

 

「あ、あなた、何者、なの…?」

 

「アミタよ。昔ね、ある人と出会ってね、こう聞いて来たの。その人はあなたと同じ髪と眼の色だったわ」

 

「アミタは、なんて答えたの?」

 

「いつかここを出て世界を見てみたい、そしていろんな人と友達になることって答えたわ。そしたらその人はなんて言ったと思う?」

 

「―――多分、笑ってた。笑って―――」

 

「えぇ。笑いながらそれは素敵な夢ねって。だったらまずは私とお友達になりましょうだって。私もね、聞いてみたの。あなたにとって世界で一番素敵なことってなにって」

 

「愛する者と共にいること…いつも言っていたの」

 

寂しそうに俯くアストリッドの頭をアミエリタは優しく撫でる。

 

「そうよ。その人はね、自分の話をしたの。自分にはまだ小さな娘がいる。いつも吹雪でお城が覆われているけどたまに吹雪が少しだけ弱くなる日があって、その日には必ず娘と冬芽探しをしているって。それが一番楽しいって言っていたわ」

 

俯いていたアストリッドの赤い瞳が潤む。透明な涙が頬を伝いローブを握りしめていた手の甲に落ちる。

 

「世界で一番素敵なことは愛する娘の笑顔を見られることだって…その人は、私の友達のセイラ・ユーグスタクトは、リッドのお母さんでしょう?違う?」

 

そっと小さく頷く。

 

「私のママよ…いつも優しかった」

 

「やっぱりね、だってリッドとすごく似ていたんだもの。いなくなったセイラの代わりにリッドが出て来たって事は…やっぱりセイラはいなくなちゃったのね…」

 

「―――ぅん…私が、13代目の、ユーグスタクトの魔女」

 

震える声で答える。懐かしさと寂しさで涙が止まらない。

 

「セイラにお願いしていたの。今度娘に会わせてって。だけどセイラはね、それは出来ないって言った。ユーグスタクトは自分だから娘はこっちに出てこられない。だけど会えた時はきっと友達になってくれる。優しい子だからって」

 

アミエリタはそっとアストリッドを抱き締めた。久しぶりに感じる暖かくやわらかな感覚。自分はこれが大好きだったことをアミエリタの腕の中で静かに思い出す。

 

「ねぇリッド。また私の所に遊びに来てくれる?私にセイラの事やあなたのことを話してちょうだい?吹雪のユーグスタクト城のことや、あなたが見て来た外の世界とか」

 

「―――ぅん・・・」

 

「ねぇリッド。私ね、セイラから預かっていたものがあるの。それをあなたに返すね」

 

アミエリタの胸が光り、淡い黄金色を放つ小さな球体が浮き出て来た。それを見たアストリッドは目を見開いた

 

「これだ・・・私は、魂じゃなくて・・・これに引かれて、ここに来た―――ママだ・・・」

 

それはアミエリタを離れアストリッドの胸の中へと消えた。冷え切っていた胸の中が暖かくなっていく。

 

 

 

静かな世界の優しい音色

 

  一人で震えている寂しい月影

 

   今きらきらと舞い散る黄金の粒

 

    またあなたに会える日まで

 

     どれだけ遠く―――

 

「―――ねぇ、アミタ…聞こえる?」

 

「いいえ、もう聞こえない。でも私の中に欠片があった時ずっと聞こえていたわ」

 

「ママの、ママの声だ…」

 

いつも寝る前や寂しくなった時に歌ってくれたひどく悲しい旋律の歌。だけどセイラが歌うときだけはひどく悲しい旋律でも落ち着いていられた。深紅の瞳からポロポロと涙が溢れる。

 

「リッド?どうしたの?悲しいの?」

 

「違う…嬉しいの、欠片だけどまたママに会えた。」

 

手で拭うが涙は止まらない。

 

「・・・ありがとうアミタ・・・ずっと大切に持っていてくれて・・・」

 

アストリッドの胸が淡く光り出し淡い黄金色の光を放つ球体が現れた

 

「リッド?」

 

「私も、あなたにこれを預けたい・・・私の欠片を・・・そうすれば、アミタは悲しくないよ・・・私も、アミタと友達になりたいから・・・」

 

それはアストリッドを離れアミタの胸の中に消えた。

 

「私、あなたに会えて良かった。また会いにきてね。」

 

「ぅん」

 

ごしごしと手の甲で涙を拭き小さく頷くと空間を歪め消えていった。


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