深い森の中に閉ざされた古城であるユーグスタクト城は今日も変わらず吹雪で覆われていた。全てを凍らせる極寒の大地にひっそり佇む古城の一室で母娘はそろって寝台に腰掛けていた。優しく燃える暖炉の熱と光はぬくもりの結界となり母娘を寒さから守り包み込んでいる。
「ねぇアリス。この世界で一番素敵な事ってなんだと思う?」
「ぅ?」
アリスと呼ばれた幼子はきょとんと可愛しく首を傾げ母の顔を見上げた。雪のように柔らかい白髪から覗く、くりくりの丸い紅の瞳が絶対的な信頼を込め母の瞳を見つめてくる。それが何よりも愛おしくて、愛らしい。
「それはね、愛しい人と共に過ごすことなのよ。」
娘と同じ色彩の髪と瞳を持つ母は愛おしそうに少女を抱き上げると自身の膝に座らせた。まだ外の世界を知らない少女にとって世界の全てである母に抱かれるだけで嬉しそうに笑い、その小さな手で母の頬に触れた。母は娘の柔らかく小さな温もりにそっと目を閉じた。
「いとし、ひと?」
「そうよ、愛しい人―――そうねぇ・・・大好きな人、でいいわよ。今は、ね。」
きょとんと首を傾げた後その言葉の意味を理解したのか嬉しそうに抱き着く。
「んと、アリスは、ママ!ママが大好き!」
「ありがとうアリス、ママもアリスの事が大好きよ。ねぇアリス、この世界で一番怖いものはなにかしら?」
「んと、えりゅとりあの、みこっ!」
舌足らずの言葉の中に確かな敵意を込め答える幼子。言葉の意味は理解していないようだがそこにはその言葉自体を嫌うような素振りを見せている。
「それはどうして?」
「えっと、アリスは魔女で、えりゅとりあの御子はユーグスタクトの敵なの!」
「そうね。ユーグスタクトは何千年もの歴史があって、全ての魔女を統べる一族。そしてエルトリアの御子は私達ユーグスタクトを破壊できる唯一の存在。」
「御子にはかいされたら、どうなっちゃうの?」
「魂を引き裂かれちゃうの。二度と蘇ることがないように―――先代達は一人残らず御子に殺されたわ。」
「じゃあ、じゃあ、アリスも殺されちゃうの?ママとバイバイしちゃうの?」
不安そうに怯えながら母の二の腕にしがみつく。娘が不安な顔をするだけで母の胸は張り裂けそうになるくらい痛くなってしまう。この子にこんな顔をさせたかったわけではない。不安そうに怯える娘の頬を両手でそっと包み込む。
「いいえ、大丈夫よ。アリスがアリスでいる限り御子は絶対に破壊なんて出来ないもの。」
まだぬぐい切れない恐怖と不安に怯える娘。そんな娘を安心させる為に優しく笑いかけ、不安を取り除くように母は娘の白く柔らかな髪を撫でそっと手で梳く。
「いいのよ、まだ理解できなくても。でも忘れないでね、アストリッド・ユーグスタクト。いつも自分を信じて、そして貴女が貴女でいることに、ユーグスタクトであることに誇りを持ちなさい。」
母は祈るように優しく娘を抱きしめた。嬉しそうに抱きしめかえす娘はその時母が流した一筋の涙に気づく事はなかった。