王宮で会議が行われているその頃、アストリッドは小高い丘の上から街を見下ろしていた。首都の市民街ほど賑わっていないが港が近いのかあちらこちらから威勢の良い声が響き渡り街に活気が溢れている。
「―――やっぱり感じる…ママの気配。この街のどこかに、ママの欠片はっ―――っ!!」
何かを感知したのか大きく右にジャンプをして避ける。一瞬の差でつい先程までアストリッドが立っていた場所は爆発し、土煙をあげ地面が深く抉れた。
「あらら、この品のない攻撃は遊撃隊ね。」
抉れた地面を見降ろし小馬鹿にしたように嗤う。
「あ、やっぱりね。」
土煙が晴れる頃、アストリッドの目の前には黒いローブを被った集団が各々武器を持って立っていた。
「はぁ…なんか用なの?私、まだ何もしてないわ。」
「魔女がこの街になんの用だ?まさかまた狩りでもしに来たのか?」
「質問しているのはこっちなんだけど?これだから人間って嫌いなのよね。まぁいいわ、遊撃隊だろうが組合だろうが関係ない。私の邪魔をするのなら排除してあげるわっ!」
アストリッドが左手を前に出すとそこに等身大ほどの漆黒の鎌が現れる。鎌の柄をしっかり握り構え敵を睨む。
「ユーグスタクトの魔女が相手をしてあげるのだから精々無駄に足掻いてみせなさいっ!!」
集団に向け跳躍をしながら鎌を大きく振り上げる。鎌の刃先が獲物を捕らえるよりも早く集団の一人がアストリッドに向け剣を振るうがそれを魔法で編み出した障壁で防ぎ、空中で軌道を変え襲ってくる楔を鎌の柄で受け止める。
キンッ!と金属同士がぶつかり合う音が辺りに響く。
「っ!」
動きが止まったわずかな瞬間を狙いアストリッドに向け鎖が飛んで来た。
剣士の体を蹴り後方へ飛ぶ。背後から飛んできた矢を魔法で燃やし、自身を拘束しようとする鎖を溶かし、飛んでくる楔と共に迫ってくる敵を鎌で薙ぎ払う。
「あはは!あなた達って本当に品がない攻撃しか出来ないのね!この私を狙うからにはもっとまともな攻撃を期待していたけど、期待するだけ無駄みたいね!」
アストリッドが生み出す砲弾が集団を狙い続ける為統一した動きが取れていない。たった一人の少女を倒せず、それどころか翻弄され続ける。
「もっと無様に踊りなさい!そして足掻くだけ足掻いて私が相手をしてあげている事を光栄に思いながら死になさいっ! 」
一人がアストリッドを切りかかろうとする。それを風で吹き飛ばし、飛んでくる砲撃をさらに強力な砲撃で破壊して追撃を行う。
最初は楽しそうに笑っていた次第に少女の顔は玩具に遊び飽きた子供そのものになっていった。
「…退屈ね。面白いから遊ばせてもらったけどもう飽きた。私が相手をする必要もないし、価値もないわね。」
本当に飽きたのか深くため息をつくと持っていた鎌をまるで空間を引き裂くように大きく横に振った。
「ユーグスタクトの使者よ、ユーグスタクトの声を聞きなさい!こんな連中の為に私の手を患わせないで!」
少女の小さな体から莫大な魔力が溢れ出す。魔力に反応した地面は歪み、そこから赤いローブを身に纏った使者達が現れた。その数は13体。数では遊撃隊よりも劣るが使者達から放たれる魔力量に遊撃隊のほうが僅かに後ずさる。
「遊び飽きたわ、そいつらもう要らないからさっさと終わらてちょうだい。」
呼び出された使者は主の命に頷くことなく動き出す。戦闘を始めた使者に相手が気を取られたわずかな隙に鎌を手に崖を全速力で駆け降りる。
目標が離脱したと気づき後を追おうとした遊撃隊は少女が呼び出した使者にその道を立ち塞がれる。遊撃隊の剣が使者の身体に突き刺さるが使者達は攻撃の手を止めることをしない。生きていない使者に対しその肉体を狙った攻撃が通じるはずもない。それに対し相手はただの人間。使者達は互いに言葉を交わすことなく、されど一つの意志で動いているかのように敵の弱点を攻めては圧倒的な力を見せつけそこは血の海が広がることになった。
「―――本当、めんどくさい。なんなのよあれ、遊撃隊のくせに動きが早すぎるわ」
自身から切り離しても制御できる上位体の使者に戦闘を任せてきたとはいえイライラは収まらない。この苛立ちを木々に魔力をぶつけ破壊することで少し抑え込む。魔力反応で居場所がばれるがそんな事もう関係ない。先程の戦闘反応で時間を待たず応援が飛んでくるはずだから。
「とは言っても煉獄が来なくて助かったわ、あれだけは絶対に避けたいもん。」
鎌を消しフードを被り直して街に入る。鎌を持ったままでは明らかに襲撃しにきましたとアピールするようなもの。さすがにそんなことをすれば目立ってしまうことは解かりきっている。
適当な屋台で奪ってきた揚げパンをほお張りながら気配を探す。そもそも人間の金銭を知らないアストリッドには物を買うという概念はない。欲しかったら奪う、ただそれだけだ。
先ほどの市街地の揚げパンと違いここの揚げパンは齧ると僅かに魚の香りが口の中に広がる。揚げパン自体に魚は入っていないが魚を上げた油でパンを揚げたのかパンにまで匂いが移ってしまっている。しかしそれはそれで惣菜が中に入った揚げパンに程よい香りを足しさらに美味しく感じられる。
揚げパンから意識を取り戻し街から流れてくる魔力の流れを辿る。その途中戦闘を任せていた使者が自身の中に戻ってきたことを確認したアストリッドは小さくつまらないと呟く。
「大した力もないくせに無駄に力を誇示しようとするんだから。馬鹿らしい―――この街のどこかに必ずママのかけらはある―――私にはママがすべてなんだから…」