町を外れた雑木林の奥、そこに古びた洋館はある。蔦が外壁覆い、庭は草が伸び放題だった。アストリッドが左手を軽く振ると草が根元からバッサリ刈り取られ消し飛ばされた。そして出来上がった道を歩き洋館の扉にそっと手を翳すだけで重厚な扉は簡単に開いた。
罠がないか魔法で確認して中に入る。
「っ!!」
空気を切る音と共に何かが飛来してくるのを感じ、障壁を張る。アストリッドが張った障壁にぶつかった飛来物が金属音をあげ床に転がった。目線を下げると障壁に弾かれ刃が折れた斧が落ちていた。革靴のつま先で触れるだけで斧は砂となり消える。
「―――この館への侵入者とお見受けいたします。」
螺旋階段から一人の若い女が両手に斧を持ち現れた。ふんわりと揺れる栗色の髪にはリボンが飾られ、ゆったりとしたロングドレスに身を包んだ細い身体の女。
「ねぇ、貴女はこの館の人?」
「私はグレディ家の使用人のエミリーと申します。」
女はドレスを持ち丁寧にお辞儀をしたが目だけはアストリッドから離さなかった。
「あはは、使用人ねぇ。笑わせないで頂戴。明らかに封印を守る術者の護衛にしかみえないんだけど?」
相手が確実に自分の敵であると判断をし自身の中で警戒レベルを上げ出現させた鎌の柄を握る。虚空から突然現れた鎌にエミリーは僅かに眉を寄せた。
「間違ってはいません。我が主のお命を守るのが私の使命。使命を守るため、あなたを排除させていただきます!!」
ダンッ!と音を立てエミリーは階段から飛び降りアストリッドに向け斧を振り上げた。冷静に斧の軌道を読み取り鎌の柄で斧の刃を受け止める。斧と鎌の柄がぶつかりる金属音が鳴り火花が散る。
「あのさぁ、私はこれでも一応来客なんだけど?この家の人間は要件も聞かずに来客を襲うのが常識なのかしら?」
小馬鹿にしたように嗤い魔法で紡いだ砲弾をエミリーに浴びせる。
驚き目を見開くがすぐ後退をして安全な距離であり自身の射程距離でもあろう場所に下がるエミリー。その間にアストリッドは高速で魔術式を口ずさみ新たな魔法を編み出す。たったそれだけでアストリッドを中心に光球が現れエミリーに向け発射された。襲ってくる砲弾を回避し、避け切れない弾を斧で弾く。弾を弾いた斧は溶けた。
「まぁ、人間の常識なんて欠片ほども興味はないけど?それでもいいわ。人間の癖に面白いのね。貴女の事は少しだけ気に入ったわ。」
エミリーが砲弾に対応している間にアストリッドは後退をして、全身を使い大規模魔術式を編みあげる。
「貴女の魔法を知りたいからたっぷり遊んであげる。この私が興味を持ってあげたのだから光栄に思いながら、死になさいっ!」
「気に入っていただけるとは光栄ですが…あらまぁ、これは使えなくなりましたね。」
ほとんどが溶けてしまった斧を放り捨て懐からハンマーを取り出す。
「先ほどから不思議な力を使っていますね、呪術か魔術でしょうか?それならば封印石を狙う意図が理解できます。」
「あら、私達の魔法を真似る事しか能がない呪術師共と一緒にされるなんて心外だわ。いいわ、せっかくだからもっと面白いのを見せてあげる。」
構築途中の術式を解体して鎌を持たない方の手を頭上に突き出した。たったそれだけの行為のはずが、少女からとてつもない量の魔力が溢れ出す
「―――この規模の魔力…魔術師…いいえ、魔女ですね?それはとても厄介です。魔女が相手では私には勝ち目がありません。私の持てる力すべてを使って対応をするのが礼儀であるとお見受けいたします。全力でお相手をさせていただきます。」
「そう、なら貴女の相手が出来るように私も遊んであげる。」
エミリーはハンマーを放り投げると虚空に陣を描き出した。両者から放たれる魔力が互いに干渉し、広間の壁を軋ませる。それだけ濃密な魔力がこの空間を満たしている。
「あら、面白い。呪術ばかり使っていたから呪術師かと思ったけど、あなた魔術師なのね?」
「私は主にお仕えする身。魔術の一つ使えなくてどう致しますか。」
「そうよね、そうでなくちゃ楽しくないわ。でも魔女の気まぐれが生み出した魔術師を殺すのは気が引ける。だから貴女を殺さないように気を付けてあげる!ユーグスタクトに導かれし哀れな魂よ。ユーグスタクトの名のもとに蘇れ!」
詠唱と共にアストリッドからさらに溢れ出る魔力波が空間を揺らす。赤いローブの中からドロリと粘性を持つ漆黒の液体のようなものがアストリッドの足を伝い地面に広がる。
「魔術師相手に力の出し惜しみなんて勿体ないわ。せっかくだもの。遊び相手になってくれると嬉しいわ。」
漆黒の液体はそれ自身が意志を持っているかのように地面に広がり影を吹き出す漆黒の泉となる。やがて泉から漆黒の影を纏う者達が生まれてきた。
「ユーグスタクト―――あぁ、成程。貴女様が当代でございましたか。これは数々のご無礼をお許しください。しかしせっかくの機会です。私の力がどこまで通用するのか、私の力で主人が守れるか。なぜ貴女様がこの家を襲うのか理解しかねますが…リオン、いらっしゃい!」
エミリーの陣の奥から獣の唸り声が聞こえそこから茶色の毛並みをした狼が現れた。
「ふーん、可愛い使い魔ね。リオンって言うんだ。
興味深そうに現れた狼を見つめ魔術の解析を始める。
「ありがとうございます。貴女様の使い魔を初めてこの目で見ましたが、やはりユーグスタクト様が使役するだけあってとても立派ですね。」
「うーん、使い魔とは違うんだけどなぁ…まぁいいわ、やっちゃいなさい!」
漆黒の集団は影を撒き散らしながら突進する。アストリッドはその間に自身が生み出した漆黒の泉に沈み消える。漆黒の集団に気を取られているエミリーはアストリッドが消えたことにまだ気づいていない。エミリーが漆黒の影に応戦している背後に漆黒の泉が生まれアストリッドが現れる。エミリーの首をめがけ鎌を振り下ろそうとしたその時、
キンッ!と金属音が鳴り響き、鎌が弾かれた。
「ッ!?」
予想外の方向に弾かれ刃が不安定な軌道を描きながら空を切る。鎌を掴み直し状況を把握するため後退する。
「お待ちください。」
「誰!」
声が聞こえた方向に向け砲弾を発射するが砲弾は結界に弾かれ消滅した。螺旋階段の上で車椅子に乗った老人が二人を見下ろしていた。
「我が主、危険です!」
「かまわんよ、そのお方は来るべくして来た客人でもあるし、お前のような者が手を出していい相手でもないよ。魔術を解きなさい、エミリー。」
「…はい。」
敵の前だが主の命に従い魔術を解除するエミリー。相手が魔術を解体したのを見て興が削がれたのかつまらなさそうにちいさくため息をつき最低限の障壁と鎌を残しながら泉と漆黒の影を消す。
「―――初めまして。ユーグスタクト家13代目、アストリッド・ユーグスタクト様。」
「へぇ、私のこと、知っているのね。」
「勿論でございます。私の従者が貴女様に対し行った数々の無礼をどうかお許しください。」
「別に構わないわ。貴方の従者とは楽しく遊ばせてもらったから、私の方がお礼を言いたいほどだわ。―――ユーグスタクト家第13代当主、アストリッド・ユーグスタクト。」
ローブの端をつまみカーテシーで挨拶をする。
「これはこれは、ご丁寧に。私はフェデラル・グレディと申します。身体が悪く椅子に座ってのご挨拶ですがお許し下さい。ここでは12代目のユーグスタクト、セイラ・ユーグスタクト様の魂を預からせていただいています。本日のいらっしゃった目的はそれでございましょうか?それとも別件でのご訪問でしょうか?」
「私はママの魂を返してもらうために来ただけよ。無駄な時間は使いたくないの、今すぐ案内しなさい。」
「申し訳ありませがそれは出来ない決まりでございます。我々は先祖代々続けてユーグスタクト様の魂を守ってきました。どのような用で当代が先代の魂の欠片を取り戻そうとしていているのか不思議ですがその信念は変わりません。そのようなご用件でいらっしゃったのでしたらお帰りください。ここはあなたが今来るべき場所ではありません。」
「―――そうやって人間はママを苦しめるのね。いつもそう…アリスのママを、返してよ!」
脚に魔力を流し飛び上がる。一蹴りで二階までの高さに飛び上がり、鎌を大きく振り老人の首を狙うが寸前の所でエミリーの斧に阻まれた。後退しエミリーの前に着地をする。
「なにか勘違いをなさっているようですが魂を封印することでセイラ様は悪夢とならずにすんでいるのです」
「どういう意味よ」
エミリーの言葉の真意が分からず困惑する。隙を見て老人を襲おうとするが防御が硬く諦め攻撃系の魔法を解除する。
「ユーグスタクト様であればその意味を知っているはずですが?」
「人間のくせにユーグスタクトの事を知ったように語らないで!いいから案内してよ!アリスにママを返してよ!」
ただの人間の癖に自分の要求が通らない苛立ちから声を荒げる。
「それはできません。残念ですがお帰りください」
「―――いいわ。力ずくで見つけだしてやる!ユーグスタクトの使者よ。こいつらを黙らせてよ!!アリスのママを助けたいの!」
地面から赤いローブを被ったユーグスタクトの使者達が現れ二人の身体を拘束した。
「―――気をつけなさい。あそこはユーグスタクト様でさえ危険な場所です」
「戯言なんて聞きたくない。もういい、そいつら殺しちゃって。」
目の前でエミリーと老人の首が跳ね飛ばされるが眉一つ動かさず、興味もなくなったのか警告を無視して駆け足で奥に向かう。魔力を放出させ気配掴み取ると地下に降りる。
「ママの欠片。もうすぐ会える。また、ママに会える…そしたら私は―――」