「―――…え?」
目の前に広がる光景に驚きのあまり間抜けな声が出てしまった。
部屋の中心にあるのはクリスタルの柱、そこから床に伸びるのは複雑に描かれた魔法陣。
そして厳重に守られているはずのそれは、中心が破壊され砕けていた。
「どう…して…?」
階段を降りている時までは確実にあった気配も消えている。おそらくクリスタルを破壊されたことで気配も消えてしまったのだろう。
「なんでっ?なんで!確かにここにあった!うんん、さっきまではあったのに!」
クリスタルの柱に駆け寄り掌を当て魔力を流すがもうなにも感じない。あったはずの欠片の気配もきれいさっぱり消えてしまっている。あるはずの物がなく、焦りだけが募りまともに思考が回らない。
「―――おや、可愛いらしい魔女さんがいらっしゃったのですね」
「ッ!?」
焦りで周囲への警戒が薄れてしまっていたのだろう、部屋に誰かいることにすら気付かなかった。声の方向に顔を向けると中性的な顔立ちをした青年が立っていた。エルトリアでは珍しい上質そうな生地を贅沢に使ったスーツを着た青年はアストリッドを品定めするかのように頭のてっぺんからつま先の先までじろじろ見つめた後にっこりと笑った。
「こんなに可愛らしい魔女さんに会えるとは思ってもいませんでしたよ」
青年の爽やかな笑顔は逆に恐ろしく感じさせる。しかし今のアストリッドにはどうでもよかった。そんなことよりもアストリッドの驚きは男が手に持つ物にあった。
「封印石の欠片―――どうしてあなたが…」
「魔女の魂、それもユーグスタクトの魂はそれだけで価値があります。これを使えばありとあらゆることが可能になり、」
「ッ!!!」
言葉の途中で砲弾が青年を襲う。
「そんなことはどうでもいい!人間の分際で!その汚らわしい手でママの魂に触れるなっ!!」
アストリッドの周りに浮遊していた砲弾が次々と青年を襲うが、青年は障壁でも張っているのか一つもあたらない。
「やめませんか?こういう無駄な争いを。時期に遊撃隊がきます。そうなれば不利になるのはあなたの方ですよ?」
「そんな事どうでもいい!いいから返してよ!」
「そうですか。では私と戦いながらでも遊撃隊を待ちましょう。煉獄部隊も呼んでいるのでその身を頂くとしましょうか」
「っ…」
煉獄部隊の名を聞き僅かにビクッと身体を震わせる。
煉獄部隊、それはユーグスタクトや魔女を狩ることのみに特化したエルトリアの中でも極秘の王族直属部隊。数千年の時をかけ魔女を研究しては捕獲することのみに特化してきた部隊は、魔女達にとっては最も関わりたくいない存在。
さすがに煉獄部隊に捕まれば無事で済むとは限らない。なにせ相手は魔法を溶かし無効化してくるような連中なのだから。アストリッドの中で葛藤が始まる。魂を回収するか、諦め一先ず逃げた後回収に向かうか。
答えはすぐに決まった。
「―――人間、名前を聞いてもいいかしら?」
「私の名前はルネット。ルネット・ラザフォードですよ。小さなユーグスタクトさん、お名前は?」
「アリス」
「愛称じゃなくて真命を聞いています。答えなさい」
「―――アストリッド、第十三代ユーグスタクト、アストリッド・ユーグスタクトよ。」
嫌々そうにカーテシーをする。例えどんな相手でもユーグスタクトとしての礼儀は忘れたくなかった。
「覚えておきなさい、人間。私は、ユーグスタクトの魔女は諦めない。絶対に奪われた物は奪い返してみせる」
鎌を大きく振り空間を切り裂くとその中に飛び込みアストリッドは姿を消した。
「さて、これまた随分と嫌われてしまったようですねぇ…」
やれやれと困ったように肩をすくめ、クリスタルの欠片の中を覗き込む。
「この中には彼女の…セイラ・ユーグスタクトの欠片が入っている。まずは一つ目。」
大切そうに欠片をポケットに入れ階段を上がる。
「おや、随分と派手に暴れて。痕跡も残したままとは…まだまだ甘いですね。お片付けの方をお願いしますよ。」
「はいよーん、まっかせてぇ~」
荒らされた広間に転がる初老と女の首と血の海を跨ぎ、ルネットは屋敷を去って行った。
ステファニーにアフタヌーンティーを入れ椅子に座るギルバード。
机の上には報告書である書類が山積みになっていた。
「結局煉獄部隊の報告も当てにはなりませんでしたわね」
「遊撃隊の話によるとユーグスタクトは欠片の強奪に失敗したそうです。グレディ家は主と護衛役が殺されていました。おそらくユーグスタクトの手によるものかと。そして煉獄部隊到着時にはすでに欠片はありませんでした。」
報告書を捲りながら要点をまとめ主に伝える従者。それを聞き難しそうな顔をし考え込む少女。気になる事があったのか報告書のページをめくる手が止まる。
「欠片とはいえそれ自体にとてつもない魔力を秘めています。魔術師たちが狙う理由は分かりますが―――なぜユーグスタクトが欠片を狙う必要があるのでしょうか?ユーグスタクトは守護する側のはずです」
「それに関しては調査中です。理由が分からない今はまだ奪われていない分の守りを強化するよう働きかけておきました。」
「仕事が早いですわね、ありがとうございます」
報告書をテーブルに置き紅茶を飲む。
「あなた様にお仕えして御子の業務を滞りなく行う準備や手助けをする事が俺の仕事ですから」
「そうですわね、ところでギルバード」
「はい」
「あなたはどうしてユーグスタクトにこだわるのですか?確かにユーグスタクトの名は世界共通の恐怖対象。長年続く得体の知れない家です…それに百年前、このエルトリアで起こったことを誰も忘れません」
「俺の一族はあの厄災で住む場所を奪われて、厄災の影響で親まで死んでしまった。ユーグスタクトが厄災を起こさなければ俺の家族も、他の人たちも不幸にならずに済んだ。ユーグスタクトは本来この世界に必要ないはずだ」
「―――百年前、このエルトリアの地でユーグスタクトが引き起こしたこと。街を破壊し多くの人々が犠牲となりました。あなたの言う通りその事を忘れず私たち人間は生き続けなければいけません。人間とユーグスタクトは相容れぬ存在です。だからと言って互いにいつまでも憎しみ続けてそれでその先に明るい未来は果たして存在するのでしょうか?」
「それはわからない。確かに何時までも恨み続けるのは良くないが…」
「それについてはよく考えるといいですよギルバード。それと話は変わりますが一つお願いを聞いていただけるかしら?」
「なんでしょうか?」
「ユーグスタクトの次の狙いは分かっていますか?」
「魂を横取りしたという存在、おそらく襲撃して奪い返しに向かっているはずです。それについてはギルド関連の調査依頼を王家に出しておきます」
「えぇ。早急に頼みます」
「かしこまりました」
ステファニーに一礼をして資料を手に部屋を出る
(この世界にユーグスタクトは必要ない…しかし、あの娘は、果たして本当に人間にとって悪と決めつけてもいいのか?)
脳裏に浮かぶ無邪気な笑顔を浮かべる白髪の少女は本当に人間にとって悪なのだろうか