いつか黄金の世界で   作:Schweitzer

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第9話

氷に閉ざされた、ユーグスタクト城。古くからユーグスタクトが住む人も通わぬような深山の中にある古城は、その日、いつもよりも落ち着いた降雪となった。完全に晴れるとまではいかなかったが重い曇り空から微かに届く朝日が一面銀世界の景色を幻想的に照らしている。雪の積もった枝は白く、白く輝いている。

 

そんな森を一人の少女が歩いていた。ユーグスタクト城の城主、アストリッド・ユーグスタクト。彼女はふかふかの新雪の中にブーツを沈ませながらも、目だけは何かを探すように動いている。せわしなく辺りを見渡し、目的のものを見つけては目を輝かせ他にもないか探していた

 

「―――いつまた吹雪が弱くなる日が来るかわかんないけど、次こそはママと一緒に冬芽を探すわ…それに約束したんだもん…雪が晴れたら…その時は―――」

 

獣すらいない静かな森はアストリッドが踏み締める雪の音だけがよく響く。一通り探し終えて退屈になったのか近くの倒木に腰を下ろし休憩をする。昔は母が魔法で出してくれた暖かな炎と抱擁ではしゃいで冷え切ってしまった小さな身体を温めてくれた。

 

 

しかし今は―――

 

 

「やっぱり全然楽しくないわ…外に出よう」

 

 

 

路地裏

 

数秒前までユーグスタクトの森にいたアストリッドはそこにいた。通常の手段ではまず出入りすらできない高度な結界が張られているユーグスタクト城は、そこを出入りできるのはユーグスタクトのみ。城の外にあるガゼボに魔術式を組み込んでいるおかげで魔力を通せばこうして外の世界に自由に出入りすることができる。

もちろんそんな高度な魔法を扱えるのはユーグスタクトだけだがアストリッド自身、小さい頃はこの術式を組むことが苦手で母がいなくなったその日まで生まれてから一度も城を出たことはなかった。しかし母の教えを胸に繰り返すうちになんとか出来るようになった。それは才能とユーグスタクトとしての血の恩恵だろう。

アストリッドは血のように赤いローブのフードを深く被ると表通りに出た。朝市の時間なのか威勢のいい声や香ばしい匂いなどが辺りを充満していた。

栄養摂取を必要としない少女は匂いを感じても特になんとも思わない。味覚がないから食べてもそれが美味しいのかどうかも分からない。しかしアストリッドはある匂いだけは正確にかぎ分け目的地に向かっていた。

目的の物が売っている店をみつけじっと見つめる。

 

「む、新作。木苺入りとミルクジャム入り…」

 

味覚がなければつくればいい、と自身に魔法をかけ疑似味覚を作った。だけどやはり何が美味しいのかいまいち分かっていない。それでも好きになってしまった揚げパン屋の前で出来立ての揚げパン眺める。そしてやはり気になるのから奪おうと考えた時、

 

「お、そこの嬢ちゃん、食うか?今日から新作だしたんだぜ?」

 

じっと見つめる少女の姿に気付いたのか人懐っこい笑顔で店主である男が話しかけてきた。

 

「―――お金、ないよ」

 

 物を買うのにお金がいるのはわかるがそんな物に興味はないし、どうでもいい事とさえ思っていたがここで下手に騒ぎを起こして正体をバラしてしまうより人間の振りをした方が賢明だと判断したようだ。

 

「いいって食ってけ。そんで感想もらえるか?」

 

「いいよ。」

 

 新作の揚げパンを食べられる事が嬉しいのかわずかに頬を緩ませながら出来立ての揚げパンを二つ貰い、さっそく一つ齧り付く。外はサクサクとほんのり甘く香ばしい香りが口の中を満たしていく。そしてふんわりやわらかなパンから濃厚なミルクの味が口の中に広がる。

 

「―――甘い。甘くて、おいしい。」

 

「そうか、そりゃよかった。ところで嬢ちゃんはどっから来たんだい?嬢ちゃんのような色彩の髪色はこの国にはねぇからよ。北の方の国あたりか?」

 

ローブから覗く白髪の髪を見て店主はアストリッドが旅人だと判断したようだ。確かにアストリッドのような白い髪色はここら辺では珍しい色だ。

 

「そんなとこ。」

 

「にしても綺麗な白い髪だな…もしかしてお前さん、貴族の子か上流階級の子か?」

 

最後の方で声を落とし尋ねる店主。この辺りはそこそこ治安がいいとは言え金持ちの子が一人でいたらいつ誘拐されてもおかしくはない。

 

「違う。」

 

興味もないしもともと真面目に聞いてあげるつもりもない店主の質問をバッサリと切り落としあっという間に一つ目の揚げパンを平らげ二つ目に齧り付く。

一つ目同様香ばしい香りとふんわりとした触感。そして木苺の酸味が効いた甘いジャムが先ほどのミルクジャムの味と混ざり新たな味を醸し出している。

 

「んっ!おしいい!」

 

 口の中で交じり合う酸味と甘みのハーモニーに満足そうに頷く。

 

「あんがとよ。それにしても嬢ちゃんの歳で技術職かぁ…世の中わからんなぁ」

 

「…?」

 

店主の言葉に不思議そうに首をかしげる。

 

「違うのか?ローブ着ているってことは呪術師か薬師だろう?」

 

呪術師、という単語に不機嫌そうに眉を顰めたが店主は気付かなかったようだ。それでも美味しい揚げパンに気分を良くしたのか会話に付き合いながらもあっと言う間に二つを平らげ指についた油を嘗める。揚げパンにまぶしてあった砂糖が油と混じり指に絡みつく。それを最後に舐めとるのが少女の密かな楽しみだ。

 

「んっ…おいしかったわ、またね」

 

「―――おい」

 

 満足そうに笑い店を立ち去ろうとした少女を呼び止める声が聞こえてきた。アストリッドが振り返るとギルバードが紙袋を持って立っていた。

 

「あ、ギル」

 

「気配がするから来てみればまたお前か、アリス。てか金ないくせになに食っている!」

 

「おうギルバード、久しぶりだな。この嬢ちゃんお前の知り合いか?」

 

「まぁな。どうせこいつ金も払ってないのに食ってるだろ?すまん、今払う。」

 

 アストリッドを指さしケラケラ笑う店主。店主と知り合いらしいギルバードは申し訳なさそうにポケットから財布を取り出す。

 

「いいって、俺がこの可愛い嬢ちゃんに奢ったんだ。それより今夜どうだ?一杯いかねぇか?」

 

「仕事が片付いた行く。行くぞアリス」

 

「はーい、またね」

 

アストリッド腕を掴み引張ながら強制的に裏路地へ連れ込む。

 

 

「お前なぁ、あの店主がいい人だったから良かったものを。ユーグスタクトってばれたら」

 

「あーはいはい。もー聞き飽きた」

 

「アリス!」

 

軽く手を振りながら適当に聞き流すが名前を呼ばれビクンとした。

 

「いいか、約束しろ。確かにお前は強い。だがなこの国のギルドの中には対魔女用の魔術を扱うものもある。それに絶えず煉獄部隊が目を光らせているんだ。例えユーグスタクトだろうが死ぬぞ。」

 

「―――心配してくれるの?」

 

「まぁ、な。」

 

「ありがとう、気をつけるわ。ねぇ、ギル。今からお城に来ない?本当なら人間なんて存在は絶対に入れないけど今日は特別に招待してあげるわ。だって今日はね久しぶりに吹雪が弱くて綺麗な雪景色なっているのよ」

 

「悪い、仕事があるから行けそうにない」

 

「いいよ~、空間移動に人間が耐えられるとは思ってなかったし、ギルを殺さずに済んでよかったぁ」

 

「俺、死ぬところだったのか?」

 

「大丈夫だよ?空間移動に肉体が耐えられそうになかったら魂だけでも拾って連れていこうかなって思っていたから」

 

 それのどこが大丈夫なのか色々突っ込みたかったが目の前の少女に人間の命の価値について語っても理解するつもりはないだろうから諦めた。

 

「あぁ、そうだ。前に俺の主にお前の事を話したら一度でいいからお前に会いたいって言っていたぞ。興味はあるか?」

 

「私の力を利用したいのね?嫌よ。私、人間ってあんまり好きじゃないの。それくらいギルも知っているでしょう?私がギルと話しているのはギルが特別なだけよ。勘違いしないで」

 

「すまん、俺の説明が足りなかった。俺の主はお前がユーグスタクトだとは知らない。だから客人として会ってみたいそうだ。」

 

「はぁ?あーそっちね、それでも嫌よ。どうせ私が魔女って分かったら利用して使い捨てるだけでしょう。人間っていっつもそう。魔女を都合よく利用してその誇りを汚す、魔女よりも質の悪い生き物」

 

不機嫌オーラを辺り構わずぶちまけていたが呆れたように笑いもう用はないと言いたげに背を向ける。

 

「いや、彼女は違っ…!」

 

アストリッドは振り返りながら鎌を出現させると尖端をギルバードの喉元に突き付けた。

 

「違わない。人間は皆一緒よ。魔女を道具のように利用して、魔女としての誇りを奪って、破壊する。私の大切な魔女達を簡単に破壊する」

 

「違う!確かにそういう奴もいる!だがな、人間の中にだって魔女を理解している奴も…っ!」

 

ギルバードは続きを言えなかった。少女の不機嫌なオーラが明確な殺気に変わり、鎌の刃先が喉に僅かだが食い込み血が滲み出た。切り口から溢れる血が鎌の刃を伝う様子を見て面白そうに嗤う。

 

「あはは、ほんと人間って弱い生き物よね、呆れて笑っちゃうわ。あの子達を理解出来る人間なんているはずがないし、理解して欲しくもない。あの子達はね、人間の手には負えない力を持つ存在よ…魔女の気分次第で人間はあっさり死ぬわ。跡形もなくね」

 

鎌を首から離し刃先から滴る血を指で絡めとる。

 

「私は魔女を統べる者。このほんの少しの量の血でギルを呪うことだって殺す事だって簡単に出来るよ」

 

「あぁ、そうだな、そうだったな。思い出したよ、魔女はそういう生き物だったな。俺たち人間の事なんて欠片ほども興味もない連中だったな。特にユーグスタクトは魔女としての機能があまりにも強大な最悪の魔女だ」

 

「えぇそうよ。その最悪な魔女は気分次第で簡単に世界を変えられるわ。私の身体の中にはね、数千年分の魔法が刻み込まれている。人間にとってはいい道具よ」

 

アストリッドは鎌を消すとギルバードに近寄りそっと傷口に手を触れた。それだけで切り口は塞がり、傷は跡形もなく消える。

 

「それでもお前はどうしたいんだ?ユーグスタクトとしてではなく、アストリッドとして」

 

「―――そうねぇ、それでも会ってみようかしら。あなたが思う人だもの。大丈夫よ、きっと。てかなにかしてきたら殺すけどね」

 

コロリと表情と雰囲気を変え年相応の笑みを浮かべる。

 

「そうか、なら良かった。また会えた時に話そう」

 

「えぇ、楽しみにしておくわ」

 

くるりと指を動かすとアストリッドの真横の空間がグニャリと歪んだ。

 

「ねぇギル、こんな話を知っているかしら?」

 

「なんだ?」

 

「ユーグスタクトの魔女は魔女じゃないんだって」

 

「それはどういう意味だ?」

 

「さぁね。私も随分昔にママから聞いたけどよく分からないわ。じゃあね」

 

アストリッドは手を振ると歪んだ空間の中に消えた。歪んだ空間はやがてもとに戻る。嵐のように過ぎ去った少女に一人取り残されたギルバードは先ほどの言葉の意味に首をかしげながらも仕事場に向かった。

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