デート・ア・ライブ ■■■の精霊   作:灰ノ愚者

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皆さん‼︎ お久しぶりです‼︎


今回は特別にたくさん『30547文字』ぐらい書いて
更新しました‼︎


後、納得いかなかったので急いで即刻書き直し(修正)
させてもらいしました。


【評価】や【お気に入り】、【しおり】、【感想】
などの『応援』してもらえれば更に『創作意欲』が
増していきます‼︎


きちんと書けているかとても心配になってしまう。
(豆腐メンタル)な自分な件について……(汗)



レイニーガール

 

「……それで、訓練ってのは一体何だったんだ?

俺に一体何やらせるつもりなんだよ」

 

 

士道が、半ば強制的に首を縦に振らされてから、

およそ三時間。

 

 

夕食を終えた士道は、リビングのソファに腰掛けた

琴里に問うてみた。

 

 

今五河家のリビングにいるのは、士道と琴里の

二人だけである。

 

 

令音はあのあとすぐ〈フラクシナス〉に帰り、

十香は、夕食が終わってから客間に赴いていた。

〈フラクシナス〉隔離エリアの部屋にいたとき

使っていた小物なんかが先ほど届いたため、

荷解きをしているらしい。

 

 

「別に、何もしなくていいわよ」

 

 

黒いリボンで括った琴里が、食後の一本

(もちろん、煙草ではなくチュッパチャップス)を

くわえながら唇を動かしてくる。

 

 

「は……? どういうこった? あれだけ訓練訓練

言ってたのに」

 

 

「んー、正確に言うと、普段通りの生活を送ることが

今回の課題……かしらね」

 

 

「あ?」

 

 

「基本的に士道の訓練は、これから〈アテナ〉を

含めた何人もの精霊とデートすることになったことを

想定して、女の子と緊張せずに話せるようになること

を目的としてるわけよ」

 

 

「……ああ、そういえばそんなこと言ってたな」

 

 

先月やらされた、ギャルゲー訓練とナンパ訓練を

思い起こし、頬をぴくつかせる。

 

 

「今回は、女の子と同居というイベントを生かした

実践訓練なの。要は、突然女の子と胸キュン展開に

なっても、落ち着いて紳士的に振る舞えるように

なってほしいわけよ」

 

 

「……はあ」

 

 

「だから士道は、十香との同居期間中、どんな

ムフフイベントが起こっても、焦らずとちらず

対応してくれればそれでいいわ」

 

 

「な……っ、なんだそりゃ……」

 

 

士道は眉の間に盛大にしわを寄せ、うめいた。

 

 

と、そこでふと脳裏に疑問が浮かぶ。

 

 

「……ていうかそもそも、なんで〈アテナ〉、

精霊を口説き落とさなきゃならないんだ? 

精霊の力はキスで封印(ふういん)できるんだろう?

なら不意を突いて──」

 

 

「あらなに、士道ったら無理矢理がお好み?

朝刊に載らないように気を付けてよね」

 

 

「載るかッ!」

 

 

士道が叫ぶと、琴里はやれやれと肩をすくめた。

 

 

「──駄目よ。精霊が士道に心を開いていないと、

完全には力が封印されないの」

 

 

「そ、そうなのか……?」

 

 

「ええ。別にベタ惚れされなさいってわけじゃあない

けれど、少なくとも、キスを拒まれないくらいには

信頼されてないと厳しいわね。だから令音が逐一精霊

の機嫌や好感度をモニタリングしているのよ」

 

 

「は、はあ……」

 

 

聞けば聞くほど、わけのわからない能力である。

士道は眉の間に深いしわを刻んだ。

 

 

「……ん?」

 

 

と──士道はそこで、首をひねった。

 

 

 

琴里が、何やらボソボソと唇を動かし始めたので

ある。

 

 

「……そう、わかったわ。ん……じゃあ……」

 

 

よくよく見ると、琴里の右耳には、小型のインカム

が装着されていた。

 

 

「琴里? 誰と話してるんだ?」

 

 

「──ああ、なんでもないわ。気にしないで。

──それより士道」

 

 

と、琴里がぴょん、とソファから立ち上がった。

 

 

「お手洗いに行きたいのだけれど」

 

 

「あ? 行けばいいだろ」

 

 

「さっき見たところ、電球が切れていたのよ。

先に交換してくれないかしら」

 

 

「? ああ……別にいいけど」

 

 

士道は琴里の様子を不審に思いながらも、

棚の引き出しから予備の電球を一つ取り出し、

作業用の丸椅子を持ってトイレに向かった。

 

 

 

 

そして、椅子を床に置いてから扉を開け──

 

 

 

「……っ⁉︎」

 

 

 

そのままの体制で、フリーズした。

 

 

 

しかし、それも当然だ。何しろ──トイレには、

先客がいたのだから。

 

 

 

「な……っ、シドー⁉︎」

 

 

 

十香が、パンツを膝元まで下げた状態で、

そこに座っていたのである。

 

 

「と……ッ、とととととととと十香……⁉︎

なんでおまえ、こんなとこに──」

 

 

士道は、心臓が急激に鼓動を速めていくのを

感じながら、そんな声を絞り出した。

 

 

おかしい。トイレの鍵は閉まっていなかった。

 

 

加え、琴里が切れていると言っていた電球は、

煌々(こうこう)と明るく光っている。ついでに、扉の脇に

設えている電気のスイッチはオフになっていた。

 

 

こんなの、咄嗟に人が入っていることを見抜け

という方が無茶だ。

 

 

「こっ、こっちの台詞(せりふ)だ! 早く閉めんか!」

 

 

頬を真っ赤にした十香が、部屋着の裾を片手で強く

下に引っ張りながら、トイレの壁に設えられていた

トイレットペーパーをむんずと掴み取り、力いっぱい

士道の顔面に投げてきた。

 

 

「ごあ……っ⁉︎」

 

 

柔らかいトイレットペーパーとはいえ、不意に投げ

つけられればそれなりの衝撃となる。士道はのどから

うめき声を発し、その場に仰向けに倒れ込んだ。

 

 

 

コロコロコロコロ……と、今し方士道の鼻に

カミカゼ・アタックを仕掛けてきたトイレット

ペーパーが、廊下の上に白線を引いていく。

 

 

「な……なんだ、ってんだ……」

 

 

と、士道が天井を眺めながらうめくと、そこにザッ、

と琴里が現れた。

 

 

「情けないわね。焦らすとちらずって言った

ばかりなのに」

 

 

士道の枕元に仁王立ちしているものだから、下着が

丸見えになっている。まあ、さすがに士道でも、

妹のパンツでは狼狽えなかったけれど。

 

 

「……琴里。おまえの仕業か……」

 

 

士道が言うと、琴里はキャンディの棒をピンと立てて

唇の端を上げた。

 

 

……要は十香がトイレに入ったのを見計らって、

士道に突撃させたのだろう。しかもご丁寧に、

鍵と電灯のスイッチに細工までして。

 

 

「──士道の様子は常に〈フラクシナス〉で

モニタリングされてるわ。そこでクルーとAIが、

士道の対応の合否を逐一判定するの。──今回は

もちろん、駄目」

 

 

言って琴里は、背に隠していたものを士道に示した。

 

 

「あ……?」

 

 

それは小型ラジオだった。

 

 

 

琴里が、それの電源を入れ、周波数を合わせる。

すると──

 

 

『──この世界は、欺瞞(ぎまん)に満ちている。大人たちは、腐敗(ふはい)しきっている。俺たちは、そうなっちゃいけない。示せパワー。(みなぎ)るワンダー。未来に向かう足を止めちゃいけない──』

 

 

……ドコかで聞いたことのあるような詩が、

淡々と朗読されていた。

 

 

 

そう。士道が中学校の時分に書いたものである。

 

 

 

「ぎ……ッ、ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ⁉︎」

 

 

 

士道はのどが潰れんばかりに大声を上げると、

ラジオを引ったくって電源を落とした。

 

 

「そんなことをしても無駄よ。だって、もう電波に

乗っちゃってるんだから」

 

 

「な……っ⁉︎」

 

 

士道は、顔を真っ青に染めた。

 

 

「前回の発展型ペナルティよ。訓練だからって気楽

にやられちゃ困るからね。──ま、安心なさい。

全部失敗でもしない限り、作者名を流すような

ことにはならないから」

 

 

「それ全部失敗したら流すって言ってるような

もんじゃねえか!」

 

 

「だから、その前に慣れなさいって言ってるのよ。

別にドキドキするなって言ってるわけじゃないの。

どんなに緊張しようが、落ち着いた対応さえすれば

クリアしてあげる」

 

 

「そ、そんな無茶な……ッ」

 

 

ゲームならまだしも、こういったイベントに免疫(めんえき)

ない士道にとっては難易度の高すぎる訓練だった。

 

 

「て、ていうか、十香の精神状態を不安定にしても

いけないんじゃねえのかよ……⁉︎」

 

 

「ああ、それは大丈夫。感情の揺らぎにもいろいろ

と種類があるのよ。こういったイベントで、精霊(せいれい)

力が逆流する可能性は低いわ」

 

 

「だ、だからって……」

 

 

と、士道が言うと同時、背後からキィ……という

音が響いてきた。

 

 

十香が、トイレのドアを少しだけ開けて、

真っ赤な顔を半分くらい覗かせている。

 

 

「と、十香……?」

 

 

つい今し方、琴里のせいとはいえ覗きのような

真似をしてしまった手間、顔を合わせづらい。

士道は小さく視線を逸らしながら声を発した。

 

 

「す、すまん……わざとじゃなかったんだ。

許してくれ……」

 

 

すると十香は、恥ずかしそうに頬を染めながら、

廊下に描かれた白線を指した。

 

 

「……許してやるから……その、なんだ……

か、紙を取ってくれ」

 

 

「あ……」

 

 

そういえば、備蓄用のトイレットペーパーが

切れていた気がする。

 

 

士道は廊下に転がったトイレットペーパーを

手に取ると、くるくるとロールし直し、十香に

手渡してやった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「士道。お風呂沸(ふろわ)いたみたいだから、

先に入っいちゃって」

 

 

今度はどんな手で仕掛けてくる……?

と気を張っていた士道に、琴里がそんな言葉を

投げてきたのは、午後八時を回った頃だった。

 

 

「……風呂、ね」

 

 

士道は、上擦った声でそう答えたのち、

リビングに視線を這わせた。

 

 

琴里が寝転(ねころ)がりながら、テレビに接続された

ゲーム機のコントローラーを握っている。

 

 

十香の姿は……やはり、ない。

 

 

そう。先ほど、士道が数分席を外している間、

十香の姿が消えていたのだ。

 

 

琴里は、部屋に何かを取りにいったようだと

言っていたが……この期に及んでそんな言葉

を信じるほど、士道も甘くはなかった。

 

 

「……いや、俺はあとでいいよ。先に入ってきたら

どうだ? 琴里」

 

 

「…………」

 

 

 

ぴくり、と。

 

 

 

ゲームのBGMに合わせて楽しげに揺れていた琴里の

爪先(つまさき)一瞬(いっしゅん)止まるのを、士道は見逃さなかった。

 

 

「遠慮しとくわ。今いいところだし」

 

 

なんて、画面に目をやったまま白々しく

言ってくる。

 

 

 

──士道は確信した。これは、琴里のトラップだ。

 

 

 

士道がいない間に十香を入浴させておき、先ほどの

トイレと同じように、士道をそのまま突撃させて、

(うれ)()ずかしハプニング演出をするつもりなの

だろう。

 

 

知将(ちしょう)五河琴里司令(いつかことりしれい)が、お風呂なんて王道イベントを

見逃すはずがない。

 

 

だが、士道は帰宅時、(すで)脱衣所(だついじょ)でのエンカウント

を体験しているのである。さすがに二度と同じ轍を

踏むような真似はしなかった。

 

 

小さく肩をすくめながら、とっておきの一撃を

お見舞いする。

 

 

 

「まあまあ、そう言うなよ。──今日は特別に、

バブ使っていいからさ」

 

 

「……ッ⁉︎」

 

 

瞬間。琴里のツインテールが、ピーン! と

逆だった(イメージ)。

 

 

五河家でバブを使用するときは──(みんな)でその炭酸

ガスの恩恵(おんけい)にあずかれるように、投入の役目は

一番風呂の者が任ずることになっていた。

 

 

そして、琴里がその役を逃したことは、ほとんど

なかったのである。

 

 

「………」

 

 

「………」

 

 

 

夕飯あとの静かなひととき。

 

 

何も知らない人間が見れば、(おだ)やかな兄妹(きょうだい)

ワンシーンに見えたかもしれない。

 

 

だが──二人の間では今、苛烈(かれつ)な心理戦(?)

が繰り広げられていた。

 

 

──さあ、どう出る、琴里。

 

 

今士道の脳内には、難攻(なんこう)不落の琴里城に、バブ型爆弾(ばくだん)

強襲(きょうしゅう)をかけるという、なんともシュールな光景が

展開していた。

 

 

琴里は、落ち着かない様子で足の指をぴくぴく

と動かしている。士道は勝利を確信し、にやりと

唇の端を上げた。

 

 

──ふっ、ははははは! 舐めるな小娘(こむすめ)

この五河士道、伊達に何年も貴様の兄をやってる

わけではないぞッ!

 

 

だが。しばしの間のあと、琴里が(ふる)える声を

発してくる。

 

 

「へ……へぇぇぇぇ、そう……それは素敵(すてき)ねえ。

……士道、先に、入れて、おいてよ」

 

 

「な……っ」

 

 

予想外の返答に、士道は眉をひそめた。

──如何(いか)に司令官モードとはいえ、琴里が

シュワシュワ炭酸ガスの魔力に抗えるはずがない!

 

 

……と、よくよく見ると、琴里が肩をぷるぷる

震わせながら、左手の(こう)を、右手でギュゥゥゥゥと

つねりあげていることがわかった。

 

 

「………」

 

 

完全に、我慢している。

 

 

 

と──そのとき。

 

 

 

「琴里、待たせたな。さあ、勝負だ!」

 

 

後方からそんな声が響いてきて、士道はバッと

振り返った。

 

 

そこには、ブランケットのようなものを

手を持った十香が立っていた。

 

 

「十香⁉︎」

 

 

「ぬ、どうしたシドー。おかしな顔をして」

 

 

「い、いや……どこ行ってたんだ?」

 

 

「ん。琴里が一緒にゲェムをしようと言って

きたのだが、なにぶん今日は少し冷えるのでな。

荷物の中から、膝にかけるものを探してきたのだ」

 

 

「……っ、な──」

 

 

──十香の言葉に、士道は思わずよろめいた。

視界がぐにゃぁ〜、と歪むような感覚。

 

 

琴里の言葉は本当だった? 

士道は、独り相撲(すもう)をとっていただけ……⁉︎

 

 

「……ふろ、いってくる……」

 

 

なぜか負けた気分になって、士道はふらふらと

リビングを出ていった。

 

 

「? シドーはどうしたのだ?」

 

 

「……さあね」

 

 

そんな二人の声を背にしながら廊下に出、適当に

着替えとバスタオルを用意してから脱衣所の扉を

閉める。

 

 

「…………」

 

 

一応、浴室のドアをノックしてから開けてみた。

 

 

「……なんだ、ホントに何もないのか」

 

 

安堵の息を吐くと、手早く服を脱いで浴室に入る。

その際バブを手に取りかけたが……なんとなく

琴里に悪い気がした。

 

 

明日にでも琴里に使用させてやろうと思い、

泡の出ない普通(ふつう)入浴剤(にゅうよくざい)を湯船に放り込むに

とどめる。

 

 

そして手早く身体を洗ってから、乳白色に染まった

湯に身体を沈み込ませた。

 

 

「ふぅー……」

 

 

細く、長い吐息が、浴室の壁に幾重にも反響して

鼓膜に戻ってくる。

 

 

「今日はまた……どっと疲れたな……」

 

 

肩に湯をかけながら、またもため息を一つ。

 

 

身体中の毛穴から、疲労が溶け出すような感覚。

 

 

士道は、そのままゆっくりと瞼を落とした。

 

 

 

……そして、どれぐらいの時間が経っただろうか。

 

 

 

『──ふーん、ふふふふーん、ふふーん♪』

 

 

 

ぼうっとした士道の耳に、くぐもった鼻歌が

聞こえてきた。

 

 

「あ……? なんだ……?」

 

 

士道はとろんとした目をこすって、その歌の聞こえる

方に顔を向け──

 

 

「……っ!」

 

 

 

身体硬直(こうちょく)させて、自分の判断を(のろ)った。

 

 

それも当然だ。何しろ今、浴室と脱衣所を(へだ)てる

(くも)りガラスの向こうに、黒髪(くろかみ)の少女の姿がぼんやりと

見えていたのだから。

 

 

「こ……ッ、こっちが(ねら)いか、琴里……!」

 

 

士道は胸元を押えながらうめいた。

 

 

前回と同じパターンと見せかけておいての奇襲(きしゅう)

 

 

十香のいるところに士道を誘導(ゆうどう)するのではなく、

その逆。

 

 

単純ながら、効果的な策だった。何しろ今士道には、

逃げ場がない。

 

 

(はか)ったな、琴里……っ!」

 

 

今士道の脳内には、サングラスをかけた琴里が不敵

に笑いながら、(ぼう)やだからさ」とウイスキーの

グラスを(かたむ)けている光景が浮かんでいた。

 

 

だが今は、そんな状況分析(じょうきょうぶんせき)をしている場合

ではない。

 

 

脱衣を終えた十香が、浴室のドアに手をかけた

のである。

 

 

「……っ!」

 

 

混乱した士道は、とにかく見つかるまいと思い、

湯に潜って浴槽の蓋を閉めた。

 

 

それと入れ違いのような格好で、ドアが開く音が

聞こえてくる。

 

 

次いで、ガラガラガラっ、というと音とともに、

浴槽の蓋が巻き取られた。そして──

 

 

「とうっ!」

 

 

ざっぱーん! と、浴槽の中を確認しないまま、

十香が勢いよく湯船に飛び込んできた。

 

 

あたりに湯がしぶき──同時に士道の腹のあたりに、

柔らかい感触が生まれる。

 

 

「ぬ?」

 

 

そこでようやく、十香も違和感を覚えたらしい。

 

 

そして……息が続かなくなった士道の顔が、

乳白色の水面からコンニチハする。

 

 

「よ……よう」

 

 

「…………」

 

 

 

それから数秒ののち。

 

 

 

「っっっっっっっっっっっっっ────………⁉︎」

 

 

十香は、顔をトマトみたいに真っ赤に染めて、

声にならない悲鳴を上げた。

 

 

「っ、お、落ち着いてくれ、十香……っ!」

 

 

「────っ! 馬鹿者(ばかもの)

でっ、出てくるな……っ!」

 

 

十香が士道の頭をむんずと掴み、再び湯船に

沈み込ませた。

 

 

無論。まともに息継ぎができなかった士道は、

肺に酸素が足りなくなる。

 

 

「………! ………!」

 

 

そして、狭い湯船の中でひとしきり組んず解れつ

したあと。

 

 

士道は気を失って、ぷかー……と湯船に浮いた。

 

 

 

なんか頭の上で琴里が「はい、駄目(だめ)ー」と言って、

ラジオからさらに長い音声が聞こえてきた気がしたが

……士道は対応することができなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さ……散々な目に……遭った……」

 

 

どうにか意識を取り戻し、風呂から上がった士道は、

流し台に溜まった皿を洗い、明日のご飯を仕掛けて

から、ようやくフラフラと自分の部屋に戻って

いった。

 

 

 

時計の針は、もう一 一時を回っている。

 

 

 

良い子な十香と琴里は、既に各々の部屋で眠り

についていた。

 

 

健全な高校生男子としてはまだまだ宵の口

なのだが、今日は疲れ方が尋常ではない。

 

 

──さすがに、今日はもう琴里もネタ切れだろう。

 

 

士道は部屋に入るなりベッドにダイブし、すぐに

眠りに落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……里。琴里、起きてくれ。時間だ』

 

 

皆が寝静まった深夜。右耳の鼓膜が震わされる

感覚に、琴里は眉をぴくりと動かした。

 

 

「ぅ……んー……」

 

 

だが、それで起きるほど、五河琴里一三歳の

眠りは浅くはない。

 

 

ベッドの上で身をよじると、タオルケットを

巻き付けるように寝返りを打ち、再びすやすや

と穏やかな寝息を立て始める。

 

 

『……琴里。琴里。寝直さないでくれ』

 

 

「ん〜……」

 

 

琴里は手の甲でショボショボの目を擦り、

のろのろと身を起こした。

 

 

「なぁーにぃ……おにーちゃぁん……」

 

 

『……悪いがシンではない。私だ、令音だ』

 

 

小さく首をひねり、ふぁぁぁぁぁああ……と

大きなあくびを一つ。

 

 

「令音ぇ……? どぉしたの、こんな時間に……」

 

 

琴里は片手で目を擦りながら、枕元をぺしぺしと

叩き、手探りで携帯(けいたい)電話を発見すると、画面を点灯

させて表示された時刻に目を這わせた。

 

 

 

午前三時二〇分。よい子も悪い子も皆、夢の中

にいる時間だ。

 

 

『……準備ができた。指示を頼む』

 

 

言われて、琴里は、「あ」と小さく口を開いた。

 

 

「ん……そっか……起こしてって頼んで

たっけ……」

 

 

琴里は令音のように頭をぐらぐらと揺らしながら、

再び枕元をぺしぺし叩いていった。

 

 

そしてそこに置かれていた一口サイズの棒付き

キャンディを手に取ると、雑に包装を破りとって

口に放り込んだ。

 

 

「───っ!」

 

 

瞬間(しゅんかん)、舌の上で爆発が起こるかのような感覚が

脳に伝わり、琴里は全身をブルブルと震わせた。

同時に、スーッとした刺激(しげき)的な香りが鼻腔(びこう)

通り抜ける。

 

 

そう、これはいつものチュッパチャップスではない。

琴里が眠気を抑えたいときにだけ舐める秘密兵器・

超爽快(ちょうそうかい)スーパーメントールキャンディである。

 

 

琴里は黒のリボンを手に取ると、髪をいつもの

ツインテールに括った。

 

 

「あー……目が覚めたわ。悪いわね、令音」

 

 

『……構わないさ。──早速だが、報告だ。

シンが熟睡状態に入ったよ』

 

 

「そう。それで、要員の方は?」

 

 

『……言われたとおり待機させてあるよ。

いつでもいける』

 

 

「けっこう」

 

 

琴里はそう言うと、足音を殺して部屋を出、

階段を降りて玄関まで辿り着いた。

 

 

 

そして、カチャリと音をさせて、錠を開ける。

 

 

 

玄関の前には、黒い戦闘(せんとう)服に目出し帽(バクラバ)という、

アメリカの特殊(とくしゅ)部隊みたいな格好をした男たち

が数名、待機していた。

 

 

「ターゲットは二階よ。頼むわ」

 

 

「了解」

 

 

男たちは琴里の指示に従い、足音もなく五河家に

侵入(しんにゅう)していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん……うぅん……」

 

 

士道は小さなうめき声を発しながら、ベッドの上

で軽く背筋を伸ばした。

 

 

目には窓から差し込む朝日が、耳には小鳥の

さえずが入り込んでくる。

 

 

「ん……もう朝か」

 

 

あくびを一つこぼし、目をしばたたかせながら

寝返りを打つ。

 

 

──と。

 

 

 

「あ……? なんだ……?」

 

 

(ほお)に何やら(やわ)らかいものが()れた気がして、

士道は小さく眉をひそめた。

 

 

それの正体を探るため、のそのそと顔の辺りに

手をやり、触れてみる。

 

 

 

すると、頭の上の方から、

 

 

 

「ん……っ」

 

 

なんて、可愛(かわい)らしい声が聞こえてきた。

 

 

「…………」

 

 

士道は一瞬息を止め、思考を巡らせた。

 

 

ちらと視界を巡らせる。目の前には薄手(うすで)

フリーズ生地(きじ)。そして天井には、士道の部屋の

ものとはタイプの違う電灯が見て取れた。

 

 

 

ここは──士道の部屋では、ない。

 

 

 

部屋の内装からいって……普段あまり入ること

のない二階奥の客間であるようだった。

 

 

 

「て、こ、と、は……」

 

 

 

ゆっくり、ゆっくりと顔を上に向けていく。

 

 

 

「……む?」

 

 

そこには予想通り、十香の、美しい貌があった。

 

 

 

先方も今目覚めたのだろう。士道が視線を

上にやった瞬間──目が、あった。

 

 

「…………」

 

 

「…………」

 

 

数秒の間のあと。

 

 

 

「ひ──っ……」

 

 

「な……」

 

 

 

士道と十香はほぼ同時に息を詰まらせると、

ガバッとその場に起きあがり、まるで試合開始の

ゴングが鳴ったかのように、ベッドの枕元と足元

に分かれて距離を取った。

 

 

「な、何をしているのだ、シドー!

なぜ私の寝床(ねどこ)に……⁉︎」

 

 

「し……っ、知らん! な、ななななんで

俺はここにいるんだ……⁉︎」

 

 

「訊いているのは私だ!」

 

 

「ですよねぇぇぇぇッ!」

 

 

士道は、もうわけのわからないテンションに

なりながら叫んだ。

 

 

と、そこでタイミングよく部屋の扉が開き、

琴里が現れる。

 

 

「はい、アウトー。もう少し落ち着きなさいよ、

士道」

 

 

「……っ、琴里……⁉︎ ま、まさかこれ、

おまえの仕業か!」

 

 

「はて、何のことやら。士道が(あふ)れ出る思春期の

青い性衝動(リビドー)を抑えきれずに、十香の布団に潜り

込んだだけでしょ。変な言いがかりはやめて

ちょうだい」

 

 

琴里は白々しく肩をすくめると、小さな笑みを

浮かべながらそんなことを言った。

 

 

「な……っ」

 

 

その言葉に、十香が顔を紅潮させ、毛布を手繰(たぐ)って

胸元を(おお)(かく)す。

 

 

「おッ、俺は潔白だ!」

 

 

叫ぶが、琴里は構わず、何やら取り出した携帯電話

をいじくり始めた。

 

 

しかもそれは、なぜか士道のものだった。

 

 

「おまえ……っ、そのケータイ俺のじゃねえか。

何してんだ?」

 

 

「え? ああ」

 

 

琴里は小さく唇の端を上げると、携帯の画面を

士道に向けてきた。

 

 

メールの編集画面だ。送信先に、士道の友人である

殿町宏人(とのまちひろと)の名前が表示されている。

 

 

「……っ⁉︎」

 

 

士道は息を詰まらせた。なぜならそのメールの

本文が──

 

 

 

 

 

『すげえラジオあった。()いてみてくれ。マジで心が打ち震える。人生観変わるぜこれ』

 

 

 

 

なんて書かれたあとに、ホームページのURLが

記されている。

 

 

「は……? な、なんだそのURL……」

 

 

「ああ、昨日の番組、インターネットラジオでも配信

を開始したのよ。これでネット環境(かんきょう)さえあれば、

(だれ)でも好きなときに士道の力作を聴けるわ」

 

 

「な……っ⁉︎」

 

 

士道は、戦慄(せんりつ)に目を見開いて手を伸ばした。

 

 

「やッ、やめ──」

 

 

「てい」

 

 

士道が言い終わる前に、琴里が送信ボタンを

プッシュする。

 

 

 

「ぎゃああああああああああッ⁉︎」

 

 

 

叫びながら携帯電話をを奪取し、必死で

キャンセルボタンを押すも──遅い。

 

 

現代文明の利器は可級的速やかに、破滅的な情報

を友人のもとに送り届けてしまった。

 

 

「な、何しやがんだこの……っ!」

 

 

「ペナルティよ。十香の胸に頬ずりしたくらいで

慌てふためいちゃうようじゃ困るしそれにこの程度

のことで苦戦しているようだとあの〈アテナ〉を

攻略するなんて夢のまた夢よ」

 

 

「ん、んなこと言ったって……って……?」

 

 

琴里の言葉に違和感を覚え、首をひねる。

 

 

………そういえば、意識が覚醒する直前、非常に

やーらかいものに触れた気がする。

 

 

恐る恐る十香の方を見ると、彼女も目を丸く

していた。

 

 

そして、何やら感触を思い出すようにペタペタと

体を触っていき──胸の辺りに触れたところで、

全身を硬直させた。

 

 

「……っ」

 

 

ボン! と、煙でも立ち上がるのではないかと

思えるほどに、十香の顔が真っ赤になる。

 

 

 

「う……うわああああああああああっ!」

 

 

 

そして十香は凄まじい絶叫を上げると、

手当たり次第に周囲のものを投擲してきた。

 

 

「うわ……っ、お、落ち着け、十香!」

 

 

士道はどうにかそれらを避けつつ、部屋を出よう

としたが、扉のノブを握ったところで後頭部に

赤べこの置物をぶつけられ、昏倒した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーう五河(いつか)。……て、どうしたんだ、おまえ」

 

 

朝、重たい足を引きずって教室に入るなり

かけられたのは、殿町と零は怪訝そうな声だった。

 

 

「なんか身体中に湿布だらけだけど大丈夫なの?

無理しないほうがいい思うけど……」

 

 

「……ああ、ちょっとな、それに大丈夫だ」

 

 

まあ彼等でなくとも、今の士道の有様を見れば、

似たような感想を持っただろう。

 

 

何しろ零の言う通り顔や手など、身体のあっち

こっちに湿布を貼り付けているうえ、足取りは

今にも倒れてしまいそうなほどフラフラなので

ある。

 

 

「無理はしないでね?」

 

 

「あ、ああ…分かってる……」

 

 

士道は曖昧に乾いた笑みを浮かべて返すと、

小さく息を吐いた。

 

 

と、そこで、殿町が何か思い出したように含み笑い

を浮かべてくる。

 

 

「そうそう。聴いたぜあのネットラジオ、

なんだあれ。めっちゃ面白えじゃねえか」

 

 

その言葉に、士道は頬を引きつらせた。

 

 

「ネットラジオ……? なんのことなの殿町君?」

 

 

零は首を傾げながらも興味深そうに殿町に質問

すると

 

 

「ああ、実は五河からオススメのネットラジオが

あるってメールが来たんだよ」

 

 

「へーえ、そんなに五河君がオススメするなら

是非とも聞いてみたかったな」

 

 

「じゃあ、後でメールでそのホームページのURL

を送ってやるよ。めっちゃ面白くてオススメだぜ」

 

 

「えっ? いいの?」

 

 

「おう! このぐらいお安いご用意だぜ‼︎」

 

 

「ありがとう‼︎」

 

 

「も、もう聴いたのか、あれ……」

 

 

「おう。出がけにちょろっとな。……あれ冗談で

やってんのかね。もし本気だったらちょっと

引くわー」

 

 

「あ……ははは……そ、そうだな……」

 

 

士道は乾いた笑いを浮かべると、わざとらしく

視線を逸らした。

 

 

「そ、それより殿町、おまえ、何見てんだ?」

 

 

「もしかして、さっき言ってたオススメの

ネットラジオを見てるの?」

 

 

と、零がそう言うがこれ以上あのラジオに興味を

持たれても困る。士道は話題を変えるように声を

上げた。

 

 

殿町は、何やら漫画(まんが)雑誌巻末のグラビアページを

深刻そうに眺めていたのである。

 

 

「ああ、これか。──そうだ、五河と零にも

訊いておきたいんだが……」

 

 

「な、なんだ……」

 

 

「どうしたの……?」

 

 

士道と零が問い返すと、殿町はいつになく

真剣な様子で言葉を続けてきた。

 

 

ナース巫女(みこ)メイド……どれがいいと思う?」

 

 

「……は?」

 

 

「……え?」

 

 

予想外の言葉に、二人は間の抜けた声を発する。

 

 

「読者投票で次号のグラビアのコスチュームが

決まるらしいんだが……悩むんだよなあ」

 

 

「……ああ、そう」

 

 

「そ、そうなんだね……」

 

 

士道はため息を吐き零は苦笑いで返すと殿町は

まるで気にしない様子で雑誌を突きつけてきた。

 

 

「五河、おまえはどれがいいと思う⁉︎」

 

 

「え、ええと……じゃあ……メイド……?」

 

 

異様な気迫(きはく)気圧(けお)された士道が言った瞬間、

殿町がぴくりと眉を動かした。

 

 

 

「ど、どうした?」

 

 

「と、殿町君…?」

 

 

「──まさかおまえがメイド好きだったとはな!

悪いが俺たちの友情はここまでだ!」

 

 

「ちょ、ちょっと、殿町君…いくらなんでも

言い過ぎなんじゃ……」

 

 

「…………」

 

 

「五河君…?」

 

 

零が士道の名前を呼ぶが士道は、ぽりぽりと

頬をかくと、自分の席に歩いていった。

 

 

「あっ、おい、どこ行くんだ五河!」

 

 

「……友情はここまでなんだろ?」

 

 

「殿町君……」

 

 

「なんだよノリ悪すぎだろおーい。メイド好きと

ナース好きが手を取り合う。そんな世界があっても

いいとは思いませんかー」

 

 

 

どうやら殿町はナース派らしかった。

 

 

 

「それじゃあ、零はナースと巫女とメイド……

どれがいいと思う?」

 

 

殿町が真剣な表情で零に聞くと零は

 

 

 

「え、えーと、じゃあ……巫女(みこ)、かな?」

 

 

零が恐る恐る殿町にそう言うと

 

 

「巫女か……確かに巫女も悪くない……けど、

俺はやっぱりナースの方が……ッ‼︎」

 

 

「殿町君は大丈夫かな…? 頭の中とか……」

 

 

「あいつはいつも通り、平常運転だろ?」

 

 

「そ、そうだね……」

 

 

などと士道と零が話した後、葛藤しながらも変な声

を出している中、士道はそんな殿町を無視して自分

の席に鞄を置いた。

 

 

その際、既に隣の席に着き、分厚い技術書を読んで

いた少女──鳶一折紙(とびいちおりがみ)が、ちらと士道に目を向けて

くる。

 

 

「…………」

 

 

「お、おう……鳶一、おはよう」

 

 

「おはよう」

 

 

折紙は抑揚(よくよう)のない声でそう返すと、小さく首を

傾げてきた。

 

 

「メイド?」

 

 

どうやらさっきのやり取りを聞かれていたらしい。

慌てて手を横に振る。

 

 

「……っ、い、いや、気にしないでくれ」

 

 

「そう」

 

 

折紙はそうとだけ言うと、再び書面に視線を

戻した。

 

 

「おはよー」

 

 

と、次いで殿町が手を振るが、折紙はぴくりとも

顔を動かさなかった。

 

 

殿町が大仰(おおぎょう)に肩をすくめ、士道の脇腹(わきばら)をぐりぐりと

押してくる。

 

 

「毎度のことだけど、なーんでおまえだけ挨拶

返してもらえんだよー。くぬっ、くぬっ」

 

 

「し、知るかよ。やめろって」

 

 

「そうだよ。人が嫌がることはやめなよ」

 

 

「はいはい、分かりましたよ……」

 

 

鬱陶(うっとう)しげに殿町を振り払い零が注意すると殿町は

拗ねたような声を出している中、士道は席に着く。

 

 

 

と、そこで教室の扉がガラッと開かれ、十香が

入ってきた。

 

 

無論十香は今五河家に住んでいるわけだから、

通学路もまったく同じなのだが、一緒に登校すると

いろいろ勘ぐられそうだったため、家を出る時間を

ずらしたのだ。

 

 

ただでさえ、十香が転入時に発してくれた衝撃(しょうげき)的な

台詞(せりふ)が、未だに尾を引いているのである。七十五日(ななじゅうごにち)

も経たないうちに新たな燃料を投下されてはとても

じゃないがたまらなかった。

 

 

「…………」

 

 

十香は無言のまま士道の右隣の席に座ると、

視線を合わせぬまま唇を開いてきた。

 

 

「……その、なんだ……今朝は、すまなかった。

身体は大丈夫か?」

 

 

どうやら、朝の一件のことを気にしているらしい。

士道は苦笑しながら頬をかいた。

 

 

「お、おう……気にすんな」

 

 

「む……」

 

 

十香が小さくうなずく。そこでようやく──

士道は気がついた。

 

 

「……あ」

 

 

二人の会話を聞いた数名のクラスメートが、

興味深げな視線を送ってきてるのに。

 

 

しかし、十香はまだそれに気づいていないらしい。

 

 

「だ、だが、おまえだって悪いのだぞ。

いきなりあんな……その、びっくりした」

 

 

十香の言葉に、周囲の皆が息を呑むのがわかった。

 

 

 

「と、十香……っ、その話はあとに

しないか……?」

 

 

「ぬ? なぜだ?」

 

 

十香は首を傾げながら士道の方を向き、ようやく

皆の視線に気づいたらしかった。

 

 

「……っ」

 

 

昨日のうちに、士道と十香の同居は皆には秘密、

と言い含められていたことを思い出したらしい。

十香はハッと息を呑み、頬に汗を垂らした。

 

 

「ち、(ちが)うぞ皆、私とシドーは、一緒に住んでなど

いないぞ⁉︎」

 

 

『…………ッ⁉︎』

 

 

十香の言葉に、周囲のクラスメートが一斉に

眉を寄せた。

 

 

「ば、馬鹿(ばか)……」

 

 

士道は口の中で小さく呟くと、わざと大仰に声を

上げた。

 

 

「あ、ああ! 朝って、登校中に偶然ぶつかった

あれか! だ、大丈夫だったか十香⁉︎」

 

 

「む……? う、うむ、問題ないぞ!」

 

 

十香も士道の意図を察したのだろう、苦しいながら

も話を合わせてくる。

 

 

まあいろいろと無理矢理ではあったが……

そもそも『クラス男女が同棲(どうせい)』だなんてこと自体が

現実味のない話だったためか、一応は納得した様子

で散らばっていった。

 

 

……まあ、それでも士道の左側から一名、背が凍傷(とうしょう)

になってしまいそうな視線を浴びせてくる女子生徒

はいたのだだけれど。

 

 

「…………」

 

 

なんだか、すぐボロが出そうな気がする。士道は

深くため息を吐いた。

 

 

 

──そして、その懸念は意外と早く的中してしまう

ことになるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

四限目の授業の終了のチャイムが校舎中に

鳴り響き、昼休みの開始が示される。

 

 

 

それと同時に、

 

 

 

「シドー! 昼餉(ひるげ)だ!」

 

 

「…………」

 

 

士道の机に、左右からがっしゃーん!

と机がドッキングされた。

 

 

無論、右は十香、左は折紙である。

 

 

「……ぬ、なんだ、貴様。邪魔だぞ」

 

 

「それはこちらの台詞」

 

 

士道を挟んで、左右から鋭い視線が放たれた。

 

 

「ま、まあ……落ち着けって。みんなで食えば

いいだろ……?」

 

 

士道が言うと、渋々といった様子で、十香と折紙

は大人しく席に着いた。そして二人とも、自分の

鞄から弁当箱を取り出す。

 

 

 

士道もそれに倣うように弁当を机の上に出すと、

二人と一緒に開けた。そして───

 

 

「…………」

 

 

折紙が目をほんの少しだけ見開くのを見て、

自分の油断を(のろ)った。

 

 

士道の弁当は、朝自分で作ってきたものである。

もちろん、いつも琴里のものも一緒に拵えている

(まあ、ここひと月はそもそも琴里が家に帰って

いなかったのだが)。

 

 

無論ーー急遽弁当もし一人分必要になったと

しても、それは士道の仕事だった。

 

 

「…………」

 

 

折紙が、冷たい視線を、士道と十香の弁当箱の中身

に交互に這わせる。

 

 

 

──まったく同じメニューで揃えられた、

二人の弁当に。

 

 

 

「ぬ、な、なんだ? そんな目で見ても

やらんぞ?」

 

 

ことの重大さに気づいていないのか、十香が自分の

手元を覗き込んでくる折紙に、怪訝そうな眼差しを

向ける。

 

 

「どういう、こと?」

 

 

「こ、これはだな……」

 

 

折紙から問われ、士道は顔中に粘っこい汗を

吹き出しながら目を泳がせた。

 

 

「じ、実はあれだ。これは朝、弁当屋で

買ったんだ。それで、偶然十香もそこに……」

 

 

(うそ)

 

 

折紙は、士道の言葉を途中で遮って、裏返っていた

士道の弁当箱の蓋を持ち上げた。

 

 

「これは今から一五四日前、あなたが駅前の

ディスカウントショップにて一五八〇円で購入(こうにゅう)

したのち、使用し続けているもの。弁当屋の

ものではない」

 

 

「な……なんでそんなこと知って──」

 

 

「それは今重要ではない」

 

 

いや、それはそれでものすごく問題だと思うの

だが、折紙の有無を言わせぬ調子に気圧され、

言葉を差し止められてしまう。

 

 

「むう、さっきから二人で何を話しているのだ!

仲間はずれにするな!」

 

 

横から、不満げに頬を膨らませた十香が声を

上げてくる。

 

 

 

と、そのとき。

 

 

 

ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ────

 

 

 

街中に、けたたましい警報が鳴り響いた。

 

 

瞬間、ざわついていた昼休みの教室が、

水を打ったように静まりかえる。

 

 

 

 

───空間震(くうかんしん)警報。

 

 

 

およそ三〇年前より人類を(おびや)かす、最悪の厄災(さいやく)

空間震と(しょう)される、災害の予兆である。

 

 

「………」

 

 

折紙は一瞬逡巡(しゅんじゅん)のようなものを見せながらも、

即座(そくざ)に席を立ち、素晴らしい速さで教室を出て

行ってしまった。

 

 

「………ッ」

 

 

士道は、複雑な心境で、その背を目で追うしか

できなかった。……まあ、不謹慎(ふきんしん)ながら少しだけ、

このタイミングで警報が鳴ってくれて助かった。

と思わなくもなかったのだが。

 

 

鳶一折紙は学生ながら、陸上自衛隊ASTに所属

する才媛(さいえん)だ。

 

 

つまり今彼女は、戦いの場に赴いたのだ。

──十香や〈アテナ〉のような、精霊(せいれい)

殺すための。

 

 

「………」

 

 

士道は、ぎりと奥歯を噛み締めた。

 

 

士道に、折紙を止めることはできない。だが──

 

 

と、そこで教室の入り口から、ぼうっとした

様子の声が響いてきた。

 

 

「……皆、警報だ。すぐ地下シェルターに

避難してくれ」

 

 

白衣を纏った眼鏡の物理教師──令音が、

廊下の方に指を向ける。

 

 

生徒たちはごくりと唾液を飲み下したあと、

次々と廊下に出ていった。

 

 

「ぬ? シドー、一体皆どこへ行くのだ?」

 

 

十香が、そんなクラスメートたちの様子を見て

首を傾げてくる。

 

 

「あ、ああ……シェルターだよ。学校の地下

にあるんだ」

 

 

「シェルター?」

 

 

「ああ。とりあえず説明はあとだ。俺たちも

行くぞ、十香」

 

 

「ぬ、ぬう」

 

 

十香は手を付けていない弁当に名残惜しそう

な視線を残しながらも、士道の指示に従って

立ち上がった。

 

 

そして、ともにクラスメートたちのあとに

廊下に出ようとしたところで。

 

 

「……シン。君はこっちだ」

 

 

士道は、令音に首根っこをひっ掴まれた。

 

 

「っ、れ、令音さん? こっちって……」

 

 

「……決まっているだろう、〈フラクシナス〉だ」

 

 

士道が問うと、他の生徒に聞こえないよう

声をひそめながら、令音が言ってきた。

 

 

「……昨日の今日だ。今後のことについて、

まだ結論は出ていないかもしれない。だが……

いや、だからこそ、君には見ておいてほしい。

精霊と、それを取り巻く現状を」

 

 

士道は渇いたのどを唾液で湿らせると、

小さく拳を握った。

 

 

「……わかりました。行きます」

 

 

令音は眠たげ半眼のまま小さく首肯すると、

生徒たちが全員列に並ぶのを見てから、

昇降口の方に顔を向けた。

 

 

「……さあ、急ごう。空間震まで、もう間もない」

 

 

「は、はい。と──あ、令音さん。十香は……

一緒に連れて行かなくていいんですか?」

 

 

ちらと十香の方に目をやりながら、言う。

 

 

十香はといえば、廊下にずらりと列を作りながら

避難するクラスメートたちに、驚いたような視線

を送っていた。

 

 

「……ああ、そのことか。──うむ、十香は皆と

一緒にシェルターに避難させてしまおう」

 

 

「え? それでいいんですか?」

 

 

「……ああ。力を封印された状態の十香は人間と

そう変わらない。それに、精霊とASTの戦いを

見て、自分のときのことを思い出されても困って

しまう言っただろう? 〈ラタトスク〉としては、

できるだけ十香の精神にストレスを蓄積させたく

ないんだ」

 

 

「いや、でも……」

 

 

と、士道が言いかけたところで、廊下の奥の方

から、甲高い声が響いてきた。

 

 

「ほ、ほらっ、五河くんに夜刀神さん、それに

村雨先生までっ! そっ、そこで立ち止まらない

でくださいっ! 早く避難しないと危険が危ない

ですよ!」

 

 

士道の担任の岡峰珠恵教諭(おかみねたまえきょうゆ)・通称タマちゃんが、

小さな肩をいからせながら、焦ったような調子

で言ってくる。ちょっと言葉の意味が支離滅裂(しりめつれつ)

だった。

 

 

「……ん、捕まっても面倒だ。行こうか」

 

 

令音がちらと目配せし、昇降口の方に足を向ける。

 

 

「っ、あ、ちょっと───」

 

 

少々気掛かりではあるが、仕方ない。士道は小さく

うなって頭をくしゃくしゃとかくと、十香の手を

取り、その手をタマちゃん教諭に預けた。

 

 

「先生、十香をよろしくお願いします!」

 

 

「ふぇ? え? あ、は、はい、それはもちろん」

 

 

急に十香を託されたタマちゃんは、

呆気に取られたように目を丸くしながら、

「わ、私先生ですもの!」とうなずいた。

 

 

「シドー……?」

 

 

十香が、少し不安そうに眉を歪めてくる。

 

 

「十香。いいか? 先生と一緒にシェルターに

避難しててくれ」

 

 

「シドーは、シドーはどうするだ?」

 

 

「あー……俺は、ちょっと大事な用があるんだ。

先に行っててくれ。な?」

 

 

「! あ、し、シドー!」

 

 

「五河くんに、村雨先生まで⁉︎ 一体どこへ⁉︎」

 

 

心配そうな二人の声を背に聞きながら、

士道と令音は、校舎の外へと走っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──ああ、来たわね二人とも。もうすぐ精霊が

出現するわ。令音は用意をお願い」

 

 

士道と令音が小さくうなずき、白衣の裾を翻して、

艦橋下段にあるコンソールの前に座り込む。

 

 

 

「──さて」

 

 

と士道が無言でいると、琴里が首を傾げる

ようにしながら問うてきた。

 

 

「あまり時間をあげられなくて悪いのだけれど。

腹が決まったのかしら、士道」

 

 

「……っ」

 

 

息を詰まらせる。が、そこで突然、艦橋内に

けたたましいサイレンの音が鳴り響いた。

 

 

「な……なんだ?」

 

 

「非常に強い霊波反応を確認! 来ます!」

 

 

士道が狼狽に目を丸くすると同時、艦橋下段から、

男性クルーの叫び声が発せられる。

 

 

琴里はそれを聞くと、パチンと指を鳴らした。

 

 

「オーケイ。メインモニタを、出現予測地点の

映像に切り替えてちょうだい」

 

 

琴里が指示を発すると、メインモニタに、

街の映像が俯瞰で映し出された。

 

 

いくつもの店が建ち並ぶ大通りである。

しかし当然のごとく人の姿はなく、まるで

ゴーストタウンのようになっていた。

 

 

そんな映像の中心が、ぐわんっ、と撓む。

 

 

「え……?」

 

 

一瞬、映像を映し出している画面の方に問題が

あるのではないかと思ったが──違う。

 

 

 

空間に。

 

 

何もないはずの空間に、水面に石を投じたときの

ような波紋ができていた。

 

 

「な、なんだこりゃ……」

 

 

「あら? 士道は見るの初めてだっけ?」

 

 

琴里がそう言うのとほぼ同時に、空間の歪みが

さらに大きくなり──

 

 

画面に小さな光が生まれたかと思った瞬間、

爆音とともに、画面が真っ白になった。

 

 

「───ッ」

 

 

画面内の出来事であると分かっているはず

なのに、思わず腕で顔を覆ってしまう。

 

 

そして数秒のあと、妙に激しくなった動悸を

抑えながら目を開けると、画面には、今までとは

まったく違う風景が映し出されていた。

 

 

街に、穴があいている。

 

 

そうとしか表現のしようなかった。

 

 

今まで幾つもの建物が並んでいた通りの一部が、

浅いすり鉢状に削り取られている。

 

 

そこにあったはずの店や街灯や電柱、さらには

道路の舗装に至るまで、全てが、無くなって

しまっていた。

 

 

そして爆発の余波のためだろうか、その周囲も、

まるで大型ハリケーンにでも襲われたかのような

有様になっている。

 

 

その様は、およそひと月前、十香に初めて会った

場所に酷似していた。

 

 

 

つまり、今のが───

 

 

 

 

空間震(くうかんしん)……っ」

 

 

 

士道が震える声で言うと、琴里が「ええ」

と首肯した。

 

 

「──精霊がこちらの世界に現界する際の

空間の歪み。それが引き起こす突発性災害よ」

 

 

「………」

 

 

廃墟を見たことは何度もあったが、爆発が起こる

瞬間を目撃したのは初めてだった。

 

 

手のひらが、じっとり湿る。

 

 

頭ではわかっていたつまりだった事象が、

ようやく、実感として理解した気がした。

 

 

街が、人々が生活してる空間が、一瞬で全て

壊れてしまう。──その、恐ろしさが。

 

 

「ま、でも今回の爆発は小規模ね」

 

 

「そのようですね」

 

 

と、琴里の後ろに控えていた長身の男──

副司令・神無月恭平(かんなづききょうへい)が声を発する。

 

 

「今回〈アテナ〉ではなかったのは僥倖──

と言いたいところですが、今回の精霊があの

〈ハーミット〉ならばこんなものでしょう」

 

 

「まあ、そうね。〈ハーミット〉は精霊の中でも

気性の大人しいタイプだし、それにもしも本当に

〈アテナ〉なのなら空間震の被害はもっと大規模

なはずだもの」

 

 

 

──今の爆発が、小規模?

 

 

 

しかも白銀の少女、〈アテナ〉がこちらの世界に

現界する際は今の爆発よりもっと大規模な爆発が

起こるというのか?

 

 

 

一瞬、琴里たちは何を言っているのか

わからなかったが、すぐに思い直す。

 

 

 

それはそうだ。今の空間震の規模はせいぜい

数十メートル程度である。彼らにしてみれば、

〈アテナ〉とは違い比較的軽微なものだろう。

 

 

無論……頭で理解出来たからと言って、

心臓は静まってくれなかったけど。

 

 

「………なあ、琴里」

 

 

と、士道は琴里たちの会話に気になる点

を見つけて、声を発した。

 

 

「〈ハーミット〉ってのは、一体なんのこと

なんだ?」

 

 

「ああ、今現れた精霊のコードネームよ。

ちょっと待ってて。──画面拡大できる?」

 

 

琴里が、艦橋下段のクルーに指示を出す。

 

 

 

するとすぐに、映像がズームして、街の真ん中

に出来たクレーターに寄っていった。

 

 

と、それに合わせて、画面内に変化が訪れる。

 

 

「……雨」

 

 

士道は小さく呟いた。

 

 

そう、ふっと画面が暗くなったかと思うと、

ぽつ、ぽつと雨が降り始めたのである。

 

 

だが──そんな変化は、すぐに気にしては

いられなくなった。

 

 

クレーターのように抉り取られた地面の中心に、

小さな少女の姿が確認できたからだ。

 

 

心臓を鷲掴みされるかのような衝撃が、全身を

通り抜ける。

 

 

拡大された画面の中心に佇む、一人の少女の姿。

それに──見覚えをあったのである。

 

 

「あ、れは……」

 

 

ウサギの耳のような(かざ)りのついたフードを(かぶ)った、

青い髪の少女だ。

 

 

歳は一三、四だろうか。大きめのコートに、

不思議な素材のインナーを着ている。

 

 

そしてその左手には、コミカルな意匠(いしょう)の施された、

ウサギの人形(パペット)を装着していた。

 

 

士道の目と、脳。いずれかに異常でもない限り、

間違いない。

 

 

あれは──士道が昨日学校から帰る途中に遭遇

した女の子だった。

 

 

「……? どうしたのよ、士道」

 

 

士道の様子を不審がってか、琴里が怪訝そうな

声を響かせてくる。

 

 

士道はもう一度画面を注視し、自分の思い違い

でないことを確認してから唇を開いた。

 

 

「俺──あの子に、会ったことが、ある……」

 

 

「なんですって? 一体いつの話よ」

 

 

「つい昨日だ……っ、学校から帰る途中、

急に雨が降ってきて──」

 

 

士道は、記憶を探りながら、昨日の出来事を

簡潔に話した。

 

 

ひとしきり士道の話を聞いた琴里は、艦橋下段

のクルーに指示を飛ばした。

 

 

「昨日の一六〇〇(ひとろくまるまる)時から一七〇〇(いちななまるまる)時までの霊波数値

を私の端末(たんまつ)に送って。大至急」

 

 

そうしてから手元のの画面に視線を落とし、

苛立しげに頭をがりがりとかく。

 

 

「……主だった数値の乱れは認めらないわね。

十香のときのケースと同じか。……士道、昨日

のうちに言わなかったの?」

 

 

「む、無茶いうなよ。会ったときは精霊だなんて

思わなかったんだ……!」

 

 

と、士道が叫ぶのとほぼ同時に、〈フラクシナス〉

艦橋に設えられていたスピーカーから、けたたま

しい音が轟いてきた。

 

 

「……⁉︎ なんだ、一体──」

 

 

「ーー精霊が現れたんだもの。仕事を始めるのは

私たちだけじゃあないでしょうね」

 

 

琴里の言葉に、士道は指先をぴくりと動かした。

 

 

「AST……か」

 

 

「ええ」

 

 

画面に目をやると、今し方少女──〈ハーミット〉

と呼ばれる精霊がいた場所に煙が渦巻いていた。

恐らく、ミサイルか何かを撃ち込まれたのだろう。

 

 

そしてその周囲に、物々しい機械の鎧を着込んだ

人間たちが数名、浮遊していた。

 

 

 

陸上自衛隊・対精霊部隊(アンチ・スピリット・チーム)。通称AST。

 

 

 

琴里たち組織〈ラタトスク〉とは違い、

武力を以て精霊を殲滅することを目的とした

特殊部隊である。

 

 

と、煙の中から、小さなシルエットがぴょん、

と飛び出した。──〈ハーミット〉だ。

 

 

彼女は左手のパペットを掲げるような格好のまま

宙に舞うと、周囲を固めるAST隊員たちの間を

抜けるように身を捻り、空に踊った。

 

 

だが、AST隊員たちはすぐにそれに反応すると、

一斉に〈ハーミット〉を追跡した。

 

 

そしてそのまま、身体中に装着していた武器から、

夥しい量の弾薬を発射する。

 

 

「……っ! 危ない!」

 

 

反射的に士道が叫ぶが──画面越しの警告には

何の力もなく、AST隊員の放った無数のミサイル

や弾丸は、無慈悲に〈ハーミット〉の身体に

吸い込まれていった。

 

 

「あいつら……あんな女の子に……っ」

 

 

目を見開き、奥歯をぎりと噛みしめる。

 

 

「……今さら何言ってるのよ、士道」

 

 

すると琴里が半眼を作りながら言ってきた。

 

 

「十香のときに学習しなかったの? ASTに

とって、精霊がどんな姿形をしているかだ

なんて関係ないの。あるのは世界を守る使命感と、

人類にとって危険である存在を排斥しようという、

生物として至極まっとうな生存本能だけ」

 

 

「だ……だからって……!」

 

 

士道が口を開いた瞬間、煙の中から再び少女が

空に踊る。

 

 

だが──〈ハーミット〉は反撃せず、ただ逃げ回る

だけだった。

 

 

「あの子……反撃しないのか?」

 

 

「ええ。いつもことよ。〈ハーミット〉は精霊の中

でも極めて大人しいタイプだし」

 

 

「……っ、なら──」

 

 

「ASTに情けを求めるなら、無駄よ。──彼女が、

精霊である限り」

 

 

「………っ」

 

 

にべもない答えに、士道は唇を噛んだ。

 

 

いや──言葉を重ねるまでもなく、自分でも

わかっていたのだ

 

 

彼女の気性や、性格だなんて、ASTには関係

がない。

 

 

彼らはただ、この世に害なす敵を討っているだけ

なのだから。

 

 

 

──それを覆す方法だなんて、一つしかない。

 

 

 

士道は血が出るのではないかと思えるほどに

拳を握りしめ、静かに、のどを震わせた。

 

 

「……琴里」

 

 

「何よ」

 

 

「……精霊の力さえなくなれば、あの子がASTに

狙われることはなくなるんだな……?」

 

 

士道が言うと、琴里は眉をぴくりと動かして、

士道の方に目を向けてきた。

 

 

「ええ。──その通りよ」

 

 

「空間震は……起きなくなるんだな」

 

 

「ええ」

 

 

士道は数瞬の間押し黙ったあと、大きく深呼吸

して、次の言葉を発した。

 

 

「──俺には、それができるんだな……?」

 

 

「十香の現状を見て信じられないのであれば、

疑ってくれて構わないわ」

 

 

「…………」

 

 

士道は髪をくしゃくしゃとかきむしってから、

両手で頬を張った。

 

 

そして、伏せた目をゆっくりと上げ、決意を

発する。

 

 

「手伝ってくれ、琴里。……俺は──あの子を、

助けたい……!」

 

 

「──ふふ」

 

 

琴里は、どこか嬉しそうに、キャンディの棒を

ピンと立てた。

 

 

「それでこそ──私のおにーちゃんよ」

 

 

そして身体の向きを変え、艦橋下段のクルーたち

に向かって声を投げる。

 

 

「総員、第一級攻略(こうりゃく)準備!」

 

 

『はっ!』

 

 

クルーたちが一斉にコンソールを操作し始める。

 

 

琴里はそんな光景を眺めながら、唇を舐めた。

 

 

 

 

「さあ──私たちの戦争(デート)を始めましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──なあ、タマちゃん先生よ」

 

 

高校地下に設られた大型シェルターに避難して

いた十香は、そわそわする心地を抑えるように

スカートの裾をきゅっと握りながら、すぐ隣に

座っていた珠恵に声をかけた。

 

 

「や、夜刀神さんまでその呼び方……」

 

 

先ほどより幾分か落ち着いた様子で、珠恵が顔を

向けてくる。

 

 

しかし十香は、抗議めいた視線など気にもせずに、

言葉を続けた。

 

 

「先ほどの音は、一体なんなのだ?

ここは一体どういう場所なのだ?」

 

 

「な、何言ってるんですかぁ。さっきのは警報

ですよ、空間震警報。空間震が起こる可能性がある

から、みんな地下シェルターに避難してるんです。

ここにいれば安全ですからね」

 

 

「空間震……? なんだそれは」

 

 

十香が傾げると、タマちゃんはさらに予想外と

いった表情を作ってきた。

 

 

「え? 空間震ですよ? 知らないんですか?」

 

 

「……むう」

 

 

言われて十香は気まずげに口をへの字に結んだ。

 

 

どうやらその空間震とやらは、誰もが知っている

言葉のようだ。

 

 

もしかしたらまずいことを訊いてしまったかも

しれない。十香は士道から、目立つ行動は控えろ

と言われているのだ。極端な無知は、晒さないに

越したことはない。

 

 

と、そんな沈黙をどう受け取ったのか、

タマちゃんが慌てたように手を振ってきた。

 

 

「あ、いえいえ、大丈夫ですよ。そうですよね、

知らない人だっていますよね」

 

 

「……ぬ、すまん」

 

 

タマちゃんはもう一度「いえいえ」と言うと、

指をピンと立てた。

 

 

「空間震っていうのは、突発(とっぱつ)性広域災害の総称(そうしょう)

です。まぁ、簡単に言えば、ある日突然世界の

どこかで、どんっ、と爆発(ばくはつ)が起こってしまうんです

よ。気圧変化説やプラズマ説など、様々な説が

唱えられていますが、原因は解明されていません」

 

 

「──爆発、だと?」

 

 

タマちゃんの説明に、十香は眉をひそめた。

 

 

「はい。今までで一番大きかったのは、およそ

三〇年前。ユーラシア大陸ですね。実に一億

五〇〇〇万人あまりの死傷者を出した、

有史以来最悪の大災害です」

 

 

「な、なんだそれは、危ないではないか!」

 

 

「ええ。だからみんなシェルターに非難をする

んです。──まぁ、現在はそこまで大きな空間震

は起きていませんが、近辺は数年前から小規模な

爆発が頻発しているんです」

 

 

タマちゃん教諭の言葉に、十香は眉根を寄せた。

 

 

「な、ならシドーはそんな危険なときに、

どこへ行ったのだ?」

 

 

「え……? え、ええと……それは……」

 

 

珠恵は、困ったように眼鏡を動かしながら、

周囲に座り込んだ生徒たちを見渡した。

 

 

「………」

 

 

十香は無言のまま、一層強くスカートの裾を

握りしめた。

 

 

「……シドー」

 

 

どく、どくと、胸の辺りから音が聞こえる。

 

 

なぜかわからないが……とても嫌な予感がした。

 

 

そして、動悸が最高潮に達したとき。

 

 

「……っ」

 

 

十香はバッと顔を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え……と。だ、大丈夫ですよ。ちょっとこの辺り

には見えませんけど……きっと忘れ物か何かを取り

に戻っただけだと思いますし、きっともうシェルター

のどこかに……」

 

 

と、シェルターの中を見渡していた珠恵が、

十香に視線を戻すと。

 

 

「あ、あれ……? や、夜刀神さん?」

 

 

そこに、十香の姿はなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……ここでいいのか?」

 

 

〈フラクシナス〉下部に設えられた転送装置で

地上まで送られた士道は、右耳に装着した小型

のインカムに向かって声を投げた。

 

 

『ええ。精霊も建物内に入ったわ。

ファーストコンタクトを間違わないようにね』

 

 

「……了解」

 

 

士道は頬に汗を垂らしながらそう言うと、

インカムから手を離した。

 

 

そして、鼓動を落ち着けるように深呼吸する。

 

 

士道は今、商店街の先聳える大型デパートの

中にいた。

 

 

なんでも〈ハーミット〉は、比較的に出現回数

が多い精霊らしく、その行動パターンの系統と、

令音の思考解析を組み合わせれば、おおよその

進路に目算がつくのだという。

 

 

無論、ASTの出方によっては微妙に進路が変わって

しまう可能性もあったが、そのときはまた士道を

回収して、次の予測地点に向かえばいいとのこと

だった。

 

 

ASTの主要装備であるCR-ユニットは、屋内での

戦闘に不向きである。

 

 

無論、十香のときのように建物を破壊して精霊

を燻り出そうとしてくる可能性もあったが、

とりあえずしばらくの間は、精霊が建物内から

出てくるのを待つだろう。

 

 

そしてその、数分とも数十分とも知れない

僅かな間、戦場において士道が精霊と会話する

ための貴重な時間なのであった。

 

 

「………」

 

 

四月中旬。このインカムをつけて〈ラタトスク〉

の指示を仰ぎながら、十香と会話をしたときの

ことを思い出す。

 

 

まさか、それからひと月しか経たないうちに、

再び戦場に舞い戻るなるとは思ってもみなかった

が──仕方あるまい。

 

 

なぜかはわからないが、士道にはとんでもない

力があって。

 

 

その力を使えば、空間震を止められ、精霊への攻撃

も止めさせられると言われて。

 

 

 

──しかも、それを、士道は望んでしまった

のだから。

 

 

 

「……まあ、っていっても」

 

 

士道は小さく息を吐いた。……方法が、

精霊を口説いてキスをするだというのだから、

士道にはいささか難易度が高かったのだが。

 

 

 

『──士道。〈ハーミット〉の反応がフロア内に

入ったわ』

 

 

「……!」

 

 

不意に響いた琴里の声に、士道は身体を緊張

させた。

 

 

と、その瞬間。

 

 

 

 

『──君も、よしのんをいじめにきたの

かなぁ……?』

 

 

 

「……っ⁉︎」

 

 

急に頭上からそんな声が響き、士道はバッと顔を

上げた。

 

 

そこには、(くだん)の少女〈ハーミット〉が、

重力に逆らうような逆さの状態で浮遊していた。

 

 

『駄目だよー。よしのんが優しいからってあんまり

おイタしちゃ。……って、んん?』

 

 

と、少女は逆さなっていた身体を空中でぐるんっ、

と元に戻して、床に降りたった。

 

 

そして、パクパクとパペットの口を動かす。

 

 

『ぉおやぁ? 誰かと思ったら、ラッキースケベ

のおにーさんじゃない』

 

 

士道の顔をまじまじと見たのち、パペットが

器用にぽん、と手を打ってくる。……本当に、

片手でどうやって操作しているのだろうか。

 

 

しかし今はそんな疑問に時間をとられている

場合ではなかった。

 

 

すぐに、右耳に『待ちなさい』という琴里の声

が聞こえてくる。

 

 

〈ハーミット〉の言葉のすぐあと

 

 

 

①「ああ、久しぶり。元気だったかい?」と素直に挨拶(あいさつ)する。

 

 

②「ラッキースケベってなんだラッキースケベって!」軽快なつっこみを入れる。

 

 

③「ふ……っ、知らないね。私は、通りすがりの 風来坊(ふうらいぼう)さ」ハードボイルドに決める。

 

 

 

〈フラクシナス〉の艦橋のメインモニタに表示

された三つの選択肢を眺めて、琴里はペロリと

唇を舐めた。

 

 

ちなみに艦橋のモニタには、〈ハーミット〉の

姿がバストアップで映し出されており、その周り

には各種パラメータやテキストウィンドウまで

表示されている。

 

 

どう見ても恋愛(れんあい)シュミレーションゲーム──

通称ギャルゲーの画面だった。

 

 

「総員、選択開始!」

 

 

琴里の号令に合わせて、艦橋下段のクルーたちが、

一斉に手元のボタンを押す。

 

 

 

すぐその結果が、琴里の手元の小型ディスプレイ

に映し出された。

 

 

①、②、③ ──全てが、ほぼ同数。

 

 

「ええっ? ②でしょう! このギャルゲー

主人公的なつっこみ! これですって!」

 

 

と、クルーの一人が主張してくる。

だが、すぐまた別の方向から声が上がった。

 

 

「しかし、相手の性格がわからない以上

危険では? ここは①が妥当かと」

 

 

「いやいや、今までのデータから、〈ハーミット〉

が人間にほとんど攻撃してないことはわかって

いるんだ! ここは③で勝負に出るべきだ!」

 

 

「……ふむ」

 

 

三方向から訴えを聞き、琴里はあごに手を当てて

うなった。

 

 

そして、マイクに向かって唇を開く。

 

 

「──士道、③よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……っ、なんだそりゃ……」

 

 

士道は、床に尻をつけたまま、小さく呟いた。

 

 

耳に琴里の行動指示。それが、あまりに突飛な

ものだったのである。

 

 

『うぅん? どったの?』

 

 

パペットが、器用に首を傾げてくる。

 

 

考えている間はない。士道はその場にすくっと

立ち上がると、近くに陳列されていた椅子に

片足をかけ、

 

 

「ふ……っ、そんな奴のことは知らないね。

私は、通りすがりの風来坊さ……」

 

 

なんてきざったらしく言ってから、

髪をふぁさぁ……とかき上げてみせた。

 

 

『………』

 

 

〈ハーミット〉の操るパペットが、ポカンと口を

開けたまま、黙った。

 

 

そのまま、数秒が過ぎる。

 

 

「……お、おい、琴里。どうしてくれんだ

この空気……」

 

 

 

と、士道が小声で琴里に不満をこぼした瞬間、

 

 

 

『ぷ……っ、は、ぁはははははっ!』

 

 

パペットが、カラカラと頭を揺らして笑い出した。

 

 

『なぁーにぃ、おにーさん意外とひょうきん者?

あっはっは、今どきそれはないわー』

 

 

「は、はは……お気に召してなによりだ」

 

 

士道はパペットに合わせるように苦笑した。

今どき『ひょうきん者』ないと思ったが、

言わずにおく。

 

 

『どーよ』

 

 

「……はいはい、悪かったよ」

 

 

自慢げな琴里の声で返し、士道は〈ハーミット〉

の方に向き直った。

 

 

すると、それに合わせるように、パペットが

士道の顔に視線を合わせてくる。

 

 

『やー、しかしラッキースケベなおにーさん。

珍しいところで会うねー。ぁっはっは、おにーさん

みたいのは歓迎よー? どーもみんな、よしのんの

こと嫌いみたいでさー。こっちに引っ張られて出て

くると、すーぐチクチク攻撃してくるんだよねぇー』

 

 

言って、パペットが、またもわははと笑って

みせる。

 

 

『随分とまあ、陽気な精霊ね』

 

 

右耳に、士道が思ったままの言葉が聞こえてくる。

やはり、琴里もそう思ったらしい。

 

 

と、〈ハーミット〉の言葉の中に、気になる単語

があった。小さく口を開く。

 

 

「なあ……よしのん、って?」

 

 

士道が問うと、パペットが驚きを表現するように、

口を大きく開けた。

 

 

『ああっ、なんてみすていくっ! よしのんとも

あろう者が、自己紹介(しょうかい)を忘れるだなんてっ!

よしのんはよしのんのナ・マ・エ。可愛いっしょ?

可愛いっしょ?』

 

 

「あ、ああ……いい名前だな」

 

 

ハイテンションなパペットに気圧されるように

うなずく。

 

 

すると、右耳に琴里の怪訝そうな声が

聞こえてきた。

 

 

『──よしのん、ね。ふうん、この精霊は十香

と違って、名前の情報を持っているのね』

 

 

「あ……」

 

 

言われてみればその通りである。十香は、名前を

持っていなかった。

 

 

『十香』というのは、士道がつけた名前だ。

 

 

しかし、パペットがずずいっ、と顔を寄せてきた

ため、その思案は中断させられる。

 

 

『ぅんで? おにーさんはお名前なんてーの?』

 

 

「あ……っ、ああ。──俺は士道。五河士道だ」

 

 

『士道くんねー。カッコいい名前じゃないの。

ま、よしのんには勝てないけどねぇー』

 

 

「お、おう……ありがとう。ええと……

よしのん?」

 

 

『はいはーぃ、何かなー? 今し方覚えたばかり

の名前を、軽妙に会話に折り込んでくる士道くん

のフロンティアスピリッツに、感心しきりの

よしのんだよー』

 

 

大仰な仕草で手を広げるパペットに苦笑いで

返してから、士道は言葉を続けた。

 

 

「いや、大したことじゃないんだが、ええと……

よしのんっていうのは──このパペットじゃなくて、

君の名前なんだよな?」

 

 

言って、パペットの奥──青い目をした少女の方に

視線を向ける。

 

 

『………』

 

 

すると、今まで陽気に話を続けていたパペットが、

急に黙りこくった。

 

 

次いで、インカム越しに、ビーッ! ビーッ!

という警告音が響いてくる。

 

 

『──っ、士道、機嫌の数値が一気に下がって

いるわ。あなた一体何を言ったの?』

 

 

「え……っ? いや、俺はただ、なんでずっと

腹話術でしか喋らないのかなあ……と」

 

 

士道が疑問を素直に口にすると、パペットが

ゆらりと顔を近づけてきた。

 

 

『──士道くんの言ってることがわからない

なぁ……。腹話術ってなんのこと?』

 

 

口調は穏やかなまま。ついでに、パペットなので

顔の造作だって変わっていない。

 

 

それなのに、なぜかとてもないプレッシャー

を感じて、士道は後ずさった。

 

 

「い、いや……その」

 

 

『士道。原因はあとで考えればいいわ。

とにかく、今は精霊(せいれい)機嫌(きげん)を直すのよ』

 

 

琴里から指示が飛ぶ。士道は目を泳がせながら

唇を動かした。

 

 

「そ……っ、そうだよな! よしのんはよしのん

だよな。いやー……はは……は」

 

 

すると。

 

 

 

『ぅうんっ、もー、士道くんったらおちゃめさん

なんだからー』

 

 

それまでの凄味が嘘のように霧散し、パペットが

甲高い声を響かせた。

 

 

「……な、なんだったんだ、今の」

 

 

『さあね……。まあ、いくらフレンドーとはいえ、

相手は精霊。油断は禁物ってことよ』

 

 

士道は小さくうなずくと、『よしのん』に

向き直った。

 

 

「ええと──」

 

 

とはいえ、そうすぐ言葉が出てくるわけもない。

 

 

士道が言い淀んでいると、琴里が苛立たしげに

声を響かせてきた。

 

 

『間を空けないの。とにかく、精霊に逃げられない

ようにして』

 

 

「……ど、どうやって……」

 

 

『そんなの、決まり切ってるでしょ。せっかく

大型デパートの内部にいるのよ? 時間あったら

ちょっとデートしよう、でいいのよ。いい? 

「デートしない?」じゃなくて「デートしよう」

っていうのがポイントよ。選択権を相手に

渡さないの』

 

 

「は、はあ……」

 

 

士道は少し気後れしながらも、『よしのん』に

向き直った。

 

 

「じ、時間あったらちょっとデートしよう」

 

 

そしてなんの脈絡もなく、聞いたままの台詞(せりふ)

発してしよう。

 

 

『……そのままって。もうちょっと柔軟に

対応なさいよ』

 

 

琴里が、やれやれといった調子で言ってくる。

 

 

が、『よしのん』はさして気にしていない様子

だった。否、むしろテンション上がってきたぜぇ、

とでも言うように、パペットの小さな手をバタバタ

させる。

 

 

『ほっほ〜! いいねー。見かけによらず大胆

に誘ってくれるじゃーないの。うふん、もちろん

オーケイよん。ていうか、ようやくまともに話せる

人に出会えたんだし、よしのんからお願いしたい

くらいだよー』

 

 

言って、カラカラと笑う。

 

 

「そ、そうか……」

 

 

『……ま、結果オーライにしといてあげる』

 

 

琴里のため息交じりの声を聞きながら、士道は

『よしのん』とともに、デパートの中を歩いて

いった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 

折紙は、全身に着用型接続装置(ワイヤリングスーツ)と、ありったけの

弾薬を積んだアウトレンジ装備を纏った臨戦状態

で、デパートの上空を浮遊していた。

 

 

周囲には、同じ装備のAST隊員が数名浮遊し、

あたりに気を張っている。

 

 

AST ──対精霊部隊(アンチ・スピリット・チーム)は、陸上自衛隊の特殊部隊

の中でも、ひときわ特殊性の高い部隊である。

 

 

空想を現実に再現する装置・顕現装置(リアライザ)を用い、

世界を殺す災厄(さいやく)たる精霊に対抗するための部隊。

 

 

しかし、顕現装置(リアライザ)を戦術的に運用するための装備

──戦術顕現装置搭載(コンバット・リアライザ)ユニットを使用することが

できる人間限られているため、折紙のような

イレギュラーな隊員が存在するのだった。

 

 

駐屯地外に住居を構え、あまつさえ学校に

通いながら、有事の際にのみ出動する。

 

 

扱いとしては、出動頻度が極端に高い予備自衛官

のようなものだった。

 

 

「………」

 

 

周囲に展開された随意領域(テリトリー)の表面を、ひっきりなし

に雨粒が叩いている。

 

 

精霊──〈ハーミット〉がビル内に侵入してから、

およそ一時間が経とうとしていた。

 

 

しかし、〈ハーミット〉は屋内に潜入したまま、

今なお姿を現そうとしない。

 

 

『──随分と粘るわね』

 

 

と、通信機を通して、部隊の隊長である日下部遼子

の声が聞こえてきた。

 

 

『〈ハーミット〉にしては珍しいわね。こんなに

一所にとどまっているなんて。いつもならもっと

ビュンビュン飛び回ってるイメージだったわ』

 

 

そう。〈ハーミット〉は、行動パターンのほとんど

が逃げの一手である。

 

 

折紙たちがいくら攻撃を仕掛けてようとも、

反撃をしてくることもなく、逃げ回るだけ。

 

 

それが、もし屋内で消失(ロスト)までの時間をやり過ごす

知恵を付けたのだとしたら──

 

 

折紙にとってはあまり面白くない事態だった。

 

 

「攻撃許可は」

 

 

静かな声で折紙が問うと、遼子が嘆息めいた声

を返してきた。

 

 

『──一応要請はしてみたんだけどね。

待機だってさ』

 

 

「建造物なら倒壊しても、修復は可能」

 

 

『……ま、合理的に考えればそうなんだけれど

もね。そう簡単にはいかないものなのよ。──

だいいち、前回の〈プリンセス〉クラスならまだ

しも、今回のターゲット弱虫〈ハーミット〉よ?』

 

 

「………」

 

 

〈プリンセス〉。

 

 

その識別名に、折紙は眉を動かした。

 

 

どんないきさつがあったか知らないが、

その識別名を持つ精霊は今、人間の少女──

夜刀神十香(やとがみとおか)として折紙の学校に通っているので

ある。

 

 

無論、折紙は十香の存在を確認するなり、

遼子に報告した。

 

 

だが、なぜか彼女たち精霊の反応が確認

されなかったため、攻撃の許可は出なかった

のである。

 

 

無理を言って戸籍などを調べてもらったが、

そちらからも不審な点は発見されなかった。

 

 

少なくとも現段階において──折紙としては

不満極まりないものの──彼女は折紙たちの

守るべき日本国民であったのだ。

 

 

と──

 

 

 

「……?」

 

 

折紙は不意に目を細めた。

 

 

一瞬、視界の端に、美しい闇色の髪が映ったように

感じたのである。

 

 

そう。まるで十香のそれのような。

 

 

下方──ひとけのなくなった、雨の降りしきる

大通りに顔を向ける。

 

 

「………」

 

 

だが、十香の姿は確認できなかった。

 

 

折紙は無言でかぶりを振った。どうもナーバスに

なっているらしい。

 

 

こんなことで精霊を取り逃しては目を当て

られない。折紙は細く息を吐いていると

 

 

『折紙。あらかじめ言っておくけど前回の作戦

の〈アテナ〉の時みたいな勝手な行動はしない

ようにしなさい』

 

 

「…………」

 

 

遼子が折紙にそう言うが折紙は遼子の言葉に

無言で黙ってしまった。

 

 

『いいわね? 折紙?』

 

 

「……了解」

 

 

遼子が再度、折紙に念押しするようにそう言うと

口を閉ざしていた折紙は遼子の言葉に低い声だが

ゆっくりと返事をして〈ハーミット〉がいる大型

デパートに視線を向けながらさらに気を張って

警戒を続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──『よしのん』と遭遇してから、どれぐらいの

時間が経過したしただろうか。

 

 

士道と『よしのん』は、デパートの中を歩き回り

ながら、会話に花を咲かせていた。

 

 

もちろん時折琴里から指示が飛ぶのだが──

妙に笑いの沸点が低いらしい『よしのん』は、

どんな些細なことにもカラカラと笑っていた。

 

 

実際、彼女の精神状態をモニタリングしている

〈フラクシナス〉艦橋でも、いい数値が出ている

らしい。

 

 

先ほどの豹変ぶりが何かの間違いに思えるほど、

順調な展開だった。

 

 

『──ふむ、存外いい感じじゃない』

 

 

琴里が、そんなことを言ってくる。

 

 

『そもそもが人なつっこい性格なのかしらね。

好感度も上々よ。キスしようっていっても、

拒まれはしないんじゃないの?』

 

 

「……おいおい」

 

 

冗談なのか本気なのかわからない言葉に頬をかく。

 

 

しかし、実際士道も驚いていた。

 

 

今でこそ十香も普通に会話できるようになったが、

最初会ったときは酷い人間不審で、言葉を間違う

たびに死にそうな目にあったものである。

 

 

と、士道が考えていると

 

 

 

「おや、そこにいるのはあの時の少年だね」

 

 

「え…?」

 

 

背後から聞き覚えのある声が聞こえたので

振り返ってみると

 

 

「き、君は……」

 

 

そこにいたのは

 

 

 

『討伐不可能と呼ばれた精霊』

 

 

 

「あ、〈アテナ〉……」

 

 

 

〈アテナ〉がそこにいたのである。

 

 

 

『士道、今〈アテナ〉って言ったの?

もしかして〈アテナ〉がそこにいるの⁉︎』

 

 

「あ、ああ……今、目の前にいる」

 

 

士道はバレないように恐る恐る琴里に伝えると

 

 

『ウソでしょ……私たちやASTなどを感知されず

に〈アテナ〉が今現れるなんて……まったくもって

最悪のタイミングだわ』

 

 

琴里はそう言って明らかに動揺した声を出して

いた。

 

 

 

すると

 

 

『ぉおやぁ? 誰かと思ったら、〈アテナ〉の

おねーさんじゃない。やっほー‼︎』

 

 

「やあ、久しぶりだね。よしのん」

 

 

よしのんが〈アテナ〉にハイテンションで

そう返事すると〈アテナ〉もよしのんに返事を

する。

 

 

すると士道の右耳から琴里の指示が出る。

 

 

『士道。とりあえず〈ハーミット〉の好感度は

上々だから今は作戦を続行して〈ハーミット〉の

攻略を優先しなさい』

 

 

「お、おう……」

 

 

『それと出来るだけ〈アテナ〉を刺激しないよう

に注意しなさい。でないと〈アテナ〉ほどの精霊

となると『ユーラシア大空災』ほどではないとは

思うけどそれと同じぐらいの被害が出る可能性する

あるかもしれないから気をつけなさい』

 

 

「わ、分かった……刺激しないようにする」

 

 

士道はそう言ってかつてないほどの緊張からか

顔から大量の汗を流して唾液をゴクリと呑み込み

ながら琴里の指示に静かに頷く。

 

 

するとよしのんは

 

 

『やっぱりお喋りするのはたーのしーいねー。

どうもあの人たちは無粋でさー』

 

 

「は……はは」

 

 

そう言ってパクパクと口を開きながら言うのに、

士道は曖昧な調子で返す。

 

 

……なんというか、やっぱり、気になった。

 

 

今はそんなこと考えている場合じゃないのにだが、

今はパペットを操っている少女と会話が弾むのは

願ったり叶ったりであるし、数値的にも機嫌や

好感度が上がっているのなら、何も問題はない。

……はず、なの、だが。

 

 

「………」

 

 

士道は無言で、ちらっとパペットを操っている少女

と白銀の鎧と兜を被っている少女の方を見やった。

 

 

それにしても昨日会ったときも、そして今日も。

雄弁に喋るのはパペットの腹話術だけで、本人の

口はぴくりとも動いていなかったのである。

 

 

まるで……そう、人形浄瑠璃(じょうるり)黒子(くろこ)みたいだった。

 

 

『──おぉ?』

 

 

「………っ!」

 

 

「どうしたの?」

 

 

と、不意にパペットがこちらを向くのを感じて、

士道は肩を震わせていると〈アテナ〉は尋ねる。

 

 

『すっごーい! 何かねありゃー!』

 

 

「あれはジャングルジムっていうんだよ」

 

 

『へえー! ジャングルジムっていうんだねー!』

 

 

〈アテナ〉がそう説明するとパペットが興味気味に

手をバタつかせると、その場からとてとてと走って

いく。

 

 

──まあもちろん、走るのは本人の足なのだが。

 

 

『よしのん』は玩具(がんぐ)売り場の一角に組まれていた

お子様用の小さなジャングルジムに興味を持った

らしかった。

 

 

やたらカラフルな強化プラスチックのお城に、

両足と右手だけで器用に上がっていく。

 

 

そして頂点に到達すると、

 

 

『わーはは、どーよ士道くん、〈アテナ〉の

おねーさん。カッコいい? よしのんカッコ

いい?』

 

 

なんて、声を弾ませて訊いてきた。

 

 

「お、おい、そんなところに立っていると

危ないぞ」

 

 

「少年の言う通りだよ。落ちても知らないよ」

 

 

あくまで子供用の室内用ジャングルジム。

そこまで大きくないとはいえ、てっぺんから

落ちては怪我をしてしまうだろう。

 

 

いや、彼女が空を飛べるというのはわかって

いるのだが、どうも士道の脳内には、昨日の

『ずるべったぁぁぁぁぁぁぁぁぁんッ!』

イメージが残っていたのである。

 

 

士道は慌てて、ジャングルジムのもとに駆け寄る。

 

 

しかし『よしのん』は不満げにパペットの手を

振った。

 

 

『んもうっ、カッコいいかどうかって訊いている

のにぃ──っと、わ、わわ……っ⁉︎』

 

 

「な──っ!」

 

 

その動作でバランスを崩してしまったのだろうか、

『よしのん』はジャングルジムの上で踊るように

手を振ってから、士道の上に落下してきた。

 

 

そのまま、『よしのん』に押しつぶされる格好で、

床に貼り付けられる。

 

 

「二人とも‼︎ だいじょう……ぶ」

 

 

〈アテナ〉が『よしのん』と士道が心配だったので

急いで近づいて声を掛けようと思ったが目の前の

光景に固まった。

 

 

「っ……いへぇ……」

 

 

士道は仰向けに、なりながら、声を発する。

なぜか、前歯が痛かった。

 

 

と──そして、違和感に気づく。

 

 

なんか、目の前に少女の青い髪と、端整な造作

の貌があって。

 

 

──ちょうど、唇のあたりに、妙に柔らかい感触

があった。

 

 

「───ッ!」

 

 

数秒のあと、今自分がどういった状況に置かれて

いるのかを、脳が理解した。

 

 

『……わお。やるわね、士道』

 

 

さすがに琴里も予想外だったのだろう。

驚いたような声を響かせてくる。

 

 

「し、少年‼︎ こんな幼い少女の唇を奪うなんて

一体、どういうつもりなの⁉︎」

 

 

「い、いや‼︎ それは…ッ‼︎」

 

 

〈アテナ〉が慌てて士道に問うてきた。

 

 

それはそうだ。だって今士道は──上から落ちて

きた少女と、ばっちり口づけを交わしていたの

だから。

 

 

『………』

 

 

──無言のまま、『よしのん』が身を起こす。

その際、ようやく二人の唇が離れた。

 

 

 

図らずも……キスをしてしまった。

 

 

 

しかしこれで、『よしのん』の力は封印(ふういん)できた

はずである。

 

 

だが……なんだろうか、先月、十香とキスを

交わしたときのような、身体に温かいものが

流れ込んでくるような感覚がなかったというか──

 

 

──と、そこで再びインカムの向こうから、

けたたましいサイレンが鳴り響いてきた。

 

 

「な……っ」

 

 

眉をひそめて声を発する。──力は封印(ふういん)できた

はずでは?

 

 

だがこの音は、精霊の機嫌が崩れ、士道に危険

が迫ったときに鳴るものであったはずだ。

 

 

もしかして〈アテナ〉の機嫌が悪くなったのかと

思い視線を〈アテナ〉に向けるが

 

 

「まったく、少年ときたら見境なしにキスをする

なんてとんだキス魔だね……」

 

 

好印象は取られてはいなかったけど機嫌が悪く

はないのはわかった。

 

 

と、いうことは、『よしのん』は今──

 

 

 

 

『あったたたぁー……ごめんごめん、士道くん。

不注意だったよー』

 

 

しかし『よしのん』は、パペットをパクパクと

動かすと、平然とそんな声を発した。

 

 

「え……?」

 

 

呆然と、目を見開く。『よしのん』に、怒っている

様子は見られなかった。

 

 

ならば、耳に届くこの警報は一体何なのだろうか。

 

 

 

『───士道、緊急事態よ。……それもたぶん、

最強最悪の』

 

 

 

と、琴里が、いつになく焦った様子で言ってくる。

 

 

「は……? 一体何が……」

 

 

と。後方から、ざッ、という足を踏みしめる

ような音がして士道は肩を震わせた。

 

 

恐る恐る、首を後方へと向ける。

 

 

そこには──意外に過ぎる、顔があった。

 

 

 

 

「と、十香……?」

 

 

 

目を見開き、そこに立っていた少女の名を呼ぶ。

 

 

 

そう、そこにいたのは、来禅(らいぜん)高校の地下シェルター

に避難しているはずの十香だった。

 

 

しかも雨に降られたのだろうか、その全身は

びしょ濡れで、ついでについ今し方全力疾走でも

してきたかのように、荒く肩で息をしていた。

 

 

 

「──シドー」

 

 

 

士道の思考を遮るように、十香が身体をゆらりっ、

と揺らしながら声を発してくる。

 

 

なぜだろうか、ただ名を呼ばれただけなのに、

背筋に寒気が走った。

 

 

「……今、何をしていた?」

 

 

「……っ、な、何って……」

 

 

その問いに思わず唇に触れ──すぐに思い直して

手を背の後ろにしてしまう。

 

 

だが十香は、そんな仕草すら気に入らなかった

のか、まるでぐずる子供のような表情を作ると、

のどの奥から震える声を絞り出した。

 

 

 

「──あ、あれだけ心配させておいて……」

 

 

「え……?」

 

 

「女どもとイチャコラしているとは何事かぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 

 

だんッ──!

 

 

 

十香が叫び、足を打ちつけた瞬間、その位置の中心

に床がベコン! と陥没し、周囲に放射状の亀裂が

入っていた。

 




最後まで読んでいただきありがとうございます‼︎


これからも更新していく予定なので、どうか応援など
よろしくお願いします‼︎


『他の投稿作品』も楽しく読んでもらえれば
ありがたいです‼︎

十香と士道が出会う前の四月九日の話を書いた方がいいか

  • 書くべき
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