デート・ア・ライブ ■■■の精霊   作:灰ノ愚者

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今回三月に入ってからなんとかすぐに『最新話』
を無事に更新をすることができました‼︎


ちなみに今回はタイトルでなんとなくすぐにでも
察してしまうと思います。


前に投稿した『最新話』は納得いかなったので急いで
『修正』という『書き直し』をさせてもらいました。


何度も拘って書き直しをしてしまい本当に
すみません……(汗)


今回は『26371文字』までの膨大な量を頑張って
書きましたが、豆腐のようなメンタルの自分はきちん
と書けているのかとても心配になります……(汗)


【お気に入り】や【しおり】、【投票】そして
【感想】などいただければ豆腐のようなメンタルで
脆い自分も更に『創作意欲』が増していきます‼︎


面白く出来ているかどうか心配でいっぱいですが
一生懸命にたくさん書きました。


最後まで読んでいただければありがたいです‼︎



注文の多い■■さん

 

「……むう」

 

 

十香は嘶くお腹をさすりながら、令音のあとに

ついて雨の街を歩いていた。

 

 

昨日の昼から何も食べていないうえ、あまり睡眠も

とれていないため、どうも気分が悪い。

 

 

だが、この途方のない気分の悪さが、空腹感や

睡眠不足のみによるではないことは、十香にも

何となくわかっていた。

 

 

「………」

 

 

十香は奥歯を噛みしめると、雨に濡れた地面を

ぺしっ、と蹴った。

 

 

 

しかしそんなことで、腹の底にぐるぐると渦巻いた

苛立ちが晴れるはずもない。

 

 

と、前を歩いていた令音が、不意に足を止める。

十香は令音のその背にぶつかってしまう寸前で

立ち止まった。

 

 

「……先に食事にしようか。ここでいいかな?」

 

 

二人の目の前には、カラフルな看板のついた建物が

あった。確かファミレスとかいう、食事を提供して

くれる店舗だ。

 

 

「ん……そうしてもらえると助かる。腹が空いて

死にそうだ」

 

 

「……では、入ろうか」

 

 

二人は傘を畳んで店内に入ると、店員の案内に従い、

禁煙席の一番奥に腰を落ち着けた。

 

 

すぐに、メニューに目を通して料理を注文する。

 

 

そして料理が来るまでの間、どうにか腹を保たせよう

と、店員がテーブルに置いていった水を躊躇いなど

なく一気に飲み干した。──と、

 

 

「……十香」

 

 

そこで令音が、分厚い(くま)(かざ)られた(ねむ)たげな双眸を

十香に向けてきた。

 

 

「なんだ?」

 

 

「……料理が運ばれてくるまでの間、少し話を

したいのだが……いいかな?」

 

 

「ぬ……まあ、構わんが……一体何を話すのだ?」

 

 

十香は、少し警戒を示すように身体を離しながら

うなずいた。

 

 

この村雨令音(むらさめれいね)という女……いつも何を考えている

のかわからなくて──そのくせこちらの考えは全部

見通されている気がして、少々気味が悪かったので

ある。

 

 

そんな十香の思考に気づいているのかいないのか、

令音がぼうっとした挙動のまま鞄から機械のような

ものを取り出し、テーブルの上に広げる。

 

 

「なんだ、それは」

 

 

「……ああ、気にしないでくれ」

 

 

言いながら令音が片手でそれをカタカタ……と

軽やか操作をする。

 

 

力いっぱい気になるが、十香はどうにかそれを

無視して、令音の顔に視線を戻した。

 

 

 

すると令音も十香に目を戻し、唇を開いてくる。

 

 

「……まあ、話が得意なわけでもなし、単刀直入に

いこう。十香、君が苛立っていた──否、今まさに

苛立ちを覚えている、その理由と原因を教えては

くれないかな?」

 

 

「──っ」

 

 

 

令音の言葉に、十香は思わず息を詰まらせた。

 

 

 

「っ、私は、別に──」

 

 

「……やはり、シンが別の女の子と会っていたのが

許せないのかな?」

 

 

シン。それは令音が士道を呼ぶ際の名前だった。

 

 

「なっ、なぜそこでシドーが出てくるのだ……っ」

 

 

「……おや、関係がなかったかな?」

 

 

「…………」

 

 

十香はテーブルに肘を突くと、観念したように

頭をくしゃくしゃとやった。

 

 

そして大きなため息を吐いてから、重苦しい調子で

唇を動かす。

 

 

「……わからないのだ」

 

 

「……わからない?」

 

 

令音が、首を傾げながら聞き返してくる。

十香はうつむけた顔をさらに前に倒した。

 

 

「うむ……自分でも、なぜこんな気分になって

しまっているのか、わからないのだ……」

 

 

頭を抱えながら、言葉を続ける。

 

 

キス。その単語を出すだけで、なぜか胸の辺りが

痛んだ。

 

 

「……ああ、そのようだね」

 

 

「別に……何がいけないわけでもないはずなのだ。

シドーがどこで誰と会おうが、誰とキスしようが、

私にそれを咎められるはずもない。……だが、

それを見た瞬間、もう、なんていうか、とても──

そう、とても嫌な感じがしたのだ」

 

 

「……ふむ」

 

 

「気づいたらときには……声を荒げていた。

それに……そのあとあのウサギが、シドーは私より

あの娘たちの方が大事だと言うのを聞いて……

もう、どうしようもないくらい、悲しくて、怖くて、

何がなんだかわからなくなってしまったのだ。

……自分でも意味がわからない……こんなことは

初めてだ」

 

 

再び大きくため息を吐く。

 

 

「やはり……どこかおかしいのだろうか」

 

 

「……いや、おかしくなどないさ。それは非常に

健康的(ヘルシー)な感情だ」

 

 

「そ、そうなのか?」

 

 

「……ああ。心配することはない。だが──

誤解は解いておいた方がよさそうだね」

 

 

「誤解……?」

 

 

「……ああ。あのキスに関しては完全な事故だし

……シンが十香、君よりもあの女の子たちのことを

大事に思っているとか、そんなことは決してない」

 

 

令音が機械の方を一瞥してから言ってくる。

十香はバッと顔を上げた。

 

 

「っ、ほ、本当か……?」

 

 

「……本当だとも」

 

 

「だ、たがシドーは……」

 

 

「……君のことを大切に思っていなければ、

自らの命を危険に晒してまで君を助けはしない

と思うがね」

 

 

「──あ……」

 

 

 

言われて──十香は言葉を()くした。

 

 

 

胸に、腹に渦巻くわけのわからない感情に

気を取られ、完全に失念してしまっていた。

 

 

──昨日、士道は、先月と同じように、

十香を(かば)ってくれたではないか。

 

 

 

また、凶弾(きょうだん)に倒れる可能性があったのにも拘らず。

 

 

 

十香は、胸元のあたりを手で押さえながら、

ごくんと唾液を飲み込んだ。

 

 

「……っ、私は──」

 

 

なんて、馬鹿なことを。

 

 

十香はうめくようにのどを震わせると、再び頭を

くしゃくしゃとかきむしった。

 

 

そして、バッとその場から立ち上がる。

 

 

「……十香?」

 

 

「すまん、今日の買い物、後日に回してもらうことは

できないか?」

 

 

十香は、唇を噛みしめてから再び声を発した。

 

 

「……シドーに、謝らねばならん」

 

 

令音はあごに手をあててから、小さくうなずいた。

 

 

「……行きたまえ」

 

 

「感謝する」

 

 

十香は短く言うと、ファミレスの扉を抜けて

傘を手に取り、雨の街を走っていった。

 

 

 

 

 

 

「……ふむ。まあ、一件落着……かな?」

 

 

一人残された令音は、小型端末(たんまつ)の画面に表示された

グラフと数値に目をやりながら、誰にともなく

呟いた。

 

 

十香の精神状態を歪めている要素には、なんとなく

予想がついていたのだ。

 

 

駄々(だだ)()のような拗ね方をしてたものの……

十香は、士道を悪く思っているわけでもなければ、

士道が会っていた少女を(にく)んでいるわけでもない。

 

 

 

どちらかといえば、苛立(いらだ)ちが収まらない自分自身に、

得体の知れない恐怖(きょうふ)焦燥(しょうそう)を覚えていた……

というのが近いだろうか。

 

 

だから、機嫌を直すところまではいかずとも、

十香の意識を変えること自体はそう難しいこと

ではなかった。

 

 

 

そう──ただ、気づかせてやればいい。

 

 

 

自分が、士道に守られていたのだということを。

それが何を意味するのかを。そしてそれを知った 

とき、自分が何を思うのかを。

 

 

「……まあ、ジェラシーも、立派に(こい)のうちさ」

 

 

呟きながら、端末を閉じる。

 

 

 

「……ただ、気をつけたまえよ。(それ)はきっと、

世界を殺す感情だ」

 

 

と。

 

 

「──お待たせしました! こちらダブルチーズ

ハンバーグセットのライスの大盛り若鶏(わかどり)唐揚(からあ)げ、

牡蠣(かき)フライセット、ミックスグリル、マルゲリータ、

スパゲッティ・ボロネーゼでございます。鉄板が熱く

なっておりますのでお気をつけください」

 

 

「……ん?」

 

 

突然現れた店員か、テーブルに十香の注文した

ハイカロリーな料理を並べていく。

 

 

「……ふむ」

 

 

残された令音は、その夥しい数の料理を前にして

頰をかいた。

 

 

「……これは……困ったな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ええと……卵と、あ、鶏肉もあるな。ご飯も

炊飯器に余ってたし……親子丼でいいか」

 

 

 

ざっと冷蔵庫を見回してすぐにメニューを決め、

必要な材料を取り出してから、リビングの方を

ちらと見やる。

 

 

そこには、ソファに座りながら、物珍しそうに辺りを

見回す四糸乃の姿があった。

 

 

士道は家に帰ってすぐに服を着替えたのだが、

四糸乃の装いは、先ほどと同じウサギのコート

だった。琴里の言ったとおり、あれだけ雨を浴びて

いながら、少しも濡れていない。十香の光のドレスと

同じように、これも霊装(れいそう)というやつなのだろうか。

 

 

「ちょっと待っててくれ。すぐできるから。

──あ、暇だったらテレビでも見てな」

 

 

「……?」

 

 

士道が皮を剥いたタマネギを刻みながら言うと、

四糸乃が不思議そうに首を傾げた。

 

 

「ん、そこのリモコン──そうそう、それの一番

左上のボタンを押してみ」

 

 

四糸乃が、士道の指示に従ってリモコンのボタン

を押す。

 

 

すると壁際に置かれていたテレビが点き、

わははははは! という笑い声が響いた。

 

 

 

「─────っ!」

 

 

 

瞬間、四糸乃が身を竦ませたかと思うと、流し台に

溜まっていた水がボコボコと隆起(りゅうき)し、弾丸(だんがん)のように

なってテレビの画面に突き刺さった。

 

 

「な……っ」

 

 

『馬鹿ね。驚かすなって言ったでしょうに』

 

 

琴里の非難じみた声が、右耳に聞こえてくる。

 

 

四糸乃といえば、瞑っていた目を開いたのち、

慌てたように士道に頭を下げてきた。

 

 

「い、いや……気にすんな。驚かして悪かったな」

 

 

士道は乾いた笑みを浮かべてから、調理を再開した。

 

 

水で割っためんつゆを熱し、そこに切り終えた

タマネギと鶏肉を投入。火が通ったところに溶き卵

を流し入れる。

 

 

そしてご飯を盛ったどんぶりにそれを流し入れ、

最後にみつばを散らして、完成。

 

 

慣れた作業である。を一〇分とかからず、

調理を終える。

 

 

「ほら、できた。しっかり腹ごしらえて、

早いとこよしのんを見つけてやろうな」

 

 

言いながら、両手にどんぶりを持ってリビングへ。

 

 

四糸乃の目の前に一つ、その向かいに自分の分を

置いてから、再度台所に足を運び、箸と、念のために

スプーンとを持ってリビングに戻る。

 

 

「さて、んじゃ、いただきます」

 

 

 

士道が手を合わせてそう言うと、四糸乃もその仕草

を真似るようにペコリと頭を下げた。

 

 

そしてスプーンを手に取り、士道謹製(きんせい)親子丼を

一口、口に運ぶ。

 

 

「………!」

 

 

すると四糸乃はカッと見目を開いて、テーブルを

ペシペシと叩いた。

 

 

「ん?」

 

 

しかし士道が目を向けると、恥ずかしそうに

目を逸らしてしまう。

 

 

その後四糸乃は、何かを伝えたいんだけど、

言葉を発するのが恥ずかしい、みたいな顔を

作ってから、ぐっ、と士道に親指を立てた。

 

 

「お、おう……」

 

 

どうやら気に入ってもらえたらしい。士道は苦笑

して、返答とばかりに親指を立てた。

 

 

よほどお腹が減っていたのだろう、四糸乃は

小さな口を目一杯広げ、すぐにそれを平らげて

しまった。

 

 

と──四糸乃の食事が終わるのを見計らうよう

にして、琴里が喋りかけてくる。

 

 

『まだ少し休憩するでしょう? できるだけ精霊の

情報が欲しいわ。ちょうどいい機会だし、幾つか

四糸乃に質問をしてみてくれない?』

 

 

「質問?」

 

 

士道が小さな声音で問い返すと、すぐに琴里が質問

事項を提示してきた。

 

 

「……ああ、そうか」

 

 

士道は、どんぶりを空にして満足そうに息を吐く

四糸乃に目を向けた。

 

 

「なあ……四糸乃。ちょっと訊きたいことがある

んだが──いくつか質問してもいいか?」

 

 

四糸乃が、不思議そうに小首を傾げてくる。

 

 

「その……随分大事にしてるみたいだけど、

あのパペット──よしのんって、おまえにとって

どんな存在なんだ……?」

 

 

問うと、四糸乃恐る恐るといった調子でたどたどしく

唇を開いてきた。

 

 

「よしのん、は……友だち……です。そして……

ヒーロー、です」

 

 

「ヒーロー?」

 

 

問うと、四糸乃がうんうんとうなずいた。

 

 

「よしのんは……私の、理想……(あこが)れの、自分……

です。私、みたいに……弱くなくて、私……みたい

に、うじうじしない……強く、格好いい……」

 

 

理想(りそう)自分(じぶん)……ねえ」

 

 

士道は頬をかいて、デパート中で四糸乃と会った

ときのことを思い起こした。

 

 

まあ、確かにパペット越しで話していた四糸乃と、

今の四糸乃では、口調から態度まるで別人だ。

だが──

 

 

「俺は……今の四糸乃の方が好きなんだけど

なぁ……」

 

 

十香が現れたとき、パペットがのたまった冗談の

数々を思い出し、苦笑する。

 

 

確かにあのときの四糸乃は陽気で話しやすかったが

──もうあれは勘弁願いたかった。

 

 

多少言葉が聞き取りづらいとはいえ、たどたどしく

でも誠実に答えようとしてくれている今の四糸乃の

方が、ずっと好感が持てる

 

 

だが士道がそう言った瞬間、四糸乃は顔をボンっ!

と真っ赤に染め、背を丸めながらフードをたぐって

顔を覆い隠してしまった。

 

 

「よ、四糸乃……? どうした?」

 

 

士道が顔を覗き込むようにしながら声をかけると、

四糸乃がフードを握っていた手を離し、そろそろ

と顔を上げた。

 

 

「……そ、んなこと、言われた……初め……った、

から……」

 

 

「そ、そうなのか……?」

 

 

四糸乃が、深く首肯する。

 

 

まあ……そもそも人と話す機会のない精霊だ。

そういうものなのかもしれない。

 

 

『士道、今の……計算?』

 

 

と、そこで琴里がそう問いかけてきた。

 

 

「は? け、計算って何だ……?」

 

 

『……いえ。違うならいいわ』

 

 

「は、はぁ……?」

 

 

よくわからない妹である。士道は小さく

眉をひそめた。

 

 

『気にしないで。今のところ問題はないわ。

──存外落ち着てるじゃない。一応は同居訓練の

成果が出てるのかしら?』

 

 

「……さあてね」

 

 

士道は曖昧に返事をした。確かに幾分かは

落ち着いているが、それが訓練の成果による

ものなのかどうか判別がつかない。

 

 

しかし、そちらにばかり気を取られてもいられない。

士道は四糸乃に向き直ると、次の問いを発した。

 

 

「それで──ええと、四糸乃、おまえはASTに

(おそ)われても、ほとんど反撃(はんげき)をしないらしいじゃない

か。何か理由があるのか?」

 

 

訊くと……四糸乃は、またも顔をうつむかせた。

 

 

十香の霊装(れいそう)と同じように、光の(まく)で構図された

インナーの裾をぎゅっと握るようにしてから、

消え入りそうな声を出してくる。

 

 

「……わ、たしは……いたいのが、きらいです。

こわいのも……きらいです。きっと、あの人たちも

……いたいのや、こわいのは、いやだと……

思います。だから、私、は……」

 

 

油断していれば聞き逃してしまいそうなほど小さな、

掠れた声音。

 

 

だけれど──士道はその言葉に、心臓を穿たれる

かのような衝撃を覚えた。

 

 

「……っ、四糸乃……おまえ、そんな理由──」

 

 

しかし、士道はその言葉を最後まで続け

られなかった。

 

 

四糸乃が全身を小刻みに震わせながら、言葉を

続けてきたからだ。

 

 

「でも……私、は……弱くて、こわがり……だから。

一人だと……だめ、です。いたくて……こわくて、

どうしようも、なくなってしまうと……頭の中が、

ぐちゃぐちゃに……なって……きっと、みんなに

……ひどい、ことを、しちゃい、ます」

 

 

後半は、もう涙声だった。

 

 

ずずっと(はな)(すす)るようにしてから、さらに続けて

くる。

 

 

「だ、から……よしのんは……私の、ヒーロー

……なんです。よしのんは……私が、こわく、

なっても……大丈夫(だいじょぶ)って、言って……くれます。

そした、ら……本当に、大丈夫に……なるんです。

だから……だ、から……」

 

 

「…………っ」

 

 

士道は、無意識のうちに唇を噛んでいた。両の手は

とうに、血が出るのではないかというほどの力で

強く握られている。

 

 

そうでもしなければ──耐えられそうになかった。

 

 

四糸乃は。この小さな少女は。あまりにも優しくて

──あまりにも、悲しすぎる。

 

 

 

『いたいの』や『こわいの』はきっと嫌だろう

からと。

 

 

 

幾度となく自分に敵意(てきい)を、悪意(あくい)を、殺意(さつい)を突き付けて

きたはずの相手を(おもんばか)り──傷つけないようにする。

それが、一体どんなに困難なことか。

 

 

四糸乃が── ()()

 

 

四糸乃が己を評した言葉に首を振る。

──弱くなど、あるものか。

 

 

 

嗚呼(ああ)、だが、それは──非道(ひど)く、非道く(いびつ)慈悲(じひ)だ。

 

 

 

「───」

 

 

士道は、思わず席を立っていた。

 

 

そしてテーブルを迂回し四糸乃の隣に腰を下ろすと

──そのまま、四糸乃の頭をわしわしと撫でた。

 

 

「……っ、あ……っ、あの──」

 

 

「俺が」

 

 

「──っ、……?」

 

 

「俺が──おまえを救ってやる」

 

 

言うと、四糸乃が目を丸くする。

構わず、士道は続けた。

 

 

「絶対に、よしのんは見つけだす。そして……

おまえに渡してやる。それだけじゃない。もう

よしのんに守ってもらう必要だってなくしてやる。

もう、おまえに『いたいのやつ』や、『こわいの』

なんて近づけたりしない。俺が──おまえの、

ヒーローになる」

 

 

フード越しに頭を撫でながら、ガラにもない

台詞(せりふ)を吐く。

 

 

でも──止まらなかった。

 

 

 

だって、四糸乃の優しさには、重大な欠落がある。

 

 

聖人のようなその慈悲が、一つも自分に向けられて

いないのだ。

 

 

なら、それは、外部から与えられるしかない。

 

 

もう、精霊がどうとか、そういう話は関係

なくなった。

 

 

四糸乃に。このあまりに優しすぎる少女に、何も救い

がないだなんて、そんなのは、絶対に許されない。

 

 

 

そう──思ってしまった。

 

 

 

「……? ……?」

 

 

四糸乃はしばしの間目を白黒させていたが、

数秒ののち、小さく唇を開いてきた。

 

 

「……あ、りがとう、ございま……す」

 

 

「……おう」

 

 

四糸乃が、素直にそう言ってくれたことは

嬉しかった。小さくうなずく。

 

 

だけれど、四糸乃が声を発した際に、

その可愛らしい唇に目にいってしまい……

 

 

士道は気まずげに視線を逸らしてしまった。

 

 

「……? 士道、さん……?」

 

 

四糸乃が、小首を傾げて士道の方を見てくる。

 

 

「や、その、なんだ。……この前は、悪かったな」

 

 

「え……?」

 

 

「いや……なんというか……キス、しちまって」

 

 

正確には士道がどうこうという話でもないのだが

……女の子には一大事だったろう。懺悔の意味も

込めてそう言う。

 

 

しかし四糸乃は、キョトンとした様子で目を丸くし、

再び首を傾げた。

 

 

まるで、士道が何を言っているのかわからない

というように。

 

 

「……キスって、なんですか?」

 

 

「え? ああ、それは……こう、唇を触れさせる

ことで……」

 

 

士道が説明するも、四糸乃はまたもよくわからない

といった表情を作ると、士道の目の前にゆっくりと

顔を突き出してきた。

 

 

「こう、いうの……です、か?」

 

 

「……っ!」

 

 

少し顔を前に出せば、唇が触れてしまいそうな

距離である。

 

 

急な事態に心臓が飛び跳ねたが、士道は十香との

同居訓練を思い出し、どうにか表層だけは平静を

装うことに成功した。

 

 

「っ、あ、ああ……そう、そんな感じ」

 

 

しかし四糸乃は小さくうなると、これまた小さな

声で言った。

 

 

 

「……よく、覚えて、いません」

 

 

「……え?」

 

 

そんな返答を聞いて、士道は眉をひそめた。

 

 

 

 

 

が──その瞬間。

 

 

 

 

「シドー……! すまなかった、私は──」

 

 

突然扉(とつぜんとびら)が開かれたかと思うと、朝方家出たはずの

十香が、肩で息をしながら、リビングに入ってきた。

 

 

そして、今にもキスをしてしまいそうな距離で

向かい合う士道と四糸乃の姿を見るなり、ぴき、

と身体を固まらせる。

 

 

「え……?」

 

 

一瞬、士道はポカンとした顔を作ったのち、

 

 

 

「と──とッ、とととととととととととと

十香……ッ⁉︎」

 

 

顔中に、ぶわっと汗を吹き出させた。

 

 

「……ひ……っ」

 

 

四糸乃も異常を感じたのだろう、後ろを振り返り、

小さな声を漏らす。

 

 

しかしそれも仕方のないことかもしれなかった。

四糸乃にとって十香は、パペットを取り上げられた

怖い相手であるはずだし──それに何より、リビング

の入り口に静かに佇む十香からは、言葉にしがたい

プレッシャーが溢れ出ていたのである。

 

 

ちなみに先ほどから、緊急事態を示すけたたましい

ブザーが右耳鳴り響いている。

 

 

「………」

 

 

十香は、無言のまま、いやに穏やかぁーな笑みを

作ると、そのままゆっくりとした足取りでリビング

に入ってきた。

 

 

ビクッ、という感触(かんしょく)が手に伝わってくる。どうやら

四糸乃が身を震わせたらしい。

 

 

「と、十香、これはだな……」

 

 

なんだか浮気現場(うわきげんば)に踏み込まれた男のような心境に

なって、士道はあたふたと手を動かした。

 

 

しかし十香は二人の脇を通り過ぎると、リビングを

抜けてキッチンに向かい、冷蔵庫や棚などにあった

ありったけの食料とそのまま廊下へ出ていって

しまった。

 

 

扉の先から、ダダダダダダっ、という足音が聞こえ

──それが二階に到達したかと思うと、今度は

バァン! と、乱雑に扉を閉めるような音が

聞こえてくる。

 

 

……どうやら、また部屋に閉じこもってしまった

らしい。

 

 

しかも、今度は十分に兵糧(ひょうろう)を蓄えの籠城(ろうじょう)だ。

 

 

「え、ええと……」

 

 

『……厄介なことになったわね』

 

 

右耳に、ため息交じりの声が聞こえてくる。

 

 

「ど、どうすりゃいいんだ……?」

 

 

『とりあえず、今は放っておくしかないわ。

今士道が声をかけても、多分逆効果にしかならない

でしょうし』

 

 

「そ、そうか……」

 

 

ふぅ、と息を吐いたいると

 

 

 

「あの、今大丈夫かな? 五河君?」

 

 

「えっ?」

 

 

十香以外の声が聞こえて士道はビックリして

声がする方向に視線を向けると

 

 

 

「れ、零……ッ‼︎」

 

 

士道のクラスメイトで友だちである零がリビングの

入り口から出てきた。

 

 

「お邪魔させてもらってるよ」

 

 

「ど、どうして、零が家の中にいるんだ……?」

 

 

士道が零に恐る恐る聞くと

 

 

 

「ちょっと用事があって、買い物していたら偶然、

十香ちゃんと会ってね。その時にお家へとご招待

されたから、来たんだけど……」

 

 

零はそう言って、視線を十香が出て行った方向に

視線を向けて

 

 

「十香ちゃん機嫌が悪かったけど、十香ちゃんと

何かあったの?」

 

 

零が士道に聞くと、士道はビクッと肩を震わせて

 

 

「あ、ああ、ちょっとな……」

 

 

視線を零から逸らしながら、そう答える。

 

 

「ふーん……」

 

 

零は士道のそんな表情を見ながら

 

 

「それって、言いづらいことなの?」

 

 

「えっ?」

 

 

「多分なんだけど、十香ちゃんは一人で五河君に

会うのが不安で心細かったから、僕を五河君のお家

に誘ったんだと思うんだよね」

 

 

「そ、そうなのか……?」

 

 

「うん。だって、いつも明るい十香ちゃんが

その時だけ表情が暗かったから」

 

 

「十香……」

 

 

零は士道にそう言うと、士道は驚いた表情をして

うつむき申し訳なさそうにしながら、十香の名前

をつぶやいていた。

 

 

「何か悩んでいるなら誰かに話してみたら?

もしかしたら解決するかもしれないよ?」

 

 

「零……」

 

 

『士道、わかっているわよね?』

 

 

士道零の名前をそう言うと右耳のインカムから

琴里の声が響いてくる。

 

 

 

そうだ。精霊やASTのことをなにも知らない

無関係の零に言って巻き込むわけにはいかない。

 

 

だから、

 

 

 

 

「じ、実は十香を怒られてしまったんだ……」

 

 

 

出来るだけバレないように十香のことだけを

話して誤魔化す事にする。

 

 

 

「へーえ、ちなみにどうしてなのか聞いても

いいかな?」

 

 

「わ、悪いけど、それは言えない……」

 

 

「そっか……」

 

 

零は士道にそう言うと廊下へ向かって行く。

 

 

「理由は聞かないのか?」

 

 

士道は何も聞かず、あっさりとした零の姿を見て

気になったのか、聞いてみるが

 

 

「無理に聞かない方がいいんでしょ?

それとも聞いたら話してくれるの?」

 

 

「あ、ああ……そうしてくれると助かる」

 

 

零のその一言を聞いて士道はホッとしたのか

安心した表情をしていた。

 

 

「それに僕も用事があるからそろそろ帰らなきゃ

いけないしね」

 

 

それとね、と零はそう言って振り返って

 

 

「十香ちゃんと話し合って、早く仲直りした方が

いいよ。十香ちゃんなりにかなり思い詰めていた

みたいだから」

 

 

「そっか、そうだな……零の言う通り出来るだけ

早く十香と仲直り出来るようにしないとな」

 

 

士道は自分のことを心配してくれて嬉しかったのか

零にそう答える。

 

 

「十香ちゃんをあまり、悲しませたりしたら

駄目だからね」

 

 

零は士道にそう忠告した後、じゃあね、と言って

五河家を出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『士道の友人にしてはちゃんと女の子の気持ちを

理解していて、さらに十香のこともきちんと参考

になるアドバイスだったわね。そういうところが

ヘタレな士道の足りないところであり、もっと

積極的に学んでほしいところよね』

 

 

「う、うっせ……」

 

 

琴里がインカム越しで士道を揶揄うように言うと

士道は恥ずかしそうに琴里に反論しながらも返答

をする。

 

 

「ッ‼︎ そうだ‼︎ 四糸乃……ッ‼︎」

 

 

いきなり十香と零の二人の予想外の出来事の対応

していたせい士道は一番肝心の四糸乃のことを

忘れてしまっていた。

 

 

急いで視線を隣の席にいるはずの四糸乃に

視線をやる。

 

 

しかし、いつの間にやら、ソファの上から四糸乃

の姿が忽然と消えてしまっていた。

 

 

「あれ? 四糸乃……?」

 

 

『──どうやら、十香が近づいてきたところで

隣界(りんかい)消失(ロスト)しちゃったみたいね。パペットを

取り上げられたのが、よっぽどトラウマに

なってるんでしょ』

 

 

「……なるほどね」

 

 

ふぅ、と息を吐き──士道は違和感に

眉をひそめた。

 

 

四糸乃は、十香にパペットを取られたことを

覚えているらしい。

 

 

なのに……士道とのキスは、よく覚えていないと

言っていた。

 

 

いや、確かに昨日もさほど気にしてはいなかった

様子だったし、もしかしたら接吻という行為事態

に特別な感情を抱いていないのかもしれない。

精霊の知識や価値観は個体によってまちまちと

いうし、そういう可能性もあるだろう。

 

 

けれど──それでも四糸乃の反応には、

少し違和感があった。

 

 

士道の脳裏に一つの疑問……というか、気になる

ことが浮かぶ。

 

 

士道は手を口元に当てながら、唇を動かした。

 

 

「なあ、琴里。……一つ気になることがある

んだが、調べてもらえるか」

 

 

『何?』

 

 

士道は簡潔に、頭に浮かんだ疑問を伝えた。

 

 

 

『……ふうん。いいわ、令音が戻ってきたら

調べてもらいましょ』

 

 

「おう、頼む」

 

 

と、士道が言うと、琴里が何かを思い出した

ように続けてきた。

 

 

『……ああ、そうそう。十香の乱入で言いそびれて

たんだけど、一つ朗報があるわ』

 

 

「あ?」

 

 

『映像を洗ってみたところ、パペットの所在が

判明したの』

 

 

「本当か⁉︎ どこにあるんだ?」

 

 

『それはね──』

 

 

琴里が発した言葉に、士道は、(ほお)痙攣(けいれん)させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う……うがーっ!」

 

 

二回奥の部屋に駆け込んだ十香は、今し方持ち

込んだ食料を手当たり次第にガツガツ食べながら、

そんな(さけ)(こえ)を上げた。もう、見るからにヤケ食い

である。

 

 

「なんなのだ……なんなのだもう……ッ!

ぐっ、むぐぅぅぅ……ッ!」

 

 

士道が十香の留守中、先日の少女を家に招待

していた。

 

 

事象としてはたったそれだけのことなのだ。

十香が怒るような要素はどこにもない。

 

 

 

士道は十香のよい友達で。その友だちが、

新しい友だちを連れてきた。

 

 

 

十香の正しい対応は、士道に先日のことを謝って

仲直りし、そのあと「ようこそ。この前はすまな

かった」と、あの少女の手を取ることであったに

違いない。

 

 

でも──できなかった。

 

 

士道とあの少女が二人で部屋にいたのを見た瞬間、

『いやな感じ』が全身を駆け巡り、その場にいる

ことができなくなってしまった。

 

 

「ううぅぅぅぅぅぅぅぅぅ……ッ!」

 

 

十香はひと通り食料を食い荒らすと、その場に

うずくまった。

 

 

「……シドー」

 

 

 

──士道に、謝りたい。士道と、仲直りがしたい。

 

 

 

その気持ちに(うそ)はなかった。

 

 

でも……『いやな感じ』が胸の中に渦巻き、

それができない。

 

 

十香は体育座りのような格好のまま、苦しげに

うめいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここ……で、合ってるよな」

 

 

左手に菓子折(かしおり)の入った紙袋(かみぶくろ)、右手に地図の描かれた

メモ用紙を持った士道は、重苦しいため息を吐いて

から、目の前に聳えるマンションを見上げた。

 

 

緊張を抑えるように胸元を叩き、「これは仕事(しごと)

不可抗力(ふかこうりょく)」と大きく深呼吸。

 

 

……しかし、それにしても。

 

 

「なんでまた、こんな泥棒(どろぼう)みたい……」

 

 

『仕方ないでしょ。鳶一宅に招き入れられる

のなんて、士道くらいしかいないんだし』

 

 

士道がぼやくと、右耳に装着したインカムから、

琴里の声が聞こえてきた。

 

 

そう──今士道は、鳶一折紙(とびいちおりがみ)の自宅である

マンションを訪れていたいたのである。

 

 

 

四糸乃が消失(ロスト)した際の映像を丁寧に洗ってみた

ところ──基地に帰投する折紙が、パペットを

拾い上げ、持ち去ったことがわかったのだという。

 

 

 

それをどうか入手するために、「なあ鳶一、今度おまえの家に遊びに行っていいか?」と、数日前にお伺い

を立て、家に招いてもらうことになったのだ。

 

 

「……ていうか、そもそも招いてもらう必要も

なかったんじゃないのか? パペット一つ取って

くるくらい、〈ラタトスク〉なら簡単に──」

 

 

『……やったわよ、とっくに』

 

 

「え?」

 

 

ため息交じりに発せられた言葉に、士道は

首を傾げた。

 

 

『数日前から三度にわたって侵入を試みたけれど、

全部失敗したって言ってるの。──部屋中に赤外線(せきがいせん)

が張り巡らせてあるわ、催涙(さいるい)ガスは噴射されるわ、

要所に自動追尾歩哨銃(セントリー・ガン)まで設置されてるわ……

うちの機関員六名が全員病院送りよ。一体何と

戦ってるの彼女は』

 

 

「は、はあ……」

 

 

『数に物を言わせて強引に押し入ればもちろん奪取(だっしゅ)

可能でしょうけど──向こうからお誘いいただける

なら、それに越したことはないんじゃない?』

 

 

「……了解したよ」

 

 

基本的に小心者な士道としては、非常に気が進まない

仕事であったが……あの不安そうな四糸乃の顔を見て

しまっては、そうも言ってられない。

 

 

それに──士道自身、折紙ときちんと話して

おきたいこともあった。

 

 

と、もう一つ気になることがあって、士道は琴里

に問いかけてみた。

 

 

「そういえば……十香(とおか)の様子はどうだ?」

 

 

『相変わらずよ。部屋に籠っているわ』

 

 

「……そっか」

 

 

先日、四糸乃を家に招いているところを見られて

から、十香の様子がおかしいままだった。

 

 

いや、この前のようにずっと部屋に閉じ籠もりきり

というわけではないし、学校にもちゃんと来ている

のだか、どうにも避けられている気がしてなら

なかった。

 

 

むうとうなってから、気を取り直す。

 

 

それはそれで胃の痛くなる問題だったが、

今はこちらだ。

 

 

「──よし」

 

 

士道は意を決すると、マンションの入り口に

向かって足を踏み出した。

 

 

自動ドアをくぐり、エントランスに設えている

機械に、折紙の部屋番号入手する。

 

 

すると、すぐに折紙の声に聞こえてきた。

 

 

『だれ』

 

 

「あ、ああ……俺だ。五河士道(いつかしどう)だ」

 

 

『入って』

 

 

言うが早いか、エントランス内側の自動ドア

が開く。

 

 

士道は促されるままにマンションに入ると、

そのままエレベーターに乗って六階まで上がり、

指定された部屋番号の前に到着した。

 

 

「……じゃあ、手はず通りに」

 

 

『ええ。任せてちょうだい』

 

 

言うと、琴里がそう返してくる。

 

 

士道の周りには今、〈ラタトスク〉の操作する

超小型のカメラが虫のように飛んでいる。

 

 

これが、士道が折紙の目を引き付けている間に

探索を行うのだ。

 

 

「……ふう」

 

 

もう一度大きく深呼吸をしてから、呼び鈴を鳴らす。

 

 

するとすぐさま──それこそ折紙が玄関で

待ち構えていたかのようようなタイミングで、

扉が開けられた。

 

 

「お、おう鳶一。悪いな、今日は無理を

言っちゃっ──」

 

 

士道は、手を軽く上げて挨拶をし──そのまま、

停止した。左手に携えていたお菓子の箱が落下し、

グチャッと、あとでスタッフがおいしくいただかね

ばならなくなるような音を立てる。

 

 

理由は単純。──折紙の、装いだ。

 

 

そりゃあここは鳶一家。折紙がどんな格好をして

いようと自由だ。士道が文句を付けらるようなこと

ではない。

 

 

だがさすがに、これは想定外だった。

 

 

 

濃紺(のうこん)のワンピースに、そして可愛いフリルの付いたエプロン。頭には可愛らしいヘッドドレス。

 

 

 

そう、今彼女は、頭頂爪先まで、完璧なメイドさん

スタイルだったのだ。

 

 

 

あろうことか学校次席(じせき)の天才様が。あの永久凍土(とうど)、鳶一・コキュートス・折紙(じょう)が、だ。

 

 

「ア、アノ……トビイチサン……?」

 

 

「なに」

 

 

顔中に玉のような汗をびっしり浮かべた士道が、

なんとか声を発すると、折紙はいつもように人形の

ごとく無味な無表情のまま、小さく首を傾げた。

 

 

そう様は、まさに折紙そのものである。

 

 

実は私は折紙の双子(ふたご)の妹、コスプレが大好きな

色紙(いろがみ)ちゃんでしたー! なんて展開に、儚い望みを

託していた士道としては、早々にそんな希望が打ち

砕かれた気分だった。

 

 

「い、いや……なんて格好してんだ、おまえ……」

 

 

折紙は不自然そうに自分の装いに目を落として

から、もう一度首を傾げた。

 

 

「きらい?」

 

 

「や……そ、そういうことではなく……」

 

 

嫌いどころかむしろたまんねえのだが、そんなことを

口に出せるはずもなかった。

 

 

……なんかもう、直視できない。士道は顔を真っ赤に

したまま目を泳がせまくった。

 

 

「入って」

 

 

しかし折紙はなんら気にする素振りを見せず、

士道を部屋の中へ招き入れた。

 

 

「お、お邪魔します……」

 

 

士道は地面に落ちてしまった紙袋を拾い上げると、

かすかに震える指でノブを掴んで扉を閉め、

靴を脱いで部屋に上がった。

 

 

「……っ?」

 

 

と、士道は眉をひそめた。急にインカムから、

ノイズのような音が鳴ったのである。

 

 

琴里に問いかけるよう、インカムをコンコン、

と小突く。すると、琴里の声がノイズに紛れて

微かに聞こえてきた。

 

 

 

『く……っ、まさ──ジャミング──士──、

通──ない──、なんとか──』

 

 

そこまで聞こえたところで、ぷつん、音声が途切れ、

何も聞こえなくなる。

 

 

「……⁉︎ お、おい……」

 

 

「どうしたの」

 

 

インカムに問いかけると、前方にいた折紙が

振り返ってきた。

 

 

「あ……っ、い、いや……なんでもない」

 

 

「そう」

 

 

折紙が顔の向きを元に戻してから、大きく

息を吐く。

 

 

理由はわからないが、どうやらここでは通信が

できないらしい。もしかしたら、カメラの方も

操作不可能になっているかもしれなかった。

 

 

否……仮にカメラが生きていても、士道に情報を

送れないのなら同じことだ。

 

 

 

要は──一人でこの任務を成功させねばならなく

なってしまったということだった。

 

 

「……おいおい、マジかよ」

 

 

折紙に聞こえないくらいの音量でぼやいてから、

前髪をくしゃくしゃとかきむしる。

 

 

しかし不満を言っても始まらなかった。

士道は覚悟を決めるように唾液を飲み下すと、

折紙のあとをついていった。

 

 

「……ん? この匂い……」

 

 

と、リビングに入った瞬間、ふわっと甘い香り

がした。

 

 

とはいえ、食べ物の匂いといった感じではない。

どちらかいうとこれは──

 

 

 

「鳶一? お(こう)でも()いてるのか?」

 

 

「そう」

 

 

「へ、へえ……」

 

 

なんというか、少し以外だった。勝手なイメージ

なのだが、鳶一折紙は、こういった趣味(しゅみ)娯楽(ごらく)

には、あまり興味を示さないような気がしたのだ。

 

 

クラスメートのいつもとは違った顔を見てしまった

気がして、少し照れくさくなる。

 

 

 

……だが、なんだろうか。

 

 

この香、嗅いでいると頭がボーッとしてくる

というか、気を抜いていると意識がどこかに

飛んでいきそうというか……まあ、随分と

リラクゼーション効果の高そうな代物だった。

 

 

「座って」

 

 

「あ、ああ……」

 

 

言われて、リビングの中央に置かれていた

背の低いテーブルの前に座る。

 

 

「………」

 

 

そして、士道が座ったのを見届けてから、

折紙も腰を落ち着けた。

 

 

 

士道のすぐ隣に。

 

 

 

「え……?」

 

 

普通、向かいに座るものだと思うのだが、

鳶一家ではこれが普通なのだろうか。

 

 

折紙の涼しげな顔を見ていると、自分の常識が

正しいのかどうかが、少しあやふやになってくる

士道だった。

 

 

「ええと……」

 

 

「………」

 

 

「その……」

 

 

「………」

 

 

しばしの間のあと。士道はうんうんとうなずいた。

 

 

──うん、そうだ。やっぱり鳶一家ではこの位置が

スタンダードなのだ。頬に汗なんて流れていない。

だってこれが普通なのだから。

 

 

しかしさすがに気まずくなって、士道は会話の糸口

を掴むべく、唇を開いた。

 

 

「と、鳶一?」

 

 

「なに」

 

 

「や、素朴な疑問なんだが……鳶一って、

一人暮らしなのか?」

 

 

折紙は、小さく首肯した。

 

 

「……そ、そうか」

 

 

もしかしたら……とは思っていたのだが、

いざ明らかにされると、一人暮らしの女の子の家に

お邪魔しているという事実が、士道の心拍を少し

激しくした。

 

 

「い、いつ頃から一人で?」

 

 

士道が問うと、折紙が、補足するように続ける。

 

 

「五年前に両親が死んでから、しばらく叔母(おば)

一緒に暮らしていたけど、高校に入るときに、

一人でここに移った」

 

 

「高校一人暮らしか……大変じゃないのか?」

 

 

「そうでもない」

 

 

顔の筋肉を必要最低限しか運動せぬまま、しかし

士道の顔をジッと見据え、その言ってくる。しかも

ご存知の通り、とにかく距離が近い。

 

 

……なんか、ただ会話しているだけなのに妙な

プレッシャーがあった。

 

 

士道は内心の狼狽を誤魔化すように、大仰な仕草

で後頭部をかいた。

 

 

「いや、はは、は……でもやっぱりすげえと思うよ。

おれもそのうち一人暮らしすることになるだろう

けど、なんか自分一人だと飯とか掃除とか手ぇ抜い

ちまいそうでさ」

 

 

「問題ない」

 

 

「え?」

 

 

きっぱりと言い切る折紙に、不思議そうな顔を

向けた。

 

 

「私がやる」

 

 

士道は、一瞬全身を(こお)らせた。

 

 

 

「っ……⁉︎ えと……それって……」

 

 

が、士道が言うより速く、折紙がその場から

すくっと立ち上がった。

 

 

「え……?」

 

 

「待っていて」

 

 

そしてそのまま足音もなく、キッチンの方へ

歩いていく。

 

 

どうやら、お茶の準備しに行ったらしい。

 

 

士道はキッチンへと立った折紙の背をボーッと

眺め……ハッとして首をブンブン振った。

 

 

「……そうだ、パペットは……」

 

 

小声で呟き、部屋中を見回すように視線を

巡らせる。

 

 

淡色で揃えられたシンプルな家具が、綺麗に配置

された部屋である。

 

 

女の子らしさどころか、当然漂っているはずの生活感

さえまったく感じられない。まるでモデルハウスの

内装みたいな空間だった。

 

 

「……ん」

 

 

パッと見たところ、パペットらしきものは

見当たらない。

 

 

もの自体は少ないのだが、いえの構造上収納スペース

が多そうだったので、探すのには骨が折れそう

だった。

 

 

加え、折紙の目をどうごまかすかも問題である。

やはり、折紙がトイレに立ったときにでも探すのが

妥当だろうか。いや、ここは逆に、士道がトイレに

立つ振りをして──

 

 

と、そこで、折紙がトレイに、ソーサーと

ティーカップを二つずつ、それに砂糖とミルクを

載せて戻ってきた。

 

 

そして無言のまま、テーブルにそれらを配置

していく。

 

 

「どうぞ」

 

 

言って、折紙が再び士道の隣に寄り添うように

腰を下ろした。……なぜだろうか、先ほどより

さらに距離が近い気がする。

 

 

「あ、ああ、ありがとう」

 

 

お香の匂いとは別に、仄かに漂ってくる折紙の

シャンプーの匂いが鼻腔をくすぐる。

 

 

士道は自然と噴き出て汗を袖で拭ってから、

ティーカップに手を伸ばした。

 

 

「……⁉︎」

 

 

だが、カップに触れる寸前で、思わず眉をひそめる。

 

 

折紙と士道のティーカップの中身が、明らかに

異なっていたのである。

 

 

 

折紙のお茶は、見るも鮮やかな、透き通った

赤褐色(せきかっしょくいろ)

 

 

 

対して士道の方は、カップの底が窺い知れない

ほどに(よど)んだ、(どろ)のような液体だった。

 

 

一瞬コーヒーかとも思ったが……違う。

 

 

液体の正体を見取るため、顔をカップに近づけた

瞬間、生物兵器(せいぶつへいき)もかくやというほどの凄まじい

刺激臭(しげきしゅう)が、士道の鼻腔に爆撃をしかけてきたの

である

 

 

「──エンッ⁉︎」

 

 

思わず、身体を弓なりに仰け反らせてしまう。

 

 

「どうしたの」

 

 

「ど、どうしてって……これ、一体なんだ⁉︎」

 

 

「お茶。外国の」

 

 

「ず、ずいぶん個性的なお国で……」

 

 

士道は顔をしかめ鼻をつまみながら再びカップ

を覗いた。士道の生物としての本能が、(かたく)なに

摂取(せっしゅ)(こば)む色をしている。──あれだろうか、

これを飲み干せたら成人として認められるとか、

そういう類のものだろうか。

 

 

「あー……鳶一? 貴重なモン用意してくれて

悪いんだけど、俺、これ苦手かも──」

 

 

が、士道が遠慮しようとすると、そんな折紙が

ティーカップを士道の方に進めてきた。

 

 

「や……鳶一?」

 

 

「どうぞ」

 

 

「いや、どうぞじゃなくて……」

 

 

「どうぞ」

 

 

「あの、だな」

 

 

「どうぞ」

 

 

「………………いただきます」

 

 

なんかもう、自分の性格が嫌になる。士道は結局

断り切れず、再びカップに向かった。

 

 

「…………」

 

 

しかし、さすがにこのまま飲むのが気が引ける。

 

 

士道は少しでも味をマイルドにすべく、テーブルに

置かれたミルクを一つ手に取ると、カップの中の

液体に注ぎ込んだ。

 

 

 

……結論から言うと、解けなかった。

 

 

 

完全に分離(ぶんり)したミルクの油分がお茶の表面に浮き、

まるで重油の流出した海みたいになっていた。

逆に状況が悪化した気がする。

 

 

「……ええい、ままよ!」

 

 

士道は意を決すると、カップを持ち上げ、液体を

のどの奥に流し込んだ

 

 

「──おぼふ……ッ⁉︎」

 

 

臭いに負けない、刺激的な味が、士道の味蕾(みらい)

蹂躙(じゅうりん)する。

 

 

きっと一生口にすることなんてないだろうけど、

王水ってのは飲んだらこんな味するんじゃなか

ろうか、と思えるような味だった。苦いとか辛い

とかじゃなく、痛い。

 

 

「み……ッ、水……!」

 

 

しかし、手元に水はない。

 

 

「………!」

 

 

士道は咄嗟に、自分で持ってきた菓子折りの包装

をびりびりと破くと、潰れた人型焼き(天宮(てんぐう)銘菓)

を口に放り込んだ。

 

 

優しい甘みが口内に広がっていく。……士道は

力なくバタンと身体を後方に倒し、ようやく

息を吐いた。

 

 

「はぁ……っ、はぁ……っ」

 

 

 

と──

 

 

 

「……あ?」

 

 

士道は胸元押さえた。

 

 

なぜだろうか、妙に身体が熱いというか、火照(ほて)

ような感じがする。……今日はそんなに気温が

高かっただろうか。

 

 

しかもそこへ。

 

 

 

「…………」

 

 

なぜか折紙が、仰向けに倒れた士道の頭の横に

手をつくと、腹の辺りに跨り、マウントポジション

を取るような格好で覆い被さってきた。

 

 

「………っ⁉︎ と、鳶一⁉︎」

 

 

「なに」

 

 

まるで士道の方がおかしいとでも言うように、

折紙が平然とした調子で返してくる。

 

 

「い、いや、おまえ何を……」

 

 

「だめ?」

 

 

「だ、駄目だ……と思う」

 

 

士道はフットーしそうになるのをどうにか抑え

ながら、なんとか言葉を発した。

 

 

折紙のほどよい重量とか、女の子特有のいい匂い

とか、柔らかい感触とか、メイド服の衣擦れとか、

そんなものが全てぐるぐるない交ぜになって

もうやべぇ。

 

 

少しでも気を抜いたなら、士道は即座にリバース

カードをオープンしてしまいそうだった。

 

 

「そう」

 

 

折紙はそう言うと、ぱちりと瞬きをした。

 

 

「では、交換条件(こうかんじょうけん)

 

 

「は……?」

 

 

「ここから退くかわりに、私の要求を一つ、

無条件で呑んでほしい」

 

 

「な、なんだ……?」

 

 

ごくりと唾液を飲み下してから、問う。

 

 

すると折紙は、珍しく逡巡のような間をおいてから、

小さな声で言ってきた。

 

 

 

「あなたは、夜刀神十香(やとがみとおか)のことを十香(とおか)と呼ぶ」

 

 

 

「え……? ああ……そ、そうだな」

 

 

士道は、小さくうなずいた。確かにその通りである。

 

 

いや、そもそも『十香(とおか)』という名を付けたのは

士道なのだから、当然である。

 

 

苗字は、戸籍を偽造する際に令音(れいね)が付けたもの

という話だ。

 

 

「けれどあなたは、私のことを鳶一(とびいち)と呼ぶ」

 

 

「あ、ああ……」

 

 

「これは非常に不平等」

 

 

言って、折紙はぷいと顔を背けた。

 

 

「へ……? や、えと……」

 

 

士道は折紙の意図を図りかねて、頭に疑問符を

浮かべた。

 

 

「つまり……? 十香のことを夜刀神(やとがみ)って呼べって

のか? なんか慣れねえな……」

 

 

「………」

 

 

折紙が、無言でぎゅうと、腹に体重をかけてきた。

 

 

せいぜい少女一人分の重量だ。大した重さではない。

 

 

のだけど、問題はそんなところではなかった。

耳から蒸気が噴き出す感覚が、士道を襲う。

 

 

「じゃ……じゃあどうしろってんだよ……っ⁉︎」

 

 

折紙は姿勢を元に戻すと、少し顔を背けながら

言葉を発してきた。

 

 

 

「私のことを、折紙(おりがみ)と呼んで欲しい」

 

 

 

「え……と」

 

 

「だめ?」

 

 

折紙が、言ってくる

 

 

それはいつも通り抑揚のない声音だったの

だけれど──少しだけ、不安そうな響きを

孕んでいるような気がした。

 

 

「や……それは、駄目じゃない、と……思う」

 

 

「そう」

 

 

「…………」

 

 

「…………」

 

 

またしばし、沈黙が流れる。

 

 

これはさすがに士道にもわかった。……こほんと

咳払いをしてから、のどを震わせる。

 

 

「ええと……お、折紙(おりがみ)

 

 

「………」

 

 

士道がそう呼ぶと、折紙は無言で士道の腹から

腰を浮かせ、その場に立ち上がった。

 

 

そしてその場で無表情のまま、ぴょん、と

飛び跳ねる。

 

 

「へ……?」

 

 

なんともシュールな光景に、身を起こした士道は

目を丸くした。

 

 

しかし折紙は気にする素振りもなく、小さく唇を

開いた。

 

 

 

「──士道(しどう)

 

 

「……!」

 

 

そういえば、折紙にそう呼ばれるのは初めて

だったかもしれない。……いつも『五河士道(いつかしどう)』と

フルネームで呼ばれていた気がする。

 

 

「お、おう」

 

 

なんだかむずむずするものを感じながらも

そう返事をすると、折紙はもう一度その場で

ぴょん、と跳ねた。無論、表情筋はぴくりとも

動いていない。

 

 

……ひょっとして、喜んでいるのだろうか。

 

 

折紙はそのまま数秒の間、余韻に浸るように

目を伏せたのち、小さく息を吐いた。

 

 

 

そして、

 

 

 

「待っていて」

 

 

なぜか突然そう言うと、踵を返す。

 

 

「あ……おい、鳶──」

 

 

「………」

 

 

「……折紙。どこ行くんだ?」

 

 

「シャワー」

 

 

折紙は、ちらと士道の方に顔を向け、それだけ言って

リビングを出て行った。

 

 

「は……?」

 

 

リビングに一人残された士道は、しばし呆然と

してから、ようやく状況を理解し、「はふぅ」と

息を吐いた。そのまま再びばたんと後方に倒れ込む。

 

 

「あー……」

 

 

胸に手を置く。

 

 

心臓が、信じられないくらいバクバクいっていた。

 

 

だが、そうしてもいられない。数秒のあと、

ハッと身を起こす。

 

 

「そうだ……! パペットを探すチャンス

じゃねえか」

 

 

あまりに衝撃的な体験の連続で忘れかけていたが、

今日の目的はあくまでそれである。

 

 

予期せずに千載一遇(せんざいいちぐう)のチャンスが舞い込んできた。

 

 

「でもあいつ……なんでいきなりシャワーなんて

浴びに行ったんだ?」

 

 

首をひねる。汗でもかいていたのだろうか?

 

 

……にしても無防備に過ぎはしないだろうか。

士道にもう少し度胸があったなら、浴室を覗いて

しまう可能性だってあったのである。先ほどの言動

もそうだが、折紙は少々そういったことに気を

遣わなさすぎな感があった。

 

 

「……ま、助かったことにかわりはないか」

 

 

士道はすくっと立ち上がると、先ほどより詳細に、

リビング中に視線を這わせ始めた。

 

 

「目につくところには……ねえか」

 

 

呟き、足音を忍ばせながら、棚の中身をチェック

していく。

 

 

本来なら、空き巣かガザ入れのごとく、中のものを

全部床にぶちまけながら探した方が効率がいいのかも

しれないが……さすがにそんなことはできない。

 

 

今回の絶対目的は、四糸乃のパペットを回収する

ことだが、可能な限り折紙に気取られないことも

重要なのである。

 

 

「……なんか、恐ろしく綺麗な配置してあるから

調べづれえな……」

 

 

収納スペースの内部まで完璧に整えられているため、

少しでもずらしたらたちまち気づかれそうだった。

 

 

しかし、そこまで気を遣っては何もできない。

できるだけ配置をもとに戻しながら、探索を

進めていく。

 

 

「リビングにはなさそうだな……となると……」

 

 

士道は、ダイニングテーブルを隔てたキッチンに

目をやった。

 

 

まあ見込みは薄いと思うが、パペットを鍋掴みに

している可能性もゼロではない。一応ざっと見て

おいた方がいいだろう。

 

 

「ええと……?」

 

 

そろそろキッチンにに移動し、食器棚やシンクの下

などを順にチェックしていく。

 

 

「ん……これは?」

 

 

と、士道はぴくりと眉を動かした。

 

 

キッチンの最奥にあるゴミ箱の中に、いくつもの

小さな空き瓶を発見したのである。

 

 

「なんだこりゃ……」

 

 

 

首を傾げ、それらを手にとってみる。

 

 

 

必殺(ひっさつ)(あか)まむし』

 

 

大絶倫(だいぜつりん)黒天狗(くろてんぐ)

 

 

『スッポンゴールド1000』

 

 

『マカの魔力(まりょく)

 

 

 

エトセトラエトセトラ……

 

 

一本数千円はくだらない。高級精力剤(こうきゅうせいりょくざい)

オンパレードだった。

 

 

どう見ても、女子高生(じょしこうせい)栄養(えいよう)ドリンク代わりに

飲むような代物(しろもの)ではない。

 

 

士道は、ぽりぽりと頬をかいた。

 

 

 

……まあ、まずあり得ないことなのだけど、

これらを全部鍋に入れて煮詰めたなら、それは

それは凄まじい味の液体ができるだろうなあ、

なんて考えて。

 

 

ついでに、そんなものを男を飲まさたなら、

もう即座にハイパーモードになって全身金色に輝き、

下腹の一部だけが、それはもう真っ赤に燃えてしまう

んじゃないかなあとも。

 

 

「ま、まあ、個人の好みを詮索するのは

マナー違反だな」

 

 

まあ、女の子の家を家探しなんて、超特急のマナー

違反を犯している士道が言っても、まるで説得力は

ないのだが。

 

 

「やっぱりキッチンにはないか。じゃあ次は──」

 

 

士道はドリンク剤の空き瓶をゴミ箱に戻すと、

そろそろと歩み進め、リビングの入り口に

目を向けた。

 

 

確か玄関からリビングに至るまでの廊下に、

一つ扉があった気がする。

 

 

折紙が浴室に行ってから、もう一五分以上が経過

していた。士道は少し早足気味に、廊下へと出た。

 

 

 

そしてそのまま最後の扉へ歩いていき──

 

 

 

 

「……っ」

 

 

その途中で、一瞬足を止めた。

 

 

最後の扉のちょうど向かいに、脱衣所へと繋がる扉が

あり、そこからシャワーの水音が聞こえてきたので

ある。

 

 

少し収まっていた動悸が、また激しくなる。

 

 

「……落ち着け、落ち着け」

 

 

とりあえず手の平に『人』という字を三度書いて

飲み込み、ジャガイモ頭の折紙を想像しながら、

素数を数えてみた。

 

 

……正直、あんまり落ち着かなかった。

 

 

なぜか今日は、士道の頭の中のベルセルクが

荒ぶりがちだ。本当になぜだろうか。まるで

高い精力剤を何本も飲んでしまったかのような

興奮のしかただった。

 

 

このままここにいると、なんかとんでもない

間違いを犯してしまいそうである。

 

 

士道は焦るように最後の扉に手をかけ、

開け放った。

 

 

「……っ、ここは……寝室か」

 

 

六畳くらいのスペースに、ベッドや洋服棚が

並べられている。

 

 

「……んん?」

 

 

と、部屋に入ってすぐ、士道は訝しげな声を

発しながら目を細めた。

 

 

……何か、違和感がある気がする。

 

 

部屋が狭い……? 否、これは──

 

 

「……あいつ、随分とでかいベッドで寝てんだな」

 

 

そう。なぜかベッドがダブルサイズなのだ。

おかげで、妙に寝室が狭く見えてしまっている。

 

 

しかも不思議なことに、他の家具に比べて、

このベッドだけが妙に新しかった。

 

 

 

それこそ、昨日今日に包装を解いた新品のように。

 

 

 

「最近新調したのか……? いや、にしても……」

 

 

言いながらベッドの枕元に移動し──またも

首をひねる。

 

 

ホテルのベッドメイクもかくやというほどに、

ピンと美しく張られたシーツの上に、枕が二つ

並べられていたのである。

 

 

しかも、そのカバーにはポップな文字で

『問題ない』と刺繍が施してあった。

 

 

「………」

 

 

裏返してみた。

 

 

裏には『構わない』と書いてあった。

 

 

選択の余地なしだった。

 

 

「……………」

 

 

先ほどより長い沈黙のあと、

 

 

「さ、さてと……パペットはどこかな……」

 

 

わかろうと思ってもわからないので──そのうち

士道は、考えるのをやめた。

 

 

 

と──そこで。

 

 

 

「あ」

 

 

顔を上げた士道は、短く声を発した。

 

 

部屋の脇に置かれた背の高い洋服ダンスの上に、

ちょこんと見覚えのあるシルエットが鎮座して

いたのである。

 

 

コミカルな意匠の施されたウサギ形パペット。

──間違いなく、四糸乃のものだった。

 

 

「こんなところにあったのか……」

 

 

これで、四糸乃を助けることができる。士道は

ほう、息を吐いた。

 

 

だが、士道がタンスに向かって足を踏み出した、

そのとき。

 

 

 

「……っ」

 

 

寝室の外から、ガチャッ、という音が聞こえてきた。

 

 

普通のドアの音ではない。あれは多分、浴室の扉が

開けられるときの音だった。

 

 

どうやら、折紙がシャワーを終えたらしい。

 

 

「やっべ……」

 

 

士道は手早くタンスの上のパペットを掴み取ると、

無理矢理服のポケットに詰め込み足音を殺して

リビングに戻った。

 

 

間一髪。間に合った。士道は小さく放念の

息を吐いた。

 

 

あとはこれを持って、無事帰還するだけである。

 

 

……その最後の項目の難易度が、やったら高い気が

するのは、気のせいだと信じたい。

 

 

「あ……そうだ」

 

 

ふと、士道は独り言を呟くように声を発した。

 

 

鳶一宅を訪れた最大の目標は、一応達することが

できた。

 

 

だが士道には、もう一つ個人的な目的があった

のである

 

 

家に招き入れられてからずっと折紙のペースで、

会話の糸口を掴むことができないでいたが……

こんなチャンスはそうないだろう。

 

 

 

一度──折紙と、ちょと話してみたかったのだ。

 

 

 

精霊(せいれい)”のことに、ついて

 

 

 

と、そこで、士道の思考を中断するように、

リビングの扉が開いた。どうやら折紙が戻って

きたらしい。

 

 

士道はごくりと唾液を飲み下すと、声を発しながら

そちらに顔を向けた。

 

 

「お、おう、折紙。ちょっと訊きたいことが──」

 

 

 

だが。

 

 

 

「ぃ……ッ⁉︎」

 

 

 

折紙の姿の格好は、先ほどまでのメイド姿でなく──

裸身(らしん)にバスタオルを巻き付けただけだったのである。

 

 

しかも全身に水分を帯びていたためか、タオル地が

しっとりと張り付き、身体(からだ)のラインを浮かび上がら

せている。なんとも蠱惑(こわく)的な美しさが漂っていた。

 

 

「な、ななな……」

 

 

いくら自宅とはいえ、来客時、しかも同年代の男子

がいるときにこの格好はさすがに異常である。

 

 

「なに」

 

 

だけれど折紙は至極当然(しごくとうぜん)のごとくそう言うと、

士道がなぜ固まっているのかわからないといった

感で小さく首を傾げてきた。

 

 

「……っ! あ、ああ、着替えを忘れたのか?

あ、ははは……ドシだな」

 

 

士道は乾いた笑いを浮かべると、油を差していない

機械のような動きで、首を明後日の方向へと

向けた。

 

 

「………」

 

 

しかし折紙は無言のまま、足音も士道の元に

歩み寄ると──先ほどと同じように、息づかい

どころか体温まで感じられる位置で膝を折った。

 

 

「──ッ⁉︎」

 

 

士道はビクッと肩を震わせると、その場から

飛び跳ねるようにして折紙と距離を取った。

 

 

「……?」

 

 

折紙が、不思議そうにまた首を傾げてくる。

 

 

「どうしたの」

 

 

「ど……ッ、どうしたって……」

 

 

そう言っている間も、折紙はじりじり距離を

詰めてくる。

 

 

士道は必死に思考を巡らせ──咄嗟に声を発した。

 

 

「お、折紙! その──お、おまえに、訊きたい

ことがあるんだ!」

 

 

折紙が、その場で停止する。

 

 

「なに」

 

 

「あ……ああ、その……」

 

 

士道は確認のためコンコン、とインカムを

小突いてみた。

 

 

音は──何も、聞こえてこない。完全に、通信は

隔絶されている。

 

 

今なら、何を言っても、琴里たちは伝わらない。

 

 

士道は意を決すると、口を開いた。

 

 

 

「その……折紙。おまえは──精霊(せいれい)が、(きら)い……

なんだよな」

 

 

 

「………」

 

 

士道がその言葉を発した瞬間、折紙の雰囲気(ふんいき)

変わった気がした。

 

 

士道がそんな話題を出したことを(いぶか)しむように、

小さく首を傾げる。

 

 

「なぜ」

 

 

折紙は、士道の目をまっすぐに見ながら問うてきた。

 

 

それはそうだ。正直、なんの脈絡もない。

きっと〈フラクシナス〉と通信繋がっていたのなら

余計な情報を()らすなとか、無駄(むだ)警戒心(けいかいしん)(あお)るな

とか言われて怒られていたことだろう。

 

 

 

だが士道は、訊かずにはいられなかった。

 

 

 

折紙に。両親を精霊(せいれい)によって失い──今、

精霊に(やいば)を向ける少女に。

 

 

 

「……っ、や、その──だな。せ、精霊の中にも、

いい奴はいるんじゃないか……なんて」

 

 

「ありえない」

 

 

にべもなく、切り捨てられる。

 

 

精霊(せいれい)は現れるだけで世界を(こわ)す。そこに『()る』

だけで世界(せかい)(ころ)す。あれは害悪(がいあく)。あれは災厄(さいやく)

生きとし生きるものの敵」

 

 

 

「そ……っ、そんな言い方──」

 

 

 

「──私は、忘れない」

 

 

 

士道の言葉は、途中で遮られた。

 

 

表情も、声のトーンも、何一つ変わっていない

というのに……なぜだろうか、底冷えのするような

威圧感を感じられた。

 

 

 

「五年前、私から両親(りょうしん)(うば)った精霊(せいれい)たちを」

 

 

 

「五年……前」

 

 

 

士道が呆然と声を発すると、折紙は小さく

うなずいて続けてきた。

 

 

「五年前、天宮市南甲町(なんこうちょう)の住宅街で、大規模な火災が

発生した」

 

 

「え……」

 

 

士道は眉をひそめた。士道も昔、そこに住んでいた

ことがあったのである。

 

 

家事で家が燃えてしまったため、今の家に引っ越して

きたのだ。

 

 

「公式には伏せられているけれど、あの火災は

──精霊(せいれい)が起こしたもの」

 

 

「な……ッ」

 

 

士道は驚愕に目を見開いた。

 

 

 

その身に、” ()()(ほのお)(まと)った精霊(せいれい)幻想的(げんそうてき)(ちから)を身に(まと)った精霊(せいれい)”。私は──その精霊たちに

全てを奪われた。絶対に、許さない。精霊(せいれい)は全て、

私が倒す。もう、私と同じ思いをする人は、

作らせない」

 

 

 

静かな、しかし強固な意志を思わせる声で

そう言い、折紙はくっと拳を握った。

 

 

 

「そして、無論それは──夜刀神十香(やとがみとおか)も例外

ではない」

 

 

 

「え……」

 

 

不意に十香の名前を出され、士道は目を丸くした。

 

 

「彼女は今、精霊(せいれい)とは認められていない。

でも、私は彼女(かのじょ)存在(そんざい)許容(きょよう)できない」

 

 

「……っ、で、でも、今の十香は空間震(くうかんしん)も起こさな

ければ、暴れもしないじゃねえか。そうなったら

もう──ただの女の子と変わらないだろ?」

 

 

しかし、折紙は微塵の逡巡も躊躇見せずに首を

振った。

 

 

「彼女から精霊反応(せいれいはんのう)が消えたことは事実。しかし、

原因が不明な以上、最悪の状況に備えるのは当然

のこと」

 

 

「……そ、それは──」

 

 

士道は言い淀んだ。

 

 

 

折紙の言い分はもっともだった。だって彼女は士道

の能力によって十香の力が封印(ふういん)されていることを

知らないのだ。

 

 

「でも……空間震(くうかんしん)が起こるのだって、あいつらの

意思じゃねえんだろ⁉︎ それなのに──」

 

 

「────?」

 

 

士道がそう言うと、折紙が不思議そうに

首を傾げた。

 

 

「なぜ、そんなことを知っているの?」

 

 

「……っ、や、それは──」

 

 

余計なことを言い過ぎた。士道はお茶濁す言葉を

探して視線を泳がせた。

 

 

だが、折紙は抑揚のない声で続けてくる。

 

 

「ちょうどいい機会。私も、あなたに訊きたい

ことがある」

 

 

「な、なんだ……?」

 

 

「四月二一日。私は作戦遂行中あなたを見た」

 

 

 

「……っ」

 

 

その日付に、士道は背を凍らせた。

 

 

それは、十香がこちらの世界に静粛現界(せいしゅくげんかい)をした

日だったのである。

 

 

つまりは──士道が、キスによって十香の力を

封印した日。

 

 

「あなた、一体何者」

 

 

静かな瞳でジッと士道を見据えながら、

折紙は言う。

 

 

「や、その、それは……」

 

 

〈ラタトスク〉のことまで漏らすわけには

いかない。士道はしどろもどろになり──

 

 

 

「………」

 

 

しかし、下唇を噛んで呼吸を落ち着かせた。

 

 

 

「……鳶一。信じてもらえないかもしれないけど

──少し、俺の話を聞いてくれるか?」

 

 

折紙は微塵の逡巡もなく首を前に倒した。

 

 

 

「ん……その、だな。詳しいことは言えないんだが

……俺、実は何度か精霊(せいれい)に会って、話をしたことが

あるんだ。──十香や〈アテナ〉だけじゃない。

……四糸乃ともだ」

 

 

四糸乃(よしの)?」

 

 

「ああ──〈ハーミット〉って呼ばれている

精霊(せいれい)のことだ」

 

 

折紙の表情はぴくりとも動かなかったが、士道が

そう言った瞬間、すぅっ……と、いつもより少し

だけ息を吸うのが早くなった気がした。

 

 

「非常に危険。やめるべき」

 

 

抑揚のない声で、注意をしてくる。

 

 

だが士道は、首を横に振った。

 

 

「──鳶一。おまえは、一度でも四糸乃と話した

ことがかあるか……? いや──ないだろうな。

名前だって知らなかったんだから」

 

 

身体ごと折紙に向き直り、続ける。

 

 

「頼む。少しだけ、少しだけでいい。今度四糸乃が

現界(げんかい)したら、あいつと、話をしてみてやってくれ。

──おまえの言うように、(わる)精霊(せいれい)だっているの

かもしれない。でも、十香や〈アテナ〉、そして

四糸乃は──、なんて言えばいいのかわからねえ

けど……、すげえ、いい奴なんだよ……! 人間に

だってそうはいないくらい、滅茶苦茶(めちゃくちゃ)、優しい奴ら

なんだよ……!」

 

 

「…………」

 

 

折紙は、何も言わず、至極落ち着いた様子で士道を

見つめてくるだけだった。

 

 

静かな。しかし不思議と冷たさは感じない。

不思議な色の眼差し。

 

 

「……っ」

 

 

 

──嗚呼(ああ)、そうだ。士道はようやく気がついた。

 

 

 

折紙に、ASTの意思決定を左右するほどの権能が

ないことはわかっている。

 

 

それなのに、わざわざ情報漏洩(じょうほうろうえい)というリスクを

冒してまで折紙にこんな話をしてしまった理由。

──せざるを得なかった理由。

 

 

もちろん、四糸乃を助けたいというのが一番

大きかったのだが、それだけではなかったのだ。

 

 

それが、やっと実感として理解できた気がした。

 

 

「そう──か。俺……」

 

 

士道は、改めて折紙に目を向けた。

 

 

「俺は……四糸乃や〈アテナ〉をどうにか助けて

やりたいし、十香のことを認めてやって欲しいとも

思ってる。でも、それと同じぐらい。鳶一、おまえに

──そう、おまえに、あんないい奴らを、殺して

欲しくないんだ……ッ!」

 

 

「………」

 

 

「おまえだって、すげえいい奴なんだ……!

まだ高校生だってのに、世界を守るために戦って

るんだぜ? そうそうできることじゃねえよ。

マジで尊敬する」

 

 

そう。折紙が間違っているだなんて、士道には

言う資格がない。

 

 

五年前に精霊によって両親を()くし──もう、

自分と同じ人間は作りたくないと、人を守るために

武器を取った気高き少女。

 

 

その決意を、士道の薄っぺらな言葉で汚して

いいはずがない。

 

 

 

だが──

 

 

 

「なんで……なんでこんなことになっちまって

るんだろうな……。誰も──誰も悪い奴なんて

いねえんだ。十香も、〈アテナ〉も、四糸乃も、

鳶一、おまえだって、みんな、優しい奴らなのに」

 

 

「それは──」

 

 

言いかけて、折紙はのどを小さくこくんと鳴らして

から続けてきた。

 

 

「それは、仕方ないこと」

 

 

「……っ」

 

 

「仮に、あなたの言うことが本当で、〈アテナ〉

や〈ハーミット〉がこちらとの闘争(とうそう)を望んでいない

とする。──しかし彼女たちが精霊(せいれい)である以上、

空間震(くうかんしん)発生の危機は、必ず残る。彼女たち二人の

ために、何人もの人間の命を危険に(さら)すことは、

私たちにはできない」

 

 

至極整然(しごくせいぜん)とした主張。琴里も、同じようなことを

言っていた。

 

 

きっと、間違っているとしたら士道の方

なのだろう。

 

 

士道は、額についていた手を目元に滑らせ、表情を

隠すようにしながら奥歯をぎりと噛みしめた。

 

 

頭では、折紙の言っていることが理解できる。

だがどうしても、納得はできなかった。

 

 

 

「──最後に一つ、確認させてくれ」

 

 

言うと、折紙が、不思議そうに首を傾げた。

 

 

 

「十香みたいに、精霊(せいれい)の力が確認できなくなったら

──その精霊(せいれい)に、攻撃をすることはないんだな?」

 

 

そう。士道の言っていることは理想論。あまりに、

無理がありすぎる。

 

 

──けれど。その無理を通すことができる可能性が、

士道には残されている。

 

 

「…………」

 

 

折紙は、しばしの間黙ってから返してきた。

 

 

「私としては本意じゃない。反応が消えたから

といって、精霊(せいれい)を放置するのは危険すぎる」

 

 

「……っ、そんな──」

 

 

「──しかし。上層部の方針として、精霊(せいれい)反応(はんのう)

確認できない限り、それは人間(にんげん)(みと)めざるを得ない。

私の独断で攻撃をすることはできない」

 

 

「つ、つまり」

 

 

「その質問には、肯定(こうてい)を示す」

 

 

折紙が、落ち着きを払った様子のまま言ってくる。

 

 

士道は、無意識のうちに唾液を飲み込み、拳をぐっと

握っていた。

 

 

「──ありがとうよ。今は、それが聞ければ十分だ」

 

 

「そう」

 

 

折紙は短く言ったのち。

 

 

 

「──今日うちに来たいと言ったのは、

それが目的?」

 

 

少しだけ、ほんの少しだけ瞼を落とし、そんなことを

言ってきた。

 

 

抑揚のない声に変わりはないのに、なぜかそこは

かとなく不機嫌そうな感じがする。

 

 

「っ、や……そ、そんなことはないぞ。

今日来たのは、鳶一と話をするためで……」

 

 

さすがにパペットのことは言えないが、嘘は吐いて

いない。

 

 

インカムが死んでしまったため、探索も士道が

行うことになってしまったものの──本来なら、

カメラが探索を行ったいる間、不信感を抱かせない

ために折紙と会話をするのが、士道の目的だったの

だから。

 

 

「…………」

 

 

折紙は、士道の言葉を聞くなり、少し刺々しく

なっていた雰囲気を一瞬で霧散させた。

 

 

そして再度士道の方にににじり寄ってくる。

 

 

 

だが、そこで。

 

 

 

 

ウウウウウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ──

 

 

 

と、外から空間震警報(くうかんしんけいほう)が鳴り響いた。

 

 

「け、警報……?」

 

 

「………」

 

 

折紙は数瞬の間黙りこくると、小さなため息を

吐いてその場に立ち上がった。

 

 

「折紙……?」

 

 

「──出動。あなたは早くシェルターへ」

 

 

それだけ言って、折紙は廊下に出て行った。

 

 

 

一人残された士道はしばしの間呆然としたあと。

 

 

 

「……まさか、四糸乃──?」

 

 

鼓膜を震わせる警報に眉をひそめ──ポケットの中の

パペットをぎゅっと握った。

 





最後まで読んでいただきありがとうございます‼︎


これからも皆さんが『応援』をしていただければ、
『更新の頻度』が更に上がる可能性があるかも
しれません‼︎


『他の投稿作品』もあるので是非ともそちらも
楽しんで見ていただければありがたいです‼︎



【報告】

『転生したらスライムだった件 ■■の魔王』
『デート・ア・ライブ ■■■の精霊』の『最新話』
を近いうちに更新をする予定なので是非、楽しみに
していてもらえたらありがたいです‼︎

十香と士道が出会う前の四月九日の話を書いた方がいいか

  • 書くべき
  • 書かなくていい
  • どっちでもいい
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