今回は六月に入ってからなんとかすぐに『最新話』
を無事に更新をすることができました‼︎
今回は『27025文字』までの膨大な量を頑張って
書きましたが、豆腐のようなクソナメクジメンタルの
自分はきちんと面白く書けているのかととても心配に
なります……。
今回は『あのキャラクター』が登場します‼︎
ちなみに今回の『最新話』が納得がいかなかったので
全部書き直しました。
何度も書き直してしまい本当にすみません……(汗)
【お気に入り】や【しおり】、【投票】、【感想】を
いただければ、豆腐のようなそのメンタルで脆い自分
も更に『創作意欲』が増していきます‼︎
面白く出来ているかどうか心配でいっぱいですが
一生懸命にたくさん書きました。
最後まで読んでいただければありがたいです‼︎
黒い来訪者
「わたくし、精霊ですのよ」
五月六日、月曜日。
黒板の前に立った転校生の言葉に、来禅高校二年四組
の教室はシンと静まりかえった。
ただ、皆が皆、同じ顔をして黙りこくったわけ
ではない。
もっとも多いのは、彼女が放った言葉の意味が理解
ができずに、「なんなのこの子。夢見がちなの?
イタい子なの?」と怪訝そうな顔を作った生徒たち。
それに次いで多いのが、彼女のぞっとするほどに
美しい容貌に目を奪われ、そもそも言葉を聞き逃して
いた男子たちである。
──だが
いなかった。
「……なッ」
眉の間に深いしわを刻み、頬に汗をひとすじ垂らし
ながら、教卓の横に悠然と立った転校生を注視する。
黒髪を二つ結えられた少女である。肌は真珠のように
白く滑らかで、襟元から覗く首は、少し力を入れて
握れば折れてしまうのではないかと思えるほどに
細かった。
もっとも特徴的なのは前髪である。恐ろしく端正な顔
立ちをしているのだが……前髪が異様に長く、そして
顔の左半分を覆い隠しまっているのだ。
だが、士道はそれに感謝せざるを得なかった。
前髪に隠れていない右目──その視線に晒された
瞬間、まるで悪魔に魅入られるかのような陶酔感を
覚えたのである。もしその両目で見つめられていた
のなら、士道も先の男子たちの仲間たちの仲間入り
をしていたかもしれない。
士道はごくりと唾液を飲み下すと、ちらと黒板の方に
目をやった。
そこには白のチョークで、少女の名が記してある。
「
士道は誰にも聞こえないくらいの音量で、その名を
呟いた。
精霊。
確かに彼女──狂三は今、そう言った。
その言葉の本当の意味を知る者は……今この教室に
三人しかいない。
「…………」
士道は、自分の左右の席に視線を送った。
右手に座った少女──
ぽかんと開け、
わかる顔を作っている。
反して士道の左の席を
変えず、しかし冷酷に射殺すような鋭い視線で狂三を
見つめていた。
と──左右の二人を見てから視線を前方に戻した
瞬間、
「……っ!」
士道は息を詰まらせ、肩を震わせた。
だがそれは仕方あるまい。時崎狂三が、長い
飾られた右目で、士道の方をジッと見つめてきたいた
のだから。
「……っ、な──」
士道が身じろぎさえできないでいると狂三は目と唇を
にっ、と微笑の形にした。
「皆さん、どうか仲良くしてくださいまし」
言って、小さく頭を下げる。
戦慄する士道を放置して、ぱちぱちという拍手の
音が、教室に広がっていた。
唇を舐めると、汗の味がした。
身体の周囲に展開された
して、温度や湿度も思いのままにコントロールする
ことができる。
ゆえに、わずかとはいえ発汗が認められるということ
は、そんな外的条件以外の原因が考えられるという
ことだった。代表的なところだと、過度な運動か、
重度な疾患か──それとも、異様な緊張か。
「………」
鳶一折紙は呼吸を整えるように唾液を飲み込むと、
手にした高出力のレイザーブレイド〈ノーペイン〉
の柄をぐっと握り直した。
今折紙の華奢な肢体を包むのは、いつも着慣れた高校
の制服ではなく、
ユニットだった。
現代の
の鎧である。
これを身に纏い、
まさに超人と言ってもいい。
だが──今。超人であるはずの折紙は、完全なほどに
追い詰められていた。
『──うわぁぁぁぁぁぁッ⁉︎』
「……っ」
ヘッドセットに搭載された通信機から聞こえてきた
悲鳴に、微かに息を漏らす。
聞き覚えのある声。折紙が所属する
これで──九人目。折紙以外の味方が全て倒されて
しまったのである。
「……く」
折紙は障害物に身を隠したまま、脳内に命令を
発した。
瞬間、折紙の周囲に展開された
屈折し、折紙の視界からは見ることができないはずの
景色が網膜に映り込んでくる。
陸上自衛隊
折紙たちASTが、顕現装置を用いての演習する際に
使用される、
である。
そんな廃墟のような障害物が立ち並ぶその空間の
中心に、髪を一つに結った少女が悠然と佇んでいる。
──
折紙は少女の名を中心で反芻しながら、改めて
見直した。
年の頃は一四、五といったところだろう。左目下の
あどけなさが見て取れる。
だがその小さな
似つかわしくない機体の──CR-ユニットだった。
折紙たちのそれとは少し型の異なったワイヤリング
スーツに、両肩に装置された盾のような兵装。折紙
たちの装備よりも一世代新しい試作機という話で
ある。
「──さ、あと一人です。どこからでもかかって
来やがってください」
真那は、足元に倒れたAST隊員を一瞥せず、
そう言ってきた。
ここからは見えないが、周囲に広がった障害物の
陰には、無力化された八人のAST隊員が倒れている
はずである。
あまりに、圧倒的。まるで精霊を相手取っている
かのようであった。
──彼女がこの天宮駐屯地に配属されてきたのは、
先月末だった。
曰く、陸自のトップエースである。
曰く、顕現装置の扱いは世界でも五指に入る。
曰く──精霊を、単独に
確かに話だけを聞けば、規格外の
だが、出会い様に「この中に一人でも、私に勝てる
人がいるのか」だなんて言われたら、精鋭を自負する
AST隊員たちが黙っていられるはずがなかった。
ゆえに、真那の力を確かめるという名目で、一対一〇
の特別演習が行われたのだ。
折紙としては、正直興味なかったのだが……
「…………」
無言で。折紙は、先日真那と交わしたあの時の会話
を思い起こした。
真那がこの天宮駐屯地に配属になった日、ちょうど
折紙たちは先日の戦闘映像を見ていたところだった。
そこで真那が、映像に映っていた少年──
を見て、言ったのだ。
──『兄様』、と。
士道にこんな妹がいるなんて聞いたことがない。
のちに折紙がそのことを問うと、真那は驚いたような
仕草を見せてから口を開いた。
(!
ふむ……ええ、いいですよ、詳しく話しても。
──ただし、今度の演習、あなたも参加しやがって
ください。それが条件です)
そう言われては、選択の余地はなかった。
結局、折紙も演習に参加することになったのだが──
結果は、見ての通りである。
九名が既に無力化され、折紙もまた、近接用である
レイザーブレイド以外の装備を失っていた。
反して真那は、未だ傷一つ負っていない。
「……さあ、このままでは時間切れになってしまい
やがりますよ?」
真那がふうと息を吐きながら、敬語になりきって
いない敬語で言ってくる。
このまま隠れていても仕方がない。折紙は身体を
浮遊させ、真那の前に姿を現した。
「──お。ようやく腹が決まりやがりましたか?」
「………」
折紙は脳内に命令を発し、背中のスラスターを
駆動させた。
もとより折紙の手元に残った武器は〈ノーペイン〉
一つのみである。接近戦を仕掛ける以外に打開する
道は残されていない。身体を前傾させ、凄まじい
スピードで空を駆ける。
「
真那は唇を端を上げると、肩のユニットを可変させ、
両の腕に装着した。
「〈ムラクモ〉──
すると次の瞬間、盾の先端部から巨大な光の刃が姿
を現す。
しかし、折紙は止まらなかった。
〈ノーペイン〉を振りかぶり、さらにスピードを
上げる。
だが、このまま
きっていた。
「──今」
ゆえに、自分と真那の
通常、半径三メートルに展開されているそれを、
一気に一〇分の一程度にまで。
瞬間、
後部が、本来の重量を取り戻す。折紙はそんな瞬間に
合わせてワイヤリングスーツとスラスターの接続を
解除すると、光の刃を消した〈ノーペイン〉の柄を
抱き込むようにして身体を丸め、真那の脇を素早く
すり抜けた。
「なっ……?」
さすがにこの行動は予想外だったのだろう、真那が
目を丸くする。
そんな真那目がけ、主を失ったスラスターが慣性に
従い、巨大な弾丸となって迫った。
「っ! あめーです……っ!」
しかし真那はすぐに落ち着きを取り戻すと、光の刃で
スラスターを縦に両断した。
バチバチという火花が散り、左右に断ち分かれた
スラスターの残骸が、煙を噴いて地面に落ちていく。
だが──それこそが折紙の狙いだった。
「──っ!」
〈ノーペイン〉の刃を再度出現させ、真那の背中に
切っ先を向ける。
真那がスラスターの迎撃に気を取られている一瞬の隙
を衝いた必中の一撃である。
折紙の狙い通り、〈ノーペイン〉の刃が、真那の
CR-ユニットに浅い傷を付ける。
──しかし、
「な……っ」
折紙は思わず声を上げていた。
レイザーブレイド切っ先が真那の装備に届いた瞬間、
全身の体表を手の平でくまなく撫で回されているかの
ような感覚が生まれ──折紙の動きが止められたので
ある。
「──ふぅ、危ねーです」
真那が首を回し、折紙に視線を送ってくる。
折紙は息を詰まらせた。間違いない。真那が
で以て、折紙の動きを止めたのだ。
……確かに、全く予想していなかったわけではない。
もしかしたら真那の反応速度であれば、スラスター
を迎撃した次の瞬間に、折紙の動きに対応することも
可能かもしれないとは思って思っていた。何しろここ
は真那の身体はすぐ近く。彼女の領地たる
中なのである。
だがその上で、三〇センチにまで凝縮した折紙の
ではないと目算を付けていたのだ。
だが……その予想は甘かったらしい。
「残念、
真那が身体をゆっくりと回転させ、折紙の肩口に
光の刃を触れさせる。
その瞬間、頭上からブザーが鳴り響き、次いで、
ヘッドセットから音声が聞こえきた。
『
演習終了後。
駐屯地格納庫に戻った折紙は、その場に腰を落ち着け
ながら床を眺めていた。
十数分前の感触を思い出すように、くっと右手を
握る。
「………」
先ほど
ずっしりと重い。腕を持ち上げて手を握るだけの作業
ですら、まるで粘度の高い泥の中を泳ぐかのような
不自然さが伴った。
だがそんな当たり前の事象すら、暗に自分の無力さを
示しているかのように思われて、折紙は無意識のうち
に握った拳に力を入れていた。
「崇宮──真那」
冗談のような精度を
手足のように使いこなす練度。なるほど彼女は、
きっとこれは歓迎するべき事態なのだろう。真那は
人間であり、AST隊員である。つまり折紙と同じく、
精霊を倒すことを目的としているのだ。彼女ほどの力
を持った
上がるだろう。
だが、それを頭で理解してなお、折紙の中心には
不可解な焦燥と苛立ちが募っていた。
「……強い」
と、握りしめた拳を
とき、頭上から声が聞こえてきた。
「──あなたも大したものですよ、
ふっと顔を上げる。いつの間に近づいていたのだろう
か、そこにはワイヤリングスーツのみなった真那が、
両手にスポーツボトルを持って立っていた。
「よければどーぞです」
言って、左手に持ったボトルを差し出してくる。
「………」
随意領域を解除したばかりだというのに、真那の
動きには何ら遜色が見られない。
複雑な心境で真那を見上げながら、重いその腕を
持ち上げ、ボトルを受け取る。
真那は満足げにうなずくと、ドリンクを一口飲んで
から言葉を続けてきた。
「正直、驚きました。剣先数ミリとはいえ、私に攻撃
を当てやがった人は久しぶりです」
嫌味ではなく、ただ純粋に折紙の技量を評価する
ように言ってくる。
しかし。折紙は軽く奥歯を噛んだ。
「どうすれば──あなたのように強くなれるの」
折紙が問うと、真那は困ったように眉を八の字した。
「どうすればと言われましても……」
「あなたは、精霊を殺したことがあると聞いた。
詳しい話を聞きたい」
折紙の言葉に、真那が小さく肩をすくめる。
「精霊を……殺した、ですか。まあ、言葉の上では
間違っちゃねーですが──」
歯切れの悪い返事に、折紙は小さく首を傾げた。
「どういうこと?」
「んん……ちょっと
に扱わねー方がいいというか」
「何でもいい。どんな些細な情報でも構わない。
教えて」
「まあ、構わねーですが……たぶん今言わねーでも、
そう遠くないうちに直接見る機会が巡ってきやがる
と思いますよ。──そのために、私が配属された
わけですし」
思わせぶりな言葉に、折紙は小首を傾げた。
「……? あなたがここに配属されたのは、戦力増強
のためと聞いている」
「間違っちゃねーですよ。ただもっと正確に言うと、
なんです」
「ある精霊?」
「ええ。長いこと私が追っている最悪の精霊です。
識別名は──」
と、真那が言葉を継ごうとしていたその瞬間、
スパン! スパン! と二人の頭が叩かれた。
「……っ」
「あたっ」
折紙と真那は同時に頭部を押さえると、これまた同時
に右手に顔を向けた。
そこには、自衛隊常装に身を包んだAST隊長である
日下部遼子が、片手に丸めた冊子のようなものを握り
ながら立っていた。
「あ・ん・た・ら、ねぇ……」
ピクピクと額に浮き出た血管を
と演習場から回収された
断ち分かれたスラスターユニットを指す。
「模擬戦って言ったでしょうが! 何貴重な装備を
潰してくれてんの!」
二人はしばしの間、遼子の指の先を眺めてから
口を開いた。
「生半可な方法では、崇宮三尉に隙を作ることは
できなかった」
「やはり模擬戦とはいえ本気でやらねーと、正確な
データはとれねーと判断し──」
そこで再び、二人の頭が叩かれる。
「ご高説は、顕現装置搭載ユニットのそのお値段を
ちゃんと調べてから吐きなさい。ウチだって、予算が
無尽蔵にあるわけじゃないのよ」
「了解」
「善処するです」
「ったく……」
遼子は「以後気をつけるように」とそう残し、肩を
いからせながら歩いて行った。
その背中が見えなくなってから、真那が不満げに
ぶー、と唇を突き出す。
「まったく、隊長殿にも困ったものですね。そんな
みみっちいことだから、精霊にいいようにされちまい
やがるんですよ」
「同感」
折紙がうなずくと、真那は嬉しそうに唇の端を
上げた。
「あなたとは気が合いそうです、
精霊なんて化物を相手取ってるんです。金にそんな
糸目なんて付けやがったら、勝てるものも勝てなく
なっちまいやがります」
言って、大仰に肩をすくめる。
折紙は無言で、真那の顔を改めて見直した。
折紙は無言で、真那の顔を改めて見直した。
やはり……目鼻立ちというか、雰囲気などが、
士道に似ている。
だが、士道に妹は一人しかいなかったはずだ。
会話を交わしたことがなかったが、何度か見たことが
ある。
である。
だが──折紙データベースによると、確か士道は養子
だったはずだ。彼女が本当に士道の妹である可能性
も、完全には否定できなかった。
「崇宮三尉」
折紙は、自然と口を開いていた。
「約束。あなたと士道の関係を教えて」
「士道……? 誰ですか、それは」
真那が首を傾げる。……おかしい。折紙は訝しげに
続けた。
「先日見ていた〈ハーミット〉戦の映像──そこに
映っていた少年の名前。あなたが、兄様と呼んだ人。
演習に参加したら、教えてくれるという約束」
「……っ、兄──様……?」
と、真那が小さく眉をひそめた。
「どうしたの」
「いえ、少し、頭痛が……」
言って側頭部を手で押さえる。
折紙はそんな真那の様子に見覚えがあった。
──先月、映像で士道を見たときと同じだ。
「……失敬失敬。もう大丈夫です。ええと、兄様の
ことでしたね」
真那は、頭痛を放逐するように軽く頭を振ってから、
ワイヤリングスーツの胸元をまさぐると銀色の小さな
ロケットを取り出した。
そして、それを開いてみせる。中には、小さな男の子と女の子の写真が入っていた。
「──士道」
折紙が小さく呟く。そう、それは間違いなく、幼い頃
の五河士道である。そして隣に写っている、泣き
が特徴的な──どう見ても、真那だった。
「これは?」
「昔の写真です。──生き別れた兄様の、
手がかりです」
「
折紙が言うと、真那は困ったように頭をかいた。
「すまねーのですが……あんまり覚えてねーのです」
「……? どういうこと」
「いえ……実は私、昔の
「……記憶
「平たく言えばそうなりやがります。──でも、
あの映像を見た瞬間、思い出したのです。私は、
あの方を兄様と呼んでいたことがある、と」
「ならばなぜ、あんな条件を」
折紙が怪訝そうに問うと、真那はすまなそうに頭を
下げた。
「いやー……
です。この部隊の中で一番やりそうなのがあなた
だったので。──実際、期待以上でした」
「………」
折紙は無言で真那の顔を見つめ返した。あそこまで
圧倒的な差を見せつけられてからそれで『期待以上』
だなんて言われても、少し複雑である。
と、真那が、上目遣いになりながら言葉を続けて
きた。
「それで……
もう一つお願いがあるのですが」
「なに」
「虫の良い話だとは思うのですが、その……兄様の
こと、知っていやがるのですよね? わかる範囲で
いいので、教えてくれねーですか?」
「………」
なんだか立場があべこべになっている気がするが……
折紙は少しの間思案巡らせながら、小さく首肯した。
「──名前は、五河士道。
「はい」
「家族構成は父・母・妹。現在両親は海外出張で家を
開けている。家事全般が得意」
「ふむ……」
「血液型はAO型のRh+。身長一七〇・〇センチ。
体重五八・五キロ。座高九〇・二センチ。
上腕三〇・二センチ。前腕二三・九センチ。
バスト八二・二センチ。ウエスト七〇・三センチ。
ヒップ八七・六センチ」
「……はい?」
「視力は右〇・六、左〇・八。握力は右四三・
五キロ、左四一・二キロ。血圧は一二八〜七五。
血糖値は八八mg/dl。尿酸値は四・二mg/dl」
「す、ストップストップ!
そこまでは聞いてねーです!」
「そう」
焦るように叫ぶ真那に、折紙は小さくうなずき
返した。
「ていうか、え、なんですかその
冗談ですか?」
「冗談ではない。
「…………」
折紙が真顔で返すと、真那は頬に汗を浮かべて
眉をひそめてきた。
「……失礼、
ご関係でいやがるのでしょうか」
真那の問いに、折紙は間髪入れず、何の迷いも
躊躇いも逡巡もなく唇を開いた。
「
「ちょっと。何してるのよ、士道」
「へ?」
自宅のリビングで五河士道は、不意にそんな声を
かけられて、
振り向いてみる。そこには長い髪を黒いリボンで
二つ結びにした制服姿の女の子が、腰に手を当てて
仁王立ちしていた。
士道の妹・
丸こっい
口にくわえられたチュッパチャプスの棒は、
する動物の
「何をって……学校に行こうとしてるんだが」
士道は自分の格好を見下ろした学校の制服(夏服)を
着て、右手には鞄、左手には弁当の入ったランチ
バッグを握っている。どう見ても登校スタイルだ。
しかし琴里は、アメリカホームドラマのように
肩をすくめ首を振った。
「オーケイ、話を整理しましょう。士道が左手に
持っているのは何?」
「弁当だが」
「自分が食べるもの?」
「いや……十香だけど」
そう。士道の分の弁当は、鞄の中に収められている。
これは家の隣のマンションに住んでいる少女──
クラスメートの
ものだ。
「それをどうやって十香に渡すの?」
「郵便受けに入れるつもりだけど……」
さすがに学校で手渡すわけにもいかないので、
郵便受けの合い鍵を使い、毎朝そこに置いておく
ことにしてあるのだ。
そこで、士道は「あ」と短く声を発した。
「ああ、つまりあれか。そろそろ暑くなるから、
衛生面での問題があるってのか? 安心しろ。
ちゃんと保冷剤を入れてあるし、抗菌シートも
つけてる。まあホントは梅干しも入れられれば
いいんだけどな、ほら、十香ってば梅干しは苦手
だか──らぁッ⁉︎」
言葉の途中で琴里にすねを蹴られ、士道は
なって
しまったが、十香の分の弁当はどうにかキープした。
「な、何しやがる……っ!」
「眠たいこと言ってるからよ。なんでわざわざ
郵便受けに入れるのよ」
「いや、そうしないと渡せねえだろ。そもそも登校
時間が違うんだし──」
「そこよ」
琴里が、口にくわえていたチュッパチャプスを指で
「十香が隣に越してきてから、約二週間。──士道、
十香と何回一緒に登校した?」
「え? ええと……」
ふっと視線を上の方にやり、頭の中で数えてみる。
「……そういえば、ないな。一度も」
鞄を取り落として、自由になった右手で頬をかき
ながら言う。
わけあって士道と十香は、この家で少しの間同居
していたことがあったのだが、その際、クラスメート
に妙な噂を立てられぬよう、時間をずらして登校して
いたのだった。
とはいえ、今はもう同棲ではなくお隣さんなの
だから、そこまで神経質になる必要もない。実際、
帰るときはほぼ毎日一緒だったりする。
だが癖が抜けていないのか、今でも登校時間は士道の
方が少し早いだったのだ。
……まあ、十香が士道に比べて少々お寝坊さんだと
いう理由もあるのだが。
琴里はやれやれといった調子で額に手を当てた。
「せっかくお隣に住んでて、クラスも同じだって
のに、わざわざ登校イベントを潰す理由がまったく
わからないわ。──今後また〈アテナ〉や別の
出現したら、十香にかかりきりになってるわけにも
いかなくなるんだから、一緒にいられるときはいて
あげなさい」
「む、むう……」
士道はうめくようにのどを鳴らして黙り込んだ。
──この世界には、時折空間震という突発性災害が
発生する。
『空間の地震』の名の通り、震源地を中心した
特定範囲の空間が、凄まじいその爆発とともに抉り
取られるように消失してしてしまう現象である。
空間震の予測手段や、建造物の速やかな修復方法が
確立されつつある現代においても、それは深刻な天災
であった。
一般には公表されていないが──この空間震の原因と
されているのが、『精霊』と呼ばれる存在なので
ある。
通常はこことは別の世界に存在する精霊が、こちらの
世界に現れるそんなとき、空間との境界が激しく
揺らぐ。それが空間震の発生のメカニズムといわれて
様々な策を講じた。
主な方法は二つ。
一つは、武力を以て精霊を全滅すること。
そしてもう一つが──
「わかってる? 〈アテナ〉や次の精霊が現れたら、
またデレさせなきゃいけないんだからね」
「わ、わかってるって」
士道は辟易するように吐息しながら答えた。
そう。それがもう一つの方法。
出現した精霊に接触、会話を重ね、デートして、好感度を上げ──キスをする。
なぜかはわからないが、それによって精霊の力を
することのできる能力が、士道には備わっていたので
ある。
そしてその力に目を付けたのが、琴里の所属する組織
〈ラタトスク機関〉だった。
「よろしい。それじゃあ、今日は十香と一緒に登校
すること。オーケイ?」
「ん、了解した」
別に異存があるわけでもない。士道は鞄を拾い上げる
と、玄関の方に歩いていった。
「ちょっと士道。忘れ物よ」
と、途中、琴里に声をかけられて、士道は自分の手元
を見直した。
「あ? 他に何かあったか」
「これよ、これ」
琴里が小さなインカムを士道の左手の平に載せ、
手を伸ばしてくる。
そして右手の人差し指を立てると、ちょいちょい、
と自分の耳を指す。
──まるで士道に、そのインカムを今装着しろと
でも言うように。
「……ええと? ど、どういうことで……?」
「ちょうどいいから、訓練を兼ねちゃいましょ。
ほら、装着装着」
すると琴里はにぃ、と唇の端を上げ半ば無理矢理
士道の右耳にそれを装着した。
「く、訓練って……今度は一体何するってんだよ」
「そうね──今日の課題は、十香に嫉妬させないよう
振る舞うこと、よ」
「は……はぁ? 嫉妬……させない?
どういうことだ?」
「ん。先月、四糸乃と〈アテナ〉が現れたときの
十香のことを覚えてる?」
「……っ、あ、ああ」
士道は小さくうなずいた。
〈アテナ〉とは、十香が現れたときに突然現れて
だとさえ言われた白銀の精霊とそして四糸乃は十香と
〈アテナ〉の次に現れた小さな女の子の精霊である
……のだが、その彼女たちが現れたとき、十香が、
なぜか妙に拗ねてしまったのだ。
「要はあれ、士道が他の女の子と仲良くしてるのが、
十香は面白くないわけよ」
「へ……? な、なんでだ?」
士道が言うと、琴里は士道を小馬鹿にするように、
はふぅと息を吐いた。
「と・に・か・く。士道が他人の子と仲良くしている
と、十香は段々と精神状態が安定しなくなって──
結果、精霊の力が逆流してしまうのよ。〈アテナ〉
を含めた新しい精霊が現れるたびにそれじゃあ、
やっぱり困るのよね。──そこで、よ」
琴里が、立てていた指を士道に向ける。
「今日の登校中、
嫉妬を煽るようにいろいろと工作するわ。士道は
それを受けつつ、
「上手く、って……それ、具体的にはどうする
んだ……?」
「いいから、ほら」
士道が困惑気味に頬もかくも、琴里は聞く耳を
持たないようだった。士道を玄関の方に向かせ、
背中を押してくる。
「そろそろ十香が家を出る時間でしょ。細かいことは
インカムで指示するわ」
「いや、ちょ、ちょっと……」
未だ脳内で状況の整理がついてない士道だったが、
このモードの琴里に逆らっても無駄なことはここ
二ヶ月で痛いほどよくわかっていた。仕方なく靴を
履く。
と、そこで士道の背に、再度琴里が声を掛けてきた。
「ああ、そうそう、もう一つ。今日はちょっとした
ゲストがいるんだった。まあ挨拶程度になると思う
けど、ちょっと話してあげてちょうだい」
「ゲスト?」
士道が問うも琴里は答えず、階段をトントンと足音を
出しながら上がっていってしまった。インカムで指示
を出すと言っていたので、たぶん二階のベランダから
〈フラクシナス〉に回収してもらうつもりだろう。
首をひねる。が、そうしていても仕方がなかった。
扉を開け、外に出る。
瞬間、士道の網膜を眩しい日差しが襲った。
「ん……」
今日は六月五日。もう梅雨に入っているはずなのに、
なぜかここ最近は天気に恵まれていた。
──まるで、先月のうちに空が雨を使い切って
しまったかのように。
例年なら雲に遮られているはずの日光が激しく地面に
照りつけ、気温を上昇させている。
さすがに暑さに耐えかね、士道も今日から制服を夏服
に移行していた。
と──そこで。
「あれ……?」
陽光の中、五河家の真ん前に立っていた人影を
目にして、思わず目を見開く。
そこにいたのは、琴里は
だった。
薄手の涼しげなワンピースを身に纏い、目元を覆い
隠すかのように
帽子のつばの下からは海のようなそんな青い髪が
覗き、さらにその合間から、
士道の方を見ていた。
そして──もっとも
なぜかそこには、コミカルな
「
そんな個性的な風貌の少女の名前を忘れるはずが
ない。士道は門を開け放ち、四糸乃のもとまで足を
進めた。
『やっはー、士道くん。ひっさしぶりだねー!』
と、四糸乃の左手に装着されていたウサギのパペット
が、口をパクパクさせてくる。
「お、おう、久しぶりだな──ええと、よしのん」
小さくうなずきながら、士道はパペットの方に返す。
このパペットの名前は『よしのん』。四糸乃の友だち
である。
それ自体は普通の人形であるし、声も腹話術には違い
ないのだが──四糸乃がこれを装着しているとき、
彼女の中に『よしのん』という別人格が並列で存在
しているのだという。
要は、パペットの動きや
関係なく行われているのだ。
「どうしたんだ、今日は。もう検査とかってのは
終わったのか?」
『んー、検査自体は結構前に終わってだんだ
けどねー。ちょーっと練習をしてたのさー』
『よしのん』が短い腕を楽しげに動かしながら
言ってくる。
「練習って?」
士道が言うと、『よしのん』が四糸乃の帽子のつばを
くっと上げた。
「……っ」
四糸乃が、怯えるようにビクッと肩を揺らす。
だがこくんと唾液を飲み込む仕草を見せたあと、
震える唇を開いた。
「お……っ、おはよう、ございます、
士道さん……っ!」
先月よりも少しだけはっきりとした声音で、四糸乃が
言ってくる。
「おお⁉︎」
士道は目を見開いて軽く身体を反らした。
恥ずかしがり屋で人見知りな四糸乃は、対外的な反応
をほとんど『よしのん』に任せ、自分ではあまり喋り
たがらないのである。少なくとも、四糸乃のこんなに
大きな声を聞いたのは初めてだった。
と、そこで右耳に、フフンという声が聞こえてくる。
──琴里だ。どうやらもう〈フラクシナス〉にいる
らしい。
『どう? もう私や
なったのよ?』
「本当か? すごいじゃないか四糸乃!」
士道が言うと、四糸乃は恥ずかしそうに帽子のつばを
下げ、しかし口元をもごもごと嬉しそうに動かした。
と、チュッパチャプスを口の中で転がす音をさせて
から、琴里が続けてくる。
『まだ先になると思うけれど、そのうち四糸乃も艦外
に住まわせようと思ってるの。──よしのんっていう
話し相手がいるからか、十香よりストレス値の蓄積は
少ないし、このままでも大丈夫といば大丈夫なんだ
けれど……やっぱり〈ラタトスク〉としては、精霊に
きちんと幸せな生活を送って欲しいわけなのよ』
「ふむ。いいんじゃないか?」
『ん。だから、今日はちょっと顔を見せにね』
「っていうと?」
『四糸乃が艦外で暮らすとなったら、まあ第一候補
はそこでしょう?』
琴里の声に合わせ、士道は顔を上げて五河家の隣に
聳え立つマンションを見やった。
十香が住んでいるこの建物は〈ラタトスク〉が特注
した
起こったとしても、そう簡単には壊れないように
なっているらしい。
「まあ……そうなるだろうな」
『となると──十香とちゃんと話せないと
厳しいでしょ』
「あー……」
士道は納得するように目を細めた。
確かにそうだろう。部屋は違うだろうが、ある意味
お隣さんとなるのだ。
いや、それ以前に十香と四糸乃は精霊同士である。
どうやら四糸乃はまだ少し十香に苦手意識があるよう
だったが、きちんと会話ができた方がいいに決まって
いる。
と──そこで、マンションの自動ドアが静かに
開いた。
そして中一人の少女が、大きなあくびをこぼしながら
歩いてくる。
眩しい陽光中にくっきりと浮かび上がった長い夜色の
髪に、美しい
士道のクラスメートであり、精霊。
である。
「……っ」
その出で立ちを見て士道は息を詰まらせた。
今十香は、先週までのブレザーではなく、半袖の
ブラウスにリボンという夏服スタイルに身を包んで
いたのである
まあ士道も今日から夏服であるし、何もおかしい
ことはないのだが……いつもよりも身体のシルエット
がはっきりとした服装に、不覚にもドキッとして
しまったのだ。
「ん……? シドー⁉︎」
十香はそこでようやく士道の存在に気づいたらしく、
目を見開いて声を上げてきた。
「どうしたのだ、朝に会うとは珍しいではないか!」
「あ、ああ……た、たまには十香と一緒に学校に
行ってみるのもいいなあ……なんて」
士道が目を泳がせながら言うと、十香が薄く頬を
染めながら顔をパァと明るくした。
「そうか! うむ、それは──その、あれだ、
いいと思うぞ!」
十香が嬉しそうに深く首肯する。……なんというか、
ここまでストレートに喜ばれると、なんだか気恥ず
かった。
次に継ぐ言葉に困って、手にしていたランチバッグを
差し出した。
「あと、これ。今日の分な」
「おお!」
十香はそれを受け取ると、満面の笑みを作った。
「今日の、今日のおかずは何だ⁉︎」
「ん、今日はアスパラのベーコン巻きとメンチカツ
に卵焼き、それにマカロニサラダにプチトマトだな。
あ、ご飯はチキンライスにしてあるぞ」
「なんと……!」
士道が言うと、十香は少し戦慄したような表情を
作り、何やら周囲の様子を窺うようにキョロキョロ
としながら、ランチバッグを抱え込んだ。
「だ、大丈夫なのかシドー」
「は……? な、何がだ?」
士道がポカンとした調子で言うと、十香が声をひそめ
ながら続けてくる。
「アスパラのベーコン巻きとメンチカツなどを一緒に
入れてしまうなどという贅沢な真似、皆に知られれば
大変なことにはならんか……? 最悪、この弁当を
巡って暴動に──」
「いや、ならねぇって」
「そ、そうか……ならいいのだが。い、いやしかし、
さすがにご飯をチキンライスにするだなんて神をも
恐れぬ所行……国際法に触れはしないだろうか」
一体どこでそんな言葉を覚えたのだろうか。十香は
深刻そうな調子で言ってくる。
「いやいや。……あ、チキンライス苦手だったか?
俺のやつと交換してもいいぞ?」
弁当の中身がまったく一緒だと、また折紙に機嫌が
悪くなって噛みつかれそうだったため、二週間前
から、微妙にメニューを出来るだけ変えているので
ある。まあ、士道の方は昨日の夕食の残りがメイン
なので、さほど手間はかかっていないのだが。
しかし士道が提案した瞬間、十香はランチバッグを
抱え込みながら、ブンブンブンブンブン‼︎ と首が
落ちてしまうのではないかと思えるほどに、横に
振りまくった。
ただならぬ様子に苦笑する。まあ、ここまで喜んで
もらえれば、毎朝拵えている甲斐があるというもの
である。
十香は未だ、少し緊張した面持ちでランチバッグを
持ち直すと、動悸を落ち着けるように大きく深呼吸
をした。と、
「ぬ?」
十香が不意に目を丸くし、士道の隣にいる少女に顔
を向けた。どうやら、今の今まで気づいていなかった
らしい。
「おお、四糸乃ではないか。久しぶりだな!」
屈託のない笑みを浮かべ、十香が話しかける。
色々と悶着はあったものの、十香はさほどそのことを
気にしていないようだった。
「……っ!」
だが、四糸乃は肩を震わせて後ずさった。
『がんばれっ! がんばれっ!』
「っ、う、うん……」
左手の『よしのん』にエールを送られ、何とか踏み
とどまると、すぅぅ……と息を吸ってから足を踏み
しめた。
そして、意を決するように眉をキリッと動かし、
「あ……っ、あめんぼ、あかいな、あいうえお
……っ!」
なぜか、発生練習の文句を叫んだ。
「……むう」
声をかけられる十香は困惑気味に眉をひそめると、
士道に視線を向けたきた。
「これは……どういう意味だ? 暗号か?」
「や……四糸乃?」
士道が苦笑いしながら問うと、『よしのん』が
パタパタと手を振ってくる。
『あー、今のナシ! 練習の成果が出すぎただけ
だからね! リテイク! もっかい!』
そして四糸乃と二、三言葉交わした。四糸乃は小さく
うなずき、再び十香の前に立つ。
「お──おは、よう……ござい、ます……」
士道のときよりも小さな声。でもしっかりと、
その言葉を口に出した。
「おお、おはようだ!」
「……っ」
四糸乃はまたも身体を震わせたが……どうにか
その場に踏みとどまった。
しばしの間、十香と四糸乃が向かい合いながら、
無言が流れる。
すると右耳に琴里の甲高い声が響いてきた。
『──何黙っているのよ士道。四糸乃が不安がって
るわ。何か会話を振ってあげなさい』
「え……? あ、ああ……」
言われて、ちらっと四糸乃の方を見る。
そういえば、最後に会ったときと少し違うところが
あった。
「四糸乃、今日は麦わら帽子なんだな」
確か、前に見たときはキャスケットを被っていた
はずだ。
それが今日は、涼しげな白の麦わら帽子になって
いる。
「……っ、……は、はいっ」
四糸乃が一瞬『よしのん』の陰に隠れようとして踏み
とどまり、小さくうなずいてくる。
「今日は……暑いからって、その、令音さんが……
それで……」
「ああ、なるほど。似合ってるよ。可愛い可愛い」
「………っ!」
士道が言うと四糸乃は顔をボンっ! と赤くして
うつむいてしまった。
照れ屋なところはまだ直っていないようだった。
思わず苦笑してしまう。
『ちょっと、そこで話を終わらせてどうするのよ。
十香に会話を繋げないと』
「あ……そうか。──な、なあ、十香もそう思う
だろ?」
「む?」
十香は話題を振られると思っていなかったのか、
少し驚いたような調子で士道に目を向けてきた。
次いで、四糸乃の方に視線を落とす。
「ん。うむ、可愛いぞ、四糸乃」
「……っ! あ……ありがとう、ございます……」
四糸乃は地面を向きながら礼を言ったあと、ふっと
顔を上げて十香の方を見た。
「そ、その……、と、十香さん、も……か、可愛い、
です……」
「ぬ? な、なんだ……こそばゆいぞ」
言いながらも、悪い気はしないといった感で頬を
かく。と、十香は恥ずかしそうにわははと笑った
あと、ちらと士道に視線を向けてきた。なぜか、
頬がほんのりと染まっている。
「し、シドーも……そう思うか?」
「へっ?」
まさかこちらに話が戻ってくるとは思わなかった。
素っ頓狂な声で返してしまう。
「今日は、先週までとは違う制服なのだが……
どうだろうか」
そんなことは会った瞬間に気づいていた。来禅高校の
涼しげな夏服は、十香にとんでもなく似合っていた。
可愛いか否かなんて言われたら、もう首を千切れる
ほどの勢いで振るほど可愛いかった。思わず夏季の
ある日本の気候に感謝してしまったくらいだ。
「お、おう……似合ってるんじゃないか?」
「……む。そうか」
十香は言うと、また無言になった。
次の瞬間、右耳にデデーン、という音が聞こえて
くる。
『はい、
「な、なんだあ……?」
『なんだじゃないでしょ。何やってるの士道。
もう訓練は始まってるのよ?』
「は……? と、どういうことだよ」
声を潜めながら言うと、琴里が盛大なため息を
吐いてきた。
『言ったでしょ。今日の課題は、十香に嫉妬させない
ようにすることだって。──士道、なんで四糸乃には
「可愛い」って言ったのに、十香には言ってあげな
かったの?』
「へ……?」
士道は間の抜けたそんな声を発して自分の言動を
思い返した。……そういえば、「似合ってる」としか
言ってなかった気がする。
「だ、駄目なのか……?」
『そりゃあね。目の前で自分以外の女の子が
「可愛い」なんて褒められているのに、自分は言って
もらえないんだもの。──もしかしたら十香も無自覚
かもしれないけど、機嫌メーターが少しずつとだけど
低下してるわ』
「で、でも十香はそんなの気にしに──」
『あのね』
琴里が、諫めるような口調で言ってくる。
『確かに十香は精霊よ。人間と違うところも多々
あるわ。でも、そういうところで十香を特別視しない
であげて。十香だってそう言うところは、普通の
女の子なんだから』
「……っ」
言われて、士道は唇を噛んだ。なんというか、自分の
言動が恥ずかしくなって。
精霊だって普通生活できるはずだなんて言いながら、
自分もどこかで、十香は少し普通とは違う存在なの
だと思っていたのかもしれなかった。
ぐっと拳を握って十香の方を向き、口を開く。
「と、十香っ!」
「おお……っ⁉︎」
いきなり大声を出したからか、十香が驚いたように
肩を揺らした。
「な、なんだシドー」
「おっ、おまえも、可愛いぞ!」
「ふ……ふぇっ?」
十香が、顔を真っ赤にして小さく身体を反らす。
なんか自分の顔が赤いのが自覚できる。でも士道は
構わず言葉を続けた。
「ああ、可愛い! 超可愛い! すげえ可愛い!
夏服超似合ってる! マジで、マンションから出て
きたときすげえびっくりした! 本当に目が釘付け
にされた! 一瞬言葉が出なかった! それくらい
可愛い! もうたまらなくなるくらい──」
と、そこで十香に手で口を塞がれ、言葉が
られる。
「む……むごっ」
「わ、わかったから少し黙れ!」
十香はそう言うと、プイと後ろを向いてしまった。
そこでハッとする。口に出したものは紛れもない
本心である。……でもさすがに、勢いに任せて
やりすぎてしまったかもしれない。
士道がそんなことを考えていると、インカムから
けたたましい笑い声が轟いてきた。
『ぷっ……ッ、くくっ、はは、あははははははは
はははははは!』
考えるまでもなく琴里である。よく聞くと微かに
椅子が軋む音も聞こえてきた。よっぽど身が捩って
いるらしい。
『最高よ士道。バカじゃないの?』
「う……うるせ……自分でもわかってるよ」
額に汗を光らせながら、うめくように言う。
「でも、十香をまた怒らせちまったな……おい琴里、
どうすればいい?」
『は? 何言ってるの?』
「へ?」
『十香の機嫌メーターは急上昇、ストップ高状態よ。
この上ないくらい超ご機嫌。十香の前に回って顔でも
見てみたら? たぶん面白いことになってるわよ』
「え……? な、なんで?」
疑問を口にする。しかし琴里は答えず、言葉を続けて
きた。
『ま……とりあえずペナルティはナシにしといて
あげるわ。──さ、そろそろ四糸乃を回収するわよ。
士道たちも、早く登校しないと間に合わないじゃ
ないの?』
と、琴里が言ったのとほぼ同時に、四糸乃がペコリ
と頭を下げた。
「きょ……今日は、これで……失礼、します。
いってらっしゃい……士道さん、十香さん」
「おう、また来いよ」
「ん──ではな」
士道と十香が軽く手を振る。四糸乃はもう一度深く
お辞儀すると、とてとて道の向こうに走って行った。
「さ……じゃあ行くか、十香」
「ん、そうだな」
士道は十香とともに、日の光で発せられた
アスファルトの道を歩き出した……のだが、
「……十香? ちょっといいか」
十香の後ろ姿に違和感を覚え、士道は足を止めた。
そう──十香の装いは涼しげなそんな夏服。
そうなると普通、背にはうっすらと下着──
要はブラジャーのラインが透けて見えるはずだ。
だが……
「ぬ? どうかしたか」
「十香……おまえ、ちゃんと……その、ちゃんと、
着けてるか?」
「? 何をだ?」
「……ぶ、ブラ、を」
躊躇いがちにその単語を口に出す。しかし十香は、
不思議そうに小首を傾げた。
「ブラ? なんだ、それは」
「…………ッ!」
士道は息を詰まらせると、十香の背を押して急いで
マンションの中に戻らせた。
「ど、どうしたのだ、シドー」
「どうしたじゃねえっ! お、おまえまさか、今まで
ずっと着けてなかったのか⁉︎」
「だ、だから何をだ⁉︎」
「………っ!」
士道はインカムをコンコンと叩いた。すぐに、琴里
の声が聞こえてくる。
『あらま。一応用意しておいたんだけど……そもそも
用途がわからなかったみたいね』
「あらま、じゃねえっ! 冬服ならまだしも、
この格好でノーブラはヤバイだろ……!」
『そうね。十香のタンスの一番上に入ってるはず
だから、着け方教えてあげてくれる?』
「お、俺が……ッ⁉︎」
『他に誰がいるのよ。ほら、早くしないと遅刻
しちゃうわよ』
「……っ、ああ、くそ……っ」
士道は意を決すると、十香に向き直った。
「十香、ちょっとおまえの部屋まで案内してくれ
……!」
「ぬ……? ああ、構わんが……」
未だ困惑気味の十香に連れられて案内される。
もしものときのためなのだろう、部屋に入るまでに、
銀行の金庫もかくやという防壁を三枚ほど抜けた。
……このマンション、見てくれのわりには、生活空間
はそこまで広くないかもしれない。
「ここだ」
言って、十香が扉を開ける。中は普通のマンションの
ような造りになっていた。
士道は扉を閉めると、玄関に立ったまま廊下の奥を
指した。
「よ、よし、じゃあタンスの一番上に入ってるものを
持ってきてくれ」
「ぬ……? わ、わかった」
十香は首をひねりながらも靴を脱ぎ、士道の指示
通り、薄いピンク色のブラジャーを、無造作に鷲掴み
にして持ってきた。
「これでいいのか?」
「っ、あ、ああ……」
同年代の女の子の下着をまじまじと見る経験など
そうはない。士道は顔を赤くしながら十香に手招き
した。
「い、いいか十香、それをだな……」
別に人の耳があるわけでもないのだが、なんだか
恥ずかしくて声をひそめてしまう。
耳打ちするようにブラの用途と着用方法を伝えると、
十香は顔面を真っ赤に染めた。
「な……ッ! ななな何を言っているのだシドー!」
「う、うるせっ! 俺だって恥ずかしいん
だからな!」
士道が言うと、十香は手にしたブラジャーを両手で
摘み上げ、まじまじと見つめた。
「これを……胸に直接……?」
「ああ、そうだ」
「む……むう。……どうしても着けねば駄目か?」
「……駄目だ。たぶんその……ヤバい」
「ど、どういう風にやばいのだ?」
「い……今はいいかもしれないけど、雨に降られたら
……その、ほら……」
十香はしばしの間キョトンとしたのち、士道の言葉の
意味を理解したのだろう、紅潮をした頬をさらに赤く
した。漫画だったらきっと、耳から煙くらい噴いて
いる。
「な……ッ、何を考えているのだ!」
叫び、十香が胸元を両手で覆い隠す。
「だ、だから着けろって言ってるだろうがっ!」
言うと、十香は「……むう」とうなりながら再度
ブラを見つめ、
「わ、わかった。やってみる……!」
耳まで赤くしながらうなずくと、バタバタと廊下
を走っていった。
「はあ……危ないところだった」
ほう、と放念の息を吐く。
──だが数分後。廊下の奥から、十香が未だに赤い
ままの顔を出してきた。
「し、シドー……ちょっといいだろうか」
言いながら、十香がよろよろと進み出てくる。
なぜか、一度脱いだブラウスを前後逆にして袖を
通していた。
「十香……? な、なんだその格好」
「こ、これはどう留めればいいのだ……?」
「あ……」
その一言で、士道は大体の事情を察した。
何しろ初めてのブラジャーである。一人でホックを
留めるのは難易度が高いだろう。
士道はしばし間思案を巡らせ──
『ない頭絞ってないで、ちゃっちゃと留めたげ
なさいよ』
面倒そうな琴里の言葉に、ぴくりと頬を動かした。
何か言い返そうと思わなくもなかったが……代替案
があるわけでもない。士道はごくりとのどを鳴らした
のち、震える唇を開いた。
「と……留めてやるから後ろ、向け」
「な……っ」
十香は目をまん丸に見開いたが、他にいい方法が
思いつかないのは彼女も同じだったらしい。
しばしの逡巡のあと、そろそろと士道に背中を
向けてきた。
ボタンの留まっていないブラウスの隙間から、
艶めかしい背中が覗く。士道は思わず生唾を飲み
込んでしまった。
「あ、あまり見るな……」
十香が恥ずかしそうに頭を背けながら、間違って
ブラウスが落ちてしまわぬよう、きゅっと自分の
肩を掴む。士道はハッとして首を振った。
「ぜ、善処する……」
士道は頬に汗を垂らすと、「不可抗力、不可抗力」と
唱えながら、震える指でホックを留めた。
……今度からフロントホック式にしてもらおうと心に決めながら。
「むう……なんだか動きづらいぞ」
「……我慢しろ。そういうもんだ」
「む、むう」
十香が、慣れない様子で身じろぎする。士道は未だ
熱の引かない額に手をやりながら嘆息した。
と、そんな何くれとない会話をしながら、一〇分
ぐらい歩いた頃だろうか。
何やら走るような足音が聞こえてきた。
「ん?」
士道が眉をぴくりと動かし、そちらに目をやったとき
にはもう遅い。
左方から高校生と思しき少女が、こんがりと黄金色に
焼けたそんなトーストをくわえながら、
「遅刻遅刻〜!」
なんて、
吐きながら、凄まじいスピードでこちらへと走って
きたのである。ちなみに、トーストくわえているにも
かかわらず言葉の発音は完璧だった。
「な……っ!」
咄嗟のことに身を引こうとするが、さすがに間に
合わない。士道はその女子高生にタックルされ、
その場に尻餅をついてしまった。
「あ……ったたた」
「だ、大丈夫か、シドー!」
十香がその場に膝を折り、心配そうに言ってくる。
「おう、俺は大丈夫だが……」
尻を払いながら立ち上がり、自分に突進してきた方に
目をやる。男の士道でさえ尻餅をついてしまうほどの
衝撃である。女の子はひとたまりもあるまい。
「いったーい!」
案の定、少女は少し離れた場所で、そんな声を
上げていた。だが──
「んな……ッ」
士道は顔を真っ赤にして肩を震わせた。
当然だ。何しろ道路に倒れ込んだ少女は、綺麗に
スカートをはだけ、士道に見事なパンチラを披露していたのだから。
……というか、倒れてからわざと自分でスカートを
捲っていたような気がする。
「──きゃっ⁉︎」
しかしそんな士道の疑念は、少女の叫びによって
掻き消される。
少女は慌ててパンツを隠し、頬を赤く染めて士道を
見つめてくる。
「み、見ましたね⁉︎」
「い、いや、その……」
士道が返答に詰まっていると、少女はゆっくりと
立ち上がり、士道の方に寄ってきた。
「男の人に見られてしまいました……もうお嫁に
行けません」
「は……⁉︎ や、そんな」
そこで、ぴと……と少女が士道に身を寄せる。
「いぃ……ッ⁉︎」
「な──ッ!」
士道と、ついでに十香が声を詰まらせる。
しかし少女は構わず、士道の胸元で指をくすぐり
ながら言葉を続けた。
「ちゃんと責任……取ってくれますよね?」
「え、や、そんなこと言われても……」
顔中にダラダラと脂汗を流し、士道が視線を逸らす。
ああ、暑い。暑くて、熱い。
「は、離れんか、貴様っ!」
と、十香が肩をがしっと掴むと、少女はひらりと
身を翻し、士道から離れた。
「ちゃんと、考えといてくださいね!
将来の……コ・ト」
そうしてそう言い、なぜか自分が走ってきた方向
へと戻っていく。
十香はそんな様子をしばらく呆然と眺めながら、
唇を「うー」と突き出して士道の方に視線を送って
きた。
「ど、どうした……十香」
「……別に、なんでもない」
士道はプイと顔を背けると、学校の方へ歩いていって
しまった。
「ちょ、おい、十香──」
と、そこで右耳に装着していたインカムから、
デデーン、という効果音が流れてきた。
『士道、アウト〜』
「は……?」
士道が眉をひそめていると、次いで琴里のやれやれと
いった声が聞こえてくる。
『何やってるのよ士道。そんなんじゃダメダメよ。
十香が拗ねちゃったじゃない』
そこまで言われて、ようやく士道は状況を理解した。
「も、もしかしてさっきの子……〈ラタトスク〉の
……⁉︎」
『そ。うちの機関員よ。何、もしかして
喜んじゃった?』
「………うわあ」
士道は頬をぴくつかせながら髪をくしゃくしゃと
やった。
『あーあ、なんでもっとピシッと対応できないの
かしらね。──もしくは、ちゃんとフォロー入れて
おくとか』
「フォ、フォロー?」
『そうねえ、優しく肩を抱き、「拗ねるなよ、俺がおまえ以外の女を相手にするわけないだろ……?」とか
でも耳元で囁くとか』
「できるかそんなこと……ッ! っていうかそんな
んで十香の機嫌直るかよ!」
『ふふん、意外といけるかもよ。さっきのを
忘れたの? 女の子はみんな、気持ちを言葉にして
欲しいんだから』
「ぐ……っ」
『ほらほら、それより立ち止まってていいの?
十香が見えなくなっちゃうわよ』
「! は……っ」
士道はハッと肩を揺らすと、視線を前に向けた。
だが、もう十香の姿は見えない。
「やっべ……」
慌てて駆け出す。だが、十香の姿は存外すぐ
見つかった。
前方の曲がり角に隠れるように、十香が頬を
膨らませて立っていたのである。
「と、十香……」
「……ん。行くぞ、士道」
どうやら待ってくれてたらしい。だが未だに、
不機嫌そうな調子は抜けていなかった。
「お、おう……」
士道は短く答えながらも頭の中でぐるぐると思案を
巡らせる。
ごくりと唾液を飲み込み、意を決して、そろそろと
十香の肩に手を回……そうとしたのだが、さすがに
そんな勇気は出なかった。
ちょんちょん、と肩を叩き、十香の顔をこちらに
向けるにとどめる。そして、
「す、すす、拗ねるなよ、お、俺がおまえ以外の女
を相手にするわけがないだろ……?」
駄目でもともと。指示通りに言ってみる。
「……っ!」
士道が言った瞬間、十香が目を丸くした。
「な、なななな何を言っているのだシドー……!」
「い、いや……す、すまん、忘れてくれ……」
反応を返されると、途端恥ずかしくなってきた。
曖昧に言って手を振って誤魔化す。
「む……むう」
十香はなぜか小さくうなってから、再び歩き出した。
……何だろうか、少し、先ほどよりも足取りが
軽い気がした。
五河家から来禅高校までは、歩いて三〇分ほどの
距離にある。
いつもなら八時くらいには学校に着く士道だったが
──今日は十香を待っていたのと、色々なイベント
を放り込まれたのとで、少し到着が遅れていた。
校舎の外壁に取り付けられている時計の針は、
八時二〇分前である。
「……っと、少し急がないと」
「ん、そうだな」
言って昇降口に入っていく。と、そこで、
「五河先輩っ!」
昇降口で待ちかまえていた一年生と思しき女子生徒
に、士道は呼び止められた。
「え……俺?」
「はい……っ」
少女は恥ずかしそうにもじもじしてから、手紙と
思しきものを士道に差し出してきた。
「ずっと──先輩のことが好きでした!
これ、読んでください」
「は……はぁっ!」
士道は目を見開いて少女が突き出したそれを凝視
した。ハートのシールを封をされていた便箋。それはなんともステレオタイプな恋文である。
「ら……ッ、ラブレター……⁉︎」
身体をビクッとさせ、士道は一歩後ずさった。
……が、すぐに気付く。こんなイベントが立ち続けに
起こるわけがない。彼女もまた〈ラタトスク〉の人間
なのだろう。これを毅然と断れねば、また先ほどの
ようにブザー鳴り、罰ゲームが執行されるに違い
ない。
士道は唾液を飲み下すと、思い切って手紙を手に
取り、ビッと破ろうとし──たのだが、少女の
潤んだ瞳に見つめられ、思わず手を止めてしまった。
……機関員とわかっていても、やはり気が咎める。
士道は手紙を少女に戻すと、首を横に振った。
「ご、ごめんな。俺は期待に応えられてやれそう
にない……」
士道が言うと、少女は泣きそうな顔を作った。
「そ……そうですよね。いきなりすみませんでした
……っ!」
少女がバッと振り返ると、そのまま廊下の奥へと
走っていってしまった。
と、それと同時に右耳に琴里の声が響いてくる。
『あらあら。もったいない』
「ふん、あんなにもわざとらしいイベントに
引っかかるかよ」
『……確かにラブレターイベントは用意してたけど、
まだ私たち何もしてないからね?』
「え……?」
士道はぴくりと頬を揺らした。
そこで、曲がり角の奥から、気まずそうに顔を
覗かせている、もう一人の女子生徒を発見した。
先ほどの少女と同じように、手にラブレターを
持っている。
「あ、あれは……」
『うちの機関員だけど』
「……じ、じゃあ、さっきの子は?」
『後輩からラブレターだなんて、一生に一回にあるか
ないかのそんな機会を逃したわね。フラグへし折り
ご苦労様』
「………」
士道は無言で目を泳がせた。……え? 何それ。
ぼくしらない。
『ま、十香の前で告白を受け入れるような真似を
しなかったのは確かだし、セーフにしといてあげる』
「……そ、そうか」
士道は未だ呆然とした調子のまま、声を発した。
「? 先ほどの
後方から、十香が不思議そうな声を響かせてくる。
士道は慌てて首を振った。
「や……な、なんでもないよ」
と、それに合わせるように、またも琴里の声が
聞こえてくる。
『でも、そうなると今日はペナルティなしか。
ざーねん』
「……失敗したら何をするつもりだったんだよ」
『んー? 昔士道が初めて髪にワックスつけて、
「俺ちょっとカッコいいじゃね?」みたいな顔で角度
にまでこだわって撮った写真を、街中にバラ撒こうと
しただけよ』
「
『さて、私もそろそろホームルームだし、学校に
向かわせてもらうことにするわ。じゃあ、今日の
教訓を忘れないようにね』
その言葉を最後に、通信が切れる。
「まったく……」
士道はため息を吐くと、十香とともに廊下を歩いて
いった。
扉を開けて教室の中に入ると、入り口の近くで黒板に
落書きしているクラスメートの
止めている
きた士道の方に目を向けていた。
「あー? なんだよいつもより遅いと思ったら
十香ちゃんと一緒かよ。うーわ、うーわ」
「殿町君。黒板の落書きを早く消さないと先生に
怒られちゃうよ。早く消しなよ」
零が殿町に注意するが殿町は渋ーい顔で言いながら、
手にしていたチョークで黒板に大きな相合傘を描く。
もちろん名前は『五河』『夜刀神』だった。
「殿町君ってば、ずっとこんな調子なんだよね。
まったく、困っちゃうよ……」
「小学生かよ」
零は「はあー……」と呆れたため息を吐いて士道は
「はは……」と、乾いた笑いを浮かべる。
だが十香はどこか困ったような様子で、士道と殿町、
そして零を見てきた。
「む……むう、一緒に学校に来るのは駄目だったのか
……? 知らなかったぞ……」
十香がそう言うと殿町が焦って様子で落書きを消し、
あたふたと手を振る。
「い、いやー、んなこたぁないのよ十香ちゃん?
これは様式美みたいなもんというかー、リア充爆発
しろ的なアレというかー」
殿町が説明すると、十香はキョトンと目を丸く
していた。
「リア充。なんだそれ」
「あー、五河や零みたいに女の子に不自由しない
ファッキンナイスガイのことだよ」
「おい……」
「殿町君……あんまり十香ちゃんに変なことを
教えたら駄目だよ?」
士道が半眼で殿町を睨み零は殿町に注意をする。
しかし殿町は悪びれた様子もなく、「いー!」と
歯茎を見せてきた。
「むう、そうなのか。たが……困るぞ。シドーが爆発
するは、なんだ……とても悲しい。なんとかすること
はできないだろうか……」
茶化している様子も、冗談に乗っている様子もなく、
真摯に十香が言う。
そのピュアな視線に殿町は、
「ち……ッ、ちくしょぉぉぉぉぉッ!」
と叫んで廊下の方に走っていった。
「ど、どうしたのだ、殿町は」
「まあ……なんだ、気にしてやるな。そのうち
戻ってくるだろ」
「そうだね。殿町君に付き合ってたらいくら時間が
あっても足りないしむしろこっちが疲れるからね」
士道と零はそう言うとそれぞれの自分の席に向かって
歩いていく。
士道はちらと左隣の席を見やる。そこにはいつもの
ごとく、綺麗な少女が腰掛けていた。
色素の薄い肌に、どこか人形めいた貌。浮世のもの
と思えない雰囲気を醸し出す、不思議な少女である。
「おう、おはよう……鳶──」
「………」
凄まじいプレッシャー。
「──お、折紙」
「おはよう、士道」
すんでのところで言い直すと、少女──
小さくうなずきながら返してきた。
いつもの挨拶。だが、今日はそれだけでは
終わらなかった。
折紙が士道の肩越しに十香の姿を認め、視線を
「一緒に登校してきたの」
「え? あ、ああ……そ、そうだけど」
「そう」
別段表情にも、語調にも変化見せられない。
だがなぜだろうか、そことはかとなく
辺りに満ちた気がした。
「……ぬ」
そんな雰囲気に気づいたのか気づいていないのか、
士道の右隣の席に鞄とランチバッグを落ちかけた
十香が、折紙に顔を向けた。
「なんだ、何か用か?」
「別に」
「……ふん」
不快感を隠すこともなく、十香は鼻を鳴らす。
そう、基本的に十香は誰にも悪意なく接するのだが
……折紙だけは別だった。
まあ、それも仕方ないといえば仕方ないのだ。
折紙は陸上自衛隊所属のAST ──つまりは、
十香や〈アテナ〉のような精霊を、武力を以て
排除することを目的とした部隊の人間である。
実際、士道が十香の力を封印するまでは、何の冗談
でもなく命を取り合う戦いを繰り広げていた。
加え、折紙も折紙で、精霊に両親を殺されたという
過去を持っているらしく、精霊に対して並々ならぬ
のも当然ではあった。
──と。そこで、スピーカーからチャイムが
鳴り響いた。
「……! ほ、ほら、ホームルームだ! 十香、
ちゃんと席に着け。な⁉︎」
「ぬ? う、うむ……」
十香はとりあえず大人しく、席に着いた。
士道も、天よりの助けに心から感謝を表明しつつ、
椅子に腰を落ち着ける。
周囲に散らばっていた零を含めたクラスメート
たちも、次々と着席していった。ちなみに殿町も、
目立たぬようそろそろと教室後方の入り口から
帰っていた。意外と
ほどなくして、教室の扉が開き、眼鏡をかけた
どう見ても生徒にしか見えないが、これでも歴とした
社会科教師・
である。
「はい、みなさんおはよぉございます」
なんて、いつものごとくほわほわした挨拶を済ませる
と、タマちゃん
──その手を止めた。
「あ、いけない。今日はみんなにお知らせが
あるんでした」
言って、ざわめく教室に思わせぶりな視線を
向けてくる。
「ふふ、なんとねえ、このクラスに、転校生が
来るのです!」
ビシッ、とポーズをつけながらタマちゃんが叫ぶ。
すると教室中から、『おおおおおおおおおおお⁉︎』
と地鳴りのような声が響いた。
まあ、仕方あるまい。転校生といえば、学校生活の
中でも大きなイベントだ。実際、十香がこのクラス
に来たときも、皆一様に浮かれていた。
「……ん?」
そこで、士道は首をひねった。
ついふた月前に十香が転校してきた(という扱いに
なっている)というのになぜまたこのクラスに転校生
が
別に、他のクラスより人数が少ないわけでもない
はずなのだが……
「さ、入ってきてー」
士道の思考は、どことなく間延びしたタマちゃん教諭
の声によって中断された。
ゆっくりと扉が開き、転校生が教室に入ってくる。
瞬間──教室は水を打ったように静まり返った。
姿を現したのは、少女だった。この暑い中、冬服の
ブレザーをきっちり着込み、足には黒いタイツを
穿いている。
影のような形容がよく似合う、漆黒の髪。長い前髪は
顔の左半分を覆い隠しており、右目しか見取ること
はできなかった。
だが、それでも、その少女が十香に──人外の美貌
を備えた精霊に──勝るとも劣らない妖しい魅力を
持っていることは容易に知れた。
ごくり、と皆が唾液を飲み込む音が、士道の鼓膜に
届く。
「さ、じゃあ自己紹介をお願いしますね」
「ええ」
タマちゃんが促すと、少女は優雅な仕草でうなずき、
チョークを手に取った。
そして黒板に、美しい字で『
「時崎狂三と申しますわ」
そして、そのよく響く声で、少女──狂三は
こう続けた。
「わたくし、精霊ですのよ」
「……ッ⁉︎」
その、言葉に。
士道は、心臓を鷲掴みされるかのような錯覚を
覚えた。
ざわめく生徒たちの中。十香と折紙だけが、士道と
同じような反応を示している。
狂三はそれに気づいたのか、一瞬、士道の方見て
微笑んだ気がした。
「……っ」
「え……ええと……はい! とっても個性的な
自己紹介でしたね!」
狂三がもう言葉継がないことを察したのだろう、
タマちゃんがパン! と手を叩いて終了を示す。
「それじゃあ時崎さん、空いている席に座って
くれますか?」
「ええ。でも、その前に、一つお願いがあるの
ですけど」
「ん? なんですか?」
タマちゃん教諭が言うと、狂三が指を一本立てて
あごに当てた。
「わたくし、転校してきたばかりでこの学校のこと
よくわかりませんの。放課後にでも構いませんから、
誰かに案内していただきたいのですけど」
「あ、なるほど。そうですねえ……じゃあ
クラス委員の──」
だが狂三は、先生の言葉の途中で前方に歩き出すと、
士道の席の真ん前までやってきた。
「ねえ──お願いできませんこと? 士道さん」
「え……?」
士道は予想外の事態に、目を点にして呆然と声を
発した。
「お、俺……? ていうかなんで名前を──」
「
狂三が、さも悲しそうな、断られたら泣いて
しまいますわ、みたいな顔を作る。
「あ、いやそんなことは……」
「じゃあ決まりですわね。よろしくお願いしますわ、
士道さん」
狂三はニコリと微笑むと、ポカンしたクラスメートの
視線の中、軽やかな足取りで指定された席に歩いて
いった。
最後まで読んでいただきありがとうございます‼︎
これからも皆さんが『応援』をしていただければ、
『更新』の頻度が更に上がるそんな可能性がある
かもしれません‼︎
『他の投稿作品』もあるので、是非ともそちらも
楽しんで見ていただければ、ありがたいです‼︎
【報告】
『殺戮者が斬る!』や『百戦錬磨のウマ娘』に
『新しい作品』などを近いうちに『投稿』をする
予定なので、是非とも楽しみにしてもらえたらば
本当にありがたいです‼︎
十香と士道が出会う前の四月九日の話を書いた方がいいか
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書くべき
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書かなくていい
-
どっちでもいい