デート・ア・ライブ ■■■の精霊   作:灰ノ愚者

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今回は十一月終盤なのでなんとかすぐに『最新話』を
無事に更新をすることができました‼︎


今回は『20761文字』まで頑張って書きましたが、
豆腐のようなクソナメクジメンタルの自分はきちんと
面白く書けているのかとても心配になります……(汗)


それと今回の『最新話』で『狂三キラー編』
これにて完結となります。


【お気に入り】や【しおり】、【投票】、【感想】
などいただければ、豆腐のようなそのメンタルで
脆い自分も更に『創作意欲』が増していきます‼︎


面白く出来ているかどうか心配でいっぱいですが
一生懸命にたくさん書きました。


最後まで読んでいただければありがたいです‼︎


虚構の悪夢(イミテーション・ナイトメア)

 

士道はすぅ、と深く息を吸い、そしてゆっくりと

吐き出した。

 

 

肺の中の空気を入れ替え、身体を一度リセットする

かのような感覚。

 

 

「……よし」

 

 

時刻は一六時三〇分。辺りからは、部活に向かう

生徒たちの声が響いていた。

 

 

結局今日はあれきり、狂三と会話を交わしていない。

帰りのホームルームが終わったあとも、狂三は士道の

方に視線を送ることすらもなく、すっと教室から出て

行ったのだった。

 

 

『……大丈夫かね、シン』

 

 

と、右耳に装着したインカムから、やたら眠たげな

声が聞こえてくる。令音だ。

 

 

「はい、意外と……落ち着いています」

 

 

『……それは何よりだ。しかし、しっかりと十分気を

つけたまえ』

 

 

「──はい」

 

 

ごくりと唾液を飲み込む。と、そこで士道はふと疑問

を覚えた。

 

 

「令音さん? そういえば琴里の声が聞こえてこない

んですけど……」

 

 

『……ああ、琴里は今少し席を外している』

 

 

「いや、席を外しているって、こんな大事な

ときに……」

 

 

『……それは琴里も重々承知している。だがそれを

考慮した上で、こちらの方が作戦の効率が上がると

判断したのさ。……今は邪魔者の横槍が一番厄介

だからね』

 

 

「は……? ど、どういうことですか?」

 

 

『……今は狂三に集中したまえ。気を散らしながら

籠絡できるほど甘い相手ではないよ』

 

 

「……っ、そ、そうですね」

 

 

令音の言っていることは気にかかったのだが、確かに

今は狂三以外のことを考えているそんな余裕などない

はずだった。もう狂三は屋上で待っているだろう。

士道は階段に足を向け──

 

 

 

「……なッ⁉︎」

 

 

その瞬間辺りを襲った異変に、眉をひそめた。

 

 

具体的に何が起こったのかはわからない。

だが周囲はふっと暗くなったかと思ったそんな刹那、

全身を途方もない倦怠感と虚脱感が襲ったのである。

 

 

まるで空気が粘性を持ったかのように、重くドロッと

手足に絡みつく。

 

 

「こ、れ、は……」

 

 

士道はその場に膝を突きそうになるのをなんとか

堪え、姿勢を保った。

 

 

周囲に残っていた生徒たちが、次々と苦しげなそんな

うめき声を発し、その場にくずおれていく。有り体に

言って、異様な光景だった。

 

 

「お……っ、おい、大丈夫か……⁉︎」

 

 

慌てて、すぐ近くに倒れ込んだそんな女子生徒の肩を

揺する。しかし気を失ってしまっているのか、反応は

なかった。

 

 

「令音──さん、これは……⁉︎」

 

 

『……高校を中心とした一帯に、強力な霊波反応が

確認された。この反応は───間違いない、狂三の

仕業だ。広域結界……範囲内にいる人間を衰弱させる

類のもののようだ。』

 

 

「な、なんでそんなことを……」

 

 

『……それは、本人に訊いた方が早いだろう』

 

 

令音が言ってくる。確かにその通りだった。士道は

唾液をごくんと飲み下すと、すぐさまにその場から

立ち上がった。少し動きづらい気はするが、倒れて

しまうほどではない。

 

 

「あれ……そういえば、俺はなんで……」

 

 

『……忘れたのかね、シン。君は十香や四糸乃の

霊力をその身に封印している。自覚症状はないかも

しれないが、君の身体は精霊の加護を受けているに

等しい状態なんだ』

 

 

「霊力……」

 

 

呟くように言ってから、士道はハッと目を見開いた。

 

 

先ほど出てきたばかり教室を扉を開き、叫ぶように

声を上げる。

 

 

「十香ッ!」

 

 

そう、教室にはまだ十香が残っているはずだった。

用があるから先に帰っていてくれと言ったのだが、

士道が戻ってくるまで待つと聞かなかったのだ。

 

 

教室には一〇名ほどの生徒が残っていたが、それらは

全て床に、もしくは机にもたれかかるかのようにして

気を失っていた。──だが、そんな中、

 

 

「おお、シドー……」

 

 

十香は軽く頭を押さえながらも、必死になって士道に

声を返してきた。精霊の力の大部分を封印されている

とはいえ、やはり精霊。人間よりも霊力に耐性はある

ようである。

 

 

「大丈夫か、十香!」

 

 

「うむ……。だが、どうも身体がとても重い……

どうしたのだ、これは……」

 

 

まるで高熱にうなされるかのような調子でうめき、

気怠そうに頭を揺らす。

 

 

『……シン』

 

 

インカムから、令音の呼び声が響く。詳しい詳細は

聞かずとも察することができた。

 

 

「っ、十香、ここで休んでろ。すぐに何とかして

やるからな……!」

 

 

「シ、ド……?」

 

 

大丈夫(だいじょうぶ)だ。(おれ)が──(たす)ける」

 

 

士道は十香の頭を優しく撫でるようにしてから、

意を決して廊下に出て行った。

 

 

狂三がいるのは──屋上。

 

 

重くまとわりつく空気を裂きながら階段を上がり、

士道はやたら疲労している手足を叱咤をしながら、

どうにか屋上へと続く扉の前までたどり着いた。

 

 

扉に、鍵はかかっていない。

 

 

否──正確にはドアノブの下辺りが、銃を撃ったかの

ようにボロボロになっていて、鍵としてのその役割を

成していなかった。

 

 

よく考えずとも狂三の仕業だろう。士道は深呼吸を

してからノブを握り、扉を開けた。

 

 

「く……」

 

 

顔をしかめる。屋上に出ても、ドロリとした空気が

少しも晴れなかった。否、それどころか身体を襲う

虚脱感が強くなった気さえする。

 

 

左右に目をやる。背の高いフェンスに囲まれた、

殺風景な空間。

 

 

その、中心で。

 

 

 

「──ようこそ。お待ちしておりましたわ、士道さん」

 

 

 

狂三がフリルに飾られた霊装の裾をくっと摘み上げ、

微かに足を縮めて見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……っ」

 

 

折紙がその異常を感じたのは、東校舎一階の廊下を

歩いているときだった。

 

 

瞬きする前とあとで、世界が一変してしまったかの

ような感覚。体表から空気に精気が吸い取られていく

かのような、急に途方もない脱力感が全身を襲った。

実際、周囲にいた生徒たちが、次々にバタバタと

倒れ伏していく。

 

 

「く──」

 

 

このままでは意識を失ってしまいかねない。折紙は

咄嗟の判断で、ポケットから手の平に収まるくらいの

デバイスを取り出すと、表面のセンサーに近くの指を

当てながら唇を動かした。

 

 

「識別・AST・鳶一折紙」

 

 

一瞬で指紋、声紋を照合を完了。ピピッ、という

電子音がして、デバイスが展開される。

 

 

基礎顕現装置(ペーシックリアライザ)──起動承認」

 

 

折紙はそう言うと、デバイスを頭部からわずかに顔を

出した送信角に触れた。

 

 

瞬間、折紙の周囲には、身体を辛うじて覆う程度の

随意領域(テリトリー)が形成され、全身を苛むそんな虚脱感が緩和

された。

 

 

だがそれと同時に、脳の中心で炸薬を爆発させたかの

ような凄まじい頭痛が折紙を襲う。

 

 

奥歯を噛んでそれに耐え、折紙は唇を動かした。

 

 

「ワイヤリングスーツ──展開」

 

 

随意領域(テリトリー)の中が淡く輝き──次の瞬間には、折紙の

纏った来禅(らいぜん)高校の制服は、ASTの標準装備である

ワイヤリングスーツに変貌していた。

 

 

「……っ、……っ」

 

 

ようやく頭痛も消え去ったものの──一瞬、その場に

膝を突いてしまう。

 

 

通常、基地で装着を行うスーツを、一瞬で展開する

緊急用デバイス。もしものときに備えて携行許可を

取っていたのはいいが、やはりこの感覚は慣れそうに

なかった。

 

 

この小型デバイスには基礎顕現装置(ペーシックリアライザ)の機能が搭載

されている。つまり理論上は、随意領域(テリトリー)を展開する

ことができるのだ。そして随意領域(テリトリー)の中でならば、

衣服を一瞬で展開、変更することなど造作もない

ことだった。

 

 

しかしそのためには、一瞬とはいえASTの標準装備の

ワイヤリングスーツなしで、随意領域(テリトリー)を展開する必要

がある。その際脳にかかる負担は、筆舌に尽くし難い

ものがあった。……まあ、真那などはこの作業を事も

無げにやってのけてしまうのだが。

 

 

「…………」

 

 

折紙は静かに呼吸を整えると、随意領域(テリトリー)を通常の半径

三メートルクラスにまで広げた。

 

 

精霊やASTのことは、基本的には秘匿事項(ひとくじこう)なのだが、

今は非常時である。それに、皆が気絶しているのらば

目撃される心配もないだろう。

 

 

学校に何が起きているのかはわからない。だが──

それに時崎狂三が関わっているであろうことは容易に

想像がついた。

 

 

「……っ」

 

 

脳に指令を発して、重力中和。折紙は床を蹴ると、

凄まじい勢いで廊下を駆けた。

 

 

と、それと同時、ヘッドセットに搭載されている

通信機から、遼子の声が聞こえてくる。

 

 

『──折紙⁉︎ こっちの回線が開いてるってことは、

緊急着装を使ったのね? 今あんたの学校の周囲に、

強力な霊波反応が観測されてるわ! 状況は⁉︎』

 

 

「広域結界が張られている。このままでは非常に

危険。応援を──」

 

 

と、折紙はそこで言葉を止めた。

 

 

「……っ」

 

 

理由は単純。折紙の進行方向上に、影を凝縮した

ような少女が立っていたのである。

 

 

装いは高校の制服ではない。赤と黒で構成された

ゴシック調のドレスだった。

 

 

 

「うふふ、折紙さん。そんなに急いでどちらへ行かれますの?」

 

 

口元に手を当てながら、くすくすと笑う。

 

 

 

時崎(ときさき)──狂三(くるみ)………」

 

 

 

折紙は視線を鋭くすると、腰に手を回して、

レイザーブレイドの柄を握った。

 

 

『何、一体どうしたのよ、折紙⁉︎』

 

 

「──精霊(せいれい)接触(せっしょく)した。交戦(こうせん)する」

 

 

『……っ、なんですって⁉︎ 危険よ、離脱し──』

 

 

気が散る。折紙は脳内に指令発し、通信を遮断した。

 

 

狂三がくすくすと微笑みながら、言葉を発してくる。

 

 

「ふふ、今は邪魔をして欲しくありませんの。

ですので、ここから先へは行かせませんわ」

 

 

「……?」

 

 

狂三の言ってる意味がわからず、小さく眉をひそめて

しまう。

 

 

だが、それも一瞬のこと。戦場で精霊(てき)妄言(もうげん)に耳を

貸す必要などはない。

 

 

折紙はレイザーブレイド〈ノーペイン〉の柄を、

強く握り直した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シ、ドー……シドー‼︎」

 

 

十香は、今し方教室から出て行ってしまった士道の

名を呼んだ。

 

 

だが──士道が戻ってくる様子はない。士道は重い足

を引きずり、歩き始めた。

 

 

「シドー……っ」

 

 

 

──大丈夫(だいじょうぶ)だ。──(おれ)が、(たす)ける。

 

 

 

なんとも頼もしくて、とても心強い言葉だった。

士道がそう言って十香の心に蟠っていた寂しさや

不安は吹き飛んでしまった。

 

 

でも、それと同時に、別の不安が顔を出してきた

のである。

 

 

だってその言葉を発したときの士道は、ふた月前、

十香に手を差し伸べてくれたときや、先月、四糸乃

の結界に向かっているときと、同じ感じがしたのだ。

 

 

きっと士道は、みんなを助けてくれるだろう。

でも、そのために身を投げ出すようなことが必要

ならば、士道は躊躇わずそうしてしまうだろう。

 

 

 

十香(とおか)(すく)ってくれたのは──そういう(おとこ)なのだ。

 

 

 

「うぁ……っ」

 

 

と、十香はバランスを崩し、机と椅子を巻き込んで

その場に倒れてしまった。

 

 

「ぐ───ぬ……っ」

 

 

再び立ち上がろうとするが、足に力が入らない。

 

 

 

──駄目(だめ)だ、駄目(だめ)だ。こんなところで()(つくば)っている暇はない。

 

 

 

一刻も早く、士道のもとに行かねばならないのに。

 

 

「シドー……シドー……シドー……っ‼︎」

 

 

──と、叫んだ瞬間、十香の頭がシェイクされるかの

ような感覚を覚えた。

 

 

「っ、な、なんだ……?」

 

 

言いながらも──十香はこの感覚に覚えがあった。

 

 

先月。四糸乃が天使を顕現させ、士道に向かって光線

を吐こうとしていたときのことだ。

 

 

このままでは、士道が死んでしまう。そう思った次の

瞬間、頭がぐらぐらと揺れ──霊装と天使が顕現した

のである。

 

 

「……これは……っ!」

 

 

十香は自分の装いを見下ろし、声を上げた。

──そう、完全ではないものの、十香の身体には

あのときと同じく、光の(まく)で構築された霊装が顕現

していたのである。

 

 

身体も、一瞬前からは考えられないに軽くなってる。

これならば──

 

 

 

十香は勢いよく跳び上がると、二本足でバッとその場

に直立した。

 

 

「よし……いけるぞ!」

 

 

ぐっと拳を握り、教室を出る。

 

 

「シドー! どこへ行ったのだ、シドー!」

 

 

叫ぶも──返事は聞こえてこなかった。

 

 

こうなったら、手当たり次第に探すほかない。

 

 

 

だが、その瞬間。

 

 

 

「──っ⁉︎」

 

 

十香は息を詰まらせ、その場から飛び退いた。

 

 

理由は単純。廊下の先から十香目がけて、銃弾の

ようなものが、黒い軌跡を描きながら迫ってきた

のである。

 

 

「な……っ、誰だ!」

 

 

十香が叫ぶと、影になっていた廊下の先から、

ゆっくりとした足音が響いてきた。

 

 

やがて、その音の主の姿が見取れるようになる。

 

 

「……っ、おまえは──」

 

 

「うふふ。ごきげんよう、十香さん。少しわたくしとお付き合いいただけませんこと?」

 

 

ドレスを纏い銃を握った少女──時崎狂三が、にぃ、

と唇の端を上げながらそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「狂三……おまえ、一体何したんだ⁉︎ 何なんだ、

この結界は……!」

 

 

来禅(らいぜん)高校の屋上で、士道はバッと両手を開き、

狂三に問いかけた。

 

 

狂三は、士道の反応が楽しくて仕方ない様子で、

さらに笑みを濃くする。

 

 

「うふふ、素敵でしょう? これは時喰(ときは)みの(しろ)〉。

わたくしの影を踏んでいる方の時間(じかん)を吸い上げる

結界ですわ」

 

 

「時間を……吸い上げる……?」

 

 

士道が怪訝そうに言うと、狂三はくすくす笑いながら

ゆっくりと歩み寄ってきた。

 

 

そして、優雅な仕草で髪をかき上げる。常に前髪で

隠されていた左目が顕になった。

 

 

「な……」

 

 

それを見て、眉をひそめる。

 

 

明らかに、異様だった。無機的な金色に、数字と針。

 

 

そう──狂三の左目は、時計そのものだったのだ。

 

 

しかもおかしなことに、その時計の針が、くるくると

逆方向に回転しているのである。

 

 

「ふふ、これはわたくしの『時間』ですの。

(いのち)──寿命(じゅみょう)と言い換えても構いませんわ」

 

 

言いながら、狂三がその場でくるりとターンする。

 

 

「わたくしの()使()は、それはそれは素晴らしい力を

持っているのですけれど……その代わりに、ひどく

大きいのですわ。一度力を使うたびに、膨大な私の

『時間』を喰らっていきますの。だから───時折

こうして、(そと)から補充(ほじゅう)することにしておりますのよ」

 

 

「な……っ」

 

 

狂三のその言葉に、士道は戦慄した。

 

 

だってそれが本当だとするのなら、結界の中で倒れて

いる人たちは今、狂三に残りの命を吸い上げられて

いるということになる。

 

 

狂三はそんな士道の表情を見ると、なぜだろうか、

少し寂しそうな顔をした。

 

 

だがすぐにその顔に凄絶な笑みを貼り付けると、

指先で士道のあごを持ち上げてくる。

 

 

精霊(せいれい)人間(にんげん)関係性(かんけいせい)なんて、そんなものですのよ。

(みな)さん、(あわ)れで可愛(かわい)い私の(えさ)。それ以上(いじょう)でもそれ以下(いか)

でもありませんわ」

 

 

士道を挑発するように眉を歪め、続ける。

 

 

「ああ──でも、でも、士道さん。あなただけは

別ですわ。あなただけは特別ですわ」

 

 

「……俺、が?」

 

 

「ええ、ええ。あなたは最高ですわ。あなたと一つ

になるために、わたくしはこんなところまで来たの

ですもの」

 

 

「何だって……?」

 

 

士道は眉をひそめた。

 

 

「一つになるって……どういうことだよ」

 

 

「そのままの意味ですわ。あなたは殺したりなんて

ことしませんわ。それでは意味がありませんもの。

──わたくしが、直接あなたを()()()差し上げる

のですわ」

 

 

その『食べる』という表現が文字通りの意味なのか

比喩的なものなのか──それに判別はつかなかった

のだが、士道の胃に冷たいものを広げるには充分

だった。

 

 

だが、そんなことで怯んではいられない。

拳をぐっと握り、のどを震わせる。

 

 

「俺が、目的だっていうのなら、俺だけを狙えば

いいじゃねえか! なんでこんな──!」

 

 

士道が叫ぶと、狂三が愉快そうに言葉を続けてくる。

 

 

「うふふ、そろそろ『時間』を補充しておかなければ

なりませんでしたし──それに」

 

 

狂三はふっと、鋭い視線で士道を射貫いてきた。

 

 

「──あなたを食べる前に、今朝方の発言を取り消していただかないとなりませんもの」

 

 

「今朝の……?」

 

 

「ええ。──わたくしを、救うだなんて世迷言を」

 

 

「……っ」

 

 

狂三の、あまりの視線の冷たさに、思わず唾液を

飲み込んでしまう。

 

 

「──ねえ、士道さん。そんな理由で、こんなことを

するわたくしは恐ろしいでしょう? 関係のない方々

を巻き込むわたくしが憎いでしょう? 救う、なんて

言葉をかける相手ではないことは明白でしょう?」

 

 

狂三が、役者のように大仰に手振りしながら続ける。

 

 

「だから、あの言葉を撤回してくださいまし。

もう口にしないと約束してくださいまし。そしたら、

この結界を解いて差し上げても構いませんわよ?

もともとわたくしの目的は、士道さん一人なの

ですもの」

 

 

「な……」

 

 

目を見開く。その条件は、あまりに簡単だった。

狂三が士道をたばかっているのではないかと疑って

しまうほどに。

 

 

『……狂三は本気だ』

 

 

士道が懸念を察したのか、インカムから令音の声が

聞こえてくる。

 

 

『……彼女の精神状態に、嘘を吐いている形跡は

見受けられない。シン、君が条件を呑んだなら、

狂三は本当に結界を解くだろう』

 

 

令音が言うと同時に、狂三は薄気味悪い笑みを

浮かべて身をくねらせた。

 

 

「きひひ、ひひ。さあ、一刻も早く止めなければ

なりませんわねぇ。急がないと手遅れになって

しまう方もいらっしゃるかもしれませんわよォ?」

 

 

「……っ」

 

 

士道は、狂三と目を合わせた。

 

 

士道が言葉を撤回する。たったそれだけ。何も難しい

ことはない。

 

 

逆に、そうしなければ、結界の中にいる幾人もの

人の命が危険に晒されることになる。

 

 

選択の余地はない。意を決して、唇を開く。

 

 

「……結界を解いてくれ」

 

 

狂三がふうと息を吐く。まるで安堵したかのように。

 

 

「なら、言ってくださいまし。もうわたくしを救う

だなんて言わないと」

 

 

士道はごくりと唾液を飲み下したから、言葉を

続けた。

 

 

「それは……できない」

 

 

「は───?」

 

 

士道がそう言った瞬間、狂三はポカンと口を開いた。

何とも間の抜けた有様である。

 

 

少なくとも、今まで士道は、狂三のそんな顔を見た

ことはなかった。

 

 

「……あら、あら、あら?」

 

 

だが、すぐに狂三の顔が、曇っていく。

 

 

「聞こえませんでしたの? それを撤回しない限り、

私は結界を解きませんわよ」

 

 

「……っ、それは、解いてくれ。今すぐ!」

 

 

「なら」

 

 

「でも、駄目だ! 俺はその言葉を撤回出来ない!」

 

 

士道は叫び、首を振った。

 

 

だって、それを撤回してしまったら、白銀の少女、

〈アテナ〉の言った言葉を肯定して認めてしまう

ことになる。

 

 

そしたら、士道は二度と、狂三と〈アテナ〉の前に

立つどころか二人に手を伸ばすことができなくなる。

 

 

「──聞き分けがない方は嫌いですわ……ッ!」

 

 

 

狂三はそう叫ぶと、トン、トン、と軽やかに

バックステップして、士道と距離を取った。

そして、右手をバッと頭上に掲げる。

 

 

するとその手を中心として、ビリビリと空気が

震えだした。

 

 

──瞬間。

 

 

 

ウウウウウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ──

 

 

 

そんなけたたましい音が、街全域に鳴り響いた。

 

 

 

「──っ、空間震警報(くうかんしんけいほう)……ッ⁉︎」

 

 

 

顔を戦慄に染め、うめく。嫌というほどに聞き慣れた

それは、この世界を蝕む突発性災害──空間震警報の

発生を知らせるものだった。

 

 

一瞬、士道は街のどこかに、狂三とは別の精霊か

〈アテナ〉が現界しようとしているかと思った。

空間震は精霊がこちらの世界に現れる際の空間の

歪みが原因が引き起こされるからだ。

 

 

だが──狂三の狂気に満ちた笑みが、それを暗に

否定した。

 

 

そう、この空間震は、狂三が意図的に起こそうと

しているものなのだ。

 

 

そんなことができるだなんて、聞いたことがない。

 

 

だが──今のこの状況が全てを証明した。

 

 

「きひ、きひひ、きひひひひひひひひひひひひッ、

さぁさ、どォうしますの? 今のこの状態で空間震が

起こったなら、結界内にいる方々は一体どうなります

でしょうねぇ」

 

 

「……!」

 

 

言われて、士道は言葉を失った。

 

 

通常、空間震の前震が観測され、警報が発されると、

近隣の住民などは皆地下のシェルターに避難をする。

だが──今、高校を中心とした狂三の結界の範囲内

にいる人々は皆、気を失っているのである。そんな

状態で避難などできるはずがない。

 

 

──の、だけれど。

 

 

ふと……士道の頭には一つの疑問が浮かんだ。

 

 

そんな士道の様子に気付いたふうもなく、狂三が、

勝ち誇ったように唇を舐める。

 

 

「──さあさ、士道さん? いかがですの?

わたくしが恐ろしいでしょう? わたくしが憎い

でしょう? これでも同じことが言えまして?

(よわ)(にく)が! (つよ)捕食者(ほしょくしゃ)に!」

 

 

「…………」

 

 

なぜだろうか。心臓はバクバクと鳴って、呼吸は荒く

なっているのに、士道の頭の中は信じられないくらい

に冷静になっていた。

 

 

一つの疑問。

 

 

 

──なぜ、狂三はそんなにも、士道に言葉を撤回させようとするのだろ。

 

 

だって、それはそうだ。士道は何を言おうが、言葉は

言葉。狂三の目的が士道を『食べる』ことだというの

なら、そんな言葉に構わず、そうすればいいだけの話

なのだ。

 

 

──彼女曰く捕食者(ほしょくしゃ)であるはずの士道の言葉を。

 

 

『……シン』

 

 

と、そこで、右耳の鼓膜に令音の声音が震わせた。

 

 

『狂三の精神状態が変化している。まるで君を……

恐れているかのような数値だ』

 

 

「ぇ……?」

 

 

士道は、狂三に聞こえないくらいの声を発し、

微かに眉をひそめた。

 

 

── 狂三が、士道を恐れている?

 

 

そのあまりに現地味のない言葉に士道は一瞬混乱し

── すぐに納得した。

 

 

「ああ ── そう、か」

 

 

士道は細く息を吐き、狂三を見直した。

 

 

怖くて恐ろしい仕方のない、精霊。

 

 

 

だけれど ──

 

 

 

「さあ! 士道さん、どうしますの? あなたがその

言葉を撤回しなければ、何人もの人が死ぬことになり

ますわよ⁉︎」

 

 

狂三が士道から視線を逸らさないまま、高く掲げた

右手がくっと握ってみせる。

 

 

瞬間、きぃぃぃぃぃ── ん……という耳障りのような

音が、辺りに鳴り響いた。

 

 

まるで、空間が悲鳴を上げているかのように。

 

 

「く……」

 

 

狂三にかけなければならない言葉がある。狂三と

話さねばならないことがある。だが今はそれより

先に、この空間震をなんとかせねばならなかった。

 

 

無論── 言葉を撤回することなく。

 

 

士道は必死に思考を巡らせ、ふと先ほどの狂三の言葉

を思い出した。

 

 

「……狂三」

 

 

「何ですの? ふふ、ようやく言葉を取り消す気に

なりまして?」

 

 

狂三が、不敵に笑いながら言ってくる。士道は構わず

あとを続けた。

 

 

「おまえは、俺を食べるのが目的だって……

言ってたな」

 

 

「ええ。そうですわ。殺したりなんてしたら意味が

ありませんもの。あなたはわたくしの中で、ずっと

生き続けますのよ。うふふ、素敵でしょう?」

 

 

「…………」

 

 

その一言で、確信を持った。狂三に聞こえないように

小声で令音に話しかける。

 

 

「……令音さん。俺、─────── でも、

助かりますかね 」

 

 

『……? ああ、君の回復能力があれば、よほど

運が悪くない限りは大丈夫だと思うが……一体

何をするつもりだい』

 

 

「そうですか」

 

 

士道はその場からすぐに駆け出し、屋上の端まで

辿り着くと、背の高いフェンスをガシャガシャと

登っていった。

 

 

そしてその頂上に足をかけて、狂三の方に顔を

向ける。

 

 

狂三は、士道のとった行動がわからないといった

表情をしていた。

 

 

「……っ、何のつもりですの?」

 

 

「空間震を止めろ。さもないと──」

 

 

ビッ、と校庭側を指す。

 

 

「俺は、ここから落ちて死んでやるぞ……!」

 

 

「は……はぁ……っ⁉︎」

 

 

さすがにこれは予想外だったのだろう、狂三が

素っ頓狂な声を上げる。

 

 

「な、何を仰ってますの……? もしかして気でも

触れまして?」

 

 

「悪いが正気だ。やっぱり俺は、朝の言葉を引っ込め

られない。───それじゃあ、おまえを助けられなく

なっちまう」

 

 

狂三が不快そうに顔を歪める。士道は構わず口を

開いた。

 

 

「でも、おまえに空間震を起こさせるわけには

いかない。だから──」

 

 

「それで自分を人質に? そんなの短絡的にも程が

ありますわ。追い詰められた逃亡犯ですの⁉︎」

 

 

言われて、士道は小さく笑ってしまった。映画や海外

のニュースの映像なんかで、犯人が自分のこめかみに

銃を突き付けているシーンが思い起こされたのだ。

最後の最後、他の手段がなくなったそんな人間の、

クレイジーな行為だ。

 

 

だが、狂三の目的が士道である以上、決して無意味な

行動ではないはずだった。

 

 

そう──狂三は士道を取り込むために、高校にまで

転入してきたというのである。士道の命に、価値が

ある可能性は十分にあった。

 

 

しかし狂三は顔をしかめると、ハン、小さく息を

吐いた。

 

 

「……そんな脅しが効くと思いですの?

やれるものならやってご覧なさいな!」

 

 

「……ああ」

 

 

士道は静かに言うと、身体をフェンスの向こうに

投げ出した。

 

 

目も眩む高さだと言うのに、不思議と恐怖感はない。

もしかしたら脳内物質の分泌によるその興奮状態で、

恐怖心が麻痺しているのかもしれなかった。

 

 

「──────っ!」

 

 

『……シン⁉︎』

 

 

狂三が息を詰まらせる音と、令音の声が

聞こえてくる。

 

 

ふわっという浮遊感。士道の身体は、スピードで

地面に落下していった。

 

 

「──っ、……っ」

 

 

意識が飛びそうになってしまう。感覚としては、

ジェットコースターの急降下する感覚に似ていた。

呼吸ができなくなって、手足が痺れて、思わず失禁

しそうになる。

 

 

だが、落下の途中、士道の身体は何者かに支えられ、

ガクンと揺れた。

 

 

「……うぇッ⁉︎」

 

 

突然の衝撃に、間の抜けた声が出る。──校舎の壁に

這った影から狂三が上半身を現して、お姫様抱っこの

ような感覚で士道を抱き止めていた。

 

 

「お……おう、狂──」

 

 

士道が狂三の名前を呼ぼうとした次の瞬間、狂三は影

から全身を出現させ、士道を抱き抱えたまま校舎の壁

を垂立に登っていった。屋上に戻り、乱雑に士道の

身体を放る。

 

 

「あー……」

 

 

士道は、大きく息を吐いた。

 

 

「死ぬかと思った……」

 

 

「あっ……たり前ですわ……ッ!」

 

 

すると狂三が、興奮した様子で声を荒げてきた。

 

 

「信じられませんわ! 何を考えていますの⁉︎

わたくしがいなかったら本当に死んでましたわよ⁉︎」

 

 

「あー……その、なんだ……ありがとう」

 

 

「命を何だと思っていますの⁉︎」

 

 

「いや、おまえが言っちゃ駄目だろそれ……」

 

 

士道がそう言うと、狂三はハッとした顔を作り、

頭をわしわしとかいた。

 

 

「あああああああ、もうッ! 本当に馬ッ──

鹿じゃありませんの……ッ!」

 

 

士道はその場に立ち上がると、狂三に向かって

声を上げる。

 

 

「狂三。おまえ、なんで俺を助けてくれたんだ?」

 

 

「……っ、それは───あなたに死なれると、

わたくしの目的が達せなくなるから……」

 

 

「そうか。じゃあやっぱり、俺には人質の価値か

あるんだな」

 

 

「……っ」

 

 

士道は、狂三にビッと指を突き付けた。

 

 

「さあ、じゃあ空間震を止めてもらおうか!

ついでにこの結界も消してもらう! さもないと

舌を噛んで死ぬぞ!」

 

 

「そ、そんな脅し──」

 

 

「脅しだと思うか?」

 

 

「ぐっ……」

 

 

狂三は一瞬悔しそうな顔を作ったあと、指をパチンと

鳴らした。

 

 

すると、周囲に響いていた耳障りのような音が止む。

次いで、辺りを覆っていた重い空気が消えていった。

 

 

「ま───まあ、構いませんわ。どうせもともと、

わたくしの本来の狙いは士道さんだけなのですもの。

何も問題ありませんわ。何も問題ありませんわっ!」

 

 

狂三は自分に言い聞かせるように叫ぶと、バッと両手

を開いて士道の方に向いた。

 

 

だが、士道とて黙って食われるわけにはいかない。

 

 

「じゃあもう一つ──聞いてもらおうか」

 

 

「ま、まだありますの……っ⁉︎」

 

 

狂三が困惑したように言う。士道は「ああ」と言って

うなずくと言葉を続けた。

 

 

「一度でいい。───狂三。おまえにもう一度だけ、やり直す機会を与えてくれないか?」

 

 

「え……?」

 

 

狂三が驚いたように目を見開き、すぐに眉を

ひそめる。

 

 

「……まだそれを言いますの? いい加減にして

くださいまし。ありがた迷惑でしてよ。私は、

殺すのも、殺されるのも、大ッ好きですのよ!

あなたにとやかく言われる筋合いなんてどこにも

ありませんわ!」

 

 

士道の言葉を拒絶するように、狂三が叫んでくる。

その声には、今までのような底知れぬ恐ろしさはなく

──どちらかというと、何かに怯えているようにさえ

聞こえた。

 

 

先ほどの令音の言葉が蘇る。

 

 

そう……きっと、狂三は怖がっているのだ。

『白銀の戦乙女』と呼ばれている〈アテナ〉同様に

今まで一度たりも手を差し伸べられるなんてことは

なかったから、そんな得体の知れない行動などに

怯えているのだ。

 

 

「狂三。おまえ……誰も殺さず、命を狙われずに

生活したことって……あるか?」

 

 

士道が静かに言うと、狂三は小さく肩を揺らした。

 

 

「……っ、それは……」

 

 

「じゃあ、わかんねえじゃねえか。殺し、殺される

毎日の方がいいだなんて。もしかしたら──そんな

穏やかな生活を、おまえも好きになるかもしれない

じゃなねえか……ッ!」

 

 

「でも、そんなこと──」

 

 

「できるんだよ。俺になら!」

 

 

士道が叫ぶと、狂三は気圧されたように

息を詰まらせた。

 

 

「おまえのやってきた許されることじゃねえよ。

一生かけて償わなきゃならねえ! でも……ッ!

おまえがどんなに間違えていようが、狂三! 

俺がおまえを救っちゃいけないなんて理由には

ならない……ッ!」

 

 

「っ──」

 

 

狂三が数歩後ずさる。士道はそれを追うように、

一歩足を前に踏み出した。

 

 

「わ、わたくし……わたくしは──」

 

 

狂三は混乱したように目をぐるぐると泳がせ、

声を発する。

 

 

「士道さん、わたくしは……本当に……っ──」

 

 

と──狂三が何か言おうとした瞬間。

 

 

 

「──駄ァ目、ですわよ。そんな言葉なんかに惑わされちゃあ」

 

 

 

どこからともなく、そんな声が響いた。

 

 

士道は訝しげに眉をひそめた。だって鼓膜を震わせた

その声は──

 

 

「ぎ……ッ⁉︎」

 

 

と、士道の思考を遮るように、前方に立っていた

狂三が、奇妙な声をのどから漏らす。

 

 

「狂三……?」

 

 

士道はそちらに目をやり──凍り付いた。

 

 

「ぃ、あ、ぁ……」

 

 

狂三が、眼球飛び出さんばかりに目を見開き、

苦しげな声を響かせている。

 

 

視線を下へ。狂三の胸から、一本の赤い手が

生えてきた。

 

 

「え……」

 

 

そこまで見て、ようやく士道は状況を理解した。

 

 

いつの間にか何者かが狂三の後方に現れ──狂三の

胸を貫いたのだ。

 

 

「わ、たく、し、は」

 

 

「はいはい、わかりましたわ。ですから──」

 

 

狂三の胸から、手を引き抜かれる。瞬間、狂三が

纏っていた霊装が空気に溶け消え、彼女の白い肌が

顕になった。

 

 

「──もう、おやすみなさい」

 

 

「……ぃぐッ」

 

 

あまりに小さな断末魔を残し、狂三の身体が人形の

ようにくずおれる。

 

 

そして、一度身体がビクンと飛び跳ね──それきり、

動かなくなった。

 

 

「な……」

 

 

士道は、動けなかった。突然すぎる事態に思考が

ついていかない。

 

 

だって、狂三の後ろに立っていたのは。

 

 

「あら、あら。いかがいたしましたの、士道さん?

顔色が優れないようですけれど」

 

 

 

──時崎狂三(ときさきくるみ)、その人だったのだから。

 

 

 

「く、るみ……? は? なんで……」

 

 

士道は、今の今まで話していた狂三を見てから、

新たに現れた狂三に視線を向けた。

 

 

それは間違いなく、狂三だった。

 

 

影のような黒髪も、真珠のような肌も──左目に

光る時計も、今までと同じである。

 

 

ただその表情には、先ほどまで倒れ伏した狂三が

浮かべていたような混乱は見受けられなかった。

余裕に満ちた妖しい微笑である。

 

 

「まったく、この子にも困ったものですわね」

 

 

狂三は血に濡れた右手をビッ、と払う。

 

 

すると、影から無数の手が生え、狂三の死体を、

影の中に引きずり込んでいった。

 

 

「あんなに狼狽えて。──まだ、()()()()()()()()()

若すぎたかもしれませんわね」

 

 

「な──」

 

 

「ああ、でも、でも。士道のお言葉はとても素敵

でしたわよ?」

 

 

冗談めかすように身をくねらせ、狂三は笑う。

 

 

士道は、言葉を失って立ち尽くした。

 

 

──意味が、わからない。

 

 

今。確かに士道の視界の中には、狂三が二人存在

していた。

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「何、が……」

 

 

士道が呆然とのどから声を漏らすと、狂三はさらに

可笑しそうに笑った。

 

 

「さあ、さあ。もう間怠っこしいことはやめに

しましょう」

 

 

狂三がそう言うと、士道の足下から手が生えて、

両足をがっしりとホールドした。

 

 

「うわ……ッ⁉︎」

 

 

「あなたの力……いただきますわよ、士道さん」

 

 

言いながら狂三が士道に近づき、ゆっくりと右手を

伸ばしてくる。

 

 

そして、ひんやりと冷たい手が士道の頬を撫でた

次の瞬間、

 

 

「ぎ……っ」

 

 

狂三が、そんな声を発した。

 

 

天から目の前に白い影が降ってきたかと思った瞬間、

士道に触れていた狂三の右手が切断され、くるくると

宙を舞ってから地面に落ちたのである。

 

 

「──あら……あら」

 

 

痛みに耐えるように眉をひそめながらも、狂三は身を

翻して後方に飛び退く。

 

 

一瞬あと、自分と狂三の間に、人間が一人増えている

のを認識した。

 

 

「真那!」

 

 

「はい。──また、危ねーところでしたね」

 

 

ワイヤリングスーツを身に纏い、両方の手には巨大な

レイザーブレイドを装着した真那が、ちらと士道の方

を見て言ってくる。

 

 

しかし真那はすぐに光の刃を構え直すと、後方へと

逃げた狂三に鋭い視線を放った。

 

 

「随分と派手なことをやらかしてくれやがった

ようですね、〈ナイトメア〉」

 

 

「──く、ひひ、ひひひ、いつもながら、さすが

ですわね。わたくしの神威霊装・三番(エロヒム)をこうも

簡単に斬り裂かれるだなんて」

 

 

「ふん。悪ーですが、そんな霊装、私の前では

無意味です。大人しく──」

 

 

と、真那が言いかけたところで、狂三は大仰に

手を広げ、その場でくるりと旋回した。

 

 

「ふふ、でぇ、もォ……()()()()だけは、

()()()()()()()()()わけには参りませんわねぇ」

 

 

狂三はそう言うと、カッ、カッ、と、ステップを踏む

ように両足を地面に打ち付けた。

 

 

「さあ、さあ、おいでなさい───

刻々帝(ザアアアアアアフキエエエエエル)

 

 

瞬間──狂三の背後の影から、ゆっくりと巨大な時計

が姿を現した。

 

 

狂三の身の丈の倍があろうかという、巨大な文字盤。

そしてその中央にある針は、それぞれ細緻な装飾の

施された古式の歩兵銃と短銃だった。

 

 

「……っ、これは──天使……⁉︎」

 

 

士道は思わず声を上げた。

 

 

──天使。『形を持った奇跡』。精霊の持つ唯一

にして絶対の力を誇る武器である。

 

 

「うふふ……」

 

 

狂三が笑うと、巨大な時計の文字盤から短針に当たる

銃が外れ、狂三の手に収まった。

 

 

そして、

 

 

 

「〈刻々帝(ザフキエル)〉──【四の弾(ダレット)】」

 

 

 

狂三が唱えると、時計に刻まれていた『Ⅳ』の数字

から、じわりと影のようなものが漏れ──

 

 

一瞬のうちに、狂三の握る短銃の銃口に吸い込まれて

いった。

 

 

と、士道はその様子を見て目を細めた。

 

 

時計の数字から影が漏れ出た瞬間、狂三の時計の左目

の時計が、恐ろしい速さで正方向に回った気がした

のである。

 

 

だが、そんな疑問は、すぐ頭の中から追い出される

ことになった。

 

 

「な……」

 

 

真那の怪訝そうな声が、士道の耳に届く。この位置

からでは真那の表情は窺い知れないが、恐らく士道と

似たような顔を作っているに違いなかった。

 

 

狂三が、左手に握った短銃の銃口を、自分のあごに

押し当てたのである。

 

 

「一体何を──」

 

 

真那の言葉の途中で、狂三はニヤリと笑うと、

何の躊躇うことなく引き金を引いた。

 

 

ドン! という音が辺りに響き、狂三の頭部がぐわん

と揺れた。どう見ても、自殺したとしか思えない光景

だった。

 

 

 

だが。士道と真那は一瞬あと、その感想を強制的に

訂正させられることとなった。

 

 

「は……?」

 

 

自分で、阿保面をしているのが自覚できる。

 

 

だがこの光景を見たならば、誰もが同じ顔をして

しまうに違いない。

 

 

何しろ、狂三が自分を銃で撃った次の瞬間、地面に

転がっていた狂三の右手が、まるで映像を巻き戻す

かのように宙に浮き上がり──狂三のもとに飛んで

いったのである。

 

 

そして右手は狂三の右腕に触れると、まるで何事も

なかったかのように綺麗に接着・復元された。

腕に纏った長手袋さえも、完璧に。

 

 

「うふふ、良い子ですわ、〈刻々帝(ザフキエル)〉」

 

 

「……初めて見る手品ですね、それは。素晴らしい

回復能力です」

 

 

真那が忌々しげに言うと、狂三はくつくつとそう笑い

ながら首を振った。

 

 

「きひひ、ひひ、違いますわよう。()()()()()()

だけですわ」

 

 

「……何ですって?」

 

 

真那が眉をひそめる。

 

 

しかし狂三は不敵に笑うだけでそれ以上答えず、

右手高く掲げた。

 

 

背後の時計〈刻々帝(ザフキエル)〉に残っていた長針──

歩兵銃が、その手に収まる。

 

 

「──ああ、ああ。真那さん、真那さん。

今回ばかりは、勝たせていただきますわよ」

 

 

言いながら、針のない文字盤の前で、二丁の銃を

構えてみせる。

 

 

 

──まるで、時間を示すかのように。

 

 

 

「さあ、さあ。始めましょう。わたくしの天使を

見せて差し上げますわ」

 

 

「──ふん、上等です。またいつものように殺して

やります」

 

 

真那が言うと、狂三はおかしくてたまらないといった

様子で笑った。

 

 

「きひ、ひひ、ひひひひひひひひひッ、まァァァァだ

わかりませんのぉ? あなたにはわたくしを()()()()

ことは絶ェェェェェッ対にできませんわ」

 

 

「そんなのは関係ねーです。倒れないのなら倒れる

まで、死なないのなら死ぬまで、貴様を殺し続ける

のが、私の使命であり存在理由です」

 

 

「ひひひひッ、あぁ、そうですの。そうですわよね。

あなたはそういうお方ですわ。ふふふ、ふふッ、

嗚呼、嗚呼、いいですわね、たまりませんわ。

───それで、どのようにいたしますの? 

首を刎ねまして? 胸を貫きまして?

四肢を断ちまして?」

 

 

「ふん、そのいずれからも生き返ったそんな化物を

一人知っていやがるもので。──欠片すら残さず、

粉微塵にしてやります」

 

 

「! へぇ? それは初体験ですわね。素敵ですわ。

最高ですわ」

 

 

「相変わらず、狂いやがってますね」

 

 

「ひひひ、それは、お互い様ではございませんこと?

眉ひとつも動かしてはくれませんのね。わたくしを

初めて殺したときは、まだ可愛げがありましたのに」

 

 

「黙りやがってください。それとも、口とのどから

消し飛ばして欲しいですか?」

 

 

「うふふ、ふふ。できますかしら?」

 

 

言って、狂三が左手の短銃を掲げる。

 

 

 

「〈刻々帝(ザフキエル)〉──【一の弾(アレフ)】」

 

 

 

すると先ほどのように文字盤の『Ⅰ』の部分から影が

染みだし、狂三の握る短銃に吸い込まれていった。

そしてまたもその銃口を自分のあごにに当て──

引き金を引く。

 

 

瞬間。

 

 

 

「ぐ……ッ⁉︎」

 

 

その場から狂三の姿が掻き消え、それと同時に、

真那が横に吹き飛ばされた。

 

 

「あッははははははははははは! 見・え・ま・せん

でしたかしらァ?」

 

 

「っ──」

 

 

真那は空中で方向を転換すると、虚空を蹴るように

して狂三に猛進した。

 

 

だが狂三の身体がまたもや霞のように消え去ると、

次の瞬間には真那の後方に出現して、その背に踵を

振り下ろす。

 

 

「く……!」

 

 

しかし真那がキッと視線を鋭くすると同時、一瞬狂三

の動きが鈍くなった。恐らく随意領域(テリトリー)で狂三を捉えた

のだろう。

 

 

真那が狂三の腹部を両断をしようとレイザーブレイド

を横に滑らせる。だが狂三はすんでのところで軽々と

身をかわすと、くるくると回りながら給水塔の上に

着地した。

 

 

「ふふッ、さすがですわ! もう()()()()()()

わたくしの動きに対応するなんて!」

 

 

「ふん……面白い能力ですが、随意領域(テリトリー)を持つ私には

相性が悪ーんじゃねーですか? こっちとしては知覚

さえできれば、貴様のそんな動きを捉えることなんて

できやがるんです」

 

 

「ああ、ああ、そうでしたわねぇ。じゃあ──」

 

 

再び、狂三が目にも留まらぬスピードで真那に

向かっていく。

 

 

 

「〈刻々帝(ザフキエル)〉──【七の弾(ザイン)】‼︎」

 

 

 

と、その途中、文字盤の『Ⅶ』から染みだした影が、

狂三の歩兵銃に吸い込まれていった。そして即座に

その銃口を真那に向けて、放つ。

 

 

「無駄と──言っているでしょう……ッ!」

 

 

随意領域(テリトリー)を持つ真那にその程度の銃弾が

通るわけがない。だが──

 

 

「え……?」

 

 

士道は呆然と声を発した。

 

 

──真那の身体が、空中に飛び立った状態で、

完全に停止していたのである。

 

 

「真那……っ!」

 

 

士道が呼びかけるも、真那は動かない。反応を示す

こともない。まるで、その場で真那の()()()()()()()

しまったかのように。

 

 

「あァ、はァ」

 

 

狂三が笑い、真那の身体に何発もの大量の銃弾を

放っていく。

 

 

狂三が握っているのはどちらも、単発式の古式銃

である。しかし一発銃を撃つたびに、狂三の足下

から影が滲み出て、弾となって銃口を装填されて

いったのだ。

 

 

そして数秒のあと、狂三が地面に降り立つ。

それと同時に、

 

 

「が──ぁ……ッ⁉︎」

 

 

その身に幾発もの弾丸を受けた真那が、全身から

血を流して地面に落ちていった。

 

 

「きひひひひひひひひひひ、あらあら、

どうかしましたのォ?」

 

 

「な──、今の、は……」

 

 

「真那!」

 

 

士道は叫ぶと、地面に膝を突いた真那に駆け寄った。

 

 

 

「兄──様、危険です。離れやがってください……」

 

 

「馬鹿、何言ってやがる!」

 

 

と、そこで士道の後方から、バン! と扉を開け放つ

音が響き──

 

 

「シドー!」

 

 

「──士道」

 

 

士道を呼ぶ声が新たに二つ、屋上に現れた。

 

 

「十香──折紙……⁉︎」

 

 

振り向き、二人の名前を呼ぶ。

 

 

なぜ狂三の結界内で二人が動けるのかと思ったが、

その姿を見て疑問は消え去った。十香は霊装を、

折紙はワイヤリングスーツを、それぞれの身に

纏っていたのである。

 

 

「大丈夫か、シドー!」

 

 

「怪我は」

 

 

二人は同時にそう言うと、鬱陶しげに睨み合った

そのあと、士道に視線を戻してきた。

 

 

だがすぐに、その先にいる狂三と、血塗れで膝を

突いている真那のそんな姿に気がついたらしい。

二人も士道の前に向かってそれぞれ持っていた

剣とレイザーブレイドを構えた。

 

 

鳶一一曹(とびいちいっそう)……十香さん。ご無事でしたか。

しかし……十香さん。その姿は一体……」

 

 

苦しげに息をしながら真那が言うと、十香が怪訝

そうな声を上げた。

 

 

「シドーの妹二号。おまえこそ、その格好は何だ?

まるでAST ──」

 

 

真那と十香はお互いに怪訝そうなそんな視線を

交わしだが、すぐに狂三の笑い声が響いてきて、

言葉を中断した。

 

 

「あら、あら、あら。皆さんお揃いで」

 

 

狂三が言うと、十香と折紙がほとんど同時に

口を開いた。

 

 

「狂三……! いきなり逃げたと思ったら、

こんなところにいたか!」

 

 

「あなたの行動は不可解。一体何の真似」

 

 

「え……?」

 

 

士道は眉をひそめた。一体二人は何を言っている

のだろうか。

 

 

「逃げた、って……?」

 

 

士道が問うと、十香は狂三から視線を外さないまま、

「うむ」と首肯してきた。

 

 

「狂三が邪魔をしに現れたのだが……先ほどの爆発

のあと、どこかへ逃げていったのだ」

 

 

しかし十香の言葉に、折紙が異を唱える。

 

 

「それはおかしい。時崎狂三は、私と交戦していた」

 

 

「何だと?」

 

 

十香は一瞬訝しげな顔をしたが──すぐに首を

振ると、狂三に視線を向け直した。

 

 

「……残念だ、狂三。だがおまえがシドーに危害を

加えようとする以上、容赦しない」

 

 

「一部だけに同意する」

 

 

折紙もまた、狂三に向き直る。

 

 

狂三が、またも楽しげにくるりと身体を回転を

させた。

 

 

「うふふ、ふふ。ああ、本当に怖いですわ。

恐ろしいですわ。こんなにもか弱いわたくしを

こんな他勢で襲い掛かろうだなんて」

 

 

微塵もそんなことは思っていない様子で、くすくす、

くすくす、と笑う。

 

 

「でも、わたくしも今日は本気ですの。──ねえ、

そうでしょう? ()()()()()()

 

 

「は──?」

 

 

奇妙な物言いに眉をひそめる。──だが、次の瞬間。

 

 

 

『な……っ⁉︎』

 

 

 

士道と、十香と、折紙と、真那。四人の声が被った。

 

 

しかしそれも当然だ。屋上を覆い尽くしていた

狂三の影。

 

 

その中から、幾本の白い手が一斉に顔を出してきた

のだから。

 

 

しかも、それだけでもない。今まで肘程度までしか

姿を現さなかったその白い手が、徐々に、その根本を

地面の上に現していったのである。

 

 

「なん……だよ、こりゃあ……っ‼︎」

 

 

思わず、のどを絞って叫び声を上げてしまう。

 

 

 

だがそれも当然だ。何しろ、その白い手たちは──

 

 

 

全員が『狂三』だったのだから。

 

 

 

 

 

「くすくす」   「あら、あら」   「うふふ」

 

 

   「あらあらあら」     「驚きまして?」

 

 

「士道さん」     「さあ、どうしますのォ?」

 

 

  「あはははッ」      「いひひひ」

 

 

 

   「美味しそうですわね」   「さあ、さあ」

 

 

  「遊びましょう?」  「いかがでして?」

 

 

「ふふっ」    「ひひひ」  「ふふふふふふ」

 

 

「どうしましたの?」

 

 

 

 

無数の狂三が、思い思いの笑いを、声を発する。

 

 

 

「こ、ッ、れは……ッ」

 

 

真那が声を発すると、銃を握った狂三が両手を

広げながらくっとあごを上げた。

 

 

「うふふ、ふふ。いかがでして? 美しいでしょう?

これはわたくしの過去。わたくしの履歴。そして

様々な時間軸のわたくしたちの姿ですわ」

 

 

「な──」

 

 

「うふふ──とはいえあくまでこの『わたくしたち』

は、わたくしの写し身、再現体に過ぎませんわ。

()()()()ほどの力は持っておりませんので、

ご安心くださいまし」

 

 

ねェ、と狂三が続ける。

 

 

 

「真那さん、わかりまして? わたくしをどうしても

殺しきれないその理由が」

 

 

「──っ……」

 

 

真那が、息を詰まらせる。それは、十香も、折紙も

──士道も、同じだった。

 

 

 

「さあ──」

 

 

狂三がくるりと回る。

 

 

「終わりに、いたしましょう」

 

 

「……ッ、舐めんじゃ──ねーです……ッ!」

 

 

叫んだのは、真那だった。随意領域(テリトリー)で無理矢理に

傷ついた身体を持ち上げて空に舞い、ユニットを

可変させて幾条もの光線を放つ。

 

 

降り注ぐ光は周囲に蠢く狂三を幾体も刺し貫き、

その身体を地面に傅かせた。

 

 

しかし、攻撃を逃れた周囲の狂三たちが空に飛び

上がり、真那に襲いかかる。

 

 

「ふん……っ!」

 

 

真那がユニットを可変させて、迫り来る狂三たちの

首を、腕を、胴を切り裂く。屋上に、バラバラと

狂三の『部品』が撒き散らされた。

 

 

だが〈刻々帝(ザフキエル)〉の前で銃を握った狂三が【七の弾(ザイン)

を装填し、真那に放つと──先ほどのように、真那

の身体が一瞬空中で停止してしまう。

 

 

その隙に、無数の狂三たちが真那に群がっていた。

 

 

「真那──!」

 

 

士道は声を上げる。だが、どうしようもなかった。

 

 

 

十香と折紙は士道を守るように展開し、剣を振るって

いたが──数に差がありすぎた。後方から、左右から

取り囲まれて攻撃を加えられ、その場にて取り押さえ

られてしまう。

 

 

そうなったなら、もう士道に為す術はなかった。

両手をそれぞれ狂三に取られて、その場に押さえ

つけられる。

 

 

時間にして、五分にも満たない出来事だった。

 

 

しかし、それも当然だった。十香は力を十全には

発揮できていない状態であるし──折紙もまた、

十分な装備を持っていない。

 

 

「十香──折紙……真那……ッ‼︎」

 

 

両腕を取られ、地面に押けられながら、士道は

なんとか言葉を発した。

 

 

「ぐ……」

 

 

「────」

 

 

近くには、十香と折紙の二人も士道と同じように

取り押さえている。双方、身体の至る所に傷を作り、

苦しげに呼吸を漏らしていた。

 

 

士道の位置からだと、真那の姿だけが確認できない。

空から屋上に落ちてきたのはわかったが、夥しいほど

の大量の狂三の姿によって、視界が遮られていた。

 

 

「うふふ、ふふ」

 

 

そんな中、悠然と微笑みながら、銃を握った狂三が

士道の方に近づいてきた。

 

 

「ああ、ああ、とても長かったですわ。ようやく、

士道さんを()()()()ことができますのね」

 

 

 

「や……っ、やめろ狂三! シドーに近づくな!」

 

 

「……っ、放して──」

 

 

十香と折紙がもがくも、狂三たちの拘束から逃れる

ことはできなかった。

 

 

狂三はくすくすと笑うと、士道の目の前で足を

止めた。

 

 

と、そこで狂三は、何かを思い出したのか眉をぴくり

と動かした。

 

 

「ふふ──そうですわ」

 

 

言って、左手に銃を預けて、右手を頭上に掲げる。

 

 

すると、先ほどと同じように、街に空間震警報が

鳴り響いた。

 

 

「な……っ、狂三、おまえ何を──」

 

 

「うふふ、ふふ。先ほどできなかったことをして

差し上げますわ。まだ皆さん目覚めておられない

でしょうし──うふふ、きっとたくさんの人たちが

死んでしまいますわねえ」

 

 

「や、やめろ……ッ! そんなことしやがったら

俺、舌噛んで──」

 

 

そう言いかけた瞬間、士道を取り押えていた狂三

たちが、左右から士道の口に細い指を差し入れて、

顎と舌を押さえつけた。

 

 

「ふぐ……ッ⁉︎」

 

 

「舌を……? どうするんですの?」

 

 

狂三が笑い、右手を握る。すると先ほどのように、

周囲に耳障りな高音が響き始めた。

 

 

「ふふ、ひひひ、ひひひひひひひひッ! さあ!

もう二度とわたくしを誑かせないように、絶望を

刻み込んで差し上げますわ!」

 

 

やめろ(やえお)──!」

 

 

まともに言葉を発音できない。だが、のどを震わさず

にはいられなかった。

 

 

狂三はそんな士道の懇願を無視して、そして右手を

振り下ろした。

 

 

狂三が──笑う。けらけら、けたけたと。

 

 

 

「あ───ッははははははははははははははははははははは───っ‼︎」

 

 

 

瞬間、来禅(らいぜん)高校の周囲の空から凄まじい音が響き──

地震のように空気が震えた。

 

 

 

 

だが。

 

 

「あ──はァ……?」

 

 

数秒のあと、その笑い声は疑問符によって上書き

された。

 

 

狂三が、怪訝そうに辺りを見回す。

 

 

それはそうだろう。確かに空が()()()かのような、

耳障りな音が響いた。近くで爆弾でも爆発したかの

ように、空気が震えた。

 

 

だが──それだけだったのだ。

 

 

「…………?」

 

 

士道のまた、違和感に眉をひそめた。

 

 

空間震が起こった現場は、何度か見たことがある。

まるで空間そのものがごっそりと削り取られたかの

ように、そこにあったもの全部がまるごと消失して

しまうのだ

 

 

しかし来禅(らいぜん)高校の周囲には、今も変わらず街並みが

広がっていた。

 

 

「これは……どういうことですの……?」

 

 

狂三が不審そうに眉を歪める。

 

 

すると、

 

 

 

 

「──知らなかった? 空間震(くうかんしん)はね、発生と同時に同規模の空間の揺らぎをぶつけると、相殺(そうさい)することができるのよ」

 

 

 

 

答えるように、頭上から、凛としたそんな声音が

響いてきた。

 

 

「──っ、何者ですの?」

 

 

狂三が頬をぴくりと動かし、右手に銃を握り直して

顔を上に向ける。

 

 

そして士道も顔を上げ──目を見開いた。

 

 

 

空が、赤い。

 

 

 

最初の感想はそれだった。

 

 

 

屋上の上。士道や狂三の頭上に、炎の塊が浮遊して

いたのである。

 

 

 

そして──その炎の中に、一人の少女の姿があった。

 

 

 

和装のような格好をした女の子である。風になびく

その袂は、半ばから炎と同化しているかのように

揺らめき、腕に腰に絡みつく炎の帯はまるで天女の

羽衣のようだった。

 

 

そしてその頭部には、無機的で白くて鋭い角が二本、

生えている。その様は、お姫様のようであり──

鬼のようであった。

 

 

だが、士道がその少女に目を奪われたその理由は、

それだけではなかった。

 

 

呆然と、口を開く。

 

 

 

「琴、里……?」

 

 

 

そう。士道の妹にして、〈ラタトスク〉司令官。

 

 

 

炎を纏ったそんな少女の姿は──五河琴里にしか

見えなかったのである。

 

 

 

「──()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「え……?」

 

 

琴里の言った意味がわからず、眉をひそめる。

 

 

「……っ、あ、れば──」

 

 

なぜだろうか、折紙が、士道も見たことのないくらい

顔を驚愕に染めていた。

 

 

 

「──()がせ、〈灼爛殲鬼(カマエル)〉」

 

 

 

次いで琴里が、その名を口にする。

 

 

すると再び彼女の周りに炎が生まれ、巨大な棍の

ような円柱形の形作っていた。

 

 

そして、琴里がその棍を手に取った瞬間、その側部

から真っ赤な刃が出現する。

 

 

それは──あまりに巨大(きょだい)戦斧(せんぷ)だった。

 

 

士道が言葉を失っていると、琴里は巨大な戦斧を

軽々と振って、狂三に向けた。

 

 

 

「さあ──私たちの戦争(デート)を始めましょう」

 




最後まで読んでいただきありがとうございます‼︎


これからも皆さんが『応援』をしていただければ
『更新』の頻度が更に上がるそんな可能性がある
かもしれません‼︎


『他の投稿作品』もあるので是非ともそちらも
楽しんで見ていただければありがたいです‼︎




【報告】

『東方墨染ノ残花』をルビなどの修正をしました。
『転生したらスライムだった件 ■■の魔王』の更新を
しましたので、是非とも楽しんでもらえたならば本当に
ありがたいです‼︎
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