デート・ア・ライブ ■■■の精霊   作:灰ノ愚者

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今回は二月の『最新話』を無事に更新をすることが
できました‼︎


今回は『18066文字』まで頑張って書きましたが、
豆腐のような、クソナメクジメンタルの自分などに
面白く書けているのかとても心配になります……(汗)
少なくて本当にすみません……(笑)


『デート・ア・ライブ0』も更新をしていますので
是非そちらも見ていただければありがたいです‼︎


【お気に入り】や【しおり】、【投票】、【感想】
などいただければ、豆腐のようなメンタルで脆い
自分も更に『創作意欲』が増していきます。


面白く出来ているかどうか心配でいっぱいですが
一生懸命にたくさん書きました。


最後まで読んでいただければありがたいです‼︎


疑惑と焦り

「は……はぁっ⁉︎」

 

 

琴里の言葉に、士道は呆然と声を発した。

 

 

「で……デレさせろって……それは、どういう……」

 

 

困惑気味に士道が尋ねると、琴里は再びキャンディを

口に放り込み、カップを持ち上げながら小さくそんな

肩をすくめた。

 

 

「十香や四糸乃にした通りよ。──精霊の力を封印

するには、それしかないの」

 

 

「そ、それってつまり……」

 

 

士道は十香、そして四糸乃との二人の出会いを

思い起こした。

 

 

デートして、好感度を上げ──そして、最後に。

 

 

「…………」

 

 

士道の視線は無意識のうちに、琴里の唇の方へと

向けていた。

 

 

だって、十香や四糸乃のときの同じ方法という

ことは──

 

 

「……っ!」

 

 

と、そこでけたたましい音が響き、士道はビクッと

身体を揺らした。

 

 

どうやら琴里が、手にしていたカップをその場を

落としたらしい。陶製の白い器が割れ、中程まで

残っていたミルクティーが床に弾ける。

 

 

「こ、琴里? 大丈夫か、怪我は?」

 

 

士道が眉をひそめながら心配そうに言うと、琴里は

目を伏せて大きく息を吸いながら、首を横に振って

きた。

 

 

「……大丈夫よ。気にしないで」

 

 

言って、琴里がカップを取り落とした右手を左手で

掴み、士道の視線を避けるようにテーブルの下へ

持っていった。

 

 

「気にしないでって……」

 

 

「平気だって言っているでしょう。それより、

少し疲れたわ。一人にしてくれるかしら?」

 

 

「いや、そうはいかないだろ。ほら、切っているかも

しれないから手を見せ──」

 

 

「……シン」

 

 

と、士道が琴里に手を伸ばしたところで、背後から

ドアを開ける音と、そんな静かな声が聞こえてきた。

令音が、黒い大きな鞄を携えながらこちらのスペース

に入ってきたらしかった。

 

 

「令音さん? どうかしましたか?」

 

 

 

「……ああ。悪いが、今日はここまでだ。

先に向こうに戻っていてもらえるかな?」

 

 

「え? で、でも……」

 

 

「……琴里の方はこちらでも何とかしておく。

さ、早く」

 

 

令音の声に合わせるように、琴里も顔をうつむかせて

うなずいた。

 

 

「は、はあ……」

 

 

そこまで言われては仕方ない。士道は大人しく指示に

従い、扉を通って四糸乃のいる部屋に戻った。

 

 

と、そこで違和感に気付く。琴里のいるスペースの方

に向けると、先ほどまではガラス張りのようになって

いた壁が白く色づき、向こうの様子が伺えなくなって

いたのである。

 

 

「なんだ……?」

 

 

数分経った頃だろうか、令音が扉を通って士道たちの

いるスペースへと戻ってきた。

 

 

「令音さん、琴里は……」

 

 

「……ああ、大丈夫。心配ない。今のところはね」

 

 

「い、今のところって……」

 

 

「…………」

 

 

令音は無言で椅子に腰掛けると、ふっと目を伏せた。

 

 

「……二日後だ」

 

 

「え?」

 

 

「……二日後。六月一一日。君には琴里とデートを

してもらう」

 

 

「はあ。それは……まあ、聞いていますけど、

なんで二日後なんですか?」

 

 

「……その日しかないのさ。恐らくあと二日しか、

琴里は自身(じしん)霊力(れいりょく)()えられない

 

 

「──っ⁉︎」

 

 

令音の言葉に、士道の言葉を緊張させた。

 

 

「ど、どういうことですか……⁉︎」

 

 

「……段々と、発作の間隔などが短くなっている。

今は精神安定剤と鎮静剤で抑えている状態だが……

多分、二日が限界だろう。その日を過ぎてしまえば、

琴里はもう、君の知っている琴里ではなくなってしまう可能性がある

 

 

「────」

 

 

今度は声すら出なかった。のどがカラカラに渇いて、

指が小さく震える。

 

 

突然。何の前触れもなく突き付けられた最悪の事態。

 

 

 

あと、二日で。琴里が、琴里でなくなってしまう。

──士道が、力を封印できなければ。

 

 

 

「じ、じゃあ、今すぐにでも──!」

 

 

「…………」

 

 

令音は何やら考え込むようにあごに手を当てたのち、

諦めたようにため息を吐いた。

 

 

「……本当は、その方がいいのだろうけどね」

 

 

「え?」

 

 

「……いや。それはできないんだ。言っただろう?

今は薬で症状を抑えていると。状態が安定するまで

待たなければならない」

 

 

「で、でも、二日後には──」

 

 

「……だから、その二つの条件が唯一合致するのが

その日なのさ。明後日を逃せば、もうチャンスなど

はないと思いたまえ」

 

 

「く……」

 

 

士道が歯噛みすると、令音は小さく息を吐いて

コンソールに向かった。

 

 

「……とりあえず、今は私に任せてくれ。シンは真那

の様子でも見てきてやってくれたまえ。今からならば

まだ、ぎりぎり病院の面会時間にも間に合うだろう」

 

 

令音が、士道と四糸乃を追い払うように扉の方向へ

示す。

 

 

「で、でも──」

 

 

「……お願いだ。今は、言うとおりにしてくれ」

 

 

「……わかりました」

 

 

令音の態度にただならぬものを感じ取って、士道は

大人しく従い、四糸乃とともに部屋を出た。最後に、

琴里を頼みます、と礼をして。

 

 

そして、そのまま艦の下部──地上への転送ゲートが

ある場所へと歩いていく。

 

 

「……琴里を、デレされろ……って」

 

 

隣を歩く四糸乃に聞こえないくらいのそんな声で、

その言葉を呟く。

 

 

そうしなければ、琴里が琴里でなくなってしまう。

……だが。

 

 

琴里を。妹を。あの苛烈で強気な五河琴里司令を、

デレさせる。

 

 

それを改めて口にしてみると、なんとも難易度の

高い作戦に思えてしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

視界に広がるのは、地獄と見まごう光景だった。

 

 

見慣れた住宅街が、真っ赤な炎に沈んでいる。

建ち並んだ家々も、通い慣れた通学路の街路樹も、

公園の木々も、可燃物と思しきものには一切の例外

なく炎が舌を揺らめかせ、次々と大量の炭に灰に

(もえくい)に変えていく。

 

 

辺りからは勢い良く燃え盛る炎の轟々という音に

交じって、逃げ惑う様々な人々の悲鳴や足音が響き、

さらに時折、何かが爆発するようなそんな凄まじい

音が聞こえてきていた。

 

 

(なに……これ……)

 

 

そんな、あまりにも現実離れした光景を目の当たりに

して、折紙は呆然と声を発していた。

 

 

意味のない行動。その一言を発する間に足を動かした

方が、遥かに賢明であったに違いない。

 

 

だが、それを愚かしいと断ずる者はいないだろう。

一〇と二つ歳を重ねただけの子供が速やかに理解を

するには、今のこの状況は理不尽に過ぎた。

 

 

何しろ買い物から帰ってきてから、出かける前に見て

いた街とは別の光景が広がっていたというのである。

その場にへたり込んでしまわないだけ、折紙の精神は

まだ幾分落ち着いているのかもしれなかった

 

 

と──そこで、折紙はハッと目を見開いた。

 

 

(お父さん、お母さん……!)

 

 

そう。家には、父と母が残っていたはずなのである。

 

 

それを思い出した瞬間、折紙は手に掲げていた鞄を

その場に放り、駆け出していた。

 

 

子供一人が駆けつけたところで何かできるわけでも

ないし、もしかしたら二人は既に避難を終えている

かもしれない。だが、混乱する折紙にそんな判断が

できるはずもなかった。ただ、数時間前とは随分と

様変わりした道を走っていく。

 

 

そして数分後、なんとか自宅へと辿り着た折紙は、

顔を絶望に歪めた。折紙の家も他の家屋と同じように

真っ赤な炎に包まれ、黒い影しか見えなくなっていた

のである。

 

 

(そん、な……)

 

 

予想できていなかったわけではない。だがそれでも、

実際目にするまでは一縷とはいえ僅かな希望があった

のだが。だが、これでは──

 

 

(──っ⁉︎)

 

 

と、折紙は肩を揺らした。自宅の扉が、内側から

蹴破られたのである。

 

 

そして中から、額に汗を浮かばせた父が、母の肩を

抱くようにしながら歩み出てきた。

 

 

(! お父さん! お母さん!)

 

 

折紙は精一杯のどを絞り、大きな声で二人を呼んだ。

 

 

(っ、戻っていたの、折紙⁉︎)

 

 

(怪我はないか? ここは危ない。すぐに逃げるぞ!)

 

 

そう言いながら、父が折紙の方に手を伸ばして歩みを

進めてくる。

 

 

折紙は両親二人が生きていてくれたことが嬉しくて、

目に涙を浮かべながら何度もうなずいた。

 

 

そして、父の手を取ろうと手を伸ばして──

 

 

 

(──────え?)

 

 

 

一瞬、何が起こったのかわからず、折紙はそんな声を

発していた。

 

 

折紙が手を伸ばした瞬間、空から目の前に光のような

ものが降り注いだのである。

 

 

そしてすぐに、凄まじい衝撃波が発され、折紙の身体

は軽々と吹き飛ばされてしまった。

 

 

(きゃ……ッ!)

 

 

数メートル離れたコンクリート塀に打ち付けられて、

数度咳き込む。肋骨にヒビでも入ったのだろうか、

そのたび激しく脇腹が痛んだ。

 

 

痛くて痛くて泣きそうになる。けれど、今はそんな

ことよりも両親の安否が気にかかった。なんとか

それに耐え、視線をもといた場所に視線を向ける。

 

 

──だが、そこにはもう、誰もいなかった。

折紙の両親がいた場所は地面ごと抉られていて、

小さなクレーターのようになっていたのである。

 

 

這うようにしながら、そこへと進んでいく。

 

 

そして。

 

 

 

(あ、あ……あ……あああああ──)

 

 

抉り取られた地面に父と母であったものを見つけ、

折紙は歯をガチガチと鳴らした。

 

 

強い目眩。世界が歪むかのような感覚。真っ赤だった

視界が、灰色と黒だけで塗りつぶされるような絶望感

が意識が侵食していく。

 

 

何故。どうして。詮ないそんな問いが頭の中を巡り、

解が得られないままぐるぐる渦巻く。

 

 

(──っ)

 

 

折紙は顔を上げた。今し方の父母を灼いた光。

その根源を確かめるように。

 

 

そして……またも、身体が動かなくなった。

 

 

(てん──し、と、め……がみ……?)

 

 

呆然と、呟く。そこには──天使と女神がいた

のである。

 

 

無論、そんものがこの世に存在するはずないのは

わかっている。だけれど今の折紙の視線の先にいる

存在を表すのに、他に適当な言葉が浮かばないのも

また、事実だった。

 

 

痛みによって視界が霞み、細部までを見取ることは

叶わなかったが、空に立った()()が人の形をしてる

ことだけはわかった。

 

 

燃え盛る街を睥睨するように宙に浮いた、華奢な

シルエット。──恐らく、年若い少女たち。

 

 

その影が手を頭に伏せさせ、身体を微細に震わせる。

 

 

それは嘆いてるようでもあり──嗤っているようにも

見えた。

 

 

(お、まえ、たちが……)

 

 

 

──お父さんとお母さんを。

 

 

 

言葉の後半は、声にすらなっていなかった。ただ血が

出んばかりに拳を力強く握りしめ、歯を噛みしめて、

火の海を舞う天使と女神の姿を睨み付け、呪いと怨嗟

に満ちた叫びを上げる。

 

 

 

(許、さない……! 殺す……殺してやる……ッ!

私が──必ず……っ!)

 

 

 

 

 

 

 

 

そこで鳶一折紙(とびいちおりがみ)は意識を取り戻し、すぐにカッと

目を見開いた。

 

 

「……っ、……っ」

 

 

今の今まで眠っていたというのに、呼吸が荒い。

 

 

折紙は身体を起こすと、動悸を抑えるように大きく

深呼吸をした。うっすら消毒液の臭いが混じった

空気が、気管と肺を循環していく。

 

 

呼吸を整えた折紙は、ゆっくりと首を左右に回し、

周囲の様子を確かめた。

 

 

白い天井に、白い壁。視界の端辺りに見えるのは、

点滴を吊り下げておくスタンドだろう。

 

 

すぐに、自分が何度も世話になっている自衛隊病院の

清潔な病室のベッドに寝かされていることに気付く。

しかも、ご丁寧なことに個室である。

 

 

「………」

 

 

無言で、額を拭う。頭部には丁寧に包帯が巻かれて

いたのだが、それが寝汗がびっしょりと濡れていた。

無論、額以外に巻かれていた包帯や病衣の背中の方も

湿っている。折紙は身体に張り付いた病衣を摘むと、

ぱたぱたと風を送り込んだ。

 

 

そう自分は寝汗をかく方ではないのだが……恐らく、

今の今まで見ていた夢のせいだろう。

 

 

五年前。折紙の両親が死んでしまったときの光景。

 

 

あのとき折紙が天使と女神と見間違えた存在の名は、

のちになって知ることになった。

 

 

特殊災害指定生命体(とくしゅさいがいしていせいめいたい)精霊(せいれい)あの激しい大火災は、

その人外の存在の手によるものだった。

 

 

だが──最近は見ることも少なくなった悪夢だと

いうのに、なぜ今になって、また。

 

 

「──!」

 

 

そこまで考えて、折紙は息を詰まらせた。

 

 

なぜ今自分がここにいるのかを思い出したのである。

 

 

「士道……!」

 

 

愛しい恋人の名を呼ぶ。そう。折紙は来禅(らいぜん)高校の屋上

精霊・時崎狂三(ときさきくるみ)と交戦し──取り押えられたのちに

気絶させられてしまったのである。

 

 

士道と真那の安否、それに狂三の動向が気にかかった

(屋上にはもう一人ゴミなどと見間違えてしまうような生命体がいた気がしたが、まあそのことについてなどは別に気にしなくてもよいだろう)。折紙が生きている

ということは、他の面々も無事であるその可能性が

高いが……それとて推測程度でしかない。とにかく、

情報が欲しかった。

 

 

折紙は気を失う寸前の記憶を探るように目を伏せ──

あることを思い出して、ごくりと唾液を飲み下した。

 

 

折紙が狂三の分身体に取り押さえられ、狂三が士道に

向かっていったとき。

 

 

空から、信じがたいものが現れたのである。

 

 

「炎の……精霊……!」

 

 

折紙は、網膜に映ったその時の姿を思い起こして、

呪いに染まった声を発した。

 

 

炎の精霊。識別名〈イフリート〉。五年前、南甲町の

住宅街に大火を呼んだ精霊。

 

 

 

──折紙(おりがみ)()(まえ)で、両親(りょうしん)(ころ)したそのうちの一体の精霊(せいれい)

 

 

 

「見つけた。ついに……」

 

 

五年前、探して、探して、探し続けた憎き仇敵。

命を賭してでもこの手で殺すと決めた復讐の目的。

偶然とはいえ、折紙は、ようやくそれに辿り着いた。

 

 

心臓が激しく脈動し、せっかく整えた息が再び荒く

なってくる。永き悲願に指先が触れた、歓喜にさえ

近い感情が頭の中を荒れ狂った。

 

 

だが……なぜか、不思議な違和感があった。屋上に

現れた炎の精霊──〈イフリート〉の顔を、五年前の

顔を、五年前のあのときは別に、見たことがある気が

したのである。

 

 

一体どこだっただろうか。必死に思案を巡らせるも、

出てこない。

 

 

折紙は数分考え込んだあと、顔を上げてベッドから

降りた。脇に置かれていた病院のスリッパを履き、

立ち上がる。

 

 

思い出せないものは仕方ない。折紙がここに搬入

されているということは、真那も病院内のどこかに

いるはずだった。彼女であれば、もっと詳しい事情

を知っているかもしれない。

 

 

折紙は軽い立ちくらみを無視して歩き出そうとし──

点滴に腕を引っ張られてベッドに尻餅をついた。

 

 

 

 

 

 

 

「ここ……でいいんだよな」

 

 

士道は手にした地図と目の前に聳えた大きな建物とを

見比べながら、小さく呟いた。

 

 

門には、自衛隊天宮病院(じえいたいてんぐうびょういん)と記されている。

どうやらここで間違いなさそうだった。

 

 

「あいつ……無事だといいけど……」

 

 

一昨日、狂三と相対していた士道のもとにいち早くに

駆けつけてくれた真那は、狂三の【七の弾(ザイン)】に時間を

止められ、その間に手ひどいダメージを大量に負って

いたはずだ。

 

 

搬入されるとすれば直近の自衛隊病院であるだろうと

いうことで、様子を見に来たのである。

 

 

門を潜り、受付窓口まで歩いていく

 

 

「あの……」

 

 

「はい、初診ですか? 一般の方ですと紹介状などが

必要になるのですが……」

 

 

士道が声をかけると、受付にいた女性がそんな声を

上げてきた。

 

 

「あ、いえ。面会なんですけど。崇宮真那(たかみやまな)の病室って

どこですか?」

 

 

「崇宮真那さんですね。ご家族の方ですか?」

 

 

「えっと……は、はい」

 

 

士道は歯切れ悪く言いながらうなずいた。

 

 

そう。崇宮真那は士道の実妹なのである。

……らしい。

 

 

実際のところ士道にはそんな記憶はないのだが、

真那本人が間違いないと言い張っていたし……

ここで否定をして関係を追求されてもたまらない。

ここは素直にうなずいておく。

 

 

「少々お待ちください」

 

 

事務員の女性が手元のパソコンを慣れた手つきで

操作し始めた。

 

 

そしてそれから数十分後、驚いたように両目を

丸くしてから、士道に顔を向けてくる。

 

 

「その……申し訳ありませんが、崇宮真那さんは

今特別処置室にて処置中のためか、ご面会などは

お断りさせていただいています」

 

 

「え……⁉︎」

 

 

士道は思わず声を上げていた。

 

 

「あ、危ない状態なんですか?」

 

 

「さあ……こちらではそこまで詳しいことは……」

 

 

「でも家族なら状態の説明くらいは──」

 

 

「申し訳ありません…… 崇宮真那さんの治療するには

()()()()()などが用いられているため、外部の方への

ご説明はできない規則になっておりまして……」

 

 

「そんな……そこを何とかお願いできませんか?

せめて一日だけでも……」

 

 

「そ、そう言われましても……」

 

 

事務員が困り顔を作る。と──そのとき。

 

 

 

「───士道?」

 

 

士道の背に、聞き覚えのある声がかけられた。

不思議に思ってそちらに振り向くと、そこには病衣姿

の少女が、点滴のスタンドを握りながら立っていた。

 

 

「折紙?」

 

 

そう。クラスメートの鳶一折紙が、そこに立っていた

のである。

 

 

肩口をくすぐるぐらいの髪に、人形のように綺麗な

貌が特徴的な少女である。額には包帯が巻かれて、

その華奢で細い手足にもところどころに湿布などが

貼り付けらていた。

 

 

折紙は士道の顔を見るなり、ほうと小さな息を軽く

吐いていた。表情などはまったく変わらないものの、

どことなく放念をしているようなそんな様子などが

見て取られる。

 

 

「無事でよかった」

 

 

「……お、おう」

 

 

なんというか、面と向かってストレートに安否などを

気遣われると、なぜなのか少し気恥ずかしくなった。

わざとらしく後頭部をかきながら目を逸らす。

 

 

しかし折紙はジッと士道の顔を見つめたまま、

言葉を続けてきた。

 

 

「夜刀神十香は?」

 

 

「──⁉︎」

 

 

折紙の言葉に驚き、逸らしていた視線を折紙に戻す。

 

 

それはそうだ。十香と折紙は、顔を合わせるたび喧嘩

ばかりをしているのである。折紙が十香のことを心配

するだなんて思わなかった。

 

 

もしかしたら、折紙もクラスメートとして接している

うちに、十香のことを理解し始めたのかもしれない。

なんとなく嬉しくなって、士道は大仰にうなずいた。

 

 

「ああ、十香も無事だよ」

 

 

「ちっ」

 

 

「え?」

 

 

「なんでもない」

 

 

何だか一瞬、冷静沈着な鳶一折紙嬢らしからぬ表情を

見たような気がしたのだが、きっと気のせいだろう。

そう思い込むことに決めて、士道は乾いた笑いの表情

を浮かべていた。

 

 

「で、でも、どうしたんだ、こんなところに。病室の

ある階は別だよな?」

 

 

折紙が視線を動かさぬまま返してくる。

 

 

「真那の病室の場所を、訊きに。──士道は?」

 

 

「ああ……そうだったのか。俺も、真那の様子を

見に来たんだ」

 

 

「そう、お見舞い?」

 

 

「ま、まあ、そんなところだ」

 

 

「真那にだけ?」

 

 

「……えっと……お、折紙のお見舞いも兼ねて」

 

 

「そう」

 

 

折紙がやはり、表情を変えぬままにそう言う。

だが、なぜだろうか、そこはかとなく上機嫌な

気がした。……少し良心がちくちくと痛んだ。

 

 

「それで、真那の病室は」

 

 

「あ、ああ……それなんだが、今処置中らしくて、

面会ができないらしいんだ。今なんとかならないか

頼んでるんだが……」

 

 

「……、それなら多分、どれだけ待っても無駄」

 

 

「え?」

 

 

「詳しいことは言えないけど、多分機密性の高い機材

を用いて治療など行われているはず。一般病棟に移る

までは誰の面会も許されない。無理に中に押し入ろう

とすれば拘束される」

 

 

「……っ」

 

 

士道はぴくりと眉を動かした。機密性の高い機材、

とは恐らくは医療用の顕現装置(リアライザ)のことなのだろう。

確かこの病院にはそれが配置されていると令音が

言っていた気がする。

 

 

空想を現実に再現する奇跡の技術である顕現装置(リアライザ)は、

国の最高機密である。この対応なども仕方のないこと

なのかもしれなかった。

 

 

「……わかった、出直すよ」

 

 

折紙は首肯すると、それきり何も言わなくてなった。

……士道の瞳を見つめたままで。

 

 

それからしばらく、無言のまま時間が過ぎる。

 

 

病院の通路のど真ん中で立ち往生をするだなんて、

迷惑極まりないことなどはわかっているのだが、

なんというか、立ち去るタイミングをなど逸して

しまった。

 

 

頬に汗をひとすじ垂らしながら、どうにかのどを

震わせている

 

 

「え、ええと……折紙? 自分の病室に戻らなくて

いいのか?」

 

 

「戻る」

 

 

「そ、そうか。じゃあ俺はこれで……」

 

 

と、士道がゆっくりとエントランスの方に歩いて

行こうとすると、不意に折紙が、びたーん! と、

膝も曲げずうつ伏せに倒れ込んだ。

 

 

「お、折紙⁉︎ 大丈夫か⁉︎」

 

 

慌ててその場に屈み込み、肩を抱くようにして身体を

上向きにする。倒れたその際に打ち付けたのだろう、

鼻と額が赤く染まっていた。

 

 

あまり派手に倒れ込んだものだから、周囲にいた職員

や患者が驚いた表情を作る。しかし折紙は周囲の人間

のそのざわめきなど微塵も気に留めていない様子で、

士道の方に視線を向けてきた。

 

 

「一人では病室に戻れそうにない」

 

 

「………」

 

 

「連れていって」

 

 

「……ええと」

 

 

「連れていって」

 

 

「……わ、わかったよ」

 

 

士道は観念して首肯した。

 

 

「で……一人で歩けそうか、折紙」

 

 

「困難」

 

 

「……そうか。じゃあちょっと待ってろ。車椅子を

借りてくる」

 

 

と、士道が立ち上がろうとすると、折紙が服の裾を

摘んできた。

 

 

「ん? どうした?」

 

 

「車椅子は好ましくない」

 

 

「え? なんでまた」

 

 

「………」

 

 

果たして院内の廊下という平なその道を進む車椅子で

酔うのだろうかとか、それ以前に日頃CR-ユニットで

ビュンビュン飛び回っているAST隊員が何言っている

のだろうかとか、いろいろ言いたいことはあったが、

とりあえず士道は黙っていることにした。

 

 

「じゃ、じゃあどうすればいいんだ?」

 

 

「おんぶ」

 

 

「は?」

 

 

折紙の口から思わぬそんな言葉が飛び出してきて、

士道は思わず聞き返していた。

 

 

いや、その方法は予想して然るべきだったのだが……

なんというか、あの鳶一折紙の口からそんな言葉が

発されるとは思わなかったのだ。

 

 

「おんぶ」

 

 

「え、ええと……」

 

 

「おんぶ」

 

 

「………はい」

 

 

拒否しても無駄だと悟り、士道は背を折紙に向けた。

瞬間、折紙が軽やかに立ち上がり、士道の背中へと

身を寄せてくる。先ほど目眩に倒れたとは思えない、

あまりにも素早い動きである。正直、おぶさられる

というより、バックを取られるといった方が適当な

気がした。

 

 

「む……」

 

 

リビングで眠ってしまった琴里をおぶって部屋に運ぶ

のは日常飯事ではあったし、女の子を背負うのには

慣れているつもりではあったが……やはり、少し感覚

が異なった。琴里よりも少しだけ重たいその体重が、

女の子特有の柔らかな感触をはっきりと伝えてくる。

──というか、必要以上に密着度が高い気がした。

 

 

「……折紙? ち、ちょっと強く掴まりすぎ

なんじゃないか?」

 

 

「そんなことはない」

 

 

言いながら、折紙がさらにぎゅっと士道に力を込めて

しがみついてくる。そんな薄い病衣一枚で隔てられた

乳房が士道の背中に強く押し当てられた。

 

 

「う、く……っ」

 

 

客観的に見て、折紙はさほど発育などはよい方では

なかったが……さすがに接近戦となるとその破壊力は

恐ろしい。顔が熱くなるのを感じながら、士道は自身

の意識をクリーンに保つために首をブンブンと振り、

折紙の腕から伸びた点滴のスタンドを片手で握った。

 

 

「そ、それで……折紙。おまえの病室は

どこなんだ?」

 

 

「西棟三階。三〇五室」

 

 

「おーけい……わかった」

 

 

士道はこくりとうなずくと、点滴スタンドを片手で

転がしながら足を動かした。

 

 

案内板に従い、中央棟から西棟の連絡通路の方向に

歩いていく。と──

 

 

「わきゃぁっ⁉︎」

 

 

連絡通路に差し掛かった辺りで、士道は女の子の

ような声を上げた。

 

 

折紙が手の指を妖しく蠢かせ、士道の身体を舐める

ようにまさぐってきたのだ。

 

 

「お、折紙。くすぐったいんだが……」

 

 

「そう」

 

 

そう言うと、折紙はようやく指の動きを止めた。

ほうとため息を吐き、歩みを再開する。

 

 

西棟にまでたどり着いたのち、エレベーターで三階

まで上がり、折紙の指示に従いながら、進んでいく。

 

 

と、しばらくして、今度は後頭部がわしわしと弄られ

始めた。

 

 

しかし折紙の両腕は士道の首に力強くしがみついた

ままである。不思議に思って眉をひそめるも──

 

 

理由はすぐにわかった。すんすんとというその呼吸音

とともに、首筋の辺りに鼻息が当たるのが感じられた

のである。

 

 

「お、折紙……⁉︎」

 

 

 

すーはーすーはー。

 

 

 

「ちょっと……」

 

 

 

くんかくんか。

 

 

 

「おいったら……」

 

 

困り顔を作り、振り返ろうとする。が、

 

 

「ひぃッ⁉︎」

 

 

その瞬間首筋に予想外の感触が走り、士道は思わず

飛び上がった。

 

 

両手は塞がっているというのに、なぜか士道の延髄を

撫でるような、生暖かくてくすぐったいそんな感触が

伝わってきたのである。

 

 

「何⁉︎ 今何されてるの俺⁉︎」

 

 

士道は混乱する頭をどうにか制して、指定されていた

三〇五号室に駆け込むと、そこに設えていたベッドに

折紙を放り投げた。

 

 

「…………」

 

 

折紙は華麗に受け身を取ると、なぜか唇の周りなどを

ぺろりと舐めた。

 

 

「はぁ……っ、はぁ……っ」

 

 

さほどの距離があったわけでもなければ、別段折紙の

体重が重かったわけですらないのだが、なんだか妙に

疲れた気がする。士道はしばしの間ではあるが、壁に

もたれかかって呼吸を整えた。

 

 

一分ほど経ってようやく、部屋の様子が見取れる

くらいには動悸が落ち着く。

 

 

白い色を基調に構成された個室である。六畳くらいの

スペースに、ベッドと棚、テレビや椅子などが配置が

されて、誰かお見舞いに来たのだろうか、棚の上には

花瓶に入った花とカゴに入った林檎が置かれていた。

 

 

「ええと……じゃあ、折紙。俺はそろそろ」

 

 

と、士道が言いかけたところで、折紙のお腹の辺り

からコロコロと鳴った。

 

 

「? ご飯、食べてないのか?」

 

 

折紙はこくりとうなずく。

 

 

「そっか……ナースコールしてみたらどうだ?」

 

 

「…………」

 

 

しかし折紙はふっと顔を上げると、棚に置かれていた

林檎を手に取った。

 

 

そしてカゴの中に入っていた果物ナイフと一緒に、

士道に突き出してくる。

 

 

「剥いて」

 

 

「え? ああ……別にいいけど」

 

 

別にそれくらいならば断る理由もない。士道は近くに

あった丸椅子にゆっくりと腰掛けると、折紙から林檎

と果物ナイフを受け取り、カゴを膝の上に載せて、

丁寧に林檎の皮を剥き始めた。

 

 

日頃から台所に立って包丁を握っている士道である。

これくらいは容易い作業であった。一分とかからずに

林檎を八等分し終え、近くにあった小皿に並べる。

 

 

「ほら、これでいいか?」

 

 

言って、皿ごと林檎を差し出してやる。しかし折紙は

何が不満なのか、首をふるふると振って手を伸ばそう

とはしなかった。

 

 

「? どうしたんだよ、折紙」

 

 

「食べさせて」

 

 

「な……っ」

 

 

士道はその皿を差し出した姿勢のまま、肩を微かに

動かした。だがもうそれくらいで狼狽えてなんては

いられない。コホンと咳払いをし、口を開く。

 

 

「や……さすがにそれくらいできるだろ?」

 

 

「過度の運動は控えるよう言われている」

 

 

「いやさっき思いっきり点滴スタンド転がしながら

歩いて」

 

 

折紙は士道のそんな言葉を無視して、「あーん」と

口を開いていた。

 

 

「……、ったく……仕方ねえな」

 

 

ため息混じりに林檎を一つ摘み上げて、折紙の口へと

持っていく。と、折紙はそこでぴくりとその眉の端を

動かすのが見えた。

 

 

「できれば手ではなく口移──」

 

 

「……! とうっ!」

 

 

なんとなく、その言葉の続きを発させてはいけない

気がした。折紙の口に突っ込んでその台詞を強制的

に遮断する。

 

 

折紙はジッと士道の目を見つめながら林檎を半分ほど

齧ると、シャクシャクと咀嚼をして、飲み込んだ。

そして士道の手に残っていたそんなもう半分の林檎を

求めるように、またも口を開ける。

 

 

「ん、ほらよ」

 

 

と、再び士道が林檎を差し出すと──折紙はそれを、

ぱくり、と士道の指ごと頬張った。

 

 

「うぇッ⁉︎」

 

 

さすがにこれは予想外だった。思わず、素っ頓狂な

声を発してしまう。

 

 

「は、はは……うっかりさんだな」

 

 

士道が乾いた笑いを浮かべながら、林檎だけを折紙の

口の中に残してすぐ手を引こうとする。すると瞬間、

士道の手首をガッと掴まれ、凄まじい力でがっしりと

ホールドされた。

 

 

「え……? えぇッ⁉︎」

 

 

「…………」

 

 

驚きの声を上げる士道に構うことなく、折紙が手首を

押さえたまま、士道の指に舌を這わせてくる。ぺろ。ぺろぺろ。ぺろぺろぺろ。じゅるじゅる。ぴちゃぴちゃ。ずずっ。

 

 

「こ、こら、折紙……! や、ちょっ、ホントに──

お、オリガミサン⁉︎」

 

 

士道から裏返った声で叫びを上げて、手をじたばたと

動かすと、ようやく折紙が口を離した。士道の指先と

折紙の唇を繋ぐように、きらきらと光り輝く唾液の線

が伸びる。……なんだかもの凄く淫靡なその光景で、

士道は思わず顔を赤くしてしまった。

 

 

「ごちそうさま」

 

 

折紙が口元を拭ってから手を合わせ、ペコリとお辞儀

をする。士道は手を拭いながら頬に汗を滲ませた。

 

 

「も……もう大丈夫だよな?」

 

 

士道が言うと、折紙は棚の上を指した。

 

 

「それを」

 

 

「ん?」

 

 

折紙の指の先に目をやる。そこには簡素な電子体温計

が置かれていた。

 

 

「検温をしなくてはならない」

 

 

「ああ、そうなのか」

 

 

士道は体温計を手に取ると、折紙に差し出した。

しかし、折紙は手を伸ばしてこない。

 

 

「ん、どうした? 体温測るんじゃないのか?」

 

 

「一人では困難。手伝って欲しい」

 

 

「は?」

 

 

士道は眉をひそめて聞き返した。

 

 

「い、いやいやいや。ただ脇に挟んでおくだけ

じゃねえか」

 

 

「過度の運動は」

 

 

「……はいはい、わかったよ」

 

 

なんだか上手く丸め込まれているような気がするが、

仕方ない。士道はため息を吐きながら体温計をケース

から取り出した。

 

 

「ていうか……検温手伝うってどうやるんだよ。

ほとんどやることねえだろ」

 

 

「ここに座って」

 

 

士道が怪訝そうにそう問うと、折紙がベッドの上を

ポンポン、と叩いてきた。

 

 

「あ? ああ……」

 

 

士道が首を捻りながら指定された場所にゆっくりと

腰を落ち着けると、折紙は立ち上がり、士道の前に

収まるように座った。ちょうど、先ほど士道が折紙

をおぶっていたときと逆になるような格好である。

 

 

「! お、折紙……?」

 

 

髪の隙間から覗く白いうなじがすぐ眼下に迫る。

士道は目を泳がせまくった。

 

 

しかし折紙は構わず、そのまま病衣の紐を解くと、

何の衒いもなく前をはだけさせた。

 

 

「……ッ⁉︎ な、ななななななななな何してんだ

折紙⁉︎」

 

 

「──時崎狂三が転校してきたとき、士道は彼女の

所作に少なからずドキドキしていた」

 

 

「え……え?」

 

 

「……攻めの姿勢が有効と判断する」

 

 

折紙は、独り言のように呟くと、体温計を握った士道

の右手を取った。そして、ゆっくりと自分の左腋辺り

に誘導していく。

 

 

「──入れて、士道」

 

 

「………ッ⁉︎」

 

 

「体温計を」

 

 

おかしなことを言っているわけでもないのに、

なんだかもの凄く恥ずかしい気がした。

 

 

「や、そ、それはさすがに……」

 

 

「駄目なら身体を拭くのと着替えを手伝って──」

 

 

「やります! 検温の方がいいと思います!」

 

 

「そう」

 

 

折紙が、微かに残念そうな調子でうなずき、顔を前に

向ける。士道はごくりと唾液を飲み込むと、震える手

で摘んだ体温計をゆっくりとだが折紙の腋に近づいて

いった。

 

 

「……っ!」

 

 

と、体温計の先端に肌が触れた瞬間、折紙が全身を

ビクッと震わせた。

 

 

「っ、だ、大丈夫か、折紙」

 

 

「大丈夫。少し、冷たかっただけ」

 

 

「そ、そうか……」

 

 

気を取り直し、再び体温計を移動させていく。

 

 

「……っ、ぁ──、ん──っ」

 

 

そのたび、折紙がこの距離でなければ聞き取れない

くらいに小さく、うめきのような、喘ぎのような、

なんともいえない声を発していた。

 

 

普段の折紙なら絶対に発さないような、弱々しくて

儚げな吐息。それが鼓膜を震わせるたびに、そんな

士道の脳細胞が一〇〇〇個単位で天にへと召されて

いった。

 

 

「ん……士道、もっと──お、く」

 

 

「……え、ええと」

 

 

「ちゃん、と、おくまで……入れないと……正確に、

測れ……ない」

 

 

「お、おう……」

 

 

ただ検温をしているだけというのに、なぜだろうか、

なんだかそれはとってもイケナイことをしている気分

になった。でも錯覚である。きっと錯覚である。

 

 

士道は精神などを落ち着かせるため心の中で般若心経

(内容はかなり適当だったが)を唱えながら、体温計を

折紙の腋の最奥まで差し入れた。

 

 

「んん……っ」

 

 

瞬間、折紙の身体がビクンと跳ね、背がぐっと

反らされた。

 

 

そののち、折紙がはぁはぁといやに呼吸を荒くする。

 

 

「お、おおおおおおおおお折紙……?」

 

 

「──ぎゅって、して」

 

 

「え、ええっと……な……なんで、また」

 

 

「体温計が……落ちてしまう」

 

 

「あ……えと、うん……そうだな」

 

 

士道は言われるままに、折紙の腋で体温計を挟み込む

ように力を入れた。

 

 

そう、体温計が落ちてしまってはエラーなどになって

しまい体温が測れなくなってしまうので、これ関して

は仕方のないことなのである。不可抗力なのである。

士道のような矮小な人間が逆らうことなどできない

大宇宙の定理なのである。

 

 

腕に、胸に、腹に、折紙の身体の柔らかな感触と体温

が伝わってくる。それに首筋から微かに立ち上がって

くる汗の匂いが士道の鼻腔をちくちくと刺激をして、

なんだかもう頭蓋を開けられて脳内をぐるぐると

かき混ぜられているような感覚に陥ってしまいわけが

わからなくなる。

 

 

──と、そこで体温計の音を響かせ、士道の意識は

現世に引戻された。

 

 

「はっ」

 

 

トロンとしていた目をカッと見開き、折紙の腋から

体温計を引き抜く。

 

 

「ぁ……っ」

 

 

その際折紙がまたも身体を震わせだが、できるたけ

考えないようにして体温計の数字に目をやる。

 

 

「三六・二度……へ、平熱だな」

 

 

「……そう」

 

 

折紙がどこか名残惜しそうに言って、病衣の前を

ゆったりとしたした動作で閉じる。そののちに、

首を回して士道に視線を送っていた。

 

 

「士道」

 

 

「な、なんだ……?」

 

 

「すごく……上手だった」

 

 

「……ッ、そ、そそそ、そうか……」

 

 

一体何が上手だった士道にはよくわからなかったが、

説明されても困ってしまう気がしたのでここは素直に

うなずいておく。

 

 

「じゃ、じゃあ……今度こそ、帰るよ。お大事にな、

折紙」

 

 

士道は身を引くと、折紙の身体を回り込むようにして

ベッドから降りた。そしてそのまま、ゆっくり扉へと

歩いていく。だが、

 

 

「──最後に一つ、いい?」

 

 

折紙がその背に、声をかけていた。

 

 

「……なんだ?」

 

 

背中にそんないやーな予感が広がるのを感じながら、

問い返す。今度は一体どんな過激な要求をされるの

だろうか、と。──だが、折紙は予想外の言葉を

吐いてきた。

 

 

「昨日。時崎狂三と私たちが交戦したあとのことを

教えて欲しい。──あの時に空からもう一体精霊が

現れたはず。和装のような霊装をその身に纏った、

炎を操る精霊が」

 

 

「────」

 

 

士道は思わず息を詰まらせた。

 

 

ごくりとのどが鳴る。折紙が言ってるその炎の精霊は

間違いなく琴里のことだった。

 

 

「覚えている?」

 

 

「……あ、ああ」

 

 

士道は一瞬逡巡したのち、うなずいた。

 

 

とぼけようかとも思ったのだが、折紙が琴里のことを

見てしまっている以上、それはあまり意味などがない

と判断したのだ。むしろ士道も見ていたはずの精霊を

知らないと言ったなら、逆に怪しまれる恐れすらも

あった。

 

 

折紙は士道の緊張に気付いているのかいないのか、

静かな調子で続けた。

 

 

「あのとき、私はすぐ時崎狂三に気絶させられて、

意識を失ってしまった。──どんな些細なことでも

構わない。炎の精霊のことがあったら教えて欲しい」

 

 

「いや……その、なんだ、俺もすぐ気絶しちまって

いたから、あまり詳しいことは……」

 

 

「……、そう。もしなにか思い出したら、すぐにでも

教えて欲しい」

 

 

士道の言葉に、折紙は落胆するように細く軽い息を

吐いた。

 

 

「お、おう……」

 

 

士道は首を倒しながら、そこはかとない違和感を

覚えた。

 

 

折紙は自衛隊AST隊員。精霊を倒すのが任務である。

だから新たに現れた精霊のことを知りたがるのは当然

といえば当然なのだが……とりあえず何と言えばいい

のだろうか、少しいつもの折紙とは様子が違った気が

したのである。

 

 

「な、なんでそんなにもあの精霊のことを

知りたがるんだ……?」

 

 

「それは」

 

 

折紙は一旦そこで言葉を切ると、小さく唇を噛んで

から続けてきた。

 

 

「この前話したこと覚えてる?」

 

 

「この前……?」

 

 

「私の両親が精霊に殺されたという話」

 

 

「──っ、ああ……覚えてるよ」

 

 

士道は肯定を示すように首肯した。忘れようがない。

折紙が精霊を、世界を殺す災厄を憎むことになった

原因。それが、五年前のその事件だった。

 

 

 

(五年前(ごねんまえ)天宮市南甲町(てんぐうしなんこうちょう)住宅街(じゅうたくがい)大火(たいか)()び、(ちち)(はは)(わたし)()(まえ)()いたそんな精霊(せいれい)一体(いったい)。──それが、あの(ほのお)(あや)精霊(せいれい))

 

 

「な──」

 

 

士道は言葉を失った。

 

 

腹に手を差し入れられ、呼吸のたびに臓腑の辺りを

締め付けられたような感覚。段々と息が苦しくなって

いって、胃の底からは途方もない嘔吐感が押し寄せて

くる。

 

 

一度大きく息を吸って、そして吐く。そして今一度、

折紙の発した言葉を反芻した。──が、士道の記憶に

混乱や齟齬は見当たらなかった。

 

 

折紙は確かに言ったのだ。

 

 

炎の精霊が、両親を殺したのだと。

 

 

 

──琴里(ことり)が、両親(りょうしん)(ころ)したのだと。

 

 

 

「──ずっと、ずっと探してきた。ずっと、ずっと

探し続けてきた」

 

 

士道の狼狽に気が付かぬ様子で、折紙が続ける。

 

 

「やっと見つけた。ようやく見つけた。殺す。殺す。

絶対に殺す。私が、この手で。私の五年間はこのため

だけにあった。この瞬間のために、ASTに入った。

この瞬間のために、顕現装置(リアライザ)を手に入れた。この瞬間

のために、業を、技術を身につけた。全ては、犯人を

倒すために。全ては、炎の精霊ともう一体いた精霊を

確実に討つために。全ては、その元凶を招いた精霊

である、〈イフリート〉とその精霊を殺すために」

 

 

 

いつもの様子からは考えられないくらい雄弁に、

折紙が呪いの言葉を並べ立てる。

 

 

表情は無味。声は平坦。大仰な身振りなどをしている

わけでもない。それなのにその言葉や内容などには、

聞いている者の心臓を締め付ける途方もない怨嗟が

籠っていた。

 

 

〈イフリート〉。それが精霊としての琴里に名付け

られた識別名なのだろう。

 

 

──五年前。それは、確かに琴里の話と合致する。

 

 

「でも、そんな、まさか……あいつが──」

 

 

「? 何か知っているの?」

 

 

折紙が首を傾げてくる。士道はハッとして急いで首を

横に振る。

 

 

「い、いや……そういうわけじゃないんだが」

 

 

「そう」

 

 

言いながら折紙が、ずっと士道の方に向けてた視線を

ふっと下げる。瞬間、士道は金縛りから解けたように

肩から力が抜けるのを感じた。だが、ここでこの話を

終わらせるわけにはいかない。

 

 

士道は、恐る恐ると言った調子で声を掛けた。

 

 

「お、折紙」

 

 

「なに」

 

 

「言いづらかったらいいんだが……もしよかったら、

その五年前に現れた精霊たちのことをもう少し詳しく

教えてくれないか? ほ、ほら、何か思い出すかも

しれないし……」

 

 

士道が言うと、折紙はこくんと首を前に倒した。

 

 

「あの日。私が買い物から帰ったとき──」

 

 

折紙は、静かな口調で話し始めた。激しい火災に

巻き込まれた両親は、最初生きてたこと。しかし、

精霊たちが現れて、その両親二人を折紙の目の前で

殺したこと。朦朧としていた意識と霞む視界のため、

その姿を正確に見取れなかったこと。のちになって

火災の原因となったとされる精霊──〈イフリート〉

のことを知ったこと。

 

 

五年も前の出来事だというのに、ただ一度の言い淀み

などはない。──まるで、つい先日それを経験をした

ような感さえあった。

 

 

「………っ」

 

 

話を聞いている最中、士道は自分の心臓がやたらと

うるさく鼓動するの感じた。

 

 

まだ、士道が最も求めている情報は、折紙の口から

発されていなかったのである。

 

 

つまりは──その精霊たちと、琴里との決定的な

相違点。

 

 

士道には、あの琴里が折紙の両親を殺しただなんて、

信じられなかったのである。

 

 

「──こんなところ」

 

 

しかし、結局その確信は得られぬまま、折紙の話は

終わってしまった。

 

 

士道は縋るように、折紙に向かって一歩前へと足を

踏み出した。

 

 

何か。何か一つで構わない。琴里が犯人などではない

という確証を欲して、問いを発する。

 

 

「ほ、他ににはないのか……? その、昨日屋上で

見た精霊と比べ──」

 

 

だが、そこで。

 

 

 

『──ご面会中の皆様にお知らせいたします。本日の面会時間は終了しました。医内におられる方は、速やかにお帰り頂きますようにお願いいたします。繰り返します──』

 

 

 

廊下の方からそんなアナウンスが響いてきて、

士道の言葉は掻き消された。

 

 

「なに?」

 

 

折紙が、もう一度問いを求めるように首を傾げる。

だが、士道は静かに首を振った。

 

 

「い、いや──何でもない。お大事な、折紙」

 

 

折紙がこくんとうなずいてくる。士道は折紙に

声をかけられる前にと急いで外に出た。

 

 

面会終了とはいえ、あと数分程度の猶予は残されて

いただろう。

 

 

だが、士道には折紙に向かって再度問いを発する

ことなどができなかった。アナウンスによって気勢

をそがれたというのもある。しかし、士道は自分で

なんとなくわかってしまっていた。

 

 

 

──きっと、自分は、怖かったのだ。

 

 

──折紙(おりがみ)(くち)から、五年前(ごねんまえ)精霊(せいれい)のどちらかが琴里(ことり)であるという証拠(しょうこ)()てしまうのが。

 

 

 

「………」

 

 

できるだけ音を立てないように扉を閉めたのち、

廊下に視線を落としながら歩き出す。

 

 

仮にも病院の廊下である。危険であるし、あんまり

早歩きなのは望ましくない。

 

 

だが、発散場所のないそんな思考をどうにか放出する

ように、歩調は自然と早くなっていった。激しい動悸

を抑えるように胸元に手を置きながら、カツカツと

靴音を響かせていく。

 

 

「……っ」

 

 

と。歩調を緩めぬままエントランスまでさしかかった

士道の歩みを止めさせたのは、不意にポケットの中で

震え始めた携帯電話だった。

 

 

そういえば病院に入るときに、携帯電話の電源を切る

のを忘れていた。慌てて病院から出ると、ポケットの

中から携帯電話を取り出して通話ボタンを押す。

 

 

「はい……もしもし」

 

 

『……もしもし、シンかい』

 

 

「令音さん?」

 

 

急いで電話に出たため着信画面は確認しなかったが、

その眠たげな声とシンという呼称ですぐに電話の主に

見当がついた。……知り合って随分と時間が経つが、

令音はまだ士道の名前を間違えたままである。

 

 

『……ああ。真那のお見舞いは終わったかな?』

 

 

「あ……はい。まあ、一応」

 

 

『……? 煮え切らない返事だね』

 

 

「えっと、実は処理中だったらしくて、面会すらも

できなかったんですよ」

 

 

『……ふむ、そうか』

 

 

言って、令音は何やら難しげにうなる。

 

 

「? どうかしたんですか?」

 

 

『……いや、何でもない。それよりもシン、今から

〈フラクシナス〉に戻って来られるかな? 琴里の

ことなんだが……』

 

 

「──!」

 

 

令音が発した名前に、士道は声を詰まらせた。

 

 

先ほど〈フラクシナス〉を出てくる前に見た琴里の

様子と、今し方折紙に聞いた言葉が頭の中でシェイク

されて、内臓が痛むような感覚が襲ってくる。

 

 

「こ、琴里に何かあったんですか⁉︎」

 

 

『……いや、そういうわけじゃあない。協議の結果、

作戦会議を開くことになってね』

 

 

「作戦会議?」

 

 

士道が眉をひそめながら問うと、令音が『……ああ』

と返してきた。

 

 

『……シン、君は琴里をデレさせるのは困難であると

言ったが……今回のケースの場合、十香や四糸乃の

ときにはなかった大きなアドバンテージがある』

 

 

「アドバンテージ……ですか」

 

 

『……ああ、至極単純な理由さ。突然現れる精霊と

違い、今度の攻略対象は君や我々と何年もの間一緒

に過ごしてきたんだ。その趣味嗜好、好きなもの、

行きたがっている場所、欲しがっているもの……

エトセトラエトセトラ。我々はそれらの情報などを、

他の精霊とは比べものにならないレベルで保有して

いることになる。……しかも、一日強だとはいえ、

プランを練る時間も用意されているというんだ。

これを有効活用しない手はないだろう』

 

 

「た、確かに」

 

 

言われてみればその通りである。確かに司令官モード

の琴里はこの上ない難物であるが、事前のパーソナル

データ保有率だけを見れば、他の精霊とは比べものに

ならない。ある意味、もっとも対策などを立てやすい

攻略対象と言うことができた。

 

 

『……そこで、琴里ことをよく知ってるクルーたちを

集めて、二日後のデートプランについて話し合おうと

いうことになったんだが、是非ともシンにも参加して

もらいたいと思ってね』

 

 

そういうことならば是非もない。士道は令音の返答に

大きくうなずいた。

 

 

「わかりました。役に立つのかはわかりませんけど、

是非協力させてください」

 

 

『……助かるよ。──ではすぐに〈フラクシナス〉

で拾おう。一旦自宅に戻って貰えるかな?』

 

 

「はい、了解です。──っと、令音さん」

 

 

『……ん? とうしたね』

 

 

「えと……その、五年前のことなんですけど。

琴里が──」

 

 

『……琴里が?』

 

 

令音が聞き返してくる。しかし、士道はその先の言葉

を紡げなかった。上手く思考を整理をして質問にまで

組み立てることができなかったのかもしれないし──

琴里の部下であり親友でもある令音にこんな質問を

するのが躊躇われたのかもしれなかった。

 

 

「……いえ、なんでもないです」

 

 

『……? そうかね。では、またあとで』

 

 

言って、令音が電話を切る。士道は無言のまま通話

ボタンを押すと携帯電話をポケットの中に押し込み、

重い足取りではあったが、士道は目的地である自宅へ

向かって歩いていった。




最後まで読んでいただきありがとうございます‼︎


これからも皆さんが『応援』をしていただければ、
『更新』をする頻度が更に上がる可能性があるかも
しれません‼︎



【報告】

今回はなんとか無事に『東方墨染ノ残花』の『修正』
投稿作品である『五等分の花嫁 繋がり合う絆』
『転生したらスライムだった件 ■■の魔王』などを
近いうちに『更新』する予定なので是非とも楽しみに
してもらえたら本当にありがたいです‼︎


『他の投稿作品』もあるので是非ともそちらも
楽しんで見ていただければ本当にありがたいです‼︎
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