ことができました‼︎
今回は『28185文字』までの膨大な量を頑張って
書きましたが、豆腐のようなクソナメクジメンタルの
自分はきちんと面白く書けているのかととても心配に
なります……(汗)
【お気に入り】や【しおり】、【投票】、【感想】
などいただければ、豆腐のようなそんなメンタルで
脆い自分も更に『創作意欲』が増していきます‼︎
アニメ『デート・ア・ライブF Last Date』制作決定
を記念して『更新』しました。
面白く出来ているかどうか心配でいっぱいですが
一生懸命にたくさん書きました。
最後まで読んでいただいてもらえたら嬉しいです‼︎
六月一一日、午前九時五五分。
士道は昨日購入した水着とバスタオルなどを詰めた
鞄を背負いながら、天宮駅東口のパチ公の銅像の前
に立っていた。
お座りをした犬の彫刻の銅像である。天宮駅辺りの
待ち合わせスポットとしてそれなりに有名なのだが、
もっと有名な某忠犬のせいで、正式名称で呼ばれる
ことは少なかった。実は士道もよく覚えていない。
「……あー」
小さくうなりながら、額を手に押さえる。結局昨日、
気を失ってしまったのち、そのまま寝込んでしまい、
目覚めたのは〈フラクシナス〉の医務室である。
一応念のため簡単な検査をして、点滴を打っておいて
くれたらしいのだが……未だに少しだけ頭の奥が疼く
感じがするのだった。
『大丈夫ですか、士道くん』
と、インカムから神無月の声が聞こえてくる。
当然ではあるが、今日は琴里が指揮をとるわけにも
いかないため、代わって神無月が司令代理になって
いたのだった。
「はい……なんとか」
言いながら、士道はぱん、ぱんと両手で頬を張った。
昨日のことは気になったが、今はそんなことを考えて
いるときではない。
何しろ今日、あの琴里とデートし、デレさせなければ
ならないのである。
非常に困難なミッションだが、これを今日中に完遂を
しなければ、琴里の意識は精霊の力に呑まれてしまう
というのだ。一片の油断さえも許されなかった。
『プランは頭の中に入っていますね? こちらからも
サポートをちゃんと入れます。──大丈夫、あなたは
〈アテナ〉以外の複数の精霊をデレさせることに成功
をした稀代の救世のプレイボーイです。自信を持って
ください』
神無月の激励(?)の言葉に苦笑する。なんというか、
あんまり嬉しくない称号だった。
と、今度はインカムから、令音の抑揚のない声が
聞こえてきた。
『……琴里を地上へ送ったそうだ。もうすぐそちらに
着くだろう。頼んだよ、シン』
「──っ、は、はい」
言われて、呼吸を整えるように大きく深呼吸をする。
するとほどなくして、街の方から小さなシルエットが
歩いてきた。
可愛らしいフリルに飾られていた半袖のブラウスに、
裾の短い焦茶色のオーバーオールとそんな出立ちで、
手に水着が入ったと思しき鞄を提げている。そして、
その長い髪を二つ括るのは、使い込んだ黒い色の
リボンだった。
二晩顔を合わせていないだけなのに、なぜか妙に感慨
深い感じがした。もしかしたら、まだ士道の知ってる
琴里でいてくれたことに安堵してるのかもしれない。
「お、おう、琴里」
「ん、待たせたわね」
士道が小さく手を上げながら言うと、琴里が首肯
しながら返してきた。
……そして、しばしの間沈黙が流れる。
妹である琴里と話すだなんて、日常茶飯事の極みと
すらいえる事象のはずなのに、なぜなのだろうか、
妙に緊張して言葉が出て来ないのだった。
『……シン、何を黙っているんだい。まずは──』
と、令音がそう言ってくるのとほぼ同時に、琴里が
やれやれとため息を吐いた。
「おめかしをした女の子と会って一言もないの?
いの一番に教えたと思ったけれど?」
「……! あ、ああ──」
確かにその通りである。そんなことは十香が現れた
ときから言われていたはずなのに、なぜか失念して
しまっていた。
士道は言われたとおり言葉を口にしようとして──
あることに気付いた。
「おめかし……してくれたんだな」
「……っ」
士道が言うと、琴里はぴくりと肩を揺らした。
「ふん、まあね。一応はデートって形式を取っている
んだもの。こちらとしても士道がアクションを起こす
きっかけくらいのことは作っておくわよ。……まあ、
褒められるのは嫌な気、しないし」
「え?」
「なんでもないわ。それより、そろそろ電車の時間
なんじゃないの?」
琴里はそう言うと、駅の方へと軽く足を進めてから、
くるりと士道の方に向き直ってきた。
「さあ──私たちの
そしてそう言って、士道の間の抜けてる顔を見ながら
不敵に微笑んでくる。
「お……おう」
聞き覚えのあるフレーズ。士道は、ごくりとのどを
鳴らしながらうなずいた。
と。
「うむ!」
「は、はい……っ」
『やー、楽しみだねー』
琴里の返事のあとにそんな余計な声が三つ続いて、
士道は首を傾げた。
不審に思って声のした方に振り返り──身体を硬直
させる。
何しろそこには、お出かけの準備を万端に整えてた
十香と四糸乃がいたのだから。
「十香、四糸乃……それによしのん……ッ⁉︎
な、なんでこんなところに……!」
「ぬ?」
十香が、不思議そうに小首を傾げる。
「何を言っているのだ。これからオーシャンパークと
やらに行くのではないのか?」
「な──なんでそこまで知ってるんだ⁉︎」
「な、なんでと言われてもな」
士道のリアクションが全く意外といった調子で、
十香が眉をひそめる。
すると、言葉を補うように四糸乃が辿々しく声を
上げてきた。
「その……令音さんに、言われて……来たんです、
けど……お邪魔、でしたか……?」
「……ッ⁉︎」
息を詰まらせる。すると、士道が問うよりも早く、
インカムから声が聞こえてきた。
『……ああ、そうそう。言ってなかったかな。今日の
デートには彼女らも同行するよ』
「な、なんでまた……」
士道は頬に汗を垂らしながら令音へと問うた。確かに
集団デートとかいう方法ものもないことはないのかも
しれないが、デートといえば原則的に二人きりで行う
ものであるはずだ。
令音はしばしの問うなってからさらに次の言葉を
続けてきた。
『……まあ、今日に限ってはそちらの方がいいのでは
ないかと思ってね』
「は、はあ……」
令音のことである。何も考え無しに下手を打ったりは
しないとは思うが……それでもやはりかつてないほど
の不安は付き纏った。声をひそめながら問うてみる。
「でも……本当に大丈夫ですか? こ、琴里の機嫌
とかは……」
『……ん、そこまで心配しなくても大丈夫だろう』
「ほ、本当です……?」
言いながらちらと後方の琴里を見やる。
琴里は突然の十香たちの登場にも、先ほどと変わらぬ
顔を、作、って……
「………」
士道は無言で頬などをぴくぴくと動かした。一瞬、
何も変化が見られないことに安堵の息を吐こうと
したのだが──すぐそれが自分の勘違いと気付いて
しまったのである。
「……へぇ、なかなか思い切ったことをするのねぇ、
表情の形だけは先ほどと変わらない、しかし背後から
立ち上がるオーラの質が今までのそれとは明らかに
異なった琴里が、
漫画などであるのならばおどろおどろしいその背後と
『ゴゴゴゴゴゴゴゴ……』 なんていう擬音がセットで
描かれそうな迫力だった。
「や、そ、その……」
士道は思わず声を裏返せると、インカムに指を数回
当てて、小さな講義の声を上げた。
「駄目じゃないですか全然……っ! なんかヤバい
オーラ出てますってあれ……!」
『……そうかな。そこまでではないかと思うが……』
「い、今の琴里の機嫌メーターと好感度はどんな感じ
なんですか……⁉︎」
精霊とデートをするときには、いつも令音が専用の
しているはずなのである。
『………』
しかし令音はしばしの間黙ると、
『……ん、まあ、その、なんだ。……頑張ってくれ』
いつになく無責任な調子でそう言った。……よほど
ヤバい数字が出たらしい。
「ちょ、ちょっと、令音さん……!」
と、士道がそんな絶望的な心地で叫んでいると、
琴里がすたすたと歩みを進め、十香と四糸乃の二人の
方へ寄っていった。そしてぽん、と二人の肩を優しく
叩く。
「よし、じゃあそろそろ行くとしましょうか。
水着はちゃんと持ってきてる?」
琴里がそう言うと、士道の反応に顔を曇らせていた
二人が、ぱあっと表情を明るくした。
「おお! もちろんだ!」
「水着は、昨日……士道さんに、買って、
もらいました……」
「へぇ、それはよかったじゃない。 ──優しいのね、士道? 」
言いながら、琴里が士道の方に視線を向けてくる。
口調も表情も優しげなのに、なぜか胃の底が冷たく
なるような凄みがあった。
「ひ……っ」
「さ、行きましょ行きましょ」
士道が
改札の方に歩いて行ってしまった。
『士道くん、とにかく追ってください! まだ挽回は
可能です。目的地に着いたらこちらからもサポートを
します!』
「りょ、了解……」
神無月に言われ、どうにか硬直をしていた足を
踏み出す。
……のっけから、前途多難なそんなデートに
なりそうだった。
オーシャンパークは天宮駅から五駅先の栄部駅のほど
近くにあるテーマパークである。
様々なプール施設や大浴場、屋内アトラクションから
成るウォーターエリアと、屋外遊園地がメインとなる
アミューズエリアの二つから構成されており、夏休み
ともなれば、遠方からも沢山の家族連れやカップル
などが訪れる人気スポットだった。
とはいえ、今はまだ六月半ばぐらいである。屋内施設
や遊園地は年中利用できるものの、看板エリアである
屋外プールなどが開放されるのは来月からあるため、
ピーク時よりも随分と客の入りは少なかった。
まあ、夏場のニュースなんかで映される、芋を洗う
ような大混雑ではムードなどもへったくれもないの
だから、デートを行うにはまさにちょうどいい時期
なのかもしれない。
そんなことを考えながら、着替えを終えた士道は、
更衣室から屋内プールに移動した。
まだ女性陣は着替え中のようである。士道は身体を
反らして伸びをすると、首をぐるりと回して辺りの
様子を一望した。
「おお……なんか結構すごいな」
ドーム状の天井に覆われてたスペースの真ん中に、
浅瀬のような形をした広大なプールが広がっており、
その後方に、岩山を模したウォータースライダーが
聳えている。なんとも男の子の冒険心をくすぐる
デザインだった。
『はしゃぐのは結構ですが、司令のことを忘れないで
くださいよ?』
と、嗜めるように神無月の声が響いてくる。
「わ、わかってますって。……ていうかこのインカム、
水は大丈夫なんですか?」
『……ああ。完全防水仕様だ。耳から外れないように
だけ気をつけてくれたまえ』
答えてきたのは令音だった。と、その言葉が終わった
のと同時に、士道の背に元気な声がかけられる。
「シドー! 待たせたな!」
士道が振り返るとそこには、着替えを終えた十香と
四糸乃、そして琴里が立っていた。
十香と四糸乃の装いは、士道の予想通りだった。
昨日士道が買った水着である。
十香が藤色ビキニ、四糸乃が、腰部分にスカートの
ようなひらひらがついた、淡いピンクのワンピース
タイプである。四糸乃は未だに着替えなどを不得手と
していたようだったが……まあ十香か琴里に手伝って
もらったのだろう。
二人とも、あの一件で慣れたのか、それともここに
いる客が皆、自分たちと同じような格好をしている
からか、昨日ほど水着姿を恥ずかしがっていないよう
だった。小走りになって、士道の方に近づいてくる。
「……お、おう」
士道は小さく手を上げてそう返しながらも、心中で
放念の息を吐いていた。
十香も四糸乃も、頭に『絶世の』だの『傾国の』だの
ついてもおかしくない美少女である。
実際、もしなんの予備知識もなくこんな艶姿を披露を
されていたとしたら、琴里そっちのけでぼうっと二人
を見つめてしまっていたかもしれない。
『……しておいてよかったろう、訓練』
士道の心中を察したように、令音が言ってくる。
士道は小さく眉を歪めた。
「……もしかして、あのときから十香たちを連れて
くるつもりでした? わざわざ水着を買わせたのも
この時のためで……」
『……さて、どうだろうね』
令音が曖昧に返してくる。士道ははあとため息を
吐いた。
と、そんな鬱々とした吐息など全く気付いていない
様子で、十香が大声を上げる。
「おおお! 凄いなこれは! 建物の中に湖と山が
あるぞ!」
それに次いで四糸乃が、珍しく興奮気味にふんふん
と鼻息を荒くし、頬を紅潮させながら口を開く。
左手の『よしのん』も、パタパタと両手を器用に
動かしていた。
「み、水が、いっぱいです……!」
『はー! テンション上がるねこりゃー!』
「シドー、あの湖には入ってもいいのか⁉︎」
「ああ、もちろんだよ。ていうか、それがメインの
楽しみ方だしな」
十香の問いに答えてやると、十香は輝いていた目を
さらに燦然と光らせ、声を上げた。
「よし! 行くぞ四糸乃っ!」
「は、はい……っ!」
元気よく二人がプールへと駆け出していく。士道は
その背を視線で追い──
「元気ね、二人とも」
背後から聞こえてきた声に、小さく肩を揺らした。
「お、おう、琴里」
言いながら、ゆっくりと振り返る。そこには士道の
予想通り、十香たちと同じように水着へと着替えた
琴里が、腕組みをして口にはチュッパチャップスを
くわえながら立っていた。
白いセパレートタイプの水着である。ブラ部分が
ホルスターネックチューブトップになっており、
なんだか妙に色っぽかった。
「………」
そういえば、琴里の水着姿なんて、ここ何年も見て
いなかった気がする。
両親が家を空けがちなため、五河家のレジャー文明は
著しく衰退をしていたのである。無論夏場ともなれば
プールの授業などがあるので、琴里のスクール水着を
洗濯したり畳んだりするが、普通着用しているところ
なんて見ることはない。
士道がぼうっとした視線を送っていると、琴里が怪訝
そうに眉を歪めてきた。
「何よ、ジッと見て。それに生物学的には近親相姦に
ならないからって、妹に欲情をするようになったなら
人として末期よ?」
「……っ! そ、そんなわけあるか!」
士道がハッとして返すと、琴里が「ああ、そう」と
随分冷めた調子で肩をすくめてきた。
『……何をしているんだね、シン』
と、右耳に令音の声が聞こえてくる。
「え?」
『……さっきも言われただろう? 女の子がお洒落を
しているんだ。何も声をかけてあげないのかい?』
「あ──」
そういえばそうである。士道は軽く咳払いしてから、
改めて琴里に向き直った。
「こ、琴里」
「? 何よ」
半眼を作りながら、琴里が士道の方へ見返してくる。
士道は一瞬、言葉に詰まった。……まさか、褒め言葉
を発するのがこんなにも恥ずかしいことだったとは。
関係が近すぎるのも考えものだった。
『……ふぁいと』
令音に後押しされ、士道は微妙に視線を逸らしながら
震える唇を動かした。
「そ、その……なんだ、に、似合っているぞ、
その水着。か……可愛い、と……思う」
引っ込み思案な四糸乃よりも辿々しく、どうにか
その文言を発する。
「……っ」
すると琴里が目を見開き、頬をほんのりと赤くした。
──が、すぐに首を振ると、そんな素敵な笑みなどを
浮かべながら、口にくわえたチュッパチャップスの棒
をピンと立ててくる。
「あら、ありがとう。──令音か神無月あたりから
褒めるよう指示出たのかしら?」
「ぐ……っ」
完全に図星を突かれ、低くのどをうならせる。だが、
ここで黙ってはそれを認めることになってしまう。
士道はできるだけ間を空けずに言葉を継いだ。
「い、いや、そんなことはねえよ。本心さ」
実際、琴里のそんな水着姿を見て可愛いと思ったのは
本当である。確かに言葉にするのを少し躊躇いなどは
したものの、嘘は吐いていない。
すると琴里は鼻を鳴らすと、意地が悪そうな笑みを
浮かべてきた。
「へえ、それは光栄ね。……で、具体的にはどこが
どう可愛いと思ったのかしら?」
「な……っ、え、ええと……」
『……ん、ここは我々の出番かな』
いつもの空域を少し離れ、オーシャンパークの辺りの
ちょうど上空に浮遊をした空中艦〈フラクシナス〉の
艦橋で、艦長席の隣に立った副司令官・神無月恭平が
高らかに声を震わせた。
「さあ諸君、我らの腕の見せどころです!」
一時的とはいえ、今の艦の指揮権は副司令官である
神無月がそれを有してる。本来ならば艦長席に腰を
落ち着けていてもよいはずなのだが──彼は決して
そうしなかった。
この席は琴里のものである。彼女の帰還を信じている
以上、その司令官の座を汚すわけにはいかなかった。
……というかどちらかというと彼は艦長席に座るより
艦長に座られたかった。
と、神無月の声と同時に、プールの様子を映し出した
メインモニタに、三つの選択肢が記されたウインドウ
が表示される。
①「
②「シンプルに
③「ああ、
「総員、選択をお願いします!」
神無月が叫ぶと、すぐ手元にある端末に集計結果が
表示される。
過半数を占めてたのは①。次いで②。③には一票も
入っていなかった。
あごに手を当ててふうむとうなる。すると艦橋下段
から、クルーたちが声を上げてきた。
「ええ、使い古されたフレーズかもしれませんが、
言われて悪い気はしないはずです」
「②も悪くはないのですが、やはり水着に目がいって
しまっているのが気になりますね」
「③は……まあ、論外でしょう」
「そうですね」
神無月は小さくうなずくと、マイクに口を近づけた。
「士道くん、③です。「ああ、
──一拍おいて。
『……ええッ⁉︎』
〈フラクシナス〉クルーたちと、プールの方にいる
士道の声が、見事にハモった。
「ふ、副司令───正気ですか! 相手は五河司令
なのですよ⁉︎」
「③は論外って言ったばかりじゃないですか!」
艦橋下段からは、避難……というか悲鳴じみたそんな
声が周囲から飛んでくる。しかし神無月本人は両手を
広げて、それらを制して口を開いた。
「五河司令だからこそ……ですよ」
「え……?」
神無月の悠然とした口振りに、クルーたちが一時威勢
を収める。神無月は優しく微笑むと、画面いっぱいに
映し出された水着姿の琴里に手を向けた。
「だって、あれをご覧なさい。あの華奢で、美しい、
未成熟な肢体を。一三歳中学二年生というあの一瞬の
輝きを。もうたまらないでしょう。それ以外にはない
でしょう」
「結局副司令の趣味じゃないですかッ! そんなこと
言ったら司令に蹴られますよ⁉︎」
クルーの言葉に、神無月はハッと目を見開いた。
「ご、ご褒美までいただけるなんてまさに完璧
じゃないですか!」
「だっからあんたはもう……ッ!」
もはや敬語を忘れ、クルーたちが頭を掻きむしる。
たが、そうしている間にもかなりの時間が過ぎて
いくのだった。スピーカーから、焦ったような士道
の声が聞こえくる。
『……ほ、本当にそれで大丈夫なんですか……?』
「ええ、もちろん。『
アレンジしても構いません」
『……普通でいきます』
クルーたち全員は必死で士道を止めようとマイクの
スイッチを連打していたが、回線の優先度は艦長席
のそれが最も高い。士道は意を決した様子で琴里に
向き直ってしまった。
「え、ええと……だな」
士道は頬を痙攣させながら、琴里の胸元へと視線を
送った。明らかに正気とは思えない選択肢の内容で
あったのだが、〈フラクシナス〉のAIが導き出した
ものを、クルーたちが選定したもののはずである。
きっと何らかの意味があるのだろう。そんな彼らを
信じて、唇を開く。
「その……膨らみかけの胸が特にたまんないな」
「な……ッ!」
士道が言葉を発した瞬間、琴里は顔を赤く染めると、
バッと両手で胸元を覆い隠した。
「な、何を言ってるのよ……! そんなことを考えて
いたわけなの!」
「や、そ、そうじゃなく……!」
と、士道が慌ててすぐ手を振ると、右耳にビィーッ!
ビィーッ! ビィーッ! というそんなけたたましい
そんな嫌なアラームが鳴り響いてきた。聞き覚えある
不吉な音。精霊の機嫌や好感度が著しく下がったり、
精神状態が不安定になったりするのをすぐに知らせる
緊急アラームだ。
「お、落ち着け琴里! 今のはだな……!」
『……シン、非常事態だ』
士道の弁明に被せるように、すぐさま令音が声を
響かせてくる。
「わかってます! 今どうにか琴里を落ち着かせ
──」
『……違う、そっちじゃあない』
「へ……?」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ───ッ⁉︎」
士道が間の抜けた声を漏らすと同時、耳をつんざく
悲鳴が、プールから響いてきた。
「な、なんだ⁉︎」
「士道、あれ⁉︎」
琴里が、浅瀬のように形作られたプールの沖の方
を指す。
そこには、一部がスケートリンクのようになって
しまったプールと、その上でわんわんと泣いてる
四糸乃の姿があった。
「……で、よしのんが流れるプールに流されて、
慌ててしまったと」
プールに
からおおよそ三〇分。
琴里が持参していた乾電池ドライヤーで、四糸乃の
左手に装着された『よしのん』身体を乾かしながら、
士道は大きなため息を吐いた。
幸い大した騒ぎにはならず、もうプールも先ほどまで
の賑わいを取り戻しているが、四糸乃はしょんぼりと
肩を落としたままだった。十香もまた、背中をを丸く
している。
「ご、ごめん……な、さい……」
「むう……面目ない。私がついていながら……」
「まあ、そんなに気にするなって。大事にも
ならなかったんだし」
士道が二人に声をかけると、それを続けるように
隣に立っていた琴里が言葉をこぼしてきた。
「そうよ。全部事態の想定などを怠った士道の責任
なんだから、気に病むことはないわ」
「……おい」
士道はドライヤーの温風を送りながら、『よしのん』
の頭をわしわしとかいた。
「よし、乾いたろ。大丈夫か、よしのん」
士道がそう言うと、『よしのん』は犬のように全身を
ブルブルっと震わせると、手を胸元においてハァハァ
と息を荒くした。
『や、やー……壮絶な冒険をしてしまったねー。
死ぬかと思ったよー』
「ごめんね……よしのん」
「ああ、大丈夫大丈夫。また無事に会えたんだし、
結果オーライよ四ー糸乃」
「うん……」
『よしのん』に頭を撫でられ、四糸乃がこくりと
うなずく。
そんな様子を見て、琴里が肩をすくめた。
「……ま、勝手がわからないのも無理はないわよね。
──確かあっちの方に浮き輪のレンタルをしている
カウンターがあったから借りて来ましょうか」
「? うきわ?」
十香が、不思議そうに首を傾げる。琴里は「あー」
と人差し指を一本くるくると回しながら視線を上に
やった。
「百聞は一見に如かずね。直接見た方が早いでしょ。
行くわよ」
そう言って、琴里は歩き出す。そのあとをついて、
十香と四糸乃も立ち上がった。
「っと、待てってば」
士道はすぐにドライヤーを折り畳むと、三人を追って
急ぎ歩き始めた。と──その道中、琴里がずっと身を
こちらへ寄せてくる。まるで、十香と四糸乃の二人に
会話の内容を聞かれなくするかのように。
「な、なんだ? どうした?」
「……ん、あれ、さっきのだけど」
「さっきの?」
「……どこが可愛いか、ってやつ」
「──っ!」
言われて、士道はキュッと引き絞られるのを感じた。
四糸乃の一件などで有耶無耶にできたかと思ったが、
やはりそうはいかなかったらしい。さすがは司令官
モードの黒琴里。弱みを見せたら泣くまで穿り返す
ドSの権化である。
「あ、あれはだな……」
士道がどうにか申し開きをするべく口を開くが、
琴里は無視して言葉を続けてきた。
「あれ……さ、やっぱり〈フラクシナス〉からの指示
だったの? それとも……その、ホントに士道の本心
なの?」
「え、い、いや、それは」
『……本心、だろう?』
まるで士道の中に潜む悪魔の心がそう静かに囁いて
くるかのように、右耳に令音の声が聞こえてくる。
が……こんな距離でリアクションを起こしてしまった
ならば間違いなく琴里に気付かれてしまうだろう。
どうにか心中で声を吐くにとどめる。
『……いくら琴里が我々の存在を知っているからと
いって、デート中に、〈ラタトスク〉の指示などで
動きました、だなんてそんな白けるフレーズを決して
使うものではないよ。頭の中ではわかってはいても、
どうしてもテンションに影響してしまう。理屈と感情
は同居できないものだよ』
確かにその通りではある。士道は奥歯を噛んでから、
琴里に視線を向け直した。
「その……まあ、本心……だよ」
「…………」
士道が言うと、琴里がしばしの間無言になった。
……嗚呼。仕方ないこととはいえ、認めてしまった。
はっきりと本心だと言ってしまった。士道は絶望的な
心地で天を仰いだ。
──間違いなく軽蔑などされている。妹に本気で劣情
を催している性欲の権化かと思われている。
そのうえ発展途上のそんな身体が大好きなロリータ
コンプレックスなのかとそう思われている。これは
もう間違いなく罵倒される。汚物を見るような目で
見下され、さらに地面に這い蹲らされて足蹴にされ、
こういうことされるのが好きなんでしょこの変態糞豚ペドフィリアと罵られるに違いないああでもそれも
したら今とそんなに変わらないのかもしれない。
そんな思考が一瞬で士道の脳内を駆け巡る。
だけれど数瞬経っても、鋭いパンチも、口汚いまでの
差別用語も飛んでこなかった。
不思議に思って顔の位置を戻し、目をやると、何やら
琴里は頬を赤くしながら顔を小さくうつむけた。
「……ふーん。……そうなんだ」
なんて呟きながら、水着に覆われている慎ましやかな
乳部を、手で軽く触ったりしている。
「琴里?」
「……っ」
士道が名を呼ぶと琴里はビクッと肩を揺らし、士道の
鳩尾に裏拳を叩き込んでいた。
「くお……ッ⁉︎」
「ふん、くおだって。死の教師でもあるまいし」
言って顔を逸らし、十香と四糸乃を引き連れて、
すたすたと先に歩いていってしまう。
「ぬ? シドーはどうしたのだ?」
「なん、か……痛そう、です……」
「ふん、気にしなくていいわよ。どうせ持病の偶発性
鳩尾ズキズキ症候群か何かでしょ。近づいたりしたら
駄目よ。
心配そうに言う十香と四糸乃の肩に手を置き、琴里が
先へと促す。
「あ、あんにゃろう……」
未だ鈍く痛む腹を押さえながら姿勢を戻し、琴里たち
の背中を追おうとする。と、そこで〈フラクシナス〉
からの通信が士道の鼓膜を震わせた。
『……シン、ストップだ。既にそちらには、変装した
〈ラタトスク〉機関員が多数紛れ込んでいる。試しに
少し、仕掛けてみようじゃないか』
「仕掛ける……っていうと」
『……そうだね、まず最初は軽くオーソドックスに、
ナンパ集団に絡まれたところに頼れるヒーローが颯爽
と登場、パターンなんてどうだろう』
「大丈夫ですか、それ。なんか俺が出るまでもなく
返り討ち遭いそうな気が……」
士道が不安げにそう言うと、今度は神無月が自信満々
といった調子で返した。
『大丈夫ですよ。女の子はどんなに気丈に振る舞って
いても、心のどこかでは白馬に乗った王子様を待って
いるものなんです。私もよくわかります』
「神無月さん男じゃないですか」
『たまに女装しますので』
「…………」
何やら妙なカミングアウトを耳にしてた気がしたが、
士道はそれを聞かなかったことにして琴里たちの方に
向き直った。三人は既に浮き輪やビーチボートなどが
並んだカウンターの前おり、貸し出し手続きをしてる
ようだった。
『……さ、今から変装した機関員たちを向かわせる。
シンは格好良くそれを追い払ってくれ』
「あ、ちょっと──」
士道の言葉を待たず、令音の声が聞こえなくなる。
するとそれと同時に、レンタルの手続きを完了した
らしい琴里たちに、三人の男たちが近づいていった。
脱色された髪に小麦色に焼かれたその肌。見るからに
遊び慣れていそうな容貌の集団である。
男はにこやかに手を振りながら、琴里たちの方へと
声をかけた。
「やあ、こんにちはー。ねえねえ君たち、どこから
来たの?」
「三人だけ? もったいないな」
「もしよかったら、ちょっと男たちと遊ばない?」
なんて、古代の文献にでも出てきそうな典型的な
ナンパ文句を並べ立てる。
「む。なんだ貴様等」
「……っ、そ、の……」
そんな男たちの登場により、十香が不審そうに眉を
ひそめ、四糸乃は十香の陰に身を隠した。
まあ、急に見知らぬ人に声をかけられれてしまえば、
そんな反応をしてしまうのが普通だろう。むしろ琴里
のように、冷めた目でジッーと男たちの顔を見ている
方が珍しい。
『……さ、シン。出番だ』
「は、はあ……」
と、令音が言ったところで、一人の男がニヤリと笑み
を浮かべながら琴里の手首を掴んだ。
「ほら、ね? いいじゃんちょっとくらい。
きっと楽しいよ?」
なんて言いながら、ぐいとその手を引っ張る。
視線を見やると、別の男が、手を士道の方に回し、
ちょいちょいと手招きをしていた。早く止めに来い
ということだろう。
「っ、仕方ない、行くか」
士道は鳩尾をもう一さすりしてから足を踏み出した。
「おい、悪いけどそいつらは──」
が、そこで。
「──
琴里が自分の手を掴んだ男の顔を見ながら
そう言った。
「え──」
男が、ビクッと肩を揺らす。しかし琴里はさして
得意げな顔も見せず、残る男たちの方に順繰りに
視線を這わせていった。
「同じく
──ん、悪くない変装よ。及第点を上げるわ。
ただ台詞がイマイチね。台本はだれ?」
琴里が半眼を作りながら言うと、男たちが顔中に汗を
びっしり浮かべて後ずさった。
「な、なんで俺たちみたいな末端の──」
「末端? 何それ。〈ラタトスク〉の組織に在籍を
して私の部隊にいる以上、それはもう家族同然よ。
子供の顔を忘れる親がいてたまるもんですか」
『……っ‼︎』
琴里の言葉に、男たちはその場に膝をつき、熱い涙を
流し始めた。
『し、司令……っ』
「暑苦しいわね。下がりなさい」
『はっ!』
琴里が手をひらひらと動かすと、三人は先ほどまでの
いい加減そうな様子からは考えられないくらい綺麗な
敬礼をして、もと来た方向に戻っていった。
十香と四糸乃が、不思議そうに首を傾げる。
「むう。何だったのだ、今のは」
「琴里さん……すごい、です」
琴里は気にしないで、と言うように小さく首を
振った。
「……え、ええと」
困ってしまったのは士道である。気まずくなって
頬をかく。
返り討ちとかそういう以前の問題だった。
だが考えてみれば道理である。他の精霊たちならば
まだしも、〈ラタトスク〉機関員を仕掛け人に使う
この方法が、琴里に通じるはずがない。インカムを
小突き、〈フラクシナス〉に抗議じみた声を上げる。
「……全然駄目じゃないですか」
『……直接顔を合わせたことのない機関員を用意し、
特殊メイクも施していたのだが』
しかし令音は、士道の言葉に構わず感心したように
うなるだけだった。
「そ、それはまあ、凄いですけど。でも、どうする
つもりですか? もう機関員を使っての作戦は効果
がないってことですよね?」
『……そうなるかな。少し琴里を舐めすぎていたかも
しれないね』
「じ、じゃあ一体──」
「そんなわかりやすく通信するもんじゃないわよ、
士道」
不意に響いてきた琴里の声に、士道はビクッと肩を
揺らした。いつの間にか、目の前に腰に手を当てた
琴里が立っている。
「あ、いや……」
しどろもどろになりながらすぐに琴里に向き直る。
どうやら、よほどあからさまにインカムを押さえて
令音と話してしまっていたらしい。
「まったく……私だからいいものの、〈アテナ〉を
含めた他の精霊に指摘をされてしまったらどうする
つもりなの?」
「ぐ……」
琴里が呆れたように肩をすくめてくる。悔しいが、
何も言い返せなかった。
だが、無言でいるのも上手くない。士道はどうにか
話題を変えようと首を振った。
「と、ところで……十香と四糸乃は」
「ん」
琴里が短くそう言ってあごをしゃくってみせる。
そちらには、先ほど借りてきていた浮き輪を装着し、
プールにぷかぷかと浮いた二人の姿があった。
「おお、凄いぞ! 見てくれシドー!
沈まないぞ!」
「……! ……!」
十香が楽しそうに元気な声を上げ、四糸乃もまた、
興奮気味にうなずいている。なんだかんだで二人
とも、初めてのプールを楽しんでいるようだった。
だが、今日の目的地はそちらではない。肝心の
琴里は、未だつまらなそうにチュッパチャップス
の棒をぴこぴこと器用に動かしているのみだった。
そういえば、まだプールに入ってすらいないような
気がする。ましてや泳げないなんてことはなかった
はずなのだが。
『……シン、そうしているのも何だ、琴里を誘って
みたまえ』
と、そこに令和の声が聞こえてきた。
今回の攻略対象である琴里の姿がバストアップで
映し出されていた〈フラクシナス〉の艦橋にある
メインモニタに、再びウインドウが展開される。
①ウォータースライダーで
②
③
「ふむ。では皆さん、選択を!」
神無月が高らかに叫ぶ。それと同時にクルーたちが
手元のボタンをプッシュした。
すぐに画面に結果が表示される。最も多いのは①。
続いて②。③には票が入っていない。
……なんだかどこかで見たことのある結果に、
クルーたちは顔を曇らせた。
しかしそんな様子に気付く素振りもなく、神無月が
悠然とうなずく。
「なるほど、ウォータースライダーですか」
「ええ……まあこちらの方が妥当でしょう。せっかく
オーシャンパークに来たのですから、目玉看板である
アトラクションに挑まないという手はありません」
「温泉エリアも確かに目玉ではありますが、若者が
来てそうそう向かうような場所ではありませんしね」
「③は駄目ですよ副司令、③だけは」
クルーが念を押すように神無月に視線を注ぐ。
神無月ははははと笑った。
「いやだな皆さん。如何に裁量権が与えられている
とはいえ、私がそんな無謀な独断などを何度もする
はずがないじゃあないですか」
言いながら、マイクを口に近づける。
「
「ちょっわッ!」
そこで、艦橋下段からクルーが二名飛び出し、
その身体をマイクから引き剥がした。
「な、何をするのですか、あなたたち!」
「村雨解析官! 今です!」
神無月を取り押えながら、クルーの一人がのどを
震わせる。
「……ん? ああ」
その呼び声に応え、令音は頬をぽりぽりとかいてから
マイクのスイッチを入れた。
「……聞こえるかい。①だ。琴里と一緒にウォーター
スライダーを滑ってきたまえ」
『わかりました。……ていうか、何かあったりした
んですか? 妙に騒がしい気が……』
艦長席のある艦橋上層部の方では、未だに神無月が
「士道くん! ボートに! 司令専用のボートに!
仰向けで!」とか叫び声を上げていたが、令音は
とりあえず無視して言葉を続けた。
「……気にしないでくれ。とにかく、スライダーだ。
必ず一緒に滑るんだよ」
『は、はあ……』
士道は何だか腑に落ちないといったそんな様子を
漂わせながらも首肯した。
その返事を聞いてから、マイクのスイッチを切る。
それを見て、神無月を取り押えていたクルーたちも
ようやく手の力を緩めた。
「まったく……何をするんですか、あなたたちは!
せっかくの貴重とも思えるチャンスを! ていうか
あなたたち、上官に暴行などを働いて作戦の邪魔を
するだなんて、重大な規定違反ですよ!」
神無月がそう言うと、もう一人のクルーが半眼を
作りながら口を開いた。
「……
場合、もしくは村雨解析官を含む機関員たちの三分の
ニ以上が指揮能力なしと判断した場合、指揮権を剥奪
できるんですよ?」
「う……っ」
神無月は眉を歪めて艦橋を見渡した。皆がじぃーっと
した視線神無月の方を見ている。
こほんと咳払いをし、頬に汗を滲ませながら神無月が
続ける。
「……オーケイ、今の行為などについては不問にして
おきましましょう。さ、作戦を続けましょう」
「副司令に指揮能力がないと思う人は手元にある
ボタンを──」
「不問にするって言ったじゃないですかぁ!」
神無月が泣きつき、とりあえず処分は保留にされた。
何やら騒がしい〈フラクシナス〉から指示を受け、
士道はちらと琴里に視線をやった。
「な、なあ、琴里」
「何よ」
ぶっきらぼうな調子で、視線を動かすことなく、
そう返してくる。
思わず詰まりかけるが……どうにか挫けずに言葉を
続ける。
「や……せっかくだし、ちょっとは遊ぼうぜ」
士道が言うと、琴里が半眼を作り、ようやく値踏み
するように士道の目を見てきた。
「ふうん、何で遊ぶの?」
「ん、ウォータースライダーなんてどうだ?」
言って、ドーム内に聳える巨大な岩山を指す。
そんな頂上から長い滑り台が伸びており、時折絶叫と
水流とともに、水着姿の客が凄まじい勢いでプールに
滑り落ちていく。
琴里は士道の指の先をしばらくの間、眺めていたが、
ふうと息を吐くと身体の向きを変えた。
「ベタな気がするのだけど……まあ、妥当なところ
かしらね。いいわ、行きましょう」
なんとも冷めたことを言いながら、足をスライダーの
方向へ向ける。デートを楽しむ女の子というよりも、
完全にそれを見守る司令官といった感だった。
と、そんな士道と琴里の二人の様子に気付いたのか、
プールでぷかぷか浮いていた十香と四糸乃の二人が、
こちらに視線を寄越してくる。
「シドー、琴里。どこかに行くのか?」
「え? ああ……ちょっとウォータースライダーでも
滑ってこようかと」
「うぉーたーすらいだー」
十香が目を丸くしながら首を傾げる。士道は苦笑して
もう一度指を岩山の方に向けた。
「ああ、あれのことだよ」
「おお……! 人が流れてくるぞ!」
十香は目を輝かせると、浮き輪を腹部に嵌めたまま
プールから上がってきた。
「私も、私も行きたいぞ!」
「え、ええっ⁉︎」
士道は裏返った声を発した。それはそうだ。どうにか
琴里の好感度などを上げるために二人で遊ぼうとして
いるのに、十香に参加されてはまたややこしいことに
なってしまう。
「ぬ……駄目なのか?」
十香が士道のリアクションを見てか、しょんぼりと
肩を落とす。もし頭に耳、臀部に尻尾が生えてたら、
その両方がぺたんと垂れ下がっていたことだろう。
さすがに心が痛む。だが、ここはきっぱりと
断らねば……
『……シン、構わない。十香も連れていって
あげたまえ』
が、不意に右耳に令音の声が響いてきて、士道は
言葉を発するのを止めた。
「令音さん? いいんですか?」
『……ああ。むしろ好都合さ。たぶん、ね』
「え……?」
『……いや。まあとにかく、遊びたがっている十香を
抑制してしまうのもよくない』
「わ、わかりました」
令音が言うのだ。何か考えがあるのだろう。士道は
十香に向き直った。
「ん、わかったよ。一緒に行くか、十香」
「! おお、いいのか⁉︎」
十香が表示を一変させ、パァっと輝かせた。背後では
琴里が小さく舌打ちした気がしないでもなかったが、
気のせいと信じて言葉を続ける。
「あ、ああ。でもその浮き輪は置いていかないとな」
と、士道が首を回したところで、プールから四糸乃の
声が聞こえてきた。
「士道、さん。よかったら……私が持ってましょう
……か」
「え? いいのか?」
士道は意外そうな調子を声に滲ませながら言った。
てっきり、四糸乃も十香と同じようにウォーター
スライダーで遊びたがるかと思っていたのだ。
そんな士道の考えを察したのだろうか、四糸乃は顔を
青ざめながら首を振った。
「あれは……怖いです。また……よしのんが、
流されちゃいます……」
「ああ……そうか」
士道は後頭部をかきながら苦笑した。どうやら、
先ほどの一件が軽いトラウマなっているらしかった。
「だから……私は、よしのんと……待ってます」
「そっか。じゃあ十香の浮き輪もお願いできるか?」
「はい……任せてください」
四糸乃が言うと、十香がお腹に装着していた浮き輪を
掴んで、ぐっと引っ張り上げる。だが当然の結果だと
いうか何というか、浮き輪が胸に引っかかり、上手く
外れないようだった。
「ぬ、なんだこれは。取れんぞ」
そう言いながら、十香がさらに力を入れる。すると
浮き輪が十香が胸を豪快に押し上げ、一緒に十香が
着ているその水着も上部へと引っ張られていった。
柔らかそうで綺麗な巨大な二つの乳房が浮き輪の下
から微かに覗く。士道は慌てて声を上げて制止した。
「ちょッ、十香! ストップストップ! それは下に
やるんだよ!」
「ぬ?」
言われてようやくそれに気付いたらしい。十香が、
浮き輪を下に引っ張る。すると浮き輪はすんなりと
足元へ落ちた。
「おお! すごいぞシドー、なぜわかったのだ?」
「いや……まあ、うん」
士道が頬をかきながら言葉を濁すが、十香本人は
気にせず、それを四糸乃に手渡した。
「では、頼むぞ四糸乃」
「はい」
四糸乃か首肯し、浮き輪を受け取る。士道は視線を
スライダーの方へ向けた。
と──そこでようやく、琴里が苛立たしげに腕組みを
しながら、足先をトン、トン、と地面へと打ち付けて
いるのに気付いた。
「こ、琴里……」
「相手を待たせるのはNGよ。訓練だったら即刻
罰ゲームね」
士道が肩をすぼませると、琴里はフンと息を吐き、
のしのしとスライダーの方歩いってしまった。
慌ててあとを追う。
「十香! 行くぞ!」
「うむ!」
すぐに階段を上がり終え、岩山の頂上にたどり着く。
スライダーの滑り口に係員がおり、客を順に水の流れ
に乗せていっていた。
幸い並んでいる人数は少ない。すぐに士道たちの番が
回ってきた。
士道は係員の指示などに従い、縁に手をつきながら
スライダーの水流の上に腰を落ち着けた。
『……シン、さっきも言ったが、二人で滑らなければ
意味がないよ』
右耳に令音の注意の声が聞こえてくる。士道は了解の
目印としてインカムを軽く小突くと、ちゃぷちゃぷと
自分の前を手で叩いた。
「ほら琴里、一緒に滑ろうぜ」
「え──っ」
士道の提案に、琴里は一瞬目を見開いたが……すぐに
咳払いをして視線を逸らす。
「い、いいわよ。ちっちゃな子じゃあるまいし」
「そんなことを言うなって。いいじゃないか
たまには。な?」
「ぐ……いいって言ってるでしょ!」
琴里が再び腕組みをし、つん! と顔を背ける。
……まずいかもしれない。拗ねてしまった琴里は
もう何を言っても聞かないのである。
と、
「なんだ琴里、行かないのか? ならば私がシドー
と一緒に滑るぞ!」
後方から十香の声がしたかと思うと、急に士道の背中
に柔らかい感触が押し付けられた。
「と、十香⁉︎」
「うむ、さあ行くぞシドー!」
十香が無邪気に笑いながら、身体をぎゅっうと士道に
押し付けてくる。きっと本人としては初めての水上で
安定感を高めようとしているだけなのだろうが……
彼女の胸元には無慈悲な大量破壊兵器が二つも搭載を
されているわけで、なんというか、士道としては正直
困ってしまうのだった。
「? なんだシドー、行かないのか?」
「い、いや……その、なんというか」
顔が熱くなっているのが自覚できる。士道が焦点の
定まらない目をしながら言うと、十香が顔を見取ろう
としてかさらに身体を前に回してきて、士道の背中が
大空襲に見舞われる。
「…………む」
ついでに、側に立った琴里が、そんな士道の様子を
見てジッと視線を落としてきていた。盛大にしわの
刻まれた眉根。への字に結ばれた唇。考えなくても
すぐにわかる。こんなことで狼狽えるそんな士道を
腹立たしく思っているのだろう。
だが次の瞬間、思いも寄らぬことが起こった。
「──え?」
琴里が足を一歩踏み出し、士道の足の間に収まる
ようにして、前に座ってきたのである。
「琴里?」
「な、何よ。文句あるの?」
「いや……ないけど……」
士道が狼狽を滲ませながらのどを震わせると、
右耳に小さな令音の声が響いてきた。
『……よし。よくやってくれた、十香』
「え?」
『……いや、デートといっても、あの琴里が素直に
はしゃぐとは思えなかったものでね』
「っ、令音、まさか、そのために──」
言いかけたところで、言葉を止める。理由は単純な
ものだった。琴里の参戦に盛り上がってた十香が、
一層身体を密着させてきたのである。
「おお、琴里も来たか! よし、では三人で出発を
するのだ!」
十香が言うたびに、首筋に甘い息がなど吹きかかり、
士道の身体から力を奪っていく。胸元だけではない。
お腹も、腕も、足も、ありとあらゆる箇所の場所が
ぷにぷにで柔らかく、触れているだけで脳が耳から
流れ落ちそうになる。
「や、と、十香……もうちょっと離れて……」
「むむ……」
すると首を回してそんな様子を見ていた琴里が、
なぜか悔しそうにはを噛みしめ、不安定な水上で
ぐるりと大勢を変えてきた。
「お、おい、琴里……?」
士道のそんな声もきかず、琴里は士道の顔と向かい
合うと、その身体にがっしりとしがみついてきた。
ちょうど、気にしがみつくコアラのような感じの
状態である。昔はお風呂だって一緒に入っていたし
抱っこくらいなどを日常的にしていたというのに、
なぜだろうか、変にドキドキした。
「琴里め、本気だな⁉︎ よし、では私も本気で
行かせてもらおう……ッ!」
言って十香はスライダーの縁を掴むと、三人分の
体重を一気に水の流れに乗せた。
「うわッ⁉︎」
「ひゃ……っ!」
士道と琴里が、予想外の衝撃に悲鳴を上げる。
ただでさえ係員たちに怒られそうな姿勢であるうえ、
十香のカタパルトつきなのである。力の大部分などを
封印されているとはいえ、十香の筋力は通常の人間
よりも遥かに強い。そんなパワーで強制的に、しかも
不意に突かれる形でスタートダッシュを決められた。
凄まじい加速度に、士道は思わず両目を回してしまい
そうになった。
「うッ、わぁぁぁぁぁぁっ!」
「……! ……!」
「あははははははははははははははははははっ!」
コースアウトすれすれの軌道を描きながら、三人の
塊が悲鳴を、声にならない声を、そして笑い声など
を残してスライダーを滑り降りていく。
だが──コースの途中。もっとも鋭角のカーブ辺りに
差し掛かったところで、勢いのつきすぎた三人の身体
はコースを外れ、ぽーん、と宙へと投げ出された。
「ひ……ッ⁉︎」
「…………っ」
「おお! 飛んだぞ!」
十香の楽しげな声が鼓膜に伝わる中、士道は全身を
包む浮遊感が消えるのを感じ───そのまま直下の
プールに落下した。
凄まじい水しぶきが上がり、プールに波を起こす。
「──っぷはぁ! あははははは! シドー!
面白いなこれは!」
いち早く水面から顔を出した十香が、快活に笑う。
しかし士道はそれどころではなかった。なぜか身体が
重く、上手く水面に身体を起こせないのである。
「んん……ッ!」
ぐっと足に力を入れて立ち上がり……士道はその理由
に気付いた。
「ぇ……っ、ぇ……っ」
小さな嗚咽のようなものをもらし、小刻みに両肩を
揺らしながらも、琴里が最初の状態のまま、士道の
身体にがっしりとしがみついたままだったのである。
よく見ると、その髪を二つ括っていた二つのリボンが
解けてしまっていた。
「琴里……大丈夫か?」
「お、おにーちゃぁ……」
琴里が、鼻の詰まったような声でそう言いながら、
士道の顔を見上げてくる。その顔に、士道は目を
丸くしていた。
「おまえ、もしかして泣いて──」
「……!」
士道が言いかけると、琴里はバッと両手を離し、
士道に背を向けた。
「リボン……リボンとって……!」
「リボン?」
言われて左右に首を振ると、水面に解けた黒のリボン
が二つ浮いているのをすぐ見つけた。それを回収し、
琴里にすぐに手渡す。すると琴里は、リボンを握って
その場に身を沈めた。
そしてぶくぶく……と泡を発してから、数秒後。
「……まったく、無茶をするわね」
再び水上に姿に現した琴里は、完全無欠の司令官様
に戻っていた。
……ただ、鼻と目がちょっとだけ赤かった。
「………」
「……何よ」
琴里が半眼で見返してくる。士道は頬をかきながら
黒リボンに目をやった。
それは、前々から気になっていたことだった。
四月一〇日。士道が精霊たちの存在を知ってから、
司令官モードの琴里が表情を出すようになったのだが
……果たしてどちらが本当の琴里で、一体どういった
いきさつでこんなにも正反対なまでの性格を生成して
しまったのだろうか。
白いリボンが、無邪気な琴里で。黒いリボンが、
強気で不遜な司令官。
多重人格などの種類ではなく、完璧なまでの
マインドリセットによるものだそうだが──
「……なあ、琴里。今日は、なんで黒いリボンに
したんだ?」
士道は、不意に琴里に言葉を投げていた。
「何よ、これじゃあ不服なの?」
「や、まあ……そういうわけじゃないんだが」
本当は
そんなことを言うわけにはいかない。さらに視線を
泳がせながら言葉を濁す。琴里は少しだけあご辺り
を引きながら続けてきた。
「……駄目なの。白の私は、弱い私だから。黒の、
強い私じゃないと、今は、駄目なの」
「え?」
琴里の言ったことなどが今ひとつ理解ができず、
眉をひそめる。
「なんだ、強いとか、弱いとかって」
「別に。わからないならいいわ」
「な、なんだよ……」
士道が眉根を寄せて呟くように言うと、琴里はプイと
視線を逸らしてしまった。
『……いいところまでいったかと思ったんだが、
最後の最後まで素直になってくれないね』
と、不意にインカムから声が聞こえてくる。
『……そうだな。もう一揺さぶりかけてみようか』
「もう一揺さぶり……って。もうスライダーは
ゴメンですよ……」
『……ん、心配しなくていい。君は黙ってそこに
いればいいよ』
「? それって、どういう……」
と、士道が眉根を寄せていると、空中分解した十香が
士道と琴里の方に寄ってきた。
「シドー、琴里、もう一回行かないか?」
よほどお気に召したのだろう、無邪気な顔で
言ってくる。
「や……お、俺は遠慮しておくよ」
「……私も」
士道と琴里が首を横に振ると、十香がつまらなそうに
ぶー、と唇を尖らせた。
「なぜだ? あんなに面白いのに……」
と、十香が言いかけたところで、十香の背後から
浮き輪を装着した小さな女の子が二人、パタパタと
足を動かしながら泳いできた。そしてちょうど十香
の背後を通った瞬間──
「──え?」
どうやら女の子の一人がすれ違い様に十香の水着の
紐を引っ張ったらしい。十香の水着のブラの部分が
はらり、と水面に落ちる。士道は目を点にした。
「……?」
一拍おいて十香もそれに気付いたのだろう。
ゆっくりと視線を下にやり──
「─────ッ⁉︎」
声にならない悲鳴を上げ、胸元を両手で覆い隠し、
首まで水にざぶんと浸かった。
「し、シドー! み、みみみみみ見たか⁉︎」
「み、見てねえ! 見てねえよ!」
「ほ、本当か⁉︎」
「本当だって!」
士道が必死に潔白を訴えると、十香は鼻の頭までを
水に浸け、頬を真っ赤にしながらぶくぶくーと泡を
吐いたのち、水面に浮いた水着を回収して、水中で
装着しなおしていった。
だが、真の脅威はそれだけではなかった。
「……士道」
背後から静かな怒りの声を湛えた声音が響いてきて、
士道はビクッと肩を震わせた。
「こ、琴里……?」
「……
「え──?」
意外な言葉に士道がキョトンとした瞬間、世界すらも
狙える右拳が、士道の鳩尾に炸裂した。
「おぉが……っ」
「ふん、おーがだって。地上最強ね」
琴里は血を払うように右手をビッと振ると、
その場をあとにした。
士道が腹の痛みに身を捩っていると、令音が声を
上げてくる。
『……む、今のは少し、違ったかな?』
「……あの十香の後ろ通った……女の子たち……
まさかあれも〈ラタトスク〉の……?」
『……いや、機関員だと気付かれてしまう。
つい先ほど、金のエンゼルで買収した』
「………」
士道は目の前の金のエンゼルが舞う錯覚を見ながら、
ぷかー、と水面に身体を浮かせた。
時刻は二時一〇分。士道たち一行たちは、オーシャン
パークにあるフードコート店で、遅めの昼食などを
摂っていた。士道、十香、四糸乃、そして琴里の四人
が着いた白い色のプラスチック製のテーブルの上に、
クラブハンドサンドなどの並べられた大皿と飲み物の
入った紙コップが置かれている。少々多い気がしたが
……まあ、十香がいれば余ることはないだろう。
「うむ、美味いなシドー!」
十香がもしゃもしゃと豪快にサンドイッチを咀嚼し、
満面の笑顔を浮かべる。いつものことではあるが、
何とも美味しそうに食事を摂る少女である。対して
その正面に座った四糸乃は、小さな口で少しずつと
サンドイッチを齧り、こくんと頷いていた。
「美味しい……です」
「そ、そうか……そりゃあよかった」
そんな二人の様子を見ながら、士道は乾いた笑みを
浮かべていた。別に二人がどうというわけではない。
むしろ、喜んでご飯を食べてくれて嬉しいくらいだ。
だが、そんな十香や四糸乃のほのぼのしたその姿で
和んだ心を一瞬で緊張をさせるような懸案事項が、
士道にはあったのである。
単純な理由。士道真向かいに座り、つまらなそうに
手と足を組んだ琴里の存在だ。
注文が気に入らなかったのだろうか、先ほどから、
まったくサンドイッチ手を付けてすらいなかった。
たまに思い出した飲み物のストローに口を付ける
くらいで、ほとんど言葉を発していなかった。
見るからに不機嫌な様子である。
「……むう」
士道は誰にも聞こえないくらい小さくうなり声を
発した。
オーシャンパークに来てから三時間以上。
〈ラタトスク〉のサポートを借りて様々なアプローチ
を試みたものの、目に見えた効果は上がっていないの
だった。
──事前に対策を立てられる分、他の精霊に比べて
御しやすい?
士道は心中でそんな言葉に首を振った。これのどこが
御しやすいものか。確かにこちらの思惑を知っている
分、今までの精霊よりも安全性も高いかもしれない。
だがその分、攻略難易度などは異常に高い。五河琴里
は間違いなく、最大の強敵であった。
「……令音さん。琴里の機嫌と好感度の数値って
どうなってますかね」
さりげなく口元を隠して、声をひそめながら、
インカムを通して〈フラクシナス〉令音へとすぐに
問いかける。すると数秒後、右耳の鼓膜に眠たげな
声が響いてきた。
『……ん。目立った下降はしていないが……上昇も
していないね。フラグにもしてみるとよくわかる。
ずっと、全くの平坦だ』
それを聞いて、小さくうなる。上昇がないのは予想は
していたが、下降もしてないとは。
つまり琴里は、完全に冷め切ってる。〈ラタトスク〉
の指示が透けて見えるだろうか、それともやはり、
相手が兄だからだろうか。
「………」
そしてそのまま数秒間、なんとも気まずい無言の時間
が流れる。
『士道くん。黙っているのは上手くありません。
何でもよいので会話を』
「っ、あ、ああ……はい」
神無月に言われ、士道はぴくりと眉を動かした。
確かにその通りである。間が持たないのは最悪だ。
なんとか話題を求め、辺りにぐるりと視線の周囲を
巡らせる。
と──琴里がまたも飲み物に口を付け、それに咽せた
かのように数度咳き込んだ。
「ッ、けほっ、けほっ……」
「だ、大丈夫か、琴里」
「……ええ、少し気管に入っただけよ」
言うと琴里は足を崩し、その席を立った。そのまま、
誰にも声をかけずに歩いていく。
「琴里……? どこに行くんだ?」
「レディが席を立ったときに行き先を訊くだなんて
真似、私以外にしたら死ぬわよ」
「……肝に銘じるよ」
士道はトイレの方に歩いていく琴里の背を見送って
から、はあと大きなため息を吐いてからテーブルに
突っ伏した。
「シドー?」
「ああ……悪い。食事中だったな」
不思議そうな十香の声に、士道はすぐに顔を上げる。
それと同時に、ぐぅとお腹の音が鳴った。琴里の姿が
見えなくなったことで緊張の糸切れたらしい。
士道は皿のサンドイッチに手を伸ばすと、もぐもぐと
咀嚼して飲み下した。なるほどこれら具材はなかなか
美味い。十香たちが気に入るのもわかる味だった。
「……ん」
と、士道は両目をしばたたかせた。十香と四糸乃、
ついでに『よしのん』までもが、ジィと士道の方を
見つめて来ていたのである。
「な、なんだ? どうしたんだ?」
「いや……いつものシドーに戻ったと思ってな」
「え?」
士道が目を丸くすると、今度は四糸乃と『よしのん』
が口を開いてきた。
「琴里さん、と……喧嘩、しました……か?」
『琴里ちゃんがいなくなった途端すぐに気ー抜ける
んだもん。わっかりやすいー士道くんは』
「え……そ、そんなにか?」
士道が問うと、二人+一匹はうんうんとうなずいた。
「………」
頬をかく。そこまで自覚はなかったが、よほど構えて
しまっていたらしい。
妹とデートをして、デレさせて……その精霊の力を
封印する。
もとより途方もない気恥ずかしさを伴う上、相手は
難攻不落の〈ラタトスク〉の司令官。
そのプレッシャーは、予想外に士道を緊張させていた
ようだった。
「や、別にそういうわけじゃ……」
『………』
「う……」
二人+一匹の視線に射竦められ、士道は思わず席を
立っていた。
「お、俺もちょっとトイレに行ってくる……」
「あ、シドー!」
十香の叫び声を背後に浴びながら、士道はそそくさと
その場から逃げ出した。
だいぶ離れてから、ようやくほうと息を吐く。
「……そっか、俺、そんなに緊張してたのか」
言いながら頭をわしわしをかく。なんとも情けない
ことだった。
「令音さん……精神状態のモニタリングって、俺の方
もやってるんですか? もしやってたら数値を教えて
欲しいんですけど……」
インカムに向かって問うが、なぜか言葉が返って
こない。
すぐに、期待していたのとは別の声が聞こえてくる。
『ああ、士道くん。申し訳ありませんが、村雨解析官
は少し席を外しています』
「あ、そうなんですか」
どこに行ったんですか、と聞こうとした士道だった
のだが、さすがに先ほど琴里に注意をされたばかり
である。すんでのところで言葉を止める。
「あー……」
士道はもう一度、両手で頭をかきむしった。
トイレに行ってくると言った手間、すぐに戻るのも
何である。別に催したわけではないが、冷水で顔を
洗うくらいはできるだろう。士道はトイレの方へと
歩いていった。
と──その道中。士道は不意に足を止めた。
「ん……?」
トイレの手間に並んだ自動販売機。その後ろから、
物音が聞こえた気がしたのである。
耳を凝らしてみると、何やらひそひそと話すような
声など聞こえてくる。別段気にするようなことでも
なかったのだが──その声の中に、聞き慣れたもの
などが混じっている気がした。
「なんだ……?」
不審に思い、足を向けてみる。するとまるで士道の
行動を止めるように、神無月の声が響いてきた。
『士道くん、そこは──』
だが、遅い。神無月が制止をする言葉よりも早く、
士道はそこを覗き込んでしまった。
「────」
そして、言葉を失う。
並んだ自動販売機の裏にできた、ポケットのような
空間。賑やかなプールエリアからさほど離れている
わけでもないのに、喧噪から隔絶された感さえ漂う
寂しい場所だった。
そこに──二人の人間がいた。
一人は、ビキニに白衣というプールの施設などには
似つかわしくない格好でその場に膝をつき、傍には
黒い鞄を携えた、令音。そしてもう一人は──壁に
もたれかかるようにして地面にへたり込み、苦しげ
に頭を押さえる琴里だった。
士道は思わず一歩足を引き、身を隠していた。
あんなにも苦しそうにしてる妹の姿を見てしまった
のである。本当ならば慌てて駆け寄ってもいいはず
なのに──なぜだろか、そうしてはいけないような
気がしたのだ。
「……大丈夫かい、琴里」
「ええ……なんとかね。でも、危なかったわ。
──お願い」
琴里が片腕を令音に差し出す。しかし令音は、
躊躇うように唇を噛んだ。
「……今朝の時点でもう既に、通常の五〇倍もの量を
投与してるんだ。これ以上は命に関わる恐れがある」
「ふふ……精霊化した今の私なら、薬程度で死には
しないわよ」
令音は渋面を作る。しかし琴里は、荒い呼吸の間合を
縫うように口を開いた。
「……お願い。士道との……おにーちゃんとの
デートなの」
「……っ」
それを耳にして。士道は、息を詰まらせた。
今までの緊張なんて一笑に付されるくらい、心臓の
早鐘のように鼓動のペーを速めていく。
どく、どく。どく、どく。軋むように。
痛いくらいに。
口内に溜まっていた唾液を飲み下すと、いつの間にか
乾ききっていたのどがぱりぱりと悲鳴などを上げた。
指先が震える。足が震える。温度が一定に保たれた
屋内で、全身が凍えるかのように微細に震えていく。
知っていたはずだった。聞いていたはずだった。
覚悟していたはずだった。
霊力を完全に取り戻した琴里が、押し寄せる破壊衝動
と戦っていることを。
司令官であるはずの琴里が、艦内の厳重な隔離エリア
などに一人軟禁されている理由を。
琴里がそれに耐え切れるのが、今日の夜までという
事実を。
──
「ぁ……」
思わず、声が漏れる。それは琴里たちに士道の存在が
知られてしまうほどの大きなものではなかったけれど
──内部から自身の脳を叩く衝撃などには十分な音量
だった。
知っていた。聞いていた。覚悟していた。
それなのに。
士道の心の中には、確実に油断があったのだ。
いつものごとく悠然と、いつものごとく傲岸に、
いつものごとく不敵に。
士道を翻弄をしてみせている黒いリボンの妹に、
心のどこかで安心してしまっていたのだ。
「俺、は──」
こんなにも強い琴里が、精霊の力などに呑まれるはず
などがないと。
もし仮にデレさせることができなかったとしても、
きっとなんとかなるだろうと。
士道に言っていないだけで、何か手を隠している
のだろうと。
琴里と〈アテナ〉の言葉が脳内に過ぎる。
───それこそ、
その
そんな自分の認識の甘さを実感してしまう。
悔恨に、羞恥に。自分を悔い、恥じるそんな感情が、
士道の心の中を侵食していく。
そんな思考を中断させたのは、琴里の悲痛なうめき声
だった。両手で頭を押さえて、歯を食いしばるように
して頭痛に耐えながら、全身に細かく震わせる。
数秒のあと、琴里は目をうっすら開け、令音に視線を
向け直した。
「──ね、お願い。もしかしたら、これが最後かも
しれないの。もし失敗したなら、今日で、私は私で
なくなってしまう。───その前に、おにーちゃん
とのデートを、最後まで」
「…………」
令音はしばしの間逡巡のようなものを見せたが……
小さく息を吐くと同時に、傍らに置いていた鞄の口
を開け、中から注射器を取り出した。
「……ありがとう。恩に着るわ」
「……いや。しかし、これが最後だよ」
言いながら、令音が琴里の左腕をゆっくりと取り、
注射器を刺す。すると数瞬のあと、琴里が大きく
息を吐いた。段々と呼吸などが落ち着いていき、
顔色もよくなっていく。
「悪いわね。……助かったわ」
言って琴里が立ち上がろうとし──再びその場に
尻餅を突いてしまう。
「……無理はいけない。少し休むべきだ」
「大丈夫よ。早く戻らないと、デリカシーのない
士道に要らぬ詮索をされちゃうわ」
「……駄目だ。少しだけ待っていたまえ。水などを
買ってくるよ」
「はいはい……わかったわよ」
令音がその場に立ち上がり、こちらに歩いてくる。
士道は、慌ててこの場から離れようとしたが……
そこで、令音と目を合わせてしまった。
「……ぁ───」
令音はピクリと眉を動かすと、そのまま自然な動作で
士道の肩を掴み、自販機の表側に引っ張っていった。
そして、士道に顔を近づけ、裏の琴里に聞こえない
くらいに落とした声を響かせてきた。
「……どのあたりから聞いていたんだい」
「や……えと、多分、最初から」
令音が無言になる。士道はごくりと口の唾液を
飲み込んでから口を開いた。
「令音さん。なんでこんなところに。ていうか
その格好……」
水着に白衣という奇抜なスタイルに目をやりながら
言うと、令音は至極当然といったように返してきた。
「……ここで軍服は目立つだろう」
「…………」
それも十分目立つと思ったのだが、追及するのは
やめておいた。
──今は、もっと気になることがあったのである。
「令音さん。琴里は……いつからあんな状態だった
んですか?」
士道が問うと、令音は数秒の間逡巡をしてから
返してきた。
「……
令音の言葉に、士道は下唇を噛んだ。
予想できていなかったわけではない。だが、それが
はっきりと明示されると、やはり動悸は一層強く、
速くなっていた。
「じゃあ、なんで」
「………琴里の希望。シンには話さないで欲しいと」
「──っ」
士道は息を詰まらせ、唇引き結んだ。構わず、令音が
続けてくる。
「……本当はリミットということも明かさないで
欲しいと言われたのだがね」
「なんで……そんな」
士道が震える声で問うと、令音は息を吐いてから
言ってきた。
「……君に、同情や憐憫でデートをして欲しくなど
なかったんだろう」
「────」
歯を噛みしめる。歯茎から出血したのだろうか、
わずかに血の味がした。
「……だから、頼む。今のは見なかったことにして
おいてくれ。──琴里のためにも」
「………」
「……シン」
「……わかりました」
士道は大きく深呼吸すると、踵を返して十香たちの
待つフードコートへと舞い戻った。
「おお、シドー。遅かったな」
自分の分のサンドイッチを食べきったらしい十香が、
ストローをずずっと吸ってからいつも通りの元気な
声を上げてくる。士道は答えずその椅子に座ると、
ジッと二人を見つめた。
「シドー?」
「どうか……しましたか?」
二人の問いに、応と首肯する。
「……ん。実は今から、流れるプールのジャングル
クルーズツアーが始まるらしいんだ」
士道が言うと、十香の目はキラキラと輝かせた。
「な、なんだそれは⁉︎」
「大きなボートに乗って、エリア中を流れるプールを
ぐるりと一回りをしてくる冒険コースらしいけれど。
四糸乃と一緒に行ってきたらどうだ?」
「おお……行く! 行くぞ!」
十香が手をブンブンと振り、声を上げる。が、すぐに
首を傾げた。
「む……? シドーは行かないのか?」
「ああ……俺はちょっと、琴里にと用があるんだ」
「そうなのか? なら私もそちらに……」
と、そこで四糸乃が十香の手を取った。
「十香さん……私、クルーズに……行きたいです。
一緒に行ってくれませんか……?」
「む?」
「お願いします……十香さんしかいないんです」
四糸乃がそう言うと、十香はまんざらでもないと
いった顔を作って頬をかいた。
「む、仕方ないな……ではシドー、私と四糸乃は
そのジャングルなんとかに行ってくるぞ」
「おう、気を付けてな」
士道が手を振ると、十香と四糸乃はそれに応えるよう
にして手を振り返し、士道の示した方向へとゆっくり
歩いていった。
その際、四糸乃がすぐにふっと首を回し、
「……がんばって、ください」と言った。
「……っと、少し時間をとりすぎたわね」
琴里は小さくうめくように言うと、少し歩調を早めて
フードコートに戻った。真っ直ぐに、士道たちのいる
テーブルに向かっていく。
だが、そこに至る前に、琴里は眉をひそめて首を
傾げることになった。
先ほど琴里が着いていた白くて巨大な丸いテーブル。
そこにいたのが、士道一人だったのである。
「士道?」
琴里が言うと、士道がゆっくりと振り向いてきた。
……なんだろうか、先ほどまでとは雰囲気などが違う
ようなそんな気がするのだ。琴里が席を立つ前までは
常に挙動不審で落ち着きがなかったのに、今の士道は
──そう、いつもの、白いリボンの琴里と過ごしてる
ときのそれに近かった。
「あの二人は……」
「琴里。今すぐ着替えて、アミューズエリアに
集合だ」
「……は?」
一瞬士道の言っているその意味がわからず、
首を傾げる。
だが一拍おいて、琴里は「ああ」と息を吐いた。
「ああ……〈フラクシナス〉から指示が出た?
そっちじゃ上手くいきそうにないから遊園地エリアに
変更だってこと? ふん、まあ構わないけれど──」
だが、琴里がそう言って肩をすくめた、そのとき。
「いいや」
再び琴里の言葉を遮るように言って、士道の椅子
から立ち上がる。そしてそのまま右耳の方に手を
当てて──
そこに装着されていた〈ラタトスク〉が用意した
インカムを外して、テーブルの上へと放ったので
ある。
「……っ、士道?」
意外に過ぎる行動に眉をひそめる。
士道は、至極落ち着いた、しかし力強い意志の
感じられる声で続けた。
「俺、実はプールより遊園地の方が好きなんだ」
「はあ……?」
琴里がさらに眉間のしわを増やしながら唇を
尖らせる。
「何言ってるのよ、一体。ていうかそもそも十香と
四糸乃は? いくら今の攻略対象が私だからって、
あの二人の精神状態などを不安定にさせたら精霊の力
を逆流して大変なことになるわよ? さっきの四糸乃
を忘れたの?」
「忘れてなんかいねえよ。今あの二人にはジャングル
クルーズを楽しんでいるさ。神無月さんたちにも連絡
をして、ちゃんと見ててもらってる。心配ない」
「……何の真似?」
琴里は今ひとつ士道の意図などが読めず、渋面を
作りながら問うた。
すると士道は琴里の手を取り、ニッと唇の端を
上げてみせた。
「遊ぶんだよ。───久々の遊園地だ。楽しみで
仕方ない。疲れて眠ちまうまで遊びまくってやる。
覚悟しとけよ、琴里」
「は、はあ……?」
琴里は何か何だかわからぬまま、士道に手を引かれて
いった。
最後まで読んでいただきありがとうございます‼︎
これからも皆さんが『応援』をしていただければ、
『更新』をする頻度が更に上がる可能性があるかも
しれません‼︎
【報告】
今回は無事に『東方墨染ノ残花』の『
更新している作品である『とある暗躍の幻視者』や
『五等分の花嫁 繋がり合う絆』などを近いうちに
『更新』をする予定なので、是非とも楽しみにして
もらえたら、ありがたいです‼︎