デート・ア・ライブ ■■■の精霊   作:灰ノ愚者

33 / 33
今回は六月に入ってからなんとかすぐに更新をする
ことができました‼︎


今回は『28,687文字』 までの膨大な量を頑張って
書きましたが、豆腐のようなクソナメクジメンタルの
自分はきちんと面白く書けているのかととても心配に
なります……(汗)


【お気に入り】や【しおり】、【投票】、【感想】
などいただければ、豆腐のようなそんなメンタルで
脆い自分も更に『創作意欲』が増していきます‼︎


面白く出来ているかどうか心配でいっぱいですが
一生懸命にたくさん書きました。


最後まで読んでいただいてもらえたら嬉しいです‼︎


五年前の復讐者

陸上自衛隊天宮駐屯地のCR-ユニットなどの格納庫に

作業服姿で足を踏み入れた遼子は、庫内の騒然とした

様子に怪訝そうな声を発した。

 

 

「ちょっと、何かあったの?」

 

 

近くにいた整備士に話しかける。その整備士は慌てた

様子で鬱陶しげに眉根を寄せた。

 

 

「何だよ、あとにしてくれ! 今それどころじゃ──

て、隊長!」

 

 

整備士がビッと敬礼を示してくる。遼子は小さく首を

振って言葉を続けた。

 

 

「敬礼とかはいいから。一体、何があったのか教えて

ちょうだい」

 

 

「その……〈ホワイト・リコリス〉が、ありったけの

弾薬と一緒に丸ごと無くなってるんです」

 

 

「なんですって⁉︎」

 

 

遼子は目を見開くと、顔を右方に向けた。

 

 

その整備士の言ったとおり、大型の討滅兵装である

〈ホワイト・リコリス〉が安置されてたその箇所に、

ぱっかりと穴が空いており、その周りには何人もの

隊員や整備士が慌ただしく走り回っている。

 

 

「誰かが持ち出したっていうの……?」

 

 

「さ、さあ……詳しいことは私も」

 

 

遼子は庫内の様子を見回した。───詳しく調べて

みなければわからないが、他に変わった様子などは

見受けられない。扉を破ったあとも、搬入車などを

動かした形跡すらなかった。

 

 

要は犯人は、あの巨大な兵装を、搬入車などなしで

動かしたのである。

 

 

遼子はしばしの間押し黙ってから、再度整備士に

話しかけた。

 

 

「──今、緊急着装デバイスの保管状況などは

どうなってる?」

 

 

「緊急着装デバイス……ですか? ちょ、ちょっと

お待ちください」

 

 

言って、整備士が手に持っていた小型端末などを

弄り始める。

 

 

着装デバイスには、一時的に随意領域(テリトリー)を展開され、

一瞬でワイヤリングスーツを装着するための装置

である。

 

 

AST隊員がこれを使えば、正規の着装許可などが

なくとも魔術師(ウィザード)の力を得ることができる。

 

 

ゆえにその管理はパーソナルコードによって行われ、

誰がいつデバイスを持ち出し、いつ着装を行なったか

などが自動的にデータベースなどに記録されるように

なっているのである。

 

 

それは、一つの可能性であり、小さな疑念などに

過ぎなかった。

 

 

だが──〈ホワイト・リコリス〉クラスの巨大な装備

を搬入車など使わずに一瞬のうちに移動させることが

できるのは、随意領域(テリトリー)を展開した魔術師(ウィザード)くらいしか

思い当たらなかったのだ。

 

 

心の中で、該当コードが出ないことを祈りながら、

整備士の言葉を待つ。

 

 

──だが。端末からピー、という高い音が発されると

同時、整備士が声を詰まらせた。

 

 

「隊長、ひ、一人、デバイスを携行している隊員が

います」

 

 

「……っ、誰?」

 

 

遼子が問うと、整備士は震える声を発してきた。

 

 

 

「と、鳶一折紙一曹(とびいちおりがみいっそう)です……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「よっしゃぁぁッ! 琴里! 次は何に乗る⁉︎」

 

 

 

巨大フリーフォールを堪能した士道は、琴里の手を

引いたまま走り出した。

 

 

「ちょ……ちょっと待ちなさいよ!」

 

 

髪が乱れ琴里が、声を上げながら足を踏ん張り、

士道の進行を妨げる。

 

 

「ん、どうした琴里」

 

 

「どうしたじゃないわよ……っ! ちゃんと説明

しなさい、説明を!」

 

 

琴里が興奮した調子で叫び声を上げてくる。

 

 

まあそれも無理からぬことなのかもしれなかった。

何しろ士道は着替えを終えた琴里をアミューズエリア

へと引っ張ってくるなり、有無を言わさず一番近くに

あった絶叫系アトラクションに吶喊したのだから。

 

 

「説明? しただろさっき。実はお兄ちゃん遊園地が

大好きなのです」

 

 

「説明にすらなってないわよッ! そんな理由で

私連れ回してるっての⁉︎」

 

 

「ばっ、おまえ、そんな理由とか言うんじゃねえよ。

男は高校生にもなるとな、遊園地とかなんてそうそう

行けないんだぞ? 家族連れってのもなんとなくだが

気恥ずかしい。男友達だけだってのもとても悲しい。

結局遊園地で生存が許されるのは、彼女持ちという

そんな特権階級だけなんだよ! 遊園地に来たくても

来れない男子が、一体何万人いると思ってるんだ!」

 

 

士道が高らかに訴えると、琴里はキッと視線などを

鋭くした。

 

 

「知るかッ! だいいち──」

 

 

だが、そんな言葉の途中で何かに気付いたように

ハッとして、声を窄ませていく。

 

 

「か、かのじょ……」

 

 

何やら小さな声でボソボソ呟きながら、顔などを

赤くする。

 

 

「ん? どうした琴里。──あ、もしかしておまえ」

 

 

「! な、なんでもないわよ! 一気に──」

 

 

「フリーフォールが怖かったのか? 

何だよ、先に言ってくれればいいのに」

 

 

口元を押さえてプー、クスクスと笑うと、琴里が顔を

真っ赤にして手を振り回してきた。

 

 

「いたたたっ、や、やめろって」

 

 

「るさいッ! くぬっ、くぬッ!」

 

 

士道はなんとかしてその攻勢から逃れると、今度は

ジェットコースターの搭乗口を指した。

 

 

「よし、琴里。今度はあれ乗ろうぜ」

 

 

「だから、人の話を聞きなさいよ!」

 

 

「あ、そうか。琴里の身長じゃジェットコースターに

乗せてもらえないかー」

 

 

士道がニヤニヤしながらそう言うと、琴里は顔を

真っ赤にして再び突撃した。

 

 

「馬鹿にすんじゃないわよ! ジェットコースターの

その制限って一一〇センチとかじゃない! さすがに

そんなに小さくないっての!」

 

 

「ええー? でも怖いんだろー?」

 

 

「舐めるんじゃないわよ! むしろ士道の方が

おしっこ漏らさないか心配ね!」

 

 

「何おう? じゃあどっちが怖がるか勝負しよう

じゃねえか」

 

 

「望むところよ!」

 

 

琴里は鼻息荒くうなずくと、士道とともに搭乗口に

上がっていった。

 

 

 

琴里が「は……っ」と士道に乗せられていることに

気付いたのは、ジェットコースターの安全バーなど

下がってきたときだった。

 

 

 

 

 

 

「うーむ……大丈夫でしょうかね、士道くんは」

 

 

オーシャンパークの上空に浮遊した〈フラクシナス〉

の艦橋では今、神無月が落ち着かない様子で腕組み

しながら、靴底で床を叩いていた。

 

 

「……いや、むしろ琴里に限っては、こちらの方が

いいのかもしれない」

 

 

と、艦橋下段に座った令音が、画面をジッと見ながら

静かな声を発する。

 

 

「そうですかねえ」

 

 

「……ああ。シンもやるじゃないか。少し余計な

気を回しすぎたかもしれないな」

 

 

令音が小さくうなるようにそう言うも、神無月は未だ

不安などが抜けないといった様子で眉を歪めながら、

メインモニタに目をやっていた。

 

 

と、士道と琴里がお化け屋敷に入ったところで、

神無月が「ああっ!」と声を発した。

 

 

メインモニタには、暗闇の中を歩くそんな二人の姿が

映し出されていた。と、入り口から光などがまったく

届かなくなったくらいのところで、士道が琴里に手を

差し出す。

 

 

『ほら、琴里。手』

 

 

『は……はあ? 何言っているのよ。子供扱いしない

でくれる? それともなに? もしかして怖いの、

士道』

 

 

言って、大げさに首を振ってみせる。普段ならば

士道が黙ってしまうパターンである。

 

 

しかし士道は大仰にうなずくと、弱々しく両肩を

すぼめてみせた。

 

 

『そう、実は怖くて仕方ないんだ。だから琴里、

兄ちゃんの手を握っててくれよう』

 

 

『な、何してんのよ気色悪い!』

 

 

『琴里ー』

 

 

『わ、わかったわよ……! わかったから

少し黙りなさいッ!』

 

 

琴里が頭をくしゃくしゃとかき、一緒躊躇いながらも

士道の手を握る。そして少し恥ずかしそうにしている

顔をうつむけてた。なんとも微笑ましい光景である。

少なくともクルーたちは神無月が声を上げてる理由が

わからないでいるようだった。

 

 

「ど、どうしました、副司令」

 

 

「士道くん、せっかくのお化け屋敷だっていうのに、

何てもったいないことを……!」

 

 

「え……? ちゃんと手も繋いでいるし、何も問題が

ないように見えますが……」

 

 

艦橋下段のクルーが言うも、神無月はブンブンと首を

横に振った。

 

 

 

(なに)()っているんですか! なぜ司令(しれい)()きつかないのですかぁぁッ! 合法的(ごうほうてき)司令(しれい)(やわ)らかな肢体(したい)堪能(たんのう)でき、もしかしたらそのあとに(かた)(くつ)(そこ)(かお)(あと)()けていただけるかもしれないのに……ッ‼︎」

 

 

 

『………』

 

 

クルーたちが、一斉に頬に汗を垂らした。

 

 

と、お化け屋敷を抜けた士道たちが、今度は今度は

ゴーカートの方に歩いていった。

 

 

最初は別々の車へと乗ろうとしていたのだが、士道が

ちょいちょい、と手招きをすると、琴里の表情などは

少し恥ずかしそうに頬を染めながら、二人乗りである

大きなカートに乗り込んだ。

 

 

「あ、ああ……! 士道くん、何てことを……!」

 

 

そんな様子を見て、再び神無月が悲愴に満ちた声を

上げる。

 

 

 

「なぜ一緒(いっしょ)にカートに()るのですか! そこは司令(しれい)だけを()せ、自分(じぶん)(あし)(はし)るべきでしょう! サディスティックに微笑(ほほえ)みながら(せま)司令(しれい)のカート! 次第(しだい)()められる距離(きょり)! そして執拗(しつよう)なアキレス(けん)への攻撃(こうげき)()てにその()(たお)()んだなら、苛烈(かれつ)なバンパーの洗礼(せんれい)がその身体(からだ)蹂躙(じゅうりん)する……ッ! ああ、司令(しれい)! お慈悲(じひ)を! お慈悲(じひ)を!」

 

 

 

『………』

 

 

恍惚とした様子で身を捩る神無月に、再びクルーたち

の湿った視線が注がれる。

 

 

 

その視線には、『インカム捨てて正解だったかも』

という皆の総意が込められていた。

 

 

 

 

 

 

 

「はふぅ……っ」

 

 

 

そんな息を吐いて、琴里が中央広場のベンチの上に

身体を投げ出す。時刻はもう五時を回っていた。

 

 

あれから士道と琴里は、もうアミューズエリアなどの

アトラクションを制覇しそうなその勢いで、とにかく

遊んで遊んで遊びまくった。琴里が疲れてしまうのも

無理はない。

 

 

「あー……ちょっとやべえわ。遊園地舐めてたわ。

超楽しいわ」

 

 

「ふん、子供なんだから。高校卒業までにはおしめが

取れるといいわね」

 

 

「スプラッシュコースターではしゃいでいたおまえに

言われたかねえ」

 

 

「な、なんですって⁉︎」

 

 

琴里は不満げに声を上げたが、すぐにはあと吐息して

姿勢を元に戻した。

 

 

「ふん……いいわ、疲れたし。それに……まあ、

つまらなくはなかったし」

 

 

「ん、そか」

 

 

士道は目を伏せると、もう一度大きく自身の身体を

伸ばした。小さく背骨が鳴る。

 

 

「しっかし……遊園地なんて来たのどれぐらいぶり

だったけか。父さんも母さんの二人はほとんど家に

いないから、随分……」

 

 

「五年前よ」

 

 

「え?」

 

 

即座に琴里が答えてきて、士道はそんな素っ頓狂な声

を発した。琴里は一瞬ハッとした顔を作ってたが……

言ってしまったものは仕方ないといったその調子で、

言葉を続けてきた。

 

 

「家族みんなで遊園地に行ったのは、五年前が最後。

それからは一度も行ってないわ」

 

 

「よく覚えてるな。そっか……五年も前になるか」

 

 

士道はその言葉を口の中で転がしながら頬をかいた。

 

 

五年前。ここ数日の間に随分と、その単語を耳にした

気がする。

 

 

五河家が最後に遊園地に行った年。妹の琴里が精霊に

なった年。士道によって琴里の霊力が封印された年。

そして──折紙の両親が、死んだ年。

 

 

士道は無言のままベンチを立つと、隣に座った琴里と

向かい合う位置に足を落ち着けた。

 

 

──一昨日。士道は思い出していた。五年前、天宮市

南甲町で起こった火災の日の出来事を。霊装を纏った

琴里が泣いているその光景を。

 

 

 

だからこそ、その疑問は士道の胸の底に(おり)のように

蟠っていたのだった。

 

 

 

つまりは───折紙(おりがみ)両親(りょうしん)(ころ)した精霊(せいれい)一人(ひとり)は、本当(ほんとう)琴里(ことり)なのだろうか、と。

 

 

 

「……何?」

 

 

琴里が小首を僅かに傾げてくる。だが数秒のあと、

何か気付いたように肩を小さく震わせた。

 

 

一体何を考えているのだろうか、琴里が頬を染め、

目をキョロキョロと動かす。

 

 

「え、あの、その……もしかして」

 

 

「琴里」

 

 

「ふぁ、ふぁい……っ!」

 

 

士道が静かに名前を呼ぶと、琴里が間の抜けた声で

返してきた。

 

 

「し、士道……? その、うん、まあ確かに頃合い

だとは思うけど……その、せ、せめてもう少し、

ひとけのない場所に行かない?」

 

 

「……? なんでだ?」

 

 

「な、なんでって……」

 

 

琴里が、辺りを見渡すように首を動かす。確かに辺り

には数名の人が見受けられたが、二人の話が聞こえる

距離などではない。そこまで気にすることはないと

思うのだが。

 

 

 

「別にいいじゃないか、ここで」

 

 

「っ……!」

 

 

士道が言うと、琴里は赤い顔をさらに赤くして、

声にならない叫びを上げていた。

 

 

そんな琴里を不思議そうに眺めながら、小さく口を

開く。

 

 

「その、だな、琴里」

 

 

「……! な、なに……?」

 

 

「訊きたいことが……あるんだ」

 

 

「! き、キスしたいとかそんなにはっきり……

て、え?」

 

 

「え?」

 

 

士道と琴里はキョトンと目を見合わせた。

 

 

 

「え、ええと? 悪い、琴里は今──」

 

 

「う、うるさい! 気にするなっ! それよりも

何よ、訊きたいことって。早く言いなさいよっ!」

 

 

「あ、ああ……」

 

 

琴里のその勢いに圧され、士道は一歩後ずさった。

琴里の方の要件なども気になったが、まあそこまで

言うのならこちらから訊かせてもらおう。

 

 

士道はこほんと咳払いをしてから、琴里の目をジッと

見つめ直した。

 

 

「あのだな、琴里。おまえは五年前──」

 

 

──と、言いかけた瞬間。士道の周りなどの音が、

少し遠くなるのを感じた。

 

 

一瞬あと、気付く。自分の周りに、目に見えた壁が

膜のようなものが張られているということに。そう。

まるでASTの随意領域(テリトリー)のような──

 

 

「え──?」

 

 

次いで、上方から目の前──琴里のいる場所に、

何かが落ちてくるのが見えた。

 

 

次の瞬間、凄まじいそんな爆発音などが響き渡り、

視界に広がっていた景色が炎に包まれる。

 

 

「な……」

 

 

一瞬、目の前で起こったことなどが理解できず、

しばしの間身体を硬直する。

 

 

士道の身体には、傷一つついてなどはいなかった。

周囲に展開した見えない壁が爆風を完全に遮断して

いたのである。

 

 

しかし、その外側。琴里がいた景色は今、一瞬前とは

まったく別物になってしまっていた。

 

 

煙に包まれたその壁の外側に出ようと足を前に出す。

しかし見えないその壁は士道の力程度ではビクとも

しなかった。

 

 

「琴里!」

 

 

叫び──士道は上方からの視線に気付いた。

 

 

こんなことが、自然に起こり得るはずがない。

 

 

 

(だれ)かが、何者(なにもの)かが、悪意(あくい)を、敵意(てきい)を、殺意(さつい)()って攻撃(こうげき)でもしてこない(かぎ)りは。

 

 

 

士道はバッと顔を上げ──そこにいた人物を見て、

またも息を詰まらせた。

 

 

「っ、折紙……」

 

 

そう。士道と琴里のいた場所を睥睨するように、

空には、ワイヤリングスーツにCR-ユニットを

纏った鳶一折紙が浮遊していたのである。

 

 

「───士道。ここは危険。離れていて」

 

 

出撃のたびに微妙に兵装が異なる折紙ではあるが、

今彼女がその身に纏っているユニットは、いつもの

それらとは一線を画する異様さを放っていた。

 

 

まるで折紙の身体を包み込むようなそんな形をした、

巨大なユニットであった。背には幾つもの複数のある

ミサイルポッドやコンテナらしきパーツがずらりと

備え付けられ、そこに延びた両腕パーツなどからは、

巨大な光の刃を顕現させた大型レイザーブレイドが、

そしてさらにその外側に、戦艦の主砲のような巨大な

砲門がニ門、見受けられる。

 

 

まるで大量の武器庫を背負って出てきたかのような

異形の姿。

 

 

──間違いない。今琴里を狙って撃ってきたのは、

この少女だった。

 

 

『う──わぁぁぁぁぁぁぁぁッ⁉︎』

 

 

一拍おいて、周囲の客たちのそんな異常事態などに

気付いたらしい。辺りから甲高い悲鳴が幾つも響き、

客たちがバタバタと逃げ去っていく。

 

 

それはそうだろう。もしも折紙が現れただけならば、

遊園地の新たなアトラクションと思った客もいたかも

しれないが、それがミサイルか何かを放って辺り一帯

を焦土と化したというのである。逃げ出したのは当然

であった。

 

 

だが、士道は動かなかった。動けなかった。

 

 

血が出んばかりに拳を握りしめながら、空に浮いた

折紙を睨み付ける。

 

 

「折紙──! おま、え、今、何をしたのかわかって

いるのか……ッ⁉︎」

 

 

士道が掠れた声で叫ぶと、折紙は静かに首を前に

倒してきた。

 

 

 

「──五河琴里(いつかことり)(ころ)した」

 

 

 

そのあまりに簡素なもの言いに、士道は全身を

震わせた。が──

 

 

「……殺した、ね。随分とまあ、お手軽に言って

くれるじゃあないの」

 

 

前方──琴里のいた方向から不敵な声が聞こえると

同時、そこに蟠っていた煙が、風に巻かれるように

霧散する。──その中心には、焔の壁に守られてた

琴里の姿があった。

 

 

「ふう」

 

 

琴里が小さく息を吐き、ぱちんと指を鳴らす。すると

琴里を覆うように広がっていた焔の壁が空気に溶けて

消えた。そして折紙の方に目を向けると、嘲るように

あごを上にやる。

 

 

「鳶一折紙。あなたはもう少し賢明な人かと思って

いたのだけれど」

 

 

「……私のことを知っているの?」

 

 

「警報も鳴っていない、避難もできてないそんな中で

ミサイルぶっ放すようなそんなクレイジーな女なんて

知らないわ」

 

 

「…………」

 

 

折紙は無言で、キッと視線を鋭くした。恐らくそれが

CR-ユニットへの指令だったのだろう。折紙が背後に

背負っていたウェポンコンテナの一部などが展開し、

無数の銃口が姿を現す。

 

 

そしてそれらから一斉に、琴里に向かって鉄の礫の雨

を降らせた。

 

 

随意領域(テリトリー)によって完璧に制御されている複数の弾道。

無論至近距離にいる士道の方にも流れ弾は飛んでくる

のだが、士道の周りに張られた見えない壁が、それら

を全て防いでいた。──恐らく、この壁も折紙の仕業

なのだろう。

 

 

「……! 琴里!」

 

 

士道はけたたましい銃声の中、思わず腕で顔などを

覆いながら叫んだ。

 

 

琴里が悠然と手をかざす。するとその足元から紅蓮の

焔が立ち上り、折紙から放たれた銃弾を飲み込んだ。

 

 

 

「〈神威霊装・五番(エヒロム・ギボール)〉!」

 

 

 

琴里が言うと、その焔が身体などにまとわりつき、

琴里の服を焼いていく。

 

 

そして次の瞬間には、焔が琴里の服に替わるように、

幻想的である和装の形を取っていた。揺らめく羽衣。

燃える袖。そして───純白の角。霊装。精霊を守る

絶対の城であり鎧。

 

 

 

「〈灼爛殲鬼(カマエル)〉!」

 

 

 

次いで琴里がそう言うと、その手には炎が集結し、

巨大な戦斧を形作った。

 

 

その姿を見て、折紙が忌々しげに表情を歪める。

 

 

折紙の顔が信じられず、士道は眉をひそめていた。

鳶一折紙。十六夜零に次ぐ、絶対無欠の優等生。

常に冷静で、沈着で、表示を乱したりすることなど

滅多にない。

 

 

そんな鳶一折紙が、その顔を憤怒に染め、琴里を

睨み付けていたのである。

 

 

「見つけた……ようやく……ッ!」

 

 

折紙がそう言った瞬間、士道の身体が音もなくすっと

浮き上がった。

 

 

「な……⁉︎」

 

 

「危険。士道、あなたは離れていて」

 

 

折紙は軽く視線を動かすと、士道の身体はそちらの方

へと軽々と吹き飛ばされていった。

 

 

「うわっ⁉︎」

 

 

柔らかな芝生の上へと身体を転がされ、士道はうめく

ようにしながら頭を押さえた。

 

 

そこで気付く。士道の周囲に張られていた見えない

壁が解除されていたのである。

 

 

だが、今はそれどころではない。士道は急いで身体を

起こすと、今し方吹き飛ばされて来た方向──霊装を

纏った琴里と、巨大なユニットに包まれた折紙の方に

視線を戻す。

 

 

「琴里──折紙……ッ!」

 

 

最愛の妹と、友人。ともに大切な人たちであるはずの

二人が、相手の命を刈り取ってしまう武器をお互いに

向け合って対峙する。士道が考えたくなかった最悪の

光景が、そこにあった。

 

 

「ふ──ッ!」

 

 

折紙が短く息を吐いた瞬間、折紙が背負っていた

コンテナ状のユニットが、一斉にその口を開けた。

そして、先ほどまでとは比べものにならないまでの

量のミサイルが、煙で軌跡を描きながら地上にいる

琴里に迫っていく。

 

 

凄まじい爆音と爆風、強烈な震動と衝撃波が、辺りに

撒き散らされた。

 

 

「ぐ……っ」

 

 

思わず腕で顔を覆い、目を細める。だがそれだけでは

足りなかった。身体を地面に這わせるような格好で、

どうにか爆風に吹き飛ばされないよう踏ん張る。

 

 

地上の物を討滅し尽くす絶対的な意思で固められてた

そんな爆砕の使徒は、一瞬のうちに、遊園地の一角を

壊滅させた。琴里の立っていた一帯が空間震が起きた

際に抉れ、何も無くなっている。

 

 

あまりにも凄まじい威力。今まで何度か折紙たちAST

の戦闘を目にしてきたが──ここまで圧倒的な火力を

誇るユニットは見たことがなかった。

 

 

「琴里!」

 

 

思わず、名前を呼ぶ。折紙の攻撃が着弾した位置に、

琴里の姿は見受けられなかったのである。まさか、

今の攻撃で消し飛ばされてしまったのでは──

 

 

そんな士道の懸念などを振り払うように、上空から

小さな声が聞こえてきた。

 

 

「ふん……随分と行儀の悪い武器を使うわね」

 

 

そちらに顔を向ける。そこには、傷一つない琴里が

悠然と浮遊していた。

 

 

「く──」

 

 

折紙が苦しげに顔を歪め、そちらの方に向き直る。

そして再び上げると、それに合わせて、先ほどと

同じように夥しい数のミサイルなどが琴里の方に

向かっていった。

 

 

しかも、今度はそれだけではない。

 

 

 

「── 指向性随意領域(テリトリー)・展開! 座標固定(二二三・四三九・三六)……ッ!」

 

 

 

折紙はその文言を唱えると同時、琴里の周囲に球状の

結界が形作られたのである。

 

 

「ん── ?」

 

 

琴里が眉をひそめる。士道の視点の方からはすぐに

知れた。あれは、先ほど士道の周囲に張られていた

もののように、琴里を守るための結界ではない。

そう、それは──

 

 

折紙から放たれた大量のミサイルは、琴里の周囲に

展開されたその結界を通り抜け、その全てが琴里に

着弾した。

 

 

今度は、士道は顔を覆わずに済んだ。それは単純な

理由で、球状にしてる結界の中で炸裂した幾つもの

ミサイルは、その範囲外一切爆風を漏らさなかった

からだ。

 

 

だが、それだけに、結界の内部がどのような惨状に

なっているからは想像に難くなかった。あれだけの

ミサイルを直撃され、さらにそんな爆風を幾重にも

浴びたなら、いかに精霊とはいえただでは済むまい。

 

 

「はぁ……っ、はぁ……っ、はぁ……っ」

 

 

よほど脳などを酷使しているのだろう、折紙の顔には

びっしりと汗を浮かべ、肩を揺らしながら呼吸する。

それと同時に琴里の周りに張られていた結界が空気に

溶けて、蟠っていた濃密なまでの煙が細くたなびいて

消えた。

 

 

だが、その煙が掻き消えたところで、折紙がカッと

目を見開いていた。

 

 

それも無理はあるまい。何しろ、煙が消えた場所に

真っ赤な焔の塊が浮遊しており──

 

 

「ぷはっ」

 

 

小さな吐息とともに、そこから身体のあちこちを

煤けさせた琴里が顔を出したのだから。

 

 

「やってくれるじゃない。見たことない機体ね。

新型かしら」

 

 

言いながら、琴里が軽く手を振る。すると先ほどの

ように琴里の身体を炎が這っていき、その身体を、

霊装を、全て傷一つない状態に復元していった。

 

 

だが──その瞬間。

 

 

 

「……っ、あ──」

 

 

急に琴里が顔を歪めると、左手で側頭部を

押さえながら苦しげな声を発す。

 

 

「く……力を、使い、過ぎ……」

 

 

士道はハッと肩を揺らした。あの症状には見覚えが

あった。

 

 

一昨日。高校の屋上で見た光景。

 

 

つい先ほど──ウォーターエリアの片隅で目撃して

しまった光景。

 

 

押し寄せる破壊衝動に意識を喰われている琴里の姿

である。

 

 

命の取り合いなどをしているこの状況において、

それはあまりにも大きな隙だった。

 

 

そして、そんな好機を、折紙が見逃すはずはない。

 

 

 

「〈グリーヴリーフ〉──解除・展開!」

 

 

 

折紙が叫ぶと同時、レイザーブレイドの刃が本体から

射出され、光の帯となって〈灼爛殲鬼(カマエル)〉と琴里の身体

に絡みつく。

 

 

「ぐ……」

 

 

 

「指向性随意領域(テリトリー)──展開!」

 

 

 

折紙が再びその文言を唱えると、またも琴里の周囲

に球状の結界が生成される。

 

 

だが、今度放たれるのはミサイルではなかった。

折紙は身を捻ると、ウェポンコンテナの両端に

備えられていた巨大な砲門を琴里に向け──

 

 

 

「討滅せよ──〈ブラスターク〉」

 

 

 

その声と同時に、至近距離から、魔力光の奔流が

放たれた。

 

 

 

「──────っ!」

 

 

 

目映(まばゆ)く、青白い破壊の光。兵器や武器には明るくない

士道でも、あれが恐ろしい威力を持った討滅の光だと

いうことはわかった。琴里の周囲には張られた結界。

先ほどミサイル着弾の衝撃と爆風を完全に押し込めた

それにヒビが入り、内部からそんな魔力光が僅かに

漏れ出る。

 

 

その光が地面に触れた瞬間、凄まじい爆発が起こり、

小さなクレーターを作っていった。

 

 

「琴里──!」

 

 

のどを潰さんとばかりに絶叫を上げる。だが、辺りを

破壊する魔力光の余波で、まともにそんな士道の声は

届かなかった。

 

 

「……っ、……っ」

 

 

折紙が憔悴した様子で砲を下す。顔は真っ青になり、

息などは上がっていた。一方的に攻めているのは折紙

だというのに、まるでダメージを受けているかのよう

ですらある。

 

 

と───その次の瞬間、折紙の背後に〈灼爛殲鬼(カマエル)〉を

振り上げた琴里が現れた。

 

 

 

「な──」

 

 

折紙が驚愕に顔を歪め、すぐさま応戦しようと

レイザーブレイドを構えるが、遅い。

 

 

 

「──〈灼爛殲鬼(カマエル)〉」

 

 

 

焔の刃が蠢動し、折紙を襲う。

 

 

「きゃ……ッ」

 

 

押し殺すようなそんな悲鳴を漏らし、折紙の身体が、

巨大な装備ごと地面に叩きつけられていた。

 

 

琴里はそんな様子を冷たいその眼差しで見下ろすと、

右手に握った〈灼爛殲鬼(カマエル)〉を躊躇うことなく片手で

軽々と振り抜いた。焔の刃が揺らめき、折紙に迫る。

 

 

「く…… 随意領域(テリトリー)──展開!」

 

 

折紙が奥歯を噛み締めてからそう唱えると、折紙の

周囲に展開されている 随意領域(テリトリー)がその面積を減らし、

折紙とユニットなどに張り付くような格好になった。

 

 

次の瞬間、〈灼爛殲鬼(カマエル)〉の刃が、その表面に力強く

打ち付けられる。

 

 

「く──ぁ……っ」

 

 

 

折紙の随意領域(テリトリー)はどうにかしてその攻撃を防いだよう

だったが、折紙の脳にはそれだけで強烈過ぎる負荷が

かかったようだった。苦しげに眉根を寄せ、うめき声

を上げる。

 

 

だが、琴里は攻撃の手を一切止めなかった。

幾度も、幾度も、炎の刃を大きく燃え上がらせて、

折紙を鞭で打ち付けるように戦斧を振り続ける。

 

 

「あら、さっきまでの威勢はどうしたのかしら? 

私を倒すんでしょう? 私を討つんでしょう?

私を殺すんでしょう? ならさっさと飛びなさい。

切先を、銃口を私に向けなさい。でないと───

ふふ、あなたが先に死んでしまうわよ?」

 

 

「……ッ! 琴里!」

 

 

琴里の言葉に、士道は悲鳴じみた声を上げた。

 

 

あれは、明らかに琴里ではない。

 

 

破壊衝動に意識を侵食された──琴里でない、

琴里である。

 

 

「止めろ琴里! それ以上やったら──」

 

 

だが琴里は、攻撃の手を止めようとはしなかった。

唇の端を凄絶な笑みを形を浮かべながら、幾度も、

幾度も、折紙の随意領域(テリトリー)に焔の刃を打ち当てていく。

 

 

「……っ、か、は──」

 

 

そして幾度目の斬撃であったのだろうか、遂に折紙の

随意領域(テリトリー)が破られ、巨大なユニットのコンテナ部分に

灼爛殲鬼(カマエル)〉の刃が浅い傷を付いた。

 

 

「……なんだ。もう終わり? つまらないの」

 

 

琴里は冷めた声でそう言うと、息を荒くした折紙の

もとへ降り立った。そして、

 

 

 

「〈灼爛殲鬼(カマエル)〉── 【(メギド)】」

 

 

 

巨大な戦斧から刃が霧散し、棍の部分が可変して、

琴里の右腕に装着される。

 

 

そして琴里は、折紙の顔にその砲門を突き付けた。

 

 

「いいわ。──戦えないのなら、あなたは、もう、

いらない」

 

 

「琴里ッ! 止めろ! 琴里ぃぃッ!」

 

 

のどを潰さんばかりに叫びながら、琴里と折紙の方へ

駆けていく。しかし、その間にも、琴里の掲げている

砲門には、周囲の炎が吸い込まれていった。

 

 

〈アテナ〉の天使を貫けなかったが、狂三の天使を

容易く貫いた一撃である。あんなものを至近距離で

喰らえば、人間などひとたまりもない。───だが、

折紙は苦しげに肩で息をしながらも、怯えることなく

琴里を憎々しげに睨み付けていた。

 

 

「〈イフ──リート〉……ッ!」

 

 

折紙が言うと、琴里は不機嫌そうに表情を歪めた。

 

 

「……嫌な名前を知っているわね。一体どこでそれを

調べたのかしら」

 

 

しかし、苛烈な語勢を直すことなく、続けた。

 

 

 

「そうやって……(ころ)したの? 五年前(ごねんまえ)……(わたし)のお(とう)さんと、お(かあ)さんを──ッ!」

 

 

 

「え──」

 

 

琴里が、今までと明らかに温度の違う声を発した。

 

 

 

 

 

 

「おお、見ろ四糸乃! 滝だ!」

 

 

ウォーターエリアの室内プールをぐるりと巡るように

通ったプールで。

 

 

大きなボートに乗った十香が声を上げると、その隣に

座った四糸乃が興奮気味にこくこくうなずいた。

 

 

「すごい、です……!」

 

 

『いいねえ、凍らせてみたいねえ』

 

 

四糸乃の左手の『よしのん』も、冗談めかすように

笑いながらそんなことを言う。

 

 

実は最初に参加をしたジャングルクルーズツアーは

随分前に終わったのだが、四糸乃がまた乗りたいと

言っていたため、まさかの二週目に突入していたの

だった。

 

 

本当なら士道を探しに行きたい十香だったのだが、

四糸乃にどうしてもとせがまれたのと、さっきは左側

しか見ていなかったので今度は右側に乗りましょう、

という天才的発想に感銘などを受けて、再びボートに

乗り込んだのだった。

 

 

『は、では皆さん、あちらをご覧ください』

 

 

言って、ボートの舳先に立っていた係員が右手に

聳えた火山を示す。

 

 

『あれはこのオーシャンパーク内でもっとも大きな

火山です。普段は静かなんですが……今日は皆さんが

来てくれたので興奮しているようです。ほら、激しく

爆発しますよー?』

 

 

と、係員が言った瞬間、プール中に激しい爆発音が

響き渡り、空気がビリビリと震えた。

 

 

「お……おおッ⁉︎」

 

 

十香が揺れるボートの縁の辺りにしがみつきながら

目を丸くした。

 

 

「す、すごいな! ボートの左側に乗っていたときは

こんなに大きく感じなかったぞ!」

 

 

十香が言うも───四糸乃はなぜか、顔を真っ青に

青ざめていた。

 

 

「四糸乃?」

 

 

「ち──がい、ます。今のは……」

 

 

そこで、プール中にサイレンが鳴り響き、避難を促す

アナウンスが流れ始めた。

 

 

「な、なんだ……?」

 

 

瞬間──十香は、息を詰まらせた。

 

 

明確に説明できるわけではない、しかし確かな予感。

 

 

近くに……十香と同じような存在が、いる。

 

 

「四糸乃──」

 

 

四糸乃の方に顔を向けると、彼女もまた、十香と同じ

ような顔を作っていた。

 

 

 

精霊の──霊力の匂いとも言うべき微かな波動。

 

 

加え、今の爆発音。そして、姿の見えない士道。

 

 

 

十香の胸に、嫌な感覚が広がっていった。

 

 

「シドー……っ!」

 

 

十香はのどを震わせると、ボートからプールに

飛び込んだ。

 

 

 

 

 

琴里は、呆然と声を発していた。

 

 

「何、を──」

 

 

言いながら、頭痛を堪えるようしてに左手で

頭を押さえる。

 

 

その声は、その顔は、先ほどまでのそれではない。

士道の知っている琴里のものだった。

 

 

それを気付いているのかいないのか、折紙が続けた。

 

 

「五年前。今から五年前。天宮市南甲町に住んでいた

私の両親は、二体の精霊のうちの一体、炎の精霊──

あなたの手で殺された。あなたは、私の目の前で、

二人を跡形もなく灼いた……ッ! 忘れるものか。

絶対に、忘れるものか。だから殺す。あなたを殺す!

〈イフリート〉ッ!」

 

 

裂帛の気合いとともに、琴里の小柄であるその身体が

吹き飛ばされる。霊装を纏う精霊とは思えないほどに

あっさりと、その小さな身体が宙舞う。

 

 

「琴里……っ!」

 

 

士道が必死になって琴里の名を叫ぶも、反応はない。

地面に叩きつけられた琴里は、ただ呆然とその両目を

見開き、カタカタと歯を鳴らすだけだった。

 

 

「そん、な……私、は──」

 

 

折紙は即座に随意領域(テリトリー)を再展開、体勢を立て直すと、

琴里の方に向けて大型レイザーブレイドを振るった。

光の刃が射出され、先刻のように琴里をがっしりと

拘束する。

 

 

「今度は、外さない。── 指向性随意領域(テリトリー)・展開!」

 

 

折紙の言葉と同時に、琴里の周りを結界が取り囲む。

 

 

対象を守るためでなく、閉じ込め、致命的な攻撃を

加えるための殺意の檻。先ほどはすんでのところで

脱出をしたようだったが、今の琴里にそんなことは

望めそうになかった。額に脂汗を浮かべ、苦しげに

身を捩っている。

 

 

「……………ッ!」

 

 

士道は思わず駆け出していた。自分に何かができる

わけでもない。何の役に立つってわけですらもない。

それどころか、琴里の力を失った士道は、致命傷を

負ったとしても再生することさえできはしない。

 

 

きっと琴里の前にその身を晒したとしても、

共に撃ち抜かれるのが落ちだろう。

 

 

だが、足を止めることができなかった。理由など単純

であった。大切な可愛い妹が危機に瀕しているのだ。

それだけで、お兄ちゃんがその窮地に駆けつけるには

十分に過ぎた。

 

 

随意領域(テリトリー)凝縮……〈ホワイト・リコリス〉、

臨界駆動……!」

 

 

折紙が、巨砲を琴里に向ける。だが士道は構わず、

折紙と琴里の間に身を躍らせ、バッと手を開いて

琴里を守るように仁王立ちした。

 

 

「折紙! 止めろ! 止めてくれ!」

 

 

「──っ、士道。邪魔しないで」

 

 

「そんなわけにいくかッ!」

 

 

士道が叫ぶと、折紙はぎりと奥歯を噛み、鋭い視線を

向けてきた。

 

 

「あなたには、言ったはず。私は両親の仇をこの手で

討つために、今まで生きてきた。五年前、あの炎の街

を抜けてから、そのためだけにあった。その精霊たち

の一体である〈イフリート〉を───五河琴里を殺す

ことが、今の私の存在理由」

 

 

「…………ッ」

 

 

そう言う折紙のその言葉を聞いて。士道の頭の中に、

とある少女の台詞がぐるぐると渦巻いた。

 

 

 

(慣れてやがりますから)

 

 

 

崇宮真那(たかみやまな)自称、士道の実の妹。

 

 

 

(倒れないのなら倒れるまで、死なないなら死ぬまで、貴様を殺し続けるのが、私の使命あり存在理由です)

 

 

 

幾度も幾度も狂三を───精霊を殺し、もう元には

戻らないくらいに、心をすり減らして〈アテナ〉に

命などを狙われてしまった少女。彼女が一瞬見せた、

その疲れ切った表情と疲れ切った表情と暗く澱んだ

そんな瞳を思い起こして、士道はごくりと口の中の

唾液を飲み込んだ。

 

 

なぜ今真那をのことを思い出してしまったのか……

それは単純な理由だった。

 

 

目の前で巨砲を構える少女の顔が、それに被って

見えたからだ。

 

 

「駄、目……だ」

 

 

士道がぽつりととそう言うと、折紙は僅かに眉を

ひそめた。

 

 

「駄目なんだ……おまえは、殺しちゃあ……!

その引き金を引いてしまったら──きっともう、

戻れなくなる……!」

 

 

そのたったの一撃で、折紙は、真那になってしまう。

 

 

心が摩滅し、もう元には戻らなくなる。

 

 

人の()()()()感情に敏感な士道だからこそ、わかる。

今の折紙が指をかけているその引き金が、最後の鍵に

なってしまうと。

 

 

「俺は──そんなおまえを、見たくない……!」

 

 

しかし折紙は砲を下ろさず、士道と、その背後の琴里

に鋭い視線を向けたままだった。

 

 

「……っ、それでも、構わない。私自身の手で仇の

一体である〈イフリート〉を討てるなら……!」

 

 

「く──」

 

 

士道は爪が食い込まんばかりに拳を握りしめた。

 

 

だが、それと同時に、士道の頭の中にある一つの

引っかかりが生まれた。

 

 

 

炎の精霊。〈イフリート〉。折紙が言った、

その呼称に。

 

 

 

「──、ぁ……」

 

 

詭弁にも近い言動。くだらぬ言葉遊びだと言われても

何も反論はできない。しかし、それは小さくとも、

可能性だった。細く儚くとも、そんな士道の目の前に

垂らされた一本の糸だった。

 

 

「折紙……一つ聞かせてくれ」

 

 

 

折紙は、応えない。だがその沈黙を肯定なのだと

受け取って、士道は続けた。

 

 

「おまえが仇と狙っているのは──〈イフリート〉と

もう一人の精霊……なんだよな?」

 

 

「そう」

 

 

「炎を操り、全てを焼き尽くし、死の淵からさえ蘇る

……炎の精霊なんだよな⁉︎」

 

 

「そう」

 

 

「俺の妹───五河琴里じゃあなく、炎の精霊

〈イフリート〉なんだな⁉︎」

 

 

「……何を言っているの?」

 

 

折紙が、微かに眉を歪めた。

 

 

「〈イフリート〉と五河琴里は同一の存在のはず。

あなたは一体何を──」

 

 

「いいから答えろ! おまえの仇の精霊の一人は

炎の精霊で、人間である俺の妹は関係ないんだな⁉︎」

 

 

士道がそう大声で叫ぶと、折紙はしばし訝しげに

押し黙ってから声を返してきた。

 

 

「──あなたの言うことは不可解。確かに私の仇は

二体の精霊で、その一体は目の前にいる炎の精霊。

〈イフリート〉。人間ではない。でも、五河琴里は

精霊。その条件は成立し得ない」

 

 

折紙が静かに言う。士道はごくりと口の中の唾液を

飲み込んだ。

 

 

「そこを退いて。士道」

 

 

「駄目だ……それはできない。今の言葉を聞いたら、

余計にな……!」

 

 

「……どういうこと?」

 

 

士道のいうことがわからないといったそんな様子で、

折紙が顔をしかめる。

 

 

「頼む。少しでいい。俺と琴里に時間をくれ。

そうしたら──」

 

 

「認められない。今が、〈イフリート〉を討つ最大の

好機……! 退かないのなら──」

 

 

折紙が、砲門を構え直す。士道を貫き、仇である琴里

を消し尽くすように。

 

 

「く──」

 

 

折紙の気持ちがまったくわからないわけではない。

きっと、士道の方が道理に合わぬことを言っている。

 

 

大切な人が誰かに殺されたなら、その相手を恨むのは

至極当然のことだ。

 

 

 

それこそ──自分(じぶん)()で、(ころ)したと(おも)うくらいに。

 

 

 

きっと折紙が今ここで琴里を殺したら、士道は折紙が

琴里に抱いたのと同じ感情を心の裡へと持ってしまう

ことになるだろう。

 

 

どれだけ口で許すと言おうとも。どれだけ上辺だけを

取り繕うとも。自分の意思とは関係なく、きっと心の

一番奥の部分には、冷たい怨嗟の檻へとこびり付いて

しまう。

 

 

〈アテナ〉の言う通り、これは綺麗事だ。

 

 

でも──偽善と言われようが、自分勝手な行いだと

言われようが、道理に合わぬとそう言われようが、

士道には、口を噤むことができなかった。

 

 

「両親を殺されたおまえにこんな言っても、綺麗事と

取られるかもしれない。きっと俺だって、父さんや

母さんや琴里などが殺されたなら、殺したその相手を

死ぬほど憎んでしまっていると思う。矛盾してるって

のはわかってる! でも俺は……! 可愛い大切な妹

が目の前で容赦なく殺されようとしてるのを無視する

ことなんてできないし、友達が絶望に浸っちまうのを

黙って見ていることもできないんだよ……ッ!」

 

 

「…………っ」

 

 

折紙が、どこか苦しげに顔を歪める。

 

 

 

だが一瞬目を伏せて小さく首を振ったかと思うと、

折紙は再び琴里に視線を送ってきた。

 

 

「それでも……私は───!」

 

 

折紙が言うと同時、士道の周囲に、見えない壁が

生成された。

 

 

「! こ、れは──」

 

 

士道は眉を歪めて声を上げてた。先ほど士道の周りに

展開されたものと同種のようである。つまりは琴里の

それとは異なり、衝撃から対象などを守る防御の結界

である。

 

 

折紙の意思を察して、士道はのどを潰さんばかりに

震わせた。

 

 

「止めろ、折紙ぃぃぃぃぃぃぃぃ──ッ!」

 

 

「う、あ、あああああああ────!」

 

 

折紙は、士道の声を掻き消すように叫びを上げ、

構えた砲の標準を琴里に向けた。

 

 

だが、そのとき。

 

 

 

「──させるかッ!」

 

 

 

上空からそんな声が響き───折紙の構えた二門

のうち、右側の砲が綺麗に切断された。

 

 

「……⁉︎」

 

 

折紙の顔が驚愕に染まる。だが、その襲撃者の姿に

すぐに見当が付いていたのだろう。忌々しげに唇を

歪ませた。

 

 

「っ、夜刀神十香……!」

 

 

そう。上空から身を踊らせ、折紙の装備の砲門を切断

したのは、水着の上に淡く光る霊装のドレスを纏い、

その手に大きな一振りの剣を握った十香だった。

 

 

「十香!」

 

 

「うむ、無事か。シドー、琴里」

 

 

十香が士道と折紙の間に立つように足を落ち着け、

折紙は油断などなく視線を送りながら言ってくる。

折紙は憎々しげに目を研ぎ澄ますと、背に負った

ウェポンコンテナを展開した。あれだけ撃ったと

いうのに、まだ弾薬は尽きていないようだった。

幾つもの弾頭が顔を覗かせる。

 

 

「邪魔を──」

 

 

しかし、折紙がそれらを射出するよりも早く、

右方から折紙に向けて光線が放たれた。

 

 

「く……」

 

 

折紙が上空に飛び立ち、その攻撃をすんでのところで

避ける。

 

 

それと同時に、折紙の集中などが途絶えたのだろう、

士道を覆っていた不可視の壁がふっと消え失せた。

 

 

そこで、ようやく気付く。今折紙に向けて放たれて

いたのは光線ではなかった。それが通った地面が、

一瞬にしてぱりぱりと音を立てて、凍りついたので

ある。

 

 

「これは……」

 

 

触れるものを全て凍てつかせる。濃密な冷気の塊。

その力には見覚えがあった。

 

 

「大丈夫……ですか、士道さん、琴里さん……」

 

 

攻撃のあった方向から、聞き覚えのあるそんな声が

聞こえてくる。見やると、そこには前に見たよりも

幾分か小さなウサギの人形が控えていた。

 

 

表面には紋様の描かれた綺麗で滑らかなフォルム。

氷柱のような牙の並んだ顎。そしてその背中には、

水着の周囲にぼんやりとした輝きを放つドレスを

纏った四糸乃が張り付いていた。

 

 

「四糸乃!」

 

 

「はい」

 

 

士道が名を呼ぶと、四糸乃がこくりとうなずいた。

 

 

「そ、その姿……それに、〈氷結傀儡(ザドキエル)〉……っ⁉︎」

 

 

「は……い。令音さんから、士道さんと琴里さんが

……危ないって連絡を受けて、こっちに来たんです

けれど……二人を助けなきゃってそう思ったら、

心がざわっとなって……」

 

 

四糸乃の言葉を継ぐように、巨大なウサギ型天使──

氷結傀儡(ザドキエル)〉が引く吠えた。

 

 

『やっはー、間一髪だったねー』

 

 

「て……よしのん?」

 

 

氷結傀儡(ザドキエル)〉口の動きに合わせて発されたその声に、

首を傾げる。すると〈氷結傀儡(ザドキエル)〉はその恐ろしげな

見た目にそぐわぬ仕草でははと笑ってみせた。

 

 

『ま、感謝の言葉ならあとで遠慮なく聞くよー。

でも、今は──』

 

 

瞬間、十香と四糸乃目がけて、幾発ものミサイルの雨

が降り注いでくる。

 

 

「ぐっ……‼︎ 四糸乃!」

 

 

「十香さん!」

 

 

十香は剣を構え、四糸乃は周囲のプールから集めて、

氷の障壁を生成してミサイルを防ごうとしていると

 

 

 

「〈断罪槍(ロンギヌス)〉」

 

 

 

背後から、その声が聞こえた瞬間、折紙の放った幾発

もの大量のミサイルの雨が一瞬にして爆発した。

 

 

 

「……⁉︎」

 

 

「これは……⁉︎」

 

 

「ま、まさか……」

 

 

折紙を含めた全員の顔が驚愕に染まってた。そして、

その声の人物にも見当が付いたのだろう。折紙の顔は

さらに忌々しげに唇を歪ませた。

 

 

「相変わらず、不機嫌だね。可愛い顔が台無しだよ。

それとも、何かいやこととかでもでもあったのかな。

折紙ちゃん?」

 

 

「〈アテナ〉……!」

 

 

世界各国(せかいかっこく) から『白銀(はくぎん)戦乙女(いくさおとめ)』と呼ばれ、討伐不可能

とすら言われている白銀の鎧の霊装をその身に纏った

精霊〈アテナ〉は〈断罪槍(ロンギヌス)〉を強く握りしめながら、

穂先を折紙に向ける。

 

 

「あ、〈アテナ〉……どうして……」

 

 

士道は困惑していた。あれほどの不愉快そうな言葉を

吐いていたのに、助けてくれたのだ。

 

 

全てを切り裂く十香の〈鏖殺公(サンダルフォン)〉や、何ものすらも

通さぬ四糸乃の〈氷結傀儡(ザドキエル)〉も、二人の霊力を封印

しているせいなのか、全力の一〇分の一すらも発揮

できていなかった状態である。

 

 

〈アテナ〉がいなければ、十香と四糸乃は重症などを

受けていた可能性もあっただろう。

 

 

「シドー! ここは私たちに任せて、早く逃げろ!」

 

 

十香は必死な顔で、士道に向かって叫び声を発した。

 

 

「と、十香……四糸乃」

 

 

「正直言って、君がここにいても邪魔なだけだ。

さっさと妹を連れて行きなよ」

 

 

折紙が、忌々しげに十香と四糸乃、そして〈アテナ〉

を睨み付ける。

 

 

「ッ……! 邪魔をしないで。今はあなたたちなどに

構っている暇はない」

 

 

「──ふん、琴里はシドーと同じ、我らの恩人だ。

貴様に討たせるわけにはいかん」

 

 

「……です!」

 

 

「自分としては、その悪趣味で不愉快なガラクタを

その場で壊させてもらう」

 

 

十香が睨み返しながら言い、四糸乃は十香の言葉に

うなずき、〈アテナ〉は〈断罪槍(ロンギヌス)〉を構える。

 

 

折紙は細く息を吐くと、レイザーブレイドを握る

手に力を込めた。

 

 

「なら──あなたたちにも、消えてもらう」

 

 

言うと、再び背に負ったウェポンコンテナをすぐに

展開させ、中に収められていたミサイルポッドから、

湯水のように幾つもの夥しい数の巨大なミサイルを

射出する。

 

 

「芸がないね。── 〈断罪槍(ロンギヌス)〉」

 

 

〈アテナ〉がため息を吐きながら折紙にそう言って、

断罪槍(ロンギヌス)〉を投げ飛ばしたその瞬間、閃光のような

そんな速さで湯水のように放ち続けているミサイルを

軽々と撃ち落とす。

 

 

「く── すまん……!」

 

 

士道は奥歯を噛みしめ、息を荒くする琴里を抱いて

走り出した。

 

 

今士道がしなければいけないのは、十香と四糸乃、

そして〈アテナ〉を心配してここにとどまること

ではない。彼女らの行動と意志を汲んで、琴里を

ここから遠ざけることである──!

 

 

「し、ど……う……」

 

 

顔を青くしながら、琴里が士道の名を呼んでくる。

 

 

「大丈夫だ──すぐに、なんとかしてやる……ッ!」

 

 

走りながら士道が言うと、琴里は少しだけ安心した

ように小さくうなずいた。

 

 

後方から爆発音が響いてくる。十香と四糸乃の二人は

〈アテナ〉の参戦のおかげで善戦はしているが───

二人は〈アテナ〉のように霊力が完全な状態で戻って

いるわけではない。あの巨大な兵装を身につけている

折紙を相手取るのは分が悪い。それこそ、最悪の場合

殺されてしまうことだってあり得た。

 

 

そして、琴里にももうあまり猶予はまったくない。

このままでは琴里の意識などは破壊衝動に呑まれ、

また一昨日のように暴れ出してしまうだろう。

 

 

───そう。士道は、ただ逃げているだけでは

いけないのだ。

 

 

琴里に、折紙に、十香に、四糸乃に、〈アテナ〉。

全員を無事なまま終わらせなければ意味がない。

 

 

そしてその手段は──士道の手の中に一つだけ用意

されていた。

 

 

「よし……!」

 

 

士道は誰もいなくなったそんなアトラクションの陰に

すぐ身を隠し、抱き抱えていた琴里を地面に下ろす。

それだけの動作で、琴里は辛そうに身を捩った。

 

 

「大丈夫か、琴里!」

 

 

「っ、ええ……なんとか、ね」

 

 

琴里はアトラクションに背を預けるようにしながら、

力無く言った。

 

 

やはりもう時間はない。士道は爆音の響いてくる広場

を一瞥してから口を開いた。

 

 

「琴里」

 

 

士道は琴里の肩に手を置き、吐息がかかるくらいの

距離で、ジッと目を見据えた。

 

 

「は……っ、はい」

 

 

琴里が強ばった面持ちで、いつもはしない返事を

返してくる。

 

 

士道はごくりと唾液を飲み込んだ。緊張に汗が滲み、

それと反比例するようにのどが渇いていく。

 

 

士道に残された、琴里を救う唯一の方法。それを──

今から実行に移すのみである。

 

 

「くぁ……⁉︎」

 

 

と、背後から十香の苦悶の声が聞こえてくると同時、

折紙の装着したユニットのそんな駆動音が一層大きく

聞こえてきた。

 

 

「見つけた……ッ! 〈イフリート〉ぉぉぉぉおおお

おおおおッ‼︎」

 

 

身も心も、魂魄すらも燃やし尽くすまでの迫力がある

気迫で、折紙は凄まじいスピードで復讐の牙を琴里に

向けて迫ってくる。

 

 

「──! く──」

 

 

士道は息を詰まらせ、琴里の唇に顔を近づけようと

していた。

 

 

が、そこでもう一つ、決して無視できない問題が

あったことに気付く。

 

 

 

そう……好感度(こうかんど)だ。

 

 

 

途中インカムを捨ててしまったため、今士道には、

琴里の好感度数値を知る術がない。

 

 

もし今までのデートで琴里の士道に対する好感度が

上がっていなかったなら───全ては水泡と帰して

しまうのである。

 

 

琴里の力は封印できず、その意識は、自身の精霊の力

によって侵食されつくしてしまう。

 

 

 

士道(しどう)可愛(かわい)(いもうと)は、永遠(えいえん)(うしな)われてしまう。

 

 

 

士道は奥歯を噛んで首を振った。──そんなことは、

絶対に許容できない。

 

 

だから、士道は顔を近づける前に唇を開いた。

 

 

「琴里!」

 

 

急に大声を出したものだから、琴里がびっくりした

ように目を丸くする。

 

 

だが、士道は構わず続けた。あまりに稚拙な、

しかし心からの言葉を。

 

 

 

琴里(ことり)琴里(ことり)。おまえは(おれ)可愛(かわい)(いもうと)だ。この()一番(いちばん)の、自慢(じまん)(いもうと)だ! もうどうしようもないくらい……大好(だいす)きだ! (あい)してる!」

 

 

 

「ふ……ッ、ふぇ───っ⁉︎」

 

 

琴里が、顔を真っ赤に染まっている。士道は琴里と

同じ様な顔をしながら、言葉を続けた。

 

 

「琴里……ッ! おまえは、俺のこと、好きか⁉︎」

 

 

「そ、そんなこと急に言われても──」

 

 

と、その瞬間、後方からは鉄の礫などが飛んできて、

士道たちの隠れているアトラクションなどに着弾し、

凄まじい火花を散らした。それに次いで周囲に小型の

ミサイルが、琴里に向けられる。

 

 

「琴里!」

 

 

「あ、ああっ……もうッ!」

 

 

琴里が混乱したようにぐるぐると視線を巡らせ、

叫ぶように言ってくる。

 

 

 

()き! (わたし)大好(だいす)きよ! おにーちゃん大好(だいす)き!世界(せかい)一番愛(いちばんあい)してる!」

 

 

「……!」

 

 

それらを聞き届け───士道は、意を決して琴里の

唇に、自分の唇を触れさせた。

 

 

目眩にも似た感覚が頭を襲う。何年もともに過ごして

きた妹とキスをするだなんて背徳に満ちた肺腑などを

満たしていって、得にも言われぬ恍惚となって鼻から

抜け出ていく。

 

 

そして士道は、唇を介して、自分の中に温かいものが

流れ込んでくるのを感じた。

 

 

十香や四糸乃ときにも経験した、精霊の力が自分の中

に封印される感覚。

 

 

 

が、それと同時に──

 

 

 

「…………?」

 

 

先日。二人の間に生成されたそんな経路(パス)を通って、

琴里の霊力が移動した際にも起こった現象。

 

 

頭の中にぼんやりとした記憶が流れ込んできて、

士道は小さく眉を動かした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──その日。琴里は一人、家のすぐ向かいにある

小さな公園で遊んでいた。

 

 

否。遊んでいた……というのは少しだけ違ったかも

しれない。琴里本人はつまらなそうに口をへの字に

しながら、きこきことブランコを揺らしていただけ

だった。

 

 

今日は琴里が九歳になる誕生日なのだというのに、

おとーさんもおかーさんも仕事でいないのである。

 

 

(ぅ……、ぅ……)

 

 

じわりと涙が滲んできて、琴里は小さな服の袖で

目をごしごしと擦った。

 

 

琴里はことあるごとに泣いてしまう、いわゆる泣き虫

だった。今朝もおにーちゃんにそれも注意などされた

ばかりだというのに、こんなことでは、おにーちゃん

に嫌われてしまうかもしれない。

 

 

いや、もしかしたらもうおにーちゃんは琴里に愛想

を尽かしていて、だから今日この日に家にはいない

のでは……

 

 

 

そんな考えなどがぐるぐると渦巻くたび、また涙が

溢れてきて、琴里は必死に目元を拭った。

 

 

こんなだから駄目なのに。もっと強くならないと、

おにーちゃんに嫌われちゃうのに。

 

 

だけれどそれは逆効果だった。そう思うたびに、

次々と目から涙が溢れてくる。

 

 

(ぅ……、ぇ……っ)

 

 

と、そんなとき。

 

 

 

【──ねえ、何を泣いているの?】

 

 

 

琴里の頭上から、そんな声がかけられた。

 

 

(え……?)

 

 

顔を上げる。そこには、なんとも形容しがたい

人物が立っていた。

 

 

そこにいるのはわかるのに、どんな姿形をしている

のかはわからない。

 

 

言葉が認識できるのに、どんな声をしているのか

わからない。

 

 

 

そんな『何か』が、そこにいた。

 

 

 

琴里は肩を震わせた。知らない人に話しかけられた

ときには注意するよう家族にそう言われているし、

そうでなくともこんな得体の知れない人物に警戒を

抱くなという方が無理な話である。

 

 

(だ、大丈夫です。もう、おうちに帰るところです)

 

 

琴里はそう言うと目を擦り、ブランコを降りて、

家の方に走っていった。だが、

 

 

 

【ふうん、お父さんとお母さん、お兄ちゃんもいないんだね。誕生日なのに、寂しいね】

 

 

 

そんなことを言われて、琴里は思わず足を止めた。

 

 

(な、なんで、そんなこと……)

 

 

問うも、『何か』は答えを返してこなかった。

その代わり、静かに続けてくる。

 

 

 

【──君が今より強くなれたら、お兄ちゃんも君を認めてくれるのにね】

 

 

 

(……っ、それ、は)

 

 

 

【ねえ、もっと強くなりたくはない? お兄ちゃんに心配をかけないでいられるくらいの力が、欲しくはないかい?】

 

 

 

(………)

 

 

琴里が押し黙っていると、その『何か』が小さく

笑っていた。

 

 

そして、琴里の方に手を伸ばしてくる。

 

 

するとその手の平の上に、小さな赤い宝石のような

ものが目の前に現れた。ぼんやりとした輝きを放つ、

なんとも不思議な物体が。

 

 

(きれい……)

 

 

 

その言葉に、『何か』はもう一度笑うと、言葉を

続けてきた。

 

 

 

【もし、強くなりたいのなら、これに触れるといい。そうすれば、君は誰より強くなれる。お兄ちゃんも、きっと強い君を好きになってくれるよ】

 

 

 

琴里は、ごくんと唾液を飲み込んだ。

 

 

(本当に……おにーちゃんが……私が、好きになって

くれるの?)

 

 

 

【ああ、もちろんだとも】

 

 

 

『何か』が、言う。誘うように。誘うように。

 

 

 

琴里は、ゆっくりと手を伸ばし、それに触れた。

──触れてしまった。

 

 

(……⁉︎)

 

 

瞬間、赤い宝石が琴里の手の平に溶け入ったかと思う

と全身が火に焼かれているように熱くなっているのを

感じた。それと同時に、琴里の衣服が下から燃えて

いき──奇妙な和服のようなものに変化していく。

 

 

(……ッ⁉︎ あ、ああ……っ)

 

 

全身を襲う熱の苦痛に顔を歪める。だが──

事態はそれだけでは終わらなかった。

 

 

 

琴里の周囲に真っ赤な焔が生まれ──

 

 

 

(あ……あああああああ──ッ!)

 

 

琴里がそんな叫びを上げると同時に、それが、

周囲に撒き散らされたのである。

 

 

公園に。その向かいの家に。その隣のアパートに。

そのまた隣のお店に。

 

 

琴里の街全部を飲み込んでしまうくらい、苛烈に、

猛烈に。──焔が、荒れ狂った。

 

 

と。その瞬間、上空より巨大な一閃の光が地面など

突き刺さり、琴里の目の前で話していた『何か』

姿を消す。

 

 

だが、今の琴里には、それに意識を割けるだけの

余裕はなかった。

 

 

磔にされて生きたまま火刑に処されるかのような

苛烈なそんな痛みが、全身を駆け巡る。そのたび、

琴里の周囲に蟠った焔が、四方八方に火炎放射器

のごとく撒き散らされていった。

 

 

(え……な、何──これ……)

 

 

ようやく全身を襲う痛みなどが和らぎ、周囲の様子を

見取れるくらいになったときには───琴里の視界に

映る景色は、一変してしまっていた。

 

 

(あ、あ、あ……)

 

 

琴里の大好きな家が、大好きな公園が、

大好きな街が、燃えていく。

 

 

それが自分自身の手によるものであることなどは

明らかだった。琴里の身体に巻き付いた焔の帯が、

視界にあるもの全てを焼き尽くしているのである。

 

 

(や、めて……やめて……っ!)

 

 

必死になって懇願するも、焔の勢いは衰えなかった。

それどころか琴里本人の意思を無視するかのように、

その体積をどんどん増やしていく。琴里は顔を歪め、

目から大粒の涙をこぼした。

 

 

(お……にーちゃん……! おにーちゃん……ッ!)

 

 

(琴里!)

 

 

──と。

 

 

 

そんな琴里の鼓膜を、聞き慣れた声が震わせた。

 

 

琴里が今、一番聞きたかった声。──大好きな

おにーちゃんの、声。

 

 

顔を向けると、焔に舐められ平地と化してしまった

その場所に、士道の姿を認めることができた。

 

 

手にしていた大切な荷物をその場に放り、琴里の名

を呼びながら、こちらに走ってくる。

 

 

(ぅ、ぁ、ぁ、ぁ、お、おにぃちゃん……っ、

おにーちゃん、おにーちゃん……ッ!)

 

 

涙でぐしゃぐしゃになった顔を両手で拭いながら、

士道の名を呼び返す。

 

 

しかし、士道が琴里の近くに寄ろうとした瞬間、

琴里の身体にまとわりついていた焔が急に大きく

膨れ上がった。

 

 

(……っ!)

 

 

琴里は身を固くした。これは──駄目だ。

このままでは──

 

 

 

(おにーぢゃん! 来ぢゃだめぇぇぇぇぇっ‼︎)

 

 

(え?)

 

 

士道が、呆然と声を発する。

 

 

しかしそのときにはもう、士道の身体は、琴里の焔に

よって吹き飛ばされていた。

 

 

(おにーちゃん……っ!)

 

 

琴里は痛むその足をどうにか動かし、士道のもとに

駆け寄った。

 

 

仰向けに倒れている士道の様相は、それはもう酷い

ものだった。肩から腹部にかけて肉などを抉ったかの

ような大きな傷跡が這い、その周囲などは無残なまで

焼け爛れている。琴里のその素人目に見ても、助かる

ような状態にはとても思えない。

 

 

(おにーちゃん……おにーちゃんっ! おにーちゃんっ!

おにーちゃん……っ!)

 

 

何度も呼びかけてみるが、返事はない。やがて士道は

うっすら開けていた瞼閉じ──

 

 

 

【──ねえ、彼を助けたい?】

 

 

 

その瞬間。再び、先ほど聞いた声が、琴里の頭上から

聞こえてきた。

 

 

(……ッ⁉︎)

 

 

弾かれるようにすぐ顔を上げると、やはりそこには、

先ほどの『何か』が立っていた。

 

 

(あなた……は──)

 

 

琴里は、わなわなと身体を震わせながら『何か』

見上げた。

 

 

(わ、私の身体に……一体何をしたの⁉︎ 私……

要らないっ、こんな力……要らないっ!)

 

 

琴里が言うと、『何か』は静かに返した。

 

 

 

【そう。でも、それじゃあ、彼はそのまま死んでしまうけれど、それでもいい?】

 

 

 

(……っ!)

 

 

ひッ、とのどを痙攣させるように息を途切れさせ、

琴里は士道の方に視線を戻した。

 

 

(おにーちゃんを、助ける方法が……あるの?)

 

 

 

【ええ】

 

 

 

そして『何か』は、その『方法』とやらを、静かに

語り始めた。こんな場などで言うには、あまりにも

馬鹿らしい、方法。だけれど琴里には、他の選択肢

などなかった。

 

 

この『何か』の言葉などが信用に値しないことなど

は百も承知である。だけれど、このままでは士道が

死んでしまうのもまた、事実であった。

 

 

琴里は小さく深呼吸をすると、『何か』の言ってた

『方法』を実行した。

 

 

ゆっくりと士道に顔を近づけ──その唇に、自分の

唇を押し当てる。すると、

 

 

(────!)

 

 

 

琴里の身体にまとわりついていた白い和装が一瞬淡く輝き、徐々に空気に消えていった。

 

 

 

そしてそれと同時に、士道の身体に炎が這っていく。

 

 

だが、それは士道の身体を灼くものではなかった。

 

 

 

炎が這った跡から、凄惨なその傷跡が消えていた

のである。

 

 

(お……にーちゃ……)

 

 

そして、ほどなくして。

 

 

(あ──、……)

 

 

士道が、ゆっくりと目を開けた。

 

 

(おにーちゃん…… おにーちゃん、おにーちゃんっ!

おにーちゃん……っ!

 

 

琴里は自分が半裸状態になっているにも構わず、

士道に抱きついた。

 

 

(……琴里。まだ、泣いて、るのか……)

 

 

(だって……だって……)

 

 

言いながら、琴里はずずっと鼻を啜った。

 

 

すると士道は困ったように苦笑してから、ゆっくりと

身を起こした。

 

 

(──ああ、そうだ……)

 

 

士道はよろめく身体を引きずって、先ほど自分がいた

位置まで這っていった。

 

 

そして琴里もとに駆け寄る前に放った鞄を拾うと、

再び琴里のもとに戻ってくる。

 

 

士道は鞄を開け、中から綺麗にラッピングされた

小さな紙袋を取り出した。

 

 

(お誕生日……おめでとう、琴里)

 

 

(え──)

 

 

琴里は目を丸くしてぽかんと口を開けた。今の今まで

そんなことすっかり忘れてしまっていたし──それに

何より、士道は琴里の誕生日なんて気にしていないと

思っていたから。

 

 

士道がそんなリアクションに苦笑などをしながら、

それを手渡してくる。

 

 

琴里はキョトンと、士道の顔と小さな紙袋を交互に

見てから、それを開け──中から、琴里の趣味よりも

少しだけ大人びた、黒のリボンを取り出した。

 

 

(リボン──)

 

 

士道はああ、とうなずくと、そのリボンを手に取り、

琴里の髪を二つに括った。

 

 

慣れないその作業の上、今し方死に際を彷徨っていた

状況である。琴里の頭はなんとも不恰好な様相などに

なってしまう。

 

 

だけれど琴里は、そこで初めて、弱々しくでは

あるが、唇を笑みの形にした。

 

 

それを見て、士道も微笑む。

 

 

(ん……やっぱ俺、笑ってる琴里の方が好きだぞ)

 

 

(ほんとう……?)

 

 

(ああ。──だから、兄ちゃんと約束できるか?

最初は………それを着けてる間だけでいい。

それを着けてるときは、琴里は……強い子だ)

 

 

(強い……子)

 

 

琴里は、二つに結われた髪を撫でながら呟いた。

 

 

士道は深くうなずく。琴里は手で目をごしごしと

擦り、鼻を真っ赤にしながら、先ほどまでよりも

強い笑顔を作ってみせた。

 

 

(……うん、わかった。おにーちゃんが……言って

くれるなら、私は、強い子になる)

 

 

あの『何か』がくれたその宝石でさえ、琴里は強く

なれなかった。

 

 

でも──士道がくれたこのリボンでなら、少しだけ、

強くなれる気がした。

 

 

(よし……いい子だ。じゃあ、早くここから──)

 

 

と。士道が琴里の手を取り立ち上がろうとした

ところで。

 

 

 

【──治ったんだね。何よりよ】

 

 

 

『何か』が、三たび琴里の目の前に現れた。

 

 

(な……)

 

 

士道が琴里を自分の身体の陰に隠す。そんな二人の

様子を見て、『何か』小さく笑った。

 

 

 

【安心していいよ。私は君たちに危害を加えるつもりはない。──むしろ最高の結果を残してくれた君たちに感謝をしたいくらいなんだから】

 

 

 

(何を……言って)

 

 

しかし『何か』は琴里のその問いに答えず、ゆらり、

二人の頭に手を伸ばしてきた。

 

 

(……っ!)

 

 

本能的に恐怖を感じる。今すぐここから逃げようと

士道の身体を引っ張るも───まるで射竦められた

ように、その場から動くことができなかった。

 

 

ゆっくりと、『何か』の手が近づいてくる。

 

 

 

【───でも、君たちはまだ、私のことを知らなくていい。少し、忘れていてもらうよ】

 

 

 

そして、『何か』の手が琴里の額に触れた瞬間。

──世界が、暗転した。

 

 

 

 

 

 

 

「今の──は」

 

 

額に手を当てながら、士道は顔を歪めた。

 

 

琴里とキスをしたその瞬間、精霊の力とともに頭に

流れ込んできた『記憶』。

 

 

否──正確に言うのなら先日夢に見たそれとも

異なった。

 

 

士道ではない。琴里の目から見た、五年前の記憶。

それが、経路(パス)を通って士道と共有されたのである。

 

 

「思い……出し、た。あのとき……私は──あの、

『何か』に──」

 

 

琴里もまた、呆然と声を発する。その場所、琴里の

身体を包んでいた羽衣や帯が光の粒子となって風に

溶け消え、琴里の白い肌などが露わになっていた。

それと同時に、琴里が気を失ってしまう。

 

 

「────」

 

 

霊装とは、精霊の力の結晶体なのである。そんな霊力

が失われれば、それが崩れ去ってしまうのも道理だ。

十香や四糸乃のときにも同じようなことが起こってた

ため、全くそんな覚悟などができていなかったわけで

はなかったが、やはり一瞬、言葉を失ってしまう。

 

 

霊装が掻き消える際の光に包まれた琴里の裸身は、

ぞっとするほどに美しかった。

 

 

が、そんな思考はすぐに放逐されることになった。

 

 

琴里の方に向かって、小型のミサイルが迫っていた

のである。

 

 

「く……!」

 

 

士道は琴里の身体を抱くと、その場から飛び退いた。

 

 

「…………ッ!」

 

 

瞬間、琴里がいた場所にミサイルが着弾し、凄まじい

爆風が士道を襲った。

 

 

灼けるような痛みが背に広がり、そのまま倒れ込む。

琴里はどうにか無事だったようだが、士道の背中は、

直視するのも躊躇われるほどの惨状になっていた。

 

 

「ぁ──」

 

 

「……! 士道……!」

 

 

士道の名前を呼ぶ声は、折紙のものだった。すぐさま

折紙が士道の傍に降り立ってくる。

 

 

「なぜ───、く、医療用ではないけれど、

何とか処置を……」

 

 

言いかけて、折紙は目を見開いた。

 

 

それはそうだろう。何しろ士道の身体に焔が這い、

その傷を治癒させていったのだから。

 

 

「っ、ぁ……」

 

 

士道はすぐに背に手をやり、そこに肌があるのを

確かめると、ゆっくり身を起こした。

 

 

そして、顔を驚愕に歪める折紙に視線をやる。

 

 

「な……今のは──」

 

 

「──そう。折紙。おまえがさっき、言ったよな。

自分の仇の精霊の一体は〈イフリート〉であって、

人間の五河琴里じゃないって」

 

 

言いながら、その場に立ち上がる。

 

 

「もう、琴里を殺しても意味がない。琴里は……

俺の妹は、人間だ……! おまえが殺したいのは

〈イフリート〉だろう? だったら──俺を狙え!

今は俺が〈イフリート〉だ!」

 

 

「な、に……が、一体、これは……」

 

 

折紙は、狼狽も露わにのどを震わせる。

 

 

だがそれも仕方のないことだった。いきなり精霊の力

などが、士道に移ったというのだから。

 

 

「でも──」

 

 

と、士道は言葉を続けた。つい今し方思い出した

幼い頃の記憶。そこにあった真実を。

 

 

「その前に、俺話を聞いてくれ。───やっと、

思い出したんだ。五年前のことを。あのとき俺が

何をしていたのか。あのとき、琴里が何をして

いたのか……!」

 

 

「……っ、五年前……、〈イフリート〉は──

私の両親を──」

 

 

士道は、静かに首を振った。

 

 

「琴里が、精霊の力を得てからそれが封印される

までの間、辺りには俺ともう一人しかいなかった!

確かにそのとき火事が起きたのは〈イフリート〉の

力が原因だ。でも、街に炎が撒かれたのは、琴里の

意思じゃない……! ましてや琴里は、自分の手で

人を殺すことなんて、しなかったんだよ……!」

 

 

「なに……を、言っている、の……」

 

 

士道が言うと、折紙は呆然と声を発した。

 

 

「そんなはず……ない! あれは間違いなく精霊の姿

だった──!」

 

 

「そう……きっと見たんだろう。だけど、二人の精霊

うちの一体は、本当に琴里だったのか……?」

 

 

士道が言うと、折紙は眉の間に深いしわを刻んだ。

 

 

「……っ、じゃあ、あれはなんだったと言うの?

あの日、私の両親を殺したのは──」

 

 

「居たんだよ……! あの場には! 琴里をこんな

目に遭わせた精霊たちが……ッ!」

 

 

「な……」

 

 

そう──士道の記憶の中にはもう一人、人ならざる者

の姿があったのである。

 

 

折紙にその精霊のことを説明すると、折紙は一層怪訝

そうに唇を噛みしめた。

 

 

「そんな言葉を……信じろというの?」

 

 

「……ああ」

 

 

士道はうなずいた。もう、士道からは発することの

できる情報がない。あとは──それを折紙に信じて

もらうほかなかった。

 

 

しかし、折紙は下げかけていたレイザーブレイドを

再び真っ直ぐ突き付けてきた。

 

 

「……本当は信じたい。でも、信じらるはずが──

ない。そんな精霊の存在なんて。それこそ、あなたが

〈イフリート〉を、五河琴里を守るために嘘を吐いて

いるとしか思えない……ッ!」

 

 

だが士道とて、ここで引くわけにはいかなかった。

再びその場に膝を突き、頭を下げる。

 

 

「───頼む。信じてくれ。もしどうしてもそれを

信じられないのなら、そのときは、〈イフリート〉を

──この俺を討ってくれ。琴里は関係ない。あいつは

もう、ただの人間なんだ……!」

 

 

「そんな……こと──」

 

 

「折紙。おまえ、俺に言ってくれたよな。──もう、

自分と同じ苦しむ思いをする人は作らせないって。

そのために、ASTに入ったって」

 

 

「……っ、それ、は……」

 

 

頭を上げ、折紙の目を見つめる。

 

 

その瞬間───折紙が顔苦悶に歪めたかと思うと、

光の刃に激しいほどのノイズが走り、背負っていた

ウェポンコンテナや砲門が重さを取り戻したように

地面に落ちた。

 

 

どうやら彼女の周囲に張られていた随意領域(テリトリー)が解除

されたらしい。折紙もまた、苦しげに膝を突く。

 

 

「く……活動……限界? そんな。

こんなところで──」

 

 

「折紙──」

 

 

だが、折紙は、左足のホルスターから愛用の9㎜拳銃

を構えた。対精霊装備でもなんでもない。ただの拳銃

である。だがそれでも、霊力を封印された今の琴里に

致命症を負わせることができる武器だった。

 

 

「お願いだ……! 俺から、琴里を奪わないでくれ。

あいつは、俺を救ってくれた。あいつがいなかった

なら、今の俺はいなかった。頼む……! 生涯最後に

なっても構わない! 俺を──信じてくれ……ッ!」

 

 

「それでも、私は……ッ!」

 

 

数瞬の間、逡巡しながらも、琴里に向ける9㎜拳銃の

引き金を引く力が少しずつ強くなる。

 

 

「どうやら、終わったみたいだね」

 

 

「〈アテナ〉……あなたさえ、いなければ……」

 

 

〈アテナ〉は士道と折紙の二人の前に降り立った。

驚いている士道に対して、折紙は悔しそうな表情を

浮かべて〈アテナ〉の名前を口にしていた。

 

 

〈アテナ〉がいなければ、折紙の目的であった

イフリート(五河琴里)〉を討てたはずだから。

 

 

「さっそく、その悪趣味で不愉快なガラクタを

その場で壊させてもらうよ」

 

 

〈アテナ〉はそう言って、〈断罪槍(ロンギヌス)〉の鋭い穂先を

〈ホワイト・リコリス〉に向ける。

 

 

そして。

 

 

 

「〈断罪槍(ロンギヌス)〉」

 

 

〈アテナ〉がそう言った瞬間、無数の白銀の槍が

現れて〈ホワイト・リコリス〉を容赦なく深々と

刺し穿っていく。

 

 

すると、串刺しにされた〈ホワイト・リコリス〉は

ズガガガガガ──ン! と激しい爆発音が鳴り響き、

ただの鉄の塊の残骸と成り果てた。

 

 

「それにしても、あの時の少女が君だったなんてね」

 

 

「なに……を、言っている、んだ……」

 

 

〈アテナ〉の言っている意味がわからなかったのか、

士道は呆然としながらも声を発した。

 

 

 

「五年前。自分も大規模に燃え盛っていたあの天宮市南甲町にいたんだ」

 

 

 

〈アテナ〉のそんな言葉を聞いた瞬間、意識がクリア

になって、折紙のそんな視界の中には── 〈アテナ〉

しか見えなくなる。

 

 

「なんだ、それは……」

 

 

私のお父さんとお母さんはこんな精霊がいるせいで、

命を奪われたというのか。ふざけるな。人間の命を

何だと思っているんだ。

 

 

私の心は激しく燃えている。そして、水をかけられる

ことはなく、薪がくべられる。

 

 

白銀の精霊。〈アテナ〉の言葉を聞いて確信する。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()、〈()()()()()()()()()()()()

 

 

「お前が、お前が……お父さんとお母さんを返せ!」

 

 

折紙はかつてないほどの強烈な殺意を〈アテナ〉に

向けて大声で叫ぶ。

 

 

「ふむ。どうやら、自分は随分と折紙ちゃんの恨みを

買ってしまったようだね」

 

 

〈アテナ〉がそう言うと9㎜拳銃の握りしめてる力が

強くなって、9㎜拳銃の照準を琴里から〈アテナ〉に

向ける。折紙がずっと探し続けていた五年前に現れた

もう一人の仇の精霊が目の前にいるからだ。

 

 

「まさか、そんな精霊装備でもないちゃちな拳銃で

どうにかできると思っているのかな? 悪いけれど、

ここで殺されてあげるわけにはいかないんだ」

 

 

「貴──様ァァァァァァッ!」

 

 

絶叫とともに、9㎜拳銃の引き金を引こうとした

その瞬間、

 

 

 

「〈断罪槍(ロンギヌス)〉」

 

 

 

〈アテナ〉がそう言った瞬間、無数の白銀の槍が

空から降り注いで、折紙のもとへ向かってくる。

 

 

「ぐ……ッ!」

 

 

致命傷に至らなかったが、折紙は苦しげな表情を

浮かべていた。

 

 

「そういえば、折紙ちゃんは少年のことが大好き

なんだよね?」

 

 

「あなたには、関係ない……ッ!」

 

 

なぜかはわからないが、〈アテナ〉は、士道のことを

言ってくる。

 

 

「君たちの関係を見てたけど、折紙ちゃんが少年に

抱いているその感情はきっと───」

 

 

〈アテナ〉はそう言って、折紙の耳元に囁く。

 

 

士道は二人が話しているその内容を聞き取ることは

できなかった。

 

 

「〈アテナ〉ぁぁぁぁあああああああッ‼︎」

 

 

すると、折紙は顔を憎悪や殺意などに歪めながら、

射殺さんばかりの視線で睨みつけていた。どうやら、

折紙にとって、不愉快な話の内容だったらしい。

 

 

「──それじゃあ。自分はこれでおいとまするよ。

これ以上ここにいても、いいことなさそうだしね」

 

 

「……ッ! 待ってくれ!」

 

 

士道は〈アテナ〉を呼び止めるように大声で叫ぶが、

〈アテナ〉は士道の姿を一瞬だけ見て、何も言わずに

空の彼方へと飛んでいった。




最後まで読んでいただきありがとうございます‼︎


これからも皆さんが『応援』をしていただければ、
『更新』をする頻度が更に上がる可能性があるかも
しれません‼︎


他にも『投稿作品』 がありますので、そちらの方も
よろしくお願いします!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

魔族少女のエロタナティブ(作者:アナリザンド)(原作:葬送のフリーレン)

TS転生オリ魔族が魔法インターネットを構築しました。▼すると以下のような反応が返ってきました。▼フリーレン「魔族みな殺すべし。慈悲はない」▼フェルン「私が早漏ってひどくないですか……」▼ハイター「魔力は私の五分の一くらいですね(ニチャア)」▼リーニエ「もほーはびーえるのことじゃない!」▼アウラ「私に〇〇しろってできるわけないじゃない!」▼ゼーリエ「面白いやつ…


総合評価:17205/評価:8.75/連載:187話/更新日時:2026年04月14日(火) 08:26 小説情報

異世界でチート美少女になればやり直せると思ってたけど燃え尽きた(作者:暁刀魚)(オリジナルファンタジー/冒険・バトル)

どんな人生を送っていても、異世界でチート美少女になればやり直せると思っていた。▼でも実際にそうなった時、ミツキは自分の生き方を変えようとして挫折した。▼そして逃げるように冒険者となった時、気づいてしまったのである。▼力も容姿も手に入ってしまったから、これ以上を望む必要がない、と。▼今の彼女に残っているのは、いかにノンストレスに生きるかということだけ。▼これは…


総合評価:18019/評価:8.81/連載:36話/更新日時:2026年06月23日(火) 18:05 小説情報

転生したらヘレティックだった件(作者:インなんとかさん)(原作:勝利の女神:NIKKE)

▼1:名無しのヘレティック▼ 私がニケの世界に転生してから既に90年ほど経っています。アーク近郊で何が起こらないかと彷徨っているのですが、これは私が何かいけないのでしょうか?▼※ニケに転生した前世の記憶持ちのインなんとかさんが指揮官に一目惚れして名誉カウンターズ兼専属ニンジャみたいになるお話。原作未プレイでも読めるように書いていきます。▼


総合評価:3297/評価:8.88/連載:5話/更新日時:2026年04月25日(土) 20:37 小説情報

アストレア家の長女(作者:slo-pe)(原作:Re:ゼロから始める異世界生活)

▼ラインハルトに二つ上のお姉ちゃんがいたら。▼平和なアストレア家になってほしいなぁと。▼pixiv▼https://www.pixiv.net/novel/series/15971207▼


総合評価:2187/評価:8.66/連載:21話/更新日時:2026年06月28日(日) 15:00 小説情報

塩の魔神のしょっぱい備忘録(作者:放仮ごdz)(原作:原神)

塩の魔神が前世の記憶を思い出したからせめて民だけでも救おうと奮闘する話▼※なお、民の心は考えないものとする。▼※優しい性分のせいで悲劇を見捨てられないものとする。▼魔神任務第一章及び鍾離の伝説任務、古聞の章・第一幕「塩の花」のネタバレを含みます。ご注意ください。


総合評価:3513/評価:8.31/連載:106話/更新日時:2026年06月25日(木) 02:36 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>