デート・ア・ライブ ■■■の精霊   作:灰ノ愚者

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今回は九月に入ってからなんとかすぐに更新をする
ことができました‼︎


今回は『14797文字』 までの膨大な量を頑張って
書きましたが、豆腐のようなクソナメクジメンタルの
自分はきちんと面白く書けているのかととても心配に
なります……(汗)


【お気に入り】や【しおり】、【投票】、【感想】
などいただければ、豆腐のようなそんなメンタルで
脆い自分も更に『創作意欲』が増していきます‼︎


面白く出来ているかどうか心配でいっぱいですが
一生懸命にたくさん書きました。


最後まで読んでいただいてもらえたら嬉しいです‼︎


八舞の策略

移動の最中、突然吹き荒れたそんな強風は、瞬く間に

その規模を増し、激しい嵐となった。

 

 

こうなっては悠長に歩いてなどいられない。来禅高校

二年生の面々は、教諭たちの指示のもと、空港から

ほど近い位置にある資料館の方へと避難していた。

───だが。

 

 

「士道……」

 

 

分厚いガラス窓を軋ませる凄まじい風に、折紙は拳を

握りしめながら声を発した。

 

 

館内に避難した生徒の中に、士道(とゴミムシ一匹)

の姿などがなかったのである。きっと道中どこかで

はぐれ、外に取り残されてしまっているに違いない。

 

 

無論士道を捜しに外に飛び出そうとはしたものの、

すんでのところで教諭たちに止められてしまった。

 

 

否──もし仮にあそこで外に出られていたとしても、

この暴風の中ではまともに進むことすらできなかった

だろう。

 

 

「く……」

 

 

今の折紙には、士道の無事を祈り続けてることしか

できなかった。無力感がやり場のない焦燥となって

身体中を巡り回る。

 

 

「……おい、なんだか、空が晴れてきてないか?」

 

 

と、窓際にいた一人の男子生徒が、不意にそんな言葉

を発した。わらわらと生徒たちが窓の方へと群がり、

空を見上げ始める。

 

 

折紙はその声に弾かれるようにすぐに顔を上げると、

生徒たちの間を縫うようにして資料館の出入り口へと

走っていった。

 

 

「あ……! と、鳶一さん! まだ危険ですよぉ!」

 

 

「折紙さん! 危ないよ!」

 

 

珠恵と零の二人の制止を振り切り、扉を開ける。

そしてそのまま外へ出──ようとしたところで。

 

 

「……?」

 

 

折紙は不意に足を止めた。

 

 

資料館の前に、既に折紙の探し求めていた人物の姿が

あったのである。

 

 

「お、おう……折紙」

 

 

折紙に気付いたらしく、士道が口を開いてくる。

風のせいだろう、髪や服は乱れていたが、幸い、

どこにも怪我はなさそうだった。

 

 

だが折紙は、安堵するよりも先に眉をひそめ、

視線を鋭く研ぎ澄ました。

 

 

士道の様子がおかしい……というか、士道の周囲に

変なオプションがついていたのである。

 

 

まず、士道の背に負われた十香だ。どうやら十香本人

は気を失っているようだった。

 

 

まあ、これはいい。いや、よくはないのだが、

まったく予想できない事態ではなかった。

 

 

問題は──

 

 

 

「どうだ士道。夕弦などより我の方が魅力的であろ?

我を選んだならば、我の身体の好きな場所に契約の

口づけをさせてやるぞ?」

 

 

「誘惑。夕弦の方を選んでください。いいことをして

あげます。もうすんごいです。もちろん耶倶矢なんて

目じゃありません」

 

 

左右にそれぞれ瓜二つの顔をしてる制服姿の少女が

立ち、何やら馴れ馴れしく士道の身体に触れながら、

やたらと士道を誘惑していることだった。

 

 

士道は絶望的な心地で、全身に注がれている生徒達

の視線を浴びながら、一〇分ほど前の出来事などを

思い起こしていた。

 

 

暴風に包まれた領域の中、不敵に笑みを作っている

耶倶矢が言い出してきたのは──こんな内容だった

のである。

 

 

 

 

 

 

「───未だ我らが勝敗を決していないもの。

それ即ち……『魅力』!」

 

 

バッと軽く格好いいポーズをキメながら、耶倶矢が

高らかに宣言した。

 

 

「真の精霊、颶風の御子・八舞には、力や頭脳だけ

でなく、森羅万象を嫉妬させるほどの美が、色香が、

必要だとは思わぬか?」

 

 

「思案。…………」

 

 

数秒間押し黙り、夕弦の方もまた、耶倶矢に視線を

這わせた。頭頂から爪先まで、値踏みをするように、

じっくりと。

 

 

そしてそののち、ふむ、とうなずく。

 

 

 

「回答。なるほど、と答えます。確かに、今まで

それを競ったことはありませんでした」

 

 

「くく……そうだろう。しかしそれも当然であろう。

今まで我らの闘争に割って入れた者などは皆無──

第三者にそんな裁定などを委ねる争いが出来るはずも

なかったのだからな。──だが、今は」

 

 

耶倶矢は低い含み笑いを漏らしながらビッ!

と士道に指を向けた。

 

 

「──貴様、名は」

 

 

「え? い、五河……士道だけど」

 

 

「士道。ふむ、贄に相応しき脆弱そうな名よ。

よろしい。貴様を今、裁定役に任ずる」

 

 

「は……? え、いや……」

 

 

言われている意味が今ひとつ掴めず、目を点にする。

 

 

だが耶倶矢には、士道の意志などどうでもいいこと

らしかった。嘲るようにあごを上げ、挑発などする

ような調子で続ける。

 

 

「どうだ夕弦。この勝負、応ずる勇気などが貴様には

あるか? くく、まあ万象一切をひれ伏せさせている

我の魅力を以てすれば、勝敗など見えたようなもの。

今尻尾を巻いたとて、卑怯者の謗りを受けることなど

あるまいよ」

 

 

「否定。そんなことはあり得ません。耶倶矢が勝つ

道理はありません。夕弦の方がずっと魅力的です。

男なんてイチコロです」

 

 

「くく、威勢だけは一人前よ」

 

 

「宣言。夕弦の方が可愛いです。耶倶矢はぶっちゃけ

下の上くらいです」

 

 

「な、なんじゃとこらぁぁぁぁぁッ!」

 

 

耶倶矢が芝居がかった調子などを瞬時に忘却の彼方に

放り、もの凄い剣幕で叫びを上げる。

 

 

ちなみに士道の主観ではあるのだが、耶倶矢は相当な

美人である。これで下の上だというならば、世の女性

たちはさぞ厳しい戦いなどを強いられることになって

しまうだろう。

 

 

「私とあんたじゃ顔同じでしょーがッ! なんで

そんなに評価違うのさっ!」

 

 

「憐憫。顔の造作のみで魅力は決まりません。たとえ

素材が同じでも、滲み出てる雰囲気が違いすぎます。

でも安心してください。ブス界の中では相当な上位に

います」

 

 

「ブス界って何よ! そんなこと平然と言えるあんた

の方が性格ブスなんじゃないの!?」

 

 

「反省。真実が必ずしも当人のためになるわけでは

ないことを失念していました」

 

 

「真実ちがぁぁぁぁうッ!」

 

 

耶倶矢は頭をわしわしとかいたところで、士道の存在

を思い出したらしい。ハッと両肩を揺らしてコホンと

咳払いをする。

 

 

「と、とにかくだ! そこまで言うのなら異存は

あるまい!」

 

 

耶倶矢はビッと夕弦に指を突き付けた。

 

 

「───最後の決闘だ! この勝負の勝者が、相手を

取り込み真の八舞となる! 勝負の方法は単純明快!

この男──士道を、先(・)に(・)落(・)と(・)し(・)た(・)方の勝ちだ!」

 

 

「承諾。───その勝負、受けて立ちます」

 

 

 

「ちょ、ちょっと待てぇぇぇッ!」

 

 

 

 

 

 

 

…そして、現在に至る。

 

 

あの場で令音と協議し、無下に要求を突っぱねるのも

危険ということで二人を連れてきたわけなのだが……

やはり学友の視線が痛いのだった。

 

 

「い、五河くん? その左右にいる女の子たちは

どちら様? 見たことないけど……」

 

 

「え? 現地の子ナンパしてコスプレイ? 五河くん

女子の制服持ち歩いてんの?」

 

 

「いいバイトを考えついたぞ五河。『一分一〇〇〇円で殴り放題』って看板掲げて学校中を練り歩くんだ。

きっとすぐに家が建つ」

 

 

ざわざわざわ。生徒たちがどよめきだす。だがそれも

当然のことだろう。何しろ、はぐれたはずの士道が、

見知らぬ女の子を二人も侍らせて帰って来たという

のだから。

 

 

ちなみに令音からの指示で、二人には霊装を解除し、

来禅高校の夏服の制服などを着用してもらっている。

十香のときのように、視認情報などで衣服を生成して

もらったのだ。

 

 

ただでさえ異常な事態だというのに、二人に先ほど

までの拘束服のような霊装を纏われていたままでは、

士道が特殊な性癖を持っているなどと誤解をされて

しまいかねない。

 

 

と、クラスの面々の先頭に立った折紙が、耶倶矢と

夕弦に目を這わせてから、静かに口を開いてくる。

 

 

「士道、その人たちは、だれ?」

 

 

「え、ええとだな……」

 

 

士道は目線を逸らしながら辿々しく声を発した。

顔には、びっしりと脂汗などが浮かんでいるのが

自覚できる。

 

 

が、そこでそんな複数のざわめきを制するように、

後方から眠たげな声が響き渡った。

 

 

「……ああ、待っていたよ。転(・)入(・)生(・)の八舞耶倶矢に

八舞夕弦……だね」

 

 

そこには二年四組の副担任・村雨令音が、ゆらゆらと

頭を揺らしながら立っていた。

 

 

「転入生?」

 

 

折紙が問うと、令音が「ああ」と首肯した。

 

 

「……本来ならば、休み明けに転入をしてくるはず

だったのだが……是非修学旅行に参加したいという

ものでね、現地で合流する手はずになっていたんだ。

先ほど空港に到着したと連絡があったので、彼らに

迎えに行ってもらっていたのさ」

 

 

そんな令音のその言葉に、その隣に立っていた珠恵

がキョトンと目を丸くする。

 

 

「え? て、転入生? 村雨先生、私そんなの聞いて

ないんですけど……」

 

 

「……急な話でしたから、きっと互いの連絡などが

間に合わなかったのでしょう」

 

 

「は、はぁ……」

 

 

珠恵が困惑した顔を作りながらすぐに引き下がる。

まあ、担任である自分ではなく、副担任である令音が

転入生たちのことを知らされていたとなれば、そんな

顔にもなるだろう。

 

 

「村雨先生。本当に転入生なんですか?」

 

 

「い、十六夜くん……!」

 

 

違和感を感じたのか、零は令音に質問していた。

その表情は訝しむような表情をしていた。

 

 

そんな零の反応を見て、珠恵が慌てて止める。

 

 

「……ああ、混乱させてすまないね」

 

 

「……そうですか」

 

 

令音が表情を変えず言うと、零は目を細めながらも

令音に興味なくなったのか、令音から視線を外した。

 

 

折紙は訝しげな目で令音を見てから、士道の方に視線

を戻してきた。

 

 

「本当?」

 

 

「ほ、本当……だよ……」

 

 

上擦った声で答える。と、それに合わせるように、

士道の両サイドにぴとっと張り付いた耶倶矢と夕弦

が首肯した。

 

 

「くく……その通りだ。颶風の御子たるこの我を

迎えられることを光栄に思えよ、人間」

 

 

「肯定。彼の言っていることに間違いはありません」

 

 

一応、ここに来るまでの間に、士道が決闘とやらの

裁定に協力をする条件として、話を合わせるように

言ってあったのである。

 

 

「…………」

 

 

折紙は未だに腑に落ちないそんな様子だったのだが、

教諭と当人、両方に肯定されては自身が何を言っても

仕方ないと判断したのだろう。小さくため息を吐いて

「そう」と言った。

 

 

だが再び、折紙が視線などを研ぎ澄ましながら

口を開いてくる。

 

 

「……では、なぜあなたたちは士道にくっついて

いるの?」

 

 

「ああ、それはだな」

 

 

「応答。それは」

 

 

「ほ、ほら! 凄い風だったから、飛ばされない

ようにしてたんだよ!」

 

 

折紙の質問に答えようとした耶倶矢と夕弦たち二人の

声を掻き消すかのように、士道は大声を上げていた。

ここで下手なことを言われては、せっかく誤魔化した

意味がなくなってしまう。二の句を継がせぬよう、

捲し立てるように言葉をける。

 

 

「そ、それより、先生、十香が飛んできたゴミ箱に

頭ぶつけて伸びちまったんです。どこか安静にして

寝かせられるようなところありませんかね?」

 

 

「……おおそうか、それは大変だね。こちらの方へ

来たまえ。転入生の二人も、いろいろと注意事項を

説明しておこう。一緒に来てくれ」

 

 

令音が棒読み調子でそう言い、士道たちを呼ぶように

手招きをする。

 

 

士道は周囲からの視線を集めながら、令音について

資料館の奥へと歩いていった。

 

 

令音に案内され、資料館奥の事務室に入った士道は、

十香をソファに横たえてから令音に頭を下げた。

 

 

「すいません、助かりました」

 

 

「……いや、構わないよ。それより──」

 

 

言って、令音は士道──正確には、その両腕に絡み

ついた二人の少女に目を向けてきた。士道が十香を

下ろす際に一度離れ、再び引っ付いてきたのである。

 

 

そして自分たちを取り巻く環境の変化など気にも

していないような調子で、士道に言葉を囁き始める。

 

 

「さあ士道よ。貴様はただ、我を選べばよいだ。

この八舞耶倶矢に忠誠を誓い、その身、心までも

捧げると言えばそれでよいのだ」

 

 

「否定。耶倶矢を選んでも何も良いことありません。

是非夕弦に清き一票を」

 

 

令音や十香など眼中にないように、二人して士道の

耳元に息を吹きかける。そのたび、士道は顔に脂汗

を垂らしながら身を捩った。

 

 

「……厄介なことになったようだね」

 

 

「…………はい」

 

 

重苦しい声でそう言って首肯する。令音がぽりぽりと

頬をかいた。

 

 

「くく……むしろ役得であろう? 貴様のごとき

人間が、僅かな間であるとはいえ我の寵愛などを

受けられるのだ。この幸運に噎び泣きこそすれ、

嘆く必要などあるまい」

 

 

「懐疑。夕弦ならまだしも、耶倶矢に言い寄られて

喜ぶ男性がいるのでしょうか」

 

 

「ふ、ふん……いくら斯様な挑発をしようとしても

無駄だぞ。全ては決闘の決着を見れば明らかになる。

さあ士道よ、言うがよい。私と夕弦、どちらの方が

女として魅力的だ?」

 

 

「質問。夕弦とへちょ耶倶矢。どちらが可愛い

でしょうか」

 

 

「待て、なんだその微妙に貶した感じは!」

 

 

「無視。べちょ耶倶矢より夕弦の方が」

 

 

「何悪化させてんの!?」

 

 

言い合いながら、耶倶矢と夕弦の二人が士道の方へ

迫ってくる。士道は二人を宥めるようにまあまあと

手を振りながら言った。

 

 

「ちょ、ちょっと待てって。さっきから決闘決闘って

……そもそもなんでおまえらは戦ってるんだよ」

 

 

「……ん? ああ──」

 

 

士道が問うと、耶倶矢が大仰にあごを上にやった。

 

 

「言っていなかったか。──我らは、もともと八舞

という一人の精霊だったのだ」

 

 

「首肯。ですが、幾度目の現界のときか、八舞は二つ

に分かれてしまったのです」

 

 

「二つに……って、そんなことが……」

 

 

眉をひそめながら二人の顔を交互に見る。髪型や表情

こそ異なるものの、二人は非常によく似似た顔立ちを

していた。それこそ、双子どころかクローンなのだと

言われても信じてしまいかねないくらいに。

 

 

「な、なんでそんなことになったんだ?」

 

 

「それを知るのは天に座する運命の女神のみよ。

ふん、性悪な彼の女神は随分と退屈と倦怠に苛まれて

いるようだ。時折、道理も条理なども通らぬ出鱈目な

賽の目を好むことがある」

 

 

「へ……?」

 

 

「要約。よくわからない、と耶倶矢は言っています」

 

 

「ああ……なるほど」

 

 

「情緒がないぞ」

 

 

夕弦の説明でようやく理解に至った士道がなるほどと

うなずくと、耶倶矢が不満げに声を上げた。

 

 

調子を戻すようにコホンと軽く咳払いをし、あとを

続けてくる。

 

 

「そして二つへと分かたれた我らは、お互いの顔を

見るなり、その身に、血に刻まれた運命と使命など

に気付いたのだ。そう───真なる精霊・八舞は、

この世に一人のみであると!」

 

 

「説明。二つに分かたれた夕弦たちですが、やがて

一つに戻ることがわかったのです」

 

 

「わかった、って……」

 

 

「補足。『知っていた』の方が正しいでしょうか。

夕弦たちは、存在が分かたれた瞬間から、自分たち

の身体がどうなるかを理解していたのです」

 

 

夕弦が頭を指さしてから、続ける。

 

 

「解説。しかしもう、本来の八舞の人格など失われて

しまっています。つまりその際、八舞としての主人格

となれるのはどちらか片方のみなのです」

 

 

「っ、それで……決闘なのか」

 

 

二人が同時に首肯する。士道は頬に汗を滲ませながら

声を発した。

 

 

「つまり、あの嵐はおまえら二人の喧嘩……?」

 

 

問うと、耶倶矢が得意げに腕組みしてきた。

 

 

「そうなるな。──我らの闘争は永きに渡る。

そう、現段階で九九戦を終えている」

 

 

「九九戦って……そんなに戦ってるのか!?」

 

 

「訂正。戦っているといっても、殴り合いばかりを

しているわけではありません。かけっこ、けん玉、

大食い等、勝負の方法は多岐にわたります」

 

 

「…………」

 

 

なんというか、平和な勝負だった。

 

 

いや、この二人がかけっこなどをしたなら、周囲に

深刻な被害が出そうではあるが。

 

 

「ちなみに戦績は二五勝二五敗四九分け。ちょうど

一〇〇戦目にあたるこの決闘の勝者が、真の八舞と

なるはずだったのだ。──それなのに」

 

 

耶倶矢にギロリと睨まれ、士道は言葉を詰まらせた。

なるほど、士道がその大事な決着とやらを邪魔して

しまったらしい。

 

だが、そう言われても仕方がなかった。あのとき二人

を止めていなければ、士道や十香がどうなっていたか

わからないのである。

 

 

士道が無言でいると、耶倶矢と夕弦は再度士道の腕に

絡みついてきた。

 

 

「ふ……別にもう気にしてはおらん。むしろ今は感謝

さえしておるわ。貴様のおかげで今までにない戦いを

することができるのだからな」

 

 

「肯定。確かに最後の決着が、今まで何度も引き分けて

きた殴り合いというのもどうかと思っていました。

この勝負であれば異存はありません」

 

 

言って、二人して士道を誘惑するように両腕に絡み

ついてくる。

 

 

「い、いや、そんなこと言われても……」

 

 

士道は顔が熱くなるのを感じながら、令音に助け船を

求めるように視線を送った。

 

 

だが頼みであるの令音は椅子に腰掛け小型端末を弄り

ながら、難しげにふうむとうなっているのみだった。

 

 

「……やはり、駄目か」

 

 

「な、何が駄目なんですか?」

 

 

士道が訊ねると、令音は小さくうなずいてから顔を

向けてきた。

 

 

「……ああ、〈フラクシナス〉との通信が途絶えて

いるんだ」

 

 

「え? な、なんでまた……」

 

 

「……現状では不明だ。少し調べてみるよ」

 

 

言ってから令音が端末を閉じ、椅子から立ち上がる。

 

 

そして士道に迫ってくる耶倶矢と夕弦の二人をジッと

見つめたのち、静かに唇を動かした。

 

「……耶倶矢と夕弦、とそう言ってたね。君たちは、

己が真の精霊・八舞となるため、シンを取り合って

勝負をしている。……間違いないね?」

 

 

令音がそう言うと、耶倶矢と夕弦が初めて令音の方へ

目を向けた。

 

 

「ああ、その通りだ。見物は構わぬが、邪魔立てを

しようというのなら容赦はせぬぞ?」

 

 

「質問。あなたは?」

 

 

「……学校の先生さ」

 

 

令音は適当に誤魔化すように言ったのち、くるりと

踵を返した。

 

 

「……シン、君は十香を。───耶倶矢、夕弦。

君たちに少し話がある。ついてきてくれ」

 

 

「っ、令音さん」

 

 

危険です、という意思を込めて令音に視線を送る。

仮にも二人は精霊なのである。

 

 

しかし令音は、心配いらない、というように手を

上げてきた。

 

 

「くく……何を言うかと思えば。何故この我が、

人間風情の言葉に従わねばならぬのだ」

 

 

「拒否。夕弦は士道と一緒にいます」

 

 

だが、二人は頑として動こうとはしない。しかし令音

はそれも予想の内だとというように肩をすくめると、

思わせぶりに言った。

 

 

「……シンは見かけよりも難物だ。話を聞いておいて

損はないと思うけれどね」

 

 

「何……?」

 

 

「……彼の反応を見れば一目瞭然だろう? 私の目

から見ても、君たちは非常に可愛らしく、魅力的な

少女だ。だというのに彼は、未だどちらも選ぼうと

しない」

 

 

『…………』

 

 

耶倶矢と夕弦が、目を丸くして顔を見合わせる。

 

 

「……どうするかね? 私としては、どちらか片方

でも構わないのだが」

 

 

言って、事務室の扉を開ける。

 

 

二人は再び顔を見合わせると、名残惜しそうに士道

から手を離し、令音のあとをついていった。

 

 

 

 

 

 

 

時は過ぎ、一八時五〇分。

 

 

さすがに日も落ち、日中の茹だるような蒸し暑さは

少し改善されていた。それに合わせるように、昼間

響いていた蝉の声などが次第にキリギリスのそれに

替わっていく。

 

 

あのあと十香が目を覚ますのを待ってから旅館へと

移動をした一行は、部屋に荷物を運び込み、夕食を

済ませて自由時間を満喫していた。

 

 

そう──士道以外は。

 

 

「はぁ……なんだってまたこんなことに……」

 

 

士道は壁に手を突きながら旅館の廊下をのたのたと

歩いていた。

 

 

それはそうだ。何しろ未封印状態である精霊が二人も

現れ、士道へと絡んできたというのである。しかも、

誰一人として避難していないという状況の中で、だ。

 

 

 

耶倶矢も夕弦も、資料館で令音に何やら説明を受けて

からは随分と大人しくなっていたが……それで不安が

拭い去れるはずもない。

 

 

「どうにか……しねえと」

 

 

渋面を作りながらうめき、足を進めていく。

 

 

今士道が向かっているのは、令音の部屋であった。

今後の方針を話し合おうということで、資料館から

出る際にあとで部屋へと来るよう言われていたので

ある。

 

 

だが、士道は丁字路に差し掛かったところで

足を止めた。

 

 

……左右に分かれた通路の両側から頭がちょこんと

飛び出、士道の方にジーッと視線を送ってきていた

のである。

 

 

すぐに、その正体に気付く。士道は緊張に唾液を

飲み下してから唇を開いた。

 

 

「な、何してんだ、耶倶矢、夕弦」

 

 

士道が言うと、二人が通路の奥から歩み出てきた。

 

 

 

「くく……我が気配に気付くとはやりおるわ。

流石と言っておこうか」

 

 

「指摘。隠れ方がお粗末だっただけでは」

 

 

「……っ! ゆ、夕弦に言われたくないし!

あんたよりは上手く隠れてたし!」

 

 

「反論。耶倶矢が夕弦よりも上手く隠れられる

道理がありません」

 

 

……士道から言わせればどちらも等しくバレバレ

だったのだが、それは言わずにおく。

 

 

「それで二人とも、何してたんだよ」

 

 

士道が問うと、二人は一瞬目を合わせてから視線を

士道に戻してきた。

 

 

「ふ……教えてやろう。来るがいい」

 

 

「確保。どうぞこちらへ」

 

 

そしてまったく同じタイミングでそれぞれ士道の両腕

を引っ張ってくる。

 

 

「な、なんだってんだよ、一体」

 

 

困惑気味に左右を見ながらも、士道はずるずると

引きずられ───ほどなくして、とある場所へと

辿り着いた。

 

 

二つの隣り合った入り口には青と赤の二つの暖簾が

かけられており、それぞれ大きな字で『男』『女』

と書かれてあった。この宿の大名物であるという

露天風呂の入り口だ。

 

 

「……風呂?」

 

 

士道が首をこくりと傾げると、耶倶矢が大仰に

うなずいてきた。

 

 

「くく……貴様の身体は常闇の穢れを蓄積し過ぎた。

その身を浄化することを許す」

 

 

「は?」

 

 

「通訳。お風呂に入って汗を流してください、

と言っています」

 

 

「ああ……そういうことか。でも、風呂の入浴時間は

まだ少し先だろ。タオルとか着替えも用意なんてして

ねえし。それに俺、今は行かなきゃいけないところが

……」

 

 

言って踵を返そうとすると、両腕がさらにがっしと

掴まれた。

 

 

「ってて……な、何するんだよ」

 

 

「貴様にその選択権などあると思うてか? 四の五の

言わずにその穢れを祓うがよい」

 

 

「請願。お願いします。入浴の準備はこちらで整えて

おきました」

 

 

夕弦が視線を下へと落とす。そこにはバスタオルと

タオル、そして浴衣が畳まれていた。

 

 

「な、なんでそこまで……一体何を企んでやがる」

 

 

「ふ……我が崇高にして玄妙なる思考は、常人には

到底理解し得ないものなのだ」

 

 

「提言。誰もいない大浴場というのもいいものです」

 

 

「…………」

 

 

士道は訝しげな目で二人を交互に見たのち、はぁと

大きなため息を吐いた。

 

 

令音には厳密な時間などを指定されていたわけでは

ないし、今ここで二人の指示を断って暴れ出されでも

したらことである。

 

 

「……わかった。じゃあ先に入らせてもらうよ」

 

 

「くく……解ればよいのだ」

 

 

「賞賛。士道の決断に敬意を表します」

 

 

今ひとつ二人の意図がわからないが、まあ一風呂を

浴びて汗と疲れを流したいのは事実だった。

 

 

用意されていたタオルなどを手に取り、男湯の方に

入っていく。

 

 

その際ちらと後方の方を振り返ると、なぜだろうか、

耶倶矢が少し照れたように頬を赤くし、夕弦が口元に

手を当てていた。

 

 

そんな二人の様子に不審なものを感じていながらも、

士道は脱衣所で服を脱ぐと、タオルを携えて湯気で

曇った引き戸を開けた。

 

 

「おお……すげえなこりゃ」

 

 

そして、目の前に広がった景色に思わず感嘆を

漏らす。

 

 

岩で形作られた巨大な浴槽に、微かに褐色がかった

湯が満たされ、濃密までの湯気を立ち上らせている。

そして、浴槽のすぐ先には海が広がり、静かな細波の

音を響かせていた。

 

 

まだ入浴時間ではないため、士道以外に人はいない。

なるほど、これは夕弦の言っていた通り最高と言える

ロケーションかもしれない。

 

 

士道は手早く身体と頭を洗うと、タオルを頭に

載せて、身体を湯に沈み込ませた。

 

 

「あぁー……」

 

 

なんて、なんとも年寄り臭い声がのどから漏れ出る。

両手両足を伸ばすと、少し熱いくらいの湯が全身に

染み渡ってきた。

 

 

と、そのときだった。ガラリと音が鳴り、浴場の

引き戸が開いたのである。

 

 

誰か入ってきたのだろうかと入り口に目をやり──

士道は湯の中で硬直した。

 

 

「な……」

 

 

それはそうだろう。何しろ、先ほど廊下で別れたはず

の耶倶矢と夕弦が、身体に真っ白なバスタオル一枚を

巻き付けた状態でそこに立っていたのだから。

 

 

 

「お、おまえら何してんだぁぁぁっ!ここ男湯だぞッ!?」

 

 

 

たまらず士道が叫ぶも、二人はそのまま湯船に

足を浸し、士道の隣まで歩いてきた。

 

 

薄いバスタオルが湯気で肌に張り付き、二人の肢体

のシルエットなどがくっきりと浮かび上がってくる。

士道は思わず顔を赤くすると、自身の身体を深く湯

に沈ませた。

 

 

そんな士道の反応を見てか、耶倶矢が頬を染めながら

腕組みする。

 

 

「く、くくく……ど、どうだ。流石の貴様も我が色香

の前にひれ伏さざるを得まい」

 

 

その言葉に、対面するような格好で立っていた夕弦が

フスー、と息を漏らした。

 

 

「嘲笑。色香(笑)。耶倶矢にそんなものが備わって

いたとは初耳です」

 

 

「……ふん、すぐに吠え面をかかせてくれるわ。

そこな士道を我が魅力の虜にしてな!」

 

 

「応戦。望むところです」

 

 

言って、二人はそのままゆっくりと足を折り、

士道を挟むように湯船に入ってきた。

 

 

「……ッ!?」

 

 

本当はバスタオルを巻いたまま入浴するのはマナー

違反なのだが、そんなことを指摘できるはずもない。

士道は緊張に身体を硬直させ、思わず目を瞑った。

 

 

「くく……覚悟するがいいぞ士道。もう我無しでは

満足出来ぬ身体にしてくれよう」

 

 

「否定。士道には夕弦の肉体の虜になって

もらいます」

 

 

「な、何を……!」

 

 

二人の言葉に士道はさらに身を固くしまった。嗚呼、

一体どんな凄いことなどをされてしまうのだろうか。

未知への恐怖にほんの僅かな期待などが取り込まれ、

ぐるぐると頭の中に渦巻いた。

 

 

だが。

 

 

「……ん?」

 

 

しばらく経っても、何も起こらない。士道はゆっくり

と目を開けた。

 

 

士道の左右に陣取った二人は、挑発しあうように視線

を交じらせているだけだった。

 

 

「ふ……っ、温情だ、夕弦よ、貴様から先にやること

を許す」

 

 

「否定。不要です。むしろハンデが必要なのは耶倶矢

の方です。先制権くらい譲ります」

 

 

「かか、わからぬ奴よの。我が手を下したその瞬間に

士道の目は我に釘付けぞ。貴様の出る幕を一瞬でも

作ってやろうという我が配慮を解さぬか」

 

 

「懐疑。本当は何をすればいいのかわからない

のではないですか?」

 

 

夕弦が言うと、耶倶矢がビクッと肩を揺らした。

 

 

「そ、そんなわけないし! 超エロエロなんだし!

な、なーに言ってんのかねこいつは! あんたなんか

考えもしないようなオトナのテクニックをいーっぱい

持ってるんだから!」

 

 

「疑念。では、見せてください」

 

 

「な……っ、ふ、ふん! いいわ、見てなさい!」

 

 

耶倶矢はその場に立ち上がると、士道の方を見ながら

右手を頭に、左手を腰に当て、

 

 

「……う、うふーん」

 

 

なんて、旬を過ぎたグラビアモデルでもしないような

ポーズを取った。

 

 

瞬間、夕弦が口に手を当て、プークスクス、と

息を漏らす。

 

 

「ええと……」

 

 

士道は耶倶矢に何と言えばいいのかわからなくなって

ぽりぽりと頬をかいていた。……いや、色っぽくない

ことはないのだ。大量の水分を含んでいるバスタオル

が耶倶矢の肌に張り付いたその様は確かにセクシー

ではある。

 

 

しかし……それより先に、何かいたたまれない気分が

士道の心を満たすのだった。

 

 

そんな二人の反応に、耶倶矢は顔を真っ赤に染めて

湯船に再ダイブした。

 

 

「な、何よ二人して!」

 

 

「嘲笑。さすが耶倶矢の色香(笑)は違います」

 

 

「な、なんですって!? っ、ていうかあれなんじゃ

ないの? あんたの方こそ、実は何していいのか

わかんないんでしょ!」

 

 

耶倶矢がビッ! と指を突き付けながら言う。

すると夕弦がぴくりと眉の端を動かした。

 

 

「……否定。そんなことはあり得ません」

 

 

「はっ、どーだか! じゃあやって見せなさいよ!」

 

 

「了承。……いいでしょう」

 

 

夕弦はそう言うと士道に向き直り、

 

 

「悩殺。ちゅっ」

 

 

と、一昔前のアイドルのような仕草で投げキッスを

放ってきた。

 

 

「……あ、うん」

 

 

またもどうリアクションしていいかわからず、

士道は額に汗を滲ませながら苦笑した。

 

 

それを見て、耶倶矢が腹を抱えて笑い出す。

 

 

「きゃはははははは! なんだそれ、なーんだそれ!

それで悩殺してるつもりなの?」

 

 

「憮然。耶倶矢には言われたくありません」

 

 

「はん、お互い様でしょーが!」

 

 

「否定。そもそも耶倶矢の幼児体型などでは、

誘惑にすらなっていません」

 

 

「……ッ! あ、あんたも大して変わんない

でしょうがぁッ!」

 

 

「反論。数字の上では僅差でも、揉み心地が

違います」

 

 

「く、くく……スレンダーの魅力というのが

わからんようだな」

 

 

「嘲笑。スレンダー(笑)。聞こえのよい言葉に

置き換えたところで事実は変わりません」

 

 

「ふ、ふん……! 斯様なもの、所詮は脂肪の塊

ではないか!」

 

 

「憤慨。聞き捨てなりません。それは耶倶矢の嫉妬と

捉えます」

 

 

「嫉妬などしとらんわー! 羨ましくなんかないし!

士道だって夕弦みたいなでぶちんより私の方が可愛い

と思うに決まってるし!」

 

 

「否定。男性にアピールする際に胸がないのは圧倒的

に致命的です。耶倶矢のような鶏ガラでは相手にすら

されません」

 

 

「だッ、誰が鶏ガラじゃー!」

 

 

「応戦。だれがでぶちんですか」

 

 

「何よ、私より枝毛多いくせに! ほーら士道、

こんな女嫌よねー!」

 

 

「指摘。耶倶矢の方が夕弦より若干汗臭いです。

女としての魅力に劣ります」

 

 

「な、何おう!? あんたこそ、私より体脂肪率など

高いくせに!」

 

 

「憐憫。結局そこしか指摘できない耶倶矢に哀れみを

覚えます」

 

 

「うるさいっ! ほら、ぷよぷよー!

ぷよぷよー!」

 

 

「反撃。ぺたぺたー。ぺたぺたー」

 

 

またも二人が言い合いを始める。と──

 

 

「……っ!?」

 

 

士道は肩を揺らした。再び戸が開く音がし、誰かが

こちらに入ってきたのである。

 

 

「お、おい……誰か入ってきたぞ。おまえら

隠れないとまずいんじゃないのか?」

 

 

ここは男湯である。無論、新たな闖入者は男子生徒

であるはずだった。

 

 

しかし耶倶矢と夕弦は平然としたそんな様子で

言ってきた。

 

 

「くく……何を言っておるのだ、士道」

 

 

「否定。大丈夫です。心配いりません」

 

 

「は……?」

 

 

二人の言っている意味がわからず、首を傾げる。と、

 

 

「とりゃー!」

 

 

元気のいい声とともに、新たな入浴客が勢いよく

湯船に飛び込んできた。

 

 

そして、先に入っていた士道と目が合う。

 

 

聞き覚えのある凜とした声音。夜色の長い黒い髪。

到底男とは思えない、美しい曲線で描かれている

ボディライン。そう、その姿は──

 

 

 

紛れもなく、夜刀神十香のものだった。

 

 

 

「ん?」

 

 

そこで十香も、先客に気付いたらしい。キョトン

とした様子で士道を見てくる。

 

 

「…………」

 

 

「…………」

 

 

そして。

 

 

 

「ギャ──────────ッ!?」

 

 

 

「ギャ──────────ッ!?」

 

 

 

二人して顔を見合わせ、全く同じ悲鳴を上げた。

 

 

十香が慌ててあたふたと両手を動かし、バッと胸元と

下腹を覆い隠す。

 

 

「な、なななななななななななぜこんなところに

いるのだシドー!」

 

 

「い、いやいやいやおまえこそなんでこっちに

入って来てんだよ! ここ男湯だぞ!」

 

 

「何を言っている! ちゃんと皆に教わったとおり、

赤い方に入ったぞ!」

 

 

「は……!?」

 

 

そこで士道はハッと身体を揺らした。嫌な予感が

背筋を通り抜ける。

 

 

「まさか、おまえら……!」

 

 

言って左右に目をやると、耶倶矢と夕弦がキョトン

とした様子で返してきた。

 

 

「うむ、士道が入る前にのれんを入れ替えておいた。

さすが我。策士よの」

 

 

「質問。もしや、何か問題がありましたか?」

 

 

「お・ま・え・らぁぁぁぁぁ……ッ!」

 

 

士道は怨嗟に染まったそんな声を発し、二人を

睨み付けた。

 

 

恨み言の一つなどでも吐きたいところだったのだが、

今はそれどころではない。十香の方へと向き直り、

湯船に顔を浸けるような勢いで頭を下げる。

 

 

「十香、信じてくれ。俺は誓って、こんなことを

するつもりじゃなかったんだ!」

 

 

「お、おお……!?」

 

 

士道が必死に訴えかけると、十香は面食らったような

顔を作った。

 

 

「で、ではなぜこんなところにいるのだ……?」

 

 

「騙されたんだ! すまん、すぐ出て行くから

……!」

 

 

「あ……シドー!」

 

 

士道ができるだけ十香の身体を見ないように湯船から

上がろうとすると、不意に十香が士道のそんな手を

取ってきた。まるで、士道を引き留めるように。

 

 

「ど、どうしたんだよ十香」

 

 

「いや……そちらは、まずいと思うぞ」

 

 

「へ?」

 

 

士道が目を点にすると同時、またも引き戸が開き、

女子のご一行様が入ってきた。

 

 

「な──」

 

 

慌てて湯船に身を沈め、岩陰に隠れる。

 

 

よくよく考えてみれば当然だった。入浴時間になって

十香が入ってきたということは、他の女子たちも一斉

に風呂に入ってくるのである。

 

 

「やー、広いじゃなーい! 海すぐそこじゃーん!」

 

 

「あ、転入生さん、もう入ってたんだ。はやーい」

 

 

「あれ、鳶一さんお風呂入らないの?」

 

 

「──私には、やらねばならないことがある」

 

 

「そ、そう……がんばって」

 

 

女子たちの甲高い声が聞こえてくる。このままでは

見つかるのも時間の問題だろう。

 

 

「や、やややややっべぇ……!ど、どうすんだこれ

……っ!」

 

 

 

かつてないそんなピンチに、士道は頭を抱えて目を

泳がせていた。

 

もしこんなところに潜んでいるのが見つかったなら、

間違いなく袋叩きにされるだろう。いや、それなら

ばまだいい。一生消えることのない性犯罪者などの

レッテルを貼られ、残りの高校生活を、変態だとか

性欲の権化だとか若さゆえの過ちだとか言われて

過ごさねばならなくなってしまうに違いなかった。

それどころか、最悪警察沙汰になることだって──

 

 

と、士道がガタガタ震えていると、十香が士道の姿を

隠すように移動してきた。

 

 

「と、十香……?」

 

 

「シドーが悪いのではないのだろう……? 

なら、私の陰に隠れて早く逃げるのだ」

 

 

「……! す、すまん。恩に着る……!」

 

 

幸い、湯気と赤褐色の湯のおかげで、士道の姿は

見えづらくなっている。十香という壁があれば、

女湯の外へと逃げることくらいはできるかも

しれなかった。

 

 

「よし……では行くぞ」

 

 

「お、おう」

 

 

十香の声にうなずく。すると十香がその湯船に浸かり

ながら、ゆっくりとカニ歩きを始めた。その背中に

隠れるようにしながら、湯の中を進んでいく。

──だが、

 

 

「あー、十香ちゃんはっけーん!」

 

 

「どうしたの? こんな端っこで」

 

 

「ていうかうっわ、肌きれー。揉ませろコラー!」

 

 

十香の前方に、亜衣麻衣美衣トリオたちが現れた。

士道の頭の中に、RPGで敵とエンカウントした

ときのBGMが鳴り響く。

 

 

「ひ……っ」

 

 

「い、いや、なんでもないぞ! 気にするな!」

 

 

十香がそう言うも、亜衣麻衣美衣は十香に興味津々の

様子だった。このままでは、十香の背後にいる士道の

存在にも気付かれてしまうだろう。

 

 

と、そこで。

 

 

「は……っ! あんなところに美味しそうな

巨大なきなこパンが!」

 

 

十香が咄嗟に叫び、遠くを指さした。一瞬、三人の

注意がそちらに逸れる。

 

 

「──!」

 

 

好機。士道は身を翻すと、岩縁から海にダイブした。

 

 

 

 

 

 

 

同時刻。男湯の一角では数名の紳士たちが集結し、

円陣を組むような格好で、声をひそめてある会話を

交わしていた。

 

 

「おい殿町、本当だろうな?」

 

 

クラスメートからの問いに、殿町はニッと唇の端を

上げた。

 

 

「ああ、抜かりはない。普通に風呂に入っている分

には気付かないが、男湯と女湯を隔てている垣根の

一部に、微妙な隙間が開いているんだ」

 

 

『おお……っ!』

 

 

志を同じくする戦友たちが、一斉に声を上げる。

殿町はうんうんとうなずくと、皆の中心に手をバッと

差し出してた。自然と、その上に皆の手が躊躇いなど

一切なく重ねられていく。

 

 

「準備と覚悟は十分か!」

 

 

『応とも!』

 

 

「よかろう! ならばついてこい! この世の楽園を

見せてやる……!」

 

 

『おうっ!』

 

 

野太い声が響き渡り、皆の手が高々と掲げられる。

 

 

殿町は軽いその陶酔感の余韻などを味わうように

目を伏せてから、そのままゆっくりと歩いていった。

そしてできるだけ音を立てないようゆっくり垣根沿い

に足を進め、目的のポイントまで辿り着く。

 

 

「よし、では……」

 

 

殿町が戦友たちを見渡すと、皆が一斉にうなずいた。

 

 

「おまえから行ってくれ、殿町」

 

 

「おまえが俺たちに勇気をくれた。俺たちを

導いてくれた」

 

 

「その目に、心に、しかと焼き付けてくれ」

 

 

「おまえら……」

 

 

殿町は熱い涙を腕で拭うと、大きくうなずき返した。

 

 

「では行くぞ……俺の勇気ある行動とそんな生き様、

とくと見ているがいいっ!」

 

 

言って、殿町は背伸びをし、垣根の一部にわずかに

開いた隙間を覗き込んだ。

 

 

と。

 

 

「…………」

 

 

「…………」

 

 

──目が、合った。  女湯の方からこちらをジッと

見ていた、鳶一折紙嬢と。

 

 

「……お、お邪魔しました」

 

 

殿町は渇いた声でそう言って、足をすぐ元の位置に

戻した。

 

 

「……ん?」  部屋で小型端末などを操作していた

令音は、不意に首を捻った。扉の外から、ペタペタ

という足音が聞こえてきたのである

 

 

次いでその音が部屋の前で止まったのかと思うと、

コンコン、と扉がノックされた。

 

 

「……どうぞ」

 

 

令音が言うと、扉がゆっくりと開き、タオル一枚を

腰に巻き付けただけの士道が、部屋に入ってきた。

なぜか全身がびしょ濡れで、肩を抱いてガタガタと

震えている。

 

 

そんな様子を見て、令音は数秒の間考えを巡らせ──

ポンと手を打った。

 

 

 

「……夜這いには、少し早いのではないかな?」




最後まで読んでいただきありがとうございます‼︎


これからも皆さんが『応援』をしていただければ、
『更新』をする頻度が更に上がる可能性があるかも
しれません‼︎


今回は『転生したらスライムだった件 ■■の魔王』
や『五等分の花嫁 繋がり合う絆』。そして更には
『とある暗躍の幻視者』などを更新してますので、
見てもらえれば嬉しいです!


他にも『投稿作品』 がありますので、そちらの方も
よろしくお願いします!
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