デート・ア・ライブ ■■■の精霊   作:またたび猫

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皆さんとてもお久しぶりです‼︎
『先ほど投稿した作品』は自分的には全く納得が
いかなかったので【タイトル】や【内容】などの
書き直しなどや修正なども一生懸命にさせて
もらいました。






いつもの様に心は豆腐の様な脆い精神ですが今回
の『デート・ア・ライブ■■■の精霊』の続きは
かなりの内容の量のお話を頑張って投稿させて
もらいました。


もし面白いなぁと思ったら是非、『お気に入り』や
『投稿』などよろしくお願いします‼︎


後、『感想』などありましたらそちらもよろしく
お願いします‼︎


それと『他の投稿作品』も読んで頂けたら
幸いです。


最後の欄に『これからについてのご報告』を
書かせてもらいましたのでよろしくお願いします。


少女との再会

目の前の視界を見渡してみると身も心も悴んで

しまいそうな雪降る白銀の世界。

 

 

更にはバラバラに散開して飛び散った沢山の

 

 

 

 

『ガラクタ』

 

 

 

 

 

右左どこをガラクタガラクタガラクタがあり

『目の前には更に酷く飛び散ったガラクタ』が

転がりドロドロとした液体が流れている。

 

 

そしてガラクタの奥の周囲にはかなりの広範囲に

この白銀の世界に全くもって似合うはずのない大量

の赤黒くて生暖かい液体が雪という名のキャンバス

に飛び散っていて『目の前で倒れている人物』にも

その液体はべったりと付着していた。

 

 

「どうして……」

 

 

 

その人物は雪が降って身も心も凍えて悴んで

しまいそうな白銀の世界で光を写さない虚な瞳、

そして掠れた声で目の前で血がべったりと付着して

倒れている人物に視線を向けゆっくり、ゆっくりと

覚束無い思考の中フラフラと歩く姿はまさに千鳥足

と言えるだろう…その人物はゆっくりと震えている

手を伸ばす。

 

 

どうして…?

 

 

どうして?どうして?どうして?どうして?

どうして?どうして?どうして?どうして?

どうして?どうして?どうして?どうして?

どうして?どうして?どうして?どうして?

どうして?どうして?どうして?どうして?

 

 

ねえ、誰か…誰にでもいいから教えてよ……

 

 

 

こんなはずじゃなかったんだ……こんな……

こんな『クソみたいな最悪過ぎる結末』を自分は

望んでいたわけじゃない‼︎

 

 

 

そう思っていると知らないうちに唇を噛んで

いたみたいでが口の中は鉄の味が広がっていた。

 

 

 

 

 

自分は…自分はただ……

 

 

 

ああ……何故、こうなってしまったのだろう……

 

どれだけ思考を巡らせ考え後悔しても目の前の

残酷でこの許容出来るはずのない理不尽な運命は

変えることが出来ない。それどころかどれだけ

考えても自分自身が納得できる回答の答えは

一向に答えが全く見つからない。

 

 

 

だからと言って目の前の残酷な『絶望』という

名の『現実』を絶対に受け入れたくない

 

 

 

■■を■■する■■を許せない…

■■を絶対に許せない……

 

 

 

もし…もし、叶うのならばーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どんなもんじゃーいッ!」

 

 

士道はコントローラーを預けながら、

右手をグッと握って天高く突き上げた。

 

 

琴里と令音の放課後強化訓練が実施されてから、

休日を含めて一〇日間。

 

 

士道はようやく、ゲームのハッピーエンド画面を

迎えていたのだった。

 

 

……まあそれまでに、幾度古傷を抉られたかは、

数えたくもないのだが。

 

 

 

「……ん、まあ少し時間はかかったが、第一段階は

クリアとしておくか」

 

 

「ま、一応全CGコンプしたみたいだし、とりあえず

は及第点かしらね。 ……とはいっても、あくまで

画面の中の女の子に対してだけど」

 

 

背後からスタッフロールを眺めていた令音と琴里

が、息を吐くのが聞こえてくる。

 

 

「じゃ、次の訓練だけど……もう生身の女性に

いきましょ。時間も押しちゃたし」

 

 

「……ふむ、大丈夫かね」

 

 

「平気よ。もし失敗しても、失われるのは士道の

社会的信用だけだから」

 

 

「何さらっと不穏なことを言ってんだてめえ」

 

 

黙って二人の会話を聞いていた士道だったが、

さすがにたまらず口を挟む。

 

 

「やだ、盗み聞きしてたの? 相変わらず趣味が

悪いわね。この出歯亀ピーピング・トム」

 

 

琴里が眉をひそめ口元に手を当てながら言う。

 

 

なんというか、日本と外国の事故がフュージョン

したような悪口である。まあ意味は似たような

ものだけれど。

 

 

「目の前で喋ってて盗み聞きも何もあるかっ!」

 

 

士道が叫ぶと、琴里が「はいはい」と手を広げて

こちらを制するように言ってきた。

 

 

なんだか士道の方が変なことを言っている

感じにされた。

 

 

「それで、士道。次の訓練なんだけど」

 

 

「……誰がいいかしら」

 

 

「あ?」

 

 

と、士道が首を傾げる横で、令音が手元の

コンソールを操作し始めた。机の上に並べられた

ディスプレイに、学校内の映像がいくつも

映し出される。

 

 

「……そうだね、まずは無難に、彼女など

どうだろう」

 

 

言って、令音が画面の右端に映し出されていた

タマちゃん教諭を指さす。

 

 

琴里は一瞬眉を跳ね上げーー

 

 

「ーーああ、なるほど。いいじゃない、

それでいきましょう」

 

 

すぐに、邪悪な笑みを浮かべた。

 

 

「……シン。次の訓練が決まった。」

 

 

「ど、どんな訓練ですか」

 

 

士道が不安な心地を抑えながら問うと、

令音が首肯しながら返してきた。

 

 

「……ああ。本番、精霊が出現したら、君は

小型のインカムを耳に忍ばせて、こちらの指示に

従って対応してもらうことになる。一回、実戦を

想定して訓練しておきたかったんだ」

 

 

「で、俺にどうしろと?」

 

 

「……とりあえず、岡峰珠恵教諭を口説きたまえ」

 

 

「はァっ⁉︎」

 

 

眉根を寄せ、叫ぶ。

 

 

「何か問題でもあるの?」

 

 

琴里が、士道の反応を楽しむようにニヤニヤと

言ってくる。

 

 

「大ありだろが……ッ! 

んなッ、できるわけ……っ!」

 

 

「本番ではもっと難物に挑まなきゃならないのよ?

それに私としては士道には〈プリンセス〉攻略を

してもらって一刻も早く彼女〈アテナ〉を攻略

してもらわないと困るのよ」

 

 

「ーーっ、そりゃ、そうだけど……っ!」

 

 

士道が言うと、令音がぽりぽりと頭をかいた。

 

 

「……最初の相手としては適任かと思うがね。

恐らく君が告白したとしても受け入れはしない

だろうし、ぺらぺらと言いふらしもしなさそうだ。

……まあ、君がどうしても嫌だというのならば

女子生徒に変えてもいいが……」

 

 

「う……ッ」

 

 

士道の脳裏に、嫌な情景が浮かんできた。

士道に声をかけられた女子生徒が、教室に戻るなり

女友達を集めて言うのだ。

 

 

 

「ねえねえ、さっき五河くんに告られちゃた

んだけどさー」

 

 

「えー、ホントー? 何、あいつ女に興味なんて

ありませんみたいな顔して、案外やること

やってんじゃーん」

 

 

「でもあいつはないよねー」

 

 

「うん、ないない。なんか超むっつりっぽいしー」

 

 

「あー、言えてる、あはははは」

 

 

……新たなトラウマが生まれそうだった。

 

 

その点、珠恵に関しては、そういうシーンが微塵も

思い浮かばない。いくら幼く見えるとはいえそこは

大人の女である。生徒の戯言と聞き流してくれる

だろう。

 

 

「で、どうするの?本番の失敗はすなわち死を意味

するから、どっちにしろ一回は予行練習させる

つもりだったけど」

 

 

「……先生で頼む」

 

 

琴里が言ってくるのに、士道は背中に嫌な汗を

かきながらそう言った。

 

 

「……よし」

 

 

令音は小さくうなずくと、机の引き出しから、

小さな機械を取り出し、士道に渡してきた。

次いでマイクと、ベッドフォン付きの受信器らしき

ものを机の上に置く。

 

 

「これは?」

 

 

「……耳につけてみたえまえ」

 

 

言われるままに、右耳にはめ込む。

すると令音はマイクを手に取り、囁くように唇を

動かした。

 

 

『……どうかね、聞こえるかな?』

 

 

「うおっ⁉︎」

 

 

突然耳元で令音の声が響く。

士道は肩をびっくと震わせて飛び上がった。

 

 

『……よし、ちゃんと通っているね。

音量は大丈夫かい?』

 

 

「は、はあ……まあ、一応……」

 

 

士道が首肯すると、令音はすかさず机の上に

放ってあったベッドフォンを耳に当てた。

 

 

「……ん、うむ。こちらも問題ないな。

拾えている」

 

 

「え? 今の声拾えたんですか? こっちには

マイクっぽいのついてませんけど……」

 

 

「……高感度の集音マイクが搭載されている。

自動的にノイズを除去し、必要な音声だけを

こちらに送ってくれるスグレモノだ」

 

 

「はぁー……」

 

 

士道が感嘆していると、琴里は机の奥から、

もう一つ小さな機械部品のようなものを

取り出した。

 

 

ピン、と指で弾くと、そのまま虫のように

羽ばたいて宙を舞う。

 

 

「な、なんですかこれ」

 

 

「……見たまえ」

 

 

言うと令音は、目の前のコンピュータを操作して

画面を表示させた。そこには琴里と令音、そして

士道のいる物理準備室が映し出されている。

 

 

「これって……」

 

 

「……超小型の高感度カメラだ。これで君を追う。

虫と間違って潰さないようにしてくれ」

 

 

「はぁー……すげえな、こりゃ」

 

 

と、ぼむ、と尻を蹴られた。

 

 

「何でもいいから早く行きなさい鈍亀。

ターゲットは今、東校舎の三階廊下よ。近いわ」

 

 

「………あいよ」

 

 

もう何を言っても無駄と悟り、士道は力なく

首肯した。

 

 

 

モタモタしていては、別の女子を対象にされる

可能性がある。士道は進みたがらない足をどうにか

動かし、物理準備室を出ていった。

 

 

そして階段を下りて右に左に首を回すとーーー

廊下の先に珠恵の背中が見えた。

 

 

「先ーー」

 

 

と、途中で呼び声を詰まらせる。

 

 

大声を出せば届く距離ではあったけれど……

まだ学校に残っている生徒や教師たち注目を

集めてしまうのは避けたかった。

 

 

「……仕方ねぇ」

 

 

士道は軽く駆け足になって珠恵の背を追った。

何メートルほど進んだ頃なのだろうか、士道の

足音に気づいたらしく、珠恵が立ち止まって

振り返ってくる。

 

 

「あれ、五河くん? どうしたんですかぁ?」

 

 

「……っ、あ、あのーーー」

 

 

ほぼ毎日見ている顔だというのに、いざ口説く

対象となると一気に緊張感が増す。士道は思わず

口ごもった。

 

 

『ーー落ち着きなさいな。これは訓練よ。

しくじったって死にはしないわ』

 

 

右耳から、琴里の声が響いてくる。

 

 

「んなこと言ったて……」

 

 

「え? なんですか?」

 

 

士道のつぶやきに反応して、珠恵が首を傾げる。

 

 

「あ、いや、なんでもありません……」

 

 

一向に話を進められない士道に焦れたのか、またも

インカム越しに声が聞こえてきた。

 

 

『情けないわね。ーーとりあえず無難に、相手を

褒めてみなさい』

 

 

琴里の言葉に、珠恵の頭頂から爪先までを眺め、

褒める材料を探していく。

 

 

 

……しかし待て。士道は思いとどまった。

そういえば先日読まされたハウツー本の中に、

女性の容姿を直接的に褒めると、どこか白々しく

聞こえてしまうというような話が載っていた

気がする。その場合は衣服や装身具などを褒め、

間接的に女性のセンスを褒めるといいらしい。

 

 

意を決して、口を開く。

 

 

「と、ところで、その服……可愛いですね」

 

 

「え……っ? そ、そぉですかぁ? やはは、

なんか照れますねぇ」

 

 

珠恵は嬉しそうに頰に染めると、後頭部を

かきあげながら笑顔を作って見せた。

 

 

ーーおお? これはなかなかいい反応では?

士道は小さく拳を握った。

 

 

「はい、先生にとても似合ってます!」

 

 

「ふふ、ありがとぉございます。お気に入り

なんですよぉ」

 

 

「その髪型もすごくいいですね!」

 

 

「え、本当ですかぁ?」

 

 

「はい、それにその眼鏡も!」

 

 

「あ、あはははは……」

 

 

「その出席簿も滅茶苦茶格好いいです!」

 

 

「あの……五河くん……?」

 

 

珠恵の顔が、だんだん苦笑、というか困惑に

染まっていく。

 

 

『やり過ぎよこのハゲ。生ハゲ』

 

 

右耳に、呆れたような琴里の声が聞こえてくる。

だがそう言われても、次に何を話せばよいのか

わからない。しばし、間が空いてしまう。

 

 

「ええと……用は終わりましたかぁ?」

 

 

珠恵が首を傾げてくる。

 

 

さすがに時間がないと思ったのだろう、右耳に、

今度は眠たそうな声が聞こえてきた。

 

 

『……仕方ないな。では私の台詞をそのまま

言ってみたまえ』

 

 

それはありがたい。士道は小さく首を前に倒し、

了承を示した。そして何も考えないまま、耳から

聞こえてくる情報を口から発していく。

 

 

「あの、先生」

 

 

「何ですか?」

 

 

「俺、最近学校来るのがすごい楽しいんです」

 

 

「そぉなんですが? それはいいですねぇ」

 

 

「はい。……先生が、担任になってくれたから」

 

 

「え……っ?」

 

 

珠恵が、驚いたように目を見開く。

 

 

「な、何言ってるんですかもぅ。

どうしたんです急に」

 

 

言いながらも、まんざらでもない顔を作る珠恵。

士道は続けて、令音の言葉を発した。

 

 

「実は俺、前から先生のことがーー」

 

 

「ぃやはは……駄目ですよぉ。気持ちは嬉しい

ですけど、私先生なんですからぁ」

 

 

出席簿をパタパタやりながら、珠恵が苦笑する。

やはりそこは教師として大人の女。きちんと

いなすつもりのようだった。

 

 

『……ふむ。どう攻めるかな』

 

 

絶え間なく台詞を紡いでいた令音が、小さく

息を吐く。

 

 

『……確か彼女は、今年で二九だったね。

ーーではシン、こう言ってみたまえ』

 

 

令音が次なる台詞を指示してくる。

士道はほとんど何も考えないまま口を動かした。

 

 

「俺、本気なんです。本気で先生とーー」

 

 

「えぇと……困りましたねぇ」

 

 

「本気で先生と、結婚したいと思ってるんです!」

 

 

ーーぴくり。

 

 

士道が結婚の二文字を出した瞬間、珠恵の頰が

微かに動いた気がした。

 

 

そしてしばしの間黙ったあと、小さな声を

響かせてくる。

 

 

「……本気ですか?」

 

 

「え……っ、あ、はぁ……まあ」

 

 

突然の雰囲気の変化にたじろぎながら士道が

言うと、珠恵は急に一歩足を踏み出し、士道の袖を

掴んできた。

 

 

「本当ですか? 五河くんが結婚できる年齢に

なったら、私もう三〇歳超えちゃううんですよ?

それでもいいんですか? 両親に挨拶しにきて

くれるんですか? 婿養子とか大丈夫ですか?

しっかりと高校卒業したらうちの実家継いで

くれるんですか?」

 

 

人が変わったように目を爛々と輝かせ、鼻息を

荒くしながら珠恵が詰め寄ってくる。

 

 

「あ……あの、先生……?」

 

 

『……ふむ、少し効き過ぎたか』

 

 

士道がたじろいでいると、令音はため息とともに

声を発した。

 

 

「ど……どういうことですか?」

 

 

珠恵に聞こえないくらいの声で、令音に問う。

 

 

『……いや、独身・女性・二九歳にとって結婚と

いうのは必殺呪文らしい。かつて同級生は次々と

家庭を築き始め、両親からせっつかれ、自分に関係

ないと思っていた三十路の壁を今にも超えそうな

不安定な状況だからね。……にしても、少々彼女は

極端すぎるな』

 

 

珍しく少し辟易した様子を声に滲ませ、令音が

言ってくる。

 

 

「そ、それはいいんですけど、どうしろってん

ですかこれ……っ!」

 

 

「ねえ五河くん、少しいいですか? まだ婚姻届を

書ける年齢ではないので、とりあえず血判状を

作っておきましょうか。美術室から彫刻刀でも

借りてきましょうね。大丈夫ですよ、痛くない

ようにしますからね」

 

 

にじり寄るようにしながら、珠恵がまくし立てて

くる。士道は悲鳴じみた声を上げた。

 

 

 

『あー、必要以上に絡まれても面倒ね。目的は

達してさたし、適当に謝って逃げちゃいなさい』

 

 

士道はごくりと唾液を飲み込むと、意を決して

口を開いた。

 

 

「す、すみません! やっぱりそこまでの覚悟は

ーー「い、五河……君?」」

 

 

「えっ……?」

 

 

その瞬間、士道の背後から聞き覚えがある人物の

声が聞こえた。

 

 

「れ、零…?」

 

 

士道の額には滝のようにダラダラと汗を流しながら

零に視線を向ける。

 

 

もしかして先程、岡峰先生との会話も聞かれて

いたのだろうか…? だとしたら五河士道、

人生最大の危機と言えるだろう。

 

 

更には士道は恐る恐ると零を見ると零の瞳には

あり得ない物を見るようなドン引きの瞳だった。

 

 

零の瞳を見て一瞬にして確信を持てた。

間違いない‼︎ 零は先程の先生とのやり取りを

見られていたんだ‼︎ ど、どうにか誤解を

解かないと‼︎

 

 

「こ、これは…ち、違うんだ‼︎」

 

 

「へぇ〜……じゃあ、何が違うのか教えてよ

五河くん?」

 

 

零が訝しみながらそう言うと

 

 

「十六夜くん‼︎ 実は五河くんが本気で先生と、

結婚したいと言ってくれたんです!」

 

 

珠恵は先程の士道の言葉に興奮していたのか鼻息

を荒くしながら嬉しそうに零に言っていた。

 

 

 

「えっ…お付き合い…? け、結婚…?

う、嘘でしょ…?」

 

 

 

すると零は珠恵の言葉を聞いた瞬間、零の思考は

一瞬だが停止してしまった。

 

 

クラスメイトだと思っていた友人が学校内で

平然と先生を、しかも自分の担任の先生をナンパ

しているのだから驚くなというのが無理がある。

 

 

「す、すまない…‼︎ また今度…ッ‼︎」

 

 

「あっ‼︎ い、五河くんッ⁉︎」

 

 

 

士道はそう言って珠恵と零がいるその場から

叫んで駆け出しながら逃げ出した。

 

 

「五河くん⁉︎ どこに行くの⁉︎」

 

 

 

背後から零の声が聞こえてきたがとにかく一秒

でも早くその場を離れたかったのか更に速度を

上げた。

 

 

『いやー、なかなか個性的な先生ねえ』

 

 

呑気な琴里の笑い声が聞こえてくる。士道は

足を運動させたまま声を張り上げた。

 

 

「ざっけんな……っ! 何を呑気なーー」

 

 

と、言いかけた瞬間。

 

 

「の……ッ⁉︎」

 

 

「……………!」

 

 

インカムに注意がいっていたため、士道は曲がり角

の先から歩いてきた生徒とぶつかり、転んで

しまった。

 

 

「っつつ……す、すまん、大丈夫か?」

 

 

言いながら身を起こす。と……

 

 

「ぃ……ッ⁉︎」

 

 

士道は心臓が引き絞られるのを感じた。

何しろそこにいたのは、あの鳶一だったのだから。

 

 

しかもそれだけではない。転んだ拍子に尻餅を

ついてしまったのだろう、ちょうど士道の方に

向かってM字開脚をしていた。……白だった。

 

 

思わず目を背ける。

しかし折紙はさして慌てた様子もなく、

 

「平気」

 

と言って立ち上がった。

 

 

「どうしたの」

 

 

次いで、折紙は士道に訊ねてきた。

だがそれは士道が廊下を走っていたことについて

ではないようだった。どちらかというとーーそう、

今士道が、顔をうつむけて額に手を当てている

ことについてだろう。

 

 

「……いや、気にしないでくれ。絶対にないと

思っていたシチュエーションに遭遇していたのが

ショックでな……」

 

 

最後の砦が崩れてしまった。恐れべきは

〈ラタトスク〉のシュミレーション能力。

なんだかんだであのゲーム、よくできていたのかも

しれなかった。

 

 

「そう」

 

 

折紙はそれだけ言うと、廊下を歩いていった。

と、その瞬間、右耳に琴里の声が響く。

 

 

『ーーちょうどいいわ士道。

彼女でも訓練しておきましょう』

 

 

「は……はぁッ⁉︎」

 

 

『やっぱり先生だけじゃなく、同年代のデータ

も欲しいね。それに精霊とは言わないまでも

AST要員。なかやか参考になりそうじゃない。

見る限り、彼女も周りに言いふらすタイプとは

思えないけれど?』

 

 

「おまえ……ッ、ざけんなよ……?」

 

 

『精霊と話したいんでしょ?』

 

 

「……ッ」

 

 

士道は息を詰まらせると、下唇を噛んだ。

覚悟を決めて、折紙の背に声を投げる。

 

 

「と、鳶一っ」

 

 

「なに」

 

 

折紙はまるで声をかけられるのを待っていた

かのようなタイミングで振り向いた。士道は少し

驚きながらも、呼吸を落ち着けて唇を開いた。

なんだかんだで珠恵のケースを経験しているため、

先ほどよりは心拍は平静だった。そう、やりすぎ

なければよいのだ、やりすぎなければ。

 

 

「その服、可愛いな」

 

 

「制服」

 

 

「……ですよねー」

 

 

『なんで制服をチョイスしたのよ

このウスバカゲロウ』

 

 

ただの虫の名前なのにものすごく罵倒されてる

気がした。ふしぎ!

 

ーー先生のときは成功したもんだから……!

という意思を込めて頭を小さく振る。

 

 

『……手伝おうか?』

 

 

と、焦れたのだろう、また令音が助け船を

出してきた。不安は残るものの、一人で会話を

続ける自信もない。士道は小さくうなずいた。

右耳に聞こえてくる言葉に従い、声を発していく。

 

 

「あのさ、鳶一」

 

 

「なに」

 

 

「俺、実は……前から鳶一ことを知ってたんだ」

 

 

「そう」

 

 

声が素っ気ないままだったが、信じられないことに

折紙が言葉を続けた。

 

 

「私も、知っていた」

 

 

「ーーーーーー!」

 

 

内心もの凄く驚きながらも、声には出さない。

今令音の指示以外の台詞を喋ってしまっては、

一気にこのペースが瓦解してしまいそうだった。

 

 

「ーーそなんだ。嬉しいな。……それで、

二年で同じクラスになれてすげえ嬉しくてさ。

ここ一週間、授業中ずっとおまえことを

見てたんだ。」

 

 

うっわ我ながら気持ち悪い。ストーカーじゃん、

なんて思いながらも、その台詞を口に出す。

 

 

「そう」

 

 

しかし折紙は、

 

 

「私も、見ていた」

 

 

真っ直ぐに士道を見ながら、その言った。

 

 

「……っ」

 

 

ごくりと唾液を飲み込む。実際士道は気まずくて

授業中折紙の方なんて見られなかったのだが。

激しく脈打つ心臓を押さえ込むように、

耳に入ってくる言葉をそのまま口から出していく。

 

 

 

 

「本当に? あ、でも実は俺それだけじゃなくて、

放課後の教室で鳶一の体操着の匂いを嗅いだり

してるんだ」

 

 

「そう」

 

 

 

さすがにこれはドン引きだろうと思ったが、

折紙は微塵も表情を動かさなかった。

 

 

それどころか、

 

 

「私も、やっている」

 

 

「………⁉︎」

 

 

ーーやっているって、どっちを⁉︎ 自分のだよな⁉︎

そうだと言って言ってくれ!

 

 

士道は顔中にびっしり汗を浮かべた。

というか琴里と令音、さすがに台詞がおかしくは

ないだろうか。だが頭の中がグルグル回っている

士道に、今さら自分の言葉で会話することなんて

不可能だった。

 

 

「ーーそっか。なんか俺から気が合うな」

 

 

「合う」

 

 

「それで、もしよかったらなんだけど、

俺と付き合ってくれないかーーって急展開

すぎんだろいくらなんでも!」

 

 

もう訓練とかとかどうでもいい。たまらず後方を

振り返り、叫び上げる。折紙から見たら、勝手に

報告して自分の発言に盛大なノリツッコミを

している変な男である。

 

 

『……いや、まさか本当にそのまま言うとは』

 

 

「そのまま言えっつったのあんたじゃねえか!」

 

 

怨嗟を声に乗せて発し、すぐにハッとして折紙に

向き直る。折紙はいつも変わらない無表情……

ではあったのだが、気のせいだろうか、先ほどより

少しだけ、ほんの少しだけ、目を見開いている

ように見えた。

 

 

「あ、その、なんだ……すまん、今のはーー」

 

 

「構わない」

 

 

「………………は?」

 

 

士道は間抜けた声を出した。目が点になる。

口が力無く開かれ、手足が弛緩する。要は身体全体

を使って呆然とした。

 

 

 

ーーちょっと、意味がわからない。今この少女は

なんと言った?

 

 

 

「な……なんて?」

 

 

「構わない、と言った」

 

 

「な、ななななななななななが?」

 

 

「……………ッ⁉︎」

 

 

士道は顔中にぶわっと吹き出させた。

側頭部に軽く手を当て、落ち着け、落ち着けと

自分に語りかける。

 

 

考えられない。普通に考えればありえない。

だって、数えるぐらいしか会話を交わしたことも

ない男にいきなり交際を迫られて、OKする女がいる

だろうか。……いやまあいないことはないんだろう

けど、折紙に関しては絶対にそんな答えを返して

くるとは思わなかったのだ。

 

 

ーーいや待て。士道はぴくりと眉を動かした。

もしかしたら折紙は、何か勘違いをしているのでは

ないだろうか。

 

 

「あ、ああ……どこかに出かけるのに付き合って

くれるってことだよな?」

 

 

「………?」

 

 

折紙が、小さく首を傾げた。

 

 

「そういう意味だったの?」

 

 

「え、あ、いや……ええと、鳶一は、どういう

意味だと思ったんだ……?」

 

 

「男女交際のことかと思っていた」

 

 

「………ッ!」

 

 

士道は、頭に雷が直撃したかのように全身を

震わせた。何というのだろう、折紙の口から

『男女交際』なんて言葉が出るのは、恐ろしく

背徳的な感じがしたのである。

 

 

「違うの?」

 

 

「い、いや……違わない……けど」

 

 

「そう」

 

 

折紙が、何事もなかったかのように首肯する。

次の瞬間、士道は思いっきり後悔した。

 

 

ーーなぜ、なぜ「違わない」なんて言って

しまったのか! 今なら、今なら勘違いで

通せたのに!

 

 

と。

 

 

 

ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥーーーー

 

 

 

「っ⁉︎」

 

 

 

瞬間、何の前触れもなく、あたりに警報が

響き渡った。それとほぼ同時に、折紙が顔を

軽く上げる。

 

 

「ーー急用ができた。また」

 

 

そしてそう言うと、踵を返して廊下を走って

いってしまった。

 

 

「お、おいーーー」

 

 

今度は、士道が声をかけても止まらなかった。

 

 

「ど……どうすりゃいいんだ、これ……」

 

 

ほどなくして、インカム越しに声が聞こえてくる。

 

 

『士道、空間震よ。一旦〈フラクシナス〉に

移動するわ。戻りなさい』

 

 

「や、やっぱり、精霊なのか……?」

 

 

士道が問うと、琴里は一拍置いてから続けてきた。

 

 

『ええ。出現予測地点はーー来禅高校よ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時刻は、一七時二〇分。

 

 

避難を始める生徒たちの目を避けながら、

街の上空に浮遊している〈フラクシナス〉に移動

した三人は、艦橋スクリーンに表示された様々な

情報に視線を送っていた。

 

 

軍服に着替えた琴里と零音は、時折言葉を

交わしながら意味ありげにうなずいていたが、

正直士道には、画面上の数値が何を示している

のかよくわからない。唯一理解できるのはーー

画面右側に示されているのが、士道の高校を中心

にした街の地図であることくらいである。

 

 

「なるほど、ね」

 

 

艦長席に座りチュッパチャプスを舐めながら、

クルーと言葉を交わしていた琴里は、小さく

唇の端を上げた。

 

 

「ーー士道」

 

 

「なんだ?」

 

 

「早速働いてもらうわ。準備なさい」

 

 

「……っ」

 

 

琴里の言葉に、士道は身体を硬直させた。

いや、予想はしていたし、覚悟していた

はずなのだ。だがやはり、実際そのときが

来てしまうと緊張を隠せそうはなかった。

 

 

「ーーもう彼を実戦登用するのですか、司令」

 

 

と、艦長席の隣に立っていた神無月が、

スクリーンに目をやりながら不意に声を発した。

 

 

「相手は精霊。失敗はすなわち死を意味します。

訓練は十分なのでしょげふッ」

 

 

言葉の途中で、神無月の鳩尾に琴里の拳が

めり込む。

 

 

「私の判断にケチをつけるなんて、偉くなった

ものね神無月。罰として今からいいと言うまで

豚語で喋りなさい」

 

 

「ぶ、ブヒィ」

 

 

なんかものすごく慣れた様子で神無月が返す。

士道はその光景を見ながら吹き出た汗を拭った。

 

 

 

「……いや、琴里、神無月さんの言うことも

もっともだと思うんだが……それに出現した精霊

はもしかしたら〈アテナ〉だっけか…? 

もしかしたらそいつかもしれないだろ?」

 

 

「あら士道、士道ったら臆病なうえに豚語が

理解できたの? さすが豚レベルの男ね」

 

 

「お、臆病者じゃねーし‼︎ それに豚を舐める

なよ!豚は意外とすごい動物なんだぞ!」

 

 

 

「知っているわ。きれい好きだし力も強い。

なんでも犬より高度な知能を持っているという説も

あるとか。だから有能な部下である神無月や、尊敬

する兄である士道に、最大限の敬意として豚という

呼称を使っているのよ。豚。この豚」

 

 

「……ぐぐっ」

 

 

正直あまり敬称には聞こえなかった。

しかし琴里も、神無月の疑問と士道の不安が

もっともであることくらいは理解しているよう

だった。キャンディの棒をピンと上向きにし、

スクリーンを示す。

 

 

「士道、あなたかなりラッキーよ」

 

 

「え……?」

 

 

琴里の視線を追うように、スクリーンに

目を向ける。やはり意味不明な数字が踊って

いたがーー右側の地図に、先ほどと変わった

ところが見受けられた。士道の高校に赤いアイコン

が一つ、そしてその周囲に、小さな黄色いアイコン

がいくつも表示されていたのである。

 

 

「赤いのが精霊、黄色いのがASTよそれに出現した

精霊は〈アテナ〉じゃなくてあなたがあの時会った

精霊〈プリンセス〉、それが彼女の精霊としての

『識別名』よ」

 

 

「……で、何がラッキーだってんだよ」

 

 

「ASTを見て。さっきから動いてないでしょう?」

 

 

「ああ……そうだな」

 

 

「精霊が外に出てくるのを待っているのよ」

 

 

「なんでまた。突入しないのか?」

 

 

士道が首を傾げると、琴里大仰に肩をすくめて

見せた。

 

 

「ちょっとは考えてもの言ってよね恥ずかしい。

粘液だってもう少し理性的よ」

 

 

「な、なにおう!」

 

 

「そもそもCRーユニットは、狭い屋内での戦闘を

目的として作られたものではないのよ。いくら

随意領域があるとはいっても、遮蔽物が多く、

更に通路も狭い建造物の中では確実に機動力が

落ちるし、視界も遮られてしまうわ。」

 

 

言いながら、琴里がパチンと指を鳴らす。

それを応じるように、スクリーンに表示

されていた映像が、実際の高校の映像に変わった。

 

 

校庭に浅いすり鉢のくぼみができており、

その道路や校舎の一部も綺麗に削り取られている。

まさに先日、士道が見たのと同じ光景だった。

 

 

「校庭に出現後、半壊した校舎に入り込んだ

みたいね。こんなラッキー滅多にないわよ。

ASTのちょっかいなしで精霊とコンタクトが取れる

んだから」

 

 

「……なるほど」

 

 

理屈はわかった。

 

 

だが、琴里の台詞に引っかかりを覚えた士道は、

ジトッと半眼を作る。

 

 

「……精霊が普通に外に現れてたら、どうやって

俺を精霊と接触させるつもりだったんだ?」

 

 

「ASTが全滅するのを待つか、ドンパチしてる中

に放り込むか、ね」

 

 

「…………」

 

 

士道は先ほどよりも深ぁーく、今の状況が

ありがたいものかを知った。

 

 

「ん、じゃあ早いところ行きましょうか。

ーー士道、インカムは外してないわね?」

 

 

「あ、ああ」

 

 

右耳に触れる。確かにそこには、先ほど

使用したままのインカムが装着されていた。

 

 

「よろしい。カメラも一緒に送るから、困った

ときはサインとして、インカムを二回小突いて

ちょうだい」

 

 

「ん……了解した。でもなあ……」

 

 

士道は半眼を作り、琴里と、艦橋下段で自分の

持ち場についている令音に視線を送った。訓練の

ときの助言を鑑みる限り、正直心細いサポート

メンバーだった。士道の表示からおおよそ思考を

察したのだろう、琴里が不敵な笑みを浮かべる。

 

 

「安心しなさい士道。〈フラクシナス〉クルー

には頼もしい人材がいっぱいよ」

 

 

「そ、そうなのか?」

 

 

士道が疑わしげな顔で聞き返すと、琴里が上着を

バサッと翻して立ち上がった。

 

 

「たとえば」

 

 

そして艦橋下段のクルーの一人をビシッと指す。

 

 

 

「五度もの結婚を経験した恋愛マスター

・<早すぎた怠惰期バッドブリッジ>川越!」

 

 

「いやそれ四度は離婚してるってことだよな!?」

 

 

「夜のお店のフィリピーナに絶大な人気を誇る、

<社長シャチョサン>幹本!」

 

 

「それ完全に金の魅力だろ!?」

 

 

「恋のライバルに次々と不幸が。

午前二時の女・<藁人形ネイルノッカー>椎崎!」

 

 

「絶対呪いかけてるだろそれ!」

 

 

「一〇〇人の嫁を持つ男・<次元を超える者

ディメンショナルブレイカー>中津川!」

 

 

「ちゃんとz軸がある嫁だろうな⁉︎」

 

 

「その愛の深さ故に、今や法律で彼の半径500m

以内に近づけなくなった業が深過ぎる女・

<保護観察処分ディープラヴ>箕輪!」

 

 

「なんでそんな奴らばっかなんだよ!」

 

 

「.....皆、クルーとしての腕は確かなんだ」

 

 

「つかまあ常人が精霊のこと聞けば普通はAST

の方に着くとおもうけどな」

 

 

 

艦橋下段から、ぼそぼそっとした令音の声が

聞こえてくる。

 

 

「そ、そう言われても……」

 

 

「いいから早いところ行ってきなさい。

精霊が外に出たらASTが群がってくるわ」

 

苦情発しかけた士道の尻を、琴里がボンっ、

と勢いよく蹴る。

 

 

「.....ってッ、こ、このやろ.....」

 

 

「心配しなくても大丈夫よ。士道なら一回くらい

死んでもすぐニューゲームできるわ」

 

 

「っざっけんな、どこの配管工だそれ」

 

 

「マンマミィーヤ。妹の言うことを信じない兄は

不幸になるわよ」

 

 

「兄の言うこときかない妹にいわれたかねぇよ」

 

 

溜息混じりに士道が言ったが、大人しく艦橋のドア

に足を向けた。

 

 

「グッドラック」

 

 

「おう」

 

 

ビッと親指立ててくる琴里に、軽く手を上げて

返す。未だ心臓は高鳴っていたがーーこの機を

逃すわけにはいかなかった。

 

 

倒すとか、恋させるとか、世界を救うとか。

そんな大それたことはまったく考えていない。

 

 

ただーーあの少女と、もう一度話をして

みたかった。

 

 

〈フラクシナス〉下部に設けられている顕現装置を

用いた転送機は、直線上に遮蔽物さえなければ、

一瞬で物質を転送・回収できるという代物だと

いう話だ。

 

 

最初は少々船酔ったかのような気持ち悪さを

感じたが、数回目ともなると多少は慣れが

出てくる。一瞬のうちに視界が〈フラクシナス〉

から、薄暗い高校の裏手に変わったのを確認

してから、士道は軽く頭を振った。

 

 

「さて、まずは校舎内にーーー」

 

 

言いかけて、言葉を止める。

士道の目の前にある校舎の壁が、冗談のように

ごっそりと削り取られており、内部を覗かせて

いたからだ。

 

 

「実際見るととんでもねえな……」

 

 

『まあ、ちょうどいいからそこから

入ちゃいなさい』

 

 

右耳に詰めたインカムから、琴里の声が聞こえて

くる。士道は了解と頰をかきながら呟くと、校舎

の中に入って行った。あまりのんびりしていては

精霊が外に出てしまうかもしれないし、それ以前

に、士道がASTに見つかって『保護』されて

しまう可能性もある。

 

 

『さ、急ぎましょ。ナビするわ。精霊の反応は

そこから階段を上がって三階、手間から四番目

の教師よ』

 

 

「了解……っ」

 

 

士道は深呼吸をすると、近くの階段を駆け上がって

いった。そして一分とかかわらず、指定された教室

の前まで辿り着く。扉は開いておらず、中の様子は

窺えなかったが、この中に精霊がいると思うと自然

心臓は早鐘のように鳴った。

 

 

「てーーここ、二年四組。俺のクラスじゃねえか」

 

 

『あら、そうなの。好都合じゃない。地の利と

までは言わないけど、まったく知らない場所より

よかったでしょ』

 

 

琴里が言ってくる。実際、まだ進級してそう日が

経っていないので、そこまで知っているというわけ

でもないのだが。とにかく、精霊が気まぐれを

起こす前に接触せねばならない。士道が唾を

飲み込んだ。

 

 

「……やあ、こんばんわ、どうしたの、

こんなところで」

 

 

小さな声で、最初にかける言葉を何度か繰り返し。

士道は、意を決して教室の扉を開けた。夕陽で赤く

染められた教室の様子が、網膜に映り込んでくる。

 

 

「ーーーー」

 

 

瞬間。

 

 

頭の中で用意した薄っぺらな言葉なんて、一切合切

吹っ飛んだ。

 

 

「あーーー」

 

 

前から四番目、窓際から二列目ーーちょうど士道の

机の上に、不思議なドレスを身に纏った黒髪の少女

が、片膝を立てるようにして座っていた。幻想的な

輝きを放つ目を物憂げな半眼にし、ぼうっと黒板を

眺めている。半身を夕日に照らされた少女は、

見る者の思考能力を一瞬奪ってしまうほどに、

神秘的。だが、その完璧にも近いワンシーンは、

すぐに崩れることとなった。

 

 

「ーーぬ?」

 

 

少女が士道の侵入に気づき、目を完全に開いて

こちらを見てくる。

 

 

「……ッ! や、やあーーー」

 

 

と、士道がどうにか心を落ち着けながら手を上げ

……ようとした瞬間。

 

 

ーーひゅん、と

 

 

少女が無造作に手を振るったかと思うと、士道の顔

を掠めて一条の黒い光線が通り抜けていった。

 

 

一瞬のあと、士道が手を掛けていた教室の扉と、

その後ろにある廊下の窓ガラスが盛大な音を立てて

砕け散る。

 

 

「ぃ……ッ⁉︎」

 

 

突然のことに、一瞬その場に固まってしまう。

頰に触れてみると、少し血が流れていた。

だが、呆然ともしていられない。

 

 

『士道!』

 

 

琴里の声が鼓膜を痛いほどに震わせる。

少女は鬱々とした表情を作りながら、腕を大きく

振り上げていた。手のひらの上には、丸く形

作られた光の塊のようなものが、黒い輝きを

放っている。

 

 

「ちょ……っ」

 

 

叫びを上げるより早く、転げるように壁の後ろに

身を隠す。一瞬あと、先ほどまで士道がいた位置

を光の奔流が通り抜け、校舎の外壁を容易く

突き破って外へ伸びていった。

 

 

その後も、何度か連続して黒い光が放たれる。

 

 

「ま……待ってくれ! 俺は敵じゃない!」

 

 

随分と風通しのよくなってしまった廊下から

声を上げる。と、士道の言葉が通じたのか、

それっきり光線は放たれなくなった。

 

 

「……は、入って大丈夫なのか……?」

 

 

『見たところ、迎撃準備はしてないわね。

やろうと思えば、壁ごと士道を吹き飛ばすなんて

容易いはずだし。ーー逆に時間を開けて機嫌を

損ねてもよくないわ。行きましょう』

 

 

独り言のような士道の呟きに、琴里が答えてくる。

恐らくカメラはもう教室に入っているのだろう。

唾液をごくりと飲み下してから、士道は扉の

なくなった教室の入り口の前に立った。

 

 

「………」

 

 

そんな士道に、少女はじとーっした目を向けて

きていた。一応攻撃はしてこないものの、その視線

には猜疑と警戒が満ちている。

 

 

「と、とりあえず落ち着いーー」

 

 

士道は敵意がないことを示すために両手を

上げながら、教室に足を踏み入れた。

 

 

だが、

 

 

「ーー止まれ」

 

 

少女が凛とした声音を響かせる同時ーーばじゅッ、

と士道の足元の床を光線が灼く。士道は慌てて

身体を硬直させた。

 

 

「……っ」

 

 

少女が、士道の頭頂から爪先まで舐めるように

睨め回し、口を開いてくる。

 

 

「おまえは、何者だ」

 

 

『待ちなさい』

 

 

と、士道が答えようとしたところで、なぜか

琴里からストップが入った。

 

 

〈フラクシナス〉艦橋のスクリーンには今、

光のドレスを纏った精霊の少女が、バストアップで

映し出されてた。愛らしい貌を刺々しい視線で飾り

ながら、カメラの右側ーー士道の方を睨みつけて

いる。そしてその周りには『高感度』をはじめと

した各種パラメータが配置されていた。令音が

顕現装置で解析・数値化した、少女の精神状態が

表示されているのである。

 

 

ついでに〈フラクシナス〉に搭載されているAIが、

二人の会話をタイムラグなしでテキストに起こし、

画面の下部に表示させている。一見、士道が訓練

に使用したゲームの画面にそっくりだった。

 

 

特大のスクリーンに表示されたギャルゲー画面に、

選りすぐられたクルーたちが、至極真面目な顔を

して向かい合っている。

 

 

なんともシュールな光景である。

 

 

 

とーー琴里はぴくりと眉を上げた。

 

 

 

『おまえは何者だ』

 

 

 

精霊が士道に向かってそう言葉を発した瞬間、

画面が明滅し、艦橋にサイレンが鳴り響いたのだ。

 

 

「こ、これはーー」

 

 

クルーの誰かが狼狽に満ちた声を上げる中、

画面中央にウィンドウが現れる。

 

 

 

①「俺は五河士道。君を救いに来た!」

 

 

②「通りすがりの一般人ですやめて殺さないで」

 

 

③「人に名を訊ねるときは自分から名乗れ」

 

 

 

「選択肢ーーっ」

 

 

琴里はキャンディの棒をピンと立てた。

 

 

令音の操作する解析用顕現装置と連動した

〈フラクシナス〉のAIが、精霊の心拍や微弱な脳波

などの変化を観測し、瞬時に対応パターンを画面に

表示したのだ。これが表示されるのは、精霊の

精神状態が不安定であるときに限られる。

 

 

つまり、『正しい対応』すれば精霊に取り入る

ことができる。だがもしーー琴里すぐさまマイクを

口に近づけると、返事をしかけていた士道に制止を

かけた。

 

 

「待ちなさい」

 

 

『ーーっ?』

 

 

息を詰まらせるような音が、スピーカーから

聞こえてくる。きっと、なぜか琴里が言葉を

止めさせたかがわからないのだろう。精霊を

いつまでも待たせるわけにはいかない。琴里は

クルーたちに向かってのどを震わせた。

 

 

「これだと思う選択肢を選びなさい!  

五秒以内!」

 

 

クルーたちが一斉に手元のコンソールを操作する。

そう結果はすぐに琴里の手元のディスプレイに

表示された。

 

 

最も多いのはーー③番。

 

 

 

「ーーみんな私と同意見みたいね」

 

 

琴里が言うと、クルーたちは一斉にうなずいた。

 

 

「①は一見王道に見えますが、向こうがこちらを

敵と疑っているこの場で言っても胡散臭い

だけでしょう。それに少々鼻につく」

 

 

直立不動のまま、神無月が言ってくる。

 

 

「……②は論外だね。万が一この場を逃れることが

できたとしても、それで終わりだ」

 

 

次いで、艦橋下段から令音が声を発してきた。

 

 

「そうね。その点③は理に適っているし、

上手くすれば会話の主導権を握ることもできるかも

しれないわ」

 

 

琴里は小さくうなずくと、再びマイクを

引き寄せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……お、おい、なんだってんだよ……」

 

 

少女の鋭い視線に晒されながら言葉を制止された

士道は、気まずい空気の中そこに立ちつくして

いた。

 

 

「……もう一度聞く。おまえは、何者だ」

 

 

少女が苛立たしげに言い、目をさらに尖らせる。

 

 

『士道。聞こえる? 私の言うとおりに

答えなさい』

 

 

「お、おう」

 

 

『ーー人に名を訊ねるときは自分から名乗れ』

 

 

「ーー人に名を訊ねるときは自分から名乗れ。

……って」

 

 

言ってしまってから、士道は顔を青くした。

 

 

「な、何言わせてんだよ……っ」

 

 

だが時既に遅し。士道の声を聞いた少女は

途端表情を不機嫌そうに歪め、今度は両手を

振り上げて光の球を作りだした。

 

 

「ぃ……ッ」

 

 

慌てて床を蹴り、右方に転がる。

 

 

一瞬あと、士道の立っていた場所に黒い光球が

投げつけられた。床に、二階一階まで貫通する

ような大穴が開く。

 

 

ついでに士道その瞬間の衝撃波でさらに

吹き飛ばされ、机と椅子を盛大に巻き込みながら

教室の端まで転がった。

 

 

「……っぐあ……」

 

 

『あれ、おかしいな』

 

 

「おかしいなじゃねえ……ッ、殺す気か……っ」

 

 

心底不思議そうに言ってくる琴里に返し、士道は

頭を押さえながら身を起こした。

 

 

とーー

 

 

 

「これが最後だ。答える気がないのなら、

敵と判断する」

 

 

士道の机の上から、少女が言ってくる。

士道は泡を食って即座に口を開いた。

 

 

「お、俺は五河士道! ここの生徒だ!

敵対する意思はない!」

 

 

「………」

 

 

両手を上げながら士道が言うと、少女は訝しげな

目を作りながら士道の机から下りた。

 

 

「ーーそのままでいろ。おまえは今、私の攻撃

可能圏内にいる」

 

 

「……っ」

 

 

士道は了解を示すように、姿勢を保ったまま

こくこくとうなずいた。少女が、ゆっくりとした

足取りで士道の方に寄ってくる。

 

 

「……ん?」

 

 

そして軽く腰を折り、しばしの間士道の顔を凝視

してから「ぬ?」と眉を上げた。

 

 

「おまえ、前に一度会ったことがあるな……?」

 

 

「あ……っ、ああ、今月のーー確か、一〇日に。

街中で」

 

 

「おお」

 

 

少女は得心がいったいったように小さく

手を打つと、姿勢を元に戻した。

 

 

「思い出したぞ。何やらおかしなことを

言ってた奴だ」

 

 

少女の目から、微かに険しさが消えるのを

見取って、一瞬士道の緊張が弛む。

 

 

だが、

 

 

「ぎ……ッ⁉︎」

 

 

刹那の間のあと、士道は前髪を掴まれ顔を上向きに

させられていた。

 

 

少女が、士道の目を覗き込むように顔を斜めに

しながら視線を放ってくる。

 

 

「……確か、私を殺すつもりはないと

言っていたか? ふんーー見え透いた手を。

言え、何が狙いだ。油断させておいて後ろから

襲うつもりか?」

 

 

「…………っ」

 

 

士道は、小さく眉を寄せ、奥歯をぎりと噛んだ。

 

 

 

少女への恐怖とか、そんなものより先に。

 

 

 

 

 

 

少女が士道の言葉ーー殺しに来たのではない、

という台詞を、微塵も信じるできないのが。

 

 

 

信じることができないような環境に晒されていた、

というのが。

 

 

気持ち悪くて、たまらなかった。

 

 

 

「ーー人間は……ッ」

 

 

思わず、士道は声を発していた。

 

 

「おまえを殺そうとする奴らばかりじゃ……

ないんだッ」

 

 

「……………」

 

 

少女が目を丸くして、士道の髪から手を離す。

そしてしばしの間、もの問いたげな視線で士道の顔

を見つめたあと、小さく唇を開いた。

 

 

「………そうなのか?」

 

 

「ああ、そうだとも」

 

 

「私が会った人間たちは、皆私は死なねばならない

と言っていたぞ」

 

 

「そんなわけ……ないだろッ」

 

 

「………」

 

 

少女は何も答えず、手を後ろに回した。

半眼を作って口を結びーーまだ士道の言うことが

信じられないという顔を作る。

 

 

「……では聞くが。私を殺すつもりがないのなら、

おまえは一体何をしに現れたのだ?」

 

 

「っ、それはーーええと」

 

 

『士道』

 

 

士道がくちごもると同時、琴里の声が

右耳に響いた。

 

 

「ーーまた選択肢ね」

 

 

 

琴里はぺろりと唇を舐めて、スクリーンの中央に

表示された選択肢を見つめた。

 

 

 

①「それはもちろん、君に会うためさ」

 

 

②「なんでもいいだろ、そんなの」

 

 

③「偶然だよ、偶然」

 

 

手元のディスプレイに、瞬時にクルーたちの意見が

集まってくる。①が人気だ。

 

 

「②はまあ、さっきの反応見る限り駄目

でしょうね。ーーー士道、とりあえず無難に、

君に会うためとでも言っておきなさい」

 

 

 

琴里がマイクに向かって言うと、士道が画面の中で

立ち上がりながら口を開いた。

 

 

『き、君に会うためだ』

 

 

『……?』

 

 

少女が、きょとんとした顔を作る。

 

 

『私に?一体何のために』

 

 

 

少女が首をそう言った瞬間、またも画面に選択肢

が表示される。

 

 

①「君に興味があるんだ」

 

 

②「君と、愛し合うために」

 

 

③「君に訊きたいことがある」

 

 

「んー……どうしたもんかしらねえ」

 

 

琴里があごをさすっているいると、手元の

ディスプレイには②の回答が集まっていった。

 

 

「ここはストレートにいっておいた方が

いいでしょう、司令。男気を見せないと!」

 

 

「はっきり言わないとこの手の娘は

わからないですって!」

 

 

艦橋下段から、クルーの声が響いてくる。

琴里はふうむとうなってから足を組み替えた。

 

 

「まあ、いいでしょ。①や③だとまた質問を

返されるだろうしーーー士道。君と愛し合う

ために、よ」

 

 

マイクに向かって指示を発する。瞬間、士道の肩

がビクッと震えた。

 

 

 

 

「あー……その、だな」

 

 

琴里から指示を受けた士道は、しどろもどろに

なって目を泳がせた。

 

 

「なんだ、言えないのか。おまえは理由もなく

私のもとに現れたと? それともーーー」

 

少女の目が、再び険しいものになっていく。

士道は慌てて手を振りながら声を発した。

 

 

「き、君と……愛し合うため……に?」

 

 

「…………」

 

 

士道が言った瞬間、少女は手を抜き手にし、

横薙ぎに振り抜いた。瞬間、士道の髪が数本、

中程で切られて風に舞う。

 

 

「ぬわ……ッ⁉︎」

 

 

「……冗談はいらない」

 

 

ひどく憂鬱そうな顔をして、少女が呟く。

 

 

「………っ」

 

 

士道は、唾液を飲み下した。

 

 

 

一瞬にして今し方感じていた恐怖が薄れ、

心臓が高鳴っていく。

 

 

ーーああ、そうだ、この顔だ。

 

 

士道が嫌いな顔だ。

 

 

 

自分が愛されるなんて微塵も思っていないような、

世界に絶望した表情だ。

 

 

士道は、思わずのどを震わせていた。

 

 

「俺は……ッ、おまえと話をするために……

ここにきたッ」

 

 

士道が言うとーー少女は意味がわからないと

いった様子で眉をひそめた。

 

 

「……どういう意味だ?」

 

 

「そのままだ。俺は、おまえと、話がしたいんだ。

内容なんかなんだっていい。気に入らないなら

無視してくれたっていい。でも、一つだけ

わかってくれ。俺はーーー」

 

 

『士道、落ち着きなさい』

 

 

琴里が、諫めるように言ってくる。

しかし士道は止まらなかった。

 

 

だって、今までこの少女には、手を差し伸べる

人間がいなかったのだ。

 

 

たった一言でもあれば状況は違ったかもしれない

のに、その一言をかけてやる人間が、一人も

いなかったのだ。

 

 

 

士道には、父が、母が、そして琴里がいた。

でも、彼女には、誰もいなかったのだ。

 

 

だったらーー士道が言うしかない。

 

 

「俺はーーおまえを否定しない」

 

 

士道はだん、と足を踏みしめると、一言一言を

区切るようにそう言った。

 

 

「…………っ」

 

 

少女は眉根を寄せると、士道から目を逸らした。

そしてしばしの間黙ったあと、小さく唇を開く。

 

 

「……シドー。シドーと言ったな」

 

 

「ーーああ」

 

 

「本当に、おまえは私を否定しないのか?」

 

 

「本当だ」

 

 

「本当の本当か?」

 

 

「本当の本当だ」

 

 

「本当の本当の本当か?」

 

 

「本当の本当の本当だ」

 

 

士道が間髪入れず答えると、少女はくしゃくしゃ

とかき、ずずっと鼻をすするかのような音を

立ててから、顔の向きを戻してきた。

 

 

「ーーーーふん」

 

 

眉根を寄せ口をへの字に結んだままの表情で、

腕組みする。

 

 

「誰がそんな言葉に騙されるかばーかばーか」

 

 

「っ、だから、俺はーー」

 

 

「……だがまあ、あれだ」

 

 

 

少女は、複雑そうな表情を作ったまま、続いた。

 

 

「どんな腹があるかは知らんが、まともに会話

をしようという人間は初めてだからな。……

この世界の情報を得るために少しだけ利用

してやる」

 

 

言って、もう一度ふんと息を吐く。

 

 

「……は、はあ?」

 

 

「話しくらいしてやらんこともないと言って

いるのだ。そう、情報を得るためだからな。

うむ、大事。情報超大事」

 

 

言いながらもーーーほんの少しだけ、少女の表情

が和らいだ気がする。

 

 

「そ、そうか……」

 

 

士道は頰をポリポリとかきながらそう返した。

 

 

これは……とりあえずファーストコンタクトに

成功したと考えていいのだろうか。

 

 

士道が困惑していると、右耳に琴里の声が響いた。

 

 

『ーーー上出来よ。そのまま続けて』

 

 

「あ、ああ……」

 

 

と、少女が大股で教室の外周をゆっくり

回り始めた。

 

 

「ただし不審な行動を取ってみろ。おまえの身体に

風穴を開けてやるからな」

 

 

「……オーケイ、了解した」

 

 

士道の返答を聞きながら、少女がゆっくりと教室に

足音を響かせていく。

 

 

「シドー」

 

 

「な、なんだ?」

 

 

「ーーー早速聞くが。ここは一体なんだ?

初めて見る場所だ」

 

 

言って、歩きながら倒れていない机をペタペタと

触り回る。

 

 

 

「え……ああ、学校ーーー教室、まあ、俺と

同年代くらいの生徒たちが勉強する場所だ。

その席に座って、こう」

 

 

「なんと」

 

 

少女は驚いたように目を丸くした。

 

 

「これに全て人間が収まるのか?冗談抜かすな。

四〇近くはあるぞ」

 

 

「いや、本当だよ」

 

 

言いながら、士道は頰をかいた。

 

 

少女が現れるときは、街には避難警報が発令

されている。少女が見たことのある人間なんて、

ASTくらいのものなのだろう。人数もそこまで

多くはあるまい。

 

 

「なあーーー」

 

 

少女の名を呼ぼうとしーーー士道は声を

詰まらせた。

 

 

「ぬ?」

 

 

士道の様子に気づいたのだろう、少女が眉を

ひそめてくる。そしてしばし考えを巡らせる

ようにあごに手を置いたあと、

 

 

「……そうか、会話を交わす相手がいるのなら、

必要なのだな」

 

 

そううなずいて、

 

 

「シドー。 ーーーおまえは、私を何と呼びたい」

 

 

手近にあった机に寄りかかりながら、

そんなことを言ってきた。

 

 

「……は?」

 

 

言っている意味がわからず、問い返す。

少女はふんと腕組みすると、尊大な調子で続けた。

 

 

「私に名をつけろ」

 

 

「…………」

 

 

しばし沈黙したあとで。

 

 

 

ーーー重ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ‼︎

 

 

 

士道は心中で絶叫した。

 

 

「お、俺がかッ⁉︎」

 

 

「ああ。どうせおまえ以外と会話する予定はない。

問題あるまい」

 

 

 

 

 

 

「うっわ、これまたヘビーなの来たわね」

 

 

艦長席に腰掛けながら、琴里は頰をかいた。

 

 

「……ふむ、どうしたものかな」

 

 

艦橋下段で、令音がそれに応えるようになる。

艦橋にはサイレンが鳴っているものの、スクリーン

には選択肢が表示いなかった。

 

 

AIでランダムに名前を組むだけでは、パターンが

多すぎて表示しきれないのだろう。

 

 

「落ち着きなさい士道。焦って変な名前

言うじゃないわよ」

 

 

言ってから、琴里は立ち上がり、クルーたちに

声を張り上げた。

 

 

「総員! 今すぐ彼女の名前を考えて私の端末

に送りなさい!」

 

 

言ってからディスプレイに視線を落とす。

すでに何名かのクルーから名前案が送信

されてきた。

 

 

「ええと……川越! 美佐子って別れた奥さんの

名前じゃない!」

 

 

「す、すみません、思いつかなかったもので……」

 

 

司令室の下部から、すまなそうな男の声が

聞こえてくる。

 

 

「……ったく、他は……麗鐘? 

幹本、なんて読むのこれ」

 

 

「麗鐘(くららべる)です!」

 

 

「あなたは生涯子供を持つことを禁じるわ」

 

 

声を上げた男性クルーに指を突きつける。

 

 

「すみません! もう一番上の子が小学生です!」

 

 

「一番上の子?」

 

 

「はい! 三人います!」

 

 

「ちなみに名前は」

 

 

「上から、美空(びゅあつぶる) 振門体

(ふるもんてい) 聖良布夢(せらふいむ)です!」

 

 

「一週間以内に改名して、学区外に引っ越し

なさい」

 

 

「そこまでですかッ⁉︎」

 

 

「変な名前つけられた子供の気持ちを

察しなさいこのダボハゼ」

 

 

「大丈夫ですよ! 最近はみんな似たような

ものですから!」

 

 

ゴンゴン、とくぐもった音が艦橋に響く。

恐らく士道がインカムを指で小突いている

のだろう。

 

 

スクリーンを見てやると、少女が腕組み

しながら、街くたびれたように指で肘を

叩いているのがわかる。

 

 

 

琴里は画面をざっと見た。ロクなものはない。

はぁ盛大に息を吐き出す。

 

 

まったくセンスのない部下たちである。

琴里はやれやれと首を振った。

 

 

少女の美しい容貌を見やる。彼女に相応しいのは、

古式ゆかしい優雅さであろう。

 

 

 

そうたとえばーーー

 

 

 

 

「トメ」

 

 

『トメ! 君の名前はトメだ!』

 

 

 

士道が言った途端、司令室に真っ赤なランプが

灯り、ビィーッ、ビィーッというけたたましい

音が鳴った。

 

 

「パターン青、不機嫌です!」

 

 

クルーの一人が、慌てた様子で声を荒げる。

 

 

大画面に表示された高感度メーターが、

一瞬のうちに急下落していた。

 

 

ついでに画面内の士道の足元に、ズガガガンッ!

とマシンガンのように小さな光球を連続して

降り注いだ。

 

 

『のわぁぁぁぁッ⁉︎』

 

 

「……琴里?」

 

 

不思議そうな令音の声。

 

 

「あれ? おかしいな。古風でいい名前だと

思ったんだけど」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なぜかわからないが、無性に馬鹿された

気がした」

 

 

少女が額に血管を浮かべながら言う。

 

 

「……ッ! す、すまん…ちょっと待ってくれ」

 

 

冷静に考えればトメはないわ。士道が煙の上がる

床を見て身を竦ませながら、自分の浅慮を呪った。

全国のお婆ちゃんには悪いけれど、今どきの女の子

につけるような名前ではない。

 

 

というかそもそも、出会い頭に名付け親に

なってくれと言われるとは露ほども予想して

いなかった。

 

 

心臓をどうにか抑え込みながら、考えと視線を

ぐるぐると巡らせる。でも、いきなり女の子の

名前なんて出てくるわけがない。名前、名前、

名前……知っている女性の名前が頭の中を掠めて

は消えていく。しかしあまり時間もとれない。

 

 

そうこうしている間にも、少女の顔は不機嫌に

なっていく。

 

 

「ーーーーーと、十香」

 

 

困りに困った士道は、そんな名前を口にしていた。

 

 

「ぬ?」

 

 

「ど、どう……かな」

 

 

「……………」

 

 

少女はしばらく黙ったあとーーー

 

 

「まあ、いい。トメよりはマシだ」

 

 

士道は見るからに余裕がない苦笑を浮かべて

後頭部をかいた。

 

 

だが……それよりも大きな後悔が後頭部に

のしかかる。

 

だってそれは、『四月一〇日』に初めて

会ったから、なんて安直な名だったのだ。

 

 

「……なーにやってんだ、俺……」

 

 

「何か言ったか?」

 

 

「っ、あ、いや、なんでも……」

 

 

慌てて手を振る。少女は少し不思議そうに

しながらも、深くは追及してこなかった。

すぐにトン、トンと士道に近づいてくる。

 

 

「それでーートーカとは、どう書くのだ?」

 

 

「ああ、それはーー」

 

 

士道は黒板の方に歩いていくと、チョークを

手に取り、『十香』と書いた。

 

 

「ふむ」

 

 

少女が小さくうなってから、士道の真似を

するように指先で黒板をなぞる。

 

 

「あ、いや、ちゃんとチョークを使わないと

文字が……」

 

 

言いかけて、言葉を止める。少女の指が伝った

あとが綺麗に削り取られ、下手くそな『十香』

の二文字が記されていた。

 

 

「なんだ?」

 

 

「……いや、なんでもない」

 

 

「そうか」

 

 

少女はそう言うと、しばしの間自分の書いた文字

をじっと見つめ、小さくうなずいた。

 

 

「シドー」

 

 

「な、なんだ?」

 

 

「十香」

 

 

「へ?」

 

 

「十香。 私の名だ。素敵だろう?」

 

 

「あ、ああ……」

 

 

 

何というか……気恥ずかしい。いろんな意味で。

 

 

 

士道は少し視線を逸らすようにしながら

頰をかいた。

 

 

だが、少女ーーー十香は、もう一度同じように

唇を動かした。

 

 

「シドー」

 

 

……さすがに士道でも、十香の意図はわかった。

 

 

「と、十香……」

 

 

士道がその名を呼ぶと、十香は満足そうに唇の端

をニッと上げた。

 

 

「……っ」

 

 

心臓が、どくんと跳ねる。

 

 

そういえば十香の笑顔を見るのは、

これが初めてだった。

 

 

と、そのとき、

 

 

「ーーーぇ……?」

 

 

突如、校舎を凄まじい爆音と振動が襲った。

咄嗟に黒板に手をついて身体を支える。

 

 

「な、なんだ……ッ⁉︎」

 

 

『士道、床に伏せなさい』

 

 

と、右耳に琴里の声が響いてくる。

 

 

「へ……?」

 

 

『いいから、早く』

 

 

何が何だかわからないまま、士道は言われた

とおりに床にうつぶせになった。

 

 

次の瞬間、ガガガガガガガガガガガーーーッと、

けたたましい音を立てて、教室の窓ガラスが

一斉に割れ、ついでに向かいの壁にいくつもの

銃痕が刻まれていった。まるでマフィアの抗争の

ような有様だった。

 

 

「な、なんだこりゃ……ッ!」

 

 

『外からの攻撃みたいね。精霊をいぶり出す

ためじゃないかしら。ーーーああ、それとも

校舎ごと潰して、精霊が隠れる場所をなくす

つもりかも』

 

 

「な……ッ、そんな無茶な……!」

 

 

 

『今はウィザードの災害復興部隊がいるからね。

すぐに直せるなら、一回くらい壊しちゃっても

大丈夫ってことでしょ。ーーーにしても予想外ね。

こんな強攻策に出てくるなんて』

 

 

 

と、そこで、士道は顔を上に向けた。

 

 

 

十香が、先ほど士道に対していたときとはまるで

違う表情をして、ボロボロになった窓の外に視線

を放っていた。

 

 

無論、十香には銃弾はおろか、窓ガラスの破片

すら触れてはいない。だけどその顔は、ひどく

痛ましく歪んでいた。

 

 

「ーーー十香ッ!」

 

 

思わず、士道はその名呼んでいた。

 

 

「……っ」

 

 

ハッとした様子で、十香が視線を、外から士道に

移してくる。未だ凄まじい銃声は響いていたが、

二年四組の教室への攻撃は一旦止んでいた。

 

 

外に気を張りながらも身を起こす。と、十香が

悲しげに目を伏せた。

 

 

「早く逃げろ、シドー。私と一緒にいては、同胞

に討たれることになるぞ」

 

 

「………」

 

 

士道は、無言で唾液を飲み込んだ。

 

 

確かに、逃げなければならないなだろう。

 

 

だけれどーーー

 

 

 

『選択肢は二つよ。逃げるか、とどまるか』

 

 

 

琴里の声が聞こえてくる。士道はしばしの

逡巡のあと、

 

 

「……逃げられるかよ、こんなところで……ッ」

 

 

押し殺した声で、そう言った。

 

 

『馬鹿ね』

 

 

「……なんとでも言え」

 

 

『褒めてるのよ。ーー素敵なアドバイスをあげる。

死にたくなかったら、できるだけ精霊の近くに

いなさい』

 

 

「……おう」

 

 

士道は唇を真一文字に結ぶと、十香の足下に

座り込んだ。

 

 

「はーー?」

 

 

十香が、目を見開く。

 

 

「何をしている? 早くーーー」

 

 

「知ったことか……っ! 今は俺とのお話タイム

だろ。あんなもん、気にすんな。ーーーこの世界

の情報、欲しいだろ? 俺に答えられることなら

なんでも答えてやる」

 

 

「……!」

 

 

十香は一瞬驚いた顔を作ってから、士道の向かい

に座り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーーーー」

 

 

 

ワイヤリングスーツに身を包んだ折紙は、

その両手に巨大なガトリング砲を握っていた。

 

 

 

照準をセットして引き金を引き、ありったけの

弾を学舎にぶち撒ける。随意領域を展開させて

いるため、重量も反動もほとんど感じないが、

本来ならば戦艦に搭載されている類の大口径

ガトリングである。実際、四方から砲撃を受けた

校舎は、見る見るうちに穴だらけになってその

体積を減らしていった。

 

 

とはいえーーー顕現装置搭載の対精霊装備

ではない。ただ単純に、校舎を破壊して精霊を

いぶり出すためのものだ。

 

 

 

『ーーーどう? 精霊は出てきた?』

 

 

ベッドセットに内蔵されたインカム越しに、

遼子の声が聞こえてくる。

 

 

遼子は折紙の隣にいるのだがーーこの銃声の中

では肉声など届かないのだ。

 

 

「まだ確認できない」

 

 

攻撃の手を止めないまま、答える。

 

 

折紙は自らも銃を撃ちながら、目を見開いて

崩れゆく校舎をじっと睨めていた。

 

 

通常であればまともに見取ることすらできない

距離だったが、随意領域を展開された今の折紙

には、校舎脇の掲示板に張られた紙の文字を読む

ことだって可能だった。

 

 

とーー折紙は小さく目を細めた。

 

 

二年四組。折紙たちの教室。

 

 

 

その外壁が、折紙たちの攻撃によって完全に

崩れ落ちーーーターゲットである精霊の姿が

見えたのだ。

 

 

だがーー

 

 

『……ん? あれはーーー』

 

 

遼子は訝しげな声を上げた。

それはそうだろう。教室の中には、精霊の他に、

もう一人少年と思しき人間が確認できたのである。

 

 

ーーー逃げ遅れたよ生徒だろうか?

 

 

「な、何あれ。精霊に襲われてるーーー?」

 

 

遼子が眉をひそめながら声を発する。

だけど折紙はそれに反応を示すことなく、教室を

じっと見つめ続けた。精霊と一緒にいる少年の姿

に、見覚えがある気がしたのである。

 

 

遼子や折紙たちASTが教室を見つめながら精霊を

いぶり出すための更なる準備をしていると

 

 

 

ビィー‼︎ビィー‼︎ビィー‼︎

 

 

「‼︎ この凄まじいアラーム音は…ま、まさか……

『緊急事態通信のアラーム‼︎』」

 

 

日下遼子をはじめとした折紙以外のASTのたちは

いきなり緊急事態通信のアラームが鳴り始めて

不安だったのか周りからは「緊急事態通信よね?」

とか「ど、どうなってるの?」ひそひそと話し出す

隊員たちの声が聞こえてくる。

 

 

「全員落ち着きなさい‼︎」

 

 

日下遼子は緊急事態通信のアラームで不安に

なって騒ぎ始める隊員たちに一言一喝して

隊員たちを宥めて通信機を手に取る。

 

 

 

だが、何故だろう……何故か分からないが通信機

を手に取る瞬間、手や額から滝のような嫌な大量

の冷や汗が流れる。それどころか本能だろうか

嫌な予感がして通信機を手に取ることを本能的に

拒んでいる自分がいた。

 

 

「こちら日下遼子一尉……」

 

 

 

ドクドクと遼子の心臓の心拍数が激しくなって

少しずつ苦しくなってくる。

 

 

「ーーッ‼︎ そ、そんな‼︎」

 

 

遼子は驚き戸惑っていた。その姿は今までにない

ほどの真っ青とした表情が表に出ていた。

 

 

「た、隊長……?」

 

 

真っ青になった遼子の顔を不安なったのか隊員の

一人が真っ青になっている遼子に恐る恐ると心配

そうに声をかけていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうやら順調のようね……」

 

 

琴里は司令官室で安心したような安堵の表情を

浮かべて「はあぁぁ…」と溜息ついていた。

 

 

世界を殺す厄災と呼ばれた〈プリンセス〉という

精霊の少女は暴走させていたのだ。

 

 

そんな中、士道は良くやっと思う。

殺されるかもしれないのにこの世界で他人の為に

ましてや精霊の為に誰でも出来ることじゃない。

 

 

(初めての精霊との対話でここまで関係を作り出す

なんて……あの時の練習でヘタレだったあの士道

にしては上出来ーー「司令‼︎」)

 

 

「ーーッ‼︎ どうしたの椎崎?」

 

 

琴里は〈フラクシナス〉のクルーの一人椎崎が

慌てた表情で琴里を呼ぶ声に答えるが椎崎は

真っ青な表情をして震えていた。

 

 

 

その表情を見て嫌な予感が頭の中を過ぎる……

 

 

 

そんな琴里が考えている中、椎崎はゆっくりと

口を開いて内容を伝える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『精霊……精霊〈アテナ〉の出現をたった今

確認しました……』

 

 

椎崎の言葉を聞いた瞬間、琴里や〈フラクシナス〉

の他のクルーの人たちは〈アテナ〉出現は衝撃的

で絶望へと突き落とすには充分過ぎる内容で声すら

も発することも出来ず指示する思考さえ停止した

ままただ立ちつくしていた。




読んで頂きありがとうございました‼︎


【報告】

これからの投稿作品についてなのですがですが
『ロクでなし魔術講師と白き大罪の魔術師』が
近いうちに投稿するかもしれないのでどうか
よろしくお願いします。


後、他の作品の応援もよろしくお願いします‼︎

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