それは、この世に邪悪が蔓延る時必ずや現れると言われる希望の闘士。
その拳は空を裂きその蹴りは大地を割るという。
彼らは神話の時代より女神アテナに仕え、武器を嫌うアテナのために素手で敵と戦い。
天空に輝く88の星座を守護として、それを模した
そして今やその存在は、伝説として語り継がれるのであった…
だが、今から語るのは…
そんな伝説の存在とは程遠い、ある雑兵の物語である。
その雑兵は、
弟妹達のため。
友のため。
愛するもののため。
これらを守るために自らを犠牲にし、血だらけになりながらも戦った。
しかし、それらは活躍は、聖闘士達の存在によって陰となり、決して日の目を浴びることはなかった。
彼の活躍を知る者は少ない…
***
その星々は1つ1つが宝石のようであり、それが散りばめられた夜空はとても幻想的で、都会では決して見ることはできない光景。この夜空は、見たものの心を洗いそれらをとても心地よい気持ちにしてくれるであろう。
だが、その夜空の下には…
沢山の墓石がゴロゴロと連なっていた。
ここは、聖闘士の共同墓地。
その数多の墓石には、これまでの聖戦で命を散らしていった聖闘士達の名が刻まれている。
そして、今日も新たに名が刻まれていく…
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これらの名は、2日前に終結した冥王ハーデスとの聖戦との戦いにおいて、命を散らした
そして、それらの墓石の前には真新しい花束が山のように積まれている。
これらは、彼らの死を悼んだギリシアの人々や彼らを尊敬し目標としていた聖闘士達、そして彼らの早すぎる死を悼んだ女神からの細やかな手向けであった。
コツ…コツ…
共同墓地に、ヒール靴独特の高い足音が聞こえる。その足音は亡くなった黄金聖闘士達の墓石に段々と近づいていく。
コツ…
足音が止まる。
月明かりが、その足音を立てていた人影を照らし出す。
その人影は、少女であった。
月明かりに照らされた肢体は引き締まっており、肌は白く透き通っていた。しかし、顔は仮面で覆われており表情が窺い知れない。
……少女の手には、少し萎びた花束と真っ赤なりんごがあった。
黄金聖闘士達への手向けの品であろうか?
だが、少女は黄金聖闘士達の眠る墓を一瞥すると、再び歩き出した。
***
少女は聖闘士の共同墓地を越え、その奥にある深い深い谷底へと向かっていく。
そこは、聖闘士になり損なったものの墓地、いわゆる雑兵達の共同墓地であった。
昼でも夜でも決して光の当たらないそこは、黄金聖闘士達や他の聖闘士達が眠る墓地とは対照的だ。
彼らには、手向けの品々はなく、代わりに腐った皮の防具を適当に着せた案山子が大量にかつ無造作に突き立てられている。
……その様はとても不気味で気持ち悪いものであった。
少女はその墓地の中を歩き進んでいく。
少女は、不気味なこの空間に慣れているらしく足取りはしっかりとしている。
……少女は、谷の相当奥に来るまで歩くことをやめなかった。ここまで来ると、周りには墓石代わりの不気味な案山子達の姿はなく、あるのは底知れない暗闇だけ…
そんな中で少女は、やっと歩くのをやめ、その場で座り込んだ。
少女が座り込んだ先にはうっすらと墓石の輪郭が見える。そして、そっと墓石の先に手に持っていた花束とりんごを置く。
「ねぇ……」
少女は初めて言葉を発した。
その声は芯の通った美しいものだったが、わずかに震えている。
しばらくの沈黙。
突然。少女は顔の仮面に手を触れた。
すると、触れた手で顔を覆う仮面をゆっくりと剥がし、りんごと花束の横に置く。
「…こんな事になるならば…私が殺しておけばよかった…」
墓石に向かいぼそりと呟く。
「この仮面を…もっと早く取って…殺しておけばよかった…」プルプル
少女は、手を握りしめ腕をプルプルと震わせる。まるでその様は、言葉1つ1つを体から絞り出しているみたいだ。
「……腹がたつよ…本当に…この、
そういうと少女は、その墓石にもたれかかり、そこに、一滴の雫を落とした…
***
ー 魔鈴視点 ー
ポタッ……
水滴の落ちる音が聞こえる。
その水滴の音は、今自分が流した涙の音。
だが、その音は私にある事を思い出させた。
……数週間前。
ー冥王ハーデスとの聖戦勃発時の聖域ー
『よぉ…魔鈴…久しぶりだな。』ポタ…ポタ…
『なっ!? …あ、アンタ…その傷……』
アイツはあの時、身体中から血を流していた。そして、その大量の血は、地面に点々とした染みを作る。
『ん?ああ、これか、さっき聖域にカチコミキメてきた
『……』
『ま、そんな訳で、今から治療場に行くとこなのさ。』
大したことはない?
嘘をつけ…今にも倒れそうな顔してるじゃないか。それに、その止血したという包帯は、ジワジワと赤く染まっている。
なのに奴は、頭を掻きながら笑っている。
『……そんな傷でどこ行く気だい。『だから、治療場だって…』………治療場なら反対方向だよ。それに、その手に持ってる麻袋はもしかして……』
『おっと、それ以上は言うなよ。……分かってんなら止めんなよ。』
まただ。また奴は笑う。
でも、その笑顔は何処か儚げで、悲しい表情だ。
………私は、それをただ黙って見ることしかできない。
……長い沈黙。それを破ったのはアイツだった。
『なぁ…魔鈴。』
『なんだい?……用があるなら早くしてくないか?私だって暇じゃ…』
『ありがとな。』
『ーッッ!?』
…….不意をつかれ、言葉が詰まった。
私らしくないその反応に、奴は先程とは違う悪戯っぽい笑みを浮かべる。
『…お前が居なかったらさ。…星矢…いや"弟"は死んでた。それに……』
瞬間。薄気味悪かった暗雲から一筋の月明かりが奴を照らす。
そして、そこでようやく、はっきりと見えた。
真っ赤な…血で真っ赤に染まった奴の姿が……
『俺も、ここまで生きてなかっただろうしさ。年下のお前に言うのも、こっぱずかしいけどよ……ありがとうな
ポタッ…
ポ…タッ…
………ポタッ!!
「…ハッ!?」
頰に冷たい雫が落ち、ふと我に返る。
暗闇の中、空を見上げると、先程の星空とは打って変わって、ドス黒い雨雲が辺りを覆っていた。
聖域は、山々に囲まれている。その為、天候の移り変わりが早い。
さっき、頰に触れた雫は、雨がじきに降ることを知らせていた。
「……ねぇ……"
奴の名前…と言っていいのか?
名前らしくない名前をボソリと口にする。
もちろん…返答はない。
「今更だけど、死人に口無し…ならアンタのあの面倒な声聞かなくて済むから……言うよ……今日は正直に。」
今日の私はおかしい。だから、変な事を口走ってしまう。心の中に押し込めていた、邪念を吐いてしまう。
「……なんで、死んだんだ。名無し………愛…してた…愛してたのに……なんで……」
ああ、こんな言葉言わせて……
ああ、こんなに涙を流させて…
本当に忌々しい。
ー NANASHI ー
……腐れ縁の雑兵の名が彫られた墓石を見つめ、誰も居ない暗闇の中で1人。
私は、もう決して届かぬ想いを零した。