この世界には多くの物語が溢れている。
それこそ、掃いて捨てるほどに溢れかえっている。
それこそ、名作から迷作、佳作から駄作、果てに傑作と枚挙だ。
さて、その物語に必要なのは何か?
キャラクター、ストーリー、世界観、少なくともこの3つは必要だ。この3つがあってこそ、物語が生まれる。世界が無ければ舞台が無く、キャラクターがいなければ登場人物は存在せず、ストーリーが無ければ物語は動かない。そうした3つの要素が重なり合って、物語が生まれる。現代、ファンタジー、サスペンス、ミステリー、SFなどなど、様々な作品が生まれ、そして人々に読まれていく。そして時に人々は妄想する。こんな世界に行ってみたいなぁ・・・と。今の自分に取り巻いている世界とは違う、全く持って隔絶された世界に、人は時に魅了されるものだ。
さて仮に、もしもの話ではあるが…仮にもしも、自分が物語の世界に行けるとしたら?アナタはなにをしたい?どうしたいだろうか?
この、ふいに思ってしまう妄想。色々と多くの物語に触れた者なら、一度は考えてしまうのではないだろうか?
主人公たちと一緒に旅をしたい!主人公と一緒に馬鹿騒ぎがしたい!色々と思うのではないだろうか?
そして、こう思うのもいるのではなかろうか。
主人公になって、今の自分とは違う、素晴らしい特別な力を得て、襲い掛かる敵を討ち倒し、自分を取り巻くヒロインたちにモテたいと。
それこそ元はただの物語でしかないのだ。
次にどんなことが起こるのか、どんな敵が出てくるか、敵の倒し方、どうすれば好意を抱かれるか、それこそ物語を知っていれば容易だろう。熱心に熟読したのならば、次にどんなことが起きるかなど未来予知の能力を持たずとも識っているのだから。
例えそれが現実という世界であろうと、所詮は筋書き通りに書かれた物語でしかない。登場人物はそれぞれ人格を持っていようと、結局は役割を与えられた人形でしかない。決められた行動(筋書き)しか出来ない存在だ。
本来ならば、先のことなど何も知らない主人公が活躍し、そして物語が進んでいく。しかし、知らないが故にそこには色々と失敗なども起きていく。そしてそれは、主人公の成長への糧となっていく。
しかし、その姿は時に幼稚であったり、不甲斐なさに写るだろう。結局は力を持っていても何も出来なかった、馬鹿な餓鬼に写るかもしれない。そして幾人かはこう思うかもしれない。
馬鹿な餓鬼が出来る事なんだ。ならば、自分に出来ないはずがない。そうとも、自分は物語の先を知っている。何が起るかも理解しているし、どうすれば解決できるかも解っている。そんな自分ならば、いや、自分こそが、主人公に相応しいのではないか?と。
普通ならば、そんなバカな、と一言言われるだろう妄言。しかし、哀しいことにその妄想を止める存在はいない。妄想はより大きく、より繊細に育まれ、そして・・・開花する。
そしてその背を押す様に、神様が現れて、特別な力を貰ったならば、まさに『選ばれし者』の称号を得たのと同じだ。神の大義名分を得れば、その思いは爆発する。
好感度を稼ぐ台詞を選び、好感度を稼ぐイベントをこなし、重要なイベントクリアし、経験値を稼いで強くなれば、後は決まったハッピーエンド。幸せいっぱい!夢いっぱい!目指せグランドハーレムルート!
ヒロインに愛され、取り合いにされ、そして愛と名誉と強さを手にする結末が訪れるのだ。
『元』主人公はどうなるのかって?そんなの気にせず突き進み、自分のために踏みつぶし、時には笑いの道化にさせて、後は鬱憤晴らしに殴ればいい。
ヒロインたちも誘えば、共同作業に絆も深めて一石二鳥!ヤッタね!もはや存在理由がなくなった筈のお前にも立派な役割があるんだ!そう!自分の引き立て役という超重要な役割だ。ただ飯ぐらいのニートよりもマシだぞ♪反論?反抗?許しません!お前は一生踏み台だ!この世で俺に踏まれ続けろ原作主人公ーーー!
仮にそんな存在が物語の主人公になった場合、第三者に役割を奪われた主人公は、一体どうなるのだろうか?
本来ならば決まっていた物語なのに、そこに一節、一文、いや一文字でも付け加わった場合、それは大きな違和感となるかもしれない。
さて、それでは物語はまともになるだろうか?
少女が叫ぶ。
少女は真っ白なワンピースを纏い、黄金の輝きを持った髪を揺らして。
その背中には白い大きな翼が生えている。
『はぁーい!皆さんこんにちわ!おはよう!あれ?こんばんは!かしら?ごめんなさい、私、時間には少々疎くて・・・』
何もいない空間に向けて少女は喋り出す。
『ねえねえみんな!ちょっと聞いてよ!私ってばすっごい怒ってるの!』
そう言うと、少女は足元に埋まっている本を漁り出した。
しばらくすると、少女は本の床から、一冊の本を取り出した。
『ほら、これを見てよ!』
少女は手に持った本を、何もない空間へと開いた。その本には多くの物語が書かれていた。
・龍の力を持った少年が、大好きな人のために頑張る物語
・ただ自身の力を示すために、ひたすらに剣を極めんとする少年の物語
・何もなかった少年が、巨大な兵器に乗り込み、少女たちのために戦う物語
・国のために、そして愛する人のために、魔王を打ち倒そうとする勇者の物語
様々な物語が書かれていた。
『えへへ、実はこれ、私の大好きな本なの!
良いわよね!カッコいい勇者様やヒーローたちの頑張る姿!
主人公とヒロインたちのドタバタなラブコメディ!
カッコいい主人公やヒロイン、私、彼らが織りなす物語が大好きなの!』
だが、笑っていた少女の顔が曇る。
『でもでもぉ、最近、本を読んでも楽しくないのぉ・・・。え?どうしてかって?』
少女は持っていた本を、笑顔で引き千切った。
破かれた本の頁たちが、まるで紙ふぶきのように舞う。
『だぁってこれ、みーんな壊れちゃったんだもの!』
少女は地団駄を踏む。
『私の大好きな主人公が!ヒーローが!みーんな別人になっちゃった!というか、知らないキャラクターがなんか出てきた挙句、主人公をフルボッコ!信じられないわ!私の知ってる主人公は、こんなことをするはずがないわ!っていうかお前誰なんだよ!』
しばらく声を荒げていた少女は、空間に向かって口を尖らせる。
『あ、それってどういう意味って顔してる!良いわ!私があなたたちに教えてあげる!』
どこから出したのか、突然現れた黒板に、少女はチョークで書きだす。
・恋人と一生を誓った主人公が、いつの間にかハーレムを築いてた
・女の子が好きなスケベだからって、他人の恋人さえも奪いだす
・物語にあるはずのない能力に目覚め、物語で大暴れをしだす
・何故か主人公がゲス野郎に成り下がり、なんかよく解らない存在が現れてフルボッコ。
ヒロインはそいつにメロメロ状態で、惚れていたはずの主人公に罵詈雑言を吐き出す
・なんかよく解らないぽっと出のキャラクターが、何故か主人公を貶めだす。
ヒロインはそいつにメロメロ状態で、惚れていたはずの主人公に罵詈雑言を吐き出す
・唐突に現れたキャラクターが何故か謎の力を使いだして活躍。なぜか主人公を一方的に罵る。
ヒロインはそいつにメロメロ状態で、惚れていたはずの主人公に罵詈雑言を吐き出す。
・いきなり現れたキャラクターが、チョー強い力を振い大暴れ!何故か主人公が落ちぶれだす。
ヒロインはそいつに以下略
などなど、黒板がいつの間にかホワイトボードへと変わるほどに、少女は書き込んだ。
『ね?信じられないでしょ?でもこれが本当のことなのよ!』
がたんと音を立て、黒板が裏返る。
『私の好きな物語と主人公たちが、物語に書かれていないこと勝手にやりだしたの!さっき書いた黒板の内容なんて、実際に比べれば些末なこと、氷山の一角、まさに泡沫!酷いよ!どうして!?なんで私の好きな物語を壊しちゃうのよ!っていうか後半の内容はなんなんだよ!いきなり現れたお前はなんだよ!何で主人公を罵りだすの?しかもヒロインたちがこぞってそいつに惚れるって何!?惚れた相手を罵られてなんで納得するの?挙句がそいつと腰を振るってズッコンバッコン!お前らの貞操概念はなんなの?というか、後半はもうズッコンバッコンばかりで嫌になっちゃう!まあ、今ではその手の描写が普通になって来てるみたいだけど、だからって少しは考えなさいよ!これは18禁作品じゃないってんだ!』
はぁはぁと息を突きながら、膝から崩れ落ちた少女は手で顔を覆う。
『私、調べたんだよ?どうして物語がおかしくなっているのかって。本当に大変だったんだよ?何冊も何冊も見比べても、いつの間にか別の内容に変わっちゃうんだから。寝る間も惜しんで頑張ったんだよ?えーっと時間すれば、あれ?一瞬だった!』
しくしくと泣く少女。だが、その口角は三日月のように上がっている。
『でも、私の努力が実ったの!私は頑張った!ついにその原因を見つけたわ!』
まるで少女の頑張りを祝福するかのように、パーティークラッカーがなり、上からは色とりどりの紙ふぶきが落ちる。
その中心で、えへん!と胸を張る少女。
『そう!それは転生者!転生者が原因だったの!』
少女は同じように、何もない空間を見つめ、耳を傾ける。
『え?転生者ってなんなのかって?しょうがないなぁ、私が教えてあげるね!』
そういうと、今度はどこから出てきたのか、映写機をとりだしてスクリーンに映像を映す。ご丁寧に、その出で立ちはパリッとした黒のスーツを纏い、顔には眼鏡をかけている。
『まず転生っていうのはね、一度死んだのに新たな肉体を得る事なの。詳しい説明は省くけど、根幹はこれ』
映し出された内容に、少女はレーザーポインターでを当てる。
『そして転生者っていうのは、文字通り一度死んだけど新たな肉体を得た者って事ね』
今度は、頭に輪っかが付いた人から、別の人へと矢印が描かれている映像が出る。
『私は別に、転生自体を否定する気はないの。こう見えても私、信心深いもの』
両手を結び、祈る仕草をする少女。
『でもさー、最近の転生事情ってのが酷いって話なの。なんでも、神様がうっかりミスで大量虐殺してるんだって!もう神様ったら、全能じゃないけど万能なのにさ。本当に何してるのよ!あれ?でも神様って大抵ロクデモナイ奴しかいなかったわ!残念!どいつもこいつもクズしかいねぇ!!』
プンプン!と声を出す。
『それでね、その対応に困った神様たちが殺してしまった人たちにこういうの、他の世界に転生する気はないかい?ってね。単に自分のミスを隠ぺいするためとか、こいつを転生させたら面白そうだとか、果てにはどれくらい生き残れるかって、神様同士で娯楽の賭け事にしちゃう程度のものなんだけどねー。だって実際は色々と退屈してるんだよ?だから気軽に遊べる賭け事ってことで愉しまれてるの。そもそも神様がなーんの意味なく殺して、態々謝りながら力を与えて転生させると思ってるの?実際は単なる娯楽なのよ、ご・ら・く。あ、やっぱ神様は屑しかいねえわ』
唐突に現れたテーブルには、DEAD OR ALIVEと書かれた板。そこには×1000000という数字とDEADとALIVEと書かれた文字の上に大量のチップを乗せる少女。その出で立ちは先ほどのスーツと違い、バニーガールだ。右の兎耳がピコンと動く。周りには様々な出で立ちの人たちがいるが、誰もが神々しいオーラを纏っている。ようは全員が神様だ。
『転生にしても、現世じゃなくて幻想世界に放り込んじゃうし。でもそれを望む転生者もいるのよ?それでファンタジーやフィクションに転生させちゃうの。しかもチョー強い力なんか与えちゃって!』
カジノの場所からほんの部屋に戻り、ワンピースに着替えた少女は、腰に手を当てて顔を膨らませる。
『でも転生者も転生者なのよねぇ。やれ、あんなことやこんなことが出来る力が欲しいとか。挙句の果てが、物語の主人公の座を奪いたい、あんな奴が主人公なんて許せない。相応しい俺が主人公になってやる!なんてのもあるのよ?』
少女はいつの間に置かれたのか、椅子に座って足をジタバタさせる。
『もう信じらんなーい!しかも主人公の立場を奪った挙句、ひたすらに「元」主人公を虐めちゃうなんてサイテー!しかも、ヒロインなんかみーんなそいつに一目惚れ!終いには一緒になって虐めちゃう。そんなことをしたところで、誰も彼もがそいつを好評して高評価。そりゃそうだもんね、なんてったって『主人公』だもの!ああ!なんて素晴らしいのかしら『主人公』!何をやっても賞賛されて、正義の名の下にやりたい放題!マジで笑えねぇわ、この補正!』
ジタバタするのをやめ、少女は項垂れる。
『でも私は思うの、その作品はお前の物じゃないんだって。その作品はその主人公だからこそ、私は好きになったんだって。それにヒロインたちだって、別にお前に救われるだけの存在じゃないのよってね。っていうか、最終的にズッコンバッコンしてるあたり、お前の目的は結局はそれだろ?って思っちゃうのよ』
少女は椅子にもたれかけながら、小さな声で語る。
『私だって転生を否定する気はないわよ。新たな世界で頑張るって、それって『主人公』じゃないけど『主人公』だもの!そういうのだったら、私はなんにも気にしない。むしろ応援しちゃう』
少女は右手に持った『ガンバレ!ファイト!』と書かれた旗を振る。
『逆に自分と言う存在じゃなくて、主人公に成り代わるってなに?物語の1キャラクターとして頑張るならまだしもさ。すでに筋書きがハッピーエンドで決まっている主人公になるって、それってずるくない?』
そう、それはまるで、敷かれたレールの上をただ走るだけの列車だ。決まった選択肢を選んで進むだけのADVだ。そんなのを生きていると、少女は思わない。
挙句、そのついでに原作の主人公を片手間のサンドバッグにするのだから、まさにやりたい放題だ。原作主人公は寝取られ系18禁作品出身じゃないんだよ!ちゃんとしたライトノベルなんだよ!
『だから私は考えました!』
少女は椅子から飛び上がった。
『そんなことをする人たちにはぁ・・・私からのプレゼントをあげようって!きゃはははは!私ってばチョー優しい!そんなに主人公になりたければ、私がもっと盛り上げてあげようって!』
少女は語る。
『みんなもそうでしょ?好きな物語で、赤の他人に好き勝手なんてされたら、もっと盛り上げてあげようって思わない?散々愉しんでんだからさぁ、簡単なハッピーエンドが許されるわけないわよねぇ?それこそ、もっと波乱万丈にしたいって思わない?』
何もない空間に少女は尋ねた。
『だよね!皆もそうだよね!やった!私とみんなの心が一つになったわ!ドンな時でも、あなたは一人じゃないんだよ!ってね』
ぴょんぴょんと飛び跳ねる少女。
『じゃあみんな、出ぇておぉいでぇー!』
ぱちんと指を鳴らせば、ポーン!な音や煙と共に幾人もの人影が現れる。色々な姿の人影が見えるが、はっきりとは映らない。
『彼らは転生者のために、私が用意したキャラクター。全員考えは違うけれど、誰もが転生者によって大切な何かを失った者達。はいはい、相当恨みを持ってるわよ?
え?転生者と戦ったら弱いんじゃないのかって?うんうん、その疑問は至極当然ね。だって相手は、神様によって、色々な作品の力をデメリット無しに使いこなせる存在だものね。でもでもそれは問題ナッシィング!だって私が力を貸してあげたんだから!神様チートには神様メタチートをぶつけるんだよ!』
少女は背中の翼を広げ、彼女の白い羽根が舞う。
『それでは皆様ご覧あれ。筋書き通りと侮った者達の姿を。きゃはは!筋書きのない現実に慌てふためく、『自称』主人公たちの姿をお楽しみに!』
その小奇麗な顔を醜悪に歪め、少女はただただ嗤った。
『もちろん、これを見ている君もだよ?』