終わらない喜劇   作:SINSOU

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1章 

布団に身を包み、少女はガタガタと身体を震わせていた。その目には零れ落ちた滴の線がいくつか見える。

 

「……違う」

 

少女は小さなか声で呟く。抱きしめている枕に力が籠る。

 

「私は……あんなことしない」

 

自分の掌を見つめ、ぎゅっと目を瞑る。真っ暗なはずなのに、少女の目にはある光景が見えた。顔が黒く塗りつぶされた男の子を叩きのめす自分だった。そこは自分が知ってる場所で、少女はなじみのある姿をしていた。そこは少女の父親が師範を務めている剣道場で、自分は胴着を纏い、その手には竹刀が握られていた。

 

「………………!」

 

男の子が何かを呟くだが、その顔は黒く塗りつぶされているので表情が解らない。聞こえるにしても、ただ音がするだけだった。

 

「………………!!」

 

その何かを聞いた自分は、顔を真っ赤にし、手に持っていた竹刀を男の子に振るいだす。防具も付けていない男の子に向けて、自分が竹刀を叩き付ける。周りの生徒は誰も止めず、ただ見たこともない、少女からしてとても醜い顔して笑っていた。男の子を殴打する自分は、何かを叫びながらも、何度も何度も竹刀を叩き付ける。息が切れたのか、ぜいぜいと息を乱す自分の姿。

 

「あんなの……私じゃない」

 

少女は頭を振って否定する。自分は両親から剣を教えて貰ってきた。そこには剣を振るう技と、その心構えを叩き込まれた。だから、自分は違う。そう、あんなのは自分ではない。心に言い聞かせるように、少女は只々呟くだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『でもね、そうじゃないと困るんだよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少女は無我夢中で竹刀を振り続けた。一心不乱に振り続けた。かつて見た夢を忘れようと、自分は違うと否定しようと。少女の願いが叶ったのか、あの時の悪夢を見ることもなく、少女は師範である父親に指導されながら、すくすくと成長していった。

 

ある日、一人の男の子が剣道場にやってきた。男の子はどうやら自分の姉の友人の弟のようで、そのお姉さんについてきたらしい。後で気付いたが、実はクラスの同級生でもあった。その後、色々話があったようで、男の子は剣道場に通うようになった。

当初、少女は男の子のことを何故か気に入らなかった。もちろん、理由というものは解るわけがない。とにかく、少女はその男の子が気に入らなかったのだ。その度に、少女と男の子は意地の張り合いをした。互いが互いに意地を張るせいで、時には自分の両親がやってきたこともあった。一方で、少女は男のことを密かに認めていた。

決して心を曲げず、自分にぶつかってくる姿。そして稽古や試合を通して真剣に打ち合う中で、少女の中の知らない心が、少しずつ何かを育んでいた。

 

しかし、ある日のこと、いつのものように男のこと喧嘩をした際、ふと少女の中にある感情が渦巻いた。

 

 

 

 

 

 

認めない

 

 

 

 

いつもならば気にするまでもない言い合いだったはずだ。次の稽古で打ち合い、互いに笑って終わるはずだった。なのに、竹刀を握る手に力が籠る。ギリ……と、竹刀を握る籠手が軋む。

 

 

お前のような奴が私より強いだと?お前みたいな腰抜けが私よりも認められているだと?お前のような奴がお前のような奴がお前のような奴お前のお前のお前のお前のおまおまおあまおまおまおまおま、お前のような奴が………!

 

 

 

 

 

断じて認められるかぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!

 

 

 

 

そして自分に背を見せている男の子へと走り出そうとして……

 

 

 

「止めておけ」

 

誰かに肩を叩かれた。少女の意識が戻り、我に返った。後ろを振り向けば、自分よりも背の高い女性が立っていた。腰までかかる黒髪。全身を黒い服で身を包んでいた。ただ一点、女性を目立たせているのは、その左目には黒い眼帯が付いていたことだろう。

 

「あ……」

 

少女はふと、自分が今何をしようとしていたのかを理解してしまった。そしてその光景が、あの時の夢と重なった。ガタンと、竹刀が床に落ちる。その音に、周りが、男の子が、何が起きたのか分からず、自分に顔を見てくる。

 

少女はそのまま剣道場から走り出した。忘れかけていたというのに、自分があの時の少女()と重なってしまったのだ。少女はそのまま自分の部屋に駆け込み、布団を被り、何度も何度も繰り返す。

 

「違う違う違う違う……」

 

どんどんと扉を叩く音が聞こえる。どうやら両親が、話を聞いて駆けてきたらしい。少女は両親に抱きつき、そのまま泣き続けた。自分を心配する両親に、少女は理由を話す。突然、自分が男の子に対して、竹刀を叩き付けようとしたこと。そんな想いにかられてしまった自分のこと。剣道場に来ていた、客人である女性が止めてくれなければ、とんでもない過ちを犯していたこと。泣きながら話す少女に対し、両親は何も言わずに抱きしめてくれた。一方で、黒髪の女性については首を捻られた。神社にそんな女性が来ていないという。じゃああの人はなんだったんだろう?少女はその謎の女性について、只々不安になるだけだった。なお、姉からは、「どんな人なのか教えてほしいなぁ~」と興味を引かれたらしく、しつこく質問された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなことが起きていた場所とは少し遠い所で、女性が一人、空を見ながら立っていた。周りには何もなく、おそらくは空き地か何かだろう。仮にも殺風景な空き地に一人、女性が立っているとしたら、それはとても奇妙なのだろう。しかし、周りは誰も気にしない。そもそも、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「困るんだよねぇ」

 

声が響く。女性が後ろを振り向けば、そこにいたのは()()()()()()()()()()()()()()()()()()だった。だが男の子の様子が先ほどとは異なっていた。口元に笑みを浮かべてはいるが、そこには何ら感情を宿していない、まっさらな笑み。おおよそ()()()()()()()()()()()()()()()()()()。まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()、そんな歪さを滲みだしていた。

そして注意深くして男の子を見ると、確かに剣道場にいた彼と似ていたが、例えば背の高さ、目元が細かく違っている。まるで()()()()()()()()()()()()()、目の前の男の子と彼はそっくりだった。

 

「せっかくあいつが痛めつけられるところを見れたはずだったのにさ。なんで邪魔してくれてんの?」

 

だが、目の前の彼が吐き出す言葉遣いは、もはや子供ではない。苛立ちを隠そうともしないその顔は、もはやホラー映画特有の怖さを表している。

 

「………」

 

突然現れた男の子の名前は織斑●●。彼は襲われそうになった男の子の双子の兄弟……()()()()()()()()少年だ。双子故に、その顔立ちが弟と似ているのは当然だろう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。だが双子というのは顔立ちや姿だけで、そこからは全く持って違う……むしろ真逆と言っていい。

それこそ成長すれば、姉と比べても負けることのない身体能力に加え、頭脳面では、男の子に襲い掛かろうとした少女の姉に匹敵するほどだ。一方の弟は、そんな姉兄と較べれば、程度が低いとも言えるだろう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

そんな織斑●●は、ゆっくりと目の前の女へと近づいていく。

 

「ま、別にいいけどさ。それよりもさ、あんた誰だよ?原作にはいないよね」

 

「……」

 

もしも周りがこの言葉を聞いたとしたら首を捻るだろう。()()()()()()()、と。

 

「もしかして俺と同じ転生者?うわ、マジかよクソッ!あの神様、他に転生者がいるなんて言ってなかったじゃねぇか!」

 

もう彼は妄言の病に罹っているのではないだろうか、だって?申し訳ないが、冗談を言ってるわけではないのだ。彼にとってはそれは真実なのだ。

 

「それにさっきの行動といい……お前一夏側かよ。めんどくさいなぁ!」

 

そう言うと、少年は右手に填めていた指輪の朱い宝石に触れる。その瞬間、焦がすような眩い光が周囲を照らし、光が治まった場所には、人型の鎧が宙に浮いていた。

 

「これが俺のISだ!悪いが俺にとってお前は邪魔になるからな!ここで始末させて貰うぜ!」

 

これが子供の発言である。少年が身に纏っているのは、まだ開発されていないとはいえ、その世界では兵器とも呼ばれるものだ。しかも少年の世界のロボットを媒介としているのだから、もう周囲もドン引き間違いなしだ。

 

「そうか」

 

女性はそう呟くと、右手を前に突きだし、呟く。

 

『紅・桜』

 

そして彼女が手にしたのは、一振りの刀。そしてゆっくりと腰を構える。

 

「おいおい、刀一本で俺に勝てると思ってんの?それともそいつがアンタが選んだ特典?それともくじ引きでそれが当たっただけの外れ特典?まあ、どっちみち俺に勝てるわけないけどなぁ!」

 

その言葉と共に、光る剣を両手に構えて突っ込む●●。そして、

 

『舞踏・夕凪』

 

●●のISが粒子となった。

 

「は?」

 

一瞬の出来事に、●●は理解が追いつかなかった。そもそも、彼の特典は、原作最強に匹敵する身体能力と頭脳、そしてオリジナルIS。故に負けるはずが無かった。だというのに、それが一瞬で粒子になったのだ。彼にしてみれば予想外としか言えない。しかも肝心のISは待機状態に戻り、いっこうに起動を受け付けない。

 

そのまま地面を滑り、砂まみれの●●。頭の中が混乱して呆然とする中、彼は自分の状況を考える。どうにかここから逃げなければ。

振り向けば、刀を携えた女がこちらに近づいてくる。●●は叫ぶ。

 

「わ、悪かった!これは……そう!身を護るために仕方が無かったんだよ!他に転生者がいたなんて知らなかったんだ!だから俺…僕は怖くなって…。それよりも、お姉さん強いね!だったらさ、僕と協力しようよ!もしかしたら僕以外にも転生者がやってくるかもしれないし!ぼ、僕と協力して、一緒にこの世界を生きるんだ!お姉さんの力と僕の力があれば最強だよ!」

 

「……」

 

女性は無言のまま近づいてくる。

 

「こ、殺すのかい?この僕を殺すのかい!子供である僕を!お姉さんは殺すって言うのかい!?」

 

腰が抜けて立つことも出来ず、少年は亀のように後に下がるしかない。そして自分が見上げる距離にまで近づかれ、●●は恐怖に目を閉じる。が、神は彼を見捨てなかった。

 

「質問に答えろ」

 

女性の言葉に、●●は間抜けな声を出す。刀を鞘に納め、女性は自分を見下す。

 

「お前はどうするつもりだった?」

 

「ふぇ…?」

 

「お前はこの世界でなにをするつもりだった」

 

女性の言葉に、少年は思い至った。こいつは自分の目的を聞いていると。●●はほくそ笑む。ならば綺麗事を並べよう(騙してやろう)。この世界の一夏と友達になりたいなどと言えば、殺されはしないだろう、と。

 

一夏と友達になりたいんだ(一夏を踏み台にしたいんだ)彼に憧れていたんです(俺が主役になるつもりだった)彼の兄なって一緒に生きたいと思ったんです(アイツの兄になって虐げたかったんだよ)

 

「ならば篠ノ乃箒はどうしてああなった?」

 

知らないよ!(簡単だよ!)世界が勝手にやったことなんだ(適当に利用するための駒だよ)。お願いだ、信じてくれよ!」

 

「解った」

 

その言葉に、●●は安堵の溜息を吐いた。良かったこれで生き残れ……

 

「織斑●●……いや、■■■■。それでお前は一夏を殺させたんだな」

 

「は?」

 

女の言葉に、●●は口を開けて呆然とした。なぜ、なぜ俺の本名を知って…。そ、それに何を言ってるんだこいつは?

 

「知っているさ。これからお前は織斑一夏を徹底的に追い詰め、そして最後には処分する、自分の手を使わずには」

 

「な、何を言っているんだ……?」

 

「その結果、少女は心を壊した。まるで世界の敵になったように、彼女は世界中で暴れ、最後は泣きながら死んだよ。殺された弟の姉は、大切な弟を守れなかったこと嘆き、果てにその犯人がもう一人の弟だったと知った時は世界を呪ったようだ。そのもう一人の弟が、まさか実は赤の他人だと知らずにな」

 

「な、なんだよそれ…」

 

「真実を知った時、姉の何もかもが壊れてしまったみたいでな。自身の節穴な目を潰し、ただただ死人同然になり果てたんだとさ。さて、後始末をしないとな」

 

そして女性はゆっくりと●●を見据え、チッっと音が鳴った

 

 

 

 

 

 

 

 

ボロボロと目の前の存在が塵となって空へと消えて行った後、女はポケットから一枚の写真を取りだす。そこには、()()()()()()()()()()()()()、カメラに向けて笑顔で写っていた。すると、男の子が一人消え、一人の男の子と女の子の写真へと変わった。

 

「終わったか」

 

女性がそう呟くと、彼女身体が光だし、足元から粒子となっていく。写真も同様に、下から徐々に、まるで燃えていくように欠けていく。

 

「すまんな、一夏。私はもう、お前の所には行けそうにないよ」

 

そして女性は消え去り、世界はあるべき姿に戻っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くそ、なんだよ!何なんだよあいつは!あんな奴がいるなんて聞いてないぞ糞神!」

 

壁や床、天井まで白一色の部屋で、■■■■は叫ぶ。まさかの別の転生者に邪魔されるとは思っていなかったようだ。というか、聞かされていなかったらしい。

 

「まあいいさ、今度は別の世界に転生すればいいだけ。それに、今度はあんな奴に勝てる特典を貰えば……」

 

「残念でしたね~」

 

■■■■の前に現れたのは、彼を転生させた存在だった。その出で立ちはいかにも女神!!という出で立ちで、優しそうな美人でスタイルも良い。

 

「あ、神様!?丁度良かった、酷いですよ!あんな奴がいたなんて!おかげで俺死んだじゃないですか!」

 

■■■■は先ほどまで罵っていたというのに、現れた神に皮肉げに抗議する。

 

「そうなんですね~」

 

「なんですか他人事みたいに!これはアンタが悪いんだから、もう一度転生させてくださいよ!次は●●で!それに特典は……」

 

「ないですよ?」

 

「え?」

 

神の言葉に、■■■■は戸惑った。

 

「だから無いですよ?■■■■さんの転生はこれでお終いです。ですから、お別れを言いに来たんです」

 

「はぁ!?」

 

神様の言葉に、■■■■は混乱し、そして顔を真っ赤にする。

 

「ふ、ふざけるな!あ、あんな理不尽なことをしやがって!何が終わりだこのクソ女神!ノーカンだノーカン!それが駄目なら、てめぇをこの場で……」

 

続く言葉を吐くことなく、■■■■は一瞬にして灰となった。

 

「さぁて、次の子はどんな子かな~」

 

()()()()()()()神様は、今の出来事に気にすることなく、おっとり口調で部屋から出ていった。部屋の入り口には、転生者候補~番の看板が掛かっていた。


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