終わらない喜劇   作:SINSOU

5 / 10
読んでいる時に気分が悪くなった場合は、速やかに離れてください。




3章(上)

どうしてこうなったんだろう?

 

下へと堕ちていく俺はそう思った。自分の姉を助ける為に、俺はバイトをするようになった。中学を卒業したら、就職に有利だからって藍越学園を希望した。千冬姉からは「お前が心配することじゃない。私はお前が幸せならそれでいいんだ」なんて言われたけどさ。俺だっていつまでもおんぶにだっこされてちゃ駄目だと思ったんだ。だから、少しでも助けになろうと思っていたんだけどさ。

 

偶然にも、同じ会場にIS学園の試験が行われていて、ふと興味本位に触った結果、俺はISを動かしてしまった。そこからは流されるままに、俺はIS学園へと入学する羽目になった。弾たちからは、女の園だと羨ましがられたけど、実際はそんなことを思う前に色々と大変だった。まるで狼の檻に入れられた兎みたいに、何かと視線を受けていたんだからさ。

でも、嬉しいこともあった。俺と同じで()()()()()()()()()()()()ということ。その知らせを聞いた時、俺は自分勝手だけど喜んでしまった。なにせ、女の学校の中で、唯一俺と同じ男だったんだから。

 

友達になろう!俺はそう思った。どんな奴かは知らないけど、弾や数馬のような奴だったらいいな、そんな想いを抱いていた。入学式を経てクラスの自己紹介の時、俺は二人目の男性操縦者を見つけた。まあ、女の子の中に男がいれば誰だって判るだろうけどな。また、小学校の幼馴染だった箒も見つけた。箒は傍から見ても綺麗になったと思った。確か、剣道の大系で優勝したって新聞で見たっけ。そんなことを考えながら、自己紹介が始まった。

 

二人目の操縦者の名前は神乃愛人(カミノマナト)。カッコいいと言うよりも、可愛いといわれるような見た目だった。「みなさん、はじめまして!僕の名前は神野愛人です。これから皆さんと一緒に、この学校で生活できることを嬉しく思います!」声も表情も明るく、その見た目とも相まって、()()()()()()()()()()()()()()

 

「自己紹介したけど、改めていいかな?俺は織斑一夏だ。えっと…」

 

「マナトでいいよ、一夏」

 

「そっか、俺もマナト同じ男性操縦者でさ。だから男同士、この恐ろしい女の園で生きような!」

 

「あはは、一夏は面白いことを言うね」

 

そして俺たちは互いに握手を交わした。よし、なんとか友達になれたかな?俺は嬉しくなっていた。それから箒と話をして、セシリアになぜか敵視されたっけ。それからクラスメイトにクラス代表としてマナトと一生に名前を挙げられ、それに怒ったセシリアと口論。そこからは箒と一緒に剣道をしてたっけ。クラス代表戦の時は、セシリアに一歩及ばずに負けた。その後、マナトと戦った時は……

 

『君が誰かを守る?()()()()()?面白いことを言うなぁ一夏。お前みたいなく口だけの雑魚が、恥もなく言うなんてさ。そんなの無理だよ。だって()()()()()()()()()()()()

 

『なぁ?これが俺とお前との差なんだよ。お前が何をしたって俺には勝てない。無駄なんだよ、む・だ!』

 

『主人公補正でイキルだけの存在が、本当に目障りなんだよなぁ!!』

 

気付けば、俺は保健室のベッドに寝ていた。隣にいた箒が心配そうに俺を見ていた。結局のところ、俺はマナトに負けたようだ。だが誰一人、()()()()()()()()()()()()()()()()()()。もしかしたら、俺の記憶違いだったのかもしれない。俺はそう思った。頭がくらくらするせいで、何もかも曖昧だったこともあった。

クラス代表戦はマナトがセシリアを倒した。だが、()()()()()()()()()()()。正直、訳が分からなかった。

 

『僕が勝ったけど、やっぱりここは一夏に譲りたいと思う。だって、彼が一番代表に相応しいと思ったからね』。

 

クラスメイト曰く、そうクラスメイトの前で言ったらしい。その後、セシリアの援護もあって、俺がクラス代表になってしまった。やっぱり、二人に負けてしまった俺が代表になるのはおかしいという思いと、自分の弱さを実感したことで俺は二人を探した。マナトに代表のことを、セシリアには口論に対する謝罪をしようと思っていたんだ。偶然、二人がいた時に出会ったが、口を開く前に俺はセシリアに頬を叩かれた。突然のことに呆然とする俺をセシリアが散々罵ったことは覚えている。

 

『無様』『恥さらし』『屑』『汚らわしい男』エトセトラエトセトラ。

 

マナトはそれを見ながら嗤っていた。

 

 

 

二人目の幼馴染の鈴だってそうだ。朝から噂されていた転校生は鈴だった。凰鈴音、箒が引っ越してい行った後にやってきた女の子。中国人故に、周りから虐められていた。俺はそれを見てるだけなのが嫌だったから、気が付けば虐め相手に突っかかっていった。そんなことがあって、俺と鈴は友達になった。弾や数馬と一緒に、俺たちは色々と遊んだことを忘れたことは無かった。

彼奴が2組に入ったことを知った時は、驚きと共に嬉しくなった。箒のように心を許せる幼馴染に出会えたんだから。鈴音の方も俺のことを覚えてくれていて、昔のように接してくれていた。昔のようにストレートに言ってくる性格も変わりなく、今の俺にとっては心を許せる存在だった。

 

「やあ、君が2組に入った凰鈴音さんかな?初めまして!僕は神乃愛人!一夏君と友達なんだ。よろしくね!」

 

マナトが鈴に話しかけていた時は、鈴も挨拶するだけで終わっていた。その後も、昼食の時に隣の席に座ろうとして箒と口論したり、俺と箒が同室だったことを知って部屋替えを要求しに来たりと、色々と大変だった。

ある日、鈴が昔の約束のことを言ってきた時、俺はどうしてか鈴を怒らせてしまった。頬を叩かれ、呆然とする中、鈴が目に涙を浮かべながら叫ぶ。正直、俺もなぜ叩かれたのか分からなかったが、でも鈴を泣かせたことは理解できた。

 

「あの、さ…鈴…俺」

 

「最ッ低!」

 

俺に背を向けて走って行く鈴に、何も言えなかった。

 

「一夏、君は何をしたんだ?鈴さんがさっき泣きながら走って行ったけど」

 

マナトが俺に近づいてきた。事情を説明すると、マナトは溜息を吐いた。

 

『最低だね一夏。君は女の子の約束を忘れるような低能だったんだ。まあ、お前はそういう奴だったっけ。結局のところ、お前は屑野郎でしかないからね。あーあ、鈴も可哀想になぁ』

 

ドン!とお腹に衝撃が走り、俺は痛みに耐えきれず蹲る。

 

『大丈夫かい一夏?どうしたんだ急に?もしかして体調でも崩したのかい?』

 

蹲る俺をマナトがにやけた笑顔で見つめる。何が起きて……。俺は気が付くと自室のベッドに寝ていた。箒の話を聞くと、マナトが血相を変えて運んできたらしい。

 

「一体どうしたんだ一夏?身体の調子は大丈夫か?」

 

箒が心配してくれたが、俺は理由を説明出来なかった。なにせ、俺も何故倒れたのか記憶が曖昧だったから。

 

こうしてクラス対抗戦の日がやってきた。クラスメイトは商品の半年間の学食スイーツパスに熱狂し、是が非でも勝って!という熱いエールを送られた。俺よりも強いセシリアやマナトの方がふさわしいと思う気持ちを押し殺しつつ、応援に応えるつもりだった。一回戦の相手は鈴だったが、たとえ鈴であろうと、負けるつもりは無かった。

 

が、それは予期せぬ事態で幕を閉じる。試合途中に突然現れた2体のISによって、試合会場は滅茶苦茶になったのだ。アリーナの防御壁を軽々貫くビームを撃ちだすISの乱入。まさに会場は大混乱。逃げ惑う生徒を見下し、俺は鈴と共に先生たちが来るまでの時間稼ぎをした。ビームの雨に晒されながらも、俺たちは何とか時間を稼いだ。何故か放送室にいた箒の行動に頭が混乱し、箒に狙いを定めた一体の攻撃を逸らそうと、俺は無我夢中でそいつに体当たりを行う。

 

「「「一夏ぁ!?」」」

 

誰かの声が聞こえたが、俺は反撃をくらい、そのまま壁に叩き付けられて意識を失ってしまった。

 

 

「もう私の目の前に現れないで」

 

「鈴……?」

 

俺は鈴の言葉に耳を疑った。俺が気を失った後、クラスメイトを避難させていたマナトが現れ、一瞬で2体のISを破壊したらしい。その後、俺は鈴が心配だったこと、試合前に言っていた約束のことを聞きに行った。()()()()()()()()()()、気にすることは無かった。

 

そして()()()()()()()()()()、俺が口を開く前に鈴に頬を叩かれ、()()()()()()()()()

 

「ま、待ってくれ鈴!?一体どういうことなんだ!」

 

背を向けて去ろうとする鈴に、手を伸ばそうとして

 

『ダメだろ一夏?鈴は君をもう見たくないって言ったんだよ?だった言うことぐらい聞けよごみがぁ!!』

 

マナトに殴られた。

 

『ったくよ、ざまぁねえな主人公?守る守る言ってても、所詮てめぇは雑魚なんだよ。鈴もそんなお前に愛想を尽かしたって訳だ。残念でした!」

 

倒れた俺の目に入ったのは、マナトの足だった。

 

「なんなんだよ……」

 

「一夏?本当に…大丈夫か?」

 

教室の机にもたれながら、俺は訳が分からなくなっていた。一体何なんだ?何が起っているんだ?気付けば俺はクラスメイトからも距離を置かれていた。周りを見れば、皆こっちを見ながらヒソヒソと話をしている。廊下を歩けば、他のクラスメイトから向けられる視線。ふと陰口を聞いてしまった時は酷く後悔した。

 

『姉の七光り』『口先だけ』『薄っぺらい正義感()』『無能』

 

一緒にいた箒が耐えきれずに突っかかろうとしたのを止めたが、俺は自分の弱さを実感させられていた。

 

 

 

 

シャルロットにしても、ラウラにしても、色々と頑張ったんだ。

とある事情で男装して俺の前にやってきたシャルル…シャルロットの事情を知ってしまった。俺は学園の治外法権のことを思いだし、取りあえず制限時間の3年間で、どうにかしないといけないと思った。取りあえず千冬姉に相談も頭に入れていた。

 

「えっと、シャルロット…で、良いのかな?事情が事情だけどさ、取りあえず、この3年間でなんとかしていこう!大丈夫だって、シャルロットは悪くない。なんだったら俺が……俺が…」

 

「ど、どうしたの一夏!?」

 

『お前みたいな…』

 

「いや何でもないんだ。ああ、きっとシャルロットは大丈夫さ」

 

「あははは、僕も一夏のように考えられたら良いのになぁ」

 

同室の中で、俺はシャルロットと一緒に笑った。

 

()()()()()()()()()()()()()()()

 

そして教室で聞こえたその声に、俺は身体が固まってしまった。

 

 

ラウラにしても、俺を憎んでいる事情を知った。

 

「私は貴様の存在を認めない。お前のような弱者が、教官の傍にいることなど許されない!」

 

ラウラの言葉。その言葉に、俺は胸が苦しくなり、蹲った。

 

『お前みたいな雑魚が』

 

マナトの言葉が頭に浮かび、俺は無様に吐いてしまった。

 

「ふん、貴様みたいな存在を私は絶対に許さない!」

 

なんで、なんで俺は……。俺はただ、蹲りながらも泣くしかなかった。

 

 

 

学年別トーナメントになり、俺はシャルロットと共に決勝戦へと勝ち進んだ。決勝相手はラウラと箒のペア。突出するラウラの技量とISの性能に翻弄されつつも、俺もシャルロットの連携で何とか追いすがった。だがラウラの突然の変貌により、またも会場は混乱することになった。VTシステム。ラウラのISに組み込まれていた、千冬姉を再現する機能。その姿に、俺は頭が真っ赤になった。千冬姉を模した姿もそうだが、同じようにラウラがそれに呑みこまれているということに。本来なら、先生たちに任せるべきだったんだろう。それでも俺は、いや俺がやらなきゃいけないと思ってしまった。千冬姉に憧れていたというラウラが、千冬姉を模した力に振り回せれている。それが許せなかった。

 

「ラウラ!お前が望んだ力ってのはそれなのか?千冬姉に憧れたのはその力だったのか!?」

 

俺は逃げ惑いながらもラウラに叫び続けた。ISのエネルギーも箒とシャルロットのおかげでギリギリ動けた。

 

「なあラウラ!お前言ってたよな!強くなりたいって。お前の強さってのはこれだったのか!?」

 

何度も叫び続けた時、急にVTシステム(ラウラ)の動きが止まった。グギギギ……と軋む音をたてながら、まるで苦しんでるように。その隙を逃さず、俺は組みついた。

 

「そうだラウラ!お前は強い!俺よりも強いんだ!だったら負けちゃ駄目だ!自分の力を信じるだ!」

 

「イ…チ…カ?」

 

そうだラウラ、自分に勝つんだ!お前は弱くな…

 

 

『そうだな、てめぇは雑魚なんだよ。ずっと地に這いつくばってろ』

 

突如横からの襲った衝撃に、俺はVTシステム(ラウラ)から離れていく。

 

『おまけだ』

 

VTシステム(ラウラ)の持っていた刀を奪い、マナトがそれを()()()()()()()()。目の前に迫る刀と背中に迫る地面に俺は挟まれたのだった。

 

そして同じように、シャルロットからは『もう君に用はないから』と手を振り払われ、ラウラからは『ふん、貴様のような弱者の言葉など聞く価値もない』と斬り捨てられた。おなじようにマナトが一緒にいて、同じように殴られた。

 

 

もう俺の心は限界だった。なんで、なんで俺は弱いんだ。なんで誰も俺を認めてくれないんだ。なんで離れていくんだよ!

 

周りの視線、嘲笑、侮蔑、無視、罵倒、もはや周りが敵に見えて仕方が無かった。それこそ時に箒さえも疑ってしまうようになり、そのことに恐怖するようにも。千冬姉からも、心配されていたことが余計に自分を責めるようにもなっていた。

 

そして臨海学校に際に、アメリカのISが暴走する事件が起きた。

『銀の福音』と呼ばれる機体が、搭乗者を乗せたまま制御不能になり、俺たちのいる場所に向かっているという。日本のISが足止めや捕縛を実行するも、悉く交わされている始末だ。その結果、専用機所持の俺たちが出ることになったが、そこでもまた色々と問題が起きた。

 

「ここは一夏の零落白夜の出番だと思います」

 

このマナトの一言に俺は驚いた。マナトが言うには、エネルギーを消し飛ばす白夜を使えば、安全に捕縛できるということ。だがその言葉に周りは反対。

 

『危険すぎる』『一夏なら殺しかねない』『一夏の技量では当てれない』『邪魔』

 

だが俺はそれでも、役に立てるということを思い、作戦に参加した。

 

結果的としては、みんなの協力により、俺は銀の福音を倒し、搭乗者を救うことができた。これで俺もやれるって証明できた!自分勝手だが俺はそんな想いを抱いてしまった。でも、待っていたのは……

 

『自分の手柄にしたいのですか?ほんと、恩知らずですわね』

 

『金魚のフンだった癖に厚かましいわね!』

 

『バカみたい』

 

『もういい、喋るな。耳が腐る』

 

罵倒。もう何もかもが分からなくなってしまった。そしてそこに追い打ちをかける様に、

 

『一夏、もうお前にはがっかりだ。お前みたいな奴と一緒にいると私まで腐る。もう話しかけるな』

 

「ほうき・・・?』

 

ずっとそばにいてくれた箒からの拒絶。そしてマナトの暴力。

 

ああ、もう俺の生きている意味なんてないんだ。そう思い俺は目を閉じようとして、

 

「イチカァァァァァぁぁぁぁ!」

 

誰かの声が聞こえて……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その言葉に俺は目を開けた。目に入ったのは茶色の木の板で、それが天井だと気付くのに数秒かかった。身体を起こそうにも、まるで鉛のように重く、指も動かせない。

 

「起きたか?」

 

声の方を向けば、そこには男の人と女の人がいた。男性はは白髪交じりの真っ黒な髪をしていて、女性の方は、茶色と水色の髪半分半分と変わった髪色をしていた。

 

「ここは…?」

 

「俺の家だよ。正確に言えば…まあ貰いもんだけどな」

 

「?」

 

「気にするな。ここはあたしと嫁の家だ。そこは絶対に正しいはずだ」

 

胸を踏ん反りながら自身満々に言う女性に苦笑しながら、男は俺をじっと見つめていた。

 

「しかし驚いたな。全くもって神様は性質が悪いぜ」

 

「?」

 

「気にするな。こいつは時々変なことを言う癖があるだけだ。いわゆる虚言癖というものだ」

 

「いやいやいや、俺はそんな変人じゃないからな?」

 

目の前で繰り広げられる漫才?俺は頭が追いつかない。

 

「まあどうしてあんなところにいたのか?なんて理由は聞かない。だが助かった命は大事にしろ」

 

その言葉に、俺は頭の中が真っ白になった。大事にしろ?大事にしろってなんだよ?今更どうしてそんな言葉をかけるんだよ。俺みたいな存在に、どうして!

 

「何で…」

 

気付けば口から言葉が漏れていた。俺みたいな存在は生きていても意味がないんだ。もう、いいや。俺にはもう、何も残っていない。

 

「どうして、どうして俺を助けたんですか!あそこで俺は死ぬべきだったんだ!それを、それをなんで!命は大事にしろ?ふざけるな!あんな!あんな世界に戻るくらいなら、俺はもういきたくない。俺なんて生きていても仕方がないんですよ!何もかも否定されて!やることなすこと罵られて!だから!だからもう、俺はいきるなんて…」

 

「そうか」

 

男はそう言うと、そのまま部屋を出ていった。ふと畳に座っている女性の口が開く。

 

「うんうん、大変だったのよね。あたしも何となくその気持ち解るわ。なーんて言っても100%理解できるわけじゃないけどね」

 

顔を逸らしながら、女性は苦笑いをする。

 

「私も昔、生きる意味を見出だせなくてね。色々とあって周りから虐められたし、不良品呼ばわりされたよ。でもある日、私は救われたの。別に王子様みたいな劇的な事は無かった。ただの勇気だけが取り柄の男の子が私の前でいじめっ子に挑んでね。みーんなやっつけちゃった。ボロボロになりながらも、彼は私を助けてくれたの。それからかしら、あたしはこの人と一緒にいたいって思えたの」

 

「凄い子、だったんですね」

 

「違う違う、言ったでしょ?勇気あるだけの子供って。でも、彼のおかげであたしは救われた。誰かが私を見ていると知れたから、私は今も生きている。それだけの話」

 

「でも、俺には…」

 

「どうして助かったと思う?」

 

女性の言葉に、俺は首を捻る。確か俺は下に落ちていって、誰かに抱きしめれて…。

 

「一夏ぁぁぁ!!」

 

「千冬姉?」

 

俺は部屋に走り込んできた千冬姉に抱きしめられた。

 

「一夏一夏一夏!いちかぁ……!」

 

千冬姉に抱きしめられながら俺は女性に目を向ける。

 

「そう、君のお姉さんが守ってくれたのよ。目を覚まさなかった君にずっと謝っていたんだから」

 

「千冬姉…」

 

「まあそういうこと。君にだっているじゃない。だったら、その人を泣かさないためにも生きなさい」

 

女性は、では家族水入らずを邪魔しない為にも、「あたしは席を外すわね~」と出ていった。

 

 

「千冬姉」

 

「すまない一夏。私がいたのに、お前を助けることができず……」

 

「いいんだよもう。俺、もう何もかもに諦めていたけど、千冬姉が俺を助けてくれたって知って、俺…」

 

言葉が続かない。何を言っていいのかすらも分からない。でも、千冬姉の思いだけは、言葉が出なくとも感じることは出来た。

 

「それにしても、どうして千冬姉が俺を?」

 

「電話が来たんだ。今すぐに崖ヘ迎えと。大切な弟を助けたいならと」

 

「それって」

 

「一体どうしてなのかは分からない。先ほど電話を確認しようとしたが、電話自体が海水に浸かったせいで壊れてしまってな。もう確認出来ない。だが誰であろうとどうでもいいんだ。こうしてお前を助けられたことには変わりない」

 

そう言って抱きしめてくる。

 

「千冬姉、俺は…」

 

「何も言うな。今はこうしてお前が生きているだけで嬉しいんだ。心配するな。学園のことは私がどうにかする。今回の件で神乃も私の一線を越えた。奴だけはこの手で……」

 

だめだ。

 

そう言って立ち上がる千冬姉を、俺は止めようと口を開けるが声が出ない。俺を嗤うマナトの顔が見えてしまった。いくら千冬姉だって、彼奴には……。嫌だ、もう千冬姉にまで見捨てられたら俺は……。

 

「あら?もうお出かけですか?」

 

ひょっこりと先ほどの女性が顔を出す。その手には盆が握られ、湯気が立っている器が置かれている。

 

「ああ、私は行かなければいけない場所が「まぁまぁ、そんなに急がなくても大丈夫ですよ。はいこれ」

 

「ん?なんだこれは?」

 

「あたし特製のお粥よ。千冬さんは一夏に食べさせてあげてね。だって彼、まだ動かせない訳だし」

 

盆を渡すと、彼女は扉を閉め、どたどたと離れていった。

 

そして暫しの沈黙。

 

「食べるか?」

 

「うん」

 

恥ずかしかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうだった?」

 

『なんとか行かせないように誤魔化してきたわ。しかし、流石に危なかったわね。あのままだと千冬さん、終わったんでしょ?』

 

「ああ」

 

女性の言葉に男は苦虫を噛み潰したような顔をした。彼の右手がギュウッと音と共に強く握られている。

 

『それでどうするのだ?』

 

「解ってるだろ」

 

『当然だ』

 

男の言葉に女性は笑った。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。