「ねえ、どうして転生者って、自分の身体をつくり変えると思うかしら?」
本をめくりながら少女は、何もない空間に話しかける。
「人間を超越した肉体、原作世界の最強キャラを屠れる身体能力!天才を遥かに凌ぐ、超スーパーウルトラジーニアスな頭脳!力だってそう、自分たちが好きなアニメや漫画、テレビ番組や特撮の力を、これでもかと盛り込む彼ら。それこそ、作中では色々と欠点や弱点があったのに、それを取っ払った魔改造仕様なんてのもあるけどさ。それについて、みんなはどう思う?」
床に届かない足を前後にプラプラさせながら、少女は本をめくる。
「私が思うに、彼らにとって過去は黒歴史でしかないのよ。ほら、中二病とか高2病とかみたいな?あれ、みんなどうして頭を抱えているの?まいっか」
飽きてしまったのか、めくっていた本をパタンと閉じる。
「今まで積み上げてきた自分たちの過去。彼らからしたら、それらは新しい人生には邪魔なのでしょうね。そりゃそうね。だってそんなのあっても意味ないんだから。むしろ足枷でしょうね。だから彼等は、今まで育ってきた家族や人間関係、環境、地位、その他諸々含めて、転生のために簡単に捨ててしまう。断捨離って呼ばれるものかしらね。いらないものを棄ててしまうってやつ。あれは主に衣服類とかが多いみたいだけど」
少女は掌に顎を乗せて考える。
「転生者からしたら、自分たちを育んできた過去って、その程度のものなのでしょうね。だってそうじゃない?そのままの自分を転生させればいいのに、なぜかみんな別人になろうとする。過去の何もかもを捨て去って、新しい自分になろうとする。先に挙げた例とか。でもそれってさ、結局はみんな過去の自分にコンプレックスを抱いていたままで終わったんでしょうね。まあ、生きていても解決が難しい問題だけど」
ヒョイっと椅子から降りると、少女は部屋の中を歩きだす。
「弱い自分を棄て、馬鹿な自分を棄て、家族も一緒に棄てちゃって、なんでもかんでもぽいぽいぽーい。昔のことなんていらないいらない!全部いらない!何もすべて捨ててしまう!欲しいのは新しい自分!優れた肉体、優れた頭脳!誰にも負けない力を持って、誰からも好かれる容姿を纏って、最後は自分を照らすスポットライト!ああ!ダサい
ダァーン!と両手を机に叩きつけた。部屋中に音が響き、びりびりと振動し、やがて静かになる。
「でもさ、彼らは大事なことを忘れてると思うのよ」
とぉ!の掛け声と共に、テーブルに飛び乗る少女。
「
テーブルに置かれていた時計を手に取り、少女は横に揺れながら時計の針を回す。ジリリリリ…と鐘が鳴れば、少女は笑う。
「はい、時間終了でーす。皆わかったかな?それじゃあ正解は……!」
チョンチョンと、頭を指さす少女。
「
スタッと彼女は椅子に座る。
「まあでも、いくら過去から離れようとしても彼らが彼らである以上、少なくとも彼らを作り上げた
「ほんと、そう考えると嗤っちゃうわよね。でも一方で厄介でもある。だって棄てたくなるような過去を持った相当拗らせた子供が、世界を変える力を持っているんだから」
少女は頭を抱える。
「だからこそ彼等は自身の欲望に素直に、忠実になり
少女はため息を吐いた。
「
少女はうーんと背伸びをする。
「彼らにとって、過去は忌むべきもの。あってはならない黒歴史。でもね、決して切り離せられないって解っていない。でも彼らは新しい
少女はニンマリと笑う。
「
神様のうっかりで死んでしまった。そのことを聞いた時、彼は頭の中で歓呼のファンファーレが鳴り響くような錯覚をした。実際に聞こえたらおかしいです。ぺこぺこと頭を下げる女神様に彼は言った。
「アンタのミスで俺は死ぬことになったんだろ?こっちとしては許せるわけないだろ。だって生きられるはずだった人生を滅茶苦茶にされたんだ。謝ってるだけじゃ意味ないよな?だったら誠意を見せてくれよ、なぁ神様?」
こうして彼は、かつての名前を簡単に棄て去った。新たに
誰からも愛される可愛い姿。人を越えた身体能力に頭脳。オーバーテクノロジーの塊と化した、エネルギー切れをおこさず永久的に動くとこができ、常に他のISよりも何倍の速さで動き、量子化により相手の攻撃受けながら避け、実弾兵器やエネルギー兵器も受け付けない装甲、全ての攻撃が自動追尾するという特性を供えたIS。自分だけを愛してくれる魅了などなど、貰えるものは貰い尽くしたのだから。
そして特典から見ればわかるが、彼はさらに転生先までも要求したのだ。もちろん場所はISだ。
「さてと、一夏から何もかもを奪ってやるぜ」
特典内容から、可愛い男の娘的な姿を纏ったマナトは嗤う。原作主人公と言うだけで何もかも愛されている一夏に、マナトは笑顔で近づくのだった。
そしてマナトは色々と原作に介入した結果、彼自身の幸せ計画の一端は完了したのである。一夏を徹底してフルボッコし、彼の評判を貶めまくった。一夏の悪い部分を大きく、良い所さえも欠点として吹聴した。もちろん活躍さえも奪ったのだから、一夏が成長することも評価される機会などない。こうしてワンサイドゲームが行われ、最後のハットトリックシュートが銀の福音後のヒロインズを交えたSEKKYOUだった。あれだけ心を折り砕いたんだから彼奴はもう再起不能だろう。そんなことを思っている一方で、
突如、轟音と共にアリーナの扉が勢いよく吹っ飛ばされた。
「
マナトは自分の懸念が当たったことに口を歪めた。舞い散る土埃の中から現れたのは一人。頭から被ったローブで顔を隠してはいるが、マナトは
「ねえ君、ここがどこだか解ってる?ここはIS学園だよ?世界が注目する場所だ。無断侵入は罰せられるって知らないの?それともそれすら知らないオバカサンなのかな」
「……」
「まあ知らない訳ないよねぇ。だって君もここにいたんだからさ」
侵入者に対し、マナトはにやけた笑みを向ける。
「でももう君の居場所はないの。だからとっと消えてくれないかな?君の場所は僕の場所だし、君のヒロインも皆僕の物。まだ会長と妹がいないけど、じきに僕を好いてくれるからね残念でした!負け犬はさっさと帰りなよ。ハウス!ハウス!」
「……」
「それとも何?また俺にボコられに来たの?あははははは!それならそうと言ってくれよ!最近体が鈍って仕方が無かったんだ!だって誰も俺に勝てないんだから、誰も戦ってくれなくてさ!いやー参ったね。強すぎるとほんと退屈。千冬さんも束さんもこんな気分だったのかな?でも俺は紳士だからさ。彼女たちとは戦いた無かったから困ってたんだ。だからちょうどいいサンドバッグを探していたんだよ!」
「……」
無反応の侵入者にマナトはつまらなそうに溜息を吐く。気持ち悪いという感想しかない。
「まあでも、僕が相手をするよりも彼女たちが先かな?」
そういうと、マナトは彼女たちに声をかける。
「あの侵入者を殺した奴は、今日一日俺がずぅっと愛してあげるよ!」
その言葉と共に、彼女たちは嬉々として侵入者にISを向けて襲い掛かった。まるでご褒美に群がるペットのように。だが突如として彼女たちは止まった。それも空中に固定されたまま。まるで彼女たちの周りだけ時間が止まったようである。
『あーあ。笑顔で襲ってくるなんて、ほんと気持ち悪いわね。/ 同意する。まさかここまで堕ちるとはな。/まあでも、一気に近づいてくれるならこっちは大助かりよ。/ ああ私の領域に入ってくれたんだからな』
「へ?」
侵入者の声が思っていたのと違ったことに、マナトは変な声を上げる。
『悪いけど、手加減無しで行くからね。死なないけど痛いから!』
そして轟音と共に、彼女たちは地面に叩き付けられた。侵入者周辺がまるで巨人に潰されたかのように抉らる。
「は?」
これにはマナトも目が点である。彼が望んでいたのは、謎の侵入者がフルボッコされる場面であって、自分のヒロインたちが一蹴されるシーンではないのだから。そしてローブが衝撃で空に飛び、現れたのは…
「だ、誰だよお前……」
茶色と銀色の髪を半分に染めた女だった。それこそマナトにとっては予想外だ。なにせこんな登場人物は存在しないのだから。原作でみたことがない謎の女、ヒロインたちを瞬時に屠った謎の力、そして自分を襲ってきたこと。その瞬間、マナトの
「な、ならお前も俺と同じ転生者か!くそがぁ!この世界を乗っ取るつもりだな!?そうはいくか。ここは俺の世界だ。お前の好きにさせてたまるかよぉ!」
侵入者が
「おいおい、お前の相手は俺だ」
横合いから思いっきり殴られた。突然の攻撃にマナトは対応できず、そのままアリーナの壁に突っ込んだ。
「だいじょぶか?」
マナトを蹴り飛ばしたのは、これまた謎の別の侵入者だった。ISの
『
「俺は大丈夫。
『解ってるわ。
そう言うと、女は地面に埋もれている彼女たちを空中に固定したままその場を離れるのだった。
「問題ないさ」
女性の声援を受け、男は吹っ飛んでいったマナトの方を向く。土煙が這い上がり、へこんだ壁から声が聞こえた。
「なんなんだよ、何なんだよもう!お前ら一体何なんだよ!ここは織斑一夏が来るところだろ!?ここは八つ当たりで復讐しに来た一夏だろ!?それを俺が叩き潰すはずだったんだ!そうすれば、彼奴はもうお終いだったのに!ふざけるんじゃねぇぞ!」
「そうか」
「俺の計画を滅茶苦茶にしやがって!もう許さない。お前等は絶対に殺す!殺してやる!行くぞ
その言葉を合図に赤く発行するマナト。そして先ほどと同じように、今度は男の背後に回り込んで襲い掛かろうとして、
「知ってるよ」
まるで待っていたかのように男が、
「そ、そんなばかな!」
斬られたことに驚くマナト。だが更に戸惑いが襲う。なんとISの発光がとまったのだ。それと同時に、彼のISの動きが先ほどと較べてかなり遅くなったのである。まるでエネルギーがきれたかのように。
「な、なんでトランザムがきれるんだよ。それにエネルギー切れってどういうことだ。こいつは永久に動けるはずだろ!?」
必死に叫び動かそうとしても、彼のISはそれに応えることができない。そしてそんな混乱を男が見逃すはずはなく、一振り二振りと刃が襲う。そしてマナトはあることに気が付いた。
「な、なんだこれ!?トランザムは!?ドラグーンは!?
マナトは男の持っている刀に目を追った。その刀に斬られたことで、
「なんだよそのチートは!反則じゃないか卑怯者!だがそれさえわかれば問題ない、だったら近づかなきゃいいんだからな!」
ISという特性を利用し、彼は上空へと飛び立つそして取りだしたのは
「予想外だったが、これでお終いだ!」
ようやく優位に立てたことに高揚しながら、引き金に指をかける。そして一方的な攻撃によって終わりを迎えることに顔を歪めた。
その瞬間、彼のライフルに衝撃が走り、火花を発して爆発する。予想もつかなかったことにマナトは混乱するしかない。だが、畳み掛けるように今度は銃弾の雨が襲うも装甲によって弾かれる。だが銃弾の音と光によってマナトは目と耳を潰された結果、対処が遅れたのは確かだった。上から謎の衝撃に襲われ、彼はアリーナの地面へと墜ちる。
「なんだよ!一体何が起って」
その言葉も続かず、今度は両手足を何かに掴まれて動かすことができず、引き千切ろうとブースターをかけるも、謎の爆発によりブースターも壊れ、もう飛べることも出来なくなった。そしてマナトが目にしたのは、こちらを見下しているヒロインたちだった。
「何してるんだよ。何してるんだよお前等!お前等は俺のヒロインだろ!?なに裏切ってるんだよ!早くそいつをやっつけろよ!俺に愛されたいだろ?だったらやれよ!」
必死に叫ぶが、誰も動かない。
『悪いけどもう無駄よ。あんたの力はもう効かないもう誰もアンタに従わないわ』
「リ……」
『嫁よ、それ以上はだめだ』
彼女たちの中心にいたのは、先ほど撤退したはずの女だった。
「なにをいってるんだ?あいつらは俺に惚れて…」
「だから言ったでしょ?効かないって。あたしもその手の力を渡されててね。その結果がこれ。そうとうやらかしたみたいね」
「ウソだ。そんなの嘘だ!俺は愛されてるんだ!俺は愛されて当たり前なんだ!卑怯だ!お前等が塗り替えたんだ、そうに決まってる!」
そう叫ぶマナトに男はゆっくりと歩き出す。
「まだ終わってないだろ?さあ続きをやろう。俺に勝つんだろ、強くて困ってたんだろ?だったら勝ってみせろよ」
「そうだ、お前を倒せば力は戻るんだ。だったらお前を倒してまた元通りだ。最強の身体能力をなめるなぁ!」
「つまらないな」
斬られる。
「な、なんで!?」
斬られる。
「俺は最強なんだ!」
斬られる。
「僕は強いはずなんだ!」
斬られる。
「僕が負けるはず、負けるはずないんだー!」
そして斬られる。
「なんだよこれ!あれ?なんで前の僕なんだ!?どうして元に戻ってるんだよ!こんなの僕じゃない!今は違うんだ!これじゃないんだ!本当の僕はこんなんじゃない!僕は強いんだ!頭が良いんだ!そして皆から愛されていて!あれ?じゃあこの僕はなんだ?そうだ!これは偽物だ!こんなダサいのが僕のはずないじゃないか!本当の僕は違うんだ!神様!間違ってますよ!これは僕じゃないですよ!あはははははは!じゃあこれは誰だ?この肉体は一体誰なんだ?でもこれも僕だから間違ってなくて、でも僕の筈がないわけで。あれ?そもそも僕って誰だっけ?だって僕の名前は■■愛人だよ?あれ、■乃■■?これでもないや。あれ、これでもない。僕も違うこれも偽物だ。あれ本物の僕はどこに行ったの?あれあれあれ?ところで…」
「…哀れだな」
そこにいたのは子供だった。特典を全て無くし、優れた身体も、優れた頭脳も消え果て、可愛い見た目すらも失った結果、神乃愛人は■■■■に戻った。身体を縮こませ、泣きながら「僕は誰?」と呟く子供だった。■■は普通の子供だった。別に顔が優れている訳でもない。身体が丈夫でもなければ頭が特別言い訳でもない。何もかもが普通の子供だった。どこまで行っても普通の子でしかなかった。だがあまりに普通過ぎたのだ。別に凄い悪いわけでもなければ飛び切り優れている訳でもない。故に、周りからは評価されることはあまりなかった。家族から愛されたところで、■■にとっては実感が無かったのだ。故に歪む。心の中で歪み続けた思いは、神様転生によって溢れた。偶々読んでしまった娯楽作品の主人公。なんであいつは褒められる。なんであいつは愛される。なんであいつは活躍するんだ、そんな強いはずないのに。どうしてあいつは褒められるんだ、そんなに頭が良いわけじゃないのに。
なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで
拗らせた思いは歯止めを無くし、彼は新しい自分を求める。誰からも愛されたくて、誰からも尊敬されたくて。強くて、頭が良くて、かっこいい玩具を見せれば皆褒めてくれる。皆愛してくれる。彼はそうして新しい自分に生まれ変わる。そして愛されている者から奪ったのだ。そうすれば、みんなが見てくれると信じて。
ただ一つ確かなのは、彼はあまりに歪み過ぎたのだった。
誰かが笑った。
「これでお終いか」
消えていく神乃愛人を見届け、男はアリーナ方へと歩く。
『ちょっと待ちなさいよ』
それを追うように、女性が走る。
「待ってくれ!」
だが誰かが二人を止めた。
「一体お前たちは誰なんだ!これは一体どういうことなんだ!あいつは一体何なんだ!!」
男は振り向くことなく呟いた。
「昔、何もかも失った子供がいたんだ。同じように、誰からも愛される二人目に何もかも取られてさ。少年は自分から何もかも奪った存在を、裏切った幼馴染を憎んだ。そしてその果てに復讐したんだよ。嬉々として襲ってきた幼馴染『だった』彼女たちを殺して、最後にはその元凶を殺した。でも悲劇はそこで終わらなかった。実は彼女たちの心は裏切ってなかった。少年はそのこと知り、しきりに謝りながら死んでいく彼女たちを見届けて絶望したのさ。自分で殺しておいてな。その後、少年がどうなったかなんてしらないけどな」
『ある少女には大好きな男の子がいたの。ただのバカだけど、その子にとってはヒーローだった。離れた後もずっと約束を胸に生きてきた。でも久しぶりに会った時、彼は約束を勘違いしてね。それに少女は怒ったのよ。そして少女は悪い蛇に唆されて、気付けば大切なはずの男の子を捨ててしまったのよ。心は違うと叫びながらね。そして穢されていく身体に心を病みながら、ただただその悪い蛇を殺すことを糧に生きて、その果てに目的を果たして終わり。つまらない結末のお伽話よ』
「一体何をいってるのよ!ちゃんと説明しなさいよ!」
「別に気にする必要はないさ。なにせ、もう会うこともないんだからな」
『その通りだ。お前達はただ、悪い夢を見ていたと思えくれればいい。全ては元に戻るだけだ』
「な、何を言っているんだ。ちゃんと説明を…」
「じゃあな皆。織斑一夏を大切にしてくれよ?
『
そして、一人の子供によって狂った時間が元に戻る。
「やはり子供は大変ですね~」
一人、女神様は白い部屋で佇んでいた。女神様の手に持っていたのは、何やら顔写真と色々と書かれた紙の束。彼女はそれを一枚一枚めくりながら溜息を零す。
「
パチンと指を鳴らせば、そこに挟まっていたリストから幾人かが消えた。
「さぁ~て、次はどの子にしましょうか~」
女神様は笑う。慈愛の微笑みを浮かべながら。