東方半妖録 作:名無しの天狗
だがしかし、日常というものは時に簡単に崩れ去るのだ、酷く呆気なく……。
俺の場合、麓の村からの一報からだった。
その男は夜中にもかかわらず灯も持たずこの場所まで駆けてきたらしく、家に飛び込んでくると息も絶え絶えにこう言った。
「都の連中があんたらを討伐しにくる! もう麓で兵を展開している! すぐに逃げるんだ!」
男はとても焦った様子で、そのため話は分かり辛かったが要約するのならこんな感じだろう。
その男は気の良い商人で、両親の作品だけでなく俺の作品も何度か扱ってくれた人だった。
男は父さんの刀を都に持ち込んだらしい。何の因果かその刀は国の上層部の目に留まり、その畏れすら感じる美しさ、そしてその刀匠が鬼だという事実から妖刀と認定されてしまったそうだ。
戦すら招き兼ねないその刀をこれ以上増やしてはならないと上層部が判断したらしく兵を派遣が決定されたらしい。
その責任を感じた男は自らの危険を省みず、俺達にその事を伝えに来てくれたみたいだ。
確かに父さんの刀は美しい。見るだけで全身が怖気立つ程だ。しかもそれは妖力の様なものを使って造られたわけでは無く、純粋な技量のみによるものだ。その遥かな高みは俺の越えるべき目標でもあった。
男には感謝を伝えた後、お母さんと俺はすぐに逃げだす準備を始めたがお父さんは此処に残り兵を迎え撃つのだと言った。
俺と母さんは必死に父さんを説得しようとするも上手くいかなかった。
父は「鬼として人間の挑戦から逃げる事などあり得ない。鬼としての矜持に反する……それに自らが造った刀で戦ってみたかったのだ。飾っておくだけで実戦を知らない刀など無意味なのだから」と頑なだった。
それならば、と共に残ろうとした俺と母さんを父さんは外へ連れ出し一振りの刀を押し付けるとこう言った。
「この刀は俺と母さんが合作で鍛えた最高傑作だ。これがあいつらに壊されるのは忍びない。どうかこいつを持って逃げ延びて欲しい」
刀鍛冶としての誇りを押し付けられ、託された俺達は逃げる事しかできなかった。
思えば父さんと刀以外の事であんなに会話したのは初めてだったかもしれない……。
俺と母さんは共に夜の山中を走った。遠くには父さんと沢山の兵達の雄叫びが聞こえる。
――どうやら始まったみたいだ。
しかし自分達の周りにも松明の灯が見える……どうやら父と戦っているのが兵の全てというわけでは無いらしい。少なくない数の追っ手もいる。
追い付かれまいと必死に脚を動かす。
風切り音がする。矢を射ってきている。物音を頼りに射っているのだろうか? かといって脚を休めるわけにはいかない。
どれ程の時間の走ったのだろうか。後ろを振り返る。幾つもあった灯はポツリ、ポツリと遠方で揺らめいているだけで、此方を見失ったのか近付いてくる気配はない。
……逃げ切ったのだと気を抜いたのがいけなかったのだろう。鈍い音と母さんの短い悲鳴が聞こえた。
倒れる母さんを咄嗟に抱き止めると、背中に矢が生えていた。
「母さん! 確りして母さん!!」
俺の声に答えるように母さんが俺の頬に手を伸ばした。俺はその手を握りしめ頬に押し付ける。
半分妖怪だからなのか、母さんの命がどんどん減っていくのが解る。
「母さんお願い! 目を開けて!!」
それが聞こえたのか、母さんはゆっくりと目を開けると声にもならない様な掠れた声で呟いた。
「生きて」――と。
灯を隠して追走して来たのか、暗闇の中から複数の足音がする。走って此方に向かってきている。
命の火が消えた母さんを、ゆっくりと地面に横たえる。俺は両親が鍛えた刀を抱き抱えると、もう一度走り出した。
――絶対っ生き延びてやるっ!
しかし現実は残酷なものでたどり着いたのは崖と言っていいような場所だった。遥か下には谷川が流れている。
どうすべきかと戸惑っていると後ろに複数の気配がある。
追い詰められた……!
最早迷っている時間は無い。俺は意を決して谷川に飛び込もうと走り出す。
そんな俺を見てか、号令と共に何本もの矢が射かけられたのだ。背面に幾つもの衝撃と痛みが走る。そのせいで体制を崩した俺は、あちこちに身体をぶつけながら崖を転がり落ちていった。
形見であるこの刀だけ離してなるものか!
両親の刀を一層強く抱き締める。
しかし水面に叩き付けられた衝撃からか、意識がどんどん薄れていくのを感じる。
何で、こんなことに、なっちゃったんだろう……。
今後も不定期です。