東方半妖録   作:名無しの天狗

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4話 目が覚めて

 

 

――暗い

 

 

浮いているのか、沈んでいるのか、周りはそれすらもわからない深い深い底無しの闇だった。何の感覚も感じられない。

 

何年もここにいた気もするし、つい先程ここに来た気もする。

 

 

――俺はいったい……?

 

 

思考はぼやけ何を考えていたのかすらはっきりしない。それでも心は何かを訴えてくる。

 

何か、大切な……。

 

 

――そうだった

 

 

俺は討伐隊から逃げていて父さんと母さんはそいつらに、そして俺も――。

 

 

走馬灯の様にあの夜の光景が流れていく。実際に走馬灯なのかもしれないが。

 

その流れは段々と速くなっていき、今では轟々と音を立てるほどになっていた。

 

 

流れてゆく場面場面、その中で最も強く焼き付いている風景。父さんに、そして母さんに願われたのだ、生きろ、と。

 

 

そうだ、俺は生きのびなくちゃいけないんだ。父さんと母さんの生きた証として。最高の鍛冶がいたのだと! 

 

 

意識が現世へと浮上していくのを感じる。強く願う、生きるのだと。

 

 

 

 

 

 

閉じた目に明るさを感じる。身体中が痛み、全身が燃える様に熱い。聞こえる音は不明瞭で川の流れなのか、それとも別の何かなのかも判断できない。

 

身体は全く動きそうにない。それでも無理矢理起き上がろうともがいた。

 

 

「あぅっ……」

 

 

結局動いたのは指の先だけだったが、それでも痛みに声が漏れる。

 

 

「ふむ、どうやら息を吹き替えしたようじゃな」

 

 

痛みと共に戻ってくる感覚に誰かの声が引っ掛かる。

 

 

「流石にその歳で仏の御許へ行くのは早すぎる。神仏の慈悲があったのじゃろう」

 

 

なんとか瞼を開き、ぼやける視界で声が聞こえる方向へと視線を向ける。

そこには小さな焚き火が、そしてその向こうには人の影が見えた。

 

 

「童子よ、お主はそこの川の中の倒木に引っ掛かっておったのじゃよ。初めは憐れな仏だと思い、供養しようと川から引き上げたのじゃがな。辛うじて息をしていたもので急いで手当てをしたのじゃ」

 

 

働かない頭で、遅れる思考で理解する。どうやら俺はこの人に助けられたらしい。

 

礼を言おうと口を開くが掠れた喘鳴がなるだけだ。それならばと頭を下げるために身を起こそうとするが、全身が痛むばかりで思うように身体は動いてくれない。

 

 

「あまり動かん方がいいぞ。処置はしたが身体中に打撲がある。それに背中の矢傷は臓腑に達していたかもしれん」

 

 

その人は止めるように言うがちゃんと礼は言っておきたい。前世でも今世でもちゃんと礼をしろと両親に教えられたのだ。親の教えくらいは守っていきたい。それに俺は鬼の血を引いているんだ、この程度の怪我なんでどうということは無いはずだ。こんな怪我で己の矜持を曲げるなんてあっていいはずがない。

 

「ぐぅっ!」

 

俺は無理矢理半身を起こし、頭を下げる。

 

「感謝、ぃたしますっ」

 

なんとかそう言い切り、そのまま肩を近くの岩に預ける。

 

「……驚いた。か弱い童子だと思っていたが存外丈夫なのじゃな」

 

当たり前だ、俺は鬼なのだから。

 

乱れる呼吸をなんとか整える。

相変わらず身体中が痛むが感覚は戻ってきている。無理をすれば歩くことも不可能ではなさそうだ。

上半身を岩に預けたまま相手を窺う。

 

その人は老年期に入った年頃だろうか? 白髪交じりの髪を後ろに撫で付け、髭も伸ばしっぱなしの老人だった。

顔に刻まれた深い皺とは裏腹に、その身体は鍛えられ巌の様な雰囲気が感じられた。服装はよく知らないが山伏のような格好をしている。仏だの供養だの言っていたから仏教関係の服装だろうか? 

 

そうしていると相手と目が合った。どうやら向こうも同じ様にこちらの事を観察していたようだ。

 

そうしていると老人は唐突に喋り始めた。

 

「そういえば最近この辺りに鬼がでたそうでな、都より頼光四天王の筆頭、渡辺綱が鬼退治に来たらしい」

 

そう言って老人は俺を見る。俺はそれを睨み返しつつ頭を働かせる。

 

どうする?  今の状況では抵抗するにしても逃げるにしても難しい。思考を巡らせつつも視線を逸らす事はできない。

そのまま長い沈黙が続いていたが、ふと老人が言葉を放った。

 

「まあ、よいか。お主がその鬼であったとしても、今はどうするつもりもないのじゃよ」

 

助けてもらっておいてなんだが、今の俺には会ったばかりの他人を信用する事なんてできなかった。

睨みつけたまま次の言葉を促す。

 

「…………」

 

「お主は感謝することを、人の心を知っておる。それにせっかく助けた命を、例えあやかしや物の怪であったとしても奪いたくはない。特に童子は幼い見た目をしておるしの」

 

「…………」

 

何を思っているのだろうか? 返事すらしない俺を見て老人は僅かに表情を変えると焚き火に視線を落とした。

 

 

 

 

それから幾許かの時間が過ぎ、老人が語りかけてきた。

 

「……童子よ、儂は修験道を修めんと各地の霊山を渡り歩き修行をしておる。最近では山に長く籠り過ぎていたせいか、人の言葉を忘れそうになっておったのじゃ。山での修行も大切だが、人と言葉を交わすことで見えてくるものもある。お主さえよければ儂と一緒に来んか?」

 

「…………」

 

この人を信用しきる事はできない。しかし今の俺には生き延びる術は無く、ただ生き延びる事、それ以外の指針も無かった。

 

「…………わかった」

 

俺は不承不承ながらもその手を取ったのだ。

 

 

――こうして俺と爺さんの奇妙な生活が始まったのだった

 

 

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