けものフレンズR 星色の記憶   作:檻人

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一挙掲載三話目


デイ・トゥ・リメンバー その①

 顔を洗い終え、今晩の夕食をどうしようかなと考えながらリビングに戻ると、イエイヌちゃんの姿が見当たらない。

 他の部屋に何か用事でもあったのかなと考えながら椅子に座ろうとした時、足の先に何かがぶつかる感触があった。

 何だろうと思いテーブルの下を覗き込むと、一冊のスケッチブックらしき本が落ちていた。イエイヌちゃんの持ち物だろうかと思い手を伸ばした時、表紙に「A Day To Remember」と刻まれていることに気が付く。

 

 ──間違いない! あの本だ!

 

 慌てて拾い出そうして頭をテーブルにぶつける。でもそんな痛みは何故このスケッチブックがここにあるのかという驚きと、一体これは何なのかという強い興味に支配されていたあたしにはちっとも気にならなかった。

 スケッチブックを取り上げるとすぐさまページを捲っていく。

 その殆どが全く手がつけられていない白紙のページだったけど、1ページだけ絵が描かれたページがあった。

 それは、一人の小さな女の子が描かれた絵であった。イラストというよりも、そのディテールの細かさと色づかいからして肖像画のような印象を受ける。しかし何れにせよ、とてつもなく上手な絵である。いや、上手という言葉が陳腐に聞こえてしまう程の完成度だ。この絵を見た誰もが、描いた人がとんでもない才能の持ち主であると一目で分かるだろう。

 そのあまりのクオリティに見とれていると、絵の下の方に何やら文字が書き残してあるのに気が付く。

 

『To Moe』

 

 と、もえ? 誰かの名前を表しているのだろうか。多分それは、この絵の女の子の事だと思うのだけれど、そもそもこの女の子は誰なんだろう?

 黒髪の、少し大人しそうな雰囲気の子である。椅子に座って、多分絵を描いている人の方を見ていたんだろう。視線がこちらを見据えるような感じになっている。年齢はあたしよりも大分年下だろうか。見たところ6、7歳あたりだと思う。

 でも何故だろう。とても他人という気がしない。

 もう少しよく絵を調べてみようとしたところ、背後から何かが落ちる音がして思わずひいっと悲鳴を上げる。

 

「い、イエイヌちゃん?」

 

 返事はない。代わりに、廊下の奥に見える部屋の扉が開け放たれていた。

 あの扉を開けたのはイエイヌちゃんということ? いや、それしかあり得ない。この家にあたし達以外の誰かがいるとでもいうのだろうか。

 

「イエイヌちゃん、冗談は止めてくれると嬉しいんだけど……」

 

 おそるおそる、ドアの開いた部屋を目指して歩き出す。

 リビングは玄関と直で繋がっており、そのちょうど真向かいに家の奥側へ続く廊下がある。あたしがさっき顔を洗って出てきた洗面所兼お風呂場は、その廊下に入ってすぐ右側に入り口があった。キッチンはカウンター式でリビングに面しているけれど、廊下側にも入り口となるドアがあり、それは入ってすぐ左側に設置されている。

 そしてその廊下の奥には更に二つの扉がある。ついさっき目覚めたばかりのあたしがここまで詳しいのも変な話だけれども、このおうちは以外と小さくその間取りを把握するのはそんなに難しくはないと思う。けれどもさすがに、奥の二部屋がどのような部屋なのかは分からない。

 ドアが開け放たれているのはリビングから見て左奥側である。さっきあたしが洗面所から出てきた時にはリビングへのドア以外は全部閉まっていた。だからイエイヌちゃんはそのままリビングかキッチンにいるものだと思っていたけれど、あんな奥の部屋で一体何をしているんだろうか?

 部屋のすぐ近くまでは来たものの、ある可能性を思いつき足を止める。もし仮に、イエイヌちゃんが中で着替えていたとして、たまたま偶然風か何かでドアが開いてしまったとは考えられないだろうか。その場合このまま覗いてしまうと、いくら同性だとしても大分デリカシーの無い行為を犯してしまうのではないか。

 ……まぁ、何か大事でも起きてたらいけないし仕方ないよね、うん。

 よし覗こう。一応ノックはしておこうかな。

 

「ノックしてもしも~し、イエイヌちゃんだいじょう……ぶ……」

 

 部屋に入ってまず目に映ったのは、ベッドの上で横になってピクリとも動かないイエイヌちゃんの姿だった。最初は眠っているのかなって思ったけれど、呼吸をしているように見えない。それに眠っているにしてはあまりにもベッド周りが整い過ぎていた。シーツ、掛け布団、枕、そのどれにもシワが一つも無いというのはあまりにも不可思議である。生きている者が眠っている前提で考えるとすると、であるが。

 あたしはもう頭が真っ白になり、一目散に彼女へと駆け寄った。

 

「イエイヌちゃん!? しっかりして!!」

 

 彼女の肩を掴み揺すりながら呼び掛けるも返事はない。もしかして、と最悪の状況を思い浮かべるも振り払い、彼女の胸部へと耳をあてる。

 心音──大丈夫、イエイヌちゃんは生きている!

 けれども酷く呼吸が弱い。殆んどしてないといっていいくらいに。それに彼女に触れて初めて気が付いたが、体温が異常なくらいに高くなっている。

 いくらフレンズだといってもこれは明らかに普通ではない。はやく、何とかしないと!

 そう思い急いで部屋を出ようとして気が付く。ドアがいつの間にか閉まっている。入ったとき、そのあまりにも衝撃的な光景により閉めたのに気が付かなかったのだろうか。

 そんなことはどうでもいい。はやく、イエイヌちゃんを助けないと──

 必死になり半ば体当たりするようにドアを開けようとして、あたしは勢いよく弾き飛ばされた。

 ドアにぶつけた力をそのまま跳ね返されたのかと思う程の衝撃を受けて床に叩きつけられ、肺から空気を絞り出すような咳を繰り返す。

 

「げほっげほっ……! あれ、このドア、押して開けるんじゃなかったっけ……?」

 

 なんとか呼吸を整え立ち上がり、今度は慎重にノブを回しドアを開けようとする。

 しかし、開かない。右に回しても左に回しても、押しても引いてもドアはびくともしない。

 

「な、なんで……なんでなんでなんでぇっ!? 開いてよ、お願いだから開いてよぉぉっ!!」

 

 半狂乱になりドアを思い付く限りあらゆる方法で開けようとしたけれど、無情にもドアは開くことはなかった。

 素手では埒があかない。何かもう、ドアを壊してでも外にでないと……!

 一度感情を爆発させたからか、僅かに冷静さを取り戻したあたしは改めて部屋の中を見回す。見たところこの部屋は、かつて子供部屋として使われていたらしかった。子供用の学習机に、本棚には色々なジャンルの図鑑や辞書。動物の人形やスポーツに使ったであろうボールやシューズが隅の方に並べられている。その中に、今一番頼りになりそうな物を見付けた。

 

「これがうまくいったら多分イエイヌちゃんにものすごく怒られちゃうだろうけど、それくらいで済むんならっ……!」

 

 あたしは野球用のバットを握りしめドアに相対する。子供でも飛距離を出しやすくする為だろう、そのバットは木製のドアよりも頑丈な金属製だ。

 これならきっと、ドアを開けられる!

 周りにぶつけてしまわないように位置を確認し、息を整えて、全力でバットをドアへと叩きつける為に振り上げた瞬間──

 

 ドアの向こう側から、ドアの開く音がした。

 

「え……?」

 

 ドアは開いていないのに、ドアの開いた音がした? 一体どういうこと?

 矛盾した状況に混乱したあたしは、思わずドアに耳をあて外の状況を窺おうとする。すると明らかに、このドアの向こうから誰かの気配がするのを感じ取った。

 まさか本当に、このおうちの中にあたし達以外の誰かがいたなんて。

 本来は恐怖して警戒するべきなのだろうけど、今は一刻を争う状況である。あたしは必死になってドアの向こうの誰かへと呼び掛けた。

 

「すいません! 助けてください! この部屋であたしの大切な人が大変なことになっていて、でも、どうしてかドアが開けられなくて! 外からどうにかドアを開けられませんか!?」

 

 ドア越しとはいえ距離はそうない筈なので、聞こえているに違いない。けれどもドアの向こうからあたしに返事を返すような声は何一つしなかった。

 

「あの、聞こえてますか!?」

 

 今度はドアを叩きながら呼び掛けようとする。そしてドアに拳をぶつけようとしたその時、あたしの目はとても奇妙な光景を映し出した。

 それは、ドア全体を覆うようにして巻かれた黄色のテープのような物体だった。その表面にはびっしりと文字のようなものが浮かび上がっている。

 

『Keep in! Keep in! Keep in!』

 

「なに、これ……?」

 

 思わずドアから離れる。さっきまではこんなものは無かった筈である。なのにどうして、突然こんなものが現れたのか。

 まさか、これが今起きている奇妙な現象の正体ということなの?

 後退りするあたしの足に何かがぶつかる。ゆっくりと足下を見ると、そこには先ほどリビングで見付けた不思議なスケッチブックが落ちていた。

 無意識に抱えてこの部屋まで持ってきてしまっていたのだろうか。それとも──

 

「う、ぅぅ……」

 

「イエイヌちゃん!」

 

 弱々しいうめき声ではあるものの完全に意識が途絶えてはいないということに一抹の喜びを感じたあたしは、考えごとなんて吹き飛んでしまった。すぐにベッドで横たわるイエイヌちゃんの元へと飛び付きその手を握り締める。

 薄目を開けてあたしを見たイエイヌちゃんは、とっても苦しい筈なのににこりと微笑んで「ごめんなさい、今すぐ晩御飯の準備をしますから……」と頭を持ち上げ起き上がろうとする。

 

「ダメだよ!? イエイヌちゃん、すっごい熱があるんだから、大人しくしてなきゃ!!」

 

「平気ですよ、こんな熱なんて……つい、最近にも……」

 

 そう言いかけて力なくベッドへと倒れるイエイヌちゃん。慌てて彼女のおでこに自分のおでこをくっつけて熱を測る。その熱さは、さっきと比べても明らかに増していた。

 そして彼女の体に改めて触れたあたしはとてつもなく危険な状況にあることを理解する。

 こんなにも熱いのに、イエイヌちゃんの体は殆んど汗をかいていない。ということは、つまり──

 

「ま、まずいッ! きっと体温の上昇に対して熱の排出が追い付いていないんだッ。いつだったかは覚えてないが犬や猫は人間と比べて汗腺の数が極端に少ないと聞いたことがある。おそらくフレンズになって人に近付いたとしてもその性質は変わっていないんだッ! 今すぐ身体を冷やさなければッ イエイヌちゃんは助からないッ!!!」

 

「だけど、ドアは開かないし破壊しようにも多分、あの妙なテープのせいでぶつけた力は跳ね返されてしまう! どうすればいいの~~~~~ッ!!??」

 

 再びパニックになったあたしは頭を抱えて床にうずくまる。こんなことをしていても何も状況は変わらないと分かっているけれど、こんな理不尽な現象に対して一体あたしに何ができるというのだろう?

 何も出来る訳がない。

 

 でも、それでも──イエイヌちゃんを助けたいっ!

 

 そう強く思ったとき、先ほど見付けたスケッチブックが目の前にあった。

 ──? さっきと落ちてた場所が違うような?

 素朴な疑問が頭に浮かんだ瞬間、突如スケッチブックがひとりでに開きパラパラと勢いよくページがめくれていく。

 そしてある空白のページまでたどり着いたとき、そのまっさらな紙上にゆっくりと文字が浮かび上がった。

 

『描イテ イマすぐに タスケるために』

 

 突然の事態についていけず、混乱していたあたしの頭はとうとう致命的にフリーズしてしまう。瞬きするのも声を出すのも忘れて、ただただ目の前の奇妙な現象を呆然と見詰めていると、再びページに

 

『描イテ イマすぐに タスケるために』

 

 と浮かぶ。

 そこで漸くあたしは、今自分が一刻の猶予もない状況にあることを思い出す。

 訳がまったく分からないけれど、もうこれを頼るしかない!

 

「か、描くって、何を……?」

 

『アナタが イマいちばん ノゾむもの』

 

 今あたしが一番欲しいもの。それはイエイヌちゃんの身体を冷やす為の何かである。

 でも、それを描いたとして一体どうなるというのだろう?

 ただの絵に一体何ができるというのだろう?

 

「ちくしょう! 何が起こるかさっぱりこれっぽっちも検討が付かないけど、こうなりゃやれることは全部やるしかないッ!!!」

 

 次々と浮かぶ疑念を振り払い、あたしは学習机の上のペン入れの中にあった鉛筆を掴むと、一心不乱にスケッチブックへと描き殴った。

 何を描くかなんて頭になく、ただひたすら「冷やす」ということを考えて鉛筆を走らせる。

 そして思考も意識も遠くへと置いてきぼりにして、手先の感覚だけが取り残される。

 

 ──懐かしい感覚。

 

 ふと気が付くと、手の動きが止まっていた。

 

「はぁっはぁっ、これは……?」

 

 紙に描き出されていたのは、下の方が幅広く上の方がやや細くなっている袋のようなものであった。透明なその袋の中にはごつごつした質感の四角形の物体が収められている。これは──氷?

 袋の表面はシワがよっていたり、なにか水滴のようなものがついていたり、なにかそれっぽい陰影がついていたり、とにかく、もの凄いリアルな絵である。

 

「これを、あたしが描いたの?」

 

 自分でも自分を信じられず、思わずその絵を覗き込もうとした時、スケッチブックがまばゆい輝きを放ち出す!

 

「うわああああっ! 一体何だァーーッ?!」

 

 あまりの光に直視していられず、目をつむり必死に耐える。すると何かがボトリと膝の上に落ちる感覚があった。何だろ? と思う間もなくそのあまりの冷たさに思わず飛び退いてしまう。

 

「ひやぁっ! 何これ冷たい!! ……ハッ!?」

 

 あたしはすぐにそれを掴むとイエイヌちゃんの額に押し当てる。

 冷たい氷の入った袋を額に乗せたイエイヌちゃんの表情が、僅かに和らいだ。

 

「はふぅ……冷たくて、気持ちいいです……」

 

「よ、良かったぁ……!」

 

 そんなイエイヌちゃんを見て少しだけ安堵のため息が漏れる。

 でも依然として、彼女の熱は下がらない。

 やはり知識のないあたしだけでこのまま病気のイエイヌちゃんを看病するのは危険である。

 しかしどんな手段をとるにしても、この部屋に閉じ込められたままでは始まらない。

 

「次はどうにかしてここから出ないと……!」

 

 脱出の手段を探るために再びドアの方へ向かうと、先ほどドアに取り付いていた妙なテープが見当たらないことに気が付く。

 

「あれ……?」

 

 おそるおそるドアノブを回しゆっくりと力を込めて押していく。

 するとドアは、驚くほどあっさり開いたのであった。

 

 ☆

 

「ヤバいヤバいヤバいヤバいよ……開けちゃったから開いちゃったよ……なんでわたしはいつもこんな目にあうの? わたしが何をしたっていうの? わたしはただひっそりと静かに良い所で暮らしたかっただけなのに……」

 

 廊下からは見えないリビングの死角でぶつぶつと小声で呟く少女がいる。

 壁にぴったりと背中を張り付けて徐々に動悸の激しくなる心臓をなんとか落ち着かせようと深呼吸を繰り返す。

 

「最初はただ、この辺りに住んでるフレンズを見付けたから『ひょっとしたらもっと良い住み処が見付かるんじゃあないか』ってくらいの軽い気持ちで付いてきて、案の定良さそうな家に住んでいたから入ってみただけなのに……なんでいきなり倒れてたりするの? なんでいきなり部屋に戻ってくるの? 本当にびっくりして思わずあの子を隠しちゃったじゃあないのッ!」

 

 足音がリビングに近付いてくるのを感じる。相手はこちらの正体に勘づいてはいないだろうが、存在を疑っているのは確実である。

 

「それでもなんとか閉じ込めて、後はわたしが安全なところまで逃げてそれでおしまいだったのにッ! どうしてこんなことがッ!」

 

 少女は忌々しげに窓の外を睨み付ける。

 

「見付かったらきっとあの子に酷いことをした犯人だって思われる。偶然だって言ってももう信じて貰えるわけなんてない。でもこんな小さな家でずっと隠れていられる訳もない……! こうなったら、やるしかない。わたしのスタンドでもう一回、あの子たちを閉じ込めるしかないッ!」

 

 少女の手のひらにあの文字の入ったテープがどこからともなく現れる。

 それを握り締めながら少女は覚悟を決めたような表情で、自身のフードを深く被り直す。

 

「今度こそ絶対にヘマはしない。わたしの『アローン・イン・ア・ルーム』で確実に閉じ込める……!」




スタンド名:デイ・トゥ・リメンバー
本体:記憶喪失の少女
【破壊力 - なし / スピード - C / 射程距離 - C / 持続力 - C / 精密動作性 - C / 成長性 - A】
描いたイラストを実体化させることができる。その挙動は本体の常識や知識、記憶によって決定される。また、生き物を実体化させたとしてもそれは「そのように動く物体」であり本物の生物ではない。
実体化した際の諸々の性能は絵のクオリティによって変化する。
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