【急募】フランス革命 生き延びるには   作:nagai

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プロローグ

 紅茶の気高い香りが花の甘い香りに交じった。

 読んでいた本から顔を上げると、テーブルの上に紅茶を置いた妻と目が合う。彼女の透き通った碧眼はサファイアのそれよりは色が薄い、しかしだからこそ彼女の瞳以外ではありえない、唯一絶対の美しい色合いに感じられる。彼女の微笑みを浮かべている顔も、白磁器のように艶やかで真白い肌でシミ一つない。白に近い彼女の銀髪が太陽の光を散らして虹色に輝いた。

 

 王妃、マリー・アントワネット。

 

 我がままで浪費家、世間知らずなお嬢様。『パンがなければケーキを食べればいいじゃない』と言う後世に彼女が言ったと創作された言葉は、けれどもまさに彼女の浪費癖、世間知らずさを表現しているようにも思える。

 しかし、その実態は天真爛漫で純粋な女の子だ。小トリアノン宮殿での彼女は笑顔が絶えない。豪華すぎてうざったく、それでいて無意味に高い服を脱ぎ棄てて駆けまわるマリーが俺は好きだ。

 

 そうだ。彼女にほとんど罪はない。マリーがいくら金を使っても、使わなかったとしても、もうこのフランスは終わりが近い。革命は不可避。問題はマリーの命をどうやって守るかだが――

 

「そんなに考え事をして、どうかしたの?」

「いいや、何でもないよ」

 

 フランス革命を巧く操作して立憲君主制にすれば、多少不自由になれども生き延びれるだろうか。高校で習った世界史の知識では、ほとんど対策が思いつかなかった。高校はタイムスリップすることを前提に授業をしていないので仕方がないのかもしれないが、どうにか役に立ってほしいものだ。あ、いや、一つだけ役に立ったことがあった。フェルセンを消さなきゃ不味いことに気が付いたことだ。マリーに浮気されたらショックで自ら首を断ちかねない。

 

「あなたももっとのんびりすればいいじゃない? 

この紅茶、とってもおいしいでしょう? ふふ」

「? 何か面白い事でも?」

「いいえ、ただ、あなたといると楽しいの」

 

 マリー・アントワネットとルイ十六世は、夫婦仲は悪くはないがそこまでいいわけではないと授業で習った気がするが、なぜ彼女がここまで自分を愛してくれているのか正直分からない。俺はルイ十六世に憑依した存在で、正真正銘本物のルイ十六世ではないのだから、些細な出来事が積み重なって、史実とは異なってしまっているのだろうか。

 

 けれど、そんなことはどうでもいいとさえ思った。

 

「ああ、俺も楽しいよ」

 

 ただ、彼女の笑顔を守りたい。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 中世のフランスにタイムスリップ、と言うよりもルイ十六世に憑依してしまったことに気が付いたのは、ルイ十六世の年齢で十五歳の時だ。ある日気が付いたらルイ十六世になっていた。それでいて、自分がいったい何者であったのかの記憶が完全に消えてしまっている。友人の名前や顔、高校生であったことなどはわかるのだが、例えば親の顔と名前など、自分の存在につながる記憶は全くなくなっていた。

 空恐ろしかったが、記憶がなくなっている以上はどうしようもない。不思議なことに言語も困らずに、ルイ十六世として過ごした記憶も残っていたことから不自由なく生きていけた。

 

 このころから将来に対する不安はあった。誰しもがぼんやりと持っているであろう不安ではなく、明確な、それがいつごろ起こるのかすらわかっている終わり。

 それでもなお、俺は何かしらの行動に移すことはなかった。フランス革命が起きるまでの流れ、その後。人類史におけるフランス革命の重要性は少しとはいえわかっている。流れがわかっているからと言って、それを適当にかき乱してももっと悲惨な結末に変わるだけかもしれない。適当じゃなくとも、どんなふうに空回りするのかわかったものではない。

 

 そして、自分一人の生きたいというわがままの為に、フランス革命が大きく異なる結末を迎えることがあれば人類の歴史を大きく変えることにつながる。こればかりは規模が大きすぎて罪悪感すら感じないが、なぜか漠然とそれをやってはいけないという直感があった。

 

 

 長々と話したが、つまりは2000年代の日本にいた(自分の存在に関しては全く分からないのでひょっとしたら日本人じゃないのかもしれない)俺が、ルイ十六世に憑依して。

 けれども特に何ができる訳でなく、帝王学に勤しんでいる日々である。

 何とかしなけりゃ不味いが、だからといって何をすればいいのかもわからず。きっとそのうち何とかする方法が見つかるだろうと、楽観的に考えていたのだ。

 

 

 

 そんな考えが、暴風に吹き飛ばされるよりもなおまっさらに一欠けらも残さず消え去ったのは、彼女に出会ったその瞬間である。

 

 

 まだ十四の幼いといってよいほどの彼女が俺の目の前に現れたあの日である。

 

 

 マリー・アントワネットは、今まで見てきたどの女性よりも。否、どの美術品よりも――いや、もっとだ。この世の全てと比較してもなお、彼女の美しさには適わない。

 

 周りにいる貴族などどうでもよかった。まだ不慣れなフランス語の発音は舌足らずのように聞こえてかわいらしい。声はまさしく鈴の音を鳴らすかのようで、細身ながらもスタイルがよい。

 

 指輪をはめるために彼女の小さな手に触れて、細い指に触れて、守らねばと思ったのだ。

 

 どうにかフランス革命を生き延びて、マリーとのこの静かな日々をずっと過ごすために。




 半年以上小説書いてなかったのでリハビリがてら思い付き。
 
 追記。
 なんか想像以上に見てもらえたので、時間がかかるでしょうが続き書きます。
 
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