【急募】フランス革命 生き延びるには 作:nagai
目が覚めたらすべて夢なのではないだろうか。今までそんな思いを抱きながら眠りについていた。しかし、マリーと出会ってからはむしろ夢でないことを願うようになっている。
どんな状況になろうとも、マリーさえいればそれでいい。
だからこそ、何としてでもフランス革命を乗り越えなければならない。
フランス革命そのものをなくすのはなかなか難しいだろうから、フランス革命を生き延びればそれでいい。しかし、だからと言って具体的に何をすればいいのかはわからない。
首飾り事件をどうにかすればいいのか、国外逃亡を図らなければそれでいいのか、反革命派と内通しなければいいのか、財政破綻を避けるか。
それぞれがフランス革命と、その先の国王の処刑を後押ししたような出来事であるが、そのすべてを回避したところで俺とマリーの生存が確実とはいいがたい。
それこそバタフライエフェクトと言うように、些細なことでもどんな影響が出るのかわからないのだ。有名な事件をすべて無くすなんて、それをやった結果どう歴史が変わるかわかったものではない。原因を取っ払えば単純に結果が消えるのではなく。歴史に名すら残さず消えるごく普通の一般人に現れた影響が巡り巡って最終的に俺を殺すリスクがある。
どんな未来が待ち受けているのか想像できない以上軽率な行動はとれない。だからと言って行動が遅ければ手遅れになりかねないのだから難しい問題である。
フランス革命は現代の自由主義の成立に大きな影響を与えているといっていい。フランス革命がなくとも、いずれはそこに行きついたかもしれないが、大きく遅れることには違いがないだろう。
歴史が変わる可能性があった以上なかなか俺は行動に移せなかった。
俺が歴史改変を恐れていたのは、自分の存在が消えるリスクがあるからだ。タイムパラドックスが起きて、ひょっとしたら現代日本を生きていた俺のもとに戻れるのかもしれないが、分かったものではない。ただただ俺の存在が消えるだけと言う可能性もあるのだから。
そうだ、自分の存在が消えてなくなる以上に恐ろしい事なんてありはしない。死ぬよりひどい、そもそも生きていなかったことになるのだ。
それでも、マリーを助けたいと思った。マリーに愛されていたいし、マリーを愛していたい。そのためならば、大博打だってやって見せる。
俺は"マリーとの日々を守るのに重要なこと"の為に、歴史を一つ大きく変えるほかなくなっていた。
「王太子殿下、お目覚めでしょうか」
寝室の陰に、気が付いたら人がいた。小心者の俺にとって暗殺者を雇うというのはかなり勇気のいる行動であった。能力が高い人間を雇うほどに、裏切られたときに自らの死の可能性を増やすのだから。
「それで?」
主語はいらない。彼に頼んでいることはたった一つだ。
「すべては滞りなく。橋から水面を見ようとしたところ"不運"にも転落死されたご様子」
「ご苦労。下がっていい」
「御意に」
暗殺者はそういうと影へ溶け込むように姿を消した。いったいどうやって姿をくらませているのかわからないのだが、本当に突然現れて突然現れるのだから驚きだ。信頼のおける人間に暗殺者を探すように手配したその日の夜、暗殺者(名前はたしかジャンと名乗っていたが偽名であろう)は自らを俺に売り込んできたのだ。めっちゃ優秀で怖い。
史実のルイ十六世は愚昧な王と言う印象を持たれているが、その実聡明で優れた人間性を持っていた賢王と呼べる存在だったらしい。
本来のルイ十六世なら暗殺者を雇うなんてことはしなかったのではないだろうか。
そもそも、俺が殺すように指示した人間はこの時はまだ死なないし、フランス革命にも関わってくる。
俺は既に大きく歴史を変えた。
俺と言う人格がいまだあることからして、すくなくとも未来の俺の存在はなくなっていないか、多少過去を変えたとしてもなんだかんだ歴史は変わらないようになっているのかもしれない。後者ならそれはそれで詰みなのだが。
今まで怖くて大きく動けなかった俺がここまで急な行動をとれたのはすべてマリーのお陰だ。俺は彼女のために生きる。そのためなら何が起きてしまおうがかまわない。
ルイ十六世の処刑は、革命派にとって不退転の決意の表れだったと高校で教師が言っていたのを思い出す。
ならば俺が指示した奴の暗殺は、俺とマリーの平穏を守るために歴史すら変える大勝負への、俺なりの不退転の決意の表れだ。
「だから、化けて出るなよフェルセン」
俺とマリーの間の最大の障害は今日、取り払われた。
☆
マリーは最初のうちは宮廷生活に辟易していた様子だったが、近頃はかわいらしい笑顔を浮かべてくれるようになった。もともと明るい性格の様で、よく笑うし、よく話す。
フランス――ルイ十六世とマリー・アントワネットの知識は一般常識+
それはともかくとして、その女性教師の話だとルイ十六世の話はそんなに面白くなかったらしいのだが、マリーは俺の話にはよく笑ってくれている。マリーの笑顔が見たくて色々長く話し込んでしまうのだが、ひょっとするともともと俺は話し好きなのかもしれない。
「それでね、夫人ったら――」
しかし今日に限ってのマリーは、永延と愚痴を言い続けて俺は完全に聞き役に徹していた。そういえば、ルイ十五世の寵姫と対立するのだったか。いまいち覚えていないが、具体的なことを詳しく知らない以上これに干渉すると厄介なことになりそうだ。マリーに頑張ってもらうほかない。だが、そんなことよりもいつも明るいマリーが愚痴を言う姿は想像外だった。
いつも和やかに微笑んでいる印象だったのだが、今は頬を膨らませてぷりぷりと怒っている。かわいい。
マリーとの結婚生活はかなり不安ではあったのだが今のところ良好だ。ちょっと困ったことになったこともあったが、事情を話したら「ふふ、案外かわいらしいのね」で逆に好かれた気がするし、結果としてはよかった。あんな複数人に監視されて無理なものは無理だ。どうやら俺自身に問題はないようで、歴史に伝わっている通りではないらしい。あえて具体的に何があったかは言わない。
そもそもそれに限らず、俺は悲惨な末路を遂げると分かっている子供を作るのには抵抗があった。しかし、歴史を変える決意を固めた今、早めにやることをやっておく必要があるだろう。跡継ぎができないストレスでマリーが浪費したという話もあるのだから。その影響が微々たるものでも、民衆にとって悪とみなされればたまったものではない。俺が回避すべきはフランス革命のその先の、王と王妃の処刑なのだから。
「ああ、そうだマリー。良い葉があるんだけど、カトル・カールと一緒にどうかな?」
「いただくわ! あなたの入れた紅茶はおいしいのよ。新しい趣味にどうかしら?」
「使用人からはあまりいい目で見られないんだがね。良いかもしれない」
そんな和やかな会話がとてもいとおしい。マリーと一緒にいる時だけは、恐怖も何もなく今を生きることができている。
「そういえば、昨日は夜遅くまで何かの本を読んでいたのね?」
「ああ、日本について、書かれててな」
「日本? 聞き覚えのない言葉ね?」
「そうだなぁ、日本は国なんだが。良いところだ。一度、そう一度でいいから、行ってみたいんだ」
相変わらず自分自身の記憶はイマイチだ。友人の顔や名前はわかるのだが、高校の友人の記憶が最新だから、ひょっとしたら高校生なのかもしれない。そして友人の存在はもちろん、そいつとどんなことを話したのかなどは思い出せるのだが、俺と言う存在を推測できる記憶は全く残っていない。
それでも日本と言う故郷に帰りたいという気持ちは強かった。それこそマリーと出会う前は毎晩泣きそうになっていたほどだ。マリーに出会って精神はだいぶ安定してきた実感があるが、それでもやはり帰れるなら故郷に帰りたい。
「ふふふ、あなたがそんなに言うなんて。そんなにいいところなのね」
「……そうだな。きっと――とてもいいところだよ」
「なら、いつか一緒に行きましょう!」
マリーは一口紅茶を飲んでから小さく微笑みながら言う。思わず呆けてしまうが、大したことではないように笑うマリーに思わず俺も笑みが浮かんできた。
「そうだな、日本には侍がいるから気をつけなきゃだけど。浮世絵とか、富士山とか、寿司とか、すごくいいものがいっぱいあるんだ」
もしも、もしもマリーと日本に行けたらきっと楽しいだろう。この時代の日本は、俺の知っている日本とは違うだろうけれど。それでも、日本に行ってみたくて、それもマリーと一緒ならとても幸せだ。
「ええ、ええ! きっと。貴方と一緒ならどこへ行っても楽しいわ! ところで、サムライってなにかしら?」
かわいらしく小首をかしげて尋ねるマリーに、日本の話をしばらく続けた。
主人公はすでに半分狂い始めてます。 マリーが助かるなら自分が死んでも構わないと考えるまでもう間もない感じです。 あらすじ……
公開初夜は触れずになかったことにするか悩みましたが、とりあえず無理やり入れました。これは現代日本人ならむしろ喜んでと、絶対無理に分かれそう。
しれっと死んでったフェルセン。アンチ・ヘイトいるか悩み中。
フェルセンはこの作品では主人公にとってマリーの心を奪う怨敵(この回よりは未来になるが)なため、こんな扱いですが、実際はそこまで悪い人じゃない気がします。一応本当にマリーのことを思って亡命を進言したのでしょうし。
多くの感想ありがとうございます。とても励みになりモチベーションが上がります。やはり書いてない期間が長くてうまく書けてませんが、何とか完結はさせたいと思いますのでよろしくお願いします。
また、感想への返信は、時間が空いた時に全部できたらとは思ってますが、ひとまずはしばらく読むだけになりそうです。