小説の林堂 二次創作 小説「キノの旅」   作:イバ・ヨシアキ

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 お久しぶりです。
 イバ・ヨシアキです。
 最近ソードアート・オンラインの二次創作と三次創作と書いておりましたので、今回はパソコンの整理中に見つかったキノの旅を掲載いたします。
 キノの旅も、一通り書き上げていきますので、なにとぞによろしくお願いいたします。

 では、どうぞ。


 「一目ぼれの話」

 一目ぼれの話 ──Talk of love at first sight──

 

 

 秋が終わろうとしていた。

 夏の蒼空を飾り彩った巨大な白雲はどこか遠くへと去り、大きな白の色合いを失った空は、さらなる蒼の色合いを深ませている。それに調和するかのように世界の色合いもまるで変わり、夏の色の全てが抜け、世界を秋の色合いに染めていく。

 緑を栄えさせた樹々の色合いも黄金色の葉色へと染まり、爽やかな大気を温かみのある大気に変化させていた。夏を緩やかに消していく初秋の風が、黄金の落ち葉を大気に廻せ、葉を躍らせ吹かしていた。

 そんな色褪せ見せゆく紅い小道を、モトラド(注・二輪車を指す言葉)に乗った一人の旅人が走り進んでいる。両脇にかばんが取り付けた後部パイプキャリアに、トランクや寝袋などを載せ、頑丈な紐でしっかりと固定していたモトラドを走らせていた旅人は、まだ幼さとあどけなさが面持ちに残る少女。両耳を覆う毛皮のたれがついた帽子をかぶり、眼下にゴーグルを掛け、細い小柄な身体に有り余るぶかぶかな大人用の茶色いコートを羽織り、下には黒い革のジャケットとズボンを着こみ、両脚には堅そうなブーツを履いている。

 腰には手入れの行き届いた二丁のハンド・パースエイダーがホルスターから下げられ、旅慣れた風格が幼くも強く感じられた。

 黒革の手袋をはめた小さな手で大きなハンドルを握り、アクセル、ブレーキを操作しながら速度を調整し、黄金色の落ち葉が敷き詰められた小道にモトラドを走らせていると、

「落ち葉が多いねー」

 大型な堅い外見からは想像できないような、いたずら好きな元気な子供のような声音でモトラドが感想を述べ、

「それだけ冬が近いってことかな」

 キノが言葉を返すと、ふわっと少し冷たい風が森の木々を撫でた。

 葉木が一斉にざわめき、風に乗り黄金色の木の葉が大気に舞う。

「うわー、きれいだねー」

 エルメスが感動したような感想を漏らし、

「うん、とってもきれいだね。でも、これだけ空気が澄んでいると、これからまた寒くなりそうだし、暖かい食べ物や暖かいお風呂やふかふかなベットがとても恋しくなるな」

 キノは景色の色の全てが台無しになってしまうようなことを悪意もなく何気に言い、 

「あー、もうだいなしー。旅人ならさ、季節の色に情緒を持たなきゃ駄目だよ」 

 エルメスにたしなめられるが、

「情緒で身体が暖かくなって、おなかが膨れてくれたら、いくらでも情緒を感じられるんだけどね」

「それは気持ちの問題じゃなかった?」

「時と場合によるかな……とにかく今は、暖かいシャワーをたくさん浴びて、暖かい布団に包まって眠りたいな」

 どこか不機嫌そうにキノはそう言い、

「あと、あったかくて美味しいご飯もたくさん食べたいでしょ」 

 何気にエルメスがつけたし、

「あたり、よくわかったね」

「そりゃあ解るよ。キノとは、もうなんだかんだいって長いからね。何が言いたいかよくわかっちゃうよ」

 エルメスのそんな声を後に、

「ほんと、お風呂だけでもいいから入りたいな……もう1週間もそんな贅沢してないよ」

 うんざりするようにキノが言い、

「でも、もとはと言えばさ、ちゃんと向かう国のことを調べていないキノがいけないんだよ」

 エルメスがたしなめるように苦言した。

 キノはぶすっと不機嫌な顔のまま、

「……ボクだって、まさか国ひとつがきれいさっぱり無くなっているなんて思いもしなかったよ」

「そうだよね。瓦礫どころか小石一つもない、きれいさっぱりな更地だったよね。しかもご丁寧にその上に〝我が国に立ち寄った旅人様方にご連絡。この度、遠い地より我が国に立ち寄っていただき、誠にありがとうございます。遠路はるばる来ていただき、我が国の現状を見て驚かれた方々もおられると思われますが、我が国はこのたび政治的諸事情により、下記の地図の地へと引越しいたしました〟って看板があったのも驚きだった」

「まさか国ごと引越しする国があるなんて夢にも思わなかったよ」

 キノは感慨と呆れが混ざった、そんなため息混じりな事を言うと、

「ま、世界にはいろいろな国があるってことだよ」

 どこかあっさりとしながらエルメスは言葉を返す。

 秋空の虚空を見つめながら、

「いろいろな国か……でも、まあ今はとりあえず、どんな国でもいいから、せめて、お風呂とフカフカなベットで温まりたいな。あと、おいしい御馳走を思う存分食べれたら申し分ないかな……」

 キノは臆面もなくそんな願望を言い、

「でも、そんな贅沢するにはお金がたくさん必要だね。そんなに持ち合わせあるの?」

 現実に帰還させられる

「……ない」

 エルメスのさっぱりとした質問にあっさりと答えてから、キノは元気なく、どこか不機嫌になりながら、

「……まあ、そこそこの贅沢ができればいいかな」

「そこそこの贅沢ね。でも旅を続けていれば、いつか、その、そこそこの贅沢も難しくなるんじゃない?」

「まあ、そうならないように気をつけなきゃね。よその国で売れる物とか値打ちのありそうな物が手に入りそうなら遠慮なくもらわなきゃね」

「ごーつくばりー」

 と、キノを茶化し、

「ほんと、一生旅で困らない分だけのお金があればいいのにね。あーあー、どこかの国の商人かはたまた大金持ちがキノに結婚を申し込んでくれたら、そんな心配なくなるのにー」

「……結婚か」

 キノが繰り返すようにそうつぶやくのを聞いてエルメスが、

「もしさ、キノのことが好きだって言ってくれる人がいて、結婚を申し込まれたらどうする? お金持ちなら、すぐに結婚しちゃうの?」

 いたずら気に意地悪そうに質問してくるエルメスに、

「……それも悪くないかもね」

 と、キノは早くにそう答え、

「? ええ?」 

 驚くエルメスを後に、

「でも、ボクを好きになってくれる人がいるのかな?」

 複雑そうな表情で、そうキノが呟くのを聞いて、

「うーん。そう言えば……そこが大きな問題だったよね。果たしているのかな? まあ、世界は広いから、いないとは言い切れないけど……」

 難しそうに言うエルメスに、キノは車体が揺れないくらいの軽さでこつんと燃料タンクを叩き、

「イテ」

「とりあえずこの話はおしまい。夜は寒くなりそうだから急ぐよ」

「急いでも、また今日も野宿じゃないの。こんな辺鄙なところだから国なんてないよ。それより燃料を大事にしていた方がいいんじゃない?」

「大丈夫。燃料はまだ余裕があるし、道なりに走っていれば、いつかどこかの国につくよ」

「キノ。それって〝金曜は短足〟ってやつだよ」

 エルメスが自信ありげにそう言い、キノはしばらく疲れるほどに悩んでから、

「……希望的観測?」

「そう、それ」 

 キノはそれ以上何もいわず会話を終わらせ、落ち葉の小道にエルメスを走らせた。

 

 ──そして、秋色に染まった落ち葉の小道を走り進んでいき、いくつも紅葉の景色を流しながら、陽が真上に上り、ちょうど昼時になり始めた頃。

「あ、キノ。あれあれ」

「ん、あれ! なにかあるね」

 目を凝らす先に、陽の光と紅葉の色彩に反射する何かを見つけ、

「国だよ。国がある」

「ほんとだ。ドーム型の国がある」

 紅く萌えた紅葉の森の中に、白く透明なドームが見え、そのまま道なりに走り進んでいくと、そこには見間違いではない城壁が確かに存在し、国があった。

 一瞬、そのまま見落としてしまいそうになるほどに透明な鏡のようなドームに覆われた、城壁の素材も石や鉄などではなく、何からの高度な物質を使っただろう、素材が惜しげもなく使われ、うっかりすると見落としてしまいそうなほど、その国は森の紅葉と溶け込み、自然の中にひっそりと隠れていた国だった。

「あのドーム。今まで見た事もない。何か違うような気がする」

 キノの言葉通り、目の前にあるドームは今まで見たドーム型を有している国には無かった、薄く、光線のような膜がすっと張られていた。

 空の景色と溶け合い、キラキラと光るその幕を見ていたキノの疑問にエルメスが、

「あれは……たぶん環境管理システムだよ」

「? 解るのエルメス」

「うん、まあ簡単に説明するとさ、機械や電気の力を使って自然の雨や熱い日差しとかが、国の中に入らないようにして、常に国民が快適に過ごせる気温に調整してくれるシステムだよ」

「へえ、そんなのがあるんだ」

 驚くキノに、

「実用は難しいけど、不可能なことじゃないからね。あの国、たぶん科学力がとても進んでいる国だよ。で、どうする?」

 訪ねてくるエルメスにキノは、

「迷わず入国する。食事とお風呂に期待ができそうだ」

「さいで」

 と、エルメスはあっけらかんと返事を返す。

「やっぱり希望は捨てちゃダメだね」

 キノは感慨深く呟き。

「まあ、入国できたらいいけどね」

 エルメスが意地悪そうに茶化すが、そんな事にかまわずキノは城門へ行こうとエルメスを走らせた。

 道がちょうど途切れた先に、城壁が見えた。

 決して乗り越えることのできそうのない渓谷のような巨大な城壁の前に停まるが、近くには城門らしき入口が見えず、詰所や誰の人影すら見えなかった。

 ここにはないのかなと、城壁に沿って一通り走ってみようかなと思い始めた矢先、

「どちらさまで?」

 のんびりとした声音でそう尋ねられると、

「こんにちは。ボクはキノと言います。この国に三日入国したいんですが」

 とりあえずキノは城壁に向かって自分の希望を言い、

「わかりました」

 目の前の城壁が音もなくさっと開き、

「今から入国審査をしますので、どうぞお入りください」

 入口が用意される。

「すごいな」

「もっと驚くことがあるかもね」

 キノはエルメスのエンジンを切り、降りてから城門をくぐり、入国する。

 入国したと同時に、白く広い空間が広がっていた。

 後ろですっと扉が音もなく閉まると、

「そのまま前に進んでください」

 キノとエルメスの先に出口らしい空間がすっと開き、告げられた通りにキノはエルメスを押しながら向かって行く。

「なにもないね、何だろうこの空間」

「高性能なセンサーで造られた廊下だよ。歩くだけでスキャンチェックされて、持ち物の全てを一瞬で調べる装置だね。今色々と記録されてるよ。あとキノの健康状態とかいろいろ調べて、手持ちの武器のハンド・パースエイダーや、隠し持っている刃物も、この廊下を歩き終えるまでには全文チェックが終わってると思うな」

「面倒が無くていいね」

 廊下を歩き終えると、またとても広い空間に出る。

 そこは旅人の待合所なのか、座れば心地よさそうな椅子やソファなどが幾つも置かれていたが、誰も座ってはおらず、ちょうど部屋の真ん中に管理官らしき男性を見つける。

 服装は今までどこの国でも見たことのない、ボタンやチャックなどがまるで無い、代わったスーツのような服を着ていた。

 透明なテーブルに座り、空間に浮かんだ電子画面を見つめ、同じように空間に浮かんだ端末を操作しながら、管理官は、

「ようこそ、我が国へ」

 と、管理官はキノを歓迎し、

「お名前は先程入口で申し上げた通り、キノ様でよろしいですね。入国にはさして問題がないと結果が出ましたので入国を許可します」

 と、入国はあっさりと許可されそうだったが、

「……?」

 管理官は怪訝そうな表情を浮かべ、

「……あの、失礼とは思うのですが、これも確認のため必要な事なので、ご了承のほどを……それは何でしょうか?」

 管理員が訪ねるそれとは、モトラドのエルメスのことだった。 

「スキャンには異常なしと出てますけど、いったいそれは、なんですか?」

 キノはエルメスのことを、

「モトラドのエルメスと言います」

 と、紹介し、

「よろしくねー」

 エルメスが気楽に返事をする。

「……はい?」

 管理官がすっときょな声を上げ、

「あの……この黒い塊……いま、喋りませんでしたか? 私の聞き間違いですか?」

 気のせいかなと申し訳なさそうに訪ねてくる管理官に、

「喋ったけど、なにさ」

 むすっとエルメスは機嫌を悪くしながら言葉を返すと、

「うわぁ! しゃ、喋った! こ、これ、なんで、喋るんですか?」

 エルメスから発せられた声に管理官は悲鳴を出して、その場にひっくり返り転んでしまった。

 転んだ痛みなど感じる間もなく、あわあわと声を震わせてキノに訪ねてくる。

 キノは、

「ええ、喋りますよ」

 と、それをごく自然な当たり前のことのようにあっさり答えた。

 あわてている管理官は、

「な、なんで喋るんですか? な、なんで喋れるんですか?」

 ひっきりなしに訪ねてくる。

 すると、

「あーもう! なんで喋っただけなのに、そんなに驚かれなきゃいけないの! 失礼だな!」

 不機嫌な声を出しながら怒るエルメス。

 管理員は、

「わーわー、ま、また喋った! な、なんで、音声装置もないのに、こ、これは、いったい、なんなんですか?」

 取り乱し、今にでも泣き出しそうな声音で管理官はエルメスを指差し、

「すいません。こいつはおしゃべりなんです」

 と、キノはあっさりと答えるが、管理官は混乱し、すっかりと錯乱してしまった管理官は、キノの説明など聞かずに大慌てで警報装置を叩き押し、けたたましい音をたてサイレンが鳴り響く。

 すると無機質な鏡のような壁が音もなくすっと開き、強固な全身を覆う鎧のようなボディーアーマーを全身に装備し、見たことのないライフルタイプのハンド・パースエイダーで武装した数十人の警備兵がキノとエルメスを取り囲む。

 エルメスが、

「もう! さっきからなに!」

 と、怒り声を上げると警備兵全員が大慌てで喋ったモトラドに驚き、思わずたじろいてしまう。今にでもこちらに向かって発砲しそうな警備兵たちを見て、両手を上げ一人落ち着いていたキノが、

「あの、とりあえず落ち着いてください。ちゃんと説明します」

 落ち着いた声で、そう提案を出した。

 その後。

 キノが管理官をはじめとして数十人の警備兵にエルメスもといモトラドのことを解りやすく説明した。

 モトラドとは、外の世界ではごくごく普通に使われている乗り物で二輪車をさすものと。

 バイクとは違い、電気ではなくガソリンで走る乗り物であると。

 ガソリンとは燃料であること。

 気をつければ、別に危険な乗り物でないということ。

 話しかけてくることに関しては、こいつはおしゃべりなんですと。

 とても丁寧に解りやすく説明し、とりあえず危害はないと安心した後、数十人の警備兵はぞろぞろと開いた壁の中へと戻って行く。

 壁が音もなく閉まり、落ち着いた管理官が入国可能か自分では判断できないので、上に確認をとりますと、すぐさま連絡を取り、管理官は変わった乗り物に乗った旅人が来たことや、喋る乗り物のことなどを上司に丁寧に正確に報告し、上司からもっと上の方に相談するといわれ、しばらくお待ちくださいと報告を受ける。

 その、しばらくまっている間。

 管理官は不安そうにしながら空中に浮かぶ電子画面にひたすらになんらかの書類を打ち込み、なるだけエルメスとかかわらないように警戒していた。

 エルメスはそんな管理官の態度にむくれ、キノはまだかなと、しばらく待っていると、管理官は耳に取り付けていた端末を抑え、はい、そうですか、解りましたと、事務的に答え、

「お待たせしました。キノ様と……エルメス様に入国の許可が下りました」

 と、ようやくに許可が下りた。

 管理官は端末を操作し、出口をすぐ傍の壁にすっと開いた。

 そして、

「あと、滞在中はこの指定された施設にお泊りください。この書類は出国と同時に回収されますので、決して無くさないように、お願いいたします」

 と、薄いテーブルから一枚の書類が印刷され出てくる。

 管理員はそれを手に取り、キノにその書類を手渡してくる。書類には地図が記されており、また画像が動いていた。

「すごい、紙の絵が動いているよ」

「たぶん紙自体が薄い液晶端末なんだね。フォログラフ映像技術も応用した機械端末が使われているんだよ」

 エルメスのあっさりとした説明を聴いている中で、

「とりあえず国内で何かお困りの際は、その書類を操作し、項目を選んで御対応ください」

 管理官は説明し、

「今日はここに泊まればいいんですか」

 キノが確認するように端末に指差し訪ねると、

「ええ、我が国の宿泊施設はその地図に指定された場所のみとなっています。快適な御滞在ができる施設に整えてありますのでご安心を」

 エルメスをちらちらと見ながら警戒するように管理官は口早に言い、また打ち込みの作業に戻った。キノは端末をしまい、エルメスを押し、出口をくぐり、ようやくに入国を果たした。

「やっと入国できた」

 快適な風を浴びながら、くうっと背伸びをして身体の疲れをほぐしながら喜び、

「ほんと失礼しちゃうな」

 と、エルメスは終始立腹したままだった。

 入国をしてキノとエルメスがこの国を見て思った最初の感想は、一言でいえば、この国はとても科学力が進んでいたことだった。

 建物の全てがまるで銀食器を並べたような造りで、ビルのような大きな建造物は無く、鏡のような、反射する素材を使用した家々が点々と並んでいる。

 家々の形はそれぞれ半円形で、まるで巨大なボール一つを半分埋めたかのような造りで、窓も無く入口も見当たらない、そんな代わった造りだった。

 各家々はカラフルな色合いに染まり、積み木を並べたような街並びで、残りの半数は整備された芝生や車道と歩道に分けられた、まるでのんびりとした農村のような国だった。

 その雰囲気のせいかまだ外にいるような錯覚にとらわれそうになるが、車道らしき空間には、標識や信号の類などは無く颯爽と宙に浮かび走るエアカー(注意・この世界における空中に浮かぶ車をさす言葉。リアカーはバスのような人や荷物を運ぶ乗り物をさす言葉)にリアカー、バイクなどが、ごく普通に当り前に国内を事故もなく穏やかなスピードで幾つも行き交い、渋滞などは全くなく、完全な機械制御のもとで交通が制御され、誰もハンドルを握り操縦する事をせず、乗り物を走らせていたのを見て、ここが外ではなく国の中であることを認識できた。

 歩道には自動機械が終始休むことなく動き、ゴミや埃のない清潔な道をきれいにし、人が歩く道も自動歩道などが整備され、街々の至る所の全てが機械制御され、国を円滑に潤していた。

 他の国で見てきたようなコンクリートや木造などで造られた建造物は何一つなく、全てが見たことのない素材で構成されていた、それらの景色を見て、

「すごいね。こんな国、今まで見たこともないや」

 キノが辺りを見まわしながら驚き、

「こりゃあ相当科学が進んでいるね」

 エルメスがあっさりと感想を言う。 

「とりあえず、今日泊まる所に向かう前に食事を済ませよう」

「さいで」

 キノは食事ができる場所は無いかと管理員に手渡された書類の端末をいじり、食事の項目を選び検索すると、食事ができる施設の載った地図が表示された。

「あれ、一軒しかないや」

 指定された以外の施設は無く、お店や食堂と言った項目も再度検索してみたが、何一つ検索には引っかからず、存在していなかった。

 あくまで食事をする施設としか載っていなかったので、とりあえず向かおうかと、エルメスを走らせた。

 車道を走るエアカーやリアカーと同じ速度でエルメスを走らせ、追い抜くことをしないように走りながら車道を進む。

 途中エアカーやリアカーから珍しそうにキノとエルメスを覗いてくる人がたくさんいたが、キノとエルメスはそれを大して気にした様子もなく、走り進んでいく。

 そして書類端末に表記されていた食事のできる施設へと到着し、一瞬どこから入ればいいのかと考える前に、キノの気配を感知し、音もなく扉が開き、

〝どうぞお入りください〟

 と、丁寧な機械の音とは思えない、傍に人がいるかのような声がどこからともなく聞こえ、

「すいませんが、こちらで食事ができると載っていたので、向かわせていただきました。食事は可能ですか?」

 キノが訪ねると、

〝はい大丈夫です〟

 との返事をもらい、

「エルメスも一緒でいいですか」

 訪ねると、

〝別にかまいませんよ〟

 返事が返り、キノは遠慮なく中に入った。

 中にはテーブルらしき、また椅子らしきものはなにも無く、本当に何もない真っ白な空間だけがしんっとあった。

「何もないね」 

「でも何かはあるよ」 

 キノの呟きの後にエルメスが言うと、

〝どうぞおすわりください〟

 と、先程の声の後に、キノの前に椅子が出てくる。驚く間もなく、次にはテーブルが出現し、ストロー付きの筒が置かれていた。

 キノは座り、

「これは何ですか?」

 訪ねると、

〝お水でございます。御所望の御食事は何かございますか?〟

 返答の後に注文を聴かれ、

「では、この国で一番おいしいものをください」

 と、注文をすると、

〝承りました〟

 間もなくテーブルの上に豪華な食事が現れた。

 肉料理や魚料理、沢山の果物や出来たてのパンなど、一人では到底食べきれそうにないほどのフルコース料理が一瞬にして用意された。

「キノ、お腹すいているのはわかるけど、こんなに注文して大丈夫」

 エルメスが心配そうに尋ねてきます。

 キノは、

「こんなにたのんでいませんが」

 少し困ったように言い、

〝御代金の心配はありません。全て無料です。もし残されてもリサイクルシステムによって農場の肥料となりますので、お気にせずおたべください〟

 との返事の後に、

「それなら遠慮なく」

 キノは食事を始めた。

「もしかして全部食べる気?」

 エルメスの質問に、

「出来る限り食べてみる」

 キノは凛とした返事を返し食事を始めた。

 

 そしてなるだけ残さず、食べかけを作ることも無く、キノの言葉通り出来うる限りのものを食べ終えた頃には、もうすっかりとお昼は終わっていた。

「あー、おいしかった」

 キノがとても満足そうな笑顔で食堂を出て、うれしそうにしていたのを見て、

「ほんと、けっこう食べたよね」

 エルメスはあきれながら言い、

「あれだけ食べてタダなんて、ずいぶんとこの国は気前がいいね」

 何気に呟く。

「まあ、後で何かあっても、その時に考えれば大丈夫だよ」

 と、のんきに呟くキノ。

「お腹いっぱいになって、油断してると危ないよ」

 注意するエルメスを後に、

「とりあえず運転は気をつけるさ」

「それならよし」

 そう言い、キノは書類の端末をいじり、買い物ができるお店が無いかを検索した。書類の表面には、一か所だけが記され、それ以外の表示は何もなかった。

「この国には、他にお店が無いみたいだね」

「見た感じ、誰も働いているような気配もないし、いったいどうなってるんだろうね」

 エルメスが何気に言い、キノもそう言えばと思う。入国した際、ほとんどの人が公園で過ごしていたり、また遊んでいたりと、見たことを思い出すが、

「ま、考えても仕方がないから、買い物に行こうか」

 エルメスを書類の記す場所へと走らせた。

 車道を走るとまた同じようにエアカーやリアカーなどからキノとエルメスを物珍しそうに見つめてくる人々や時折、掌に収まる何かしらの携帯式の撮影機材でキノとエルメスを撮るなど、

物珍しく見つめてくる人の視線が強かった。

「みんな見てるね」

 エルメスが言い、

「別に気にはしないさ」

 とキノは、書類の指し示す場所へと向かう。特に渋滞に捕まることなく、お店と記されたその建物に到着した。

 そのお店も、先程の食堂と大して変わらず、窓のない白い建物だった。

 そしてレストランと同じように、

〝いらっしゃいませ、当店にご用ですか〟

 レストランと同じ声が聞こえ、

「買い物がしたいんですが」

 そのキノの声を後に、

〝どうぞおはいりください〟

 入口が開き、

「エルメスもいいですか」

 の訪ねに、

〝かまいませんよ〟

 あっさりと許可が下り、キノはエルメスを押し、入店する。

 レストランと同じように何もなく、広い空間がしんと広がっていた。まるで空っぽの冷蔵庫の中に入り込んでしまった錯覚が湧いてしまうほど、その中白く、何もなかった。

〝何がほしいですか?〟

 訪ねられキノは、

「ここでは何が売っていますか?」

 キノの問いに、

〝何でもお渡しします。あと、御代金はいりません。すべて無料でご提供させていただいております〟

 その返答の後に、

「じゃあ遠慮なく」

 と言葉通り遠慮なくにキノは、

「携帯食料とハンド・パースエイダーの用の液体火薬はありますか?」

 その問いを後に、

〝携帯食料は種類にして10000種類ほどありますが、ハンド・パースエイダー用の液体火薬とはなんですか? ハンド・パースエイダー本体のことではないのですか〟

 その問いを後に、

「じゃあ、携帯食料を頂きます。あと、日用品もいくつかもらえますか」

 と、キノは言葉を返した。

 

 お店での買い物を終えてからキノは、近場の芝生で横になりくつろいでいた。

 手入れの行き届いた芝生が毛布のように柔らかく、そのまま昼寝をしてしまいそうな誘惑に負けそうになりながら寝転がっている中で、

「この国はすごいね。鳥が本物に見えるよ」

 キノは何気に、空に映し出されていた、本当に飛んでいるように見える渡り鳥の映像を見ながらそんな事を呟き、

「あの子犬とか子猫も映像なのかな?」

 遠くで犬や猫を抱いて可愛がっている子どもや飼い主を見てキノが言うと、

「いや、あれは本物だよ」

 と、エルメスが答え、

「でも、たぶん遺伝子改良されているね。動物から感染する病気とか人間を傷つけないように、牙や爪が生えないようにされているし、なるだけ大きくならないように小型サイズで成長が止められるようにもされている」

「そんなことが可能なの?」

「これだけの科学力だと、その気になれば人間も作れると思うよ」

「前の国にあったクローンってやつかい?」

「そうそれ。でもみんな同じ顔はしてないから、たぶん人間のクローンは造られてないんじゃない」

「また、どこかの国の大砲で消されなきゃいいんだけど」 

 思いだすようにキノが呟くと、

「その心配はないんじゃない。この国の科学力なら、他の国が攻めてきても大丈夫だと思うよ。さっきのお店のハンド・パースエイダーを見る限り、軍事力はありそうだからね」

 エルメスがのんきに言葉を返す。

 キノは思いだすように小さな欠伸をしてから、

「それにしても、この国の一般的なハンド・パースエイダーが、あんな機械仕掛けの代物だとは思いもしなかったよ。火薬や薬莢を使わない電気だけで弾丸が撃てるなんて、世の中にはそんなものがあるんだね」

「電磁力を応用したケースレスタイプのハンド・パースエイダーが普通に販売されてるなんて、この国の科学力はほんと進んでるよね。脱帽するよ。帽子はかぶってないけど。でも、この国の国民じゃないと販売できませんって、最初から言ってくれたらいいのにね」

「別にほしいとは思わなかったよ。自分で整備が出来ないハンド・パースエイダーは旅には持っていけないし、よその国で売ったら、これはどこで手に入れたとか聴かれて、あとあと面倒だし、だったら最初から貰わない方がいいよ」

「はっきり言ってさっきのお店はサービスが悪いね。せっかく来たお客なのにさ、購入しようとしたら〝残念でございますが、これは、国外から来られたお客様には販売できません。申し訳ございません〟って、断るぐらいなら最初から売らなきゃいいのに」

「確かに、あの水を入れたらすぐにパンが出来る自動携帯食料は、ほしかったかな。まあ、技術が関わっていない食料や日用品は沢山タダで手に入ったし、それでよしとしとこうよ」

「よしじゃないよ!」

 エルメスが不満そうに声を上げ、

「こんなに科学力が進んでるのに、燃料やモトラドの整備ができる施設がひとつも無いなんて、ほんと困った国だよ。もう!」

「それは次の国までお預けだね。さてっと」

「ん? キノ、もうどこか行くの?」

 上半身を起こし、座った姿勢で端末書類を取り出すのを見てエルメスが訪ねると、

「ううん。まだ行かないよ。とりあえず、これを使ってこの国の事を調べようかなって思いついたから、試してみる」

「一応、整備できるところが無いかもう一回調べてみてね」

「わかった、でも期待はしないでね」

 キノは書類端末を使い、この国の事をざっと調べてみた。

 検索項目に、この国の歴史を紹介していた項目があり、それをチェックしてみると、この国の事がまるで自慢話のように詳しく記されていた。

 まず労働や生産のすべて自動制御の機械が行い、一人一人の国民に対応しており、国民であれば、家にいるだけでほしいものが無料で自動に手に入るシステムになっており、この国では特殊な仕事以外の労働はまるで無く、政治や治安、経済に福祉はとても安定しており、医療なども全てが保障され、誰しも無料でそれらの提供を受ける体制となっていた。

 また病気で死ぬ人はいない程に医学も相当に進んでおり、不慮な事故も決して起きないようにすべてが機械で安全に制御され、国民が何らか危険な状態の時はすぐに助けられる管理システムまで設けられていた。

 近くに脅威となる敵国もなく、森の中の辺境せいか、この国を訪ねる旅人もとても少なく、その目立たなかったおかげか国民は毎日を平穏としながら、なんの問題もなく、飢えと不安とまるで無縁な日々を安穏としながら過ごしていた事が解った。

 とりあえず平和な国なんだなと、納得し、指定された宿泊施設に向かおうとエルメスにまたがった瞬間、

 

 ──あなたが外から来た旅人さんかい?

 

 と、大きな人だかりがキノとエルメスを囲んでいた。

 辺境のせいか外からの旅人がとても珍しい為、大勢の人々がキノとエルメスに好奇な視線を向けてくる。

 そして興味ありげに一人一人が外の世界の事や、他の国の事などを訊ねてくる。

 キノはそれらを出来る限りこたえ、当たり障りないように質問に答えて言った。そして旅人であるキノ本人を前にしても遠慮なしに、

 

 ──変わった格好をしているねキミは? 外の人は、みんなそんな変わった格好をしているのかい?

 

 ──ねえ君の腰に下げている、それはなんだい? え、それパースエイダーなの? こんな丸いグリップに弾が入っているのかい? ええ! この丸い穴だらけの部分に弾が入っているのかい? え、それ、たった六発しか撃てないのかい? 

 

 ──この茶色くて厚ぼったい服はなに? コート? 変な名前だね。それ重くないかい?

 

 ──君はまだ子供みたいだけど、学校には行かないのかい? 親は君が旅をしている事にどう思っているんだい?   

 

 ──君は男の子なのかい?

 

 など、色々な事を聴かれに聴かれたが、キノはいつもどおり適当に、それでいてちゃんと聴きながら、相手が不快感を持たない応え方をしながら、質問を軽く受け答えをし、それらの問いを話し流していた。

 そんなキノよりも国民全てから一番の熱い注目を受けていたのは、モトラドのエルメスの方だった。

 エルメスを見た人は必ず、

 

 ──ねえ、この黒い塊はなんだい? やけに変な形をしているね。

 

 ──モトラド? なにそれ? え、乗り物? これが? 

 

 ──バイクとは、どう違うんだい? このブヨブヨした黒いわっかはなに? タイヤ? なにそれ? 普通、乗り物にはこんなものついていないだろ? ええ、リアクター(注意・浮遊する部品の名前)が付いていないのに動くの?

 

 ──なんかさぁ、変な乗り物だねそれ。

 

 と、見るや否や心底驚き、各々に遠慮のない感想を述べていく。

 また国内を移動しようと走れば走るだけでも、

 

 ──え、こんな風に走るのこれ! 宙に浮かないのかい?

 

 ──走るたんびになんか大きな音と臭い煙を出してるけど、爆発しないよね? 大丈夫なの!

 

 ──え、電気で走らないの? ガソリン? なんだいそれ? 普通、乗り物は電気で走るもんだろう。

 

 ──本当に変わった変な乗り物だね、それ。

 

 と、言われてしまう始末。

 当然エルメスは、

「変な乗り物で悪かったな!」

 大声を上げ怒ったが、

 

 ──うわぁ! これ喋ったぞ!

 

 ──え! 乗り物が喋れるの?

 

 ──な、なんで喋るんだ? 

 

 ──乗り物が喋る必要はないだろう?

 

 ──やっぱり変だ、これ!

 

 余計に散々と言われてしまう始末だった。

 

 公園でのそんなひと悶着の後、キノとエルメスは指定されたこの国の宿泊施設へと向かい、一日を終えようとしていた。

 宿泊施設に入ると、食堂や販売所と同じように何もなく、キノが必要と希望すれば、すべて自動で出てくる仕組みになっていた。

 まず暖かいお風呂を希望すると、大きな浴槽が自動で用意され、お風呂の後にはベットを希望すれば、ふかふかのベットが用意され、いたせりつくせりだった。

 キノは上機嫌に過ごしていたが、

「まったく失礼な国だね! モトラドが珍しいからって、じろじろ珍品みたい見てさ! ほんと気分が悪いよ! ふん!」

 エルメスは機嫌を悪くしていたが、

「ま、それも三日の辛抱だよ」

 キノは怒っていたエルメスをそつなく軽く受け流しながら、ふかふかのベットに埋もれていた。用意されたパジャマを着て、久しぶりのお風呂にシャワーをたくさん堪能したキノは笑顔でそう言う。

 エルメスは不満そうに、

「え、ちょっと、まさかこの国に三日もいる気なの?」 

 今しがた言ったキノの言葉に、あたふたとしながらエルメスは訊ね、

「うん、そうだよ」

 キノは言い澱むことなくあっさりと答え、

「この国にエルメスの整備できる工場と燃料は売っていなかったけど、まだ燃料には十分余裕があるし、訊けば次の国はあまり遠くないみたいだし、だから久しぶりにのんびりしようかなって思っているけど」

「ちょ、ちょっと、こんな国、早くでちゃおうよ! 三日もいたくなんかないよぉ!」

「とりあえず、今日はもうお休み。じゃあねエルメス」

「ちょっと、キノってば! 聴いてるのぉ!」

「あ、部屋を暗くしてください」

 キノがそう言うと部屋の明りはすっと消え、エルメスの抗議も嘆願も、明りみたくあっさりと聴き流され、キノは寝入ってしまった。

 エルメスもふて寝するように眠り、こうして一日目を終えた。

 

 キノが食事をたくさん食べ、暖かいお風呂で身体をきれいさっぱりと洗い、ふかふかのベットで眠り、その横でエルメスがふて寝していた夜。

 あるところでは──

「ああ……ああ、なんて美しい。なんて美しいんだ。この歳になってようやく運命に出会えた……生きていてよかった……」

 国を散策していた昼間のキノとエルメスの映像を見て、さめざめと涙を流す一人の老人がいた。

 

 そんな老人の眼も知らずにキノとエルメスは一日を終えた。

 そして朝になり、二日目を迎えた。

 キノは軽い運動とハンド・パースエイダーの抜く動作や構えの動作の練習を行い、ふて寝しても朝寝坊のエルメスを起こし、連れだって豪華な朝ごはんを食べ、そのまま観光がてらに、この国を巡って行った。

 無論行く先々でも、

 

 ──変な乗り物だね、それ。

 

 と、もう聴きあきてしまった言葉を何度も言われ、

「ふん!」

 行く先々で不愉快に怒り拗ねてしまうエルメス。

 遠巻きに無遠慮に写真をパシャパシャと撮る輩もいたが別に気にせず、昼時にこの国で一番大きいとされる公園へと訪れた。

 公園はとても広く、野球やサッカーなどが出来きそうな広さだった。

 遊具の類は無く、緑に茂った自然などに溢れている。

 公園の中央に行くと、白く綺麗な大理石みたいな素材で造られた広場があった。

 そしてその広場には美味しそうな匂いを立ち籠らせていた、機械制御された自動式の無人屋台が、ずらりと並んでいたので、

「あ、ちょうどよかった。ここでご飯でも食べようかな」

 キノは公園の広場の隅の方にエルメスを停め、

「早く帰ってきてね、なんかいやな予感がするから」

「うん、なるだけね」

 足早に屋台へと向かったキノを見送る。

 さて戻って食べ終えるまで昼寝でもしようかなと、うとうととし始めた矢先、

 

 ──うわぁー♪ へんなのぉ♪

 

 ──みてぇみてぇまっ黒け♪

 

 ──おもしろいかたちぃ♪

 

 いつの間にか集まった、公園で遊んでいた子どもたちがずらりと取り囲む子供の集団の好奇のざわめきに眼を覚まし、

「な、なんだよぉ」

 訊ねるや否や、無遠慮にペタペタと触られ、バシバシと叩かれ、ゴンゴンと蹴られだす始末。

「あーもうぅ! やめろぉー! いいかげんにしなきゃおこるぞ!」

 大声を上げ怒るエルメスに子供達は一瞬、きょとんと驚き、動きを止めてしまうが、

 

 ──うわぁ♪ これ怒った♪

 

 ──おもしろい♪ おもしろい♪

 

 ──もっとやろう、それそれぇ♪

 

 子供達はエルメスの反応にきゃきゃとはしゃぎ、ペタペタ、バシバシ、ゴンゴンとまた大勢が群がりだす。

「ああ、もう! キノ! たすけてぇよぉ!」

 エルメスの困窮した声音は、きゃっきゃとはしゃぎ騒ぎ群がる元気な子供達の声にかき消されてしまう。

「ああ、もうぅ! さわるなぁ! たたくなぁ! けるなぁってぇ! いい加減にしないとほんとうに怒るぞぉ!」 

 エルメスがいくら怒鳴っても子供達はよけいにおもしろがり、ペタペタ、バシバシ、ゴンゴンと、触り、叩き、蹴り遊ぶ勢いが徐々に増していく中、

「駄目だよ、それ叩いちゃ」

 屋台から戻ったキノの声に子供達は、ピタッとエルメスを殴るのを止め、満面の笑顔から、「どうしよう」

 と、困惑した顔へと変わる。

 怒られる不安なのか押し黙ってしまう子供たちにキノは、 

「殴ったり蹴ったりしたら倒れるかもしれないから、せめて触るぐらいにしてね」

「ちょ、ちょっとキノ!」 

 キノの言葉に子供達は、

『はーい』

 と、手を上げ元気良く返事をし、またにぱっと明るい笑顔に戻り、キノの言うとおりにエルメスをペタペタと触りだす。

 そんな光景を遠眼に眺めながらキノは、ベンチに座り食パン二枚を丸ごと挟んだ大きなサンドイッチを食べながら、のんびりとそんな光景を見ていた。

 次第に公園中の子供達がエルメスへと集まり群がり、目をキラキラと輝かせながらペタペタと物珍しく触り始める。

「こら、汚い手で触るな! あ、そこの子、手が汚れてる! ああ、お菓子食べた手でぺたぺた触るな!」

 怒ったエルメスの声などなんのその、逆にその反応を面白がって余計にペタペタと触り、中にはまたこつんと小突きだすなど、新たなエルメスの反応を心待ちにしながら遊んで行く。

頬ずりをしたり、キスをしたりと、こつんと、タイヤなどをけり込んだりと思い思いにエルメスに触れていく子供達。

まるで真新しく用意された遊具にでも遊ぶかのような、幼い好奇心の注目の的になっていたエルメスの横ではキノがゆっくりと昼食を味わっていた。

その後しばらくして、キノがようやくに昼食を食べ終えても、子供達の群がりはまるで途絶えてはいなかった。

 ゴミ箱に丸めた袋を捨て、群がり遊ぶ子供達に、

「みんな。ボクはそろそろ行かなきゃいけないから、エルメスを返してくれるかな?」 

 

 ──『えー!』

 

 と、悲しそうな、そして残念そうに騒ぐ子供達の声が耳に痛かった。

 その残念そうな声の波がやや静まりかけたのを見計らいキノは、

「ごめんね」

 と、やさしく謝りながら子供達の中を分けて進み、エルメスの元へ向かう。

「……キノォ~」

 名残惜しそうにしながらエルメスを隠すように取り囲んだ子供達の間から、エルメスがほとほとと疲れきった声を上げた。

「お疲れ様」

 キノはシートをぽんと叩き、いつの間にか跨り立っていた子供を優しく抱え地面に下ろし、ハンドルを握り、スタンドを外す。

「うわー♪」

 その動作を見てまた騒ぎ出す子どもたち。

 新しい好奇な声を上げエルメスを見詰める中、

「キノ、キノ! はやく! はやく行こうよ!」

 急かすエルメスをキノは公園の外まで押していく。

 その後ろからは、子供達が目を輝かしながら後を追いかけてくる。

「すっかり人気者だね」

「……ふん」

 まるでパレードのような雰囲気にもかかわらず、不機嫌に言葉を返すエルメスを押しながら公園の出口へと出て、車道に出てからキノはシートに跨り、エルメスのエンジンをかけた。

 エンジン音に子供達は驚き、そのエンジン音に、さらに目を輝かしていく。

「じゃあねみんな、エルメスと遊んでくれてありがとう」

 キノは子どもたちにお礼を言い、エルメスを走らせ観光へと戻って行った。

 そして夕方ごろにはホテルへと戻り、シャワーを浴び、軽いトレーニングをして、ベットに横になった。

 エルメスはホテルに戻るや否や、すぐにふて寝してしまっていた。

 キノは食事を取った後、お風呂に入ってゆっくりと眠った。

 

 そして、そんな夜の後も──

「ああ、なんて可憐なんだ。間違いない! 私は、恋してしまった。年甲斐もなく、恋をしてしまった。ああ、なんて罪なんだ。でも、この思いをどうする事も出来ない! 決めたぞ! 決めた! 明日告白しよう! 必ず添い遂げて見せるぞ!」

 一日のキノとエルメスの行動を映像で見ていた老人は、熱い決意を胸に抱いていた。

 

 そんな老人の猛る熱い思いを胸に夜は過ぎ、キノとエルメスは三日目の出国の日を迎えた。

 キノは朝食を食べ終えホテルを後にし、まだ見ていないところを見学し、昼時には、入国した際に立ち寄った食堂へと入り、この国で最後の昼食を楽しもうとしていた。

 この国のお勧めメニューを選び、食前の前にどうぞと、ストローのついた缶が置かれ、一口飲んでみると、中身は紅茶で、キノは味良い甘みを楽しみながら、

「ああ、今日で最後か」

 名残惜しそうに甘い紅茶をまたすするキノの呟きに、

「あーあー、今日が最後でほんとうに良かった! キノがこのままこの国に移住するんじゃないかと思ったよ! ふん!」

 エルメスはむすっと怒りながら、 

「やっとこんな失礼な国から出ていけるね! ほんとせいせいするよ! できれば二度とこんな国なんかに来たくなんかないね! って言うか、二度と来ちゃダメだよ!」

「あれ、エルメスはこの国が嫌いなの?」

 キノはやれやれとしながら、紅茶を味わいながらに訪ねてみると、

「好きになるわけ無いじゃん! どこに行くにもみんなこっちをじろじろ見てくるしさ、気持ち悪いったらありゃしない。それに停まれば停まればで子供なんかがワラワラ群がって、遠慮なしにペタペタあっちこっち触ってくるし、ほんと大変だったよ。そりゃー触るならまだ我慢できるけどさ、バシバシ力任せに燃料タンク叩くなんてひどいと思わない。あと、泥だらけのきたない足でゴンゴンタイヤを蹴ってくる子もいたけどちゃんと注意してくれなきゃ困るよ! ほんと、こっちは生きた心地しなかったよ!」

 昨日の事を思い出したのか怒るエルメスを見て、笑いながらキノはからかうように、

「でも人気者になれたんだし、良かったんじゃないの」

「別になりたくなんかない!」

 ふんと、ふてくさるエルメス。

 ははと軽く笑いながらキノはストローをすすり紅茶をこくりと飲み、あと三口ほどで全て飲みきってしまいそうだったので、名残惜しそうに残りを飲み干す。

 壁には国の外の秋の景色が映し出され、まるで紅葉で萌える森の中で食事を待っているような錯覚にとらわれてしまう。樹々から離れた枯葉が敷き詰められ、地面は落ち葉で黄金に輝いていたが、色落ちした葉の茶色などと混ざり、秋の景色の色が落ち始め、冬の色染まりを見あらわしている。

 そろそろもう秋も終わりかと、これから来る冬の事を思い、まだ厚着をしなくても大丈夫かなと、これからの服装の思案を巡らせ、次の国は確か、南に向かっていこうかなと、出国した際に進む次の目的地をどうしようかと思い悩んでいると、他に誰も客のいない店内に、数人の男たちがぞろぞろと入ってきた。

 身なりは良く、とても訓練されていたボディーガードのような格好をした男たちに、キノとエルメスは囲まれてしまった。

「わ、なになに? キノ何かしたの?」

 動じた様子も微塵もなくエルメスが、お気楽にキノに訪ねてくる。

「なにかご用ですか?」

 キノも動じるどころか何一つ警戒することなく男たちに気さくに話しかける。

 すると男たちの中で、キノの真正面に立っていた、この中でも位の高そうな男性が、

「あなたが入国された旅人のキノ様とエルメス様ですね。私たちは、この国の大統領閣下に使える者です」

 位の高そうな男性の会釈の後に、男たちはとても丁寧なお辞儀をし、

「キノ様とエルメス様が今日、我が国を御立ちすると聴きまして、それなら最後にぜひお会いしたいと大統領閣下の命でお迎えにあがりました。おねがいです、お時間はとらせません。ぜひ大統領とお会いして頂きたいのですが、よろしいでしょうか?」

 その丁寧でどこか強い言葉を、しっかりと聞いてからキノは、

「昼食を食べてからでいいでしょうか?」

 何も気負いすることなく訪ねると、

「では、御食事が終わってからということで」

 と、位の高そうな男性はまた会釈をし、囲んでいた男たちを連れ店内へと出ていく。

 男たちが店から出てしんとまた静かになった後に、

「大統領閣下からって、こりゃまた、すごいね」

 エルメスが何気に言い、

「この国ではよくあることなのかな。ま、今日で最後だし、何事も経験することが大切だから、せっかくの誘いを断る理由は無いようにしないとね」

「じゃあ、失礼のないようにね」

「じゃあ、失礼にならないように、しっかりとご飯を食べなきゃね」

 そんな話しているうちにテーブルに自動で昼食が用意された。

 キノは遠慮なしにと昼食を楽しんだ。

 

 ──昼食を終え、エルメスと共に外へと出てみれば、先程の位の高そうな男性が入口から数歩ほどの場所で待っていた。

 その後ろには白い高級なエアカー(注意・宙を浮かぶ車のこと)が停まっており、そのエアカーの後ろにはエルメスを何十台も楽に運べそうな芋虫のような形をした運搬型のリアカーが停まっていた。

「御食事は楽しんでいただけましたか?」

「はい、御馳走になりました。おかげで助かりました。ありがとうございます」

「キノを満たしてくれてありがとうね」

 と、キノとエルメスが感謝を述べ、

「ではキノ様、こちらにお乗りください。エルメス様は、後ろのエアカーにどうぞ」

 乗車を進めてくる。

 キノは、

「では、えんりょなく」

 と、純白の真珠のような車体に自分の顔が映るくらいに磨かれたリアカーに乗り込もうとするが、

「エルメス様も早くお乗りください」

 と、位の高そうな男性がエルメスに乗車を進めるが、

「押してもらわないと乗れません」

 エルメスのしれっとした言葉に位の高そうな男性は、 

「……押すとはどういうことですか?」

 どうすればいいかわからない困惑した顔で訪ねてくるので、

「キノ、ごめんだけど代わりに押してくれない?」

「すいません。ボクが運びます」

 キノはエルメスのもとに戻り、出してあったスタンドを下ろし、車体のバランスを取り、そのまま手で押しながら運搬型のエアカーの元へと運ぶ。

 小さな身体をしたキノが、自分よりはるかに大きなモトラドを苦もなく軽々と押しているのが珍しいのか、位の高そうな男性とその周りを取り囲む男たちは手伝う間もなく、その動きを珍しそうに見入っていた。

 そしてキノがエルメスを運搬型のエアカーの前に推し進めていくと、エアカーの自動装置が作動したのか、エアカーの背中の部分が大きく開き、エルメスが何十台でも乗れそうな空間が音もなく開く。

 荷台の入口が開いて間もなく、中から道板らしき白く鏡のように透明の板がエルメスとキノの前に下ろされる。

 普段はこの国でよく載られているバイク用の為のものらしく、重いエルメスを乗せて大丈夫かな、割れないかなと思いながら、キノはその上にエルメスをずんと乗せた。

 透明な道板はエルメスの車体で揺れることもなく、エルメスを受け入れ、瞬間。

「わ! なになに、タイヤがくっついちゃったよ」

 なんらかの仕組みかは解らないが、エルメスが自動で道板に取り付き、ベルトコンベアに乗せられたかのように、そのまま自動で中に運び入れ荷台へと積載してしまう。

「あーびっくりした! あ、キノ、また、あとでね」

「うん、またあとで」

 お互いにそう言葉を交わした後、エアカーの背は開いたときと同時に音もなく閉まり、物の数分でエルメスを積載してしまった。

「ありがとうございましたキノ様。では、こちらにお乗りください」

 と、位の高そうな男性に勧められるまま、キノは停めてあったエアカーに乗り込んだ。

 

 ──その後エアカー二台は動きだし、早々としながら車道を走って行く。

 いくつかの無人用のバイクやエアカーが周りを並走し、まるで国賓の待遇を受けながら、この国の大統領が住んでいるだろう官邸へと到着する。

「ここに大統領が住んでらっしゃるんですか」

 と、官邸を見てキノが驚く。

「はい、大統領はこの官邸にて生活されておられます」

 そこには巨大な一個のドームが立てられていた。

 この国で見た家々とはまるで違う作りで、同じ素材が使用されているような雰囲気はあるが、特別にあつらえられたような特別な雰囲気があった。

 小さな国一つ分はあるぐらいの、そんな官邸もといドームの前にエアカーが停まり、自動扉が音もなく開く。

 位の高そうな男性が先に降り、

「つきましたキノ様。どうぞおりください」

 と、案内し、

「ありがとうございます」

 キノはエアカーから降りた。

「あ、キノ。早くおろして」

 後ろのエアカーから、エルメスが急かしてくる。

 すでに下ろす準備は終わっており、乗せる時とは逆向きに、いつでも下ろせる向きにエルメスが道板に乗せられていた。

 後はキノがエルメスを下ろす状態になっており、キノはエルメスを下ろしに向かう。

「あれ、居眠りしてなかったの?」

 キノが何気に訪ねると、

「寝てる間なんかなかったよ。ずっと外の映像が映し出されていたから、走っているような感じがして眠れなかった」

「いつもそうだったらいいのに」

 楽しそうに喋るエルメスのハンドルを掴み、馴れた動きでエアカーから下ろす。

「では、こちらにおいでください」

 位の高そうな男性が、礼節のある丁寧な動作と物腰でキノとエルメスを案内した。

 キノがエルメスを押し、入口をくぐりドームの中へと入ると、ちりが一つも落ちていないきれいに整備された廊下が広がっていた。

「私の案内はここまででございます。どうぞごゆっくり」

 位の高そうな男の会釈の後、すっと壁は閉まり、白い空間だけが残った。

「何もないね」

「とりあえず、進んでみたらいいかな」

 白い何もない廊下の先には、出口らしい空間がぽっかりと空いていた。キノはエルメスを押し、その空間へと向かって行く。

「何が待っているんだろう」

 エルメスが楽しそうに何かを期待しながらそんな事を言う。

 キノは、

「何か危ない事じゃなきゃいいんだけど」

 そう答え、出口をくぐる。

 出口をくぐった先は、廊下と同じ、白く広い空間があった。

 そしてその部屋の中央に、椅子に座った、一人のとても年老いた男性の老人がぽつんとさみしそうに座っていた。

 今、寝ているのか、起きているのかわからないほどに表情は深いしわに覆われ、髪は無く禿頭で、高級そうな服を着ていなければ、どこにでもいそうな老人に見えた。

「お招きいただき、ありがとうございます」

 キノは失礼のない動作で帽子を脱ぎ、頭を下げ、

「こんにちは」

 エルメスもキノと同じようにあいさつをする。

 キノが挨拶をしても大統領閣下もとい老人は何も答えず、じっとキノとエルメスを見つめていた。

 キノが帽子をしまう間にエルメスが、

「? 寝ちゃっているのかな?」

「エルメスじゃないんだから」 

 キノが小声で言葉を返した後、

「ああ……ああ、なんて……なんて美しいんだ……」

 老人がぼそりと細々とした声音でつぶやいた。

「はい?」

「……」

 エルメスが変な声で聞き返し、キノは何も言わずに老人の返答を待っていると、

「……本当に美しい。なんて美しいんだ……」

 聴き間違いではなく、老人の口からそうはっきりと発せられた言葉に、

「うわぁー♪ キノ、一目ぼれされちゃったよ。どうするの、このまま告白されちゃう──いてっ!」

 ゴツンと足で前輪を小突き、はやし立てようとしたエルメスを黙らせる。

 今の行為が見えなかったのか、老人は別に気にした様子もなく、椅子から立ち上がり、溜め息を数回ほど洩らしながら、

「……実は、ずっと、あなたを見ていました」

 情熱のこもった、ふるえた言葉を静かに告げた。

 場がしんっと粛々と静まっていく中で、

「この国にあなたが入国した日から、ずっと見ていました」

 老人は感情に任せて言ってしまったと、表情を苦くした。

 キノとエルメスは何も言わずに、

「あ、待ってください! 確かに、いきなりこんな死にぞこないの年寄りがこんな事を言うと怖いと思うかもしれませんが、包み隠さず正直に言いましょう。私は、あなたに一目ぼれしてしまったんだ」

 いきなりな告白にキノは別に同じた様子もなく、最後まで聞いていた。

 エルメスも笑うのを堪えながら、事の様子を見守っている。

 老人は続ける。

「あなたは、とっても魅力的だ。あなたのような美しいのを私は、80年生きた中で一度も見た事はない」

 今にでも抱きついてきそうな勢いで、キノとエルメスのもとにゆっくりと近づいてくる。

「もしよければ! もしよければでいい、このおいさき短いこの哀れな老いぼれと一緒に暮らしてはくれまいか?」

 とても熱い眼差しを向け頼み込んでくる老人はその場にかしずく様に座り込み、手を組み祈るような姿勢で、

「後生だ。私が死んだあとも苦労は決してかけさせはしない。どうか、私と一緒に暮らしてくれ! 頼む!」

「キノ、どうする? 結婚しちゃう?」

 いつものようにからかうが、

「お願いだ、モトラド君」

「……はい?」

 熱い視線を向けられエルメスは、思わず、すっとんきょな声を上げるが、老人はそんな事など構わずに、

「君のような美しいのを私は見たことが無い! ああ、やはり本物は違う。写真や記録画像で見たものとはまるで違う! ぜんぜん違う! やっぱり本物は美しい! この武骨なむき出しのエンジン! ハンドルに取り付けられたクラッチとアクセルレバーにメーター! そしてなによりのモトラドであると解る、この形! この頑丈そうなタイヤ! ああ、本当に美しい! まさか、まさか! 生きてこの眼で本物のモトラドを見ることが来る日がこようとは、夢にも思わなんだ。長生きしていてよかった……」

 年甲斐もなく涙を流し、エルメスを褒め称える老人は、

「お願いだ! どうか、どうかこの私と一緒にこの国で住んでくれ! キノさんと言ったね、どうかこのモトラドさんと私の仲を認めてはもらえんだろうか」

「……」

「キノさんと言ったね。頼む! 私にこのモトラドさんを譲ってくれ! 君の望みならなんでもかなえよう! 良ければこの国で住むことも許可してもいい! 一生困らないほどの財産を与えてもいい! 頼む、このモトラドさんと私の中を認めてくれ!」

「どうするエルメス」

「キノに任せた」

 逃げるように投げかけてくるエルメスに、キノは仕方なく、

「あの、なんでエルメスがそんなに気にいられたのですか。おしゃべりですよこいつ」

「しっけいな」

 失礼が無いように訪ねてみると、

「私は……私はね、子どものころから、モトラド──エルメスさんがほしかったんだよ」

 老人はどこか悲しそうにぼそりと呟いて、

「ほしかった……あなたはモトラドの事を知っているのですか?」

「ああ、私は今まで実物のモトラドを見たことは無かったが、私が生まれる以前、この国にもモトラドがたくさんあったんだよ」

 老人はいきなりぱんと手を叩き、何も飾られていなかった壁に大きな壁にモトラドに関係する資料や写真、また幾つもの種類のモトラドの画像が表示される。

「うわーすごいー」

「これはすべて私の父が集めた資料だ。今はもう記録の全てが失われ、国民の誰もがモトラドの事を覚えてなどはいないし、知っているものもおらんのだ」 

「なんで、モトラドが無くなってしまったんですか?」

 キノの質問に老人はまた深く悲しそうに顔を曇らせ、

「科学技術が進んだせいだよ」

 と、絞り出すように、ぼそりと答えた。

「この国は辺境にあるせいか、今までどこの国と戦争をしたこともなく、緩やかに国は発展していたんだ。時折来る移民者などを受け入れていくと、やがて科学が異常なほどに発展し、この国は大きくなっていった。そしてその分だけこの国は豊かになり、また便利にもなっていった」

 老人は宙に浮かんだ画像に触れ、画像を幾つもめくっていく。

 めくられるたび、この国の歴史が映りだされていく。

 たくさんの移民者が入国する画像や、新しい乗り物の画像、また新しい建物が作られていく画像などと、映りだされていく。

「今など言葉を言うか手を叩けば動く家具や、ロボット、危険のない遺伝子操作された動物、全てが自動の機械仕掛けばかりだ。全てが自動、電気で動くものがごく当然のように当たり前になり、それ以外のもの、以前は当たり前のように使われていたものすべては、危ない欠陥品として扱われるようになってしまった」

「欠陥品?」

 キノの聞き返しに、

「そう欠陥品だよ」

 老人は、はっきりと応えました。

「たとえば、だ。お茶を沸かす際、普通なら火を使わなければいけないが、火を使うためには何かを燃やさなければいけない。昔なら薪やガスで火を扱っていたものだが、この国の科学技術では火を使わなくても熱伝導システムや自動機械で火傷をする危険や火事が起こる不安を気にすることなく、安全にお湯を沸かし、料理だって簡単に出来てしまう。こんな風にね」

 老人がぱんぱんと細い手を叩くと、キノの前の床が開き、小さなテーブルが現れる。

 その上には、ストローのついた紅茶と書かれた缶が二つ置かれ、クッキーやチョコレートなどの甘いお菓子が置かれていた。

 そしてキノの傍に、椅子が現れると、

「立ち話もなんだし、座ってお茶でも飲んで話をしよう」

「ありがとうございます」

「良かったねキノ」

 老人が座るのを確認した後、キノも椅子に座り、老人はストロー付きのコップを取り、喉を潤してから手を叩き、その後に、キノの前の空間に新たな画像、ガスコンロやかまどなどの画像が幾つも映し出される。

 キノは紅茶を飲みながらその映像に視線を流す。

「その技術ができるまでは皆がごく当たり前のように火を使ってお茶や料理などを作っていたが、全ての人がその便利な技術を選んでしまった。やがて火を使うことがおかしいと思い始め、火は危なく扱いを間違えてしまえば、命にかかわってしまう危険な代物もとい欠陥品として判断されるようになってしまった」

 キノが紅茶で喉を潤した後、クッキーを一枚手に取り咀嚼していると、次に映し出された画像は、廃棄されるコンロやポット、そして様々な家具や日用品などが山のように捨てられていた画像だった。

「火は燃やすという理由で、この国は、その危ない火が出るコンロを始め、さまざまな火を使う機械の全てが欠陥品として廃棄されることになった」

 悲しそうな顔で老人は、

「無論、火だけじゃない、包丁を使って料理をすることは、切れるから危険だという理由で包丁は欠陥品。ハサミも刃物を使っているから欠陥品。刃物事態が欠陥だらけだと判断され刃物はすべて処分され、今では包丁などを知る子どもすらいない始末だ。この国で人が自分の手で料理を作る行為すら、もう存在してはいないよ」

 画像がまた切り替わり、廃棄廃止運動と書かれた画像が表示される。

 包丁を捨て、ハサミを捨てる画像や〝刃物は欠陥品〟と書かれたコンテナに、廃棄された様々な刃物が打ち捨てられ、また別の画像には〝料理人は廃止すべし〟と、声を上げ運動する人の動画も流れている。

「それだけじゃない。コップは倒れたらこぼれやすく、落としてしまえば簡単に割れてしまうとして欠陥品となり、こうやったストロー付きの完全密閉されている容器でしか販売が許されなくなってしまった」

「あ、だからこの国の飲み物って、ぜんぶああしていたんだ」

 納得したようにエルメスが言い、キノはストローをすすりながら紅茶を飲む。

「自分でお茶を入れる楽しみも無く、すべて機械が自動で用意してくれる事が次第に当たり前になり、おかげで機械が基準になった発明が優先されるようになっていった。椅子やテーブルも油断をしていると簡単に倒れてしまう、何より場所をとるから欠陥品として扱われ、家具もありとあらゆる日用品も理由をつけては全て欠陥品となってしまい、この国から最初にあった人の手で造られた家具の全ては失われ、味気のない、手を叩けば出てくるテーブルや椅子が当たり前のようになってしまった」

 忌わしいものを憎むような細いまなざしで老人はテーブルをじっと見つめ、

「家具だけじゃない。家も崩れにくい丸い形でなければ危ない欠陥品。コンクリートやレンガや木材を使用するのは壊れやすく危ないとして欠陥品。あんな面白味も無い丸い家が当たり前になってしまい、この国の建国から歴史とともに存在していた由緒ある古い建物や彫像も、全ては危ない欠陥品として扱われて、国民は我が国の歴史すらあっさりと処分してしまった」

 空中にぱっといくつも、古い石造りの建物や、歴史のありそうな美術品らしい彫像などが、遠慮なく解体され、粉々に破壊されていく映像が幾つも映し出されていく。

「それだけじゃない。動物も大きくなるので欠陥品。病気や牙や爪もあるから欠陥品。科学で遺伝子改良がくわえられ、小さいサイズが当然のようになってしまった。今の子は犬や猫は小さくて当たり前、爪や牙があるとは知らないのが常識になっている始末だ。これも、すべて科学技術が進んで、全ての国民が機械で造られた完成品を求めるようになってしまった結果だよ」

 映し出されていた画像には、どこにでもいそうなありふれた普通の犬や猫、馬や鳥などの動物が殺処分され、遺伝子操作された小さな愛らしい動物が無数に映り、その後には〝コップは危険だ! すべて廃棄しろ!〟と不良品追放と大きく書かれたポスターや、〝人間の作った椅子やテーブルは危険物! 自動機械で造られたものこそ完成品!〟と、様々なポスターが映し出されていく。

 また映像にはかっぷくのいい政治家らしい人が〝人間は間違いや過ちを望まずに犯してしまう不完全なものです。その不完全なものが料理や製造を行えば、欠陥品が生まれてしまうのは当然なのです。ならばそれらをつくる職業を廃止すべきだ! 全て機械で造られた完成品を国民に提供するべきだ!〟と、声高らかに拍手の喝采の中で自慢げに演説をしていた。

 老人はその演説を見て、ため息交じりに飽きれ、そして悲しんだ表情で、

「そして今のこの映像のように、それらを売る職人や商店や食事を作る店も含め、例外は無く全て欠陥品を扱う店として扱われ、人の作ったものはいかなるものであろうと全ては、欠陥品として認識されるようになってしまった」

 商店やそれをつくる職人が店をたたむ画像や、丹精込めて作った商品を廃棄され涙を流している職人の映像などが映し出され、

「人がつくれば欠陥品を産んでしまうというその認識の元、国民は製造や生産、商売の全てを人間が行うのを廃止し、必要なものは自動機械によって工場で生産され、全て機械で造り提供する社会こそが、より完成された社会として認知されるようになり、この国から人の手で造る手作りは消えてしまった。必要なものは国民がほしいと思った時に機械によって自動で出されるようになり、政治家や小説家や公務員に警察官や軍人など、特殊な職業以外の労働の全ては無くなってしまった」

 その画像には、キノが他所に国に立ち寄ればごく当然に目につくだろう、ごく当たり前の日用品や嗜好品または機械などが廃棄され、プレス機で潰されていく画像が映し出されていた。

 その画像の中にはモトラドや車なども映し出され、プレスされ、スクラップにされ、ボトボトと溶鉱炉に落とされ溶かされていく画像が映っていた。

 キノとエルメスは、何も言わずにその画像を見ていた。

「それと同様にガソリンの燃料で動く乗り物は危ないと、機械で制御されていない乗り物はすべて廃棄すべきと、この国の最初にあったすべての古きものは廃棄された。そしてこれらの記録もこの国の恥ずべき歴史だと判断され、かつて当たり前のように使われていたものの記録をすべて消去し、存在自体を消してしまった。そんなくだらない理由で、あの芸術品であるモトラドの全ての記録が廃棄されてしまった」

「……ひどい話だね。そんな時に来なくてよかった」

 珍しいほどに重い声のエルメスを後に、

「ああ、ひどい話だとも! 古いからと言ってすべてを廃棄することは無いのに、それを訴えたかったが、私が生まれる以前に起きてしまったせいで、何もすることができなかった。今ではその運動があったことも知らない人々が増え、今ある自動機械が当たり前だと、機械制御こそが普通だと言う認識がごく当たり前になり、今では外から来た旅人の姿を見て驚く、阿呆と無知の始末だ。動物も機械制御されていなと危ないと、機械で遺伝子操作された造り物の動物であるということの事実も忘れ、外から来た動物を珍品でも見るかのように珍しく見る様など、呆れてものも言えん! 国民は自分たちのいる、この国こそがごく普通で当たり前と思いこんでいるこの国が、古いものを消し、私の愛するモトラドをも消してしまった!」

 裂けてしまいそうなほどの怒りの声を荒げながら老人は、

「かつてこの国にもそれらが当然にあった事を覚えているものすらいない。なんと嘆かわしい事か! この国は歴史を捨ててしまったんだ!」

 老人の声が響くと、あわただしく写されていた画面の全ては、すっと消えてしまった。

「私の父は、昔の資料や本、映画や映像などをとても大切する人だった。この国の歴史を残すことを何よりの楽しみにしていたが、欠陥品などの恥じるべき記録の全ては消去すべきだとの世論に押され、本やフィルムなど燃えやすく、また場所をとってしまうなどの理由から欠陥品として廃棄が決定し、父は仕方なくその世論に従い、書物やフィルムの全てを破棄してしまった」

 たくさんの山のように集められた本やフィルムなどを燃やされる画像が映り、

「せめて画像と資料だけはと全てを機械に保存し、祖父の代からため込んでいた書物やフィルムなどの情報や記録、この国の歴史の全ては、この私の住むドームに保存された画像のみだけが残されてしまった。あの時の祖父の思いは胸が張り裂けそうな面持ちで、この画像を涙して見ていたことを私は今も覚えている」

 悲しそうな顔で老人は後を続ける。

「確かに、古いものは欠陥などがあるかも知れないが、その欠陥があってこそ新しいものは創りだされ、次の完成品として生み出されていくのに、それらが存在していることは恥ずべきことだと言い、記録を全て消すのは間違っている。父が死に、私が大統領となり、私はこの記録を受け継いだ。その中で、私は偶然モトラドの画像を見てしまい、憧れを抱いたんだよ」

 様々なモトラドの画像が映り、その後、色々な種類のモトラドの映像が流れだす。

 平原や荒野を走る様々なモトラドの動画が絶えず流れている中で、

「この平原を自由に走るモトラドの映像を見るたび、その魅力に取りつかれていったよ。是非に、ほしいと私もモトラドを手にしたいと思うようになったが、この国にはモトラドはすでになく、手に入れることはかなわなかった」

「造ろうとは思わなかったんですか?」

「……」

 キノの問いに老人は、すっと沈黙してしまう。

 沈黙を見計らい、

「これだけの科学力を持つ国なら、エルメスと同じモトラドを作るのは可能でしょう? なぜ造らなかったのですか」

 再度、訊ねてみると、

「そんな……そんな偽物はいらん!」

 老人は唸り上げるように、張り裂けそうな怒鳴り声を上げ、

「私は、本物がほしいのだ! ちゃんとした人の手で造られた、幾たかの試行錯誤の上で練磨され完成された乗り物である、エンジンや車体の全てが、細かい繊細な部品の全てが、ちゃんと人の手作りで造られた、本物のモトラドがほしかったのだ。そしてちゃんと走る、ちゃんと動く、モトラドがほしかったんだ。確かに我が国の科学力や技術力を使えば、一時間もかからないうちに簡単に作れてしまうが、そんなのはしょせん偽物だ。ガソリンも使われていない、機械制御で自動で動くのはモトラドとは言わん。私は、本物の、エルメスさんのようなモトラドがほしいのだ」

「すごくほめられてうれしいけどさ、そんなに本物のモトラドがほしかったら、よその国から輸入する方法もあったんじゃないの?」

 エルメスがさらっと言うが、

「……残念ながら、我が国は他国との交易は法律で固く禁止されているんだ。技術力や科学力が他国に流れるのを防ぐための法律のせいで、モトラドを他国から輸入することができなかった。ましてこんな辺鄙な国だ。そこの国も好き好んでこんな国と貿易をしようとはおもわんだろう」

「そんなの解らないじゃん。法律を変える方法もあるんじゃないの。おじいちゃん大統領だし、それでもきるんじゃないの?」

「たしかに大統領である私の権限で法律を変える事も出来るが、私個人の独断で国を危険な目には合わせられないよ。もしこの国の科学力が他所の国に出回ってしまえば、戦争をたくらむ国や攻め入られるきっかけになってしまうかもしれない。こんな国でも私の祖国だからね。自分勝手な事は出来やしないよ。だからどうやってもこの国にモトラドを輸入することが出来なかった。だからこそ、だからこそ私は、誰かがモトラドで訪れてくれるのをずっと、ずっと私は待っていたんだ。そして三日前。三日前にようやく、キノさんがエルメスさんがこの国にやってきてくれた」

 映像がまた変わり、キノとエルメスが入国した日の映像が映る。

「管理局から代わった乗り物でやってきた旅人がいると報告を受けたとき、キノさんとエルメスさんの画像を見て、私は運命だと思った。この気持ちを遂げることなく、そのまま死んでいくものだと思っていたが、ようやく、ようやくに願いがかなった。一時は迷いもした、他人の物をほしがることは浅ましい行為だとは解っている。でも、私はどうしてエルメスさん! あなたがほしいのだ。頼む、ぜひ私のものになってくれ!」

「キノ……どうしよう?」

「エルメスに任せるよ」

 判断をエルメスにゆだねキノは様子を見守る。

「私のものになってくれたのなら、もう二度とつらい思いはさせない。一生大事にしてあげよう。二度と走り回ったりなんかさせないよ」

「……え、走ってくれないの?」

 困ったように言うエルメスに、

「ああ、走らせるなんてとんでもない」

 老人は断言するように、

「走ってしまったら部品や車体が痛んでしまうし、第一汚れてしまうじゃないか! そんな事をしたら、君はいつか壊れてしまう! そんなことは絶対にさせはしないよ! もう、つらい思いはさせはしない。決して走らせないと誓おうじゃないか!」

 しわだらけの顔の中から熱のこもった優しいまなざしを向け、

「一生きれいに君の事を飾り、いつも私の手でピカピカに磨きあげ、毎日整備しようじゃないか! 私の残り少ないわずかな人生を全て君に捧げよう! 君が困らないように私の死後も、一生面倒を見てあげるつもりだ。君が、もう二度と何も困らないようにすべての手を尽くして君を守ろうじゃないか。だから頼むキノさん!」

 キノの前に手を組み、まるで神様に祈るような姿勢でひざまずき、歳の尊厳も捨て懇願してくる老人は、

「エルメスさんを私のもとにおいてはもらえんだろうか。絶対に大切にしよう。決して傷つけはしない! だから頼む! この通りだ!」

 頭を下げ、嘆願してくる。

キノはエルメスに、

「エルメス……そろそろ決めたら」

「うーん」

 唸り、考えてからエルメスは、

「走ってくれなきゃ困るからお断りします」

 最初から決めていたかのように、あっさりと老人の申し出を断った。

「ええ?」

 そのまま死んでしまうのではないのかと思うような大声を上げ老人はわなわなと驚き、

「じゃあ、エルメスはここに残らないの?」

 キノに訪ねられエルメスは、

「うん。これからもキノと一緒に行きます」

 キノに、そう軽く告げた。

 老人は今の現実を否定するかのように大慌てで、

「な、なんでだい! なんでそんな事を言うんだい! もう走る必要は無いんだよ。あんな、危ない外の世界を走るなんてとんでもない。そんな世界をもう走っていけない。走って行けば、君はいつかどこかで壊れてしまうのかもしれないんだよ。そんなの幸せじゃないだろう」

「そうかもしれないけど──」

 必死につなぎとめようとする老人にエルメスは、

「それより走れなくなる方がつらいよ」

 自分の大切な気持ちを優しい声音でそっと告げ、

「おじいちゃん。走るのはつらいって言ったけど、モトラドはね、走っているのが一番幸せなんだよ」

 そのままエルメスはゆっくりと、落ち着いた声音で言う。

 老人は、

「……走っているのが幸せ……」

 繰り返すように呟き、

「そう、幸せだよ。モトラドは走ることが幸せなんだ。そりゃあ整備も毎日してほしいし、もっと丁寧に扱われたいとも思うし、もうちょっと寝ていたいと思うこともあるけどさ、でも誰にも乗ってもらえず、ずっときれいに飾られたままだなんて死んでるのと同じじゃん。そんなの壊れるよりもっとひどいことだよ」

 とても落ち着いた、やさしいエルメス言葉を続き、

「だから、おじいちゃんのせっかくの申し出は、お断りします。ごめんなさい」

 老人にそう丁寧に断った。

 老人は今にも大声で泣き出してしまいそうな、とても悲しそうな顔をしていたが、深いため息の後、何かを悟った安堵の表情をしながら、

「……そうか、モトラドは走っている事が幸せなのか……」

 納得するように呟き、

「そうだな……確かに……モトラドは走っている時が一番美しいなぁ。平原を、荒野を、ありとあらゆる場所を走っているあの力強さは、とても綺麗だ。本当に美しいよ」

 熱の入った紅い顔で、

「私も、若い頃はそんな風に乗りまわしたいと思っていたものだったな……でも」

 年老いた自分のか細い身体を寂しそうに見ながら、

「私では……いつも走ってあげることはできないな……もう、この歳だ……」

 悲しそうにつぶやいた。

 そしてキノに視線を向け、

「……仕方が無いな……諦めるよ……キノさんと言ったね……これからもエルメスさんを大切にしてあげてください」

「ええ、大切にします」

「約束だよ。約束したからねキノ」

 念を押すように言うエルメスを置いてキノは、

「では、ボク達はそろそろ行きます。ご招待して頂き、ありがとうございます大統領閣下」

「ああこちらこそ、ありがとう。最後にこの眼で本物のモトラドが見れて良かった。そして話せてよかった。本当にありがとう」

 感謝する老人にキノは頭を下げ、

「さようなら大統領閣下」 

「申し出、ありがとうね」

 老人に別れを言うエルメスを押し、キノは部屋を後にした。

「……さようなら、エルメスさん……」 

 そう呟くと、老人はボロボロと涙を流していた。

 ただ悲しそうな顔ではなく、想いを遂げることのできた、とてもうれしそうな晴れやかな顔で泣いていた。

 

 

 

 大統領のドームを出た後。

 位の高そうな男性に来た時と同じように、キノはエアカーにエルメスはリアカーに乗せられ、そのまま城門へと向かう。

 出国の手続きをし、入国した際に手渡された書類端案を管理官に手渡し、特に問題はないと許可が下り、見送られながらキノとエルメスはその国を後にした。

 城門を出るともう外は夕暮れ時となり、茜色の地平線が世界を淡く染めていた。

 そんな紅の世界に走りだそうとして、エルメスのエンジンをかける。

 動き出すエンジン音の後、エルメスが快調に走りだす。

「本当によかったの?」

 キノは何気が何気に訪ねると、

「うん。こうやって走ってもらえないと、モトラドじゃないからね。飾り物になるのはごめんだよ」

「でも、いつも丁寧に扱われてちゃんと整備されるのも悪くないんじゃないの?」

「それはキノの役目ってことで」

「了解。じゃあ、次の国にエルメスが整備できる場所があったなら、ちゃんとエルメスを整備してもらおうかな」

「ほんと、約束したからね。うそついちゃだめだよ」

「一応約束するよ」

「あ、本当に約束してよ。ゆびきり。ゆびきりして」

「……どうやってするのさ」

 そんな弾む会話を秋風に乗せながら、世界は今日も夜へと染まっていく。

 

 一目ぼれの話 end




 いかがでしたか?
 キノの旅。
 エルメスが告白される話でございます。
 エルメスのモデルになっているバイク──ブラフ・シューペリア SS100は、まさにバイクって感じがして大好きです。
 ああ女神様の主人公の祖父が乗っているのと同じやつだと知ったときは、ええ、感動しましたとも。でもあのバイクはドイツ製じゃなく、イギリス製だったなんてと、意外性に驚いています。
 あの無骨な形に、エンジンの造詣と、まさにバイクって感じがいいんですよね。
 そんなエルメスに一目ぼれした、さびしき老人。
 規制が進めば、いつしか当たり前だったものが見れなくなる日が来るのではと思い書いておりました。 
 最近のアニメも、残酷な部分は影でごまかすなどいろいろな規制がかかっておりますが、これからどうなっていくのでしょうか?
 作品を作ることや規制が厳しくなる日がないことを祈りたいです。

 では、また。
 最後まで読んでいただき感謝いたします。
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