小説の林堂 二次創作 小説「キノの旅」   作:イバ・ヨシアキ

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 お読みの皆様、御拝読ありがとうございます。
 今回は中盤から会話のみの表現に力を入れてみた作品です。
 うまく書けたか不安ですが、皆様に読んでいただけたら幸いです。
 最後までお楽しみください。


 「愚痴」

 

 愚痴 

 

 ──Grumble──

 

 秋の涼やかさが終わりを見せていた、そんな冬初めの頃。

 季節が次の季節へと移りいく、少しだけ肌寒くなり始めた大気を切りながら、モトラド(注意・二輪車の事)のエルメスで、様々な国々を巡っていた旅人のキノは、ある国に訪れていた。

 その国は、たいしてこれといった特徴がある国でもなく、でも、とても平和で治安の良い、旅をすれば大抵訪れてしまう、ごく普通にありふれた、平凡な国だった。

 そんな、ごくごくどこにでもあるような、ありふれた普通の国に入国したキノとエルメスは、いつものように三日滞在を申請し、いくつかの手荷物の検査や、所持していたハンド・パースエイダー(注意・拳銃の事)の携帯許可などを終え、さして問題もなくあっさりとその国に入国した。

 そして短くも長く感じた入国審査を終えた後キノは、

「よし。とりあえず、まず、ご飯に行こう」

 宣言するように強い声で言い、

「ほどほどにね」

 と、たしなめられるエルメスに跨り、勢いよくアクセルを吹かし、アスファルトで整地された、ゴミ一つ落ちていない綺麗な道路を走りだす。

 国が指定する制限速度を守り、進む緩やかな車が流れに入りこみ、その流れを乱すことなく行き交う車をひょいひょいと走り抜けていく。どこかに美味しそうな、それでいて安い、お店はないかと探していると、向かい風に乗って運ばれた、とても美味しそうな匂いがキノの鼻をくすぐる。

 つられるように匂いのもとを探るように通りを走り進んでいくと、沢山の露店がずらりと並ぶ、人通りの多い大通りへと出た。

 食べ物の屋台が多く、とても美味しそうな匂いが広場に充満している。

「全部食べたら駄目だよ──イタ!」

 からかうエルメスを小突いた後キノはエンジンを切り、降りて、エルメスを手で押しながら人波の中を進み大通りに並ぶ露店を廻っていく。

 串肉屋や甘いお菓子を売る店など目移りしながら、どれを食べようかと迷ってしまうそんな中、出来たてで、しかも驚くほどに安い手作りパンを売っている店を見つけた。

 それに近くには、その店が並べたのだろう綺麗な簡易式のテーブルと椅子が置かれ、食事をするにはまさにうってつけのお店だった。

「ちょうどいいや、ここにしよう」

 キノは迷わずに空いたテーブル席の近くにエルメスを停め、キノは早足に露店へと向かった。

「早く帰ってきてねぇー」

 エルメスの声が届く前に、キノは露店へと消えていた。

 そして数分もたたずに、キノは沢山の出来たての菓子パンが乗ったトレイに、手作りのミックスジュース(LLサイズ)などを軽々と抱え、ニコニコと笑顔で帰ってくる。

「一応聞くけどさ、そんなに食べられるの?」

「うん♪ これくらい余裕だよ♪」

「だろうね」

 と、満面の笑顔で応えるキノに呆れながらエルメスは、

「ほんと、小さい身体なのに、よくそんなに食べられるよね」

「ボクも不思議に思うよ♪」

 キノはトレイを置き、椅子に座り、まず最初に食べようと買う時に強く決めていた菓子パンをじっと見つめながら、とても幸せそうに顔をさらにニコニコとほころばせながら、そのパンを掴み、大きく口を開け、ぱっくとかじろうとすると、

「……ぼうや、すまないが」

 ブルーベリーが溢れるほど沢山に盛りつけられ、上からたっぷりとカスタードで飾り付けをした、宝石箱のような菓子パンを食べようとしたちょうどその時に、薄汚れ身なりのボロボロな中年男性がキノに話しかけてきた。

「うわぁー、きたないおっちゃんだね」

 エルメスの無遠慮な言葉通りに、中年男性はボロボロの色褪せた服を着ていた。

 ほつれを無理に縫い修復したカバンを肩から掛け、髪も全く洗っていないのが、見ればわかるほどにぼさぼさに乱れ、油とふけでべとべとに張りつき、シワの深い顔も肌も茶色く垢にまみれているなど、あまりいい日々を過ごせていない様子が容易にうかがえた。

 中年はキノが買った山のような菓子パンをじっと食い入るように見つめたまま、すっとポケットに手を入れた。

 キノは別にその動きをこれといって警戒する事もなく食べようとしたブルーベリーカスタードをぽすんとトレイに置き、中年を見やると、

「……これで、これで何か食べさせてほしい。お願いだ、これをあげるから何か食べさせてくれないか。まともな食事なんてもう……しばらくしていないんだ……お願いだ、これで君のパンと取り換えてくれないか?」

 切実な、かすれた声音を絞り出すように中年は、取り出し手のひらにのせていたメダルをキノに見せながら、

「これは大変高価なものなんだよ。普通なら決してお金に換えることなどできはしない、とてもとても貴重なものなんだよ。そんな貴重なものをそんな、安いパンの山と交換しようと言っているんだ。お願いだ、ぜひ君のパンを売ってくれないか」

「うーん、残念だけど、それだけじゃ無理だと思うなぁ。ってか、キノの食事を邪魔したら殺されちゃうかもしれないから、今は話しかけない方がいいよ」

 一応に忠告するエルメスの声などまるで届いていないのか、中年は形相怖く、じりじりとにじりよるような視線でキノの返答を待っていた。

 だがキノは別にパースエイダー(注意・銃の事)のグリップに手をかけず、別にそれとなく中年を警戒する事もなく、

「いいですよ」

 と、あっさりと承諾し、中年からメダルを受け取った。

「ありゃあ? 珍しいの。明日はお月さまが落ちてくるかも」

「でも、このメダルなら、残念ですけど、このパンとしか交換できませんよ」

 キノは日持ち目的に買った、もとい日が立ち、店側が捨てるのでタダでもらった二つの硬い小さな黒パンを見せた。

 エルメスは、

「ほっ! 明日はたんなる台風に洪水か。あーよかった」

 どこか安心しながら呟くエルメスを小突くキノに、中年は、どうしようかと、しばらく深く真剣に悩みながら、とても嫌そうな顔をしながらも、

「……わかったよ……これでいい」

 背に腹を変えられないのか、どこか納得できないような憤然としながら仕方なしにと、男は二つの黒パンだけを手に取り、キノの菓子パンの山を、口惜しそうに名残惜しそうに、そして恨めしそうにじっと見詰めていた。

 キノは別に、そんな中年からの怨嗟の籠った視線を気にした様子もなく、

「とても綺麗なメダルですね。このメダルは、何のメダルですか?」

 受け取ったメダルを、じっと興味ありげに眺めながら訊ねてくる。

 自分の小さな手のひらにはあまりにも大きすぎる、銅を丁寧に削り丸みを帯びた綺麗な円形で形造られたメダル。

 表には、咲き誇る花の模様が鮮明に刻まれ、裏には〝首相就任記念〟と文字が刻まれているのを見つけ、

「首相……ですか?」 

 文字を読みながら訊ねるキノの声に、 

「ああ、かつてわたしは、とある国の未来を担う首相だったんだよ」

「うわぁー、すごーい」

 エルメスが驚き、

「かつて……今は、何をされているんですか?」

 キノは言葉を捉えて問うが、

「……」

 中年はキノの問いにまったく答えず、  

「……その前に、このパンを食べてもいいかな……久しぶりの、本当に久しぶりの御馳走なんだ」

 気まずそうに、気恥ずかしそうに言う中年に、

「それは失礼をしました。どうぞ、気にせず食べてください」

 キノの落ち着いた声に勧められ、中年はぼそぼそと声を抑え言うと、手にした二つの黒パンの内一つを、大きな口を開け美味しそうにかじりついた。

 ほんとうに久しぶりのまともな食事なのか、立ちながらがつがつと荒く貪りながら、中年はあっという間に二つの黒パンを食べ終えてしまった。

「よっぽどお腹が空いていたんだね。キノよりもすごい食い意地──あいた!」

 見てエルメスは感心しながらに言うが、ガツンとエンジンをキノに蹴られてしまう。

「……ああ、まともな食事なんて本当に久しぶりだからね……」

 エルメスの言葉に気恥ずかしそうにしながら中年は、カバンから古く薄汚れへこんだ水筒を取り出し、ごくごくと水を流しこんでいく。

「で、なんでおっちゃんは首相だったのに、今はそんな生活しちゃっているの?」

 エルメスの無遠慮な問いに、

「それは……」

 飲み終えた水筒をまたカバンに仕舞い、どう答えればいいのか困った顔で中年は、

「……自堕落で退廃的な悪しき考えに毒されてしまった国民達に、私は職を、財産も、国も、全て奪われてしまったんだ……だからこうなってしまったんだ」

 とても悲しそうな顔をしながら、力なく中年は呟いた。

 そして、

「ぼうや、モトラドくん……もし良かったらでいい、この巡り合いの縁で私の話を聞いてくれないか……誰かに……誰かに聴いてほしいんだ……私の国が、どれだけ愚かなのか。そして、その国の国民達が、どれだけ愚かな事をしたのかを知ってほしいんだ。そして君達も、次に行く国や旅先で、是非にその事を伝えていってほしい。どうか、聞いて貰えないだろうか?」

 陰鬱な表情のまま懇願してくる中年に、

「伝えるまでは確約できませんが、食事をしながらでいいのなら聴かせていただけますか」

「ききたいー、ぜひきかせてー」

 ブルーベリーカスタードを美味しそうに頬張るキノと、興味津々なエルメスの承諾の後に、中年はキノの向かい側に座り、腰を重たそうに下ろしながら、両手をテーブルに置き、息をすっと整えてから語り始めた。

 

「……そうまず私が首相になる前の頃の話をしよう。そう今からちょうど三年前だった。自分で言うのもなんだが、私の家は代々国の政治にかかわってきた由緒ある一族だったんだ」

「へえ、じゃあ、おっちゃんのおとうさんも首相だったの?」

「ああ、私の父もおじい様も、それはそれは立派な首相だったんだ……特におじい様は、長年続いた独裁者である王権政治を終わらせた英雄でもあるんだ」

「うわぁー、すごーい。英雄だったんだ」

「ああ、そうさ。おじい様は誇れるほどに立派な英雄だったんだ。私が生まれる前の時代は、それはそれはひどい時代だったらしい」

「どんな時代なの?」

「それはとてもひどい時代さ。その時代を治めていた王は、とても利己的な愚かな王だと父から聞いている。その時代の王はとても自分勝手で、国民の事をまるで考えていない、最低な王だったらしい。手前勝手で自分本位な法律を作ってはいつも国民を困らせ、無茶苦茶な、とても恥知らずな××××だったらしい」

「へえー、大変な時代だったんだね」

「そうだよ、本当に大変な時代だったんだ。でも、そんな暗闇の時代を終わらせようと、おじい様は高潔の意志で王権政治に勇敢に戦い、支えてくれた国民達と一緒に見事王権政治を打倒したんだ」

「ふむふむ」

「そして、独裁者たる暗君たる王を倒し、その偉大なる功績を讃えられ、おじい様は民衆に初代首相として選ばれたんだ」

「ぱちぱち、めでたしめでたしだね──って、キノ食べてばかりでちゃんと聴いてる?」 

「……んぐ、ちゃんと聴いてるよ」

「だったら良いけど、あ、でさ、その後、国はどうなっていったの?」

「その後は、いい方向に進んで行った時代だったよ。首相になったおじいさまは腐敗していた国を変えた。国民を第一に思った善政を行い、深く根付いてしまった閉鎖的な政治環境を民衆に為に開き、厚い隔たりのあった貴族や平民の偏見に満ちた垣根を壊し、寝る間を惜しんで、国を人民の為の自由と平等の国として新しく造り変えていったんだ」

「うわー、すごい頑張り屋さんだったんだね」

「……でも、その頑張りがたたってしまったんだろう。おじいさまは就任後10年で、この世を去ってしまった。長期にわたる激務の過労が原因だったらしい……」

「御愁傷様。その時は大勢の人が泣いたんだろうね」

「ああ、とても泣いてくれたらしい。その時は国を挙げての国葬だったとも聴いている。国民は偉大なる指導者の死に涙を流し、しばらく悲しみにくれていたが、おじい様の高潔の意志は私の父にちゃんと受け継がれ、父は、おじい様の後を継ぐように、国民達に次の首相へと選ばれたんだ」

「ぱちぱち、これで国も安泰だね」

「そして父も、おじい様に負けないくらいに立派な政治を行い、寝る間を惜しんで国民のために働いた。父はとても頑張ったよ。おじい様の偉業を引き継ぐように、国の閉鎖的な古い法を廃棄し、新しい法に自由と権利、機会と平等を書き加え、国民達に未来を与えたんだ。そしてその未来を担う子供達の教育と、国をより良くしていける発言の自由、そして努力と才能があれば誰でもどんな職にも就ける機会と平等を父は創ったんだ。でも、そんな父も、おじい様と同じように過労が原因で、就任から10年で、この世を去ってしまったんだ……」

「ありゃ、お父さんも頑張りすぎちゃったんだね」

「父は、おじい様をとても尊敬していたからね。おじい様に恥じるような首相にはなりたくはなかったんだろう」

「そして、あなたのお父様のあとの次の首相には、孫であり息子である、あなたが選ばれたんですね」

「そうだよぼうや。次の首相には当然、私が選ばれたよ。偉大なる英雄の血を引き、その孫たる私にしか国を動かせはしないと、国民全てが私を選んでくれた。思えば、あの時は、国民全てに期待されていたなぁ。私も、国民のそんな真摯な期待に応えようと、そして、おじい様や父を越える偉大な首相になろうと、自分でも言うのもなんだが、あの時は、とてもやる気に満ちていたよ。この国を、より良くしていくんだってね」

「で、そんなやる気に満ちたおっちゃんは、首相になった最初、どんな事をしたの?」

「私がまず最初にした事は……そう、国に蔓延っている犯罪の根絶だったよ」

「? 犯罪の根絶ですか?」

「ああ、おじい様やお父様は年々増えていく犯罪の増加に頭を悩ませていた。特におじい様の代、王政から民衆政に変わる時期は一番犯罪が多かったらしい」

「どこもたいへんだねー」

「ああ、犯罪は大変な悩みなんだ。おじい様もお父様も犯罪をどうにか根絶しようと考えていたが、そのまえにやらねばいけない事が沢山あったせいで、犯罪根絶を成す事が出来なかった。お父様が生きていた時代には犯罪を僅かに減らす事しかできなかった。だからこそ、だからこそ私が、私の代でこの国の犯罪を根絶すべきだと思い、首相になった最初、どうすれば犯罪を国から根絶できるかを考えた。必死に、それは寝る間も惜しんで考えたよ。そして、どうすれば犯罪をなくすことができるのか、そして何が犯罪の最たる原因なのかがようやくわかったんだ。そして、その問題を全て解決出来る一つの法案を考えだしたんだ」

「どんな法案を考えられたんですか?」

「警察と法律の廃止だよ」

「……?」

「……はい?」

「? あの、警察と法律の廃止とは一体どういう事なんですか?」

「……解らないのかい? 犯罪を完璧になくすには、犯罪という誤った認識を作ってしまう警察と法律を廃止すればいいんだよ」

「? ? ん?」

「あの……まだ、よく解らないのですが……どういう事か、解り易く説明していただけないでしょうか?」

「……君達は、無知なんだね」

「あっちゃー、キノ言われちゃったね」

「否定はしません。ボクには知らない事が沢山あります。もしよければボクに御教えいただけないでしょうか?」

「いや、気を悪くしないでくれ。まあ、無知なら仕方がない。これを機に是非学んでほしい。いいかい、つまりだね、よく言う犯罪の温床は犯罪者の人間性だとか貧困だとか差別なんかじゃ無く、法を守るといった警察と刑法の存在こそが犯罪の温床なんだよ」

「だって、キノ。解った?」

「……まあ少し……」

「そもそも警察と言う組織は絶対的な正義なんかではないんだ。そして、法律も絶対的な秩序を作っているわけでもないんだ。たとえば、警察の様な罪人を裁く権力を持つと、どんな高潔な意思を持つ人でも、その絶大な権力に毒され遅かれ早かれ腐敗してしまう。権力とは、私やお父様やおじい様のように天から選ばれた才能のある人が持たねばいけないんだ。それをおいそれと凡人に渡してしまう事はとても危ないことなんだ。それこそ、おじい様の統治がおこなわれる前の愚かな王の時代と同じなんだ。それに法律も絶対のものでもない。そうたとえば、ある人がパンを盗んでしまったとしよう……多くの人はそれはいけない事だというかもしれないが、もしかしたら、その人がパンを盗んでしまった事にはやむをえない訳があるかもしれない。そう、その人はもしかしたら、今日生きる事も難しい程に餓えて、やむをえず盗んでしまったのかもしれない。犯したくもなかった罪を誤って、運悪く罪を犯してしまった不幸な人を捕まえてしまう事は、はたして正義なのか? 無論、そんなのは正義ではない。では、なぜその人が悪として裁かれなければいけないのか? それはその人を悪人として認識させてしまう法律があるからなんだ。その間違った法律のせいでその行為は犯罪だと、知らず知らずに無意識に根付かせてしまっているせいで、謝ればすむような些細な事すらも犯罪と見間違わせているんだ。だから犯罪をなくすには、罪を犯してしまった人を捕まえてしまう警察と、その行為が犯罪だと誤認させてしまう法律を廃止すれば、自然と国から犯罪はなくなるんだよ」

「うわぁー、すごいねー! とても斬新な考えだね、キノ!」

「……」

「まあ、驚くのも無理はないかもしれないが、でもこれを機にちゃんと解ってほしい。人は、誰も彼も最初から犯罪を犯すつもりなんてないんだよ。いや、そもそも悪なんてものはこの世に存在してはいないんだよ。人は皆、本質は優しいんだ。罪を犯してしまった人は、ただ運悪くそうなってしまっただけなんだ。それをよってたかって、罪を犯してしまった人を犯罪者と口汚く罵り、その人を救いようのない極悪な人として扱い、周りがそんな、かわいそうな人を犯罪者と認識してしまう事の方が、一番の問題なんだ。誰も、生まれついての悪なんていないんだよ。それは絶対の事なんだ。ただ不幸な過ちがあるだけなんだ。そして過ちは誰にでも久しくあるものなんだ。その一時の過ちを寛容に許し、たとえ人を殺めても、許せる豊かな心を人々は持っていかなきゃいけないんだよ」

「……だって、キノ。これから持っていけそう」

「……ボクは無理かな」

「ん? 何か言ったかい?」

「んーん、なにもー」

「いえ、こっちの話です。すいません。気にせず続きをどうぞ」

「……ああ、その、今言った事を踏まえればだ、犯罪をなくすのなんてとても簡単な事なんだよ。犯罪だと勝手に決めつけ無秩序に取り締まる警察と、その行為が犯罪だと勝手に定め、無知な人に差別的な誤認させてしまう法律がなくなれば、自然と国から犯罪はなくなるんだ。私はそれを国民全てにちゃんと、解るように何度も何度も説明したが……結局、だれも解ってはくれなかったな」

「で、それからどうなったの」

「ひどいものだよ……国民は私に向かって、〝この国を犯罪者の国にするのか!〟とか、〝この国の秩序を捨てる気か〟とか、しまいには私の事を×××××か×××××扱いをしたよ。国民達は、いい国を作れる可能性を自ら、いとも簡単に否定してしまったんだ! 本当に××××な事をしたものだよ! 法律や警察などなくても、人は許しあえる気持ちを持てば、簡単に犯罪などなくせるのに! それなのに……」

「……ようするに法案は通らなかったんですね」

「ああ、そうだよ。私は無理にでも議会に法案を通そうとしたが、×××××で××××な議員全員にあっさりと否決されてしまった」

「残念だったね。どんな風になるか見てみたかったかも」

「ああ、きっと、とても素晴らしい未来が待っていた筈なんだ……なのになんで受け入れてくれなかったんだろう」

「で、その後はどうなったのさ?」

「……法案が否決され、私は、なんでその法案が国民に反対されたのかを考えたよ。おじい様やお父様にならって、寝る間を惜しんで必死に考え抜いた。そして考えて考え抜いた寝ずの三日目の朝に、その理由がようやくわかったんだ」

「なんだったの?」

「それはね……無秩序な表現のせいだったんだよ!」

「……?」

「こりゃまた、斬新な理由だね。斬新すぎてぜんぜん予測もできなかったよ」

「……しっ、聴こえるよ……で、無秩序な表現とは、一体なんですか?」

「ああ、こうして、あらためて言うのも恥としてしか聴こえないと思うが、あえて言うよ。それが今後の君達の為になるからね。いいかい、私の国はありとあらゆる表現が無秩序に氾濫していたんだ」

「表現が氾濫していたって……うーん、よく分かんないなぁ? どういうことなのさ」

「氾濫……それは表現が自由という事ですか?」

「ああ、その通りだよ。まるで規制されていなかった、あれは表現の自由というより表現の無法そのものだよ」

「表現の無法ってなにさ?」

「それはいったいどういう事ですか?」

「言葉通りの意味だよ。ただ安易に思いついたいい加減で無責任な稚拙な文や絵で表現し、その表現から発生する様々なそれらの情報の与えてしまう責任を理解せずに、その表現が間違っているのかも考えず、ただ誤った表現を鵜呑みに信じてしまう環境は、まさに表現の無法だよ」

「だってさ、キノ。わかった?」

「……まあ、なんとなくかな」

「そう、表現がちゃんと正しいものなのかと審議、検閲され、規制されていないせいで、表現そのものが無法と化していた。ほかの表現にも、それは同じように言えた。たとえば娯楽目的の表現──漫画やアニメ、映画やドラマ、演劇にも、子供に見せてはいけないような表現もあれば、一方的に人を悪と決めつける差別的な表現や、根も葉もないうわさで人を騙し、陥れる悪意ある表現など、数えたらきりがなかった。私の生まれる前の時代。そう、おじい様が国を変える前の時代──おろかな王がまだ納めていた時代の頃は、表現はちゃんと厳しく検閲され規制されていたらしい。もし、王を批判する一言を呟くだけで、一族全員を死罪にしていたと聴いてもいる。私は愚かな王政時代を認めるような発言はしたくはないが……王政時代は常に国民達の表現を検閲し、厳しく表現を規制していたおかげで無意味な混乱が抑えられていたのは事実なんだ。何度も言うが私は王政時代は決して認めたくはないが、頭ごなしに全てを否定するのは間違っていると思っている。間違いの中にも参考にすべき事柄は確かにあるんだ。だからこ表現を検閲し、規制する事だけは、認めてもいいと思う。そうした徹底した規制こそが国の運営と秩序の為に必要だったんだ。現に、私が考えた警察と刑法の廃案を、最初から国のマスコミと新聞は面白可笑しく否定し、その後も私のある事無い事のうわさや作り話をさも真実として報道し、国民の信頼を狡猾に失わせていったんだ」

「ふむふむ」

「報道や評論は、ただ無秩序に筆者が思いついた曖昧な情報を国民に向けて発信し、誤った愚かな考えを国内に蔓延させてしまうんだ。検閲されていない情報は真実を隠してしまう。表現なんてものは国を敗退に導く猛毒にすぎないんだ。ちゃんと規制しなくてはいけなかった。表現を無秩序にしてしまったおじい様の愚かな過ちを正さなくてはいけなかったんだ。それに無秩序で恥知らずな表現をちゃんと規制しなかったからこそ、私の警察組織と法律の解体の意味が正確に無知で無教養な国民に伝わらなかったんだ。だからこそ私は表現を規制いや、表現を廃止することを決めたんだ」

「表現を廃止……ですか」

「ああ、規制や検閲なんかでは生ぬるいよ。いっそ全ての表現を廃止してしまえば、二度と愚かな表現はされなくなる。私はそこに着目し、無秩序になってしまった国の表現のすべての廃止を考えたんだ」

「……廃止ですか。規制ではなくて」

「ああ、廃止だよ。どの表現を規制すべきか選査しては時間と手間がかかってしまう。そんな手間をいちいちかけるくらいなら、いっそ全ての表現を禁止してしまえばいいと思ったからこそ、私は表現の禁止を決めたんだ。違反者は一族郎党すべて死刑。それくらいは必要なんだ」

「だってキノ。これから表現には気をつけたほうがいいかもね」

「……まあ、時々間違った情報は確かにあるかな」

「? どうしたんだい?」

「いえ、で、その法案はどうなりました?」

「……法案は通らなかったよ。またしても反対されてしまった。もし可決されていたなら、私は放浪なんてしていないよ」

「だろうねー」

「法案を議会に通す前に、不運にも私の法案は悪しきマスコミに知られてしまい、マスコミどもは私のその法案をまるで悪魔の所業のように書きたてたんだ!」

「あの、おじさん興奮しないで」

「ああ、すまないモトラド君……続きを話そう。マスコミどもは私のことを悪政時代の王の再来と評し、私を××××扱いし、マスコミが描いた情報を国民は鵜呑みに信じ、国民達は私の事を××××だとか×××だとか言い、あまつさえ私の事を××××だとか××××だとも言い、聴くに堪えない差別的表現を悪用し、愚劣にも私を追い詰めたんだ! 結局、その法案も議会を通る前に反対されてしまった」

「残念だったね」

「……」

「その後、私は追い詰められていった。私の退陣や辞職を国民が訴え始め、議会の連中も私を×××××扱いを始め、かつておじい様とお父様とともに国を盛り上げていった仲間や政治家たちも全てが敵になってしまった」

「〝紙面増加〟ってやつだね」

「?」

「……エルメス、それってもしかして〝四面楚歌?〟」

「そう、それ」

「……ああ、そうだよ、モトラド君。まさにそのとおりだ。国中の国民すべてが敵になってしまった。私が道を歩いただけでも石を投げつけ、〝辞めてしまえ!〟と、聞くに堪えない暴言や罵倒を浴びせてくる輩が増え、私が住む家の壁にも同じような落書きが幾つも書き殴られてしまった。私は国民すべてに嫌われてしまったんだ」

「お気の毒」

「そしてそのまま、あなたは国を出たのですか?」

「……いや、私はそんなことぐらいで故郷である国を出ようとは思わなかった。私は国を出たんじゃない。私は、追放されてしまったんだよ」

「追放? おっちゃん追放されちゃったの。そりゃまたひどいねー」

「ああ、ひどい事だ。私は何も悪い事をしていない。国のためになることしかしていないのに、私は、くそぅ」

「まあまあ、おっちゃん泣かないで」

「……泣いてなどいないよ。私は、泣いてなんか……」

「でさ、なんでおっちゃんは国から追い出されちゃったの?」

「……ああ、話が途中だったね……私が国を追い出されてしまったのは、長年敵対していた隣国との国交を正常に戻そうとしたのが原因なんだ……」

「いったい何をしたの?」

「別に、私は変なことはしてはいないさ。ただ私は、隣国との凝り固まってしまった長い憎しみと争いを終えさせようとしただけなんだ……それなのに、私の国が滅ぼしてしまったんだ」

「滅ぼしたって……戦争でもしちゃったの?」

「そうだよ……愚かにも戦争をしてしまったんだ……いや、戦争ではない。あれは侵略だった。よりにもよって私の国が、私の国の無知で野蛮なあの愚かな国民が、侵略という忌むべき行為を行ってしまった。ともに新しい歴史を築いていこうとした、過去の因縁を捨てて手をさしのばしてくれた、あの優しい国を滅ぼしてしまったんだ……」

「なんで、あなたの国の国民は、その隣国を滅ぼしてしまったんですか?」

「その隣国はね、おじい様が打倒した王家の親族が納めていた国なんだ。多分、それが侵略した理由だったんだろう」

「なるほど」

「私の国よりも人口の少ない小さな国だった。私のおじい様の生まれる前の時代、まだ愚かな王族が国を治めていた頃に、その隣国に嫁いだ王女が、夫である王の死後に国を治め、以来、その国とは姉妹国となり、平和にやっていたらしい。が、おじい様が王族を倒し、王政を廃止した途端、その国は一方的に国交を断絶させてしまったんだ」

「なるほどなるほど」

「まあ、当然だろね。王政を打倒した相手と国交を持っていたら、自分の国まで滅ぼされてしまうと考えるのが当然だからね。まあ、そしてそれ以来いつ戦争をしてもおかしくないくらい、その国との仲は最悪なものになってしまった。おじい様の時代は全面戦争になる一歩手前まで緊張が走ったらしい。そしてお父様の時代は国境付近で幾度かの小競り合いがあったらしい」

「そしてあなたの代で、」

「そう。私は、その国と仲直りしようとしたんだ」

「仲直り?」

「ああ、長年敵対している国との関係を正常に戻し、おじい様やお父様ができなかった事を成し、私がいかに才にあふれた有能な指導者であるかを国民に知らしめる必要があったんだ」

「でも、結局は失敗しちゃったんだね。何がいけなかったの?」

「私にいけなかったことなんかないさ。あの野蛮な私の国の軍隊が、クーデターを起こさなきゃすべてがうまくいっていたんだ」

「クーデター? またなんでさ?」

「さあ、なんでか私にもわからないよ。ただ、私は武力放棄し、国を閉ざす城壁のすべてを撤去し、他国を委縮させるだけの野蛮な軍隊を解散させようと宣言しただけなのに。なんで、軍はあんな愚かなことをしたんだ」

「……武力を放棄し、城壁を撤去、そして軍隊を解体……ですか?」

「ああ、それが相手側の国交回復の条件だったからね」

「条件……ですか」

「また、すごい条件を突きつけてきたね」

「ああ、とても素晴らしい条件だと思うよ。私は隣国と幾度なく対話を求めていた。相手側からは無視され続けられていたが、ある日、相手側からこんな要求があったんだ。〝あなたの国の全ての武力を放棄し、軍を解体し、城壁を外し、戦争をする意思を見せないのなら、我が国との国交を戻しましょう〟と、相手から返事があったんだ」

「また、すごい返事」

「あなたはその返事を聞いてどう思いましたか?」

「私はその内容を聞いて感動したよ」

「感動したんだ」

「ああ、感動したね。私は前から争いのもとになる軍隊や武力、国同士を閉ざしてしまう城壁なんか廃止すべきだと子供のころからずっと考えていた。向こうがその考えを提示してくれた時、同じ考えを持つ人がいると知り、人はわかりあえるのだと確信し、今こそ、その思いを実現すべきだと、私は国民に、軍隊の解体と武力の放棄と城壁の撤去を法案として通そうとしたが──」

「国民からは反対されちゃったんだね」

「ああ。私が計画していたその法案がまたもやマスコミになぜか漏れてしまい、また根拠のまるでない嘘だらけの記事にだまされてしまった愚かな国民達が反乱を起こし、それに乗じて、軍隊までもがクーデターを起こし、ついに私は首相の座から下ろされてしまった」

「ありゃりゃ」

「でも、それだけではなかった。恐ろしい事に軍は、その条件を与えてくれた隣国に侵攻し、一日もかからずに滅ぼしてしまったんだ」

「つまり……戦争が起きてしまったんですね」

「いや……戦争なんて生易しい言葉だよ。一方的な虐殺と殺戮だった。隣国には、とても軍隊とは呼べない、瑣末な防衛隊しかなかったんだ」

「お隣さんは弱かったんだ」

「ああ、隣国はとても貧しく、国民も年々少なくなっていた。私の国には強そうに情報を流していたが、それが嘘であることはすでに見抜かれていたよ。マスコミや政治家だけではなく、子どもでも、それを知っていたくらいだ。まともな兵器もハンド・パースエイダーもろくにない、全くの軍事力を持たない弱い国だったよ」

「そしてその国を、あなたの国の軍隊が滅ぼしてしまったんですね」

「……そうだよ。なんの力も持たないに国にもかかわらず、私の国の軍隊は容赦なく虐殺と殺戮を行い、その国の国民すべてを全員殺してしまったんだ。女、子どもや年寄り、なんて関係なく、全員がその国の国民であるという事だけで殺されてしまった。隣国は私の国の領土になってしまった。国民は隣国が滅んだことを大喜びし、あまつさえその恥ずべき侵略行為を戦勝記念日にしてしまう始末だった」

「お気の毒さま」

「……ああ、私は、私は、なんて恐ろしい国の首相をしてしまっていたんだ。いや、おじい様やお父様が作った国が、なんであんな恐ろしい国になってしまったんだろう。私が子どものころはとても素晴らしい国だったのに、なんであんな国になってしまったんだろう」

「……そしてその後に、あなたは──」

「──そうだよ、国から追い出されたさ。投獄された私は、死刑にされるものだと覚悟していたが、おじい様やお父様の積み重ねた偉業のおかげで私は国外追放処分ですんだよ」

「おじいちゃんと、お父さんに感謝しなきゃね」

「ああ、感謝してもしきれないよ。でも、私に対しての刑罰は追放だけではなかったんだ」

「それはなんですか?」

「あの、愚かな国は私の存在した全てを消したんだ」

「消したって、ここにいるじゃん。おっちゃん幽霊なの?」

「エルメスのことは無視して、先を続けてください」

「……ああ、その、つまりだ、おじい様と、お父様の後に子ども……私はいなかったことにされたんだ」

「なーんだ。消されたってそういうことか」

「つまり、国はあなたの記録の全てを抹消したんですね」

「……そうだよ。君の言うとおり私は存在しなかった事にされてしまった。国は私の存在していた記録の全てを抹消し、私が住んでいた家を燃やし、私の肖像や戸籍をも全て消し、国民はもちろん、私を支えてくれた友人や恋人までもが私のことを忘れる事を選んだよ。今も追放前の新しい首相の演説を覚えているよ。〝この国には××××という愚かな人間はいなかった! この国の偉大なる二代の首相には愚かな子ども、三代目はいなかった! わが国には愚かな××××は決していなかった! すべて忘れ、いなかったことにする。我が国に、××××と言う、人物はいなかった!〟と、就任の演説でそう言い、私はその次の日に追放されたよ」

「で、今に至るってことなんだ」

「そうだ。追放された後は、ほかの国を転々としながら、私は、私を受け入れてくれる国が無いかを探していた。でも、いまだに見つからず、放浪はつづいているよ」

「で、この国はどうだったの?」

「……移住は認められなかったよ。今日で出国しなきゃいけない。この国も私を受け入れてはくれなった」

「御愁傷さま。まあ、元気出してね。あきらめちゃ駄目だよ。きっと、どこかにおっちゃんを受け入れてくれる国があるよ」

「ああ、そのとおりだ。私を受け入れてくれる国はきっとどこかにあるはずだ」

「そうそう。その気持ちが大事だよ。がんばってね」

「ああ、頑張るさ。かつておじい様も、生まれた国を追われ流浪の果てに受け入れてくれる国を見つけ、あの国をあんなに盛りたてたんだ。だからきっとどこかに私を受け入れてくれる国があるさ」

 

 

 ──中年男性はボロボロのリュックを背負い、先程まで力のなかった足取りとは違い、どこか勢いのある力強い足取りで雑踏の中に消えていった。

 テーブルに一人と一台と残ったキノとエルメスは、

「なかなか、おもしろいお話だったよね。キノってば食べてばっかりで、ちゃんと話、聞いてたの?」

「うん、ちゃんと聞いていた。それにいいものが手に入ってよかった」

「ほんとめずらしいよね。キノがそんなもののために、命より大切なご飯と交換するなんてさ。明日世界が本当に終わっちゃうかも」

「ちょうどこんな感じの的がほしかったんだ。ハンドパースエイダーで長距離を狙う練習をするのには、これはいい大きさの的だしね」

「さいで、ところでさ、もう行くの?」

「うーん、せっかくだし、もう少し食べようかな」

「おなか壊さないでね」

 

 空になったトレイを持ち、菓子パンを買いに行くキノを見送りながら、エルメスは昼寝を始めた。雑踏がうるさくなく、どこか落ち着いていた午後の日差しがとても暖かかった、そんな日和だった。

                                      愚痴 end

 




 いかがでしたか?
 キノがとある国に立ち寄り、移住する国を探している旅人と話をするのを根幹に書かせて頂きました。
 キノが食べ物と物を交換するのかなと不安がありましたが、あげてもいいような食べ物なら大丈夫かなと、書かせて頂きましたがいかがですか?
 楽しんでいただけたなら幸いです。
 ご感想とご意見、募集しております。

 では、読んでくださり、感謝します。
 ありがとうございました。 
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