416は嫉妬深い   作:まったりばーん

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416は嫉妬深い

「指揮官…何でソレ…?」

そう言いながら目を見開いて俺の手に握られたモノを指差すのは我らが404小隊のエース、HK416である。

完璧主義者の戦術人形である彼女と前線上がりの指揮官である俺は、お互いに支え合いながらこの荒廃した大地で苦楽を伴にしてきた。

もう指揮官と人形、上司と部下、兵士と武器、それ以上の信頼関係を持つこの戦友は俺の良い理解者として常に至らない俺の行動を補佐してくれた。

そんな忠実な、戦術人形が顔を髪と同じ真っ青にしてこちらを見ている。

目は涙が溢れんばかりに動揺に揺れていた。

そしてその真っ青な相貌は俺の腕に握られているモノをしっかりと捉えて放さない。

「何でソレを持っているの?説明してっ!」

HK416の絶叫が俺の鼓膜を揺らす。

付き合いの長い俺にはHK416の目に宿る感情が、驚愕から敵愾心に変わった事が手に取る様に解った。

「どうして!どうしてっ…!ソレをっM4を持ってるのっ!?」

ストレス発散目的で指揮官用に整備された射撃場。

そこに彼女の声が反響した。

 

さて、少し状況を整理しよう。

ここは廃墟を改良して作られた射撃場で、主に指揮官か何かがストレス発散だったり、己の銃の腕を磨くために使用できる。

特に俺の様な一兵卒から指揮官になった様な人間は好んで利用し、そこに保管されている様々な銃を試し撃ちしていた。

その中には人形達と結び付いた銃も含まれている。

眼前の416のモチーフであるHK416も勿論、あった。

武骨ながらも洗練されたデザインを持つHK416は当然人気も高く、俺もこの前までは使っていた。

何より相棒のモチーフなのだ。

使わない訳ないだろう。

だが、最近になって俺の考えは少し…いや、かなり変わったのだ。

一言で言うとHK416は重いのだ。

この言い方だと語弊がある。

人形の416の性格が重いのだ。

束縛が強いのだ。

二人で歩んでいく内に彼女の中には俺に対する行き過ぎた信頼ができてしまったらしく、事ある毎に束縛し依存してくるのだ。

俺が他の人形と話していると機嫌を悪くするのは可愛い方。

416は常に俺のスケジュールを管理、把握したいらしく自身が任務で傍を離れている時も私的な定時報告を強要する。

一回、うっかりその私的定時報告を忘れてしまった事があったのだが、帰還後に物凄い剣幕で叱咤されその様子を見ていた他の人形達からドン引きされてしまった。

今年の4月16日に唐突に「私さえ居ればいいわよね?」とメッセージが来た時は悪寒を覚えた。

当然、いつもこの射撃場に付いてきて、俺が射撃をしている様子を見ては後ろでニヤつきながら、射撃の姿勢やコツだったりを指摘するのが彼女の日課となっていた。

「指揮官は私の言うとおりにしてればいいのよ…」

そんなフレーズを口癖に…

最初の内は甲斐甲斐しい人形だなぁと思っていた俺も、それが続く内にゲンナリしてきて、今は「416、お前と戦争するの苦しいよ…」状態。

付き合ってもないのに俺の精神は熟年カップルのそれだった。

そんな中、俺に転機が訪れる。

最近、416が射撃場に付いてこなくなったのだ。

話を聴くとどうやら俺よりも上の方から、彼女の所属する404小隊に連日、機密レベルのコンタクトがあるらしい。

それで、俺に割く時間が減ってしまうとの事。

あの404小隊の機密レベルのコンタクトなんてどうせ録な事ではある筈ない。

上のは何を考えてんだろうな?

ともあれ、「ごめんなさい指揮官、しばらく射撃の指南はしてあげられないわ…」と悲しそうな416を「あっいいっすよ」と言っては慰めて、ここ一週間、一人で射撃を嗜んでいた。

重ーい、重い彼女がいない射撃場。

そんな時位は416を意識から外したい、と普段使っているHK416をロッカーでそのままに、HK416の原型となったM4を使っていたという訳だ。

一人、M4を撃っては、「グヘヘッ…かわいいお顔は瓜二つだが、中の具合(内部構造)は大部違うなぁ…もうガバガバ(銃身交換)だぜ…」とかやっていた。

ノリノリで。

そのおかげで人形の方のM4と仲良くなれたのは思わぬ副産物である。

だから正直、気が緩んでいたのだ。

404小隊のダークサイドな仕事は長くなりがち。

じゃあ、どうせ416も暫くはやってはこないだろう。

当分、気ままにM4を堪能して、次はAR160辺りでも試すかぁ…と考えていたそんな矢先。

話は冒頭に遡る。

 

「ねぇっ…どうして?」

声を低くし、睨みながら問いかける416。

彼女はその出自の関係上、M4系列の小銃と比較される事を嫌う。

自分の方が優秀だという自負とM4達へのコンプレックスが彼女をそうさせてしまう。

だから416がAR小隊の人形達とイザコザを起こす事は日常茶飯事だ。

そして、俺は今、彼女の宿敵M4をその手に握っている。

マズイ。拙い。ヤヴァイ。

「ち、違うんだっこれは、言い訳させてくれっ!」

「どうして言い訳するの?指揮官はソレを使うちゃんとした理由があるのよね?なら、その理由が」

 

知りたいわ…

 

言い訳しようとする俺の声を封殺する416の声音はゾッとする程、低かった。

「そのぉ、何だ…416が整備中だったんだ…だから仕方なくM4を…」

苦し紛れに放った出任せはとても脆い言い訳だった。

銃の整備状態など出納帳を見れば一発で解るし、射撃場の銃が使えなくなる事なんて滅多に無い。

416がそう…じゃあ確認しにいきましょう?と言えば一発で終わってしまう。

祈る様に彼女を見る。

すると、416はあら?と首を傾げて、自身が肩にかけているHK416を俺に差し出しだ。

「そうだったの、じゃあほら、ワタシを使って?」

そう言ってニコリと笑った。

「あっあぁ…」

俺はそのまま彼女を受け取る。

「じゃあ、いつも私が言ってるみたいにやって?」

その言葉に促される様に彼女を構えて射撃する。

連続する発砲音。

単射、単射、連射、マグチェンジ、単射、単射──

放たれた弾丸は設置されたマンターゲットの頭を弾く。

火薬の匂いが生じる度、床に空薬莢がコインの様に散乱した。

的につけられた弾痕は悪くないアタリだった。

「流石ね、指揮官」

目を細め、満足そうに頷く416。

「あぁ、416、キミのお陰だよ」

俺はそう言っていつもの様に416のベレー帽をポンポンと叩く。

彼女はこれをやると喜ぶのだ。

「ありがとう、指揮官…ところで」

俺が頭に手を置いた瞬間、416は細めていた目を見開いた。

「どうしてM4の時の方がスコアがいいのかしら?」

見開かれた416の目には敵愾心は消えていない。

そして、いつの間に取り出したのかプリントされたスコア表を突き出す。

そこには、先程のスコアとM4を使っていた時のスコアが表示されており、M4の時の方が高得点であった。

─マズイッ!

そう思った瞬間、首に感じる圧力。

見ると416がその細い指で俺の首を締めていた。

「アッ…ガァ…ッ?」

俺の首を手繰り寄せ、416は吐息がかかる位の耳許で囁く

「指揮官、私ね別にM4を使っていた事に怒ってるんじゃないの、指揮官が使いなれてる筈のワタシの方よりM4の方がスコアが高かった…それが遺憾」

ギリギリと狭められる気道。

自然とよだれが垂れてしまう。

「完璧である私を操る指揮官はワタシに関しては完璧じゃないといけないわ、そうよね?」

口の端から流れるよだれが416の指を汚すが彼女にそれを気にする素振りは無い。

「それに嘘をつくのもイヤよ?さっきロッカーにあるのは確認したもの」

どうやら、最初から俺の嘘は見抜いていたらしい。

「ごっ…ご、めん…」

静かに激昂する彼女を宥める為に声にならない謝罪をあげるも伝わらなかった様で、そのまま首を握りしめて振り回し、壁に激突させられた。

「カハッ…!」

それと同時に首から手が離されたが、416は俺の顔の真横に手をガンッ!と叩きつけ、所謂壁ドンの様な形となる。

「ごめん?違うわよね?」

予想に反し、謝罪は伝わっていた様だ。

だが、許してはくれないらしい

「ありがとうでしょ?」

「へ?」

そのまま、顎に掌底を喰らい俺の意識は暗転した。

 

 

「…うん?」

気がつくと俺は独房の様なところで椅子に縛られていた。

戦場でのストレスに慣れているせいか、頭がパニックにならないのが憎らしい。

あれからどれ程経ったのか?

「おはよう、指揮官」

暗闇に目が慣れてくると目の前に416が体育座りでちょこんと座っており、目の覚めた俺の顔を見上げた。

「ここどこ?って顔してるわね、ちょっとあそこから離れた廃墟の地下、そこに作った独房よ、よく任務で使うの」

彼女の声に辺りを見回すと鉄血人形の生体部品が散らばっている事が解る。

部屋もどこか鉄の匂いが充満していた。

この部屋がどんな用途で404小隊がここで何をしているか…想像に難くない。

「416なんで…?」

まさか俺がM4を使っていた。

それだけの理由でこんな事を?衝動的にしてしまったのだろうか?

流石にそんな風には思えない。

「さっきはごめんなさい、指揮官。実は私も指揮官に隠し事をしていたわ…」

416は打って変わってしおらしい。

何か、何かとてつもなく嫌な予感がする。

「指揮官に上の方から機密のコンタクトがあるって言ったわよね?実はあれ指揮官をどう処理すべきかって話だったの…」

「は?」

俺をどう処理すべきか?

どういう事だ。

未だに覚醒しきらないぼんやりとした意識では416の言動に思考が追い付かない。

「指揮官、貴方はどうやら私達404に深く関わり過ぎちゃったみたいで、指揮官の記憶を処理しておしまいって訳にはいかなくなってしまったの」

404小隊。

NOT FOUND それは存在してはならない事を意味する。

まさか、その部隊の秘匿の為に俺を、ここの鉄血人形と同じ様に…!

「勿論、私は指揮官を殺す事には反対したわ…45と9は貴方の臓器と眼を自分の身体パーツに取り込めるなら殺しても良いって意見だったけど…そんな事できるのかしらね?」

さらりと放たれた爆弾発言。

やめろ、聴きたくない…。

「だから、なんとか私は抵抗して上に貴方を監禁、隔離する事で情報流出を防ぐ事を提案したわ、それには45も9も11も賛成してくれた…だから私は指揮官…貴方に感謝して欲しかったの貴方の命を守ったのよ……なのにっ!」

416は拳を振り上げる。

「他の!よりにもよってM4を使うって!どういう事よ!」

絶叫と伴に打ち付けられた拳は俺の頬を的確に捉え、最初に衝撃を、遅れて痛みを産み出した。

「そんなにっ!M4がっ!いいのっ!?私の方が完璧なのにっ!」

416は叫びながら、泣きながら、俺を殴打し続ける。

瞬く間に顔は腫れ上がり、視界が狭くなった。

「貴方の!為にっ!頑張って!守ったのに!」

口内が切れて血の味が口に拡がる。

ここで、朽ちていった鉄血人形達もこの様にして壊されたのだろうか?

「45も!9も!11も!みんな!貴方を守ろうとはしなかった!」

もう、痛みを感じるのも疲れた。

今、どんな顔してるのだろう?

「指揮官?あぁ…あぁ…痛かったわよね、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

俺がグッタリとした事で416は少し冷静になったのか、殴るのをやめ俺に抱きついて泣き始めた。

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

薄暗い地下室の中、彼女の果てしない謝罪がひたすら続く…。

 

 

「ぐす、ごめんなさい…」

暫くして泣きやんだ416。

時計が無いので何分経ったのかは解らないが、とても長く感じた。

お陰で俺の服は彼女の涙でグシャグシャだ。

「解った…よ、ありがとう、416、守っ…てくれて…」

彼女を落ち着ける為に声も途切れ途切れにそう言った。

「本当に!私、指揮官の役にたてた?」

「あ…ぁ、キミは完璧だ416」

すると、途端に顔をあげパッと明るくなる。

感情の起伏が激しい。

前はこんなんだったか?

「完璧!そうよ!私は完璧よ!」

完璧。

その言葉を鼓舞する様に繰り返す。

そしてよし!と立ち上がるとまたいつもの416と同じ顔になった。

「ごめんなさい、指揮官。不便かけるけど指揮官にはずっとここにいてもらうわ、ご飯とかお世話とかはちゃんとするから、我慢してね、その内45達も来るようになるから…」

そう言って服についた埃をパンパンと叩く416はすっかりいつもの調子を取り戻していた。

「じゃあ、指揮官…いや、もう指揮官じゃないから貴方って呼ぶわね、上にこの事を報告してくるから…またね」

そう、手を振って俺の元から離れる416。

「えっ!ちょっとまってくれっ!こんな状態で?まってくれ!416!」

こんなトイレも照明も殆んどない部屋に縛られたまま一人?

そんなの気がおかしくなるに決まっている。

芋虫みたいに体をくねらせ抗議するも、416は出ていく意思を曲げるつもりはないらしい。

「私も淋しいわ、でも我慢して、また来るから」

俺の必死の叫びも虚しく416はどんどんと遠ざかる。

「せめて、せめて、縄をほどいてくれっ!」

「駄目よ、貴方を信じたいけどさっきの前科があるから、皆集まったらほどいてあげる…」

「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくれ!待って!助けて!待って!お願いだ!」

地上に続く梯子に手をかける瞬間、416は振り返り、ひまわりみたいな笑顔で破顔した。




気まぐれで続いたり続かなかったりします

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