416は嫉妬深い 作:まっUk
…
……
………!
「っ…!」
目が覚めた。
気付かぬ内に眠ってしまっていた様だ。
最後の記憶を手繰り寄せる。
(確か416に瞼を閉じる様に言われて)
脳内で彼女の緑色の眼が甦る。
あれから、何をされたのだろうか?
記憶が無い。
不自然にあの直後から意識が途切れている。
その部分だけ綺麗に切り取られたみたいに。
(気持ち悪い…?)
そこまで考えて俺は自分の脳がやけに怠い事に気づいた。
まるで、思考にうっすら靄がかかっている様な、そんな違和感と倦怠感…。
(麻酔か何か使いやがったなっ…!)
俺の頭はそう、答えを弾き出した。
この怠さ、いつだったか手術を受けた時のそれだ。
全身麻酔を受けて目を覚ました時と同じ感覚だった。
瞼を閉じた俺に416は何か麻酔を使ったのだろう。
俺を大人しくする為に。
それなら唐突に眠ってしまった事にも納得がいく。
…なら、彼女はどこだ?
辺りを見渡す。
416が見当たらない。
薄暗い室内だが、先程まで瞼を閉じていたのでそんな暗闇は問題にはならない。
が、寝起きのショボショボとする目で見える範囲には、416の姿を確認する事ができなかった。
(何処にいる?)
目玉をギョロギョロと動かしても彼女は何処にもいない。
監視を置かずにどこかへ行った?
あの用心深い彼女がそんな事をするとは思えない。
(後ろか…?)
そう思い、後方を探る為に首を回そうとしたその時…
「だ~れだ?」
明るい…416とは対照的な少女の声と共に俺の視界は塞がれる。
どうやら、背後にいる人物の手の平で目隠しされているらしい。
相貌を塞ぐその手の平は柔らく、温かい。
この高い声は…。
「ナインか…?」
「うんっ!正解!おはよう指揮官!」
俺が背後の人物の正体を言い当てると、その人形は手を顔から離し、俺の正面に躍り出た。
彼女はUMP9。
404小隊の一員でUMP45の忠実なる右腕。
その彼女が嬉しそうにこちらを見つめる。
「416はどこだ?」
俺はナインに問いかけた。
「起きてそうそう416の話?よっぽど416の事気になるんだ?私の事は興味ない?いくら家族でも、少し傷付くかも…」
「何だ、ナイン、お前はそういうめんどくさい娘だったか?」
「うん、私、こういう娘よ、だってもう、そういう関係になったから…えへへ…」
目を細めて笑うナイン。
そういう関係ねぇ…。
──何するんですか指揮官!まだそういう関係じゃないでしょう。
彼女をつつく度に言われた言葉を思い出す。
あれは嫌がってたのではなくて本心からだったのか…。
「そういう関係って何だよナイン?」
「家族!」
俺の放つ疑問に彼女は即答した。
「これで指揮官とはもう本当の意味で家族でしょ?同じ家に住んで、同じ空気を吸って!指揮官は私達しか見ない…ね、家族!」
ナインはそのまま、自信の持つ歪んだ家族観を披露する。
楽しそうに、歌を唄うように、軽やかに続けた。
「よく、言うな…こんな拘束をして…、しかも、俺の事を殺そうとしてたくせにっ」
「…そっか416はそんな事まで言ったんだ。」
俺は笑顔の彼女にそう毒づいた。
すると、一瞬、一瞬だけ彼女の顔が曇って、すぐに詫びるように口を開いた。
「それはごめんね、指揮官…でも指揮官もいけないんだよ?私達の為に色々、動いてくれたのは嬉しかったけど…けど、それが上の人達は気に喰わなかったみたい…私達、会社の人達以外にもいろんな所に関わってるんだから…逆らえないのは解るでしょ?指揮官…貴方は人形の事を武器以上に見ちゃうのが駄目、優しいけど、駄目…気をつけた方がいいよ?」
「精進するよ…」
「まぁ、もうそんな心配しなくていいけどね」
さっきまでの曇った顔はどこへやら…ナインはにこやかに目を細めた。
彼女の言葉を受け、基地にいた頃を思い出す。
俺は普段から忙しく動く404小隊の為に、彼女達が少しでも快適に過ごせるよう、なるべく気を使っていた。
物資の補給を優先したり、作戦の期間を管理したり、指揮官権限で彼女達の行動に便宜も図ったり…。
それは彼女達、404のメンバーを信頼していたからこそできた行動だった。
今考えればそれがいけなかったのだろう。
…彼女達に親近感を抱き、404小隊の為を思ってやっていた事がかえって上の奴等の目に止まってしまった。
ナインの話を整理すりならばそういう事だ。
クソッ…!
やはり人として見るのではなかった。
こいつらは只の武器なのに…過去の自分が恨めしい。
「ねっ、だから指揮官…これから一緒に暮らそ?」
しかし、申し訳なさそうに言葉をかけるナインの顔はただ無邪気な少女にしか感じられなかった。
「じゃあ、拘束を外せナイン、そしたら大人しく一緒に暮らしてやるよ」
「…命令のつもり?指揮官?」
「家族に拘束はおかしいだろう?」
「家族に命令もおかしいよ?」
「…」
「まぁ、でも指揮官、気づかない?もう外してるよ?」
「は?」
「だから外してるよ?拘束」
言われて初めて下を見る。
意識を失う前、手足に施されていた拘束は確かに解かれていた。
麻酔を打ったとはいえ416は約束通り、拘束を解いた様だ。
意識が動転しており気づかなかった。
灯台元暗しというやつだ。
どこの国の諺だったか…。
「今に見てろよ…」
「うん、ずっと見てるね」
縛られた跡の残る手首を揉みながらナインを睨みつける。
掌をグーパーするがずっと動かしていなかったせいで動きが鈍かった。
麻酔も抜けきっていないのだろう。
だが、これだけ動けば問題はあるまい…。
意識の覚醒してきた俺は既に脱走する事を考えていた。
「なぁ他の404達は何処にいるんだ?」
「今はここにはいないよ、45姉と416は仕事、G11はまだ寝てると思う、今は私と指揮官の二人きり」
ナインは二人きりの部分を強調してそう言う。
嘘はついて無さそうだ。
長い間、一緒に居ればそれは解る。
二人きり
ならば、脱出できる。
頭の中で相当、パワープレーな脱出計画を構築した。
まずは眼前のナインを無力化する。
彼女を無力化し、武器を奪って脱走する。
意識を失う前、出入口の天板を見ていたがそんなに厚みはない。
鍵がかかっていたとしてもナインから奪ったUMP9で鍵は破壊できるだろう。
戦争用の人形を無力化するなど随分、無謀な事を言っているが自覚はある。
だが、俺だって元は兵士だ。
過信はしていないが腕に自信はあるし、人形との交戦経験だって0ではない。
人形といえど急所はあれば構造的欠陥も多い、特に生体部品を使用している部分は弱い。
指揮官であるからこいつらの構造は熟知している。
勉強したからな…皆の為に。
だから、404の奴等が全員いるならまだしも、タイマンだったら俺に充分、勝機はある。
脱出したら昔のコネを使ってうちの会社と仲の悪い組織にでも保護してもらおう。
いくつも心当たりがある。
機密情報を土産にすれば歓迎してくれる筈だ。
「なに、指揮官、そんなに見つめて」
こちらを見下ろすナインと目が合う。
ちょっと恥ずかしそうに彼女は目を逸らした。
こういうところは416にそっくりだ。
俺はそれに構わず、わざとナインと目を合わせる。
よし、最初のアクションは決めた。
ナインの目を潰す。
ナインのその綺麗な眼球を指で潰して、視力を奪い、銃を奪取し、彼女を破壊する。
これしか手はない。
「いや、なんでもないよナイン」
俺は狙いをナインの二つの目玉に合わせ、感づかれないよう、指の第一間接を曲げて鉤爪の様にした。
これで彼女の眼球を抉る。
生体部品を使った人形の数少ない弱点の一つだ。
(ごめんな、ナイン)
心の中で謝り、決心すると俺は口を開いた。
「所でナイン、忘れてないか?」
「何を?」
キョトンと首を傾げるナイン。
やっぱり可愛らしい。
だが後悔はしまい…!
「俺の前職をよぉっ!」
そう叫んで膝に力を入れて勢いよく立ちあがっ…!!
「えっ?」
だが、椅子から弾丸の様に飛び上がろうとして、俺はそれに失敗した。
立ち上がる事に失敗して、中途半端な態勢になり椅子からつんのめる。
顔に感じる床の冷たさ。
気づくと、俺は頭からコンクリートの地面に俯せに倒れ込んでいたのだ。
「あれれ?指揮官ん~、どうしたの?」
頭上からナインが笑いを堪える様にそう言った。
彼女の声は抑えきれない嗜虐心に満ちている。
(嘘だろ)
俺の頭は真っ白になった。
立ち上がって、ナインの顔面を抉りとろうとした瞬間…左足に力が入らなかったのだ。
否、力が入らなかっただけではない、左足の感触が全くない!
温度も、足を包む靴下の感触も、何も感じなくなっている!
「駄目じゃない指揮官、急に動こうとしちゃぁ…もう、手がかかるんだからぁ」
ナインは嬉しそうにそう続けて、俺の上半身に腕を回す。
布越しに感じる、彼女の柔らかさ…。
ナインが俺を抱き締める様にして持ち上げるのを、俺は抵抗する事なくじっと彼女に身を任せた。
まるで女の子が着せ替え人形を椅子に座らせる様に、彼女に優しく元の姿勢に戻される。
「なぁナイン?」
俺は喉を力なく震わせる。
「なぁに、指揮官?」
対するナインは相変わらずにこやかなままだ。
こんな状態じゃなかったら頬を撫でたくなる。
「俺の左足に何をしたんだ?」
聞くなと警告する本能を俺は無視して喉を震わせた。
「私じゃないわ、指揮官。私と45姉は止めたんだけど、416がね…」
「416が…?」
「416が指揮官の左足の神経を取って、自分の体に組み込んじゃったんだ」
ナインはそう言いながら、申し訳無さそうに俺の頬を撫で上げた。
「ごめんね、指揮官、でも私達がちゃあんと面倒見るからね?」