416は嫉妬深い 作:まっUk
「あれ…どうして…?」
AR小隊の戦術人形、M4A1は一昨日までとは違ったグリフィンの同僚達に違和感を覚えていた。
M4は廊下を歩きながら思う
「どうして…皆、指揮官を覚えていないの?」
そうなのだ。
職場で顔を合わせる面々が、誰一人として彼女達の指揮官の事を覚えていないのだ。
頼りになるAR小隊のメンバーはもちろん、あれだけ指揮官に小銭をせびっていたカリーナも、あれだけ指揮官とベタベタしていた416も、彼への好意をこっそりと隠していたAA12も、指揮官の良い理解者で相談相手のスプリングフィールドも…皆、指揮官の事を忘れているのである。
いや、厳密に言うと指揮官の事は忘れてはいない。
皆が指揮官と呼称しつき従う人間は机に座ってデスクワークをしてはいるが、一昨日までとは違う人間なのだ。
朝、目が覚めると髪の色も、目の色も、背丈も、体臭も…その全てが異なる別人がいて、同僚達はソイツの事を指揮官と呼んでいたのだ。
戦術人形を含めてこの基地のメンバーは皆、一昨日までとは別人の指揮官を指揮官と呼び慕っている。
カリーナはソイツに商品を買わせようとし、AA12はソイツに影から熱い視線を送り、スプリングフィールドはソイツに微笑みながらコーヒーをカップに注ぐ…。
異常だ。
最初はそうとしか思えなかった。
しかし、皆が皆ソイツの事を指揮官と呼ぶので異常なのは自分ではないかと思い始めた。
特に416に相談した時の彼女の言葉には衝撃を受けた。
「何を言っているの貴女の指揮官はあの人しかいないでしょう?可笑しい事を言いますね?」
あの416までもがそう言ってしまっては、もう疑い様がない…。
異常なのは自分なのである。
そう結論づけた。
しかし、彼女の心は割りきれず、ずっと頭にモヤモヤとした違和感を持ちながら今に至る。
違和感を持ち続けている内に彼女はふと思った。
自分は指揮官の事をどうしてこんなに気にするのだろう?
M4は回想する。
思えば初めて彼に出会った…いや、インカム越しに彼の声を聞いた時、何故か初めて聞いた声とは思えない…そんな既視感がその声にはあった。
そんなどこかで聞いた事のある新米指揮官の声によってAR小隊は九死に一生を得る。
そして、帰投して彼の顔を見た瞬間、なんとも言えない感情がM4A1のプログラムの内に沸き上がった。
それ以来、気づくと彼を目で追って、暇があれば指揮官に話しかけた。
その殆どは彼に酷く懐いた416によって遮られていたが…。
ともあれ、何故か彼の事が気になる。
初めて会った気がしない。
その感情はある日偶然、夕焼けをバックに射撃訓練に勤しむ彼を目にして一層強くなった。
夕闇の中、416を構える彼の姿…。
絶対にどこかで見たことがある…。
その日からM4は彼の事を夢で見る様になった。
そう、M4は夢を見る。
人の手によって造られた戦術人形は本来、夢を見ない。
あれだけ睡眠を愛するG11も、感情の発露の激しいWA2000も、幼児の如き嗜虐性を持つsopmodも人間の様な個性を持つがどんな事があっても夢を見る事はない。
しかし、M4だけは何故か人と同じ様に夢を見た。
そして、その夢の中に指揮官が現れる様になったのだ。
夢の中の指揮官は会社の制服とは違う服を着ていて、射撃場と同じ様に416を構えている。
そして、それを敵に向かって発砲しているのだ。
ただし、敵は鉄血の人形ではなく人間である。
M4の夢の中で指揮官は兵士として人間同士の争いに参加していた。
指揮官の事がどうしても気になり、夢にまで見る。
何故だろう?
一度、その事を彼女の最も信頼する姉、M16に相談してみた事がある。
ショットグラスに琥珀色の液体を注いで傾けながらM16はこう言った。
「それは恋じゃないか?」
成る程、確かに戦術人形は恋をする。
夢は見ないが恋には落ちる。
実際に人形と人間がパートナーとなる例は数多くある。
しかし、M4は目の前のM16には言わなかったが、なんとなくこれが恋ではないという事が解っていた。
本能…そんなものが人形にあるかは不明だがこれは恋ではないとなんとなく、漠然とそう確信していた。
恋とは、そう…416が指揮官に対してみせるあの顔こそがそれだろう。
だからM4はこの感情の正体が知りたくて、416がいない時期を見計らい射撃場で指揮官に接近した。
「すみません、指揮官、たまには私と射ちませんか?」
そう声をかけて、その手から416を取り上げてM4を持たせて手ほどきしたのがしばらく前の事。
その記憶に残る彼の顔は絶対に今、指揮官の机に陣取っているアイツとは違う。
「あらM4、こんにちは」
「どうも…」
そんな事を考えながら廊下を歩いていると、向こう側から404小隊のUMP45と416とすれ違う。
彼女達はグリフィン小飼の非正規人形部隊。
今は仕事の依頼上、グリフィンについているが、本来なら金さえ払えばどんな組織にも仕える傭兵的な部隊である。
他の二人、UMP9とG11の姿は見えない。
「指揮官は部屋にいるかしら?作戦の報告をしたいのだけど」
「はい、いらっしゃいますよ」
「そう、ありがとう」
どうやら二人は指揮官へ報告する事があるらしい。
M4は部屋に指揮官…が居る事を45に伝えた。
二人はそのまま真っ直ぐいこうとする。
「ちょっと待って下さい!」
しかし、M4は二人を呼び止めた。
「あら、なにかしら?」
足を止めて振り替える45と416。
「やっぱりお二人は指揮官について何も違和感は感じませんか?」
足止めた二人に向かってM4は416へは二回目となる質問を投げ掛けた。
「…?それってどういう意味?」
「…」
声をかけられた45は質問の意味が解らないと言った様な顔になり、416はその緑の目を鋭くする。
「それって──」
「いいわ、ここは私が言うから」
45が何か口を開いた瞬間、416がそれを制してM4のすぐ前に歩み寄った。
「昨日も言ったかもしれないけど貴女の指揮官はあの人でしょ…?変な事を言って時間をとらせないで、解った?」
彼女は怒っている。
声のトーンからM4にはそれが解った。
「そんなに指揮官の事が気になるのら、それこそあのM16はなんて言っていたの?」
「16姉さんは…いつも通りの指揮官だって…」
416の宿敵でありM4の姉である戦術人形の名前を出しながら416は更に詰め寄る。
「あのしっかり者の16姉さんがっ!そう言うのならっ!間違いないわ…!貴女、姉が信用できないの?」
「そっそれは…」
彼女のあまりの剣幕に、M4は気圧され言葉が続かない。
「じゃあ、私達はこれで…行きましょう45!」
「えっ!?あぁ、うん!」
それだけ言うと416は背をクルリと踵を返し、45を伴って廊下の向こうへと行ってしまった。
M4はそんな彼女達の背中に待ったをかけれない。
それほど迄に416の態度に圧された。
(それにしても…)
二人の姿が見えなくなった事でM4は考える。
416のあの態度…、普段416を良いように使っている45でさえもペースの乱されるあの態度。
ただ事ではない。
それほど迄に416は指揮官の話題に触れて欲しくないのだろうか?
確かに416が指揮官の事になると少し独占的になるというのは良く知っているが、それを差し引いてもさっきの彼女は異常すぎる。
しかし、一つ収穫があった。
「416、アナタは嘘をついていますね…」
そうM4は呟いた。
あの話し方、明らかに知っている話し方だ。
それになによりさっきの416の体…特に下半身から感じたあの匂い…それは間違いなく…
間違いなく、指揮官の匂いだった。
それの意味する所は一つしかない。
416はつい先程まで指揮官と一緒に居たのだ。
指揮官はどこか別の場所に居て、彼女達、404小隊と接触している。
そしてやっぱり今、指揮官室にて我が物顔で居座るアイツは指揮官ではないという事だ。
その瞬間、M4の胸には自分が異常ではないという安堵感…それと同時に言語化できない喪失感が一挙に噴出した。
指揮官は一体、一体どこに?
「どこにいるのですか、指揮官?」
基地の廊下、夢見る少女の声が木霊した。
───
後任の指揮官へと報告を済ませた45と416は人気の無い場所に居た。
そして、辺りに誰も居ない事を確認してから45は口を開く。
「ちょっと416!さっきのアレは何?感づいてといってる様な物じゃない!」
45は16を非難した。
先ほどのM4への態度。
あんなの子供が見たって何か知っていると勘づかれるに決まっている。
「45、もうアレは指揮官の事を感づいているはよ…記憶操作が効いてない…流石、特別製ね」
「だからってあれはマズイは!もし指揮官の事が漏洩したら今度こそ彼を殺さなくちゃならないのよ!?」
「最初から彼を殺そうとしていた貴女に言われたくないはね、45」
「そっそれは…」
416のその指摘に45は何も言えなくなる。
いつものなら、感情的になるのは416でそれを宥めるのが45の役割だ。
が、ここ数日は立場が見事に逆転している。
感情的になる416に45はただただ下手に出るだけだった。
この場面をM16なんかに見せたら大爆笑間違いなしだろう。
立場が逆転している理由、それは45が指揮官を殺すのに賛成だった事に由来する。
45やナインはまさか416の指揮官を殺さず、飼い殺すという案が成功するとは思っていなかったのだ。
UMP45、彼女はどこまでもリアリストな戦術人形である。
だから自分達が生き残る為に上の人間の言うことには、無意識の内に盲目的になりがちだ。
いくら彼女の今亡き姉妹が、45に自分の為に自由に生きろと言い残した所でそれは理想論に過ぎない。
実際は限られた制限の中での自由しか得られない。
そんな柵の設けられた場所でしか非正規人形は生きられない。
彼女はそれをちゃんと理解していた。
45が生き残る為に上の人間から指揮官を殺せと指事を受ければ、例えそれが少なからず思っている相手でも引き金を引ける。
既に愛する姉妹を自らの手で処分している彼女にとって、それは今更だった。
しかし、指揮官に依存する416はそんな事はできない。
すぐさま45に異を唱え、指揮官の抹殺を要求する支援者達に代替安を提示。
見事、指揮官の身柄を手中に納める事に成功した。
指揮官は404小隊の物になったのである。
だから45は指揮官を躊躇いなく殺そうとした事に負い目を感じ、ここ数日間416に何も言えなくなっていた。
「でも416…本当にばれたらマズイの、だからあんまり匂わせる様な事は言わないで、ね?」
「確かに悪かったとは思うは45、でもあの特別製があの人の事を嗅ぎ付けたりでもしてもそれを破壊してしまえば良いのでしょう?大丈夫、私は優秀だもの…」
そう言って416は手にした自身のHK416を見せつける様に捧げ銃の姿勢となった。