ほっほっほっ、どうかあなただけの冒険を! 作:天空ネイル
原作:ドラゴンクエスト ユア・ストーリー
タグ:ドラゴンクエスト ドラゴンクエスト5 ドラゴンクエスト ユア・ストーリー 独自設定 パパス ゲマ
基本設定据え置きなので若干のネタバレご容赦下さい。
「リュカ あなたはもう大人です。
これからは 自分の道を自分で見つけなくてはならないでしょう。
しかし 神さまが見守ってくださることを忘れずに……
リュカの旅に 神のご加護のあらんことを。」
──海辺の修道院、マザーの台詞より。
あなたはもう 誰からも命令されないでしょう。
父上も亡くなられた今 どこへ行き何をするか……
これからはすべて 自分で考えなくてはなりません。
しかし 負けないでくださいね。それが生きるということなのですから」
──海辺の修道院、名も無きシスターの台詞。
かつて、少年は金髪の幼馴染と旅をした。
かつて、青年は青髪のお嬢様と旅をした。
かつて、男性は黒髪の放蕩娘と旅をした。
それは世代を超えて繋がる、冒険というもう一つの人生だった。
「うん、いいよ。お兄さん、悪い人じゃないみたいし。でも、ちょっとだけだよ」
スライムとベビーパンサーがぷよぷよと遊んでいる傍らで。
黒髪の青年と紫ターバンの少年が、氷の上に座り込んで話をしていた。
青年と少年は、出会ってからまだ十分と経っていない初対面の間柄だ。
しかし、似たような格好に顔つき、同じ魔物使いを天職とする資質、黄金に近しい
それらの要素が積み重なった結果、少年は青年のことを、冒険の思い出であるだいじなものを預けても構わないほどに信用していた。
少年はゴソゴソと彼のバッグを漁って、目的のものを引っ張り出す。
少年は青年に
「これがドラゴンオーブか……」
「へへーん! すごいでしょ!」
溶けかけた雪でひんやりと濡れた手で、青年は少年からオーブを受け取る。
そのまま青年は少年の宝玉を、太陽にかざしてしげしげと見つめた。
ドラゴンオーブと言う名の金色の宝玉は、陽の光に当てるとうっすらとした竜の紋章をその表面に映し出し、淡い光を放っている。
青年は「うぅむ」と感慨深そうに一つ唸って──
「おおっと!」
──手からオーブをうっかり滑り落とす、
「ちょっと、気をつけてよ!」
青年の
「アハハ……ごめん。ごめん」
謝りながら、オーブを拾おうと屈み込む青年。
纏ったローブがばさりと翻り、彼の足元と、そこに落ちたオーブを覆い隠した。
ローブの陰、少年から見えない位置で、青年は地面に落としたドラゴンオーブをあらかじめ用意していた同じ大きさ、同じ見た目のひかるオーブとすりかえる。
青年の手癖、素早さの賜物か、少年はすりかえられたことに気がつかない。
何食わぬ顔で、青年は少年にひかるオーブを手渡した。
「まぁ、いいけどさ……」
青年の謝罪をぶつくさと受け入れる少年。
彼をよそに、青年はうっすらと笑みを浮かべた。
これをもって、過去へと翔んだ青年の目的は完了した。
彼の目的は、少年の持つドラゴンオーブ──現代ではすでに失われたそれ──を、模造品であるひかるオーブとすり替えることだ。
ドラゴンオーブは天空城を浮遊させ、マスタードラゴンの本来の能力を取り戻す力を持つ。
彼の目的──妻を助け出し、母を助け出し、魔界の門を閉じるためには、絶対に必要なキーアイテムだった。
オーブを手に入れた青年は、その場を足早に離れようとして……。
「──おーい! リュカー!」
「あっ! 父さん!」
遠くから投げかけられる声。
そちらに目を向けると、遠くに見える小屋の奥から一人の男が入り口に立ってこちらを眺めている。
その男はボサボサの黒髪頭の男だった。
それは青年がよく知る男だ。
その男は豊かな口髭を携えた男だった。
それは青年がよく知る男だ。
その男は皮の腰巻きしか身につけていないにもかかわらず、どこか気品を感じさせる男だった。
それは青年がよく知っていた男だった。
その男は少年の事を優しげに見つめる、偉大な父親だった。
それはもう、青年に対して向けられる事のない眼差しだった。
記憶に耽る青年。
と、そこで彼は隣から視線を感じた。
ふと顔を傾けると、父親のことを凝視する青年のことを、少年が訝しげに見つめていた。
青年は、取り繕って少年に問いかける。
「あれが君の父さんかい?」
その質問に、少年はパッと顔を明るくして、自慢げに答えた。
「うん! 世界一強い父さんだよ!」
……世界一強い父さん。
同感だ。
ああ、その通りだとも。その通り
青年は心の中で自嘲する。
──世界一強い父さんは、この後お前を庇って死ぬんだぞ?
青年は、ここで何もかもをぶちまけたくなった。
が、しかし。仮に直接父親に事のあらましを話そうとも、一笑に付されるという事を青年は
故に彼は、一言少年の言葉に同意するにとどめた。
「そうか。自慢の父さんだな」
少年はその言葉に嬉しそうに飛び跳ねると、キラーパンサーの子供と楽しげに笑い合った。
わずかな後、父親に呼ばれている事を思い出したのか、少年達は自宅の小屋に向けて駆け出していく。
その途中、振り返った少年は青年に向けて声を張り上げた。
「それじゃあね! 行こう、ゲレゲレ!」
青年は手を振って応えた。
「自慢の父さん……か」
誰もいなくなった雪村で、青年──リュカは一人呟く。
リュカの脳裏には、今もパパスの最期が焼き付いている。
幼いリュカともう一人の少年を庇って、魔物達の攻撃をただじっと耐えている父親。
邪魔道士のメラゾーマを受けて、息も絶え絶えになりながらも少年に後を託した父親。
あの日のことは、今もなお鮮明に思い出せる。
──本当に、それでいいのか?
諦観の最中。突如。
リュカの全身を、脳髄を、心臓を衝撃が駆け巡る。
それは、サラボナで占いババに桃色の薬を飲まされた時のような衝撃だった。
自分自身、本心と向き合わせる為の特殊ポーション。
彼はそれを飲んだことで、フローラとの結婚を取りやめ、ビアンカを妻としたのだ。
彼自身その判断を後悔したことは一度としてない。
自分の本心に従って選択したまでのことだ。
だが今回においては、話は違う。
パパスを、父を助けたいというのは本心だが、だからと言ってもはやどうしようもない。
花嫁を選ぶのは、未来の話だ。
父親を助けるのは、過去の話だ。
──いや、待て。
リュカは自らの思考に疑問を持つ。
右ポケットに収まったそれが、ズシリと重みを持った。
リュカはこれを手に入れるために迷いの森を踏破して、妖精女王の導きを得て、
──何かがおかしい。
リュカの記憶に、彼の知らないナニカが過ぎる。
──子供の頃、村を騒がせた
──馬車を降りて、焚き火を
──何処かの洞窟で、王族の試練を受けた記憶。
──天空の剣を構えた息子アルスの横で、ストロスの杖を掲げる娘の記憶。
サンタローズは雪に覆われたままで、仲間の魔物はスラリンとゲレゲレだけ、彼はただのリュカであり、息子は一人だ。
……だが、彼はかつて、確かにこの世界を旅したのだ。
「ああ、そうか……」
リュカは独りごちる。
ここは、彼が親しんだ世界とは随分と違った世界だ。
ここは、かつてのそれと比べて、随分と
なればこそ、
「──ルーラ、グランバニア!」
しあわせを、過ぎ去りし時を求めて。
「ほっほっほっほっ。みごとな戦いぶりですね。
でもこうすると どうでしょう……」
「リュカ!」
「この子供の命がおしくなければ ぞんぶんに戦いなさい」
「でもこの子供のたましいは 永遠に地獄をさまようことになるでしょう。ほっほっほっほっ!」
「へっへっへっ。さっきはよくもやってくれたな!」
「覚悟しな!」
「……!! 父さん! 父さん! 父さん!」
ラインハット辺境の遺跡で、男が魔物達に暴行を受けている。
彼本来の力なら、鎧袖一触のちゃちな魔物達だ。
事実、彼は直前に魔物達をやっつけている。
だが、今の男には手出しができなかった。
息子の喉に突きつけられた鎌。
それは男の動きを完全に封じてしまった。
度重なる殴打の末に、ついに男は膝をつく。
魔道士は手を叩いてそれに喜び、男をねぎらうように、からかうように声をかけた。
「ほっほっほっ。それでは私がとどめをさしてあげましょう」
「リュカ! 聞こえるか!
……母さんを、頼むッ!」
男はそれを無視して、声を張り上げる。
今生の別れとなる息子へ託す、時を超えた強い思い。
少年は恐怖の中で、男の思いを受け取った。
これは、避けられなかった陰謀だ。
これは、すでに起きてしまった過去だ。
これは、歴史に刻まれる鬱イベントであり、
「ほーっほっほっほっ! メラゾー──」
これは、青年がこれから踏破するイベントだ。
紫ターバンの青年と、青い雫の魔物が躍り出る。
呆気にとられる全ての存在をよそに、
「──聞こえてい
静寂が遺跡を包み込む。
さしものパパスといえども、急転直下の出来事を飲み込むのには、いささか時間がかかった。
その間に、青年はポカンとした顔を浮かべる
パパスはその青年に見覚えはない。
辺りで気絶していたベビーパンサーが、嬉しそうに青年に駆け寄っていく。
青年は「よしよし、よく頑張った、ゲレゲレ」と撫でると、ベビーパンサーはゴロゴロと喉を鳴らして答える。
パパスはその青年に見覚えはない、がその青年の面影に見覚えがあった。
青年は自らをジッと見つめてくる。
その目は捜し求める妻と同じ、
「君は、もしかして……」
パパスは、大人になった青年に向かって、確信を持って問いかける。
「リュ──────────」
彼の言葉は言い終えることなく、
世界の
「……え?」
再会の喜び、感動のクライマックス。
青年に水を刺したのは、原因不明の事象だった。
崩れゆく遺跡は、空中でその破片が静止し。
腕の中の
パパスの言葉はついぞ言い切られなかった。
リュカの周辺の何もかもの──スラリンを除いた──時間がすっかり止まってしまっていた。
呆然とするリュカの耳には、スラリンの「ピキー」という声しか聞こえない。
それ以外は、全くの無音の、止まった世界だった。
「──────ッ!」
絶句。
彼は動いているものを探して、遺跡を出て周辺を捜索する。
だが、内部と何も変わらず、風さえも止まった空間が永遠と広がっていた。
……と、そこで。
突如として彼の視界は、前触れもなく
突然の出来事になんら抵抗のできないリュカ。
意識が途切れる最中、彼の耳には笑い声がこだました。
……ほっほっほっ。ほーっほっほっほっ!
頰にチクチクとした刺激を感じ、リュカの意識が覚醒した。
リュカが目を開けると、一面の緑が広がっていた。
草の上で寝ているかのようだ。
青年は跳ね起きて、自身の相棒へと呼びかける。
「スラリン!? いるか!? スラリン!」
「ピキー!」
果たして、返答はすぐに帰ってきた。
彼と少し離れた場所で寝ていたスライムは、彼の声を聞くや否や、飛び起きてぷるぷるぴょんぴょんと跳ね寄ってくる。
ひとまずの安心。
事態を把握するため、青年は自分自身について詳しく調べる。
……体力は全快、もちものは
続いて、青年は周囲の様子に目を配る。
地面は一面の緑の草原、遠くには白い壁が見え、四方は囲まれている。
周囲には不自然にテーブルが二つ並んでおり、これまたおかしなことに教会の聖台と宝箱が設置してある。
はなはだ奇妙な空間だった。
青年が
青年はひのきのぼうをその手に持ち、スライムは炎のブーメランを咥えて、油断なく周囲に目を凝らす。
1分が過ぎ、2分が過ぎ。
リュカたちが警戒を解こうとする隙を見計らって、どこからともなく不思議な声が聞こえてきた。
「ほーっほっほっ。一体何をしにきたのです? マーサの息子」
それは彼にとって、決して忘れることのできない声だった。
「────ゲマッ!」
青年が声の方に体を向けると、そこには何食わぬ顔をした魔道士が、なんら痛痒なく佇んでいた。
「おや? なにを驚いているのです。あの程度で私が本当に滅びるとでも?」
「ほっほっほ……。あんな所でチカラつきるまでたたかうほどバカではありません」
言葉の通り、ゲマの体には傷一つない。
リュカは魔導士にひのきのぼうを向けて、激昂し問い詰める。
「ゲマッ! 一体お前はあの時、何をしたッ!」
怒りの咆哮。
それを聞いたゲマは、くつくつと声を漏らして嘲笑した。
ゲマの反応に、一瞬ひるんだリュカはすぐさま問いただす。
「……何がおかしい!」
「ほっほっほっ。私は何もしていませんよ」
ゲマは心底可笑しそうに笑って告げる。
「今回の事態を引き起こしたのは、リュカ、あなたです」
「魔界におわす偉大なる魔王・ミルドラース様。
……かの御方よりも更に上位の存在。超古代の神性、命名神『マリナン』と同じ階梯の最高位。神性『冒険の書』」
「マーサの息子、あなたは神の怒りに触れたのですよ」
「かの神は普段は何もしません。神父を介して旅人の冒険を聞くのみ。いたって無害な神です」
「しかし、
「『おきのどくですが──』とね」
畳み掛けられる邪教の呼び声。
常人にはたわ言と取られかねないそれだが、真の意味で視点の異なる
全面的に主張を受け入れ、それでも彼は疑問点を問いかける。
「……それなら、なぜお前がそこに立っている?」
ゲマはにんまりと笑って応えた。
「ほっほっほっ。
……それは、あなたをここに連れてきたのがわたしだからですよ」
にこやかな表情を浮かべるゲマ。
彼にしては極めて異例なことに、悪意の一切含まれない、純粋な笑みだった。
「あの場所には、『冒険の書』さえ関与しない
ゲマは説明する。
あの時、あの瞬間、遺跡の外で気絶した存在は、世界から弾き出されると。
きえてしまう世界から、不正規な正規の手段で
あのイベントで割り込んできた
ゲマは穏やかに、興奮して、
「さて、改めて問いましょう。マーサの息子、あなたは一体何をしにきたのです?」
それはゲマという
静寂の中で。
徐に
「ぼくには、金髪の幼馴染と旅をした記憶がある」
指輪探しの旅の中、山奥の村で再会した彼女と笑い合ったことを覚えている。
「俺には、青髪のお嬢様と旅をした記憶がある」
チゾットへの山道中。彼女と一緒にキラーパンサーを水の羽衣で着飾ったことを覚えている。
「私には、黒髪のワガママ娘と旅をした記憶がある」
大魔王との決戦直前。打ち明けられた彼女の秘めた想い。
この世界にいない彼女のことを、
「けれど僕には、父さんと魔王を倒した記憶がない」
だが、父と息子、三代で魔王を倒したことはついぞない。
「やってみたい。父さんを助けてみたい。
……そう思っただけだ」
だからこそ、この
「ほっほっほっ。なるほどなるほど」
ゲマは
「──あなたの願いは、この
……ですが。
ゲマは中空に浮き上がって続ける。
彼の周りに、おぞましい魔力がドロドロと湧き上がった。
「わたしはゲマ! 悪逆の魔物!」
なればこそ──
「今ここで私が、お前を永遠の闇へお送りしましょう!」
部屋の中を、闇のオーラが包み込む。
戦闘開始と共に、リュカは地を蹴り、ゲマへと進む。
その傍らで、相棒の魔物に向けて命令を出した。
「スラリン! 頼む!」
「ピキー!」
以心伝心。
命令を聞くや否や、スラリンが補助魔法を唱えて、リュカの突撃を支援する。
最弱の魔物の働きぶり。
ゲマは彼の奮闘を鼻で笑って指差した。
「ほっほっほっ。スライム如きが、無駄ですよ!」
スラリンの張った防壁を突き破って飛んでくる火球。
父を屠ったそれは、青年の体にも薄い焦げ跡を残した。
意に介さず、リュカはひのきのぼうを振りかぶって叩きつける。
「喰らえっ! ゲマッ!」
「あなたも、そんな貧相な武器で私を倒せると思っているのですかっ!」
リュカとスラリンの体が炎に覆われる。
炎に特別抵抗のない彼らは、肉体にそれなりのダメージを負った。
が、しかし、リュカはゲマの周辺に張り付くのをやめず、スラリンもそれを徹底的に支援する。
戦闘が始まってから暫く。
幾度めか、リュカがひのきのぼうでゲマを殴りつけた。
その武器の強度に似つかわしくない威力で吹き飛ばされるゲマ。
白壁に叩きつけられた彼は、憎々しげにリュカに声をかける。
「マーサの息子。あなた、それはどう言う仕掛けです!?
──その棒切れを後生大事に握って!」
彼の言う通り、リュカの攻撃、その全ては会心の一撃を叩き出していた。
彼が持つのはなんの変哲も無いひのきのぼうだけ。
他には何も持たず、完全な丸腰だ。
「まじんのかなづち」でもなく、「まじんぎり」を使ったわけでも無い。
ゲマにとってそれは不可解な運の偏りだった。
彼はリュカに対して追求する。
「ゲマ。これは運なんかじゃない。『冒険の書』に記された既定事実だ」
リュカはふるふると首を振り、もちものを晒した。
「ひ」のきのぼう
「と」がったホネ
「し」あわせのぼうし
「こ」んぼう
「の」こぎりがたな
「み」かわしのふく
ゲマから見て、それはなんら関連性のない代物だった。
「しあわせのぼうし」や「みかわしのふく」といった優れた装備を持ちながらも、その実リュカには装備できない、まさしく無用の長物。
だが、リュカにとってはそれは違う。
それは彼とは異なる勇者が見つけ出した、世界法則を改変する奥義──つまりはウルテクである。
妖精の村を訪れた程度の強さで、ゲマ、ジャミ、ゴンズの三体をやっつけるために準備した小細工だ。
ゲマにはそれが何かわからない。
だが、それが自身にとって、致命的な何かであることを理解した。
ゲマは、状況を打開しようと、
彼は手を虚空へとかざす。
するとどこからか、魔法の砂時計が現れた。
そのまま時の砂を握る手に力を込めて──
ゲマの手からは、時の砂がさらさらと流れ落ちていく。
砂つぶが地面に落ちるたびに、彼らを取り巻く周囲の空気が、世界がカチリと動き始めた。
「──なっ! 何をした! ゲマ!」
「ほっほっほっ。さあ? どうでしょう?
──試してみては?」
「言われずともッ!」
周囲の異変を振り払い、一気呵成に。
言葉とともに、リュカはゲマに殴りかかる。
冒険の書に刻まれた、会心必中の世界法則「ひとしこのみ」の一撃。
それは寸分違わずゲマの頭部へと向かい──
──空飛ぶゲマにはかすりもせず、空ぶった。
「ほっほっほっ。どうしました? マーサの息子。既定事実、はどうしたのです?」
ゲマは空に浮かびあがって、リュカを嘲笑した。
「──何が起こった!?」
小細工が通用しなくなり、動揺するリュカ。
それは、抗いがたいほどに、隙だった。
リュカ達の手の届かないはるか天空にて、ゲマは策を凝らしてリュカを攻める。
彼は魔力弾をリュカに向かって発射した。
それは、あらぬ方向に飛ばした後に、魔力の糸で射角を捻じ曲げる曲射弾。
ヒュウと飛来する音を聞き、漸くリュカは後方より飛来する魔弾に目を向けた。
しかし、遅い。
リュカの胸元に魔力弾が直撃する。
ブラックアウト。
リュカの意識がゆっくりと消え去り──
「ピキー!」
──駆け寄ったスライムの呪文で、かろうじて生きながらえる。
「おやおや。マーサの息子。危なかったですね」
「助かった、ありがとう、スラリン!」
ゲマのやっかみを無視し、相棒へと感謝するリュカ。
彼の元に駆け寄ったスライムは、「ピキー」と一鳴きすると、いつものように能天気な笑みを浮かべた。
「スラリン、それは──」
魔物の口端には、
リュカは、なんの変哲も無い袋を見て、おぼろげながらに何が起こったかを認識した。
時の砂。
それは世界全体の時を操作する、この世界でも反則級のアイテム。
それを叩き割ったことで、文字通り世界基盤、
リュカの口から、世界法則に反する言葉が流れ出る。
「……『ひとしこのみ』はSFC版限定の技だ。だから、『おおきなふくろ』がある今は、リメイク版仕様ってことかよ」
「……何を言っているのです? マーサの息子よ」
ゲマの耳には、その文字の羅列が意味持つ言葉として認識できない。
それは、この
ゲマに問いかけられたリュカは、すぐさま口を噤む。
直前に一言言い残して。
「──悪い。ゲマ。
ただ一つ、お前にわかるように言うなら──」
「──まだ僕が戦えると言うことだ!」
「ドラゴラムッ!」
「スラリン! 来いッ!」
「ピーッ!」
彼の背中に一匹スライムが飛び乗る。
大きく翼をはためかせたリュカは、右爪にドラゴンの杖を引っ掛けて、邪悪魔道士目指しておおぞらを、天空を翔んだ。
ゲマは不敵にわらっている……。
「さて、ついにここまで来てしまいましたね……リュカよ」
ゲマは全身の魔力をさらに絞り出した!
「パパスを助けるという願い。
……しかし、すべてはこの地で夢と消えるのです!」
「ゲェマァァァッ!」
竜と化したリュカは、ゲマに向かって噛み付いた。
大きく開かれた顎門はゲマを丸呑みにしてもなお余る!
しかし、ゲマはそれでも油断を崩さない。
なぜならそれは、彼自身の「みのまもり」を信頼しているからだ。
「ほっほっほっ。あなたの『ちから』では、わたしを倒すことなど、夢のまた夢ですよ」
「わぁかぁってぇぇるぅぅぅ! スゥラリィン!」
ゲマが自分自身を信頼するように。
同じように、それ以上に、リュカも仲間を信頼している。
「ピキー!」
「──スライムッ!」
スラリンの呪文は、ゲマの「守備力」を柔らかく溶かし尽くした。
スライムのアシストを受けて、ドラゴンは飛翔する。
リュカの牙はゲマを飲み込みはできずとも、彼の肉片を食いちぎった。
ただし、その代償を彼は支払うことになる。
大きく開け放たれた口の中を、ゲマは指差して唱えた。
「ほっほっほっ。メラゾーマです」
火球が口内を蹂躙する。
それは、先ほどまでの青年には耐えられなかっただろう。
「むぅだぁだぁぁぁッ!」
リュカはメラゾーマを食い尽くし、飲み込んで吠える。
無慈悲なる火炎完全耐性。
ここに、ゲマの手札のほとんどがゴミ手と変わった。
ドッグファイト。
ゲマが逃げ、リュカ達が追う。
ゲマには魔力弾を除いては奥の手しかなく、リュカ達は豊富な攻撃手段をわんさか抱えていた。
僅かなゲマの攻撃は、スライムが掲げた賢者の石で相殺される。
誰がどう見ても、ジリ貧の状況だった。
勝機を求めて、ゲマは賭けに出た。
「リュカ! あなたが天空を飛べるのは、結局はその杖に由来するもの!」
「なぁっ!?」
ゲマが反転しリュカに迫る。
狙いはリュカ達ではない。
右爪のドラゴンの杖だ。
「──ならばそれを奪い取れば!」
「やぁらぁせぇるぅかぁぁぉ!」
リュカは左爪でもって、魔道士を迎撃した。
巨体を震わせ、翼を震わせ、竜爪が振るわれて──
「ほっほっほっ。経験不足、ですよ」
それは空を飛ぶ経験の不足か、竜体を操る経験の不足かはたまた両方か。
魔爪はゲマに当たらず大きく逸れる。
リュカの竜体が大きくブレ、決定的な隙を晒した。
「墜ちなさい!」
放たれた魔力弾。
それは、リュカの右爪を完膚なきまでに破壊した。
爪のかけらとともに、落ちゆくドラゴンの杖。
竜杖が離れるとともに、リュカの体が人間へと戻っていく。
ゲマは彼に向かって、嘲笑を漏らす。
「ほっほっほっ。惜しかったですねぇリュカ。ですが、これはあなたのミスですよ。
ドラゴラムなんて、ここ一番で使うべきではなかった! 人間には爪なんて扱えない──」
「──違う」
リュカはゲマの勝利宣言に口を挟んだ。
その物言いだけは、断じて認めるわけにはいかなかった。
落ちゆく最中、ゲマとすれ違う一瞬を見極めながら、リュカは言葉を重ねる。
「この世界で人間が爪を使わないなんてことはない」
リュカの脳裏を、黒髪の女性がよぎった。
シルクのワンピールとヴェールを纏った彼女は、彼らパーティーの先陣を切ってグイグイ引っ張っていった。
「例えお前が忘れても。例えサラボナのみんなが忘れても」
リュカの脳裏を、サラボナを訪れた時のことがよぎった。
大富豪のお嬢様・フローラ、彼女は一人娘と言われていた。
そんな彼女と結婚する直前、桃色ポーションを飲んだ時。
彼が思い出したのは、金髪の幼馴染だけだっただろうか?
「例えルドマン氏が忘れてしまっても。
例えフローラが、実の妹が忘れていたとしても!」
リュカの脳裏を彼女の声がよぎった。
──ねえ、リュカ。あんたのことだから、わかってはいるでしょうけど……
「例え世界が彼女を忘れてもッ!
僕は、俺は、ぼくは、私だけはッ!」
……あの時選んでくれて、本当にありがとう。
「デボラのことを、忘れたりは、しないッ!」
二回目の攻撃、リュカの爪が、ダイヤモンドのように光り輝く!
リュカ達とゲマは、もんどりうって天空より失墜する。
地面に落ちた彼らは、お互い最早息絶え絶えだった。
ゲマは最後の力を振り絞って、奥の手を解放する。
「野良の魔物共々、死になさい! マーサの息子!」
リュカたちの前に、ゲマの秘奥、輝く息が迫り来る。
それはブレス系統準最高位、全てを白く染める絶凍の吐息だ。
竜状態のリュカの吐く火炎など瞬時に凍らせるような、極上のブレス。
「スラリン! これで最後だ!
バッチリ頑張れ!」
「──ピキー!」
だが、それは
スライムの小さな体軀から、ドラゴンをも超える灼熱の炎が迸る。
指向性のある熱はゲマの放った冷気を飲み込み、ゲマ自身にも襲いかかった。
「──ぬぅぅぅぅ!」
全身を焼かれるゲマ。
彼のメラゾーマをも超える熱に、さしもの魔道士も苦悶の声を上げる。
堪らず呪文で息吹を軽減しようと試みた。
彼の身体を包み込む光のヴェール。
宿敵たる勇者の得意技であるそれを使ってでも、生き延びようとゲマは足掻く。
防御に手一杯な彼をよそに、リュカはふくろから道具を取り出す。
天空のつるぎ。
三世代に連なる、彼らの因縁の始まり。
勇者の武器。
伝説の聖剣にして、特級のなまくら。
ゲマはリュカが取り出した剣を見て、思わず笑いが漏れ出す。
「ほっ、ほっほっほっ! 血迷いましたか! マーサの息子! あなたは勇者ではない! そんな棒切れで何をしようと言うのです!」
リュカは大真面目に、ゲマの言葉を肯定した。
「ああ、そうだ。僕は勇者じゃない。息子が、アルスがこの剣の担い手だ。
僕にはこの剣を『そうび』できない」
リュカはサンタローズの洞窟で、ブオーンとの決戦で天空のつるぎをそうびしようとしたことを思い出した。
──リュカは天空のつるぎをそうびした。
しかし、つるぎをもつ手にちからがはいらず、身体がなまりのように重くなった。
リュカには天空のつるぎをそうびできそうにない!
あの時、自分のことを勇者だと思い込んでいた
「それでもこの剣を『つかう』だけなら、僕だってできる!」
「──なっ」
ゲマを包んでいた光の衣が消え去っていく。
最早彼を守るものは、何も、ない。
「ピキー!」
「──ゲマ。僕の勝ちだ」
竜杖の青年は、闇の大魔導士に自身の勝利を言い放った。
「──ええ、リュカ。私の負けです」
ゲマは苦々しげな顔をして、けれどもどこか清々しく、それを受け入れる。
全てを出し尽くした、一生に一度の死闘だった。
ゲマの魔物の本能が、すっかり満足してしまっていた。
ゲマは自らが、生粋の悪であると自負している。
彼は自らが部下であるジャミやゴンズなどよりも、同僚である邪神官イーブルなどよりも、彼らの神である邪神ミルドラースなどよりも、他の世界に蔓延る有象無象の魔物などよりも、
だからこそ、ゲマの口から──彼自身も思いがけず──たわ言がまろび出た。
「マーサの息子、リュカよ。何か言いたいことはありますか?
ほっほっほっ。これがあなたが私に言える、最後の恨み節ですよ」
殉教でもなく無様な悲鳴でもなく。
誇りある悪としての死を彼は選んだ。
「あるさ。それはある。恨み言を呟くだけで、ラナルータ並みの時間を使えるだけはあるさ。
……ただ、一言で言うなら」
リュカはゲマを正面から見据えて発した。
その目は
「──ありがとう、ゲマ。楽しかった」
「……は?」
ゲマの疑問を無視して続ける。
「もちろん父さんを殺したことも、僕たちを石像にしたことも恨んでいる」
「それでも──」
「この
……魔王なんて目じゃないほどにさ。
そう恥ずかしげに呟く青年。
ゲマは彼の、数多くの魔物と理解しあった眼から目が離せない。
ゲマは
「ほっほっほっ。なんですか、あなた」
ゲマは感慨深そうに、呟いた。
──そこに、立っていたのは。
「──もうそんなに大きな、大人になっていたのですか」
ゲマの目の前には、彼が初めて見た時よりも随分と大きく成長した、されども少年だった頃の面影を残した、一人の男が立っていた。
彼自身の人生をしっかりと踏みしめ、歩み、生きてきた、一人の人間が立っていた。
ゲマは無性に何かを言いたくなった。
この世界の全ての存在を代表する、一匹の
ゲマは崩れゆく体を押し止め、燃え尽き炭化した喉を必死に震わせ、それでも最期の魔力を余さず使い、声を張り上げた。
愛のある言葉だった。
冒険を進める言葉だった。
これまでの人生を讃え、これからの人生を祝福する言葉だった。
「──これからも、良い冒険を。
平凡で、つまらなく、無意味で、くだらない……けれど美しい、あなただけの人生、素晴らしい冒険を!
ほっほっほっ。ほーっほっほっほっ……」
ざぁざぁと鳴る潮風。
「あら、リュカ。目が覚めたの?」
微睡みから目覚めたリュカに、女性の声が投げかけられた。
彼女は彼の選んだ天空の花嫁だ。
リュカは頭の中を整理しようと、寝ぼけ頭で話しかける。
「なぁに? 夢を見た? 子供のときの夢で、あなたがゲマを倒したですって?」
花嫁はリュカの話を受け入れ、にこやかに微笑む。
彼女はあなたに、覚醒を促した。
「うふふ。寝ぼけているのね。
眠気覚ましに外へでも行って、風に当たってきたら?」
リュカは花嫁の声に従って部屋の外に出た。
部屋の外に広がっていたのは、見渡す限りの果てのない大空と水平線。
彼がいたのは、海の上だった。
彼の頭が徐々に覚醒し始める。
そうだ。
ここはルドマン氏所有の船、ストレンジャー号の上。
今日は彼と花嫁夫婦の、遅れに遅れた結婚パーティーの日だった。
彼は招待客に声をかけて回ることにした。
船の甲板では、ヘンリー達が潮風を楽しんでいる。
「よう、リュカ! ついにお前も結婚パーティーを開く気になったのか! オレとマリアの式に勝るとも劣らない、いい雰囲気だな!」
「まぁ、あなたったら……。リュカさんも彼女とお幸せに!」
リュカの記憶がチリと刺激される。
……彼の話し方は、一人称はこうだったっけ?
自分とヘンリーは、王と臣下といった関係で、ヘンリーは「余」などと堅苦しい言葉遣いをしていたような……。
それに、隣に立つ女性に、リュカは見覚えが
……まだ寝ぼけているのだろうか。
リュカは曖昧に返事をして、その場を立ち去った。
「はっはー! 早く来い! 子分とも!」
「走っちゃ危ないよ! コリンズくん!」
「……叫ぶのもダメだよ、お兄ちゃん」
船室へと向かうリュカ。
その途中、彼は三人の子供とすれ違った。
息子であるアルスと、ヘンリーによく似たコリンズと呼ばれた子供。
──加えて、花嫁によく似た、一人の見知らぬ女の子だ。
リュカはその子供に、堪らないほどの愛おしさを
思わず振り返る青年。
彼の目線の先には誰もおらず、ウミネコがミャアミャアと鳴いていた。
船内を歩き回った彼は、やがて一つの船室へたどり着いた。
彼と花嫁の関係者向けの部屋だった。
なにがしかをふと思った彼は、部屋の中へと耳をそばだてる。
中からは、一組の男女の声が、不思議な声でなく、音の波に乗せて確かに聞こえてきた。
「見てください、あなた。子どもたちの、あの幸せそうな顔を」
「ああ、見ているとも」
ここから先は、誰も知らない、
「まあ、リュカ。こんな私でいいの? フローラさんみたいに女らしくないのに」
「まあ、リュカさん。私は守ってもらうことしかできない女ですのよ。それでも私を選んで下さるの?」
「なにしてるの? 早く私を選びなさいよ。なんだかんだ言って、最初から私狙いだったんでしょ?」
「なんとこの私が好きと申すか!?」
「幼馴染のゲマよ!」
……ううむ。難題だ。
そうそう、結婚といえば。
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