ルーマニアのホテルの一室に赤髪の青年はいた。青年はあまり得意ではない人除けと防音の結界がちゃんと機能しているかを何度も確認し、魔法陣の描かれたカーペットの前に立つ。出来合いの祭壇の上には青年の投影した触媒が置かれている。
「素に銀と鉄――――」
青年は英霊召喚の呪文を唱える。そしてエーテルの奔流が部屋中を駆け巡った。
そして魔法陣の上に一人の英霊が召喚される。
「サーヴァント・ランサー、召喚に応じ参上した」
士郎はルーマニアの街を歩いていた。ランサーも零体化して士郎の横に控えている。士郎が召喚したのはランサー、クー・フーリン。それは士郎が第五次聖杯戦争で初めて戦った相手であり、殺された相手である。このサーヴァントを召喚した理由はいくつかあるが、最大の理由は触媒の入手が容易であったという点に尽きる。なにせ一度見た武器ならば投影すればいいのだから、これほど楽なことはない。それにセイバーをまた戦いに巻き込むわけにもいかないため、第五次のメンツの中でも強さ的にベターなのだ。士郎はあの槍の鋭さを思い出して身震いする。ランサー自身は第五次のことを何となくでしか覚えていないようで、士郎を刺したこともよくわからないらしいが。
「なあ、マスター」
「なんだ?」
「敵だ」
ランサーの視線の先には全身鎧で剣を手にした騎士がいた。
「セイバーか……」
「どうするマスター?」
「来るなら迎え撃つ」
敵サーヴァントが突然赤い稲妻を放出する。そして弾丸のように突進してきた。
「へっ、おもしれえ」
それを迎え撃つランサー。そして槍と剣が交錯した。大気が切り裂かれて悲鳴を上げる。剣と槍は打ち合う度に火花をあげて、足元のアスファルトは砕けた。力では相手が上だが手数と速さはランサーが上をいく。ランサーは巧みな槍裁きで敵を簡単には懐にいれない。それに苛立ったのかセイバーは力任せに剣を叩きつける。それをランサーは後ろに跳んで躱した。二騎の戦闘はますます加速し、加熱する。それを見て士郎は一息ついた。どうやらセイバーの強さはランサーを圧倒するほどのものでもなさそうだと分かったからだ。
「あとはマスターか……」
おそらく敵マスターが近くに潜んでいるはずだと士郎は周囲を見渡す。
「-―――投影(トレース)、開始(オン)」
とりあえず投影したのはアーチャーが使っていた白と黒、一対の双剣だ。対魔力、対物理を底上げしてくれる効果もあり投影の負荷も軽いこの宝具は士郎にとって非常に便利な武器だった。士郎はやっと敵マスターを発見する。大柄な男で黒いジャケットを着ている。手にはショットガンが握られていた。男は発砲する。飛び出すのは黒い弾丸、人の指を加工して作られた魔弾だ。士郎は横に跳んで躱そうとするが弾丸は士郎を追尾する。
「ぐっ‼」
そして魔弾は士郎の胸に直撃した。しかし、士郎はよろめくが倒れない。士郎の胸の傷口からは刃が生え弾丸を止めている。魔弾は当たってもなお心臓へと向かう凶悪なものだがそもそも貫けないなら意味はないのだった。だがガントとしての呪いは士郎の体を確実に弱らせていた。もし干将・莫耶を装備していなければ士郎は呪いに耐えられなかっただろう。士郎は数本の無銘の剣を投影して敵マスターに射出する。しかし、これは簡単に躱されてしまう。士郎は剣を構えて敵マスターへと突っ込む。このまま遠距離で撃ち合えば敗北すると理解したからだ。敵マスターは黒い物体を士郎へと投げつける。士郎はそれを視認、解析した。
「爆弾っ‼」
士郎は身の丈ほどの大剣を目の前に投影、即席の盾とする。爆弾は大剣の前で炸裂し、衝撃と呪いをまき散らした。その衝撃で大剣は消滅したものの士郎はなんとか直撃を避ける。
「引き上げるぞ、セイバー!」
敵マスターは士郎が爆発から身を守っているうちに車に乗っていた。
「ちっ!」
セイバーは舌打ちすると魔力放出で地面を破壊し煙幕にすると素早く離脱して、車に乗り込んだ。そして車は全速力でルーマニアの闇の中に消えた。
「大丈夫か? マスター」
士郎の隣にランサーがやってくる。
「大丈夫だ」
ランサーは士郎を一瞥してなんともないことを理解したのか、視線を敵の逃亡先へと向けた。
「追うか?」
「いや、いい」
ランサーの問いに士郎は首を振った。
「まだ、聖杯戦争は始まったばかりだ。ここで深追いする必要はないと思う」
「そうかい」
士郎は胸の傷を調べる。痛みはあるがそれだけだ。傷はもう古傷のようになっているし、刃も消えている。それよりも呪いによる衰弱のほうが深刻だ。
「とりあえず、ホテルに戻ろう」
士郎はそうランサーに告げる。こうして士郎の聖杯戦争が幕を開けた。