Japanese War Z   作:朝比奈小町

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1. 『パンデミック』

日本、徳島都徳島区

 

遷都された後、正式に『首都』となった四国の徳島に私は来ていた。季節は冬だが、Zどもが冬眠するほどには寒くはない。日本の冬の太平洋側は湿度が低く雪が降らないが、しかし年相応に年をとった私の体には応えるものがあった。新築のホテルのロビーのカフェで私達は待ち合わせていたが、彼は私を見つけた途端、朗らかに私に微笑みかける。

SPらしく、多種多様な人材と交流できる社交力を持ち合わせているようだ。

当然、私のような科学者兼ジャーナリストでも。

 

彼は、Z戦争前、日本にて警察官をしていた、成島智之(Tomoyuki Narusima)という人物である。

日本人の例に漏れず、家族姓が先に来る。

彼はその職業柄か、どこで習得したのかとても丁寧なキングスイングリッシュを喋る。

 

まずはプロフィールを教えてもらえますか?

 

私は成島智之と申します。

Z戦争当時、警視庁警備部警備課*1で働いておりました。

すみませんが、要人の名前は控えさせていただきます。

職務の秘密保持規定に反する可能性があるので……。

 

当時の日本の情勢を教えていただけますでしょうか?

 

まさに対岸の火事、という言葉がぴったりでしょうな。

今となってはご存知かと思いますが、当時中国と台湾が台湾海峡でもめておりまして、台湾と海を面して接している日本も米軍基地があり、米国と台湾は事実上の同盟国です。

 

わが国も無関係ではありませんでした。

 

そしてどこの誰が第一例かは分かりませんが、例のグンタイアリ、貴国では『Z』と呼ぶんでしたっけ?

 

それらが飛行機を通じて成田や羽田、関空に降り立っているとも知らず、日本は至って平和でした。

 

1990年代に北朝鮮がミサイルを打ち上げたときのような平穏さでしたね。

『どうせ撃ってこないだろ。脅しだ』

 

みたいな世論だったように思えます。

 

最初のパンデミックはオオミヤ《過去の首都トウキョウと隣接する県*2で発生したと聞いてますが?

 

あぁー……。

アレですね。

私も、職務規定に反するので詳細はいえませんが、どうやら自衛隊さんがほにゃらら*3したようです。

 

オオミヤと言えば、メトロ毒物散布事件(宗教団体ウアムによる化学テロ事件。地下鉄という閉鎖環境での毒物散布により多大な犠牲者を出した)その際に出動した、化学防護隊がオオミヤにはありますよね?

 

化学防護隊が大宮にあることは事実です。

戦前からそれは明らかにされてました。

ですが……、これ以上はすみませんが答えられません。

 

当時の議会の状況を教えてもらえますでしょうか?

イスラエルが防壁による対Z防衛を国連で発表しており、皆半信半疑でした。

ゾンビ?そんなものが実在するのか、とね。

映像で見せられても、知ってのとおり、当初は狂犬病扱いされておりましたのでね。

 

実際、私は知りませんが、後の祭りでしたが公安部は所謂防諜部門であり、職場が当時は同じ桜田門*4にありましたので、噂が飛んでくるのですが、中国にまんまと食わされたという評価の噂が流れてきております。

あくまで、『噂』ですけどね。

 

大宮の件は一旦置いておきます。

しかし公式発表として、羽田や成田からインドやらブラジルやらロシアやらの国際便を経由しての入国者は急増しておりました。

 

わが国は戦前は莫大な財政赤字、国債を抱えておりましたが、その大半は社会保障によるもので、先進国としても医療は充実していた部類です。

貴国だと救急車は保険に入っていないとZ対戦前だと断られたそうですが、わが国ではタクシーよりも安く利用できました。

治療費とは別だとしてもです。

 

そういう意味で治療を求めて、『噛まれて感染した金持ち』がわが国になだれ込んできたのもある意味納得です。

飛行機も韓国や中国、台湾へいくには数時間もあればいけますし、人によっては1~2週間ほど発病までに時間があったのも、流通網の発達していたわが国の事態の悪化を招いたのでしょう。

 

加えて当時、経済成長できずに喘いでいた政府は、外貨を求めてメーカーによる輸出よりも観光資源を利用した海外観光客による景気振興に舵を切った時期でした。

当然、海外から人が押し寄せ、人口過密が加速していた状態です。

私は警視庁に勤めているため通勤が当然東京なのですが、日々混雑する山手線*5で観光客が増えてこれ以上東京に人を増やすなとうんざりしてましたね……。

 

議会には感染者はいませんでしたでしょうか?

 

いました。

議員の第一号が感染者になったときに、搬送先の病院でも感染者が大量発生し、大規模暴動が起きました。

当時はまだ最初期であり、グンタイアリに対する対処法が明確になってませんでした。

 

頭蓋を割る、というね。

 

氏は頭に人差し指を当て、銃の動作の真似をする

 

生きていそうな議員の頭を割る。

医者の判断でできることではありません。

拘束した際に噛まれたのかもしれません。

パンデミックもある意味、当然でしょう。

 

暴動に備えて、機動隊*6は全員出動待機とされました。

 

本来は機関拳銃*7を持たされてしかるべき事態だったのでしょうが、上層部が判断を間違えたのでしょうね。

 

『暴徒らは非武装だから、機関拳銃の持ち出しは禁止』とされました。

 

平常時ならそうなのでしょう。

平常時なら、ね。

 

あさか山荘事件*8以来、銃の扱いが和らいだとはいえ、現場における警官における銃規制は厳しかったです。

 

警官が独断で発砲を許された例は、犯人が既に人を殺傷済みもしくは殺傷できるだけの武器を携帯しており、こちらに向かってきたとき、もしくは犯人による加害の恐れが極度にあるときだけでした。

 

銃自体が無ければ何もできないというのに、弾一発なくしただけでコレになる世界です。

 

成島氏は親指を立てて、首のまえで横切るジェスチャーをする。

わが国でいう『解雇』の意味である

 

いまや、機動隊はほとんど残っていません。

全滅してます……。

 

氏はため息を吐いた

 

あれだけの精強で訓練された部隊、再度練成しようとすると10年ではすまないでしょうなぁ……。

私の同期も一人入隊したのですが、殉職しました。

 

氏はやるせなさそうに胸元を探り、煙草に火をつけるが、ホテルのロビーだということを思い出し、慌てて携帯灰皿で消した

 

警視庁は各県警*9を指導する、エリート部隊だったはずなのですが、あれで全て失われてしまった……。

 

人材育成や暴動鎮圧のノウハウも、装備も、隊員の精強さも……。

全て!全てです!

Z大戦各国にいえる事ですが、非常にもったいないことです。

非常な人的損失だと思えます。

 

……なるほど。その後、警察自体はどうなりましたか?

 

警察というか警視庁自体も段々機能不全に陥り始めました。

基本的に我々は柔道や剣道といった訓練を通して逮捕術を学んでおります。

ですが、ソレは基本的に素手対素手、せいぜい相手側の武器もナイフや包丁程度のもの、それも人間を通してのものばかりです。

相手が力任せで噛み付いてくるとは想像もしておりません。

ましてや噛みつかれただけで感染するなんて当時誰も思ってませんでした。

 

変な話、どこ国の警察もそうだとおもうのですが、犯人と争った際に受傷する例なんて珍しくありません。

 

また、当時は警察不祥事も相次ぎ、世間からの目も厳しくなっていました。

外国人経営者の背任罪での逮捕抑留とかもそうでした。

 

警官の腐敗や、人質司法といったものが相次いで社会問題としてとりあげられ、これ以上の信用失墜を防ぐため、過剰な実力行使は控えるよう現場では指導されていたようです。

 

私はSPなので、そういったVIPを守るために犯人を『強制排除』もしくは、『人間の盾』となるよう指導されましたから、あまりそういった事態に遭遇はしませんでした。

加えて、『外国VIPを加害される』ことを考えたら『犯人の強制排除』は『妥当』です。

 

私はずっとVIPの人たちの護衛を担当して一緒に四国に移動することができました。

だから同期たちはグンタイアリになったのに、こうして生きることができてます。

 

氏は手を上げて皮肉げに苦笑いする

 

警察自体は完全な機能不全にはなりませんでしたが、暴動は広がるばかり。

グンタイアリの増殖も広まる一方。

 

自衛隊による治安出動要請が首相から出されました。

 

しかし陸自さんの朝霞も小平も周りは住宅密集地で、交通渋滞で移動できず。

館山と横須賀の海自さんのヘリ、木更津の陸自ヘリさんが助けに来るまで独自に立てこもって応戦しました。

自衛隊さんは警察の現状を見てグンタイアリへの発砲に躊躇がありませんでしたね。

アレは英断だったと思います。*10

 

一方で我々警察庁、外務省、防衛省は連携しイスラエル大使館からノウハウを受け、国会議員とその公設秘書を噛まれてないかチェックし始め、移動を開始しました。

私設秘書は置いていかれたようですね。

残念ながら。

もめる議員もいたようです、当然と言えば当然ですけど。

 

今では有名となってますけど、東京駅地下と国会議事堂は直結しているんですよ。

秘密線路が当時はあったんです。

当時はまだ『秘密』でした。

 

冷戦時代の名残です。

敵の核の第一撃を東京が生きても生き残れるように、地下深くに建造されました。

 

それに乗って議員らは移動し、JRも混乱していた中、最優先でダイヤの再調整を行ってもらい、我々は徳島へ行きました。

関東近辺の飛行場は既に概ねグンタイアリによりだめになっておりましたが、陸路、特に電車は問題ありませんでした。

冷戦時を想定された電車なので、堅牢さが売りの極秘車両でした。

車が踏み切りで立ち往生してても強引に突破できる特別仕様です。

核戦争を想定されたときのもので、電線による電力の供給も期待できない自体が想定されていたため、発電も自力ででき自力で走れました。

私は詳しくはありませんが、NBC装備は一応ついていたみたいです。

 

まさに要塞といった様子でした。

窓の一つもありません。

武装も付いてましたが、普段は閉鎖され偽装されていました。

貨物車への偽装なのでしょうね。

 

欠点といえば年月に応じた埃っぽさはありましたね……。

あまり私は気になりませんでしたが……。

公務員宿舎が酷すぎるせいか、まともに屋根があり、そこそこ整った環境さえあれば別になんとも感じないです。

 

氏は過去をZ大戦前の過去を思い出し笑っていた。しかし、その後に真顔になった。

 

ああ、思い出しました、あの電車の欠点。

あの電車というよりあの大戦時の特徴というべきでしょうが、今でも時々思い出します。

ときどき、人だったものを轢くゴリッと上下する感覚をね。

 

関東地方と見捨てたと、一方では言われているようですが?

 

よくご存知で。

首相は冷徹な方でした。

パニックの発生と小松博士のプラン、日本版レデガープランを受け止め、厳粛に実行したのでしょう。

任務柄、近づき、話が聞こえてくるときもあるのですが、小説家や歴史家などそういった人たちとは違う、経営者タイプの人たちでした。

 

人種と言えばいいのでしょうか。

合理的に決断する人たちですね。

 

本当はいつもどおり、首相官邸にて記者会見する予定だったのですが、記者との接触も感染のリスクがありましたので、テレビ放送、ラジオ、SNSを通じて北海道への首都と行政機能遷都を放送しました。

日本版レデガープランです。

北海道はおとりでもありました。

 

我々は四国に立てこもり、北海道に国民を終結させて避難行政を開始する。

そして自衛隊を四国と北海道に集結させて、防御を構築し、準備が整ってから反撃を開始する。

 

遷都についてですが、一応嘘ではなかったようです。

万が一四国が陥落した際、北海道が『本当の首都』となる予定でした。

サハリンや南方という手もあったのでしょうが、そのような政治的な時間は、議員達の多忙ぶりを見ているとどこの国にもあの時点で周りには無かったように思えます。

 

首相はZ戦争後暗殺され、SPが手を抜いたと言う人もいるようですが?

 

…………。

それねぇ……、我々だって全力なんですよ。

SPって仕事自体が非常にきつくて、もって5年~7年程度なんですよ。

自分でいうのもアレですが、我々のような屈強な肉体や判断力、精神力を持って選抜された精鋭の警察官ですらそれなのです。

 

だいたいの場合、その後は通常の刑事部や交通課の所謂『普通の警察官』に転属していく。

昇進する人ももちろんいますけどね。

ただ、それぐらい消耗する仕事だと言うことも理解してもらいたい。

ただでさえ人口が激減し、国際社会も落ち着き、国家の騒乱が落ち着いたところで気が緩んでも誰も責められないでしょう。

 

まさか大臣に直々に暗殺されるなんて。

 

少なくとも、我々は全力を尽くしてました。

戦中、戦後、戦前ともに……ね。

 

本日はありがとうございました

 

*1
作者注:SPのこと

*2
わが国でいう州のこと

*3
作者注:ほにゃららとは日本語で、『公にはいえないが察してほしい』という意味合いである。

アメリカ人にとって、アメリカ海兵隊において軍医や衛生兵などが海兵隊ではなく海軍所属で……、といった暗黙の了解のことを示している

*4
作者注:日本における警察本部の所在地のこと。我が合衆国において士官学校をウエストポイントというのと同じ意味合い。

*5
過去にトウキョウを走っていた環状線の電車。ピーク時には乗車率は定員に対して300パーセント、2分に一本駅にくる精密さでトウキョウ中を走っていた

*6
対暴動鎮圧部隊。Swat等とは違い、基本的に警官に標準支給される拳銃意外は非武装であり、基本的に盾か警棒が主装備となる

*7
非常事態用に機動隊には日本製9mmサブマシンガンが調達されていた

*8
冷戦時代における日本の極左学生による住民を盾とした立てこもり事件。犯人側は銃砲店を襲撃しており、指揮官を狙い打てる程度には錬度が高い状態で武装していたが、警官隊は当初非武装だった。狙撃による隊の中核幹部の相次ぐ殉死を受けて、警察側は以降拳銃および短機関銃による武装を積極化する

*9
アメリカでいう州警察のこと。地域ごとに分権化して治安を維持していた

*10
作者注:日本の国軍である自衛隊及びその隊員は憲法に服する旨の服務宣誓を入隊時にさせられるのだが、それは自衛隊員への聴取ができたので別章にて語る


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