ドラゴンクエストXI 勇者の名は 作:くしゃみ
神の岩を登り始めた時のあの晴天はどこへ行ったのか、と問い質したくなるような曇り空。更には二人の体にポツポツと降りかかる雨。あと少しで頂上に辿り着くはずの二人の儀式は、最後の最後に天気という自然の壁に阻まれて苦戦していた。魔物が出てくるわけでは無いが、今までで一番道のりが過酷なのである。そして雨で濡れている岩盤で、足や手を滑らせる危険性すらある為、慎重にならざるを得ない。
大きな段差を全身を使って登ったイレブンは、一人で段差を登るのが困難であろうエマに手を差し伸べた。
「登れる?手を貸そうか」
「ありがと、イレブン」
力いっぱいエマを引き上げる。もうかなり登ったのだ、二人ともかなりへとへとである。
「あとどれくらいかしら?」
「きっともうすぐじゃないかな。その証拠に……ほら。あそこに松明がかけてある」
イレブンが指をさした先には小さな洞穴、そして立てかけられた松明があった。恐らくあの洞穴を抜けたら神の岩の頂上に辿り着くことが出来るだろう。二人はやっと見えたゴールに勇気を再度思い出し、疲れた足を勇みよく踏み出した。
「行こう」
「うん」
半ば駆け足で、洞穴の坂を登る。イレブンもエマも、直感的に何故か解っていた。きっと、ここが最後だと。
やがて洞穴の出口と思しき巨大な穴が見える。差し込む鈍い光、そこが間違いなく儀式のゴール地点。二人は顔を見合わせ、笑顔で同時にそのゴール地点へ足を踏み入れた。
「着いた!」
「着いたわ!」
これ以上登る場所は無い。紛れも無く神の岩の頂上、儀式のゴール地点。二人は無事、そこまで辿り着くことが出来た。
生憎の雨や霧のせいで殆ど景色が見えないが、本来ならここから下の世界を見渡すことが出来るのだろう。そして恐らくは、本来はその景色を見たことを村長に伝えることが儀式なのだろう。そのさぞ美しいであろう景色が見れないのは非常に残念だったが、何はともあれ儀式はクリアしたのだ。
「惜しいなあ……天気がよかったら、きっと絶景が見れたはずなのに」
「そうだね……頑張ったのに、この曇り空じゃあね……」
エマもどうやらそのことは不満に思っていたらしい。が、天気という大自然に逆らうことは残念ながら出来ないのだ。ゴロゴロと、雷の音も聞こえ始めている。
「雨が強くならないうちに、お祈りを済ませようか」
「そうね。早くお祈りを済ませないと……」
そう言い、二人で大地の精霊に祈りを捧げようとした──その時。
──二人の耳を裂くように鳴り響いた、バリバリという巨大な音。
「っ!?」
「えっ!?」
それと同時に聞こえる、何か巨大なものが風を切るような音。それは確かにこちらに向かって近付いてきていた。空を飛ぶ、風を切る、巨大なもの。そしてこちらに近付いてくる……考えうる可能性は、ほぼ一つしかない──魔物だ。
「ギャオオオオ!!」
「エマっ、逃げて!!」
突如凄まじいスピードで現れた巨大な怪鳥、ヘルコンドル。その体躯、存在感、鋭い嘴と爪。どれをとっても今まで戦ってきたスライム、モコッキー、そしてスモーク達とは比べものにならない程の恐怖心を見せつけていた。当然、その強さも比べものにはならないのだろう。
ヘルコンドルの巨大な爪が、二人を襲う。エマとイレブンは咄嗟に左右に勢い良く飛び退き、なんとかその爪を躱すことに成功した。そのままイレブンは上手く受け身をとって立ち上がる──が、エマは雨で滑る地面で立ち上がることが出来ず、そのままどんどん転がり──
──気が付いた時には、下に地面は無かった。
「きゃっ!?」
なんとか片手で崖を掴んだエマ。しかし、彼女に片手で自分の体を持ち上げられるだけの筋力は無い。手を離せば真っ逆さまに落ちてしまい、命は無いだろう。薄ら寒いものを背中に感じたエマは、初めてすぐ側に「死」という直接的な恐怖を覚えた。
「エマっ!!」
「イレブン!助けて!」
イレブンは頭の中が真っ白になった。幼馴染みを失いたくない、大事な友達を助けないと。ヘルコンドルが近くにいることも忘れ、凄まじい速度でエマの方へ走り出した。そして頭から飛び込むように手を伸ばし、エマの命を繋ぎとめているその手を掴もうと──
「──あっ」
──その時、エマの手が雨で滑った。崖から手が離れたエマは、そのまま重力に従い奈落へと落ちていく……!
「させるかぁぁぁっ!!」
イレブンの伸ばした左手が、すんでのところで空へ投げ出されたエマの手を掴んだ。エマの全体重がイレブンの左手へのしかかる。決してそれは軽いものでは無かったが、手を離すわけにはいかない。今離してしまえば、この先生きていく上でもっと重いものをずっと背負い続けるのだから。
「エマ……待ってて……!今、助けるから……!」
歯を食いしばって、必死にエマを引き上げようとする。先程岩を登っていた時はあんなにも簡単に引き上げられたのに、今はとても重く感じた。
「くっそぉ、まだまだ……!」
少し引き上げ、そして両手でエマを掴む。力は足りている、もう少し頑張ればエマを地面のある場所まで引き上げられるだろう──
「イレブン!魔物が!!」
「なっ……!?」
しかし、イレブンは忘れていたのだ。元々こうなってしまった元凶を──ヘルコンドルの存在を。
ヘルコンドルは凄まじい速度で空を滑りながら、再度イレブンとエマに照準を合わせていたのだ。そして、超スピードでこちらに向かって突進してくる。
──まずい、どうする!?
応戦しようものなら、剣であろうと呪文であろうと、確実に片手が必要になる。今この状況でエマから片手を離すことは無謀に等しい。かといって両手が塞がっていてはこのままヘルコンドルの突進を受け、二人仲良く奈落へ真っ逆さまだ。ヘルコンドルが突進してくる前にエマを引き上げられるとも思えない──詰みだ。
「くっそぉ……!」
諦めるしかないのか?
──いや、違う。諦めない。何かあるはずだ、何か……!
「諦めて、たまるもんか……!!」
もうヘルコンドルは目と鼻の先だ。一瞬後にはあの巨躯が二人を押し潰し、命は大樹へと帰っていくだろう。それが解っていながらも、イレブンは目を閉じず、何か打開する方法を考え続けた──決して、諦めずに。
その時だった、イレブンの左手のアザが輝いたのは。
突如輝いた左手は凄まじい光を天に向けて放ち、雲を突き破った。そしてその輝きが天空にアザと同じ紋章を描く。
「っ!?」
「何あれ!?」
突然の出来事に、イレブンとエマは勿論、ヘルコンドルすら一瞬動きを止めた。イレブンとエマはイレブンの左手のアザに、ヘルコンドルは天空の紋章に目を奪われる。
そしてその紋章が強く輝いたその時──ヘルコンドルに向かって凄まじい雷が落ちた。
「ギャアアアアッ!?!?」
その凄まじい雷の光量に、思わず目を閉じる二人。目を開けたその時には、凄まじい存在感と恐怖を与える怪鳥の姿は無く、代わりに雷を受けて絶命し、地に堕ちゆくヘルコンドルの姿があった。
脅威が無くなった隙に全身全霊の力を込めてエマを引き上げる。そしてそのまま二人でその場にへたりこんだ。間一髪、運良く生き延びることが出来たが、普通なら確実に死んでいたところだ。言葉すら発することも出来ず、ただ二人でへたりこんだ。
しばらく無言で座っていると、ようやく生きていた、という実感と恐怖心が薄れてきたのか、エマがぽつりと口を開いた。
「助かったのね、私達……」
「……なんとか、って感じだったけどね」
未だ、二人とも放心状態である。あまりにも幸運が重なっていたから、運良く生き延びれたのだ、当然だろう。
否、或いはあの雷は──
「でも、不思議だわ……まるでイレブンが雷を呼んだみたい……」
或いはあの雷は、イレブンが呼んだようにすら見えた。左手のアザが、空に光を放ち、その光が彼に害なす魔物に鉄槌を与えた……そう言われても、容易に信じられるようなものだったのだ。だが、当然ながらイレブンに雷を呼んだ自覚は無いし、そのような呪文も使えない。勿論、そんな能力を持っている訳でもない……彼は自分のことを、そう結論付けていた。
しかし、自分の不思議な形のアザが光を放っていたことも事実だ。イレブンは自分の知らぬ力、或いは魔力に、薄ら寒い恐怖のような感情を抱いていた。だからこそ、あれは偶然だと信じたかったのかもしれない。
「きっと偶然だよ。僕達は運が良かったんだ」
「本当にそうかしら?」
「きっとそうだよ。僕、あんな雷を落とせる呪文なんて知らないし」
「そっか……そうよね」
「それより、お祈りを済ませてしまおうよ。立てる?」
「まだ、ちょっと足が震えてる。イレブン、悪いけど手を借りてもいい?」
「勿論」
先に立ち上がり、エマに手を貸す。こうしてエマに手を貸すのは、今日で何回目だろうか。一つ前の命懸けの引き上げに比べたら、立つことをサポートするだけの引き上げは数倍楽だった。引き上げたイレブンの左手を、エマはじっと見つめる。正確には、イレブンの左手のアザを。左手のアザは、まだうっすらと淡い光を放っていた。
「ねえ、イレブン。そのアザは一体……」
「……僕も解らない。生まれた時から、ついてたんだって」
二人でその淡い光を放つアザをまじまじと見つめる。何かの紋章のようにすら見えるアザは、自然に出来たというには少し人工的な、或いは魔術的な装飾が施されているように見えた。やがて、その淡い光も消え失せ、ただの不思議な形のアザに戻る。
「あら、消えちゃったわね。なんだったのかしら」
「こんなの初めてだ……本当になんだったんだろう」
当然ながら、ただのアザが光り輝いた……なんて話は聞いたことがない。何かきっと光る原因はあるのだろうが、イレブンにはそれがなんなのか皆目見当もつかなかった。
「それにしても、イレブンにいっぱい助けてもらったわね。やっぱりイレブンが一緒だと、私心強いわ」
「そう?」
「ええ、とても」
エマはにっこりと微笑んだ。その言葉に嘘は無いのだろう。
「大丈夫、ずっと一緒だよ。イシの村、狭いし自給自足だし」
「それもそうね。良かった」
イレブンも笑顔を返すように、にっこりと微笑んでみせた。当然ながら、その言葉に嘘は無い……本心だ。
「さっ、早いとこお祈りを済ませましょ」
「うん、そうだね」
今度こそ、二人で目を閉じて大地の精霊に祈りを捧げようとする。流石にもう一度魔物に襲われることは無いだろう……あったとすれば、それはまた違った意味での「特別な日」になり得るだろうが。
二人はゆっくりと両手を合わせ、静かに目を閉じて祈りを始めた。
「……我らイシの民。大地の精霊と共にあり」
「ロトゼタシアの大地に恵みをもたらす精霊達よ。日ごとの恵みを与えてくださり感謝します」
「どうか、その大いなる御心で悠久の大地に生きる我らをこれからも見守りください」
祈りの言葉を、二人で紡ぎあげる。ただ言葉を追っていくのではなく、心から精霊に感謝を込めて、正しく「祈り」を込めて。この日まで生きてこれたことに、大人となることに感謝を込めて。
祈りの言葉を全て紡ぎ終わり、二人はゆっくりと目を開いた。相変わらず空は薄暗い雲に覆われている……が、いつの間にか雨は止んでいた──それどころか、空を覆っていた雲が少しずつ、割れていくような気がした。否、それは気がするだけでは無かった。事実、たった今雲は割れていく。空が、青空が、太陽が顔を出し始めたのだ。
「空が、晴れる……!エマ、見て!晴れるよ!」
「わぁ……!」
雲の切れ間から差し込む光が遥か下の大地まで照らし、まるでその光から天使が舞い降りるのではないかと思わされる。やがて雲は消え霧は晴れ、二人の目の前には悠久のロトゼタシアがどこまでも広がっていた。大きく力強い山々、豊かな緑、そしてどこまでも蒼く、全てを包み込む海。狭いし、自給自足の小さなイシの村だけで世界が完結していた二人にとって、このあまりにも広大な世界の姿は痛いほどに衝撃的で、解っているつもりで理解出来ていないことだった。
「ははっ、すごいや……世界ってこんなにも広いんだね」
「見て、イレブン。空に虹がかかっているわ」
先程までの雨がもたらした幸運だろうか。海の更に向こう、空と雲の間には、七色の虹のアーチが架けられていた。その美しく優しい虹は、まるで二人が一人前の大人として認められ、これからこの大きな世界というものに飛び込んでいく為の扉であり、その背中を押してくれるような、そんな気がした。
「このしきたりを考えた人……きっと、この景色を見せたかったんだね」
「そうだね……イシの村にいるだけじゃ、絶対見れない、感じられないものだよ」
遥か昔の風習も捨てたものではなかった。過ぎ去りし時を生きた先人達に導かれ、空と海と大地の広さを知る。それこそが、この神の岩を登る儀式の意義なのだろう。
「それじゃ、儀式を終えたことおじいちゃんに報告しましょ」
「そうだね。帰ったら母さんの美味しいご飯だ」
「あ、いいなー!ペルラおばさんとご飯美味しいもんね」
あとはこの神の岩を下るだけである。世界の広さを知り、大人になった二人を、大地の精霊は見守ってくれるであろう……。たとえこの先、どんな困難が待ち受けていようとも。