ドラゴンクエスト ユア・ストーリー 続   作:こもれび

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第九話 本物の想い

 オフィスを出た僕らは、このフロアの丁度対角にある非常階段を目指した。

 そこを登れば、上階のサーバールームがすぐ。

 

 あの僕の作ったAIによって、奴らが出現しているのだとしたら、それが入った全ての端末を破壊すれば連中の足止めくらいにはなるはず。

 

 だから僕らはAIのコピーの保存されている会社のPCを壊した。

 現にあのフロアにはモンスターもいたし、やはりあのAIが『窓』になっていることは予想通りといったところか。

 

 でも……

 

 それだけでは済まない。

 

 あのAIは僕がそうした様にコピーが可能。

 

 そしてそのコピーが存在しているのは、うちの会社のメインサーバーだ。

 

 サーバーも破壊する必要がある。

 

「旦那様? これからどうやって『元の世界』に戻るおつもりですか?」

 

 隣を走るフローラがそう聞いてくる。

 彼女の言う『元の世界』とは、当然ドラゴンクエストユア・ストーリーの世界のことだ。

 僕らの最終目的は、あのゲームをクリアしてすべてを『リセット』すること。

 ゲマたちがネットワークを利用し始めた今、例え量子テレポートをやめさせたとしても、それは一時的なものに過ぎない。すでにそれを成功させた奴らが、自力で量子テレポーテーションする可能性は、十分あり得るのだから。

 AIの入った端末を壊して終わりではないということだ。

 

 ではどうしたら良いのか?

 

 スラリンの量子テレポーテーションによって、この世界で肉体を得た彼女やエスタークさんがあの世界に行こうとしたら、僕と同じ様にVRマシンを使うしかない。

 あくまでプレイヤーの一人として。

 だけど、そもそも、それで僕らはクリアー出来るのか?

 

 僕らはすでにこっちの世界で奴らと戦った。

 それで感じたのは、連中の確かな強さ。

 ゲマの放ったメラゾーマの威力も、あのスライム達の強さも、ゲーム内そのままだった。

 そうであるならば、僕があのアカウントでゲーム内に戻ったとしても、力では圧倒されているし、新しいアカウントのフローラ達はあの世界に入った瞬間、ただのゲーム初心者でしかない。

 はっきり言って、雑魚。使い物にもならないだろう。

 まずはレベリングが必要ではあるけど……。

 復活して、かつ、こちらの世界の知識を得たあのゲマが、あの世界をそのままにしておくだろうか?

 僕らが来ることを見越して、様々な対策を立てていることは明白。

 僕らのレベルアップを見過ごしてくれるとは思えなかった。

 

 僕だけがログインして、その間、フローラとエスタークさんに僕の肉体を守ってもらおうかとも考えたが……。

 

 エスタークさんたちの『今』のステータスをきっちり確認したわけではないけど、聞いた感じ、強さは多分レベル『1』。

 フローラは今の僕より力が弱く、呪文もベホイミしか使えないし、エスタークさんにしても、身体能力は確かに高いけど、今の力自体は鍛えているマッチョメンレベルといった感じ。

 つまり、あの世界で言えばレベル1の『戦士』クラス程度か。

 

 量子テレポートしてくるモンスターが向こうの世界基準であるならば、こっちの今の戦力ではちょっと強いモンスターが現れただけであっと言う間に全滅だ。

   

 僕のプレイ中に、フローラ達は簡単に殺されてしまうだろう。

 いや、僕も含めてだ。

 これでは、プレイすること自体が無理ゲー。

 

「うーん」

 

「旦那様?」

 

 悩む僕を見上げてくるフローラ。彼女の瑠璃色に輝く瞳があわく揺れていた。

 不安なのだろうな、彼女も。

 自分の存在が作られたものであり、この世界の存在でないと理解しようと努めているが、そんなもの、呑み込めるようなことじゃない。

 だから必死に僕を『本物』のリュカとして認識しようとしているのだろう。それが今の彼女にとって、唯一のアイデンティティーなのだろうから。

 

「大丈夫だよ。僕に考えがある」

 

「本当……ですか?」

 

「ああ、なんとかなるさ」

 

「は、はい……」

 

 彼女は少しだけ微笑んだ。

 僕もそれに応じて笑う。

 だけど、これは半分苦笑いだ。

 

 なんとかなる……なんて、ただの気休めのハッタリだ。

 そんな保証、僕に出来るわけがない。

 でも、この、現状を考えてみて、とれる方法は限られるんだ。

 モンスター達のこちらの世界への流入を妨げつつ、あのゲームをクリアする。

 僕自身も釈然としていないけど、今思えば、スラリンが僕自身をここへ向かわせたことからして、こうなることを分かってのことだったのだろう。

 もともとそんなにやる気のなかった僕は、彼に言いように操られたということだ。

 もうすでに、逃げ場はない。

 

「ちっくしょー、やってやるよ」

 

「はいっ!」

 

 僕の隣でフローラが、大きく頷いた。

 そして、言った。

 

「必ず、ビアンカさん達を助けましょう! 旦那様の大切な人達を!」

 

「!?」

 

 彼女の言葉に一瞬息を飲んだ。

 彼女が、あまりにもしっかりと表情を引き締めてそう言ったから。

 彼女に僕は全て伝えたのだ、あの世界で僕はビアンカを選んだことを、フローラを選ばなかったことを。

 それなのに彼女は、僕の為に行動しようとしてくれている。

 なぜ?

 

 僕は多分、相当マヌケな顔をしていたのだろう、フローラはくすりとひとつ笑った。

 

「そんな不思議そうに見つめないでください。私はもう全部、理解はしていますから」

 

 彼女は一度下を向いてから、僕の袖に手を伸ばし、握った。力をこめて。

 

「分かっています。もう全部理解しています。旦那様を『好き』というこの思いも、旦那様のことを『知っている』というこの記憶さえも全て作り物であると……でも」

 

 彼女は顔を上げた。それから本当に朗らかに笑った。

 

「でも、私はもう……『あなた』を知っています。それは作られたものではない、あなたと、共に今いるこの瞬間の記憶、この想い……旦那様……? 私にとって、これこそが本物なのです。これこそか大切なのです。だから一緒に行かせてください。大切なものを守るために。取り戻すために。私は……あなたを助けたい」

 

 胸がかあっと熱くなる。

 一瞬涙が溢れてしまいそうだった。

 微笑む彼女が本当に眩しかった。

 

 彼女に言われるまでもない……ビアンカのこと、一時だって忘れたことは……なかった。

 ずっと会いたくて、つらくて……でも、何をどうしたって諦めるしかない……

 そう思ってきた。

 だって、彼女はただのゲームのキャラクターなのだもの。

 クリアーすればそれまでの、幻の様な存在なのだもの。

 

 でも……

 

 たとえそうだとしても、今この胸に湧き上がる思いは、本物なんだ。

 

 彼女が愛しくて、彼女が恋しい。

 この僕の思いに嘘は何一つない。

 たとえ彼女がプログラムで動くだけの見せかけの存在なのだとしても、この目の前のフローラやエスタークさんの様に、ゲームのシステムに縛られている存在なのだとしても、そして……

 

 このゲームを終えた瞬間に、全て消えてしまう存在なのだとしても……

 

 スラリンは言った。

 ゲマ達はあのゲームのシステムに支配されていると。

 クリアすればすべてはリセットされると。

 それは、他の全てのキャラたちへも言えることだった。

 このフローラもエスタークさんも、アルスもヘンリーもブオーンも、そして、ビアンカも……

 つまり、クリアすればみんな、消えるのだ。

 僕はそのことを分かっていた。

 分かっていて、考えないようにしていたんだ。

 逃げていた。

 

 とても怖いことだったから。

 

 でも、今ようやく僕はその考えと向き合えた。

 

 僕は……

 

 やっぱり彼女が、好きなんだ。

 

 覚悟は全て固まった。

 今まで目の前を覆っていた漠然とした不安や恐怖や迷いの靄の全てが、今晴れた。

 

 そうだ。

 僕は、僕の思う通りに進めばいいんだ。

 どんなに悩んだところで、僕の本当の思いは変わりはしない。

 彼女が好きだ。

 彼女を守りたい。

 このままゲマ達の好きにさせてはならない。

 今この瞬間も、あの世界でビアンカにゲマの魔の手が迫っているのかもしれないのだ。

 彼女を助けるんだ。この僕が。

 たとえそこで、すべてが終わるとしてもだ。

 彼女が酷い目に遭う、バッドエンドなんて真っ平御免だ。

 僕が欲しいのはいつだって、『ハッピーエンド』。それだけなのだから。

 

 大きく息を吸って、両手で思いっきり頬を叩いた。

 隣ではフローラが突然の僕の奇行に驚いていたけど、僕はただ彼女へと笑いかけた。

 

「フローラ、ありがとう。僕はやっぱり勇者じゃない。ただの臆病者だ。でも……それでも最後まで頑張ってみるよ。そう、やっと思えたよ」

 

 その言葉に彼女はにこりと微笑んだ。

 そして、僕の手にそっと触れた。

 

「私にとって旦那様は……最高の勇者様なんです。がんばって」

 

「う、うん」

 

 彼女の透き通るような笑顔に思わず見とれてしまった。

 やっぱりフローラは可愛い。可愛すぎる。

 そうか、フローラと結婚していたら、このフローラと生活していたのか……

 きっととっても優しくて、いつでも僕を甘えさせてくれるんだろうな、あの笑顔のままで……

 と、そんな妄想に浸りそうになった瞬間、頭の中に、大写しでビアンカの怒った顔が!

 

「ご、ごめん!!」

 

「え? なんです?」

 

 思わず頭の中のビアンカに謝った僕を、フローラはやっぱり不思議そうに見ていた。

 

「い、いやなんでもない、なんでもない」

 

「お前達、じゃれつくのもその辺にしておくのだ。どうやら、『客』のようだぞ」

 

「へ?」「え?」

 

 僕とフローラの先を行くエスタークさんが、フロア隅の非常階段へのドアを前にして、少し振り向いてこちらへと視線を向けていた。

 足を停めた僕たちは、すぐそばの廊下の暗がりへと身を潜めた。

 耳をそばだてていると、カンカンカンと、屋外の非常階段の方から階段を降りてくるような音が響いてきた。

 その音は次第と大きくなり、そして……

 

「ブルゥ、ブフゥ!!」

 

 その開いているドアの上部に頭をぶつけないように気をつけつつ、屈んでこちらへと入ってきたのは、巨大な二足歩行の白い『馬』だった。

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