山と湖に囲まれた風光明媚な丘陵都市。
『サラボナ』
沢山の屋敷と秀麗な塔を有したこの街は、資産家ルドマンが一財を投じて整備したものだった。
その美しい街並みが今まさに、地獄と化していた。
街の周囲を取り囲む防壁を、簡単に跨いで押し寄せているのは、巨大な一つ目のモンスターの群れ。
人の何倍もあるその体躯が握りしめるのは、数メートルはあろうかという巨大なこん棒。
その一つ目の怪物……ギガンテス達は、怪力に任せて家々を破壊して周る。
木造の家屋の多くは一撃で粉砕されてしまうも、ルドマンが作り上げた石造りの大きな屋敷や塔は流石に頑丈だった。
しかし、それも繰り返される凶悪なモンスターの攻撃の蹂躙にはひとたまりもない。
忽ちのうちに壁の一角が崩されてしまう。
その開いた穴からは、真っ白い毛色の、羽の生えた猿のようなモンスターたちが飛び出してくる。
その正体は、最上級クラスの悪魔系モンスター、シルバーデビル。
シルバーデビルたちは高速で移動しつつ鋭い爪を立てて屋敷内へと非難していた人々へと襲い掛かった。
「きゃー」
「た、たすけてくれー」
逃げ惑う人々の頭上、街の上空にはたくさんの真っ赤な鳥の群れが。口から炎を吐くそのモンスターの名はひくいどり。
その炎の斉射で城のあちらこちらは見る間に燃え上がった。
逃げ場を失った住民たちは、右往左往するばかりで恐怖におののいた。
そんな中、逃げる人々を飛び越えて、モンスターの前に立ちはだかった人物がいた。
それは、金髪の小柄な少年。
彼は飛竜の意匠のあしらわれた柄の大きな剣を振りかざし、近づくシルバーデビルの一匹を一刀で切り伏せる。
そして着地と同時にモンスターの群れへと右手を突き出した。
彼の全身が黄金色に輝きだす。
全身から溢れる魔力の迸りを、彼は真剣な表情でその腕の先へと集めていく。
そして……
「ギガデイン!!」
そう発声した瞬間、魔力が解放された。
彼の腕の先から途轍もないエネルギーの奔流が放たれる。
その金色の電撃は並居る巨大なモンスター達を飲み込み全てを焼き尽くした。
「さあ、今の内ですっ! 早く逃げて!」
その声音に我に返る街の人々。
彼が作った脱出路へと導かれるように多くの人が駆けだした。
金髪の少年は彼らを守るべく立ち塞がる敵を切り伏せ、魔法を放ち、その接近を阻む。
しかし、相手の数は多かった。
ギガンテスが振り下ろした棍棒の一撃を伝説の剣で受けたところに、横からシルバーデビルが爪を振り上げていた……
避けきれない。
金髪の少年が息を飲んだ瞬間。
「アルス、あぶないっ! メラゾーマ!」
そこに飛び込んできたのは金髪の女性。
彼女は駆けながら大きな火球を顕現させて、その襲い来るシルバーデビルへと放ち焼き消した。
アルスと呼ばれた少年は押し込まれていた棍棒を押し返し、その勢いのままにギガンテスを切り伏せる。
金髪の女性も、何度も炎の魔法を放ちモンスターを焼き続けた。
押し寄せるモンスターの猛攻の中、苦渋の表情のままで戦い続ける二人。
そんな彼らのそばに一頭のキラーパンサーが近づいていた。
だが、二人はそのキラーパンサーには目もくれない。
それどころか、そのモンスターへと背中を向けたのだ。
もしこのモンスターが敵であれば、間違いなく二人は背後から襲われて瀕死の傷を負っていたことだろう。
そう、敵であれば。
「お願いゲレゲレ。逃げる人たちにモンスターを近づけさせないで」
「がるうっ!!」
女性の声に唸り声で返すキラーパンサー。
彼は、それに応じるように素早く動くシルバーデビルを爪で切り裂き、喉笛を噛みきり、波のように押し寄せる敵へ向けてたたきつけた。
そして敵の前に立ちふさがる。
キラーパンサーの威圧に、モンスターの群れの動きが一瞬止まった。
その隙を、女性は見逃さなかった。
素早く手に持った杖を掲げ、魔力を込めつつ呪文を詠唱。
「ベギラゴン!!」
巨大な火炎の柱が、モンスターの群れの足元から立ち上る。
たちまちのうちに火だるまとなり転げまわるモンスターたちに、追い打ちとばかりに金髪の少年も呪文を放った。
「ギガデイン!!」
輝く稲妻が周囲すべてのモンスターを焼き尽くす。
焼け焦げ、燃え尽きた巨大なモンスターの屍が累々と積み重なった。
そしてそれは大きな壁となり、後続のモンスターの突撃を遅らせた。
「今よ! みんな早く脱出を!」
その女性の掛け声に、住民たちは我先にと街の外へと駆け出して行った。
金髪の女性と少年、それとキラーパンサーは、最後の一人が逃げ出すまでその場にとどまり、モンスターの攻撃をしのいだ。
そして、再び広域呪文を放ち、このサラボナの街から脱出した。
駆け出した彼らの背後には、赤赤と燃え上がる焔の壁と、空を覆い尽くさんとする黒煙が、ただただ広がっていた。
× × ×
「お母さん、大丈夫?」
「ええ、アルス、大丈夫よ。それにゲレゲレも。ありがとう、助かったわ」
「ふにゃあ」
金髪の女性、ビアンカがそう声を掛けると、隣を走る大きなキラーパンサー、ゲレゲレがまるで甘える猫のような柔らかい泣き声を上げた。
それを見て微笑むのは、金髪の少年、アルス。
彼らはモンスターに急襲されたサラボナの街から、なんとか多くの住民を脱出させることに成功した。
しかし、まだ完全に気を緩めることなどはできない。
なにしろ、街を襲ったモンスターたちは通常この辺りに生息しているモンスターとは比べるまでもないほどに強力な個体ばかり。
とてもではないが、街の衛士程度で太刀打ちなど出来ようはずがなかった。
油断なく周囲に気を配る二人と一匹。
だが、ようやくその緊張が少しだけ緩んだ。
「ビアンカ様、アルス様、皆様もお早く! 他の街の方々はすでに天空城へと避難を完了しております!」
彼らの頭上からそんな声が響く。
見上げれば、そこには羽を羽ばたかせる白装束に槍を装備した人の姿が。
それは
宙を浮遊し慌てた声でそう叫ぶ彼の背後は、霞が掛かったように白い霧に覆われている。
そこへ向けて駆ければ駆けるほどに周囲の白はその色を濃くし、視界を遮った。
しかし、彼らは躊躇なくその霧の中を高速で駆け抜けた。
そこにそれがあることを、知っていたから。
白い霞の向こう側、そこに突然それが現れた。
それは、巨大な白亜の城。
何層にも分かれた構造体の上に、いくつもの尖塔を有したそれは、真っ白い大地に屹立している。
その巨大な城門の前には整然の整列するたくさんの羽の生えた天空人の姿が。
その合間を、サラボナの街の人たちが列をなして場内へと急ぎ足で入場しているところだった。
「天空城、浮上っ!!」
城門の少し上、金の槍を持った一人の天空人が、槍を振り上げつつそう発声した。
その声の途端に、少しだけ大地全体が振動する。
それは少し強い風が吹いた程度の感触でしかなかったが、周囲の景色はあり得ないほどの速さで変化していた。
遠くに見えていた山麓は見る間に消え、上方から雲が一気に下方へと流れ過ぎ去っていく。
空の青さは一瞬にして薄くなり、気が付けば周囲は一面の暗黒に染まっていた。
足元の白い大地の隙間から下を見れば、そこに拡がるのは雲を被った山々と緑の平原、それとどこまでも続くかのような大きな青い海。
天空城は瞬く間に遥か上空へと浮かびあがっていた。
「ふぅ……」
ビアンカたちはやっとここで一息ついた形となった。
ここまでくればあの恐ろしい凶悪なモンスターたちに襲われる危険性はないのだから。
「ビアンカさん、アルスくんっ!!」
杖や剣を降ろし、呼吸を落ち着けていた彼らの元へ、身体の大きな男性がひょこひょこと跳ねるようにして近づいてきた。
それに二人はにこやかに応じた。
「ルドマンさん、ご無事で良かったです」
「何が無事なものですかっ! わ、私の家が、私の街が! 私の財産がぁっ! くぅ、うううっ……ぜ、全部……全部なくなってしまいましたぁ。ううううっ……」
両手でがっしとビアンカの腕を押さえて、滂沱の涙となったルドマン。
彼はビアンカのことを全力で揺すっていた。
しかし、高レベルのビアンカにとっては大した影響はなく、大した力を籠めることもなくルドマンの力を苦笑のままに受け止めていた。
「お、落ち着てください、ルドマンさん。心中お察ししますけど、逃げるお手伝いが精いっぱいだったんです」
そのビアンカの言葉にルドマンは一度硬直し、鼻をずずずーっと啜った。
その直後に、再びビアンカに顔を近づけた。
「その通りです。その通りなんです。逃げるしかなかったんです。逃げるしかなかったんですよ。うわああああああああああん」
ぶわわっ!!
と涙を噴出させたルドマンに、ビアンカはもう何も言えなかった。
そんな二人の前に、青い髪の女性が立った。
「お父様、そんなことをなされてはビアンカ様に失礼ですわ。彼女とアルス様は危険を顧みずに私たちを助けてくれたではありませんか。感謝こそあれ、そのように振る舞うことはいけませんわ」
「フローラ……」
「フローラさん」
にこりと微笑む青髪の女性、フローラは、改めて深々とビアンカへと頭を下げた。
「助けていただいて本当にありがとうございました、ビアンカさん。この御恩は一生をかけてお返しさせていただきます」
「い、いえ……そんなこと……。気にしないでください、フローラさん」
慌てて手を振るビアンカ。
そんな会話の中、項垂れたルドマンの脇には、一人の金髪の背の高い男性が寄り添った。
彼の名前はアンディ。
この男性がフローラと結婚を予定しているということをビアンカはもう知っていた。
アンディがそばに来たことで、ほのかに頬を赤らめるフローラを見て、かつてリュカがこの女性との結婚を考えていたということを思い出し、不思議な感慨にとらわれた。
もし彼がこの女性を選んでいたら、自分は今何をしていたのだろう……と。
頭を下げ、力なく涙を流すルドマンを支えて城へと歩きだすフローラとアンディを見ながら、彼女はここに居ない最愛の男性の事を思い出すのだった。
彼がいてくれれば……
今こうして人々を救うために世界を回って等いなかったのではないか?
あの日、夜明けの輝きと共にこの世界から消え去った彼、リュカ。
彼を失って、初めてビアンカは本当の絶望を味わった。
彼を思うこの心が、偽りのものなのかもしれないという事実と、彼にもう二度と会うことができなのではないかという不安とが織り交ぜられて、彼女自身得も言われぬ苦痛を味わい続けてきたのだ。
でも……
彼が最後に見せたあの表情。
あれは間違いなく本物だったと、彼女は今でも信じている。
彼の愛と、彼を思うこの心の底にある想いは全て……
それを思う時、彼女はいつも胸に仕舞うお守りに手を当てるのだ。
彼を心から愛していると。
その思いがあったからこそ、この世界の混乱から人々を救う行動をとることができたのだ。
命がけでグランバニアや、ラインハットやたくさんの街街から人々を救い出して。
リュカなら、きっとそうすると信じられたから。
胸に手を押し当てたビアンカはただただリュカのことを想った。
「どうしたの、お母さん?」
「ううん、なんでもないの。さあ、私たちも行こう」
「うん」
アルスとそんな会話をしたビアンカも、付き従うゲレゲレを伴って天空城へと歩き出そうとした。
その時だった。
『おおい、ビアンカ君、アルス君』
またもや上方から声が聞こえて見上げることになるが、彼らはこの声の主の正体に思い当っていた。
ここはすでに地上から遠く離れた天空。
そのさらに上空から声をかけてくる人物など限られていたから。
「マスタードラゴン様」
『おおっ!!』
二人の呼びかけの直後、巨大な天空城の更に上を、白い大きな影が横切った。
そして大きく空を旋回して天空城の白い大地へと降り立った。
それは巨大な白いドラゴン。
天空の支配者、マスタードラゴンだった。
『ふたりとも、大変だったな。サラボナの人々の救出作戦見事だった。儂も遠巻きに見ておったよ』
「いえ、これもマスタードラゴン様と天空人の皆さんのおかげです。私たちも感謝しかありませんよ」
『うむ、なに、この世界が滅びては、儂も適わぬからな』
鷹揚に頷く巨大な白竜はその大きな瞳で二人を優しく見つめた。
そして自身の居城でもある天空城をみあげた。
この世界の混乱を察し、いち早く動いたのは他のだれでもない、このマスタードラゴンだった。
彼はモンスターに襲われているグランバニアへと急行し、天空城の全戦力をもってこれと対峙、城の住民をのこらずこの天空城へと避難させた。
そのとき、破壊されるグランバニア城から、ビアンカやアルスたちも救われたわけだが、以来、彼らも協力して世界各地の人々を救い出し続けてきたというわけである。
つまり今のこの天空城は、いわば難民キャンプ。
世界中の人々がここに集まってしまったために、流石に巨大なこの城えあってもパンク寸前ではあったが、そこはみんなで協力しあい、なんとか生き続けていたところだった。
いつか世界の混乱が収束するまで……
その日が来ることを、人々は信じていた。
『そうじゃった、君に会わせたい人を助け出してきたぞい』
「会わせたい人……ですか?」
マスタードラゴンのその言葉に小首をかしげたビアンカの前で、彼はその背をかがめた。
すると、そこから一人の男性がバランスを崩しながら滑り落ちてきた。
それを見て、ビアンカとアルスは目を丸くした。
そして、叫んだ。
「お父さん!」「おじいちゃん!」
そこにいたのは小太りに初老の男性。
彼は背中をしたたかに打ち付けて痛みを抑えるようにして立ち上がった。
「や、やあ、ビアンカ、アルス。あえて良かったよ」
そう微笑んだ男性、ビアンカの父親、ダンカンへと二人は駆け寄り、そして抱き着く。
そのまま号泣した。
親子の再会に微笑みを浮かべるマスタードラゴン。
彼はその親子へと語りかけた。
『身体が不自由なせいで逃げ遅れていたダンカン氏をなんとか助けられたよ、いやあ、すぐに見つけられて本当によかった』
「マスタードラゴン様、ありがとう……本当にありがとうございました。うわぁああん」
号泣したまま何度も頭を下げるビアンカに、マスタードラゴンは更に口角を上げて笑った。
『なに、感謝してもらうのはまだ早いよ。君に、もっと逢わせたかった人物をようやく連れてこれたんだからね」
「え?」
マスタードラゴンの言葉に思わず怪訝な顔になるビアンカ。
彼女はマスタードラゴンの言葉の意味を理解できないでいた。
自分の父親以上に会わせたい人物とはいったい……
でも、それを推理するよりも早く、その答えが彼女の前へと飛び降りてきた。
マスタードラゴンの背中に起き上がるのは、一人の男性。
頭に特徴的な紫の布を巻き、やはり紫のマントを羽織ったその人物。
彼女がひと時も忘れたことのなかったその人物が今まさにそこに……
「やあ、ビアンカ。ひさしぶり」
にこやかにそう微笑んだ彼は、あの日、光の中に消えたときとそのままの格好でそこにいた……
なにひとつ動くことも出来ず、なにひとつ考えることも出来なくなった彼女。
ビアンカはただ必死に、その名前だけを口にした。
「……リュカ……」
「ただいま、ビアンカ」
にこりと微笑んだ彼が優しくビアンカを見つめていた。