「リュカ?」
「ただいま、ビアンカ」
ビアンカの前で、彼がやさしく微笑んでいた。
依然となんら変わらないあの姿のままで。
「お父さん!」
「がる!」
アルスとゲレゲレも明るい様子のままに彼へと飛びついていた。
彼は泣きながら笑うアルスと足に頬ずりをするゲレゲレの両方の頭に手を置いてなでていた、微笑みながら。
帰って来てくれた。
私たちのところに、再び。
その文言が福音となって、ビアンカの胸中を駆け巡る。
嗚咽してしまいそうなくらいの喜びがあふれるのを感じながら、彼女は胸のお守りを押し抱く。
それから彼へと、近づいた。
彼を抱きしめようと。
彼との再会を喜び合おうと。
そうしたかったから。
「リュカ……」
そう呼び掛けてその手を取ろうとした時だった。
「マスタードラゴン、それからみんな、聞いてくれ」
彼は手を伸ばすビアンカに一瞥もくれないままに、その場の全員を見渡しながら言った。
「今この世界は蘇ったミルドラースによって滅ぼされようとしている。たくさんの人間が殺された。俺はそれを自分のこの目で見てきたんだ。そしていままさに、奴らが築き上げた城塞、大神殿で多くの人間が殺されようとしているんだ! 一刻の猶予もない。さあ、いますぐにこの天空城で助けに行こう!」
その場の一同はそのリュカの言葉に静まり返る。
天空人や、逃げてきた人々や、マスタードラゴンでさえも言葉をなくしていた。
その雰囲気に、リュカはいら立ちを隠さずに怒鳴った。
「どうした、なぜ動こうとしない? こうしている間にも、人間が殺されているんだぞ?」
その剣幕を前に、逃げまどい、そして戦い疲れ切った人々は言葉もなかったが、唯一マスタードラゴンのみが彼へと口を開いた。
『まあ待て、リュカ。
「何を呑気なことを! そんなことではすぐに皆殺しにされてしまうに決まっている。今すぐに行動を起こすべきだ。いますぐに!!」
『しかしな……少しくらいは奥方とも……』
穏やかな声音で話しかけるマスタードラゴンは、ちらちらとビアンカへと気づかわし気な視線を送っていたが、それを遮るようにリュカは言い放った。
「事態は切迫しているんだ! 救出突入パーティーは俺が決める。すぐにみんなのいる場所に案内してくれ」
有無を言わさぬその勢いのままに、リュカは天空人の案内で天空城内へと入っていく。
ビアンカたちはただただ呆然とそれを眺めることしかできなかった。
「いったいどうしちゃったんだろう、お父さん。せっかくまた会えたのに。ねえ、お母さん? ねえ?」
「そう……ね」
ビアンカはただぽつりとそうこぼす。
リュカはあの時のまま、あの時と同じ様相で彼女たちの前に現れた。
それはビアンカの知るリュカそのものであって、彼の容姿の一つ一つ、肌に刻まれた傷の一つをとっても、彼女の知るリュカと全く同一のものだった。
でも……
なにかが違う。
リュカの持つ佇まいなど、雰囲気は一変してしまっていたから。
彼の言を信じるなら、今まさに世界中で人々が殺されていて、その惨劇を目の当たりにしたからこそあのように焦っているとも考えられた。
多くの人が囚われて、苦痛に耐えながら泣き叫んでいるのだとしたら、リュカがあれほど拙速に動こうとする理由も理解できるから。
それでも……
ビアンカの胸にくすぶる疑念が晴れることはなかった。
「うう……」
「お父さん!」
彼女のすぐ隣で、ダンカン氏が苦しそうに膝をつく。
彼女は即座に彼を抱きかかえた。
「ああ、ありがとうビアンカ、すまないね。私は少し、疲れてしまったようだ」
「無理してはだめよ、お父さん。医務室もあるから、そこで休ませてもらいましょう。よろしいでしょうか? マスタードラゴン様?」
『ああ、構わぬとも。さあ、皆も手を貸してやりなさい』
すぐさま数人の天空人が集まってきてダンカンの肩を支えた。
もともと体の悪い父親であったから、脱出の際の疲労で参ってしまったということだろうと、彼女は心配しながら後について歩こうとした。
でも、その前に、もう一つの不安を解消するためにと、隣に立つ息子のアルスへと小声でささやいた。
「お母さんはこれからおじいちゃんの看病をするけど、あなたにお願いしたいことがあるの」
「お願い? なあに?」
見上げてくるアルスに彼女は微笑みながら言った。
「お願いアルス。天空城内のヘンリー殿下のところへ今すぐに行って頂戴。それでほかの人たちには内緒でこっそりとあるものを借りてきて欲しいの」
「あるものって?」
そう聞いてきた息子の耳に、彼女は口を近づけて小声で言った。
「ラインハットの国宝、『ラーの鏡』を借りてきて」