「俺か? 俺はリュカだよ。くっくっく」
リュカは両頬を裂くように歪に、愉快そうに笑っている。
それを見て、ビアンカは心から震え上がった。
目の前の存在は間違いなく彼女の知るリュカではない。
しかし、その見た目も装備もまるで彼と同じ。
同じであるのに違う。
その不可思議なパラドックスに、彼女は恐怖した。
だからこそ、彼女はアルスやヘンリーへとラーの鏡の使用を頼んだのだ。
真実を写すとされるあの鏡であれば、きっとわかるのでは……と。
しかし、鏡を使用してもリュカの姿がモンスターになることは無かった。
これではっきりしたのは彼がモンスターなどの変身の類ではないこと。
そうと理解しても、彼女はこのリュカが別人であると信じた。
何かがおかしいと。
何か、必ずからくりがあるのだと。
その様に考えていたのはビアンカだけではなかった。
悩むビアンカへと接触したヘンリーが彼女へと告げた。
”ビアンカさん、あれはリュカではないよ。この無二の親友の私が言うのだから間違いない。あれは偽物だ”
と。
ヘンリーはヘンリーで、ビアンカとは別の形でリュカのことを知り尽くしている。
その彼が自信たっぷりにそう宣言したのだから、やはり自分の考えは間違っていないのだと彼女は確信を深めた。
そして作戦を立てた。
偽のリュカが何をしようとしているのか、何が望みなのか、それを推察し、そしてその企てを阻止すべく行動したのだ。
水面下でこっそりと。
だから今ここでこのようにリュカと対峙しているのだから。
「いい加減リュカの顔で笑うのをやめてくれないか。その顔のそんな歪んだ表情見たくもない。吐き気がする」
それこそ吐き捨てるようにヘンリーがそう怒鳴る。
リュカは顔をゆがませたままで、言った。
「仕方ねえだろう、俺だって好きでこんな顔しているわけじゃねえんだからよ。くくく」
やはり笑うのを止められないリュカ。
彼は、あっと何かに気が付いた素振りでつづけた。
「そういやお前ら、そうやってこの俺を囲んでいるようだが、まさか勝った気でいるなんて言わないよな?」
それに何も答えないビアンカやヘンリーたち。
ただ、リュカへの間合いを詰め続けた。
その様子にリュカはさらに噴き出してしまった。
「まじかよお前ら! まじでこの俺に勝つつもりなのか? ふへへ。こりゃあお笑い種だぜ。ふはははは」
「何がおかしい? お前はもう一人。こっちはブオーンもいれて総勢八人だ。お前にもう勝ち目はない」
そう吠えたヘンリーにリュカはにやけた顔のままで腕を大きく広げた。
「ははははは。そう思うならやってみればいいさ。もっとも、この俺にまずは近寄らないといけないけどな、出来るかな? さあ、出てこい、お前ら」
リュカが言いながら腕を振り上げた。
すると、どこから現れたのか、リュカとビアンカたちの合間に、八体のモンスターが出現した。
先ほどから相手をしている、メタルドラゴン、りゅうせんし、あくましんかん。それに加えて、ブラックドラゴンやゴールデンゴーレムも。
それら八体に、ビアンカたちは一斉に襲い掛かった。
モンスターの攻撃をかいくぐり、じゅもんを放ち、剣でたたき切った。
そして、ようやく全てを倒し終えたとき、リュカが再び言った。
「ほれ、次だ」
その言葉の直後、先ほどとまったく同じ場所に、同じモンスターが。
合計八体のモンスターと再び戦闘。
それを倒すや否や。
「まだまだくるぞ」
リュカの声の後に再び八体。
倒せども倒せども敵は何度も何度も現れる。
ビアンカたちは、何度も何度も繰り返される戦闘になんとか勝ち続けていた。
だが、確実に疲労は蓄積してきていた。
いったい何度目のモンスターだっただろうか。
それらを倒した直後、腕を組んで見下ろしていたリュカが言った。
「いやあ、さすがに強いね、お前たちは。どうだ? いい加減、そろそろ分かってきただろ?」
「なんのことだ?」
確実に疲労しているはずのヘンリーが、額の汗をぬぐいつつ笑顔で聞き返す。
完全な強がりの様相でしかないわけだが、それを見てリュカは大きくため息をついた。
「なんだ、本当にわかっていないのか。じゃあ、面倒だからこいつを出してしまおうか。えい」
再び腕を振り上げたリュカ。
またあの八体のモンスターが出てくるのかと待ち構えていたヘンリーたちは、次の瞬間度肝を抜かれた。
そこに現れたのは、巨大なギガンテスに似た一つ目の巨人。
全身が濃紫に染まる、分厚い筋肉に鎧われたその巨人は、唸り声一つ発さずに、手にした巨大なこん棒で殴り掛かってきた。
それをとっさにかわすビアンカたち。
だが、その一撃で、足元の石畳が粉砕されはじけ飛んだ。
「はははは、さすがはラマダだ。俺ら以上の怪力は馬鹿にできねえな」
リュカのそんな言葉を聞きながら、ビアンカは呪文を唱える。
火炎の濁流が濃紫の巨人を飲み込むと、そこにヘンリーやアルスたちが剣で切りかかった。
だが、その攻撃は巨人に大した傷をつけることはできない。
力任せの一撃に、全員の体力が削られ続けた。
そこへ、巨大な影が立ちふさがった。
「力勝負なら、この俺様が相手になってやるぞ」
濃紫の巨人、ラマダよりもさらに巨大なモンスターブオーンが、その両腕を振り上げてラマダへと叩きつける。
が、その両腕をラマダは自らの手で掴み押さえこんだ。
「ぬううう」
怪力で叩きた伏せようと試みるブオーンだったが、いくら圧せどもラマダは動かない。
明らかにラマダのほうが力は上だった。
だが、ビアンカたちはそのまま手をこまねいてはいなかった。
「メラゾーマ!」
「ギガデイン!」
「者ども、集中攻撃だ! 叩き斬れー!」
強力な呪文と、渾身の剣戟とで、動きを封じられているラマダへと何度も何度も襲い掛かる。
その繰り返しの末、ブオーンも含めた全員がボロボロになったところで、ついにラマダのその巨体は倒れ伏した。
大きく肩で息をするビアンカたち。
その中で、一人、ヘンリーだけがすっくと立ちあがって、胸を張ってリュカへと宣言した。
「どうだ我らの力。お前がどれほどモンスター
そんなヘンリーを見ながら、リュカはさきほどとは打って変わってまったく興味を失した様子で手を振り上げた。
その直後、巨大なこん棒がいきなり振り下ろされた。
ヘンリーの背後から、彼の左肩をすべて抉りとりながら。
「あ……」
呆然としたままのヘンリーが自分の左肩へと視線を移すと、そこにあるはずの銀の甲冑も、麻の肌着も、自分の筋肉質の肩すらなかった。何もかもなくなっていた。
ただ、巨大なこん棒が足元の石畳にめり込んでいるだけ。
彼はついで、振り返り、見上げた。
そこにあったのは……
つい今しがた全員で死力を尽くして倒したはずのあの濃紫の巨人の姿が。
巨人はまったくの無傷のままでそこに屹立していた。
いや、そんなはずはないのだ。
完全にあの怪物は倒して、実際に今目の前に死骸が横たわっているのだから。
だが、ここにもいる。
もう一体……なぜ?
そう自覚した瞬間、ヘンリーの意識は消滅した。
背後のラマダの巨大なこん棒が、力いっぱいヘンリーに向かって振り下ろされてしまったから。
「ヘンリー!!」
ビアンカが彼の名を叫んだとき、背後で彼の部下たちの悲鳴も響き渡った。
振り返れば、そこにさらに四体の濃紫の巨人がいて、その巨人によって全員が完全につぶされてしまっていた。
ブオーンも同じだった。
複数体出現した巨人に、めったやたらに打ちのめされ、ズタボロにされてしまっている。
それを見た直後、彼女はとっさに最愛の自分の息子を振り返る。
すると、そこにも巨人が現れていて、息子のアルスは今まさに巨大な手で握り潰されようとしていた。
「アルス!」
「お、おかあさん……に、逃げて……」
「アルス! い、いやあっ!」
彼女の悲鳴が轟く中、濃紫の巨人の手が完全に握りこまれた。
眼前でその惨劇を目の当たりにしたビアンカ。
彼女は、膝から崩れ落ちるようにへたり込む。
その周りを、何体もの濃紫の巨人が取り囲み近寄ってきた。
巨人たちの合間からリュカが姿を現す。
そして彼女を見下ろしながら言ったのだ。
「形勢逆転だな」
「…………」
リュカはもう、微笑みひとつ浮かべたりもしなかった。
ただ、冷酷な瞳でビアンカを見下ろすだけ。
そんな彼を見上げながら彼女は震える声で問いかけた。
「あなたはいったい誰なの?」
「あ? だからリュカだと教えてやったろう?」
「そうね。リュカよね。見た目だけは。きっとあなたはしたのよ。『向こうの世界へと帰った』、リュカの身体を……乗っ取ったのだわ! きっと! そうきっと!!」
「くは」
厳しい瞳を向けてくるビアンカの前で、リュカは愉快そうに噴き出した。
それから彼女へと近づいて行った。
「これは驚いた。お前は向こうの世界のことをわかっていたんだな。リュカに聞いたのか? あん?」
「…………」
リュカは彼女のそばへときてしゃがみこんだ。その手に剣を持ったまま。
その剣の腹を、彼女の頬へとピタピタと当てつつ、じっと目を見て。
「なら、もう分かるだろうよ? 俺たちが何をしているのか? なぜ何度も同じモンスターが出てくるのか、なぜ好きな場所に出せるのか、なぜ……『リュカの身体』をこんなふうに操れるのか……くくく」
「リュカの……身体……」
ごくりとのどを鳴らして唾を飲み込もうとしたビアンカ。
しかし、口の中はすでにからからに乾ききっていた。
理解していたこと、予感していたことのすべてが今明らかにされていく。
その事に全身が震えるばかりだったのだ。
ビアンカの顔を剣で弄ぶリュカは顔を近づけたままで言った。
「そうさ、これはリュカの身体だ。お前の愛しい愛しいリュカのな。くははは。では他のすべての答えも教えてやるよ。モンスターのことも、お前たちのことも、このリュカのことも、この世界のこともな……」
『それは私からお話しましょう』
突然、彼らの頭上から声がしたかと思うと、一人のローブ姿の男が現れた。
禍々しい黒紫のローブをはためかせ、頭部の一つ目を思わせる宝玉を光らせながら、その男は、立ちあがれないでいるビアンカの前へと降り立った。
「これは……ゲマ様」
リュカがそう呼びつつ、ビアンカから一歩退いて、ゲマの前に片膝をついて首を垂れた。
周囲のラマダたちも同様だ。
地響きを立てつつしゃがみこむ。
ビアンカは、その全員の一連の所作をただ見続けた。
「リュカ夫人……どうやらあなたがもっともこの世界の真理に近い位置におられるようだ。そんな聡明なあなたには、やはりきちんとお話ししてあげなくてはいけませんねえ、この世界がいかに残酷に創造されたのかということを、ほっほっほ」