「ねえリュカ。もうすぐグランバニアよ。これで漸く長い旅も終わるわね」
「うん」
「この後どうするの? グランバニアに戻ったらやっぱり王様なのよね。でも、私、御妃様って柄じゃないし、こうやってリュカと冒険している方が好きだな。あ、そうだ。誰か別の人に王様やってもらって私たちはどこか別の街で暮らしましょうよ。サンタローズでもいいじゃない。あそこなら知っている人も戻ってきているかもだし。わあ、楽しみだなあ。私たち結婚してすぐに石にされちゃったし、気が付いたらアルスもこんなに大きくなっちゃってたし、もうぜーんぜん夫婦らしいこと、家族らしいことしてないもんね。だからね、やりたいことがいっぱいあるの。覚悟してよねリュカ。私、こう見えて結構ワガママなんだから」
「こう見えても何も、見たまんまだろう」
「あ、ひっどーい」
「痛いって……。た、たたくなよ」
「あはは」
僕を小突いてからアルスの手を引いて跳ねるように歩くビアンカを、頭を擦りながら見た。
ちゃんと笑えているのか不安だったけど、どうにか笑顔では居られたみたいだ。彼女は花咲くように朗らかに笑って返してくれたから。
そう終わる。
この本当に短い、夢のような冒険が。
あと少し……
あの王城に入り、玉座に僕が腰を下ろし、隣にビアンカを座らせて、祝福のファンファーレが鳴り響く。そして、舞踏会のような催しを楽しみながら、父パパスと母マーサの幻影と再会してこの『物語』は幕を閉じる。
そう……
これは物語。
僕が夢にまで見た、憧れのゲーム。
その物語を今、僕はクリアーしようとしている。
「はあ……」
喜び浮かれるビアンカとアルスの二人を引き留めて、城に行くのは明日にしよう、今日はここで野宿をしようと、大きな樹の下で焚火を起こして、鍋の準備に入った。
ビアンカとアルスはデザートになりそうな果実を探しにゲレゲレを連れて森へと入っている。
僕は一人で燃え崩れる焚き木をつついていた。
「はぁ……」
再びため息がこぼれる。
そうしている自分の腕を見つめながら、本当の自分の腕ではないということを改めて自覚した。
『まだエンディングへ進まないのかい?』
「え?」
背後から声がしてそちらを見れば、小さな青いゼリーがふるふると震えていた。
僕はその姿に懐かしさを感じつつ近づいた。
「スラリン。会いたかったよ」
スラリンはその場でただフルフルと震えていた。
『君はまだ、私のことをその名で呼んでくれるのだね。それはそれで嬉しいものだな』
「だって君はスラリンじゃないか。僕を助けてくれた。ずっと、助けてくれた」
スラリンの正体はこのゲームの
彼は僕にそう言った。
彼はずっと僕を助けてくれたんだ。
モンスターと戦う時にも、イベントを攻略するときにも。
それから、あのミルドラースを取り込んだウイルスと対峙した時にも。
最期の戦いの後、いずこかへ姿を消していた彼が、再び僕の前に現れたことを、僕は素直に嬉しく思うと同時に、これが意味することを何となくでも理解できていた。
「もう……時間……なんだね」
スラリンはそっと目を瞑る。そして言った。
『その通りだ。君はプレイ時間の限界をすでに超えてしまっている。今いるここは、普通の人ならばすぐにエンディングへと進む短いシナリオ。様々な町や村を回るにしても、もうとっくにゴールしているはずなのだ。だが、君はかなり……のんびりとしている』
「ご、ごめん」
そう言うとスラリンはふるふると身体全体を横に揺さぶった。
『仕方がないことだと、理解してはいる。君はここで本来の自我を取り戻してしまったのだから。君がここを離れがたく思う気持ちは、重々分かる。だが―—』
スラリンはぴょんとこっちへと近づいてきた。
『そろそろ強制ログアウトされてもおかしくはないのだ。だから君にそれを伝えにきた』
「スラリン……僕はいつ、強制ログアウトされてしまうんだ?」
それにスラリンはすぐには答えなかった。
でも、少し間をおいてから、ゆっくりと言った。
『本来ならば、今すぐに。だが……今回は事情が事情だ。特別の配慮として明日の朝……日の出まで……ログアウトをなんとか私が引き延ばしてみよう』
「明日の……朝……日の出。ああ……うん。あ、ありがとう……スラリン」
『礼には及ばん。君はこの世界を……このゲーム、ドラゴンクエストを守ってくれた。そのことを私は感謝している』
「守ったなんて……そんな。僕はただ無我夢中で……君の言葉のままに動いただけだよ」
『いや、君の強い想いがあったればこそだ。君の勇気が』
「勇気?」
『そうだ。この世界は創造されしもの。君たちプレイヤーにとっては、ほんの一時の仮想現実でしかない。たとえ壊れようとも、また作り直せばいい。その程度の存在なのだ。だが、君は、あの存在からこの世界を守りたいと願い、力を振るった。それこそが君の気概、勇気そのものだ』
「そんな……そこまで考えて行動なんかしていないよ」
『それでもだ。私は君のその強い想いに救われたのだ。だからありがとう』
「救われた……?」
スラリンはくるりと後ろを向いてぴょんと歩み出した。
『さあ、私はもう行こう。君にとって大切な最後のこの時間を、無用に汚したくはないから』
「まってよ。待ってくれよ、スラリン」
そう立ち上がって手を伸ばすも、彼の姿は深くくらい森の何処かえとすでに消えてしまっていた。