バリバリバリと激しい音とともに、空の一角に亀裂が走る。
澄み渡っていた青い空も、白い雲も、その全てをお構いなしに貫いて引き裂いていく。
それはあたかも、完成された美術品の絵画をビリビリに破りさるかのように。
そして『扉』が開かれた。
それは巨大な六角形の黒い大穴。
空中にひびを走らせつつ、そこにだけぽっかりと穴が開き、その六角形へと、次々に白い雲が吸い込まれていった。
そこから、一条の光が飛び出した。
漆黒の闇の中から金色の粒子を煌めかせ、あたりに振りまきながらそれがまっすぐに地上へと向かって進んでくる。
ビアンカもゲマたちも見上げてそれを目撃した。
光の矢は、彼らのすぐ上方で変化する。
現れたのは一対の巨大な翼。
彼らの立つ大神殿をすっかり覆ってしまうほどの影を落とすその正体は、まぎれもなく『鳥』だった。
真っ白な羽毛から金色の粒子を放ち続ける神々しいまでのその姿に、その場の全員が瞠目した。
「ラーミア……」
見上げるビアンカがぽつりとそうこぼすとほぼ時を同じくして、ゲマも動いた。
長い手をビアンカへと伸ばし、その指先に巨大な火炎球を出現させる。
そして、呪文を唱えるとほぼ同時に、彼女へと告げた。
「灰となって死に絶えなさい」
燃え盛る紅蓮の炎の塊がビアンカ目掛けて飛んでいく。
彼女は、杖を失った両手でその身をただ抱くことしかできなかった。
そこへ……
「ゲマアアアアアアアアッ!!」
彼らの直上から、そんな掛け声と一緒にその人物が飛び降りてきた。
頭まですっぽりと黒のフーデットローブで身を包んだその人物は、たくましい体躯から男性であろうことだけはわかる。
しかし、今はまだ、その正体を断定できるものは、ここにはいなかった。
彼が着地したのは、ゲマとビアンカのちょうど中間点。
発射された巨大な火球の射線上であった。
フードの男性は、火球に向けて何やら杖を差し出した。
すると……
カンッ……
乾いた音とともに巨大な火球がいとも簡単に跳ね返された。
その炎は、一瞬でゲマの身体を包んだ。
ゲマはしかし、なんでもないことのように再びローブをはためかせてその火を消し去ってしまう。
そして、ふたたび男の方をむくと、にやりと笑って口を開いた。
「ならば、これならどうですか?」
大きく息を吸い込んだ後、その口を大きく開いたゲマは、炎を吐き出した。
メラゾーマの火球をはるかに超える大きな炎を前に、男は身じろぎ一つしなかった。
彼は、ビアンカの前に立ったまま、フードの内側から青い宝玉を中央に据えた丸い盾を出して構える。
押し寄せる炎は盾全体を巻き込んで、男の全身を燃やしていた。
しかし彼は動かない。
その様は背後のビアンカを炎の渦から守っている様子であり、それは間違いのないことだった。
炎の波が収まったあと、男は全身から煙を上げつつ立ち尽くしていた。
肌もローブも焼け焦げ、見える素肌は痛々しいほどに焼け爛れてる。
しかし、次の瞬間、盾の中央の宝玉が光り、彼の全身を淡い光が包んだ。
そして見る間にやけどが治っていく。
それを見て、ゲマは歯を軋ませた。
「貴様ぁ。いったい何者だ」
男はそれに一切答えないまま振り返り、へたり込むビアンカへと腰を屈めて向き合った。
そして、フーデットローブ越しに彼女へと語りかけた。
「ごめん、待たせちゃったね」
彼女はフードの人物の瞳を見た。
それは初めて見る瞳の輝きだった。
そして、その声も初めて聞くもの。
でも、彼女は確信する。
その人物の正体がいったいだれなのかを。
あふれ始めた涙で霞んだ瞳で彼を見て、焦燥と緊張で震える声で彼へと問いかける。
「リュカ……なの?」
それに、男は、かぶっていたフードを脱ぎながら優しく微笑んだ。
それは、彼女が愛した男性の優しい笑顔そのものだった。
「ああ……そうだよ。約束通り、『ラーミア』に乗って君に逢いにきた」
「リュカ……」
彼女は胸に手を押し当てて涙をぼろぼろと流し続けた。
リュカはそんな彼女の頭へとポンと手を置くとその場に立ち上がった。
「ゲマ! よくもビアンカを。絶対に許さないぞ」
ギンっとゲマを射抜く様に睨みつけたリュカに、ゲマはすでに笑顔もなく動揺を見せていた。
「まさか……貴様はあの時いずこかへ逃げただけのはず。ただの人間の分際で、いったいどうなっているのだ?」
そう慌てだしたゲマへとリュカは言った。
「僕がただ逃げるためだけにお前たちの本拠地に乗り込むわけがないだろ? 僕は……僕たちはお前たちを倒しに来たんだ」
リュカはローブの内側から、今度は黄金色の両刃のショートソードを抜きだした。
そして、それを空へと掲げた。
するとその剣は光だし、周囲のモンスター、ラマダたち全員を金色色に包む。
そのとたんに、何体かのラマダの身体がぐらりと揺れた。
「ええい! この死にぞこないが。おまえたち、全員で、そこの男と女を殺してしまえ」
怒りの面相に変わったゲマがそう吠えるのに合わせて、ラマダたちが一斉に動き始めた。
が、そこへ今度は二つの影が舞い降りて連中の前に立ちはだかった。
「旦那様に指一本触れさせたりしませんわ。バイキルト!」
一人は青い髪の金のサークレットを頭に装備した、白い衣の女性。
彼女は、杖を掲げて身体強化呪文を唱える。
と、そこへ、真っ赤な全身鎧の大男が降ってきた。
着地の瞬間地響きが発生して、彼が踏み込んだその足元は、したたかに陥没を余儀なくされていた。
その男性の身体全体が、強化魔法の輝きによって光り続けている。
その手には、巨大な鎖付きの鉄球が握られていた。
「雑魚風情が、この偉大な我の前に立ったこと、死をもって後悔させてくれる」
大男はその巨大な鉄球を振り回し始めると、おもむろにそれを手近なラマダの一体へとたたきこんだ。
このラマダは、先ほどリュカが掲げた剣の光に照らされて、その身をすくませていた。
その頭部に鉄球がクリーンヒットする。
大男の無慈悲なまでの破壊力が、ラマダの弱った身体と、逆に強化された自分の身体とで、渾身の一撃となって数倍の威力で繰り出されることとなった。
そのラマダの頭部はただの一撃で消し飛んでしまう。
頭を失った巨体は、間もなく音を立てて倒れることになるも、大男はそれを待ってなどいなかった。
鉄球を振り回しながら、周囲のラマダ全てを叩きのめしていく。
もはや、それは、やわらかい粘土をつぶすかのごとき所業。
大男に一撃も与えることも適わないままに、ラマダたちは一体、また一体とその数を減らしていった。
「お、おのれ」
ゲマは歯噛みしつつ、自分たちの切り札というべき『リュカの身体』を前に歩ませた。
「ジャミよ! いまこそ、そのリュカの身体の活用するときだ! やつを……そこにいるリュカを殺せ!」
「了解しました。ゲマ様」
手にした竜の柄の杖を持ち上げたジャミリュカが、ローブ姿のリュカの前に立ちはだかった。
「さぁて、小僧。今度こそ貴様を殺してやるよ。この貴様の大事な身体でな! ひゃはははは」
杖を振り上げたジャミリュカの前で、リュカは再びローブの内からあるアイテムを装備しながら取り出した。