黒い全身ローブ姿のリュカの前に、このゲームの主人公姿のリュカが立つ。
一見して、同じ容姿に見える二人だが、頭に布を巻いた方のリュカの中身はあの凶悪なモンスター、ジャミだった。
ジャミリュカは先ほどまで掲げていた天空の剣とバグと呼んだアイテムをどこへやったのか、手にしてはいなかった。
代わりに掲げているのは、竜の意匠を施された一本の杖。
リュカはその杖がなんなのかよくわかっていた。
『ドラゴンの杖』
見てくれは魔法使いが使うような杖の一種のようでしかない。
しかし、この杖自体が強力な武器であって、最強クラスのメタルキングの剣や天空の剣と比べても遜色ないほどの高い攻撃力を持っている。
さらに特筆すべきは、備えられた特殊な能力。
この武器はその名の通り、使用者に竜の力を与える……つまり、ドラゴラムの効果を備えている。
理性を犠牲に、竜の力で暴れ狂うその能力は非常に危険であった。
リュカはローブの内で新たに装備した武器を手に、まだ動かないでいた。
それを見たジャミは笑った。
「くくく……さすがに戦いにくいよなぁ、自分の身体とは。さぁて。てめえが弱すぎる雑魚だってことはもうわかってんだよ、さっき逃げ回ってばかりだったしな。ま、多少その身体でも強くなってはいるみてえだが、どうせひ弱な人間だ、このほんの
ジャミがそう言いつつリュカへと飛び掛かった。
手にしたドラゴンの杖を大上段に構えたままリュカへと叩きつける。
それをリュカは手にした丸い盾で受け止めた----
次の瞬間。
「な、なに?」
突然攻撃した方のジャミの身体に衝撃が加わった。
少しだけ動揺したジャミだが、構わず攻撃を続ける。
身をかがめるリュカへと何度も何度も殴打を繰り返した。
が、そのたびに、空間に見えない刃のごとき剣閃はひらめいてジャミリュカの身体を切り裂いた。
「ちいっ! てめえ、いったい何を着込んでやがる?」
そう声を漏らしたジャミだが、彼はその防具を知っていた。
「刃の鎧……くそ! いまいましい」
そう吠えて少し後ずさったジャミの前で、リュカのローブが一瞬はためくと、その内側には確かに刃の鎧が着込まれていた。
『刃の鎧』
この鎧は自身が受けたダメージの何割かを相手に返してしまう力がある。
だから、リュカがまだ攻撃をしていないにも関わらず、ジャミの方も傷を負ってしまったのである。
ただし、この防具はあくまで受けたダメージのわずかな部分をお返しするだけ。
当然だが、リュカの受けているダメージの方がよほどに大きい。
リュカはすかさず、再びあの丸い盾を使用する。
中央に据え付けられた青い宝玉が光だし、リュカの体力はまたもや回復した。
『力の盾』
この円形の盾は使用者本人の体力をかなり回復することができる。
僧侶が扱うじゅもんの中で言えば、ベホイミと同等クラスの治癒能力ということになる。
リュカはこの装備で回復をし続けた。
「今度は力の盾かよ。まあ、いいさ、なら俺も……ベホマ!!」
鮮烈な青い輝きがジャミリュカを包む。
完全回復呪文によって全快したジャミは、声も大きく笑った。
「はははははは。こりゃいいや。これならどんなにやられても一発で全快だ。自分が使えるとこんなに楽なんだな、初めて知ったぜ」
ジャミはそう微笑みつつ杖を前に突き出した。
「ならこんな呪文はどうだ? バギクロス!」
きいぃんと、耳をつんざく高い音が一瞬響き渡ると、直後リュカに向かって竜巻のような空気の渦が襲い掛かった。
竜巻は岩や壁を破壊しながら進む。
リュカはローブのうちから再び青い宝玉のついた杖をとりだそうとするも、それよりも早くバギクロスの風の刃が到達した。
リュカは瞬く間に巻き上げられ、その全身をずたずたに引き裂かれていく。
そのさなか、彼は再び丸い盾の宝玉を光らせた。
「ふん、『さざなみのつえ』だな。てめえがそれを使うところももう見て知ってんだよこっちは」
『さざなみのつえ』
この杖の効力は、防御系呪文マホカンタと同じもの。
術の対象者の全身を魔力で覆い尽くし、一度だけどんな呪文であろうと跳ね返してしまうという力をもっている。
ジャミはにやりと笑うと、手にしたドラゴンの杖をくるくると回してから構えた。
「なるほどなぁ。てめえはそうやって、アイテムで全身を固めてしのごうって魂胆なのかよ。ま、だろうな。なにしろ、向こうの世界の人間には、呪文なんてつかえねえんだからな。ははは。よく考えたよ、褒めてやる。だけどよ、そんなことしたってなぁ……」
ジャミは地面を蹴って突進した。
手にしたドラゴンの杖で今度は頭を目掛けて大上段で振りかぶった。
「こちとら死ぬことなんか怖くもなんともねえんだよ。てめえの身体でてめえをぼこぼこにしてやるよ。ほれほれ、さっさとなんとかしねえと、てめえも、てめえのこの身体もどっちも死ぬぞ。ひははははっは」
ジャミはもはやなんの遠慮もなく何度も何度も杖を振り回してリュカを殴り続けた。
リュカは身を屈め、時折力の盾を光らせつつじっと身を守り続ける。
何度も何度も繰り返されたラッシュ。
リュカが傷つき、刃の鎧の効果の反撃によってジャミリュカも傷ついていく。
その攻防がしばらく続いたところで、ジャミが言った。
「おっと、いけねえ、このままじゃ本当に死んじまうな。ベホ……」
そう、呪文を唱えようとした時だった。
リュカはようやくローブの内からそれを引き抜いた。
それは幅広の両刃の大剣。
先へ行くほど幅の広がるその様相は、剣というよりも鉈や斧の雰囲気すらあった。
その剣を大きく振りかぶると同時に、一気に間合いを詰めてジャミへと振り下ろす。
刹那、その大剣自体が激しく輝いた。
そして濁流の如き火炎が出現する。
「な、なんだぁ?」
ジャミは完全に意表を突かれていた。
見たこともない大剣ではあったが、剣である以上必ず斬り込んでくると信じたし、実際斬撃の軌道であったから。
しかし、現れたのは鮮烈な獄炎。
焔の渦はジャミリュカの全身を焼いた。
「ぐわああああああ」
悲鳴を上げてのたうち回るジャミ。
そこへリュカは遠慮なく剣を振り下ろした。
真っ赤な血しぶきが何度も上がる。
鋭い幅広の大剣は、ジャミリュカの肉体を深く深くえぐり続けた。
少ししてから、ベホマを唱えてよろよろと立ち上がるジャミ。
「バカかてめえは! 本気か? この身体はてめえだろうが。殺す気か!? この間抜け!」
怒りと驚愕の面相のそのジャミの前で、リュカは再び大剣を振りかぶる。
その様に、顔面を青くしたジャミは手に天空の剣を呼び出してそれを掲げて言った。
「ま、待ちやがれ。これを見ろ……、へへへ、これがなんなのか分かっているよな? 俺はいますぐにでもこの剣をぶち壊せるんだぜ? このゲマ様のアイテムでなあ。さあ、いい加減にあきらて観念しろや。壊されたく無かったら武器を捨ててじっとしてろ、ははははは」
黒い螺旋状に動くアイテムを天空の剣に近づけるジャミ。
卑屈に笑う相手を見ながらリュカは、手にした幅広の大剣をカランと床に放り投げた。
「ひひひ、それでいいんだ、それで……?」
ジャミが言いながら硬直した。
なぜなら、剣を捨てたリュカが再びローブのうちから武器を取り出したから。
その手に握られていたのは、高速の斬撃を放つ武器、『隼の剣』。
眉一つ動かさずに隼の剣を構えたリュカに、ジャミは怒鳴りつけた。
「てめえいい加減にしろ。俺の話が理解できていねえのか? 本当にこの剣をぶち壊すぞ」
「やってみればいいよ」
ぽそりとそう言って睨みつけたリュカ。
ジャミはただ言葉もなく唾を飲み込んだ。
剣を下げたまま歩み寄ろうとするリュカは、ゆっくり進みながら口を開いた。
「お前はどうやら『三つ』思い違いをしているよ。まずひとつは、その剣だ。その剣があればエビルマウンテンのテレポートを止めることが可能だということはわかっているが、少なくとも今の僕はそれをしようとは考えていない。だから、脅しになどなりはしないよ」
「な、んだと?」
冷や汗をたらしたジャミはにじり寄るリュカの気配に押されて、何もしないまま半歩退いてしまう。
「二つ目。僕の体をずいぶん丁重に考えてくれているようだけど、正直気にしなくていいよ。中身がお前の時点で何一つ遠慮せずに殺す気まんまんだからね。本気で行かせてもらうから」
「そんなこと本気で言っているのか? バギクロス! バギクロス!」
滅多やたらに呪文を唱えるジャミ。しかし、その魔法は全て光の壁に跳ね返されてしまう。
いよいよリュカが近づいたところで、また半歩下がったジャミに彼が言った。
「三つ目。たしかにお前の言うとおり、僕は魔法のアイテムを使うことで呪文を使わないで済んでいる。でも、誰も『使えない』なんて、いってない。『モシャス』!」
「な!?」
リュカが突然呪文を唱えた。
途端に、彼の全身を
その内側で、リュカの身体が大きく、逞しく変質していく。
風の幕が、消え去ったそこには、背の高い赤い全身鎧の男が立っていた。
それは、背後の方で鉄球を振り回してラマダを粉砕してまわるエスタークを、名のる大男と同じ外見だった。
唯一違うのは、その手に握られているのが、隼の剣であるということだった。
「バイキルト」
少し離れたところにいた青髪の女性がその呪文を唱えると、大男と化したリュカの全身が黄金色に輝きだした。
リュカは手をあげて女性への礼とした。
そして、ジャミの直近で見下ろす様に睨みつけた。
「知っているか? モシャスでコピーした時って、相手の総合攻撃力を獲得できるんだよ。つまり今の僕は、力MAXで破壊の鉄球を装備したほぼ怪物のエスタークさんの攻撃力と同じなんだ。そこにバイキルトをかけて隼の剣の効果で複数回攻撃をしたら……」
「待て……待って!!」
リュカは全身の筋肉をみなぎらせたまま、足を踏み込んで剣を高速で繰り出した。
目で追うことも出来ない打突のラッシュに、ジャミの身体は浮かび上がる。
ジャミはあまりの破壊と暴力になすすべもなく切り刻まれ、血の泡を吹きながら絶叫していた。
そして、どちゃりと音を立てて地に倒れ、白目を剥いてピクピクと痙攣した。
そこに、隼の剣をおろしたリュカが声をかけた。
「この攻撃力なら、その僕の身体程度のHPなら、回復する余裕もないままに、削りきれるというわけさ。怖くはないって言ってたから、これだけ切り刻んで痛くても平気だよね。あ……、もう聞こえていないか。死んだから」
リュカの目の前で、もう一つのリュカの肉体が光となって消滅した。
その顔は、恐怖に染まり、ただただ、苦しそうであった。