見上げればゲマが笑みもなく、表情を失して僕たちを見ていた。
そこへ一瞥を向けたあと、僕は隼の剣にまだ残る血糊を払い飛ばしてから鞘へと納めた。
すでにモシャスの効果は切れ、元のローブ姿に戻っている。
背後で鳴り響いていた、爆発にも似た鉄球の炸裂音もすでに止み、賢者たる彼女の放つ魔法の音も消え失せていた。
ちらりと周囲を見渡してみれば、秀麗でさえあった大神殿のテラスは見るも無残に破壊しつくされていて、いたるところに紫色の巨人であったものの肉塊が散乱していた。
それは鉄球を掲げた大男と青い髪の合間に金のサークレットを光らせた彼女の為した所業で間違いなかった。
もはや動くものは僕とエスタークさんとフローラの三人と、僕の背後で蹲るビアンカのみ。
それと、宙に浮いているゲマか。
とは言っても、形勢は完全に僕たちの側に傾いているのは明白だった。
「さあ、ゲマ。今度はお前の番だ。覚悟しろ」
「ぐぅうう」
奥歯を噛み締めて顔を歪ませるゲマに、僕はそう言いながら睨みつけた。
そうしていたのはエスタークさんとフローラも同じだったようで、僕に並ぶようにしてゲマを見上げている。
ただひとり、ビアンカだけが茫然となって僕たちを見上げていた。
「お、おのれぇ。たかだか人間の分際で調子にのりおって。あの忌々しいスライムの差し金か!」
そう怒鳴るゲマに、僕はあえて何も答えなかった。
その代わりに手を差し出して、呪文を唱えた。
「ギラ!」
ゲマの周囲に炎が渦を巻く。
当然大したダメージにもならないが、ゲマは慌ててローブで身を包み守りの体勢にはいった。
「なにを!?」
「ギラ!」
再び僕は最下級の火炎魔法を放つも、それもすぐに掻き消えてしまった。
それでも僕はその呪文を繰り返した。
「ギラ! ギラ! ギラッ!!」
何度も何度もその炎魔法がゲマを焼く中、奴は血管が切れてしまうのではないかと思えるくらいに、面相を怒りで染め上げた。
「きっさまぁああああっ!! 私を愚弄するかっ!!」
そう怒鳴りつけた奴へ、僕は言った。
なるべく落ち着いて、冷静に、おだやかに。
「その通り」
笑みを浮かべつつそう告げた瞬間、奴は超巨大な火球を直上に顕現させた。
それを、タイミングを計るでもなく、こちらへと投げつけてきた。
当然だけど、そのメラゾーマは僕のマホカンタで簡単に跳ね返る。
続いて炎を吐くも、それはフローラのフバーハによって阻まれ、ほとんどダメージにもならない。
その繰り返しが暫く続いて、ゲマがいよいよ肩で息をしはじめたところで、僕はまたあの幅広の大剣を抜き出して掲げた。
「さあ、とどめだ、ゲマ。僕がお前を殺してやる。いつでも、どこでも、何度でもな!」
「くっ……」
表情を強張らせたゲマが、突然身を翻した。
向かった先は僕たちのもとではない。
奴が進んだのは、あのジャミリュカが横たわっていた場所。
そこに残るのは、鞘に収まったままの天空の剣だった。
奴は、素早く例のアイテムを天空の剣へと投げつけると、その勢いのままで後方へと退いた。
少し離れた場所で宙空へと逃れるゲマ。
奴はけたたましい笑い声をあげた。
「ほっほっほっほっほ。あなた方がなんと言おうと、天空の剣があなた方の切り札であることに違いはありません。ここで消滅させていただきますよ。ほっほっほ」
「ああ……」
僕の後ろでビアンカが悲痛な声を上げていた。
そちらへ向かないままに、僕はただ、床で黒い渦に飲まれていく天空の剣を見つめた。
あのアイテムの黒い螺旋には、様々なプログラムメッセージが刻まれていた。
読みとれる箇所だけ見ても、刻一刻と天空の剣のパーソナルデータが消されていくのが分かる。
あれは完全にウイルスだ。
特定ののデータに干渉してその存在を抹消する類の物。
それほど上等のプログラムではないが、効果は絶大だ。
渦に飲まれた剣は次第としぼんでいった。
そして、ついにそれは小さくなって消えてしまう。
「ほっほっほ。これで一先ず私の役目も終わりです。もうこの世界に用はありません。あなた方はそこで精々外の世界が滅びる様でも眺めていることですね」
ゲマは笑いながら一度ローブをはためかせる。
そのまま、まるで手品の様に消え去った。
ルーラをしたのか、それともシステム的な何かなのか、ともかく消えた。
ただただ、あたりには消えた筈のやつの笑い声の残滓が木霊し続けていたけど。
「リュカ!」
後ろからずっと聞きたかった人の声がする。
この声の主のことが心配で、逢いたくて、切なくて、僕はここまでやってきたのだ。
でも……
「ビアンカ……」
「リュカっ!!」
さっきよりももっと近くで彼女の声が聞こえた。
と、その直後、僕は膝を折るようにしてその場に崩れ落ちた。
実は、もうとっくに『限界』を超えていたのだ。
ここでこうやって立っているのもやっと。
信じられないくらいの『痛み』に襲われまくっていたから。
僕は自分のステータスウィンドウを操作してすべての防具の装備を解除した。
途端にあの重かった刃の鎧や、力の盾などがたちまちのうちに消える。
そこから現れるのはただの僕の衣服だ。
あの日、エスタークさんに自宅で拉致された時の薄手のシャツにジーンズの恰好。
「リュカ! リュカ!!」
耳元で彼女の声がする。
ビアンカはへたり込んだ僕を正面からかかえるように抱き着いていた。
背中に回された腕が僕の身体をぎゅうっと締め付ける。
泣きそうなくらい痛くて苦しいのに、そうやって彼女の温かさを感じることが嬉しくて、激痛の中されるがままでいた。
ようやく……
また、逢えたから。
でも……
「や、やっぱりいてぇ……」
「リュカ!?」
不安そうにのぞき込むビアンカになんとか顔を上げてにへっと笑って見せるも、彼女はもうぼろぼろと大粒の涙を流していた。
そして叫ぶ。
「いやっ! 死なないでリュカ! 私を置いていかないで! もう、いなくならないで!!」
そう言って僕をさらにきつくきつく抱きしめる。
「いてててててててて」
痛いと必死に口にしているつもりなんだけど、ビアンカは抱擁をやめてくれない。
そればかりか、どんどん力が増してしまっている。
やめて! ビアンカわかってないかもだけど、もうレベル50以上だから。成人男性はおろか、人類最強、霊長類最強より何十倍も力が強いから!!
「ビアンカ様、その辺にしてあげてくださいませ。旦那様に今必要なのは、『休息』ですわ」
「え? ええ!? ふ、フローラ……さん? え? 旦那様? なんで? そ、その恰好は?」
ビアンカは僕を抱きしめながらフローラを見上げて口をパクパクし始める。
明らかに驚愕しているということは、ビアンカ結婚ルートのフローラと行動を共にしているということかもしれない。
フローラはすかさず僕のそばに膝をついて、ベホマを唱える。
全身が青白い光に包まれて傷が消えていくのはいつものことだ。
でも、この全身をかける痛みだけはどうしようもないのだけど。
「ふ、フローラさん。リュカは大丈夫なの? ベホマをしても全然良くなっていないよ!? ま、まさか、毒? それとも呪い? いったいどうしたらリュカを助けて……」
そのビアンカの言葉に、フローラはてこんと首を傾げ、頬に指をあてて困ったわのポーズ。
涙をあふれさせたまま、今にも錯乱しそうになっているビアンカを冷静にさせたのは、この大男の一言だった。
「案ずるな。そやつの苦痛の原因は、ただの『筋肉痛』だ」
「へ?」
復活の杖を片手に、アルスやヘンリーを肩に担いでこちらへと歩いてくる彼はどうやら予定通り全員の蘇生を行ってくれていたようだ。
ドサドサと生き返ったはずの彼らの身体を転がすエスタークさんは、今度は複数のラマダと相打ちの形で力尽きているブオーンへと向かう。
ビアンカはあっけにとられた顔のまま、床に転がってすやすやと眠っているアルスたちを見てから、ふふふっと笑顔になっているフローラと、それと僕へと顔を巡らせた。
彼女とばっちり目が合って、思わずにへらと笑った。
「あ……そういうわけだから、怪我でも毒でも呪いでもないから大丈夫。いや、呪いと言えなくもないかもだけど、とりあえず筋肉痛でもう死にそうだから休ませて」
「あ、はい」
思いのほかあっさりと彼女に開放され、僕は床にあおむけで転がった。その際したたかに後頭部を打って悶絶するも、今度は介抱してくれなかった。
さっきまで取り乱していたのがウソのように、彼女も薄く笑みまで浮かべているし。
つまり、これで平常運転というわけですね。僕的にはもう少し優しくされて甘えていたかったのに……
解せぬ。