ドラゴンクエスト ユア・ストーリー 続   作:こもれび

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第二十二話 ここに来るまでのリュカ

 しばらく休んでから僕は目を開けた。当然まだ痛いわけだけど、あんまり長く休み続けるわけにもいかないから、ビアンカとフローラに肩を貸してもらってよろよろと立ち上がる。

 はっきり言ってめちゃくちゃカッコ悪い。

 まさかよりによってゲームの世界で筋肉痛でこんなに苦しむはめになるとは思いもよらなかったのだ。

 ビアンカは、そんな僕を見て呆れていた。

 

「まったくもう……、筋肉痛ってどういうことなの? 死んじゃうかと思ったんだから」

 

「あ、いや……それはごめん。まさか僕もこんなに苦しむとは夢にも思わなかったんだよ。あいたたたた」

 

「あ……大丈夫ですか、旦那様。あまりご無理をなさらずに」

 

 ビアンカとは反対側でフローラが心配そうに声をかけてはくれるが、逆に僕のこの状態に慣れているというだけのこと。僕はもう何十回と筋肉痛で悲鳴を上げてきたわけで、そのたびに開放してくれたフローラからすれば毎度のことでしかない。

 なにしろ、『あっちの世界』でレベルを上げるたびに、僕は激痛でのたうってきたのだから、無視される程度のぞんざいな扱いであってもまったく問題はない。むしろ、こうも声をかけてくれることに感謝せねばならないくらいだ。

 そうやって当たり前のように僕を介抱しようとするフローラを見たビアンカは、おもむろに僕の手を放してフローラを見た。それからおずおずとだが眉間にしわをよせつつ話し始めた。

 

「えっと……フローラさん? リュカにだ……旦那様って、いったいどういうこと? あ、あなたにはアンディっていう婚約者がいてもう一緒に暮らしていて……? それにその恰好……さっきまではシルクのドレスを着ていたはず……? それがなんで今はそんな魔法使いとか、冒険者風の衣装に? ど、どういうこと?」

 

 そう言われたフローラは自分の衣服を見下ろしている。

 彼女の見た目は白系統で統一された丈の短い聖衣とブーツで、頭に命の石のはまった金のサークレットを装備している。だが、実はこの衣装の下に、神秘のビキニというとんでもない高性能防具を装備しているのだけど、それを今口にしたらビアンカが激昂しそうなので無言でスルーすることにした。

 フローラがにこやかに微笑みながら答える。

 

「すみませんビアンカさん。私、リュカ様の許可をいただきまして旦那様と呼ばせていただいているだけです。ビアンカさんと旦那様がご結婚されたということも知っておりますし、この世界に存在するもう一人の私がアンディと婚約しているということも理解できております」

 

「もうひとりの私?」

 

 小首をかしげたビアンカに、フローラは柔らかく微笑んで付け加えた。

 

「はい。私は旦那様と結婚した場合の、『フローラ』にございます。こちらの世界にいるフローラとは同じであって違う存在なのでございます」

 

「え? け、結婚!? するはずだった? え? え?」

 

 疑問符いっぱいな顔で僕とフローラを交互に見るビアンカの何度も何度も往復しているが、この説明は本当に難しい。

 難しいけれど、驚いてあたふたしているビアンカの以前と変わらない様子に、僕は心底安堵していた。

 

 やっと……

 やっと再会できた。

 

 僕は彼女のしなやかな手をつかむ。

 戦いの余韻があったせいか、その手はまだ温かかった。

 顔を見れば少し気恥しそうにうつむいている彼女。

 それを見れただけでも、僕は本当に幸せだった。

 

 こうやって変わって行く表情を眺めて、会話をして、触れることだってできる。

 このどうしようもないくらい当たり前の行為をただ欲して、僕はここまできたんだ。

 そう思いながら、ビアンカの手を両手で包んでいると、彼女がやさしい声で囁いた。

 

「おかえり……リュカ、おかえりなさい。私……待っていたの。ずっと、待っていたんだよ」

 

 そう言いつつそっと身を寄せる彼女のことを僕は抱きしめた。

 

「うん。ただいま……本当に会いたかったよ」

 

 彼女の体温を、胸の鼓動を確かに感じる。

 確かに今まさにここに、目の前に彼女はいた。

 胸の中にうずくまる彼女は、僕の目の前にそっと、それを差し出した。

 それを見て、僕の胸は一気に熱くなった。

 それはあの日、僕がこの世界から消える間際に彼女へと書いた手紙……、それを折り鶴にしたものに間違いなかった。

 それはもうしわしわで、たぶん何度も何度も開いては元に戻したのだろう、形もだいぶ崩れた折り鶴を、彼女は大事に大事に押し抱いた。

 

「私……一日だってリュカのこと忘れたことなかったんだから」

 

 そう言いつつ涙のしずくを溜めて微笑む彼女に僕も答えた。

 

「僕も……そうだよ」

 

「リュカ……」

 

 僕たちは二人できつくきつく抱き合った。

 

「けほん、こほんっ! あー、二人とも。仲むつまじいのは良いのだが、今は火急に進めねばならぬ件がたくさんあるのだ。喜び逢うのはもう少し後にまわしてもらえぬか?」

 

「「はっ!?」」

 

 びくっと反応して二人で同時にぱっと離れると、そこには、あごに手をあててニヤニヤと笑っているヘンリーの顔が。少し視線をおろせば鼻をこすっているアルスもいるし、足元にはゲレゲレ、そんなみんなのうしろには、頭をこきこきと動かしているブオーンの姿もあった。

 見れば、復活の杖を持ったまま腕を振り回しているエスタークさんとにこやかに微笑むフローラもたたずんでいた。

 どうやら全員無事に蘇生が完了したようだ。

 ということは、完全に衆人環視の中でいちゃこらしてしまっていたということだ。

 こ、これはさすがに恥ずかしすぎる。

 ビアンカも顔を真っ赤にして、前髪をくるくる遊んで横をむいてしまっているしね。

 いや、まあ、仕方ないことなんだけど、ほんとヘンリーやめて! そのしたり顔!!

 

「そ、そうだな! その通り! 今は先に話をしなければならないことがたくさんあるんだ! うんうん!」

 

 そう切り出した僕の前で、ヘンリーは今度は至極まじめなかおになった。

 

「リュカ、君に聞きたいことは山ほどあるが、まずは教えてくれ。君は本当にリュカなのか? ついさきほどもリュカの偽物が出た。そしてそれを君が倒した。しかし、余には先ほどの偽物の方がリュカにそっくりに見えていたのだ。君がいかにリュカであると言い張ったとしても、余には君の姿がリュカから離れすぎていて、一概には信じることができぬのだ」

 

 そう言われて自分を見下ろしてみれば、Tシャツにジーンズ。先ほどまで装備していた『刃の鎧』や『雷神の剣』の装備にしたって、この世界の僕の姿からすれば異質すぎるだろう。それは僕からしても容易に察することができる内容だ。

 ビアンカはまったく僕のことを疑っていないようだけど、少し心配になったのか不安そうに僕のことを見つめていた。

 大丈夫。何も問題ないよ。

 心の中でそうつぶやきつつ、僕は上空から降下してくる天空城を見上げながら、ヘンリーへと答えた。

 

「僕がリュカだよ。正真正銘、リュカの『プレイヤー』さ。あのゲマたちを倒すために、僕は自分の本当の生身の身体を『別の世界』で鍛えて、この世界にやってきた。僕の本当の名前は、白野琉夏(しろのるか)。僕は……僕たちは、『ドラゴンクエストⅢ』の世界で力をつけてきたんだ」

 

『キュイイイイイイイイッ!!』

 

 大きな影が僕たちの真上を横切った。

 それは超巨大な怪鳥。

 七色の翼で、世界を渡る、この世界の神鳥。

 

 ラーミアはまるでスローモーションのように大きく羽を一度広げた後で僕たちの後ろに着地した。

 そして、僕の横に、戦死姿のエスタークさんと、女賢者姿のフローラが並ぶ。

 僕はもう一度先ほどの装備を出現させて身に纏った。

 体にしっかりフィットしている刃の鎧と、腕に装着した力の盾。

 腰には隼の剣を指して背中に闇のマントを羽織る。

 そして頭部には鉄兜。これ、本当はミスリルヘルムか鉄仮面にしたかったんだけど、僕には視界が狭すぎて使いにくかったんだよね、という裏事情があったりなかったり。

 と、そんな格好に突然変わって見せたら、やっぱりというか、その場のみんなが唖然呆然となってしまった。

 だが、気にしない。

 

「僕たちは『時間の流れを早くしたあの世界』で、体感年数で約1年かけてこの状態まで鍛えたんだ。僕のレベルは50。フローラは82。エスタークさんに至ってはかなり前から99だからね。はっきり言って、普通に戦えばこの世界でだって最強クラスにはなったんだよ。あ、ちなみに、ドラクエⅢの世界の勇者君にはきっちりゾーマもしんりゅうも倒させてあげてるから、問題なくあの世界は平和になっているからご心配なく。半ば無理やりレベル上げに協力させちゃったから、結構涙目だったけどね、特に問題はないでしょ」

 

 そうとりあえずのところを説明したわけなのだが、そんな僕を見てヘンリーが無表情に一言。

 

「まったく意味が分からぬ」

 

 だそうです。

 ですよねぇ。 

 

 さて、では本腰をいれてお話あいといこうかな。


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