「お待ちください旦那様! いえ、リュカ様!」
会議を終え、休息の為にビアンカたちの部屋へと向かう道すがら、剣呑な表情の賢者姿のフローラが駆け寄ってきた。
今連れたって歩いているのは僕とビアンカとアルスだけだ。
僕はアルスと手をつないだままでフローラへと視線を向けた。
「何?」
「何ではありません! 先ほどの発言の件でございます」
少し声を荒げたフローラに向かって、僕は口に人差し指を当てる、お静かにのジェスチャーを見せると、彼女はピクッと一度身体を震わせて口を噤んだ。
その様子にビアンカもアルスも不安そうになって見上げてくる。その顔は、どういうこと? と訝しんでいることがありありで、明らかに説明を要求されていた。
エスタークさんは先ほどふらりと外へと出て行っている。筋トレでもしにいったのだろうか?
ゲレゲレはサンチョに餌をもらっているし、ヘンリーやマスタードラゴンは避難民たちへの説明で忙しそうにしていた。
ここには僕たちだけだが、やはりこんなところで話すことではない。
僕とビアンカとアルスとフローラは天空城の居室へと入った。
あまり広くはない白壁の部屋の中には、ベッドが二つと小さなサイドテーブルがあり、壁際にはアルスやビアンカの装備だろう、剣や杖、鎧やローブが並べられていた。
正直狭いと思うが、難民が
それだけビアンカとアルスの存在が重要だと認識されているということで、そのことに安堵する。
ビアンカたちの扱いが悪くないということが一番大事なのだから。
「で、フローラ? 何の話だったっけ?」
部屋の一角にある椅子に座った僕は、とぼけた感じでそう聞いてみたのだが、入り口そばに立ったままのフローラはただまっすぐに僕を見つめて口を開いた。
「先ほど皆様にご説明された内容についてでございます。旦那様! あの言い方では私たちのこれからの行いは、
どうやらごまかされてはくれないようだ。
僕を見つめるフローラの瞳には、怒りとも焦燥ともとれる色が輝いていた。
ベッドに並んで座ったビアンカとアルスは何も言わずに、手をつないで不安げに視線をこちらへと向けてきている。
「別に……、スラリンの
「リュカ様なりのもっと良い行動が、このゲームのクリアでないことが問題なのでございます」
はっきり、明確にそう声に出したフローラの言葉に思わず息をのむ。
それは僕だけではなく、ビアンカもアルスも同じだった。
彼らはフローラの話の意味を理解できていなかった。
でも、その不穏さだけはしっかりと伝わったようだ。
「どういうこと? ねえリュカ? フローラさんの言っていることはどういうことなの? リュカは何をしようとしているの?」
僕へとそう語りかけるビアンカに、フローラが即答した。
「ビアンカさん。この世界すべてが虚構であることは先ほど旦那様がご説明したとおりにございます。私もあなたも、アルス様も、皆すべて作り物。それからゲマたちも。そのゲマたちが旦那様たちの世界へと移動できるようになり、向こうの世界が危機に陥いりそうになっている今、この世界をおつくりになられた我々の
「使命?」
小声でそう言ったビアンカにフローラは小さく頷いた。
「そうです。使命でございます。この世界はゲームなのです。そしてそのゲームの主人公はこのリュカ様。リュカ様が最終目的地でもある、グランバニア王城へとたどり着けなかったがために本来消滅するはずだったゲマやモンスターたちがそのまま残ってしまい、このような事態になってしまったのでございます。ですから私たちはこのゲームを終わらせなければならないのです。グランバニア王城へと入り最後の瞬間を迎え全てをリセットする。それこそが創造主様の意向であり、我々へと課した使命でもあるのです」
淡々と語るフローラの言葉に、ビアンカは顔をひきつらせた。
明らかに動揺した様子だけど、となりのアルスの手を握ってもう一度僕へと向き直る。
「リュカがあの時王城へとたどり着けなかったからこうなってしまった……ということ? あの時、消えてしまったから…… でも、もしあの時お城にたどり着いていたら、私たちは……」
話しながらはっとしたように口元に手を当てたビアンカは、その先を口にはしなかった。
代わりにフローラが言う。
「ええ、その通りです。もしリュカ様がグランバニアへとたどり着いていれば、その時点までのすべてがリセットされ、ゲマたちも完全に消えました。そして私たちも戻るはずでした。そう……私たちが旦那様に初めてであった子供のころに」
僕という存在もリセットされて……ね。
僕は口にはしなかったが、ビアンカたちには十分伝わったようだ。
現実世界へとエビルマウンテンごと移動しようとしている今のゲマたちを完全に消しさるには、クリアするしかない。
たとえゲマやジャミを倒したとしても、エビルマウンテンがそこにあるというだけで、こちらの世界のデータ状態のモンスターたちを、量子テレポートによって生み出し続けることが可能だ。
無限に湧き出るモンスターによって、現実世界は大混乱必至。
それを回避する最良の策が、スラリンからの使命であるゲームクリアで間違いないのだ。
しかし、それは僕の大事なものが全て失われるということ。
ここでの僕という存在と、共に時間を過ごした大切なひとたち全てをうしなう。
次に出会った時、僕はまたビアンカに、初めましてと言わねばならないのだ。
それは何よりも辛いことだった。
フローラもまた、おなじ様に記憶は全てリセットされるわけだけど、彼女はスラリンからの命令に従いたいようだ。
いや、本心は分からないが……。
少なくとも彼女は自分のなすべきことを理解し飲み込んでいるのか。
フローラを見れば、彼女はひとつ大きく息を吐いた。
「魔界を封印できる、天空の剣を使用できれば、転移中のエビルマウンテンをこちらの世界に強制的に引き戻すことがまだ可能でしたが、破壊された今となってはもはや手段は一つしかありません」
フローラは青いマントの合間から手を差し出すと、その手を開いた。
そして、その手のうちに光とともに一振りの剣を顕現させる。
そこにあるのは僕達がドラクエⅢの世界で手に入れた勇者の象徴の剣、王者の剣。別名、ロトの剣である。
実はスラリンがあの世界を用意して、僕達に向かわせた真の理由は、この剣を入手させるためだった。
この剣はアンチウイルスプログラムの塊であり、スラリンが所持していたものは、ウイルスに侵食されたミルドラースを葬るために使用し失われた。
そのため、もう一度剣を得るためにあの世界のアレフガルドへ赴き、正規のクエストで剣を入手する必要があったのだ。
スラリンの希望の通り剣を手に入れた僕達は、この剣の正常化のプログラムを行使し、クリア条件に必要なオブジェクトやシナリオを復活させる手筈になっていた。
僕は黙ったまま差し出されたロトのつるぎを見つめていた。
フローラは強い眼差しで僕へと迫る。
「さあリュカ様。この剣をお取りください。そして全てを終わらせましょう」
その強い口調に思わず息を飲んだ。
まさかここまでフローラがスラリンの指示に固執しているとは思わなかったから。
このゲームは僕が始めたのだ。
たとえそれが一時の遊びであったとしても、この世界を進めた僕には、この世界を終わらせなければならない責任があるのだろう。
でも、僕にはそれは選択する気はない。
「いや、だめだよ、それはできない。たとえスラリンに罰さられることになろうと、僕にはそんな手段は選べない」
僕の返答にフローラが瞳を閉じた。
そして息を大きく吸ってから僕を見つめなおした。
その目は、諦観の色が漂っているように思える。
彼女は剣を差し出したままで問いかけてきた。
「理由をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「別に、大した理由じゃないよ。この世界が終われば、君もビアンカもアルスも消えてしまうじゃないか。僕はそんなことをのぞんじゃいないから。ただそれだけだよ」
ビアンカたちは、言葉もない。ただ、僕たちをみつめていた。
フローラは特に感情を揺らすでもなく、言葉を続ける。
「なぜ旦那様は仮初めの存在である私たちを気に掛けるのですか? 私たちは普通の人間ではありません。作られたものです。この物語を彩るただの景色です。終われば最初に戻るだけの存在です。何をためらうのです?」
その言葉はひどく僕の胸を抉るものだった。
このフローラは理解してしまったのだ。
自分が人ではない、人としてそんざいしてはならないものなのだと。
僕と同列でいてはならないのだと、そう自身を判定してしまっているのだ。
フローラは続ける。
「私たちとゲマたちはいわば同一の存在なのです。作られただけの偽物の私たちが、今まさに生きている旦那様の世界の人たちを害しようとしている。いえ、すでに害してしまったのかもしれません。そのことを私は許容できません。私たちが消えることですべてが元にもどるのでしら、それが最良ではありませんか? またはじめに戻るだけなのですから。そして今度はゲマたちが旦那様たちの世界へ行くこともないゲームとなるのですから」
ここまで言われて気が付いた。
フローラは本当に優しいのだ。
人を傷つくよりも、自分が消滅することを選びたい……
そうあるべきなのだと考えているのだろう。僕はそんな彼女を否定するべきではないのかもしれない。
けれど、僕はもうビアンカたちみんなと離れたくなどないのだ。
それがいかに傲慢で手前勝手であっても、僕はもうそうすると決めたのだから。
「フローラ。僕は僕のやり方でゲマたちを止める。そう決めたんだ。だから、今、その剣はいらない」
フローラはそれでもまだ剣を掲げたままでいた。
でも、しばらくして、ふっと表情を柔らかくして寂しげに眉を下げると、剣もおろした。
ゆっくりと首をふるその様子は完全に諦めの顔だった。
「仕方がないお方ですわね。それほどまでにおっしゃるのでしたら、私は最後までお付き合いさせていただきます。たとえ見せかけだけの幻であったのだとしても、私はあなた様と夫婦の契りを交わした身。どこまでもお供いたしますわ」
このフローラは、結婚イベ分岐後に花嫁として登場するはずだったフローラだ。
僕が今回ビアンカを選んだ以上、彼女は僕と結婚したという事実がないままに、それがあったという記録を記憶したままで今存在している。
彼女にとって、僕はずっと夫なのだ。
それをすべて理解したうえで、僕がビアンカに思いを寄せていることも分かったままで僕のために彼女は行動している。
それがいったいどれだけ彼女を苦しめてきたのか。
すべてをリセットして無かったことにしたい。
ひょっとしたら、僕のせいで彼女はこう思うようになったのかもしれないな。
彼女の優しさに僕は甘えすぎていたのかもしれない。
「フローラ。僕は必ずゲマたちを倒す。それから君もビアンカもアルスも、この天空城にいるみんなも、全員救ってみせる。だから、もう少しだけ力を貸してほしい」
そう言い切った僕を、フローラは潤んだ瞳で見つめてきた。
「はい。私が裏切ることは決してございません。なんなりと御命じください。旦那様」
そうして、彼女はロトの剣を消した。
僕たちの話が終わったことに安堵したのか、ビアンカとアルスの二人は肩で大きく揺らして息を吐いた。
どうやら相当緊張していたようだ。
安堵に一心地ついたのか、アルスがぴょんと立ち上がった。
「お父さん! ボクもできることはなんでもします! もう天空の剣はなくなっちゃったけど、剣だって呪文だっていろいろできますから!」
「私もよリュカ。今となってはリュカやフローラさんに比べたら足手まといなのかもしれないけれど、それでもできることはあると思うから」
そう言ってくれる二人が本当に頼もしい。
ならば手伝ってもらおうじゃないか。
「ありがとう、二人とも。でも、そんなに興奮しないで今は休んでくれ。すでに準備は進めているんだ。その時になったらちゃんと起こすから」
「準備……ですか?」
不思議そうに見上げてくるアルスに僕は大きく頷いて見せた。
「ああ。きっちりと進めているよ。だからもう少しだけ待って。時間になったら……」
僕はその場の三人を一度見まわしてから言った。
「行くぞ。僕の世界へな」