食事を終えた僕たちは火の周りに寝床を敷いて横になっていた。
すでにモンスターは現れることはないシナリオだけど、周囲の警戒だけはしてしまう。
でも、熟睡できないでいる理由はそれだけではなかったのだけど。
僕は静かに起き上がると、みんなから少し離れた森の奥の小川の畔まで来た。
優し気な川のせせらぎを聞きながら、近くにあった大きな石の上に昇り、そして座った。
空を見上げれば、木々の開けたその先に、まん丸の月の姿が。
それを見上げつつ、独り言ちた。
「明日の日の出か」
もうため息も出なかった。
僕は懐にいれて置いた紙きれとペンを取り出すと、月明かりの下でそこにビアンカへのメッセージを書き始めた。
「拝啓……いや、dearの方がいいか? それから……ああ……いい……うう……、ええいっ!! いったいなんて書いたらいいんだよ!!」
少し書いてみて、上手く文章にならないその言葉の羅列にイライラしたまま紙を握りしめていた。
明日の朝には僕は消えてしまう。
多分突然に。
それはスラリンが教えてくれたことだから。
でもそうなれば当然、ビアンカやアルスたちは悲しむに決まっている。
そもそもまだ僕はエンディングを迎えていないのだ。
彼女達は突然消えた僕を捜して彷徨うことになってしまうかもしれない。
もう永遠に逢う事もできないこの僕のことを。
それだけは避けなければ……
そう思い手紙を書こうと思ったのだけど……
「僕……文才まるでないんだな」
これだった。
伝えなければならないことは山ほどある。
でも、それを受けいれて貰えるような手紙を、僕には到底書くことなど出来そうになかった。
何を書いても、彼女達を説得することなどできはしない。
そんな思いが頭の中をぐるぐると渦巻いていた。
気が付くと僕は、くしゃくしゃに丸めていたその紙を、きれいに伸ばしてから手慰みに折って、ある物を作り上げていた。
それを見て、思わず苦笑いをしてしまう。
四角い紙を見ると、ついこれ折っちゃうんだよな。
そんな時だった。
「こんなところで何をしてるの? リュカ? いなくなっちゃったから心配したよ」
「あ……」
ビアンカだった。
彼女は下から大岩の上の僕のことを見上げていた。
スッと手を伸ばして微笑むビアンカ。
僕は自然とその手を掴んで引き揚げていた。
「ふふふ、ありがとー」
「…………」
微笑む彼女から視線を逸らしてしまう。
なんと言ったらいいのか……
文章にも纏められなかったのだ。当然旨く言葉で説明できるわけもない。
「わー、なにこれ、すごい! これリュカが作ったの?」
「え? あ、ああ」
僕がもやもやと自問自答しているそこで、彼女は僕の脇に置いたそれに手を伸ばし、それを摘まみ上げて大事そうに両手で抱えた。
それは僕が彼女へのメッセージを書き途中だった紙を使って作った、小さな折り鶴。
「それは鶴だよ。折り紙の」
「ツル? ツルってなあに?」
「鶴を知らないのか? そうか、ここにはいないのか……そういえば鳥もそんなにいなかったか……」
僕を下から見上げる覗き込んでくるビアンカの視線にドギマギしつつ、彼女になんと説明したらよいか思案する。
黙ったままの彼女に向き直ってから言った。
「まあ、鳥だよ。首が長くて、大きくて、空を舞うように飛ぶんだ」
「へえ、それって、ラーミアみたいね、伝説の」
そのビアンカの言葉に思わずびくりとはねてしまった。
僕はそのラーミアの事を知っていたから。こことは違う、現実の世界で。
「君は、ラーミアを知っているの?」
「うん。小さい頃誰かに教えてもらったの。昔々のお話で、大きな翼を広げてたくさんの世界を渡る神の鳥だって。そっかー、リュカが作ったんだー。ふふ、ねえ、これ私がもらってもいい?」
「え? あ、ああ」
「やったあ、ありがとう、リュカ」
彼女は僕の作った折り鶴を抱いたまま、コテンと頭を僕の肩に預けるようにして寄りかかってきた。
ふわりと彼女の匂いが僕の鼻をくすぐった。
この感触も、この香りも、そして、この彼女への僕の思いも……
すべては本物だ。
少なくとも、僕にとっては。
たとえ、この全てが作り物であって、間もなく全てが失われてしまうのだとしても、今この瞬間、ここにある全ての物は本物で、紛れもない現実なんだ。
彼女の柔らかい笑顔が……
今、一番、悲しかった。
「どうしたのリュカ? 何かあった?」
「いや……」
泣いてはいないはずだけど、彼女は僕の変化にすぐに気が付く。
それもそうか。
だって、彼女はこの『リュカ』が大好きなんだもの。
だから……
そうであるからこそ、僕は伝えなくてはならないのだ。
本当のことを。
真実を。
現実の話を。
「ビアンカ……聞いて欲しいことがあるんだ」
「なに?」
何も迷いのないまっすぐな瞳で僕を見つめるビアンカ。
僕は、そっと彼女の両肩に手を置いて、彼女を見つめた。
そしてはにかむ彼女へと……
告げた。
「僕は……この世界の人間ではないんだ」
「え?」
一瞬呆気にとられたような顔になる彼女。
でも、彼女はすぐに僕の腰に手を回して、強く抱き着くままに言った。
「えっと……じゃあまさか、魔族とか、モンスター? ひょっとして精霊とか、実は神様だったとか? でも大丈夫よ。私はそんなこと気にしない。だって今、君はここにいるじゃない。それが全部だよ。私はリュカが好きなの。その気持ちに嘘はないもの。だから大丈夫よ、不安になんかならないで。私とアルスとずっと、ずっと一緒にいましょう、ね?」
「そうじゃないんだ……」
僕はビアンカのことを少しだけ引き離した。
彼女の瞳は明らかに動揺してしまっている。
でも、必死に平静を装おうとしているのか、口元に笑みを浮かべようとして震えていた。
僕は呼吸を落ち着かせてから、静かに言った。
「僕はモンスターでも、精霊でもなんでもない、人間だよ」
「それじゃあ何にも心配ないじゃない。びっくりした。同じ人なら何にも問題なんて……」
「さっき言ったろ、僕はこの世界の人間じゃないって」
「え? 違う世界……」
ビアンカは口を抑えて震えていた。
言いかけて、すぐに僕の襟首に掴みかかってきた。
「いやだ!! いやよ、いやだよそんなの!! 絶対いやだよ」
「お、おい! まだ全部言ってないだろ!?」
「言わなくてもわかるよ! 帰るって言うんでしょ? あなたの世界に! もうここには居られないって……そう言っているんでしょ!!」
「…………!?」
大粒の涙を瞳に湛えた彼女は、明らかに激昂したままで僕のことを激しく揺さぶる。
その激しい怒り、悲しみをひしひしと感じながら、僕は彼女のことを強く抱きしめた。
「僕はこの世界の人間じゃないんだ。この世界の外側、この世界を創った人たちのいるところに帰らなくちゃならないんだ」
「そんなこと絶対に許さない!! 絶対に帰らせない!! 誰かが君を迎えに来るっていうのなら、私は命を懸けてそいつと戦う!! それがたとえ神様でも!! それで絶対に君を守るの!!」
「そんなの無理だ! できっこない!」
「やってみなくちゃ分からないでしょ!!」
「無理だよ!!」
「なんでよ!! リュカを助けるためなら私はなんだって……」
「だって君は、このゲームで主人公の僕と出会うことを定められた、ただの
「え……?」
そう言った瞬間、彼女は動きを止めた。
怒りに満ちていたその顔はみるみる青ざめていく。
そして小声で言った。
「そ、それ……どういうこと? そ、それじゃあまるで私……私は……作られ……」
そこまで言いかけて息を呑んだ。
そして青を通り越して白くなりつつあるその顔を凝視したままで、僕は言った。
「そうだよ。君は作られた存在だ。プログラムだ。キャラクターなんだ。君だけじゃない。アルスだって、サンチョだって、ダンカンさんだって、フローラさんだって、父さんも母さんもみんな、みんな、この世界全部が作り物の……全てが魔王を倒すための作り物のただのゲームなんだ!!」
叩きつけるように、殴りかかるように、そう僕は怒鳴った。
目の前で茫然と涙を流す彼女にむかって。
「う……そ……うそよ……」
首をふるふると横に振る彼女。
僕は彼女をジッと見つめたままで言い切った。
「本当だ。本当のことなんだ」
「うそ……うそだ……いや……いやだ! いやだいやだいやだいやだよ!! そんなの嫌だよ。お願いリュカ。お願いだから、嘘だって……今の話は全部嘘だって言ってよ!!」
懇願するように、切なそうに、悲しそうに……
僕に縋りつきながら必死に訴えてくるビアンカ。
僕は……
唇を噛んだ。
「ビアンカ……僕の本当の名前は……」
「ぇ……?」
「僕の名前は……
「ル……カ……?」
「そうだよ、ただの平凡なサラリーマンだ。僕は勇者でも魔物使いでもなんでもないんだよ。このゲームをプレイしているだけのただの一般人で、このゲームをクリアーするために君と出会って、君と結婚をして、アルスを授かるシナリオをなぞっているだけのただの、プレイヤーなんだ。そして君は、このゲームを進行させるための
「いやああああああああっ!」
どんっと、彼女は僕を勢いよく突き飛ばした。
大岩の上に倒れこむ僕をそのままに、彼女は飛び降り走り去る。
僕は転がったままそれをただ見送った。
「……ああ……いてえ……」
転がった時に肘と頭も打ち付けたし、本当に痛みの感覚はあったのだけどそうではなかった。
本当に痛かった。
胸の辺りがじくじくと。
ここまで痛くて苦しい物なのかと、知らなかったこととはいえ覚悟が出来ていなかったことを思い知らされた。
空を見上げればもう大分傾いてきた満月がまだそこにあった。
そのゆっくりとした動きを眺めながら、そういえば明日の日の出で僕が消えるってことを彼女に伝え忘れたなと、自然と出てしまった乾いた笑いのままに思い出していた。
「本当に……痛いな……」
今更になって、涙が頬を伝っていた。