この世界で時間の感覚ほどあやふやなものはないだろうということを、僕はこの肌で感じていた。
いつの間にか空が白み始め、森の切れ間の先……遥か東の地平が輝き始めていたから。
間もなく陽が登る。
あのまま僕はずっとここにいた。
小川のせせらぎは心地よいし、木々の合間を漂う朝もやも美しかったから。
いや、そうじゃないな。
彼女との最後の時を過ごしたこの場所が愛おしかったからだ。
もうビアンカたちに会う必要はないだろう。
彼女へと伝えるべき必要なことは、全て言った。
優しく抱きもせず、さりとて嘘で煙に巻いたわけでもない。
ただ、ありのままを伝えただけ。
でもこれで、僕が消えてしまっても、彼女はもう僕を探す必要はなくなったわけだ。
僕の話を信じるにしても信じないにしても、僕が彼女を傷つけたことに変わりはない。
今の彼女はかなりのショックを受けたことだろう。それが怒りに転じているのか、悲しみに転じたのか、それは僕にはわからない。
けれど、すくなくとも彼女は僕という存在に絶望したことは間違いない。
今はきっと苦しんでいることだろう。
でも大丈夫だ。
あの朝日が昇りさえすれば僕は消え去り、この『回』のゲームは終わる。
そして彼女たちは『リセット』されて、また次の『僕』との出会いからやり直すのだ。
そう……
『僕』ではない『僕』と。
それがゲームであるということ。
ゲームであるのだから何度始めたとしても、いずれ終わりが必ず訪れる。
その終わりの一つが今訪れようとしているだけなんだ。
この僕の彼女への想いが本物であったとしても、それはあくまで僕の内でのこと。
作られた存在の彼女と、共に生きていくことなど、不可能なのだから。
だからこれで良かったんだ。
これで彼女は僕を忘れる。
僕から開放されるんだ……
明るさの増した陽の光を見つめながら、僕は立ち上がった。
結局クリアもしないままにこのゲームを終えることになってしまった。
でも、後悔はない。
この世界がゲームであると理解したあの瞬間からこうなることはわかっていたのだから。
さあ、終わりにしよう。
夢にまで見てきたこの冒険を……
そして、恋い焦がれた彼女への想いを……
ありがとう……
さようなら……
愛しのビアン――
「リュカッ!!」
声がした。
最愛の人の声が。
その切なさを堪えた声が。
だから、僕は振り向いた。
「リュカッ! 行かないでよ!」
朝日は昇り続ける。
無情にも止まることなくゆっくりと。
僕は太陽を背に、涙で泣き腫らしたビアンカの顔を見た。
駆け寄りたい。
抱きしめたい。
そして、君のことを世界で一番に想っていると伝えたい。
でも、そのどれも出来ないことを僕は理解していた。
間もなく……
もう間もなく僕は消えるのだ、この世界から。
だからもう、何一つ憂いを残すわけにはいかなかったから。
何も言わずに彼女に背を向けようとした時だった。
彼女が叫んだ。
「私……! 待ってるから! ずっと待ってるから!! あなたがいつか戻ってくるその日まで、ずっと……」
「!?」
彼女は僕に向けてそっと両腕を伸ばしてきた。
そしてその両の掌を開く。
そこには……
昨夜僕が折った、あの折り鶴が。
「世界が違っても、いつかきっと逢える! いつかきっと、絶対に! 私はそう、信じてるから!!」
涙のままに叫ぶ彼女。
その言葉に僕の胸も張り裂けそうだった。
もう決めていたのに。
このままなにもせずに消えようと、覚悟していたのに!
「ビアンカッ!! 君が好きだ!! 誰よりも君のことを一番に!!」
「私もよ!! 私もあなたのことを!! リュ――」