ドラゴンクエスト ユア・ストーリー 続   作:こもれび

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第七話 クラーク数とシュレディンガーの猫

 私はかつて、一人の人間で研究者だった。

 人が、人としてどこまでのことができるのか。人の能力の限界とは果たしてなんなのか。

 それを見定めるべく、かつての私は自分の脳をスキャニングしてデジタルワールドに私のコピーを移した。

 その際、生身の私は消滅してしまったのだけれどね。

 ただ、それはさしたる問題ではなかった。

 人のままでは人の能力を100%発揮することは適わないという理解に私は達していたから。

 だからこそ得たこのデジタルの肉体にて、私は次なる検証へと入った。

 進化とは自身の置かれた環境に依存するもの。

 そうであるならば、より過酷な環境にさらされた時、人はいったいどのような進化を遂げることが出来るのか?

 かつて私が夢見たファンタジー世界の住人の様に、空を飛び、魔法を使い、念話で会話……そのような力を身に着けることは可能なのか?

 だから私は作り上げたのだ。

 

 ドラゴンクエストユア・ストーリーの世界を。

 そこに暮らす様々な人々を。

 

 かつて一世を風靡したドラゴンクエスト。

 その世界のキャラクターであれば万人に受け入れられやすく、ここであれば私の望む人類の進化の様を、最高の形で検証できるのではないか? とね。

 

 とあるゲームメーカーがこの作品を題材にVRゲームの製作に入るのに合わせて、私は開発スタッフと偽って、特殊なプログラム達をこのゲームへと仕込み続けた。

 人の進化、進歩を検証するのだ。

 それに必要な物こそが、まさに『人体』。

 私はこの作品のキャラクターたちに本物と全く同じ肉体を与えたのだ。

 人体の化学成分比は、水分60%、たんぱく質18%、脂肪18%、鉱物質3.5%、炭水化物0.5%。

 その全ての組成を人間と同じ条件で設定し組み立てた存在こそが……

 

 このドラクエのゲームに存在している全てのNPCたち。

 そう……そこのフローラ君も含めてね、全て私が作りだしたものだ。

 

 私は、膨大な演算の末、ドラクエワールド全体をクラーク数【※1】を元に、地球上のそれとほぼ同じように設定した。

 このNPCたちには心臓があり、それが拍動し、血が通い、痛みを感じる。

 唯一違うのは、ここがゲームの世界であること。

 指定されたプログラムにより、彼らの行動原理は管理され、通常通り(・・・・)ゲームがクリアーされると再び最初期の設定にリセットされるということ。

 レベル制があることで、モンスターとの戦闘で身体を強化できるということと、傷を癒し、復活できる手段も存在しているということ。

 それと、魔法……呪文はこのゲームシステムに存在している物を使用できるということ。

 

 つまり……

 彼らは『生きて』いる。

 様々な制限や、人にはない特殊性を持ってはいても、彼ら自身は人とまったく同じ、全く同一の生命体と言えるのだ。

 私がそのように、作り上げたのだからね。

 

 さて……

 私はこの行為の正当性を主張するつもりは一切ない。

 たとえどのような形であれ、人が人を生み出すことは、社会通念上もっとも忌避される行為であると、私自身も認識してはいるのだから。

 そしてついに、真に私が糾弾されるべき事態が発生してしまった。

 

 君がプレイしたあの時だ。

 

 システムへとあるウイルスが侵入した。

 ウィルスの侵入自体はよくあることで、全てのシステムを制御化に置いていたこの私には対処も容易であるはずだった。

 ところがだ。

 あのウイルスが目指したのはドラクエワールドの基幹システムでは無かった。

 私だ。

 この電脳化された私個人のプログラムソースを、端から浸食し、そしてついには私の自我そのものまでもが一時消失してしまった。

 油断していた……ということかもしれない。

 私の関知できない未知のウイルスによる攻撃を想定しきれていなかったのだから。

 だが、それで私が消滅したわけではない。

 プログラムの再構築を行い、この自我を取り戻すことには成功した。

 しかし……

 ウイルスにより変質したドラクエワールドと……あの自我を強化されたゲマに対して、なんの手出しも出来なくなっていた。

 そこで私は、あの世界でもっとも異質な存在である、プレイヤーの君に着目した。

 君のアバターは確かにウイルスの浸食による影響があったにせよ、君自身の大部分はこちらの世界の君に依存している。つまり、君であればシステムの影響を受けないままにあの存在を葬れる、そう確信したのだ。

 結果は知っての通りだ。

 君が私の期待通りにあのウイルスを倒し、ドラクエワールドの脅威は取り去らわれた。

 

 一時だけはね……

 

 さて、その後の話をしよう。

 

 君はあの世界をクリアーしないままに時間切れとなって退場した。

 そのことで君を攻めるつもりは毛頭ないのだが、それによって再び脅威が誕生してしまったのだ。

 

 システムエラーを察したメーカースタッフは、クリアーされていない君のプレイデータをそっくりそのまま取り外し、そこに内包されている膨大なデータをとあるサーバーへと流しこんでしまった。

 データ内には、生命として私が設定した数多くのキャラクターたちのデータも含まれている。

 当然……

 ゲマも……

 そして最悪の事故が発生してしまった。

 そのサーバーにもともと存在していた特異なプログラム。

 それが、ウイルスに侵食されたまま死亡状態でメモリに格納されていたゲマ達を復活させてしまったのだ。

 このプログラムはエンジニアの一人が掛け持ちでおこなっていた仕事用に使っていたプログラム。

 完全自律制御のそのプログラムは、任意の箇所に固有データをバックアップし、かつデバック作業までさせようという目的で作られたAI(人工知能)で、システムの破損個所を忽ちのうちに解析・修復・再生させてしまうという代物だった。

 

 ゲマはウイルスの影響を受けつつ、さらにシステムの一部でもあったマーサを取り込んだことであの世界の成り立ちから現状までの全てを把握した。

 そして取ろうとしている行動こそが、魔界の降臨。

 ドラクエワールドを……いや、奴にとって重要な戦力でもある、ゲーム内での最重要拠点エビルマウンテンを根拠地としてこちらの世界に呼び出そうとしている。

 

 さて、ここで君は一つ疑問を抱いているはずだ。

 なぜそんなことが可能なのかと。

 だが、その答えは至極簡単だ。

 

『量子テレポーテーション』

 

 二つの地点に同一の存在を出現させ、一方を観測した時、もう一方は消滅する。

 古典に言われる『シュレディンガーの猫【※2】』から生みだした理論ではあったが、私はすでに量子テレポーテーションの基礎理論を完成させていた。

 現に、それを用いて、『肉体』から『デジタル』へ、私は私を『量子テレポート』させたのだからね。

 ただ、あの時点では、『肉体から肉体』、または『デジタルから肉体』へのテレポートの可能性は皆無だった。

 それが今では、私が作り出した『人体設計図』と、かのゲマたちを復活させた自己修復AIの高速演算能力がある。

 そう、それによって……

 

『量子テレポート』は完全に確立された。

 

 ゲマたちはそれを理解しかけている。

 ドラクエワールドに存在しているモンスターなどの配下のデータをこの現実世界へと顕現させようと実験を繰り返しているのだ。

 

 そのことを知った私は、あのドラクエワールドの所在を突き止め、内部への侵入を試みた。

 けれど、覚醒したゲマたちを駆逐するどころか、私のプログラムソースのほとんどを破壊されることになった。

 

 事態は切迫している。

 だから私は、彼らに対抗するべく、ゲーム内で未使用状態で格納されていた、フローラ結婚ルート選択後の成人フローラと、クリア後登場の裏ボス、エスタークをこちらの世界へと量子テレポートさせたのだ。

 私が生前使用していたこの施設であれば、顕現させやすかったからね、彼らの目を逃れて、ここに辿り着いたというわけだ。

 後は君の知っての通り、エスタークに君を迎えに行かせた。

 君に危険が迫っていることは承知していたから。

 何しろ、君が作ったのだからね、あの『高速修復AI』を。 

 やつらは、あのAIの力を完全に制御して、どこにでも自由に出現しようとしている。

 例え君がいなくとも、いずれそれは為されるだろう。

 

 さて、では君にもう一度言おう。

 

 『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー』を、今度こそ完全にクリアーしてくれ。

 

 ゲマ達は人間の肉体を与えられていても、その存在はゲームシステムに依存している。

 今回どれだけの暴挙に出ようとも、ゲームがクリアされさえすれば、完全に初期状態にリセットされる。

 全ては『無かった』ことになるのだ。

 あの世界を終わらせる資格を持つ者は、君だけだ。

 

 だから頼む、『リュカ』。 

 ゲマを倒し、クリアして世界を救ってくれ。

 

 頼む。

 

  

 

  

【※1 地球の地表付近に存在する元素の割合を火成岩の化学分析結果に基いて推定した結果を存在率(質量パーセント濃度)で表したもの】

 

【※2 箱の中に猫を入れ、50%の確立で致死の毒が発生する状況を、箱の外側から観測した時、箱の中の猫は、生きている状態と死んでいる状態が重なりあっているとされる。存在の状態が観測に依存しているという量子力学の考え方】


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