「リュカ様のカイシャ? は、こちらでよろしいのですの?」
「うん。このビルの60階」
僕の隣にはゲーム内の衣装そのままのフローラと、革の鎧と革の帽子を被った大男……見た感じはあのゲーム内の村の衛士って感じなんだけど、実は地獄の帝王であるエスタークさんの二人が居て、一緒に僕の勤め先でもあるオフィスビルを見上げていた。
「ふんっ! なんとも面白味のない扁平な城だ」
そう口をへの字にして言うのは、もちろんエスタークさんだ。
「あ、いやお城じゃないですから。ここは、ええと……仕事場で、働くところですよ」
「おお……つまり労役用の監獄か。それならば納得できる。ここに人間どもを閉じ込めて搾取し放題というわけだな」
「あ、あながち間違ってもいないから否定しづらいですけど、違いますから! もう、いいから行きますよ!」
僕は二人の先に立って、正面エントランス脇の守衛室へと歩き出した。
スラリン……
二人の格好が恰好なだけに、説明には一苦労あったのだけど、友達の結婚式の二次会の余興用の衣装なんですとか、適当に胡麻化したら、運転手さんもノリノリになって、自分のコスプレ遍歴を教えてくれた。
いや、別にいいんだけど、60くらいのおじさんにワンピー〇のコスプレ自慢されても変な笑顔しか出来ないから!!
向かう先は、僕の職場。
実はあのスラリンとの話でひとつわかったことがあった。
それはあのゲーム……『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー』のデータの行先だ。
スラリンが口にしたその場所は、なんと僕の勤めている会社だった。
確かにうちの会社は、他社のシステム開発などの外注もとっていたけど、あのゲームのデバック作業も行っていたとは知らなかった。
まあ、ただの下っ端平社員の雑用係でしかない僕が教えてもらえることなんてたかが知れているから、このこと自体はそんなには気にならないのだけど、まさかその外注作業に僕の作ったAIが使われていたことに驚いた。
あのAIは、僕が自分の副業の仕事を簡単にするために作ったもの。
あれがあれば、必要最低限の情報入力のみで、あとはAIが勝手にプログラムを作成してくれるのだ。
今では、あれなしに副業はなりたたない。
確かに会社のパソコンのローカルカテゴリには今でも置いてあるけど、当然本業の業務には使用していないし、そのことは誰にも言ってはいなかったはず。
ただ……
そういえば一月ほど前に、僕のパソコンに誰かが侵入した形跡があったか。
データも破損していなかったし、すぐにセキュリティ強化したからその後はなにも異常はなかったけど、ひょっとしたらあの時にAIプログラムをコピーされていたのかも?
どうせ会社
僕としたことが……
それにしても、あのAIに、量子テレポーテーションを行える演算能力があったなんて……
作ったのは僕だけど、こんな偶然が起こるなんて信じられないよ。
本当、最悪の偶然だ。
ゲマたちは既にあのAIの使い方を理解し始めている。
その結果があの僕の部屋でのメラゾーマだろう。
手だけを顕現させてメラゾーマの呪文を成功させた。
けれど、全身で現れなかったのは、まだ完全ではないからなのではないか?
だとしたら、急がなくては。
スラリンの話の通りなら、連中はエビルマウンテンとともに、大量のモンスターをこの世界に出現させようとしているのだから。
守衛室に辿り着いた僕は、社員カードを見せてから忘れ物をしたのでなんとか入らせてもらえないかと頼み込んだ。
フローラとエスタークさんもいるし、めちゃくちゃ訝しい目で見られたけど、そこをなんとか明日の出張用でどうしても必要なのでと頭を下げていると、フローラが彼の手を握って、どうかお願いしますと瞳を潤ませる。
「もう、仕方ないですねぇ。今回だけですよ」
って、おいおい。
何を鼻の下伸ばしてデレデレしてるんだよ。
ゲームのシナリオ進行役のモブかよ!! めちゃくちゃコンプライアンス違反しているじゃないか!!
と、憤りつつも今回はその申し出を甘受することにした。
お色けってホント大事だねぇ。
警備用の通路から中へと入れて貰った僕たちは、上層階用のエレベーターへと乗り込んだ。
× × ×
深夜のオフィスビルの60階……
その一角だけはまだ灯りが灯っていた。
リュカ……白野瑠夏のデスクの隣には、若い女性の姿が。
琉夏の後輩である彼女は、ひたすらに残業を続けていた。
彼女の持ち分以上の仕事を。
まだ始まってもいないプロジェクトの初期プランを。
黙々と作り続けていた。
そう……
同期を追い越し、誰よりも栄進するために。
「ふぅ。そろそろ完成かな? やっぱり凄いわね、この『AIプログラム』。必要最低限の情報入力だけでなんでも形にしちゃうんだもの」
そう独りごとを呟きつつ、某有名コーヒー店のリフィルタンブラーに口をつけてにんまりと嗤う。
その縁に少しだけ着いた彼女の薄い口紅の跡を指で拭ってから、再び新たな企画書作成のスタートボタンをクリックした。
彼女がこのAIを見つけたのは本当にたまたまだ。
仕事も出来ず、いつも怒られてばかりの、彼女の先輩、白野のパソコンの認証アカウントとパスワードを、以前誑し込んだSE担当者からたまたま入手していた彼女は、先輩の弱みを握ってやろうというほんの軽い気持ちから彼のパソコン内部を覗き込んだ。
しかし、そこにあったのは面白味もまったくない、きちんと整頓されたただのファイル群。
それも杓子定規に、課長や係長から言われたままに作り上げているだけのただの使い走りの仕事だけだった。
彼がいつも話しているような、オタク趣味など微塵も存在しない。
いや、少しくらいは彼の性癖に繋がるようなものがあるのではないかと、よくよく探した彼女は、ローカルエリアのひとつにこのAIプログラムを発見したのだ。
かなり重いファイルで、フラッシュメモリーなどには移せそうになかったので、直接大容量SSDを繋いでコピー。
後は何もなかったように知らんぷりを続けていたけど、彼は別段何も言ってこないし、何もバレてはいないと内心ほくそ笑み続けていた。
だが彼女はこのAIを起動してみてそれ以上笑うことができなかった。
いったいどんな性癖が眠っているのだろうと試してみただけなのに、開けてみればそこにあったのは自動計算器のようなもの。
いくつかの項目を入力するだけで、計算式、答え、グラフや表、それに説明解説文までをも自分で勝手に作成、さらに、レジュメの資料の様なものまで変換して作り上げてしまうという代物だった。
これがあれば、仕事はかなり捗る。
他のちゃらんぽらんな同期などよりも、一歩も二歩も先にあっという間に行ける。
それを思いつき、彼女は以来このAIを使い始めた。
ただし、もともとこのようなプログラムに詳しくない彼女は、外商部に勤める彼氏の一人にベッドの中で、使い方を調べて教えて欲しいとお願いをした。絶対誰にも言わないという約束付きで。
その彼氏がその際、AIの一部を会社のサーバーに残してしまったわけなのだが……
彼女は少しだけ不思議に思っていた。
このような凄いAIプログラムを持っているのに、なぜ先輩の白野はあんなに仕事が出来ないのか? と。
これを使えばあっという間にデスクワークなど終わってしまう。
それなのに、いつもペコペコ頭を下げて、何度も何度も作り直しさせられて、あげくあのパソコン内のデータの通り、言われたままの物しか残っていない。
本当に意味がない。
彼女はそう考えつつも、どうせあの先輩は、どこかで『偶然手に入れた』このAIを使うだけの度胸が無かったというだけだろうと、勝手に思い込み、納得していた。
「さってと……、これでほとんどの仕事は終わり。ふふ……これでまた成績トップは間違いなしね? 来季は出世しちゃってこの部にはいないかも……って、え?」
彼女がパソコンを閉じようと、背伸びをしてからマウスに手を伸ばそうとしたその時だった。
ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ……
パソコンのモニターの前に靄が掛かり始め、奇怪な音が響き始めた。
いったい、これはなんなのか? パソコンが壊れてしまったのか?
驚いた彼女が慌てて立ち上がると、その音はより大きくなった。
そして……
「きゃっ!?」
一瞬激しく輝いたその瞬間、彼女の目の前にぴょんと何かがとびだした。
それは……
「え? これって…… 『スライム』……よね?」
そう、彼女の目の前には、青い身体をフルフルと震わせているスライムが。
あのデザイン特有の虚ろな瞳で床から彼女を見上げているその容姿に、彼女は思わず声に出してつぶやいた。
「こんな人形いったい誰が会社に持ってきたの? ほんと気持ち悪い。スライムにするならもっとふわふわのぬいぐるみにすればいいじゃない。こんなぶよぶよした感じ、本当に気もち悪……」
そう声に出しつつ、そのスライムを拾いあげようとした時だった。
スライムが飛び跳ねたのだ。
それも、凄まじい勢いで。
「あっ……」
スライムは彼女の腹部へとめり込むように飛び込む。
すると、立っていた彼女の足は床から離れ、その勢いのままに背後のデスクの上へと投げ出される。
「かはっ!!」
背中から机の上に落下し、様々なものに打ち付けられた彼女は一瞬呼吸が止まりそうになるも、さらなる一撃が見舞われた。
起き上がろうと上半身を起こしていた彼女の頭部に、再びあのスライムの体当たりが。
まるでげんこつで殴られたようなその感触に恐怖だけが増幅したまま、彼女は今度は側面のロッカーへと叩きつけられた。
がぁあああんと激しい音と共にロッカーにめり込む感触を味わいつつ、彼女は遅れてやってきた腹と背中と顔の焼けるような痛みに、全身が恐怖一色で埋め尽くされた。
「や、やめて……」
視界がぼやける。
痛みと恐怖の中で、次にどんな暴力が見舞われるのか、ただそれだけが恐ろしかった。
ぴょんぴょんとまた音が聞こえた。
すると、彼女が床に伏したまま見上げたそこ……
目の前のデスクの上に、それがいた。
青い身体をフルフルと震わせながら、妖しく微笑みながら虚ろな二つの瞳で見つめてくるそれが……
「いやあああああああああああああっ!!」
「このやろー!!」
絶叫を上げた彼女……
そのすぐそばから声がした。
その声の主はまっすぐにこちらへと駆け寄ってきていた。
「こいつめ! こいつめこいつめこいつめ!!」
声の主は、そう吠えながら、机の上の青いスライムへ向けて何度も何度もそれを振り下ろした。
それは、長い棒のようなもの。
暗くてそれがいったいなんなのか、最初は分からなかったのだけど、それが掃除用の箒であることに遅れて気が付く。
何度か箒を振り下ろした声の主。
すると、あのスライムが、今度こそ本当にゼリー状になってその場に崩れた。
「旦那様‼ まだいます!!」
今度は女性の声。
その声の方を向こうとして、私は目を疑った。
あのスライムの死骸の向こう側に、また新しい三匹のスライムが居たから。
「あ、ああ……」
痛みと恐怖が蘇り、悲鳴も出ない。
そんな彼女の前で、箒を持った男性は再びスライムに飛び掛かった。
箒を振るってスライムを叩く男性。
その脇から、今度は違う男性が。
その人は両手にノートパソコンを持っていた。
そしてそれを振り上げて、一気にスライムへと叩きつける。
スライムは、風船を割った様にはじけ飛ぶけど、同時にパソコンも木っ端みじんに。
「やっぱり箒じゃ戦いにくい」
「この四角い得物も脆すぎるな。一撃で粉砕とは」
「いや、それ武器じゃないですからね」
そんな風に言い合いながらも、彼らはあっという間にスライムの全てを始末した。
その直後……
「むぅん!!」
それは彼女が先ほどまで使っていたノートパソコン。
それを持ち上げた大男が、一気にそれを引き裂いてから、床へと叩きつけた。
その途端に激しい火花が散るも、彼は足で何度もそれを踏みつけ、本当に粉々にしてしまった。
「ああっ!? エスタークさん、そのパソコンじゃないですよ。僕のパソコンはあの隣のやつです!!」
そう叫ぶ箒の男の声に振り向いた大男は、口をへの字にしたままぽそりと言った。
「わかった」
彼は即座にとなりの白野の机の上のパソコンを持ち上げると、一気に床に叩きつけ粉砕した。
その、様子に箒の男はしばらく唖然とするも、床に転がる彼女を認めて慌てて駆け寄ってきた。
「大丈夫? あ、怪我してるじゃないか。フローラ、頼むよ」
「はい、旦那様……あ、す、すみませんリュカ様。つい」
「はあ、まあ、別にもうどっちでもいいよ」
「はい!! ありがとうございますです!! やったぁ……旦那様!! 『べホイミ』!!」
弾んだ声の彼女が笑顔でそう言うと、翳した手から青い光が。
それが床に伏した後輩の彼女の全身を包むと、傷だらけだったはずの手や足の傷がみるみる消え始めた。
同時に、彼女を蝕んでいたあの強烈な痛みも。
「あ、い、痛くない」
服はぶつかった時に切れたままで治ることは無かったけど、不思議なほどに痛みがひき、彼女は瞠目した。
それと同時に絶句した。
まったくそれまで気づいていなかったが、彼女を助けたのがあの白野だったということに驚愕したのだ。
「もう大丈夫だよ。危なかったね。こんな時間まで残業なんて君のやる気は本当にすごいよ。あ……パソコン壊しちゃって本当にごめん。このお詫びはいつかきっとするから、今日のところは許してね、ね? さあ、もうここは危ないからすぐに帰りなよ。いいね? フローラ、行こう」
「はい! 旦那様!」
「え? え?」
まくしたてる様に言った白野琉夏が立ち上がると、先程彼女に触れて癒やした青い髪の、物語のお姫様のような綺麗なその女性もピョンと立って彼に追従した。
その様はまさに、恋する乙女で、あのうだつの上がらない貧相な先輩にはとても似合わないと、ただただ呆然とするばかりだった。
「おい、娘!!」
今度は後から呼びかけられ、首を巡らせれば仁王立ちしているあの大男が彼女を見下ろしていた。
「こんな夜遅くまで労役ご苦労。だが、夜はしっかり、眠らねば、翌日の刑務に障る。眠ることは重要である。さっさと眠り、明日に備えよ。この我の為に、その身を全て捧げて励むがよい」
そう力強く言いつつ、全身の筋肉を軋ませてガッツポーズをしてみせる大男に、彼女はどきりと心臓を跳ねさせつつ、はいと慌てて返事をした。
そんな、真っ赤な顔の彼女を見つつ、大男は鋭い眼光で睨みつつ、部屋を後にした。
残されたのは床に臥す彼女ただひとり。
今になって、様々な感情が込み上がり始めて、彼女は胸を押さえた。
そして頭に思い浮かんだのは、あの逞しい大男のはちきれんばかりの筋肉の軋み。
あの厚い胸板と太い丸太の様な腕に抱かれる様を幻視しつつ、かつ、あの支配者のごとき命令口調の低い声音を思い出し一人身悶える。
彼女が筋肉フェチであったという自分の性癖のことと、自分の数時間分の残業の全てが壊滅したのだという現実に気づくまで、まだ数分の時間を要した。