「自分を信じて『夢』を追い続けていれば、夢はいつか必ず叶う!」(D.gray-man×からくりサーカス) 作:チュンチュンお米パラダイス
・3話前半と8話後半加筆しました。
・9話加筆しました。
グゾル達の乗る舟は、湖から教団の建物の側面の方に回り込み、一面の崖から滝が幾つも流れ落ちる場所に来ていた。滝の合間に洞窟の様な入口が見えてくる。人工的なアーチ型に開いた洞窟の内部には、ギリシャ様式の大理石の石柱が通路に沿って並んでいる。
舟がその入口を目指して進む途中、銀は何か柔らかいベールの様なものをくぐり抜けた様な感触がした。気になって少し振り返ってみると、滝の音が一段と静かになっていることに気がついた。
「ここまで来たら、もう教団の結界内だ。外からの監視――AKUMAの眼も耳もここには届かねぇ。門番として、この門を潜ろうとするオマエ達に改めて問う。テメェ等は何者だ?」
洞窟の入口を背にして、船首に立つフォーの真紅の瞳が銀とグゾルを見下ろす。
「ハイハ~~~~イ!僕はグゾル、8歳!イタリアのマテールって街から来ました!錬金術師、外科医にして、自動人形の造物主、そしてイノセンス適合者の人形遣いだよ!」
グゾルは子供らしく元気よく答える。
「ゴルァ!!真面目に答えんかい!テメェが8歳なワケあるか!ったく、付き合ってられるかっての!」
フォーは肩を怒らせて腕を組み、鼻息を吹かす。
「僕はちゃんと真面目に答えてるとも!何度死んで生き返ろうと、今の僕が8歳であることには変わりないよ?」
「……?!……それは流石に……ウソだろ?」
仰天したフォーの顔がみるみる強張っていく。
舟は洞窟の入口のアーチの下を潜る。舟体が影に滑り込み洞窟に入ると、松明の明かりも疎らで薄暗い。
フードを被ったグゾルの顔も、影に塗りつぶされて見えなくなる。
「心当たりがない訳じゃないだろう?錬金術の最終目的、真理に『到達』した者にのみ造り出せる賢者の石。つまり、『柔らかい石』だ。」
「でも、それこそ伝説、神の奇跡の類のシロモノだろ……?卑金属を黄金に変え、全ての病を治す万能の薬を生み出し、不死と長寿を手に入れられる……人類の理想を石ころ一つですべて叶えられるなんてあり得ねえ。賢者の石を実際に見たことあるヤツも、造ったことのあるヤツもいない。錬成の手掛かりは大昔に殆ど消失してて、教団の錬金術師の奴らが束になって研究したって、それらしいモンを作る手段なんて欠片も見いだせやしねえ……だから賢者の石の正体も、いくつかのイノセンスなんじゃねえかって言われてるが……」
「だが、僕はかつて、『柔らかい石』の錬成に成功した……!」
グゾルはその目に異様な光を宿す。
「『柔らかい石』も、そこから生み出される万能の霊薬『生命の水』も確かに実在する。」
フォーの目が驚きで見開く。
「……!そんなのが本当にあるってンなら、千年伯爵との戦いに勝てる……!AKUMAのオイルから生み出される猛毒を中和し、AKUMAと唯一戦えるエクソシストを不老不死の兵士にしちまうんだからな……。」
だが、しばらく視線を斜め上に向けて思案して、そして、グゾルの方に視線を戻す。
「……けどよ、不死長寿の薬を手に入れた筈のアンタは今、ガキの姿をして、千年伯爵に追いかけ回されてる。なんかあったんだな?」
「うん、殺されたんだ。千年伯爵にね。そのとき『柔らかい石』も破壊された。伯爵にとっては、人を蘇らせるというAKUMAの専売特許を侵害される上に、君の言う様にイノセンス側の戦力を増強する脅威でもある。『柔らかい石』は、あっちゃいけないものだったのさ。」
「でも、アンタは生き返った……ナルホドねぇ。そりゃうちの支部長がご執心になるワケか。……あともう一つ、オメェには聞いとかなきゃならねえ事がある。あの自動人形達、人を殺すために造ったってのはどういうことだ?ア"ァン?」
フォーが殺気立って仁王立ちでグゾルを見下ろす。
対してグゾルは、フォーの刺すような視線を歯牙にもかけず、遠く、洞窟の闇の奥底を見つめながら静かに語る。
「僕はねえ、愛するフランシーヌからカーニバルを、笑顔を、生命を奪った村人達に復讐すれば、最高に笑えると思ったんだ。僕の手で『永遠の人』として蘇った彼女も、大好きだったサーカスを、村人達が道化のように滑稽に苦しむ姿を見せれば、きっとまた笑ってくれると……」
フォーの頭はそのドス黒い狂気の理解を拒んだ。もしもあの自動人形のサーカスで虐殺されたAKUMA達を、すべて人間に置き換えたら……?その想像の悍ましさに吐き気がこみ上げてくる。
「でもホントのところ、愛する人の笑顔を壊したのは僕自身だった。僕は、
そうして、金は彼女が自殺した責任を無関係な村人に押し付け、自動人形と疫病を使って村に恐ろしい復讐を成した。
聞く者には要領を得ない独白。だがそれは紛れもなく、白金がその狂気に至るまでの回想であり、過去と向き合う為の自己省察である。
銀は、この回想から意図的に銀の存在と『柔らかい石』への関与が省かれていること、その一方で金が何故ああまで酷いことをしたのかを銀に対して説明していることに気付いた。
フランシーヌが現れるまでは、兄の存在が弟の金にとって全てだったのだと、銀は気が付いていなかった。子供の頃から、銀の後ろには常に弟の金が居た。銀は、兄である自分自身ががまだ幼い弟をしっかり守って導いてやらなくては、といつも考えてきた。だが、銀の後ろをついてくる金にとって、銀がどんな存在だったか、どれほど精神的に依存していたのか、ということは考えたことが無かった。兄である銀の存在は、金にとって文字通り全てであった。なのに、銀は兄の役目を背負った時から、そのような気持ちを理解できなくなってしまっていた。
思えば、金が妻フランシーヌを拐ったのも、金の気持ちに気付きながら先に彼女と愛の誓いを結んだ銀に対して、復讐しようとした訳では無かったのだ。最初から、兄の銀と争うことなど放棄していた。絶対的存在である兄を恨めども、立ち向かうことなど出来るはずもなかった。金は兄に裏切られた現実に目を閉ざして、全てを無かったことにして、逃避することしか出来なかった。決して臆病の為ではなく、捨てられても尚、愛するが故に。
ああ、だからこそ今は自らフランシーヌ人形と共に居ることを選んでいるのか、と銀はようやく気付いた。フランシーヌ人形もまた、金に捨てられた。
銀が金を捨て、フランシーヌが銀と金を捨て、金がフランシーヌ人形を捨て、フランシーヌ人形が真夜中のサーカスを捨て……不幸のレースの道程はそうしてずっと続いてきた。だが、その不幸も終わった。白金であったグゾルも、フランシーヌ人形であったララも、別にお互いを好いていなくとも、かつて捨てられ間違いを犯した同士で思いやりの手を取り合ったのだ。
だが、銀はどこで兄として間違えてしまったのだろうか?金は銀よりもずっと社交的で、兄に依存せずとも周りと上手くやっていた筈だ。なのに、大人になっても精神的には兄に依存したままであった。もっと早くに弟を突き放してやれば良かった、というのは違うだろう。兄として、弟の金が精神的に自立する為に、何をしてやれば良かったのだろうか?
銀はうんと頭を悩ませる。どうにも、自分の記憶の中では答えが見つかりそうに無い。しろがね達の記憶の断片まで探ってみて、ようやく見つかった。最後のしろがね加藤鳴海と、白金の生まれ変わりになるべく育てられた少年、才賀勝の出会いの記憶。
『諦めるな!お前は間違っちゃいねえ。キツい時には助けてと怒鳴れ。腹が立ったら悪態をついてやれ。足掻いてあがいてだめだったらそん時は、ニッコリ、笑うしかねえけどよ!』
ああそうだ、ただ兄が自ら弟を守ってやるだけでは駄目だったのだ。兄が居なくとも、誰かに助けを求めて声を上げることを教えてやらねばならなかった。それに、金には喧嘩の仕方を教えたことは無かったなあ……。
「……なんでオマエが泣いてんだ?」
気付いたら、フォーが呆れた表情で銀を見ていた。銀は思考に没頭しすぎていたようだ。仮面の下が涙でびしょ濡れになってしまった。
「……まあいいか。」
フォーは鼻を啜る銀をひとまず放っておいて、グゾルに向き直る。
「で、結局オマエはその村人達を殺したのか?」
フォーの赤い瞳は、グゾルを尋問するべく睨みつけた。
「復讐が実行される前に、僕は伯爵に殺された。僕が復讐しようとしていた村の連中も、みんなアクマのせいで死んでしまったよ。けれど、断言しておこう。殺されてなければ、僕は千年伯爵に代わって世界に厄災をバラ撒いていたよ。」
「……死んで正気に戻ったってか?そんなの信じられるかよ。」
「じゃあ、それまでの話は信じてくれたってことでいいのかな?」
グゾルは首を傾げる。
「茶化すなよ。アンタのホラ話なんて半分も信じちゃいないさ。」
フォーはふん、と鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
「……ああそうだ、そういえば前の僕の記憶を映像で残してあったんだった。折角だから君に見せてあげよう。」
グゾルのわざとらしい物言いに、最初はフォーも眉を顰めていた。そんな便利なものがあるのなら最初から見せれば良いものを、とも思うが、グゾルにとってはそういうものではないらしい。だが、先程サーカスの実況するグゾルの姿を移したような四角の画面が小さくなって彼女の前に現れると、それに食いつくように見つめた。
その場所は銀も見覚えのある、キュベロン城の地下工房だ。ランタンの光に照らされて、所狭しに机やら棚が並び、夥しい数の錬金術の道具が大小乱雑に置かれているのが見えた。金の記憶なのだから当たり前だが、金の視点だった。視線が忙しなく道具や錬金術の文書の文字を滑り、手が作業を勧めていく。だが、その視点はところどころ砂嵐に阻まれたように不鮮明だ。
『こんばんワ♡』
金が声に振り返ると、物陰の中から妙な人物が現れた。本当に人なのだろうか……?異様に尖った耳と鼻。異常に伸びた顎と常に嗤った口から覗く歯。まるまると太った体に白い燕尾服、やけに長い山高帽を被って小さな丸眼鏡を掛けている。
『……ここに勝手に入るな、出ていけ。』
金はそれだけ言って作業に戻ろうとする。
二人の会話はフランス語で進められる。
『まあまあ、そう言わずニ♡ 我輩は千年伯爵♡あなたの妻、 フランシーヌ嬢を蘇らせてあげましょうカ?♡』
『なに……?』
空中に人型が現れた。人と同じ大きさをした黒い骸骨のようなそれは、枠に収まっていた。
『これは吾輩が造った魔導式ボディ♡これにフランシーヌ嬢の魂を取り込み復活させるのデス♡』
『こんな木偶人形じゃ駄目だ。』
『木偶……?♡』
伯爵のこめかみにヒビが入る。
『そうさ、彼女の美しい顔、しなやかな身体、麗しい声も仕草も、全てが完璧にフランシーヌじゃなければならない!……そうだ、僕がフランシーヌを造ればいいんだ!!……そして、生まれ変わったフランシーヌと一緒に、村人共に罪滅ぼしをさせるんだ!彼女から笑顔を奪った悪魔共が罰に苦しむ姿を見れば、フランシーヌはきっと素敵に笑ってくれる……!』
『……狂ってますネ♡』
伯爵は部屋を埋め尽くす錬金術の道具の数々に眼を巡らせ、部屋の奥の一角の空間に目を留める。
『あの人形達、アナタが造ったのですカ?♡』
金が伯爵の視線を追うと、そこには造りかけの4体のからくり人形が天井から吊らされていた。最古の四人(レ・キャトル・ピオネール)、パンタローネ、ドットーレ、アルレッキーノ、コロンビーヌだ。
『その通り、僕が創った自動人形だ。ほら、挨拶を。』
頭がないものや上半身と下半身がまだ別れているものもあったが、4体の人形はそれぞれ作りかけの手足をキリキリと音をたてながら慇懃に礼をした。
『自ら考え、動く人形……まさかイノセンスじゃありませんよネ……?♡』
伯爵は悪魔の様な目をギョロリと見開いて人形達に近寄り、じっくりと観察する。
『ほお……近くで見てみると本当に凄いですネ♡ これが錬金術によって造られる自動人形ですカ♡ 魔術に依らない純粋な技術と腕で人形に命を吹き込むとは、恐れ入りますネ♡』
伯爵は視界の端で、ふと、あるものに目を奪われる。
そこには子供ほどの大きさのある、歪んだ雫型のフラスコが鎮座していた。中には薔薇色に輝きながら沸騰し続ける銀色の液体、そして、血の色をした結晶があった。
伯爵は血走った目で、それを凝視する。
『まさか……"柔らかい石"……♡』
次の瞬間には、金は伯爵の手によって首を掴み上げられていた。伯爵の小さな丸メガネに、金が苦しみに喘ぐ表情が反射する。
『お前が創ったのカ?♡』
男の顔から眼鏡が落ちた。
『離せ、よ……。』
藻掻いた金の手足が、周りのガラス器具をいくつも床に落としていく。
『造物主様!』
背後で怒った人形たちが鎖に繋がれたまま、届くはずのない手を伸ばす。
『答えなさイ♡』
『……そうだ。』
『他に"柔らかい石"を作ったニンゲンはいないでしょうネ?♡』
『……教える、かよ……バ~~カ。』
『……もう良いデス♡ "柔らかい石"を造ってしまったお前は死ななくてはならないのデス♡』
『『造物主様!!』』
ゴキッという生々しい音が聞こえて、金は糸が切れた人形のように床に落ちた。
伯爵の手が割った大きなフラスコの中から柔らかい石を掴み上げる。その手にぐっと力を込めると、石は一瞬の赤い閃光を放って粉々に砕け散った。伯爵の魔法で火が放たれ、部屋があっという間に火の海に包まれたのを最後に、記憶は途切れた。
「……」
フォーはしばらく言葉を失っていた。そして、腕を組むと、再び口を開く。
「確かに、オマエの見せた記憶は、話と齟齬は無いみたいだな。けど、オマエならこれをイチから捏造することだって出来んだろ。」
「千年伯爵の人形を使ってかい?あはは、そうだね。そこまで疑うなら、あとは千年伯爵に直接確認しなよ。……あと、君は僕と自動人形が教団や人を傷つけることを心配しているようだがね、今はもうそんなこと出来ないし、しようとも思ってないよ。胡散臭い僕のことを信用できないのはまあ仕方ないことだけどさ、ララのことくらいは信頼してやりなよ。イノセンスで動く500年物の骨董品のララは、僕の造る自動人形とは違って、僕の命令なんてまるで聞きやしないんだから。もし僕が自動人形を使って人を殺そうとしようものなら、彼女に捻り潰されてしまうよ。……それとも、君等の崇める神の結晶の意思を、それ程までに信じられないとでも?」
フォーはその言葉に固まって、鎖に縛られて横たわったララと袖に仕舞ったイノセンスを交互に見遣る。明らかに、フォーは本当にララを停止させてよかったのかどうかで悩んでいる。
そして、フォーはブチ切れる。
「クソッ!あたしに要らねぇ気ィ使わせてんじゃねぇよ?!」
フォーの声が洞窟内にワンワンと反響する。
「ハハハ、ごめんゴメン!イノセンスを創った神とやらの気がしれないと思うのは、僕だって同じだよ。適合者に、よりにもよって僕なんかを選ぶなんてさ!黒の教団はイノセンスを擁していても、イノセンスは教団の言いなりになってくれる訳じゃない。教団だろうと適合者だろうと、イノセンスの意思に反しようものなら牙を剥く。最悪なのは『咎落ち』だ。僕だってララの意思に背いて人を傷つけたばかりに、イノセンスの燃料になって死ぬのなんて御免だからね。」
フォーの目が驚きで見開く。
「『咎落ち』を知ってんのか……?!……そりゃ、教団に入りたがらねえワケだよなぁ……だったら、ここの地下にあるモンもお前はマジで知ってんだな?」
「エクソシストの死体。君らはその蘇生を試みている、でしょ?」
「教団に入ったことない筈のやつが、なんで極秘事項をふたつも知ってやがんだよ……。」
『咎落ち』、イノセンス適合者の蘇生。銀が断片的な情報を聞いただけでも、どちらも禁忌に属する事柄だと分かる。そのために、一体どれだけの犠牲を払っているのだろうか……。
「僕は何でも知ってるとも!でもねぇ、ララも全て知ってて、それでも教団と僕を信じて君にイノセンスを預けたんだ。その信頼を裏切らないでよね。……そうだ、僕に何かあった時の為に、君には自動人形の倒し方について教えておこう。」
グゾルは空中に自動人形の図面を映して説明していく。
「自動人形はサーカスの芸をする為の人形だ。人を殺す為に造られても、AKUMAを殺す為に造られても、自動人形を縛る基本原理、『黄金律(ゴールデンルール)』はある。ひとつ、自動人形は人間に笑いを与える〈道化〉として造られた。〈観客〉は〈道化〉のその姿や行動を見て初めて感動し、笑う。前は『笑い』が『恐怖』だった訳だけど……どちらにしろ、〈道化〉は〈観客〉役の人間の前では目にも止まらぬスピードで動いてはならない。自動人形は、機械式の武器兵器を持たない人間を〈観客〉と見做す。つまり、どれだけ高性能だろうと銃器や兵器、AKUMAの弾丸なんかも全て避けらる。一方で、気功の様な素手の武術や刀等の原始的武器、或いは武器に見えづらい得物であれば勝負になる。もう一つ、自動人形は己のサーカス芸を磨く為に、人のサーカス芸をよく観察しようとする習性がある。よって、サーカスの芸で自動人形の目を引き付けて、そのまま攻撃を叩き込めるような手段、例えば繰糸傀儡なんかが自動人形と戦うには有効となるワケだ。見た目はバカバカしいかもしれないがね。まあ、何人ものエクソシスト達が証明してくれたように、対AKUMA武器での攻撃も勿論有効だ。」
グゾルは危機感に急き立てられたかの様に一気に語り上げる。
「千年伯爵とその仲間の連中はとにかく得体が知れない。だから、自動人形が悪用される可能性がゼロとは言い切れない。自動人形は人の手で造られたもの故に、存在意義を失えば自壊する。だから、今の自動人形が人を傷つけることはない筈だけれど……もしも悪用された場合、危険なのは増殖のスピードだ。今は質を重視して僕とララしか自動人形を造ることは無いけれど、自動人形は自動人形を造ることが出来る。一体造るのに必要なのは、たったの2日。つまり、人を殺しながら数を増やしていけば、理論上では何千、何百万、何億と、幾何級数的に増殖する。千年伯爵の製造するアクマよりもよっぽど速く、世界中を覆い尽くすほどにね。自動人形は兵器が通用しないだけで、エクソシストであれば破壊できるし、AKUMAと違って普通の人間でも倒せないことはない。それでも、人類を滅ぼすには十分な脅威だ。」
一気に聞かされたフォーの頭はパンク仕掛けていた。彼女の目はぐるぐると回っている。
「ハ……?……イヤイヤ、まさか……そんなワケ……確かにあたしらはアンタに思いもよらねぇモンを見せられた。だからってホラ話も大概にしろよな!そんな話を、全部信じろって……?」
混乱から回復しきっていないフォーの口から、引き攣った笑いが溢れる。
「別に信じずとも、ただ覚えていてさえくれれば良い。僕は君が保険として最適だと思ったから教えただけさ……何百年だろうと、この教団が存続する限り、君は在り続けられるのではないのかね?」
フォーの引き攣り笑いは固まる。
「そんなトコまで気付いてたのか……?!ホント得体が知れねえヤツだなぁ……」
グゾルは肩を竦める。
「なんかもの凄い高度で大掛かりな術式で編まれているようだったからね。あとはまあ、勘だけど。」
銀が話から察するに、彼女は魔術的なゴーレムの一種か何かなのだろう。銀からしてみると、彼女は見た目も精神も全く人と同じとしか思えない。
「たしか、『鴉』の一人がオマエらに拉致されて、魔術の基礎を聞き出されてからまだ1年ぐらいしか経ってねえだろ……?良くそこまで分かるもんだな……にしても、アンタと話すのは本ッ当に疲れるな……。」
フォーは疲れ切った顔で溜息を吐く。グゾルに口先一つで振り回され続けて、良い加減疲れて来たのだろう。
「……アンタの話の真偽は兎も角、一応事情は理解した。」
フォーはクタクタになった腕を組んでダルそうに頷く。
「それで、いい加減口を聞いてもいいんじゃないかい?爺さん。」
フォーの視線が銀のほうに向けられる。
銀がグゾルの方を見て確認を取ると、頷いて肯定した。
「……すまない、これだけ厳重に姿を隠していれば、君が疑いの目を向けるのは最もなことだろう。」
銀は帽子とペストマスクと仮面を外して素顔を曝す。
「私は白銀。傀儡戯(にんぎょうつかい)の大道芸を生業とする白家の者だ。これまでは医者として世界中を放浪していたが……、アクマに襲われていた所を彼に救われた。聞くところによれば、この黒の教団は世界を脅かすアクマと戦っているという。私は一人の医者として、君たち教団に協力させてもらいたい。」
腕を組んだフォーは、首を傾げる。
「うーん、模範解答ってトコか?白一家ならあたしも知ってる。ここいらじゃ有名だからな。懸糸傀儡の芸もそうだが、木で作った絡繰の鷲が3日間も空を飛び回り続けた、とかな。」
フォーが片目を瞑って、銀の方を意味ありげに見遣る。
ちょっと話し過ぎだ、とグゾルもフードの下から目を細めて銀をジト目で睨む。
「教団の医者の数は足りてない訳じゃない。医療技術にしても教団内部は100年は進んでるから、生半可な奴を入れたところで全くついてこれねぇ。ただ医者として教団を支えたいってなら、外部のサポーターとして協力すればいい。……だが、アンタが身分を隠しながら教団に身を隠さないとならねえ理由も大体察しがついた。……支部長には黙っといてやるよ。」
きっとフォーは、金の記憶の中で僅かに見えた彼の姿などの情報のピースを組み合わせて、銀とグゾルが少なくとも家族なのだと気付いたのだろう。
銀がマスクを付け直してしばらくすると、水路の終点が近付いてきた。水路の突き当りには、アール・デコ調の美しい幾何模様の描かれたアーチ型の大きな扉が鎮座していた。
フォーがララを抱えて舟から下ろす間に、銀も金を抱えて舟を出る。あの金の死んだ記憶を見たあとでは、年頃の少女はあまり彼に近づきたがらないだろうからだ。グゾルは小柄で別段重たい訳では無いのだが、六十代の腰には響く。
「ありがとう。でも、もう歳なんだから無理しないでね。」
銀の腕から下ろされたグゾルが、銀を見上げて言う。
「あまり自分を貶め過ぎるな、お前はもう金ではないのだから。」
「そうは言ったって、切り捨てられるものでもないんだよ~~ん。やっぱり、ダメなとこまで全部ひっくるめての僕だからさあ。もし、またフランシーヌに会えるとしたら、僕はまた拐って逃げちゃうもんね。」
そう言って、グゾルはからかう様に微笑んだ。
「グゾル……」
銀はフォーが船から下ろしたばかりの大きなトランクケースの取手を掴んで横向きに引き倒す。取手の左右に開いたL字型のパネルに、両手指を突っ込み、五指の指輪に繋がる糸を勢い良く引き抜く。
トランクの蓋がバネで開くと、勢いよく飛び出すのは全身を真白い衣装で包んだ道化、〝あるるかん〟だ。銀もまさか、自身が唯一作った戦闘用繰糸傀儡の色違いが出てくるとは思わなかった。だが、形が同じなら、使い方も同じ筈だ。
「あるるかぁん!」
両手の指をまとめて軽く引けば、尖った靴先が地面を跳躍し、二本角の冠から伸びる大きな羽根が尾を引いて、あるるかんが銀の前に立つ。
「我が弟よ、今こそ我ら兄弟の諍いに決着をつけようぞ。」
「なんで今?!僕は縛られてるのに兄さんだけ僕のあるるかん使うなんて、ずるいよ!!」
グゾルは悲鳴の様な声を上げて後ずさる。
「オメェら兄弟だったのか?!」
フォーは素っ頓狂な声を上げる。
「問答無用!!」
あるるかんがグゾルに手を伸ばす。しかし、グゾルは咄嗟に身を低くして手を逃れる。逃げるグゾルを追って何度もあるるかんの腕を伸ばすが、グゾルは瞬き一つせずにその手の動きを読んで、フェイントをかけながら巧みに避けていく。
しかし、壁際まで追い詰めた。銀は指を組み替えて糸を繰る。
「LES ARTS MARTIAUX
あるるかんは半身を前に出して、片腕を前に構える。
「Flèche enflammée
連続で腕を突き出して、グゾルの退路を完全に断つ。そして、あるるかんの手がグゾルを捕らえる。
銀は両腕を上げて頭上で交差させ、てのひらを上に向けて糸を舞わせる。
「コラン!」
「待って!何ソレ……」
両手でグゾルを掴んだあるるかんの胴が上下に分離して、大きな歯車が現れる。そしてあるるかんが上半身の高速回転を始める。
「うわああああぁ!!」
あるるかんの腕に掴まれたグゾルもまた、悲鳴と共に猛スピードで回転する。
ひとしきり回り終わると、あるるかんはグゾルを地面に下ろす。目が回ったグゾルは千鳥足になってフラフラ揺れる。
「ちょっと、回し過ぎ~~~~……あはは……あはははは!何あの技!僕が知ってるあるるかんと全然違うんだけど!」
グゾルは腹捩って大笑いする。
「私の勝ちだな。……だが、お前がこの状況を作り出さなければ、私はお前に勝てなかった。」
銀が両手指から指輪を外すと、あるるかんはひとりでに折り畳まれてスーツケースの中に収納された。
「この繰糸傀儡だって、対自動人形用のものだ。万が一のときの為に教団に託すつもりだったのだろう?」
グゾルはくちごもる。
「まあ、そう、だけど……」
「あと、フランシーヌは絶対に渡さん。」
グゾルは一つ息を吐いて、観念した様に目を伏せる。
「僕の負けだ。僕が間違ってたよ、兄さん……」
「なぁにをやっとんじゃい!このアホンダラ!」
フォーは銀とグゾルの頭を順にボコッ、ボコッと殴って行く。
「イキナリ暴れ出しやがって、教団ん中ではゼッッタイ二度とやんじゃねぇぞ!!」
フォーはぷりぷり怒りながらスーツケースを持ち上げ、ララを抱え直して、扉に向かった。
フォーが大きな石の扉の前に立つと、扉が重い音を立てて、ひとりでに開く。フォーが銀とグゾルに振り返る。
「ホラ、入るぞ。つぎ余計なことしてくれたら、三枚おろしにしてやっからな!」
先に入っていったフォーの後ろに続いて、銀とグゾルは隣に並んで、仲良く一緒に教団の門を潜った。
タイトルの『黄金律』は、からくりサーカスでは自動人形を縛る絶対の原則として登場しています。ですが、その本来の意味は、キリスト教の『人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい』に代表される様な、倫理道徳上の教訓のことを言います。
フランシーヌは村人が滑稽に苦しんで死んでいく様を見れば笑ってくれるだろう、と考えて白金が最古の四人を作ったことも、歪んではいるものの、この黄金律に基づいていると言えます。
この黄金律の派生には、孔子の『己の欲せざるところ、他に施すことなかれ』の様な白銀律(Silver Rule)、「人があなたからしてもらいたいと思っていることを人にしなさい」という白金律(Platinum Rule)があります。